表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/186

2章_0029話_親戚会 2

「準備は……できていますね」


衣装室に入ってきたペシュティーノがディアナに向かっていうと、ディアナは何も言わずツンと鼻先を上げて俺の方を示した。無表情なディアナの渾身のドヤ顔である。


「これはこれは、可愛らしい。妖精の王のようですよ、ケイトリヒ様」

「ようせいのおう?」


それ褒め言葉なの?

ちっちゃいってだけじゃね?


「可愛らしいのにきらびやかで、威厳があって。ラウプフォーゲルの王子にふさわしい装いですね。とてもお似合いです」


ガノが追加で褒めてくる。これはとてもわかりやすい褒め言葉。


「ふーん、女の子みてえだな」


がーん。今までの褒め言葉をすべて台無しにするワード!


「ジュン……!」

「ははは、このような席でズボンを履く女の子はいません。ケイトリヒ様、ジュンの戯言はお気になさらず」


ペシュティーノが焦ったようにジュンを責め、ガノは笑い飛ばす。エグモントは何か言おうとしてたようだがタイミングを逃したみたいだ。不遇。

スタンリーは何も言わずジッと見ているだけ。こういう場面では無口だね。


「そうです王子殿下、脚の素肌を晒すのは男児にのみ許されたデザイン! 姫であればパニエでボリュームを出して足先まで丈のあるドレスが礼装ですから!!」

「脚を出すデザインは男児の証! つまり男らしさです!」

「王子殿下、どうかお口を閉じてください!」

ディアナに従って黙々と着替えを手伝っていたお針子衆が一斉に口を開いた。

だいじょうぶだよ、ショックなんてうけてないよ……。


この世界の貴族のお坊ちゃまはどうやら半ズボンにニーハイソックスがデフォルトらしい。アロイジウス兄上やクラレンツ兄上は普通に長ズボンだった気がするけどなあ。


ちらりと鏡を見ると、上半身は七五三みたいなスーツ仕立てのシルエットだけど、腰からドレスのように後ろにたなびく長い裾。首元にはボリューム満点のびらびら、その中央にはでっかい宝石があしらわれたブローチに、繊細な細工のラペルピン。びらびらの袖に隠れたちっちゃな手には小さな宝石が縫い付けられたグローブ。

これで目とかこすったら血が出ちゃう。

腰には虹色の杖と、初めて見る宝石まみれの杖ホルダー。

これ、今日のために作ったの……?

そして下はお決まりのぴっちり半ズボンに、ニーハイソックス、そしてミドルブーツ。

ブーツにもこれでもかと言うほど宝石が縫い込まれ、銀の飾りが施されている。重い。


「……はですぎない?」


「めいっぱい着飾るようにとの御館様からの御命にございます」


「なんで」


なんでだろう、と思ったら先に声が出ちゃった。

振り向いた動きで頭になにかついてる、と思って鏡を見たらなんか小さなコサージュみたいなのついてる。これって男の子にもつけるものですか?


「ケイトリヒ様、モートアベーゼン……いえ、トリューのお披露目は大好評でしたよ。午前の試乗会に参加した領主は、早くも自軍に大規模導入を即決した領もございます。これで名実ともに、新型モートアベーゼン、トリューの事業主です。そう大々的に発表されたなかでの入場となりますので、注目度の程はおわかりでしょう」


「ふぇー」


「大勢の領主や宰相がケイトリヒ様にご挨拶を求めるでしょうが、基本的に我々にお任せください。御館様からは、公的な紹介以降はどの領とも特別なつながりを持つ必要はないと仰せつかっております」


まあそうか。いくら中身が大人だからって、見た目3歳の6歳児に事業を含めた社交をまかせるなんてしないわな。たしか貴族の子供が社交界デビューするデビュタントは10歳になってからだった気がするし。


「ご挨拶の後は、お食事をご堪能ください。眠いようなら寝てしまっても構いませんよ」


子供、自由!

