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2章_0026話_嵐の前 2

3話同時公開の2話目です

スタンリーは、ラウプフォーゲル城とさらに城下町で有名人になっているそうだ。


理由は簡単、「悲劇に見舞われた子供が城の騎士によって命を救われる」という美談の主人公だからだ。さらにおまけとしてその子供は王子様の世話役として抜擢され、今では王子と同じ教育を受けていると聞くと、男の子版シンデレラストーリーともいえる。


ジュンがこっそり運び込んだこともあり、生きているほうが不思議なくらいミイラ状態だった姿を知るのはエグモント以外は癒術士だけ、ということで。

癒術士さんには悪いけどちょっぴりいじらせてもらいました。

運び込まれたときは確かに危険な状態ではあったけど、ここ数週間で完治するくらいのレベル、という記憶操作だ。

癒術士は「瀕死の子供を救った英雄」とて周囲から称賛が集まって悪い気はしなかったみたいだし、スタンリーは美談効果か否か、スムーズに俺の世話役として就任できた。


スタンリーの身元についても本当の事情は父上だけに話し、近いうちに俺の後ろ盾になれるような地元貴族と養子縁組を画策しているそうだ。そこは父上とペシュティーノにおまかせします。


スタンリーのほうは万事うまくいってます、ということで。


今日はモートアベーゼン工場の視察にやってまいりました。


え? モートアベーゼン工場ってなに? からの視察。


強行軍すぎませんかねえ!!



「わあ、でっかい!」


小高い丘の上から馬車で見下ろす景色。城下町の城壁の外に新たな城壁をつくって建設されたモートアベーゼン工場は拡張を見越してかなりの敷地が確保されている。

俺が魔法陣を「見る」ことができると判明して、モートアベーゼンを改良できるという話になって、半年も経っていないと思うんですが。展開が早すぎない?


「実は、あの土地は20年ほど前に頓挫した公共事業計画の一部として確保されていたものを活用したのですよ。なので、ケイトリヒ様のモートアベーゼン事業には渡りに船、ラウプフォーゲルの産業としても20年の遅れを取り戻す宿願でもあったということです」


ペシュティーノから聞くには、20年とちょっと前に以前父上と狩りに行った狩猟小屋の向こうに広範囲で魔鉱石の鉱床が見つかったのだそうだ。当時は城下町にほど近い魔鉱石採掘場ができると湧きに湧いたが、1年もすると掘り尽くしてしまい、カケラも産出されなくなった。

地中資源の埋蔵量を正確に調査できない時代であれば、前の世界でもきっと同じようなことがあっただろうな。


おかげでラウプフォーゲルを基盤にして魔鉱石で潤うことを信じて事業拡大した商会が軒並み業績悪化し、領運をかけて巨額の資金を投じた大規模公共事業計画はポシャり、働き口を求めてラウプフォーゲル城下町に集まった人々は路頭に迷う羽目になった。

その陣頭指揮を執っていたのが父上の兄……つまり俺にとっての伯父上だったそうで、当時の領主だったお祖父様はその責任を負わせるというテイでラウプフォーゲルの一部を分領したハービヒト領を立て、伯父上をその領主としたのだそうだ。

個人的にはそれって罰なの?と思うけど、ラウプフォーゲルの直系に生まれてラウプフォーゲルを継がせないことが罰になるんだそーだ。

食糧事情のいいラウプフォーゲルだったからこそ餓死者までは出なかったが、就職のアテが外れた平民たちは苦労したみたいだし、それなりに治安も悪化したようだ。それでも傭兵業という最強の事業があるラウプフォーゲルにとってはそこまで痛手ではなかったそう。まあ人民の生活を握る為政者であればしでかしたことの責任はとらないとね。


その20年前の失策ののち、失業者による治安悪化を危惧したお祖父様がすぐさま城下町の区画整備を提案し、城下町がだいぶ整理されたのという話はおまけ。

労働力が集まったのなら使ってやれ、とばかりに借金してまで上下水道とスライムによるし尿処理設備の一般化、そして街道整備に着手できたのはひとえに傭兵業という不動の事業が基盤のラウプフォーゲルならではだ。


「ふーん、だからモートアベーゼンの『動力源』の魔石がさきにつくれるようになったんだね。でも、それってけっかおーらいだよね!」

「そうですね。しかし、『けっかおーらい』とはどういう意味ですか?」


「あ、えーと」


英語で【all right】が日本語風に訛ったもの、なんて説明していたら工場に着いた。


今日の側近はペシュティーノとガノとエグモント。

一緒に馬車に乗るのはペシュティーノだけで、俺を抱っこして馬車から降ろしてくれる。

馬車から降りた瞬間、一瞬ムッとするほどの熱気を感じたけれどすぐに消えた。ペシュティーノの温度調整の魔法かな?


