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2章_0027話_嵐の前 3

3話同時公開の3話目です。

城は一気にお祭りムード。


1ヶ月後に控える親戚会のせいだ。

なんとなくそんなものがあるのだと理解してはいたけど、親戚会ってそもそも何なのか。

と、問われると、その名の通りの意味だ。親戚が集まって親睦を深める会なんだけども。


ラウプフォーゲル領主である父の親戚となると当然、大物ばかり。というか大物しか集まれない会になっている。旧ラウプフォーゲル領の領主が全員集まるので、警備も豪華さも規模が国事レベルだ。


旧ラウプフォーゲル領というのは、帝国傘下に入る前は「ラウプフォーゲル王国」の名を冠し、その領土は実に現在の帝国の半分ほどの広さを誇った領地の総称。

帝国領の一部となった今ではその土地は10の領地に分割され、我らがラウプフォーゲル領を中心にしながらも別々の領地として運営されている。

分割されて200年以上が経っているのでそれぞれ独立心みたいなのが出てきてもいい気がするけれど、旧ラウプフォーゲル領の人々はラウプフォーゲル王国であったころの栄華を今でも憧れを持って語っているそうだ。そして正当な後継者たる父上を、一部では皇帝陛下よりも敬っているのだという。


それって国として大丈夫? と言いたいが、世間の風潮というのは変化に時間がかかる。

ネットもテレビもないこの世界ではなおさらだ。


旧ラウプフォーゲルと合併する前の旧帝国は北に現在の共和国、海を隔てた北東には現在のオロペディオ王国と、3つの大国に囲まれた中心の矮小な国だったと歴史で習った。

逆にどうしてそんな矮小な国が独立を維持できていたのか謎だけど、歴史的に見て併合するには躊躇うほどの何らかの威厳があったのかもしれない。


ともかく今度の親戚会にやってくる賓客たちは、旧ラウプフォーゲルの感覚でいえば正当なるラウプフォーゲルの継承者である父上の臣下たちということだ。

帝国法で考えても、父上は旧ラウプフォーゲルで唯一となる最高爵位の公爵。


つまり、親戚会の中で、ウチのパパはいちばんえらい。


「そのとおりです。ではその立場をご認識のうえで、ご令息たるケイトリヒ様、あるいは兄君たちがどのように振る舞うべきか。はい、お答えください」


「領主にのみ様づけ、そのほかのヒトにはすべて、なまえはよびすて。家臣のようにふるまえ」


「はい、正解です。年齢や功績などに全く関係なく、ケイトリヒ様は領主様以外に『様』をつけてはなりませんし、必要以上にへりくだってもいけません」


「むずかしいなー」


ディアナとペシュティーノのお作法講座だが、どうしても納得いかない。

こんなちっちゃい子が、おじさんたちを家臣のように扱うなんてなんとなく……アホ王子っぽくてイヤだ。必要以上にへりくだってはいけないというのはわかるけど、必要以上に偉ぶる必要もないよね。


「『さん』をつけるのはいい?」

「なりません。……いえ、少々譲歩すると公的な場でなければ別に付けても構いません。しかし例えば周囲の注目が集まっている場合や、公的な場面ではなりません。年長者を敬う心までも制限するつもりはございませんが、ご自身の立場をどうかお忘れにならぬようご注意ください」


ディアナはニコリともしないキビシイ顔つきとは裏腹に意外と柔軟な解釈をしてくれる。


「私は、公の場でもケイトリヒ様とお呼びして良いのでしょうか」

「スタンリーは書類上は正式な側近ですので、公式な場でもお名前呼びで結構です。むしろ他の騎士たちとの違いを明確にするためにもお名前呼びのほうがよいでしょう」


ディアナはスタンリーにも丁寧に指導してくれる。

スタンリーはペシュティーノの予想以上に学習力が高いようで、帝国式のマナーや社会常識を、座学だけでなく普通の会話の端々からもみるみる吸収していっているそうだ。


ごく普通の、しかし飛び抜けて優秀な少年。子供ながら過酷な人生を行きてきた子だ。

これ以上、過去に苦しめられることがなければいいのだけれど。


色の違う瞳に向けてニコリと微笑むと、スタンリーもうっすら笑い返してくる。

美少年だなー。


「そーだ。スタンリーは僕の……僕の、おにいちゃんになってくれる? じょせいならねえやだけど、男の子だから……にいに? 」


スタンリーは驚いたように目を見開いた。


「そうですね。年齢の近い年上の側近に対し、王子がそう呼ぶのはおかしなことではありません。ただ、先程と同様に公式の場や衆目の集まる場では、スタンリー、と名前でお呼びください。スタンリーもよいですね、ケイトリヒ様が間違えた場合は貴方が訂正するのですよ」