今日の会合の俺は、注目度はあっても役割としては()()()だ。


「だれかにはなしかけられたら、もじもじしてればいい?」


「よくお解りでいらっしゃいますね」


ガノがニッコリわらった。まじで()()()かい。


まあいい。新しい事業について段取りを付けたのは父上とペシュティーノだし、子供の俺に詳しい説明を求められるとは思えない。俺が知っておくべきことは挨拶してくる親戚たちの名前と顔くらいだ。そして誰がすり寄ってきて、だれが牽制してきたかを覚えておくこと。


ペシュティーノは衣装に注意しながらそっと俺を抱き上げると、耳元で内緒話してくる。


「あと、『刻印』のときにお話したことを覚えていますね?」

「ばっちりよ」


これは、ペシュティーノが親戚会に向けて俺に課していた「宿題」でもある。

今日のためにウィオラとジオールと相談しつつ、しっかり仕上げてきましたよ。


「では、参りましょう」


俺を抱っこするペシュティーノの前にはエグモントとジュンが先導する。後ろにはガノとスタンリー。その後ろには、ミーナ、ララ、カンナが横並びで付いて、更にその後ろには数名の護衛騎士。彼らは俺の専属ではないけども、城の外に出るときや大勢の前に出るときは臨時で付けられる騎士だ。


大名行列みたいにぞろぞろと隊列を組んで本城へ向かうと、西の離宮と本城を結ぶピロティから見る庭園は、いつもと違ってたくさんのヒトでごった返している。簡易テントみたいなものも見えてほんとにお祭りみたい。


「ひとがいっぱい」

「西の離宮の大庭園は本城と隣接しているので、従者の休憩所として使われているのですよ」


しばらく歩いて見えてきた本城の1階にある大広間前の扉は、初めて見るものだ。


「あにうえたちは?」

「既にデビュタントはお済みの年齢ですので、普通に会合に出席されてますよ。身内の会合とはいえ旧ラウプフォーゲルの親戚会は帝国でも1、2を争う大物揃いの舞踏会です。本来はデビュタント前の子供は出席しないのですが……今回は特別だそうで。ケイトリヒ様の年齢に近い令嬢たちも集まっています」


「えっ、そ、それはもしかして」

「もしお気に召す方がいらっしゃったら教えて下さい」


「ペシュ、僕は、なかみおとなでして」

「この件はあまり真剣にお考えにならなくて結構ですよ。御館様としても顔合わせ程度とお考えです。もし気が合えば、くらいのものです。ただ、令嬢がたは真剣かもしれませんので一応、下手なことはおっしゃらないように」


前世ではそれなりに恋人がいたこともあるけれど、当然だが6歳前後の……女児を相手にしたことなんてあるわけない。親とのつながりが薄かった俺には年下の親戚がいたこともないし、6歳当時の恋愛事情なんていうのも覚えてない。


「僕、かわいいからおんなのこにせまられたらどうしよう……!」

「我々側近が常にお側におりますので」


なんかペシュティーノが含み笑いで言う。後ろでメイドたちも笑ってる。

わりと真剣に悩んでますけども! 


扉が少し開いて、向こうの騎士さんが「間もなくです」と言うので、ペシュティーノの方に寄りかかっていた姿勢をぴんと正す。ペシュティーノがちょいちょいと髪を直してくれて、入場だ。


扉はやけに分厚くて重厚で、開かれるとわっ、と会場の喧騒が広がる。ちょうど何かに拍手が起きたタイミングだったらしい。大広間の片隅で騎士たちに隠れるように入場する。父上の声が拡声器のようなもので増幅され、大広間中に響いていた。


「〜〜皆、私の自慢の息子だ。しかし今回は特別に事業の立案に貢献した末息子を紹介したい。まだ6歳と幼いため、全体に向けての挨拶のみでご容赦ねがう」


父上の声の合間に、「まだ打ち止めじゃないだろう」と誰かが野次をとばして会場に笑いが起こる。重鎧の騎士さんたちで見えないけど、会場は相当なヒトがいるみたいだ。


「さ、ケイトリヒ。こちらへ」


父上の声と同時にペシュティーノに高く抱き上げられて、父上に抱き上げられる。

少し高座になっているところから見下ろすと会場にはたくさんのヒトがいて、みんなニコニコした顔で俺を見ている。会場のいたるところから「まあ可愛い」とか「素敵な衣装」なんていう声が聞こえてくる。女性は豪華なドレスだし、男性は皆真っ白のタキシードみたいな服。この世界の礼装って白なんだね!

帝国はどこもかしこも暑い国なのにタキシードとか大丈夫なのかな。それも魔法で解決?