ジュンはスタンリーの「実戦訓練」に付き合ってるので、補充として父上直属の護衛騎士が数人同行してくれている。中にはエグモントの知り合いもいるのか、いつもよりもエグモントの表情が明るい。

馬車から見ていたがガノも持ち前の社交力で、貴族ばかりの領主直属騎士とも馬上で親しげに会話していた。さすが商人のコミュ力。


「わー! すごいいっぱいヒトがいる!」


巨大な体育館みたいな、湾岸の倉庫みたいな、飾り気のない広いだけの建物だと思っていたが違った。遠目で見てもわかるほど建物の中でも外でも、せわしなく人々が木材を運んだり手押し車で大きな石を運んだりとものすごく活気がある。


「3ヶ月ほど前から本格稼働していますからね。まだまだ労働者が集まっています。ラウプフォーゲルの産業は傭兵業ですが、兵力に満たない労働力の就労先について長年の課題があったのですよ」


なるほど、それで父上はモートアベーゼンの事業化を急いでいたのか。


「ここではなにがつくられるの?」

「それは、工場長に聞いてみましょうか。さ、中に入りましょう。きっと労働者たちは事業主であるケイトリヒ様にお会いしたいはずですよ」


えっ、俺、事業主?


抱っこされてるのに? まあいっか。王子だし。子供だし。


工場の広く開いた巨大な扉に近づくと、5〜6人の大人が全速力で走って近づいてきた。

領主直轄の護衛騎士が俺を抱っこしたペシュティーノの前にスッと立ちふさがったのを見て、大人たちは少し離れたところでズザーッと膝をつく。

すごい! これがスライディング土下座! いや、スライディング(ひざまず)き?


「はあっ、はあっ! も、申し訳ッ、ありません! ケイトリヒ・アルブレヒトッ、ファッシュ第4王子殿下にご挨拶もうし、あげます! お出迎えもせずに大変失礼致しました! 私はこの工場長……イーモン・ベルツ、と、申します」


他の大人たちも息を切らせながら汗だくで名乗ろうとしていたところを、すんででペシュティーノが止める。


「此度の訪問は王子殿下の見聞を広めるため。立ち上がりで忙しい時期に業務の手を止めるつもりで来たわけではありません。王子殿下への挨拶だけ済ませたら、案内人だけを残し、他の者は持ち場に戻りなさい」


「「「「「「ははー!!」」」」」」


あ、時代劇みたいに両膝をついた平伏って、レオが大げさだったわけじゃなくこの世界のヒトみんなやるんだ。手は地面じゃなくて膝の上だけど。


事務局長だとか、経理部長だとかいう肩書のヒトたちが次々に挨拶するのをボーッと聞いていると、副工場長の青年だけを残して残りはまた全速力で走り去っていった。

ほんとに忙しそうだね?


「お見苦しくて申し訳ありません。工場長は現場を仕切る業務がございますので此度の案内は僭越ながら副工場長の私、ヴィリバルト・ガードナーが務めさせていただきます」

「……ガードナー? 貴方は、もしや」

ペシュティーノが家名に反応する。


「は、はい。栄えあるラウプフォーゲル領のガードナー男爵ベルヒェットの末弟です。私自身は爵位を持たぬ身、どうかヴィリとお気軽にお呼びください」


ニコリと人好きする笑顔で俺に笑いかけてくる。

青年だとおもったが、笑うと深いシワが目立つので意外と年齢はいってるのかも。


「ではどうぞ、こちらへ。下はまだゴタついておりますので、2階の展望スペースからご案内致します」


巨大な工場はハリウッド映画とかで見るような感じ。日本だと町工場が近いけど、それにしては広すぎる。倉庫も近いけど、それにしてはモノやヒトが活動的すぎる。

って感じの場所。

1階には巨大な機械っぽいものがあったり、パレットのような平たい板の上に沢山の荷物を乗せて手押し車が行き来したり。工場の隅には天井からクレーンのようなものがぶら下がっていて、せわしなく鉱石や木材を運んでいた。あれも動力は魔力なのかな?