ディアナは動揺するスタンリーに淡々と説明する。


「は、はい。わかりました」


スタンリーは俺をチラチラ見ながら、耳を真っ赤にしている。俺としても「にいに」呼びはやや幼く思えるけど、まだ幼いんだもん。いいよね。


「にいに、だっこ」


カウチの上でよじよじ、とお尻だけでににじり寄ってスタンリーに抱きつくと、細い腕でちょっとだけ抱き上げられて彼の膝の上に乗せられる。スタンリーの太ももはまだちょっと骨ばっていて、あまり長い時間座ってるとスタンリーが辛そう。

ペシュティーノたちのように腕だけで俺を抱き上げるのはまだまだ筋力的に難易度が高いので、今はお膝に座るくらいがベストだ。


「ケイトリヒ様、いい匂いがします」

「ディアナ、ひこうしきの場だったらにいにも僕のことあいしょうでよんでもいい?」


「愛称、ですか? ……そうですね、ご兄弟では愛称で呼び合うこともあります。同年代の、一緒に育ったような王子と側近であればそのようなこともありますが」


「じゃあスタンリー、僕のことは『ケイト』ってよんで! そのほうがお兄ちゃんっぽいもん! はい、せーの!」


「えっ、いや、それはさすがに」

「ねーおねがい! ねえ、ディアナ! もんだいないでしょ?」


「ええ、まあ……まだ御二方とも成人前でいらっしゃいますから、問題はありません」


俺としては、前世で一人っ子だったので兄弟への憧れがある。ケイトリヒとしても兄はいるが、母親が違うし俺の立場も微妙だったので少し距離がある。

無条件で甘えられる兄なんてめっちゃいいじゃん!


「これからいっしょに勉強して、いっしょに大きくなるんだもん。きょうだいってことでいいよね! ことばづかいも、けいごじゃなくていいよね! ね、にいに!」


スタンリーの顔を覗き込むと、カナリアイエローのほうの左目がなんだかキラキラして見える。不思議に思ってジッと見つめていると、なんだか温かいオーラを感じた。


好意、幸福、充足、庇護。言葉にするとしたらそんな感じのものが俺に流れ込んでくる。

もしかしてこれが精霊のいう、「従魔」としてのつながりだろうか。

迷惑そうでなくてよかった。


俺は確信的にスタンリーの首に抱きついてギュッとすると、スタンリーもちょっと強めに抱き返してきた。グエッってなっちゃう。


「くるしいよ、ケイト」

「うふ! わあい、よんでくれた! にいに! 僕のにいにー!」


何故かディアナが目頭を指でつまむように押さえて、「ングゥ」といって黙り込む。

あっ、あれですね。ディアナ風にいうところの、可愛すぎて悶絶してるやつですね!


それから俺とスタンリーことにいには、親戚会に向けてご挨拶の練習やトラブルが起こったときの対処法、他のファッシュ家親戚関係の応対方法などを学んだ。

やっぱり一緒に学ぶ仲間がいると、いい。ちょっとした会話で覚えやすくなるし、思い出しやすくなる。


スタンリーとのお勉強は順調。


そして親戚会の準備についても順調。

モートアベーゼンの試作機についても、10台が完成した。


改良した魔法陣をモートアベーゼンの機体に焼き付ける「刻印」という作業を、この10台のために100回くらい練習した。俺の「刻印」は杖を使ってやったのだが、杖の制御の使い勝手がわからなかったんだ。

最初の1回は柄の部分が消し炭になり、2回目は何故か木の繊維がほぐれるように粉々になった。魔法陣の刻印てこんなに難しいの!?


3回目からは、せっかく作ったモートアベーゼンの機体が消費されてはたまらないということでようやくペシュティーノの指導を受けながら本格的に刻印の練習に入った。

多分、俺の中に「刻印」という概念が定まってなかったせいで失敗したのだという話になったのだけれど、これがまたなかなか上手くいかなかった。


俺の中では木に焼きごてをあてるようなイメージだったせいで、刻印の段階でどうしても【火】の属性が混じってしまうようだ。その影響で魔法陣が変質してしまって、妙な作用が働いていたらしい。20回くらい失敗し続けて、ようやく精霊がその事に気づいてくれたんだけどもうちょっと早く気づいてくれてもよくない?