「初めて見る光景に驚いているようだな?」

父上が言うと、和やかな笑いが起こる。改めて父上を見ると、いつもゆるく後ろに流している髪はぴっちりと固められ、髭もキレイに切りそろえられていた。


「ぱぱ、かみのけがかたい!」


思わず前髪辺りに触れるとカッチカチに固まっていたので、ついそのまま口に出したら俺の甲高い声が会場中に響いて笑いを誘った。……どっかにマイクあるみたいだね!?


「ケイトリヒ、ご挨拶できるか?」

「はい!」


父上の前に小さなチェストが置かれ、その上に立たされる。


「そのまま喋りなさい。拡声(レルム)の魔法陣はここまで効いている」


あ、マイクって機材じゃなくて範囲魔法なのね。


「おはつめ、おめにかかります。ザムエル・ファッシュ・ヴォン・ラウプフォーゲルの子、ケイトリヒともうします!」


会場が温かい拍手で満たされ、誰もが可愛い、可愛いと褒めそやすのが聞こえる。

うん、まあ可愛いよね。ペシュティーノから事前に聞いていた限りはこれだけでいいってことだったけど、なんだか続きを待たれている感じ。あの、父上?


チラリと父上を見ると、「何か自己紹介しておきたいことはないか?」と無茶振り。

えっ、な、なにも聞いていませんけれども!


「ろくさいです」


会場、笑い。父上、まだおかわり希望。


「ぷ……プディングがすきです」


会場、さらに笑い。不満げな表情で父上を見上げると、満足したのか抱き上げてくれた。


「病に臥せていた期間があるため身体は小さいが、年が明ければすぐ7歳になる。特別な力を持ち、ラウプフォーゲルの未来を担うトリュー事業に不可欠な子だ。見守ってやってほしい。それでは乾杯といこうか」


はい、俺の役目終了!

いつもどおり俺は父上からペシュティーノへ手渡され、大人たちが乾杯して盛り上がっているなか兄上たちがいるところに合流。あれー。兄上たちは長ズボンにブーツだし、頭にコサージュもつけてない! まあちょっと宝石のブローチやベルトが重そうではあるけど、普通にかっこいい!


「えー! 兄上たちとぜんぜんちがう! 僕も兄上みたいなかっこいいいしょうがよかったなー」


「ケイトリヒは随分とおしゃれだね。よく似合ってると思うよ」

アロイジウス兄上が優しく俺を迎え入れてくれる。


「オマエは子供だからトラウザーズはまだ早いんだよ」

クラレンツが吐き捨てるように言う。横ではカーリンゼンがチラリと不満げに兄を見た。


よくみたらカーリンゼンは膝丈ズボンだ。え、ニーソじゃない。なんで!

それにそういえばカーリンゼンも10歳以下なので、まだデビュタントしてない年齢のはずなのに先に会場入りしている。ちらりとペシュティーノを不満げに見ると、俺の疑問に気づいたのかそっと耳打ちしてきた。


「カーリンゼン殿下は夫人と同伴で入場されたので特例です」


くっ、母親のいる子との差だったか!


会場では乾杯の声が響き渡り、俺はペシュティーノの抱っこから降ろされ、騎士の誘導に促されるままボックス席みたいになったテーブルへ向かう。


テーブルの中央には、ホールケーキサイズのプディングがキレイにクリームで装飾されてぷるるんと輝いている。その他にも上品なサイズのピンチョスやサンドイッチ、焼き菓子などがてんこ盛りだ。


「わー、でっかいプディングだー! に……スタンリー、たべよ!」


早速スタンリーに抱っこしてもらって席につくと、ペシュティーノがプディングを大きなスプーンで上品にサーブして俺の目の前にぷるるんと置いてくれる。


「ケイトリヒ。甘味に夢中になっていないで、社交をしないと。それを食べ終わったら、私と挨拶回りに行こうか?」


後ろからアロイジウスとクラレンツ、カーリンゼンがついてきて、同じテーブルに座る。


「ぼくはちいさいからあいさつしなくていいって、ぱぱからいわれてます。プディングをいっぱい食べたらたぶん、ねむくなるので」


「はあ? なに甘えたこと言ってんだ、オマエも王子なんだから社交くらいしろ」

「く、クラレンツ兄上、でもケイトリヒは僕と同じデビュタント前の子供ですよ」


クラレンツはカーリンゼンに言われてハッとした。アロイジウスも失念していたのか「そういえばそうだったね」と言って俺とカーリンゼンを交互に見る。


「……そうか、事業の話があったので挨拶したほうがケイトリヒのためになると思ったのだけれど……さすがに社交は早いか。じゃあ、私とクラレンツで親戚に挨拶に行こう。ケイトリヒ、カーリンゼンはこのテーブルで座っていなさい」