2階部分は1階を囲むように壁に沿って渡り廊下のようになっていて、体育館っぽくもある。中学の頃の体育館がこんな感じだったな。ここまで広くはなかったけど。


「あの一角はモートアベーゼンの機体の原材料となる木材を加工する区域です。シュペヒト領から買い付けた良質の木材を選別して、より強靭でしなやかな木材となる魔法加工を施しています」


副工場長のヴィリが手で指し示したを見ると、クレーンで持ち上げられた木材がフラついてそばにいた男性の頭をしこたま強打し、ふっ飛ばされた瞬間だった。

ゴン、という鈍い音は俺のいる離れた2階まで聞こえてきた。


「わっ!?」


俺が思わず声を上げると、副工場長は慌ててこちらに向かって頭を下げる。

「ああっ……す、すみません、お見苦しいところを……」


いや見苦しいとかじゃなくて心配だよ、あれ頭蓋骨が割れてもおかしくない勢い、と思ったのも束の間、ふっ飛んだ男性はネックスプリングする勢いで立ち上がってゲラゲラと笑っている。周囲に居るヒトなんて、強打したところを追い打ちのように引っ叩いていた。

気をつけろよ、みたいな? いやいや。

やっぱり、この世界のヒトってちょっと……いや、かなり頑丈……?


俺はこそりとペシュティーノに耳打ちする。

「(異世界では、命にかかわる頭と危険がおおい足はほごするのがあたりまえだったんだけど。もしかしてこっちのせかいでは、ヘルメットとかあんぜんぐつとかは……)」

「(頭と足を保護する防具ですか。騎士や冒険者でもない限り身につけませんね)」

ペシュティーノがさらりと当然のように答える。


うーむ。どうする、この安全意識。


2機あるクレーンのもう一機のほうを見ると、そちらはクレーンの先にくす玉のような形のアタッチメントがついていて、鉱石の山からひとすくいずつ集めては少し離れたバラバラとベルトコンベア的なものに落としている。


その落ちる場所の近くにも、ヘルメットすらかぶらない人々がたくさんいて手作業でベルトコンベア上に落ちてきた鉱石を手で均一にならしている。さすがに手袋はしているみたいだ。彼らの上を、巨大なクレーンが石を抱えて通り過ぎる。

危機管理とかそういうレベルじゃない。もうありえないでしょ。


「あちらは、各領地から集めた魔鉱石の集積・選別場です。魔鉱石にも様々なグレードがございまして、あそこには最もグレードの低い5級と、4級になるかならないか……というものが集められています」


産出時に4級以上の格付けがされている魔鉱石は産出量がグンと減るため、加工場に直接搬入されているのだそうだ。


「いちばん格のひくい魔鉱石……コストのかかるところが、あんなに危険だなんて」


俺はクラリとしてしまった。彼らの給料はどれくらいなのだろう。頭より大きな魔鉱石が頭の上を行き来してるのに、どうして頭を守ろうという発想がないんだい、ええ?


「先に魔鉱石の加工場のほうへご案内します。こちらへどうぞ」


俺のクラクラにも気づかず、副工場長のヴィリは涼しい顔で2階の廊下を進んでいく。


そうして巨大な工場みたいな建物に隣接している小さめの建物へ。

こちらは2階は完全に室内になっていて、1階の作業場が一望できるのは奥の一角だけ。

1階を見下ろすとこちらもかなりの広さがあるが、さっきの倉庫のような開放感はない。


「こちらでは魔鉱石を等級ごとに加工する機械です。この機械を通すと、不純物が取り除かれてどの魔鉱石も等しく2級程度になるように……と、こちらはご説明不要ですね。こちらの仕組みを考えられたのは第4王子殿下の世話人であるヒメネス卿だと伺っております」


パッとペシュティーノを見ると何故かスンとした顔でチラリと目を合わせてくる。

あっ、なるほど? これは精霊に聞いて作った装置ですね?