っていうのは俺のワガママですかね? はい、ワガママですね。


その後もどうしても前の世界の感覚が抜けず、インクで書き込むイメージや刻んで彫り込むイメージなどで「刻印」を施していったけれど失敗の連続。ペシュティーノも、まさかこんな部分で俺がつまづくとは思っていなかったようで失敗が50回を超えた辺りから焦り始めた。


その後も失敗が続いて俺もちょっと疲れてきたとき、「デジタルならコピペですぐなのにな」と思った瞬間に成功した。魔法陣って情報処理、つまりプログラムに近いっていうことに気づいていたはずなのに、「刻印」という言葉に引っ張られて忘れてたんだ。


それ以降は今までの失敗が嘘だったかのように寸分の狂いもなく魔法陣を刻印することができるようになった。

そして刻印されたモートアベーゼンは当初の設計どおり、地面から150センチほど浮いて、時速80キロほどで飛行できた。試運転のライダーはジュン。


前の世界の固定観念が邪魔をすることも、あるんだね。


その日の夜は俺も疲れたけど、ペシュティーノがちょっと老けて見えた。


翌日、ジュンの試運転を見て父上がたいそう喜んでくれた。

そして本来なら改良型の新規モデルから名前を変える予定だったのに、この試作機でも十分革新的だと判断。俺には急遽名前をつけるという使命が課された。


「名前……とぶホウキ……ニンバス。ファイアボルト。あとなんだっけ……」

「ケイトリヒ様、それパクリ」

俺が名前のアイデアを書き出した紙とにらめっこするのを横目に見ながら、夜食を運んできたレオがツッコむ。


「ホウキに名前をつけたけいけんなんてないもん! レオ、たすけてよー」


おれがつくえにベシャリと上体をくっつけて、リストの紙をレオに渡すと、彼はことのほか真剣にそれを見つめる。


「試作機を見ましたけど、あれどう見てもホウキには見えないですよね。ムリにホウキにこだわる必要ないんじゃないですか? むしろ、飛行機や戦闘機あたりから引用してはどうでしょう」


「ひこうきの名前なんてもっと知らない。ボーイング? F-35とか?」

「前世の知識、偏ってますねー。ボーイングは社名ですよ。戦闘機の愛称とかどうでしょう? F-35だと『ライトニング』ですけど。他にはファイティングファルコンとか、スペクター、ファントム、スーパーホーネットとかブラックウィドウはどうですか?」


レオが笑顔で言う。


「レオ、せんとうきくわしい!」

「ゲーム知識ですけどね」


俺とレオの会話に、すぐ近くにいたガノが気づいて口を挟んでくる。


「聖教公語ばかりですね。それに今並んだ言葉は、最初の2つ以外は魔物の名称として一般的なものです。異世界の言語が元だとしても、なるべく聖教公語とわかるものは避けていただくのが無難かと思います」


そうだった、英語は聖教公語といわれるんだった。

そうなると戦闘機の名前……おそらくレオが知っているのは大抵、アメリカ製だから難しいな。


「そうか、英語は帝国っぽくないですもんね。じゃあ、日本語はどうですか? 屠龍(とりゅう)とか、呑龍(どんりゅう)とか。あっ、紫電(しでん)瑞雲(ずいうん)とか! カッコよくないですか!」


レオがちょっと嬉しそうに言うけど、俺にはそのカッコよさわかりません。

まあ、モートアベーゼンやファイティングファルコンより短いからいいなとは思った。


「じゃあみじかくていいやすいし、屠龍(とりゅう)で。龍をたおすよていはないから、漢字……じゃなくて。読文字(アウゲ)じゃなくて声文字(アーテム)で、『トリュー』。どうかな、レオ、ガノ」


「なんか投げやりっすね!! でもいいと思いますよ」

「ふむ、良い名前ですね。由来を聞かれても、レオがいるのですから異世界の言葉から来ていると答えても問題ないでしょう。やはり力強く空を飛ぶイメージといえば、ラウプフォーゲルの他となると竜であることはこの大陸でも一般的です。フォーゲル()の古代語を引用すればなにかしら旧ラウプフォーゲルのどこかの領地の名前になってしまいますので、それとは差別化するために竜にしたとなれば御館様もご納得いただけるはずです」