「はあい」

「は、はい」


もともとそのつもりだったけどアロイジウスに言われて素直に従う。お兄様ですからね、仕切りたいお年頃なのでしょう。クラレンツも一人での挨拶は苦手なのか、アロイジウスにおとなしく従って人混みに消えていった。


「ケイトリヒ、とってもかわいい衣装だね! お針子長が衣装係になったって聞いたけど本当だったんだね」

クラレンツの前ではどもりがちなカーリンゼンが、無邪気に俺に話しかけてくる。


「僕はちょっとはですぎだとおもうんですけどねー。スタンリー、すわって! ここ!」


スタンリーは俺の後ろに控えていたけど、無理やり隣に座らせる。


「スタンリー? 君があの、三叉蠍(みまたさそり)から助けられたっていう子?」

「はい」


カーリンゼンが興味津々に聞いてくるが、スタンリーの返答は必要最低限。会話が広がらない。居心地悪そうにしているカーリンゼンをよそに、スタンリーはプディングを黙々と食べる。ペシュティーノは何故カーリンゼンにプディングを取り分けないんだろう。


「カーリンゼン兄上、プディングたべないのですか?」

「あ、うん? ああ、食べようかなあ」


カーリンゼンは当たり前のように給仕を呼び、取り分けるように命じる。……ペシュティーノがお世話するのは、あくまで俺とスタンリーだけってことね。

食べるのに夢中だったが、お腹が落ち着くとなんとなく周囲の声が耳に入ってくる。


「ケイトリヒ第4王子殿下にご挨拶申し上げたいのですが」

「今はお食事中ですので後ほど改めていただけますでしょうか」

エグモントが応対しているみたいだ。テーブルをさり気なく隠すように配置された観葉植物の衝立の向こうから、はっきりと会話が聞こえてくる。


「ここで待たせていただいてもよろしゅうございますか」

「構いませんが……もう11組もお待ちになっています。ケイトリヒ様がおやすみになる前にお会いできるかどうか。面会の確約はできかねますことをご了承ください」


「じ、じゅういちくみ?」

「ケイトリヒ、このプディングは美味しいねえ! 異世界人のレオとかいう料理人のメニューは、どれも今まで食べたこともないくらい美味しいって、母上も仰っていたよ」


カーリンゼンが頑張って話しかけてくるんだけど、相手をするのが面倒だな。

でもこっそりアデーレの胃袋も掴めていたとは朗報だ。


「カーリンゼン殿下、お気に召したメニューは何かあるのですか?」

今まで塩対応だったスタンリーが急に積極的にカーリンゼンと話し出す。カーリンゼンも相手をしてもらえたのが嬉しいのかスタンリーと話し込む。これ、完全にスタンリーに空気を読ませてしまったぞ。


「ケイトリヒ様。お察しの通り、面会希望の者が列をなしていますがお会いになられますか? 拒否されるということであればそのとおりに致します」

ペシュティーノがちょっとニヤけた顔で聞いてくる。……これはきっと、娘を紹介したい親たちの面会希望に違いない。


「ぱぱはなんて?」

「ケイトリヒ様がご希望するようであれば、と伺っております」


うーん、めんどくさいぞ。


「ペシュはどうおもう?」

「……全て拒絶となるとあまり評判が芳しくありませんので、2、3組はお会いしてもよろしいのでは、と愚考いたします」


えぇ……。


「ケイトリヒ様、変な顔をなさらないでください」

「してないもん」


「ケイトリヒは、世話役と仲がいいんだねえ? 珍しいなあ、アロイジウス兄上もクラレンツ兄上も僕も世話役のことはちょっと……」


カーリンゼンが話に割り込んでくる。スタンリーが「カーリンゼン王子殿下は側近が苦手なのですか?」とか無難なことを切り出して俺との会話を上手に奪ってくれる。助かる。

助かるけど、こういうのはカーリンゼンの側近がやるべきことでは?