「さらにこちらの機械で一定の大きさに揃えられ、魔力の蓄積量と放出量を一定にして、内包する魔力を純魔力に変換させるという門外不出の加工を施します。こちらもヒメネス卿の発案であらせられるとか! いやあ、ヒメネス卿の魔鉱石学の知識は素晴らしいですね! さらにこちらがさらに画期的な、大きさを揃えた際にでた端材の魔鉱石を集めて再び一定の大きさに形成する機械です! これはもう天才と申し上げるにも言葉が足りないほどの発明ですよ! お会いできて誠に光栄です。これはラウプフォーゲルに巨万の富をもたらすことでしょう!」


キラキラしているであろう目でペシュティーノを見ると、微妙に嫌そうな顔をされた。


「ぺしゅふゴッ」


「ペシュすごい」と言おうとしたのに、モニュっと頬を掴まれてお口がブーになった。

なぜ。いいじゃん、普通だったらすごいって言うと思うよ。


「(いたたまれない気持ちになるので褒めようとするのはおやめください)」

ペシュティーノが俺の耳元で言う。意外と繊細ね。


この施設にきたばかりの魔鉱石はゴツゴツした様々な色をしているが、全ての工程を終えると寸分たがわぬサイズの、真っ黒な8面ダイス型になって次々と出てくる。

副工場長は「機械」と呼んでいるが、形成も加工も全て魔法陣が施しているので言うほど機械感はない。不思議なボックスに入るとフワーンとかキュルルンとか謎の音がして、出てきたときには形や色が変わっているのだ。

ものすごい勢いで作られている……というわけでもなく、見ていたら1分に10個、くらいのペースだ。機械に素材を入れる作業者の手が滞ると2、3分開くことも。

生産性という点に置いては前の世界に劣るかもしれないけど一定の品質が保たれる仕組みとしては申し分ない。


完成した魔鉱石……今は「純魔石」と仮称されているらしいそれは、1つ1つ丁寧に区分けされた箱の中に詰めていく。そしてその箱は、騎士が見守る中運ばれていく。

ん? 騎士? しかも、あれは俺の隣りにいる騎士と同じ鎧を着ている……ということは父上、つまり領主の直属兵。


「きしがいる」

「先程、副工場長も言っていたでしょう。この事業はラウプフォーゲルに巨万の富をもたらします。この加工場の最終工程には選ばれたものしか入れませんが、さらに不届きな者が出ないよう御館様の直属兵が見張っているのですよ」


「領主様直属の騎士様がいらっしゃることで、領主様の肝いりであることが労働者にも明らかにわかりますからね。加工場に配属されたものは、やる気になりますよ」


工場長が朗らかに言う。おべっかというわけではなさそうだ。本気で言ってるっぽい。


「ぱぱはそんけーされてるんだねえ」

「ええ、そうですよ。臣民からとても敬愛されています」


「はらっ! だだ、第4王子殿下は領主様のことを、ぱ、パパとお呼びになっていらっしゃるのですか! これは……たまりませんねえ! いやあ、私にも2歳になる息子がおりまして、拙い言葉で『パパ』などと呼ばれたら、もう何でも買い与えたくなります。領主様もきっと同じお気持ちでしょうねえ」


息子を思い出しているのか、副工場長のヴィリは俺を見ながらニマニマと笑顔が止まらない感じになっている。ちょっとまて、2歳児を俺に投影しないでもらえるか?


スンとしていると、なんだか妙な空気が流れる。

会話が止まって、シーンとしている。


なにかと思ってキョロキョロしていると、俺の護衛で来た領主直属兵と、ペシュティーノも俺をジッと見ている。

エグモントとガノはなんだか生ぬるい目で直属兵たちを見ている。

なにこれ何の時間?


「さ、それでは少し遠回りになりますが、モートアベーゼンの機体生産の区画へご案内しましょう。王子殿下はお疲れではないでしょうか? このまま続けて構いませんか?」


「ケイトリヒ様、大丈夫ですか?」

「だいじょうぶ!」


「側近以外と直接話しちゃダメ」ルールを守って、ペシュティーノの問いかけに俺が元気に答えると、副工場長も領主直属騎士も明らかにニヨニヨした。

あっ、なるほど? さては俺が可愛くてしかたないな? 子供扱いは……仕方ない。まあ悪い気はしないのでスルー。


先程のだだっ広い倉庫のような工場を横切り、逆側の建物へ向かう。

そちらはモートアベーゼンのフレーム部分を木製でつくる工房になっていた。

削りたての木からたちのぼる香ばしい匂いが充満している。


「いいにおい」

「木の香りですね」


こちらの工場は広さの割にヒトが少ない。

皆それぞれ作業台に向かってコツコツと作業していたり、大きなノミを叩いて木を削り出したり、パーテーションで区切られた向こうでは鉄板をプレス機にかけるような作業をしている。ここはさながら町工場という雰囲気だ。