「じゃ、けってい」

俺は羊皮紙に丁寧に「トリュー」と書いて、横においてあったハンコをポンと押す。

複雑な模様の鷲のマークと、古代文字で「ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ」という文字が真っ白な修正テープのようなインクで記される。俺の意志に反して紙にダメージを与えることなく剥がすことも消すことも不可能な、精霊たちが作ってくれた俺専用のハンコだ。

魔力でインクを流すもので、俺以外の魔力では捺印できないようになっている。

ハンコ自体は、教科書でみたことある金印みたい。金じゃなくて象牙っぽい色だし、四角じゃなくて丸だけど、なんか。教科書の金印の上にはなんかよくわからないモチーフが乗ってた部分が、俺のは鷲。ふさふさのタッセルもついてて無駄にゴージャス。でもかっこいいから気に入ってる。


以前のサイン地獄からは開放されたのだ!


「ケイトリヒ様のハンコ、かっこいいですね!」

「へへー、いいでしょ」


ちょっと難点があるとしたら、インクが白いことくらいか。

羊皮紙は少し黄ばんでるのでちゃんと見えるけど、きれいに漂白されているタイプの紙の場合は布に別のインクをつけてポンポンと黒くした上にハンコを押すようにしている。面倒だけど、これが唯一無二の独自性と偽造防止にもなるそうだからペシュティーノは喜んでいた。

父上もそれを聞いて欲しいとゴネたようだけど、まだ魔力消費量が実用に見合わないからダメだって。めっちゃ拗ねてた、とペシュティーノから聞いた。なんか父上かわいい。


「では、私が御館様に提出してまいりましょう」


ガノが羊皮紙を鮮やかな手付きでくるくると巻いて、どこかから紐を取り出して巻いて、さらに用意していた青いシーリングワックスを完璧な量で垂らし、俺の前に差し出してくる。そこに俺のオリジナルハンコをポンと押すと、ふわりと白い湯気が出て紐に吸い込まれていった。


これもまた、許可されている者以外には開けない魔力仕込みのシーリングスタンプへと早変わりだ。


お勉強に衣装、そしてモートアベーゼンまで全ての準備が整い、親戚会の日の前日。


本城の周囲には各地から大きな色とりどりの花が次々と届き、何かの開店祝いみたい。日本で見かけるおめでたそうな花輪じゃなくて鉢、あるいは木がそのまま届いたりするものだから盛り感がはんぱない。


桜のように葉っぱがなくて花がみっしり咲いた木も見かけた。花自体が大ぶりで単一色じゃないから桜とはまた違ったキレイさだ。

花を見るだけだし、城の敷地内だし、スタンリーもいっしょ!


正門を守る衛兵も、俺が花に興味津々なのを見て微笑ましく見守ってくれている。

花の名前を教えてもらったり、誰から贈られて来たのかを興味深く聞いていると遠くからものすごい足音を響かせた馬車っぽい音がくるのが近づいてきた。

ほんとにすごい音だ。でも衛兵さん、動じてない。

ってことは危険じゃないんだよね?


「え、なに。すごいおと! な、なんかくる」

「この音は……ラオフェンドラッケの馬車の音ですね。親戚会の前日にやってくるのは、あの方しかいらっしゃらないでしょう」


ラウプフォーゲル城の本城と周囲の離宮を取り囲む巨大な城壁の外門をくぐって入ってきたのは、二足歩行の竜が曳く馬車だ。前世で例えるならその姿はまさに恐竜。

馬の倍くらいある大きさで、巨大な後ろ脚と小さめの前足、頭はチーターのように小さくてカンガルーのように長い尾。恐竜の名前とか詳しくないけど、小顔のティラノサウルスみたいな? それが2頭も横に並んでこれまた大きな馬車を引っ張っている。