そしてカーリンゼンの世話役はここにはいない。ペシュティーノもスタンリーもカーリンゼンを無理には止められないし、テーブルの給仕は当然、給仕でしかない。


「……そういえばあにうえ、せわやくをつれずにここに?」

「うん? うん、僕は母上が世話役代わりだから」


「それなら、アデーレふじんのところにいなくていいのですか? ふじんは兄上をだれかにしょうかいしたいかもしれませんよ」

「えっ、ああ、そ、そうかな……そっか、親戚会ってそういうこともあるんだ。うん、これを食べたら向かうよ。ケイトリヒはひとりで……大丈夫だよね。世話役どころか、護衛騎士までついているものね」


カーリンゼンは少し顔を赤らめながら、大きめのプディングと焼き菓子とフルーツジュースを一瞬でかき込むとさっさとテーブルから立ち上がって去っていった。

離れていて気づかなかったが、一応護衛騎士はいるようだ。あくまで危険が迫ったときだけしか作動しないタイプ。おそらくカーリンゼン専属ではないんだろう。


「ケイトリヒ様は、子供の扱いがお上手なのですね」

「それをいうならスタンリーでしょ」


目の前の汚れた皿とテーブルは、一瞬で給仕たちがきれいに片付けてしまう。

それを見届けて、ふうと一息ついて渋々ながら決意表明。


「……あいます」


「では、お呼びしてまいりますね」


王子の前ではあーすることこーすること、みたいな説明をエグモントがするのが聞こえた後に、1組目の親子がやってきた。

いきなり領主レベルだ。俺の方からご挨拶しないといけないやつ。


「グランツオイレりょうしゅ、フランツ・キストラーこうしゃく|(侯爵)かっかにごあいさつ、もーしあげます」


ふわふわソファーからぴょいと地面に降り立って丁寧に礼をすると、挨拶された男性は朗らかに笑った。


「これはこれは、ご丁寧な挨拶をどうも! ケイトリヒ王子殿下。しかしこの場は旧ラウプフォーゲルの親戚縁者だけが集まる身内の席。私のことはフランツ小父(おじ)さんとよんでくれて構いませんよ! 今日は姪たちを連れて参りました。さあ、お前たち。王子殿下にご挨拶を」


優しそうな笑顔を湛えたフランツ・キストラーは、旧ラウプフォーゲルでもラウプフォーゲルに次いで2番目に発展しているグランツオイレ領の領主。発展、というのは経済的にも軍事的にも、そして社会的地位においても、という総合的な話。

発展の指標となる人口は帝国でも5位という繁栄ぶりだ。

ちなみに帝国の人口1位はラウプフォーゲル、そして次に帝都。この数字を見るだけで帝国政治の力関係がねじれていることが明白だ。


「グランツオイレ領主フランツ・キストラーが弟、ファビアンの娘、フランツィスカと申しますわ!」


一番背の高い、鮮やかなオレンジ色の巻き髪をなびかせた年上らしき女の子が開口一番に快活な声で名乗りを上げる。

遅れて、後ろの小さな女の子たち2人がもじもじと名乗るけど、よく聞こえなかった。


「こちらは名乗りの通り、私の弟の娘のフランツィスカ。8歳です。そしてこの2人はどちらも私の従兄弟の娘で名はエルゼとタニア。4歳と5歳です。身分は釣り合いませんが旧ラウプフォーゲルでは夫人の()()身分はあまり重要視されませんのでね、候補のひとりとして選択肢にくらいは入れていただけないかとご紹介させいただいた次第です」


フランツがペラペラとまくしたてるのでチラリとペシュティーノを見る。ペシュティーノは目だけで「彼の言っていることは事実だ」と語った……気がする。確かに俺の実母がシュティーリなのに俺がここまで可愛がられていることを考えると事実なんだろう。


「はあ、そうですか。……ええと、よかったらプディングをたべますか?」


「ええ、よろこんで!!」

快活な少女フランツィスカが嬉しそうに飛び跳ねて弾丸のように俺の向かいのソファに飛び込む。おどおどした2人の小さな少女は、フランツに促されてソファにつく。


「王子殿下は魔道具の魔法陣を見抜く魔法が使えるそうですね。これは画期的なことですよ、我がグランツオイレでは魔道具生産が盛んですから。気を引き締めないとすべての事業を王子殿下に持ち去られてしまうかもしれませんね、ははは!」