「いくつか確かな技術を持つ工房を人員ごと買い取り、モートアベーゼンの製作に従事しています。ここは我々とは管轄が異なりますので、案内を別のものに引き継ぎますね」


副工場長のヴィリが遠くの誰かに向かって合図すると、別の方向からツカツカと靴音を鳴らして近づいてくる……女性がいた。女性、だよね? うん。ボディビルダーか格ゲーキャラか、といったマッスルボディだけど見間違えようもないほど存在感のある胸がある。

身長だって、ヴィリよりも高い。


「職人部門のとりまとめをしています、ギーゼラ・リュッカーと申します。ラウプフォーゲルが領主閣下のご子息にして第4王子殿下にご挨拶申し上げます」


優雅な仕草で淑女の礼をしたギーゼラは、顔を上げると俺に向かってニコリと笑った。

キリッとした眉に存在感のある目元、そしてシャープな顎のラインとぶあつい唇。見惚れるほどのイケメン女性だ。ディアナもクールビューティーな美人だけど、ギーゼラはゴージャスビューティーっていったほうがいいのかな。

ラウプフォーゲル人は身体が大きいって聞いてたけど、女性も大きい。いろいろ大きい。


「お会いできて……光栄です。その、王子殿下がモートアベーゼンの魔法陣改良を成功させたと聞き及んでおります。おかげで衰退産業となったモートアベーゼン製作工房を父から受け継いだ私が、栄えある地位を拝命いたしました。心よりお礼申し上げます」


ギーゼラは俺をしっかり見つめながら、ちょっとぎこちないカーテシーを見せる。

ドレスでなくズボンを履いているので足がフラつくのがよくわかる。


「(ギーゼラは……あの、試作機のなかでもまあまあ良いと評された新型モートアベーゼンを設計した設計士でもあります)」

ペシュティーノが俺の耳元でコソッと教えてくれる。ああ、あの唯一「他のよりマシ」と言われてたモートアベーゼンか。デザインは度外視で機能性だけをバランスよくアップさせたやつ。


「ギーゼラさん、あのね」

「ケイトリヒ様。直接お話はご遠慮ください。私にお話を。あと、『さん』は不要です」


俺がたまらず話しかけようとしたところの出鼻をくじかれる。


「じゃーペシュ、ギーゼラに伝えて。あの新作モデルはバランスはいいけど、デザインが騎士っぽくないからかえてほしい、って。このモートアベーゼンさんぎょうがきどうにのったら、騎士さんが乗ってえんせいするんでしょ? 騎士は、こどものあこがれじゃないと。もっと、シュッとしてて、こう、つんつんしてて」


「はい、伝えます。ギーゼラは、今後ケイトリヒ様が草案を提起なされた改良型モートアベーゼン製作の陣頭指揮を執る役目も担っております。今後正式に着任しましたら、ケイトリヒ様のお部屋にご相談に参ることも多くなりますので、覚えておいてくださいね」


ペシュティーノがそう言ってギーゼラを見るとまたにっこり笑って軽く頭を下げる。

イケメンっぽー。


「工房をご案内差し上げたいところですが、刃物や工具が多く、また試用期間の職人も多いため視察を辞退させて頂きました。代わりに、ここからご覧になって気になることがありましたら何でもお尋ねください」


「ギーゼラはケッコンしてるの?」

「け、ケイトリヒ様ッ!」


ペシュティーノが抱っこしたまま揺さぶって咎める。ダメでしたか?


「ふふふ! ヒメネス卿、構いませんよ。王子殿下にお答え致します。私には夫が3人がおりまして、子供は上から8歳、6歳、5歳、3歳の息子がおります」


夫が3人?


俺がフリーズしていると、ペシュティーノが「平民女性の重婚は珍しくありませんよ」と注釈を入れてくれた。な、なんと……。「ぎゃくハー」というやつですか。

確かラウプフォーゲルでは女性が少ないんだっけ? 必然的に「ぎゃくハー」になるか。


「僕とおないどしの子がいるんだ」

俺が言うと、ギーゼラは「ええ、末息子は私に似て木工が好きで」などと語りだした。

俺、3歳だと思われてる。


「モートアベーゼンのどうりょく系のメインそざい、ザザムクの毛はどこに?」


俺が聞くとギーゼラが一瞬、目をぱちくりとしばたかせる。

なにさ。モートアベーゼンの動力くらい知ってますけども?