「なにあれ、なにあれー! でっかーい! りゅう!? りゅうしゅ!?」

「ラオフェンドラッケという魔獣です。竜とは外見の特徴が似ていますが、竜種ではありませんよ。ケイトリヒ様、危ないので私の後ろに」


ちょっと竜たちの足並みが乱れたのを、御者のおじさんが力強く手綱を引っ張って正す。

これだけ大きかったら御者も大変そう。


「どう、どう! どうしたんだお前達、いったい何に気を取られて……ん」


御者のおじさんは立派な外套のフードの下に、つばが前に広いキャップのような帽子をかぶっていて、なんだかストリート系にも見える。父上と同じくらい大きい髭の大男だ。


「おお!? もしやその子はケイトリヒか! 其方がシュティーリの世話役か!」


御者のおじさんはパッと帽子とフードを取ると、父上とそっくりの顔をしていた。

あ、このひと御者さんじゃない。


「……ケイトリヒ第4王子殿下の世話役、ペシュティーノ・ヒメネスと申します。ハービヒト領主、ゲイリー・ファッシュ・ヴォン・ハービヒト閣下にご挨拶申し上げます」


この方が、父上の兄! ……魔鉱石の事業で大失敗した、と噂の。なるほど、なんとなく色々と察した。父上が「ファッシュ家は(まつりごと)が不得手」と言い切る象徴みたいな方、のような気がする。自分で馬車走らせるんだ。すごいなー。


「ケイトリヒ、やはりケイトリヒか! なんとまあ、小さいのか! クリストフも青年になるまではだいぶ小柄だったからな、心配したものだがこれはこれは! なんと可愛らしい子か!!」


ゲイリー伯父上は御者台から飛び降りて、ドカドカと勢いよくこちらへ向かってくる。

制御をなくしたラオフェンドラッケが、ものすごく捕食者の目で俺を見ている気がしますけどもー! 慌てて駆けつけた城の馬丁と使用人たちが抑えてくれた。


「おいで、ケイトリヒ! 伯父さんだぞ! 高い高いしてあげよう!」


伯父上は俺に両手を伸ばしてくるが、こんな勢いあるヒト初めてすぎてびっくり。

固まっていると、ペシュティーノがそっと頭を撫でてくる。


「ケイトリヒ様、お父上の兄君、ゲイリー様ですよ。ゲイリー伯父上、とお呼びになるとよろしいかと存じます。さあ、ご挨拶できますね?」


促されるまま、ちょっともじもじしつつペシュティーノのふくらはぎから離れてちょん、と屈んで頭を下げる。


「ケイトリヒですっ。ゲイリー伯父上、おあいできて、うれしいです」


言い終わらないうちに、馬車から2人の女性が勢いよく降りてきた。2人ともドレスではなく、騎馬服のようなピッチリしたズボンとブーツ。前世のナントカ姉妹も舌を巻くほどのヒョウタン型ボディ、見るからにダイナマイトなバストとくびれたウエスト、そして大きなボトム。こ、こういうヒト海外の昔のコミックとかで見た……!


「まあっ!! まあ、まあぁー! なんて可愛いの! 妖精!? 妖精かしら!」

「小さいのにゲイリー様に怯えることもなくご挨拶できるなんて! 可愛いだけでなく肝が座った子ねえ、きっと大物になるわ!」


見た目はセレブ女優だが、多少上品ではあるものの動きはおばちゃんだ。

父の兄、ゲイリー伯父上ということは、その夫人は……。


「リーゼロッテふじん、マルガレーテふじん、おあいできてうれしいです、ケイトリヒですっ!」


「まああっ! 私達の名前まで覚えているなんて、えらいわあ! 本当に賢いのね!」

「なんてことなの! 可愛すぎるわっ!! どうしましょう、ああどうしましょう」


2人の夫人はお互いの手を握ったり顔を見合わせたりして俺に悶絶してる。

仲良しですね……。


「ケイトリヒちゃん、後ろを見せてくれるかしら? そうそう、ちょっと回って?」

「いい仕立てね。そうよねぇ。こんな可愛らしい素材を、ディアナが逃すはずありませんもの! 襟のデザインはクラシックなのに、背中の刺繍は斬新。相変わらずいい腕ねえ」


言われるままにくるりと回ってみせると、夫人たちは急に審査する目つきになった。


「服の話はあとでいいだろう! さ、ケイトリヒ! 伯父さんに抱っこさせておくれ!」


ちょっと離れたところでにこにこ顔の髭の大男が手を広げている。

ちょっぴり尻込みしちゃうけども、可愛がられるのはやぶさかではない。

これも俺が今後、ファッシュ家で生きていくための処世術、いや営業だ!