「そのまほうは、じゅ……じゅつしきをととのえるのにとてもじかんがかかるし、しっぱいすることのほうが多いんです。ね、ペシュ」


「そうですね。1度使うと丸1日寝込んでしまうくらいですから、モートアベーゼンの魔法陣をすぐに見抜けたのは偶然の賜物といえましょう」


この会話はもちろん事実ではない。事実ではないけど、嘘でもない。


事前にペシュティーノに出されていた「宿題」の答え。

俺の瞳に現れる不思議な紋様を出すことなく、同じ機能をもつ「魔法陣透視」の魔法術式を組むこと。そしてさらに、それを使える程度の魔法にすること。俺の言っていることは事実ではないけれど、真実と言い張れるくらいには真実味のあるものだ。

万一、誰かに意地悪されて問い詰められたり魔法研究者にツッコまれたときのために用意した策だが、なんか必要なさそう。


「はあ〜、なるほど。そうなんですねえ。ザムエル様も仰っていましたが、そう簡単にはいかないんですねえ」


フランツは少しホッとしたように笑う。

そりゃあ、魔道具の魔法陣が丸見えになってしまったら彼に事業は商売あがったりだ。現代に例えると家電から兵器に至るまで全ての電子プログラムがセキュリティロックに引っかかることなくまるっと読み取られるようなもの。俺だけが不思議な力で転用も改竄もし放題となったら、グランツオイレにとって強大な商売敵となる。


実はそっちが事実なんだ。

ヒトの思考や心理を読もうとするとものすごく疲弊するけど、魔道具相手ならいくらでも読み取れるんだよね。これは「宿題」に挑んだときの実験の結果。

でも転用も改竄も今のところはする気はない。だってそんな事したら敵を作るからね。


まあ馬鹿正直に言っても警戒されるだけなので、できないってことにしておいたほうが円滑っていうのがペシュティーノの見解。俺もそう思う。


「もう、伯父様ったらまたお仕事の話ばかり! 今日は私の婚約者を決めに来たのではなくて?」


給仕がサーブしたプディングをあっという間に、でも上品にたいらげたフランツィスカがぶっこんでくる。ごめん、俺はフランツとの話のほうが楽しいんだけど……。


「はっはっは、フランツィスカはいつになく積極的だね! ケイトリヒ殿下のことが気に入ったのかな?」


「ええ、仰るとおりですわ! 可愛らしいほっぺに、ふわふわの御髪! ねえ王子、お隣に座ってもよろしくて?」


フランツィスカはオリーブ色の目を輝かせてこちらを見てくる。

……拒否するわけにもいかなそうだ。


俺の曖昧な返事を聞いてか聞かずか、彼女はツカツカとテーブルを回ってボスンと俺の横のソファに腰掛ける。口調も快活だけど、動きもダイナミックというか……。


「王子殿下のお目々、とってもキレイね! ラピスブラオ湖……いいえ、お空みたいに透き通ってるわ。それに思ったとおり、髪もふわふわ! とってもいい香りがするのね、これはなんの香りなのかしら。今まで香油では嗅いだことのない香りだわ」


フランツィスカは子供の身分を存分に楽しんでいるかのように、身体をくっつけてきて俺の頭を抱き寄せるようにしてくる。……大人の男女だったら、なんて積極的な女性なんでしょうとおもうけど、お互い子供だからね。


「うーん、しらない。ぜんぶ、そばづかえがやってくれるから」

「ま。そうなのね。じゃあペシュティーノ殿に聞いたほうがよさそうね。王子の御髪から香るのは、何の香りなのかしら?」


フランツィスカが当たり前のようにペシュティーノに話を振るので、ちょっとドキッとしてしまった。父上を家長とする我が一家では、ペシュティーノを名前で呼ぶのは俺と父上だけ。あとの……とくにアデーレなんかは、名前を呼ぶことすら厭っているきらいがあるので、なんとなく新鮮。


「御髪を洗うとき、洗い上げて乾いた後の艶出し、肌の保湿など複数の香油を使っていますので一概には全く同じものとは申し上げられませんが、おそらくヴァクスフラウメの香りかと存じます」