「ザザムクは、モートアベーゼンが流行った時期……まあつまり200年ほど前ですけども、その時代に既に増産方法が確立されいるのです。ザザムクという生き物は、風と水とちょっとの食料さえあれば爆発的に増えます。ただ、自然界では弱すぎるために数が少ないだけで。今はまだ捕獲段階ですが、野生のザザムクを捕まえて保護すれば、カビみたいにうじゃうじゃ増えますからご心配なく。ああ、飼育場はこの近くに現在建設中です」

何故か副工場長のヴィリが楽しげに答えた。

その後はその建設中の施設をサラリと見て、労働者の保養施設なんかも見た。


ギーゼラとの新型モートアベーゼン談義は重要機密だらけのため、その場では一切口にしないようお互い言い聞かされていたので、その日は本当に挨拶だけで終わった。

今回の視察はモートアベーゼン事業の全貌把握と、俺の手足・兼・隠れ蓑となるギーゼラとの顔合わせだ。


視察の途中では、レオが用意してくれたおやつの肉まんの大人サイズをぺろりとたいらげた。いろいろ見学して知的好奇心を刺激された俺は、帰りには腹ペコだ。

ペシュティーノのウエストポーチから現れたサクサクのサブレと、ちょっと粉っぽいミルクシェイクを飲んで栄養補給。


離宮に戻ると今回の見学で思いついた改造のアイデアを図面に描き起こす。


あるいは『CADくん』を取り出して、ウィオラとジオールとあーでもないこーでもないと言いながら魔法陣設計。


その合間に、親戚会に向けての衣装合わせや追い込みマナー塾などが開催された。


「ここはしっかりお色の入ったクラヴァットで! もちろん生地はアーミンガム工房の特注の一点物で! 紫紺か深緑のお色味なら他の明るい色合いとも合います」

「いいえ、大きめの宝石ブローチをつけた、シャツと同じ色合いのジャボがよろしいと思います! ボリュームが出てお顔の周りが華やかになりますわ」

「決めかねているようなので、ジャケットはどちらでも対応可能な|シュメッターリングクラーゲン《蝶形の襟》にしましょう。」

「ではお袖は伝統的なビショップスリーブにして、白糸の刺繍でほのかな気品を」


ディアナが俺をお人形のように抱えて、両手をちょっとだけ広げた直立姿勢でちょこんと台座に立たせると一斉にお針子たちが群がる。仮縫いのシャツ、ズボン、ジャケット、ジレ、謎のお洋服パーツ、謎の袖飾り、謎のリボン。謎が多い。


辛抱強く我慢していたのだが、そこは子供の体力。

広げていたおててもガックリ落ちちゃう。そして立ってるのも疲れてきたので座りたい。でも後ろからディアナがそっと抱きしめて支えてくれるので、その感触を励みに頑張っています。6歳。ヨコシマな気持ちではなく、これは母性への本能的なアレです。そういうことにしておいて。


誰に言い訳しているのかも謎だけど、それでも限界はやってくる。

いつまでもお針子が次から次にお洋服を持ってくるので、本当は座って休憩したいのに言い出せなくてちょっと泣きそう。そう思った瞬間、ペシュティーノが声をかけてきた。


「そろそろケイトリヒ様の体力が限界のようです。あと5分で切り上げます。ディアナ殿はそのままお体を支えていてください。ケイトリヒ様、もう少しだけ辛抱できますか。少しお腹に入れましょうか。スタンリー、やってみなさい」


ペシュティーノがスタンリーに手渡したのは、ラウプフォーゲルの伝統のおやつ。もちもちのクヴァークベルヒェンにヴァルヌス(くるみ)がはいったもの。日本に馴染みのある名称でいうならポン・デ・ケージョみたいな? まあ、ちょっとねっちょりしたパン。


砂糖が入ってないのでパン自体は甘くないため、ひとくちおきにヴァルトビーネのはちみつを小さなスプーンで差し出してくる。もちろんムームのミルクも一緒に。

スタンリーはお針子たちの勢いにビビりながらも、俺の口元にせっせと運んでくれる。

うん、あと5分なら頑張れる気がしてきた。


「あと5分ですわよ!!」

「この組み合わせだけお体に当てさせてください!」

「こちらの布地の色合いも、御髪(おぐし)と並んだときの見え方だけでも!」

「誰か、装飾用に買い付けた石を急いで持ってきて!」


お針子たちの駆け込み需要が相次ぎ、俺は結局ディアナに支えられたまま寝てしまった。

起きたらお夕飯のお時間でしたよ。


王子様のお世話するひとってほんと大変だな、と思ってしまった王子様なのでした、と。

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