抱っこをせがむように両手を伸ばして、ててて、と駆け寄ると、その動きを見て夫人たちがまたきゃあきゃあとはしゃぐ。


「なんと小さいのか! 潰してしまいそうなくらい柔らかいな!」

「貴方、私にも抱かせてくださいな」

「私にも、私にも!」


ゲイリー伯父上の抱っこは父上よりも安定感がある。子供の抱っこに慣れてる。


「どおれ、ケイトリヒ! これはファッシュ家の伝統みたいなものだ、舌を噛まないように食いしばれよ!」


え?


まさかぶたれるのかと思った瞬間、視界が真っ青な青空だった。


「ほえぇ」


浮遊感に、変な声が漏れる。

すぐにズムン、と重力がかかって目の前にはゲイリー伯父上の笑顔。

どうやら高い高いされたようだ。急なことで理解できなかったが、だいぶ高く飛ばされた気がする。


「よし、大丈夫そうだなっ? もう一回いくぞ!」


次はしっかりと、ぽーんと投げ上げられたのがわかった。


「ふきゃっ」


また変な声が漏れた。

ズムン、と重力がかかって伯父上の手の中。


なにこれ楽しいぃぃ!


「やははははっ!」


俺が甲高い声で笑うと、伯父上は気を良くして何度も何度もポンポンと高い高いしてくれる。そのうち回転が加わったりして、青空と心配そうに見守るペシュティーノの顔とがグルグルする。


「きゃぁー! あーははははっ! ふひゃははは!」

「ちっとも怖がらんな、そーれ、これはどうだ! ほーれ!」


何回放り上げられたかわからないけど、微妙に門番の衛兵たちも心配そうにしているふんいき。でも楽しいぃ!


「兄上ッ!! いい加減におやめください!!」


何回目かわからないが鋭い声がして、ズムンと抱きとめられたときは目が回って頭がクラクラした。身体が揺れてるのが自分でもわかる。


「目を回しているではないですか!」

「おう、久しいなザムエル! ケイトリヒは可愛いなあ、小さくて心配したが豪胆で賢い子に育っていて安心したぞ!」


グルグルする視界に、父上が近づいてくるのがわかる。


「きゃはは、ぱぱー! たかいたかい、してもらったー!」


「見ろ、全く怖がっておらん! ハロルドでももう少し大きい頃に同じくらいやって吐いたというのに、小さいのに頑丈な身体を持っておるな!」

「吐くまでやってはならないと父上から言われているでしょう!!」


ゲイリー伯父上から奪い取るように俺を抱き上げると、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「気持ち悪くないか?」

「へーきですっ! んじゅっ、んふふっ、たのしかったです!!」


ちょっと興奮しておよだが漏れたけど、心は大丈夫です!

前世でも絶叫マシン大好きでしたので!


「ペシュティーノ、視点が定まっておらぬようだがこれは大丈夫なのか」

「目を回しているのでしょう。拝見している限りでは、たしかに耐性は高そうです」


「何故止めなかったのだ」

「我々の守護下では決して体験し得ない状況ですので、私としてもケイトリヒ様の限界を知る良い機会にございました。少しお口が緩んでいますが、こんなに楽しげに笑うお姿はあまり見ません」


ペシュティーノ、観察してたんかい!


「たのしかったですぅ、うふふ」


父上が盛大なため息をつきながら、俺をペシュティーノにわたす。

まだクラクラするけど、ペシュティーノの抱っこはやっぱり安定してて気持ちいい。


「もうっ、私達も抱っこしたかったのに……」

「そうですわ、ゲイリー様が無茶なさるから!」


夫人たちが口を尖らせて伯父上を責める。

伯父上のほうはあまり堪えてないみたいだ。じゃれつく猫をあやすように2人の腰に手を回して頬に口づけたりなんかしてる。すごい。余裕のある男っぽい。

あ、猫って単語は口にしちゃいけないんだっけ。思ってるだけならセーフ。


「ケイトリヒは少し休ませてあげてください。……ひとまず、歓迎します」


父が低い声でいうと、伯父上がガハハと笑う。


「ラウプフォーゲル領主自らが出迎えてくれるなど、初めてだな! 世話になるぞ」


伯父上は父上の前で大きく腕を広げる。父上は少し嫌そうな顔をしつつも、渋々とハグを受け入れる。伯父上は嬉しそう。

大男同士のハグって、傍目から見るとなんかクマがじゃれ合ってるみたい。


この短時間で、ファッシュ家の兄弟関係がとってもよく理解できた気がするよ。

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