「まあ」


フランツィスカは絶句して俺を見つめる。ヴァクスフラウメ……直訳すると蝋梅(ろうばい)

なんか庭木でそういうのがあるって聞いたことがあるような。


「ヴァクスフラウメの香料は1適で金貨1枚と言われるくらい高価なのよね、伯父様?」

「ははは、そうだね、フランツィスカ。でもラウプフォーゲルの王子であれば、それくらい大したこと無いのだろう。加えて今回のトリュー事業だ、これからも帝国の産業を牽引する資産家になることは間違いないだろうね」


フランツィスカがオリーブ色の目をさらに輝かせた。

「へえ〜、すごーい! ねえケイトリヒ様。私、ケイトリヒ様のことはまだ殿方として好きになることは難しいけれど、婚約者になって差し上げてもよろしくてよ。お互い大きくなって子供を作れるくらいになったら、3人産むまでは王子だけの妻でいることをお約束しますわ」


めちゃめちゃぶっちゃけた打診してきた!

あまりの展開に驚いて声も出ない俺を置いて、フランツィスカは更に続ける。


「私のほうが年上で成長も早いみたいですけれど、あまり若いうちに出産すると体を壊すというじゃない。私の知っているお姉さまたちは若いうちから輿入れして、2人ほど産むとたいてい無理が祟って体を壊していましたわ。王子がようやく子供をこさえることができる身体になった頃には、私は準備万端というわけ。どうかしら、いい話とは思いませんこと?」


「こら、フランツィスカ。婚約は商談とはちがうんだぞ。は、ははは……すみませんね、王子。この子はこういう子で……まったく、口が達者で困ります……」


「あら伯父様、婚約も個と個、家と家の契約ですわ。実と利を理解して結ぶものと考えたら私の利を明かすのは当然ではありませんか。私は移ろいやすい色恋を基準に婚約者を選ぶのではなく、ラウプフォーゲルの王子ならば利をとるだろうと思って効果的なアピールをしているだけにすぎません」


フランツがなだめてもフランツィスカは我が道を行く、だ。

こりゃあ相当なおてんば娘ですね。

現代日本とは価値観が少し違うけれど、自分で考えて自分で行動する自立した女性。


「やっぱりフランツィスカの声でしたわね。殿方へのアピールはあけすけにしてはいけないと2人で話したでしょう? まったく、少しは仮面をかぶるということを覚えてはといったのはどの口だったかしら……」


「あらっ、マリアンネ! もう順番のお時間だったかしら!」


マリアンネと呼ばれた少女は快活そうな見た目のフランツィスカと対象的に、藍色の真っ直ぐな髪をなびかせたおっとりした顔立ちの少女。だけど、気の強さではフランツィスカに負けていないらしい。


「とっくに過ぎておりますわ。失礼とは思いましたけれど、王子殿下も一度にお話したほうが負担が少ないと思いまして。王子殿下、ご挨拶が遅れました。私、シュヴァルヴェ領フェルディナント・ラングハイムの娘、マリアンネと申します。父はラウプフォーゲル公爵閣下にご挨拶中ですので、私だけで失礼しておりますわ」


マリアンネはおっとりした笑顔でフランツィスカとは反対側の俺の隣のソファに回ると、ずっと黙ってそこに座っていたスタンリーを無言の圧で退かせて俺の隣を陣取り、俺のマシュマロなおててをそっと握る。


え、ちょっとスタンリー?

降伏宣言が瞬速すぎませんかね?


「あら、本当にいい香り。王子殿下、私とフランツィスカは子供の頃からの仲良しですのよ。ドレスをお揃いにしたり、お互いのお城でお泊り会をしたり、2人だけの通信の魔道具も持ってますの!」


マリアンネの突然の仲良しアピールに戸惑っていると、フランツィスカとマリアンネの2人は顔を見合わせてクスクスと笑う。な、なんでしょうか。


「ねえケイトリヒ王子殿下。私達、ハービヒト子爵夫人のお2人のようになれるんじゃないかって思いません?」


「そですね」


脊髄反射で同意したけど、2人はなおも意見を求めるようにニコニコしながら俺を見ている。


あ……。


もしかして夫は俺……の、おつもり、ですかね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