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2章_0025話_嵐の前 1

3話同時公開の1話目です

「私は反対です。高貴なるご身分であるケイトリヒ様と同じ教育を施すなど、とんでもない名誉なこと。それを身元もわからぬ子供に施そうなど、危険だとお思いにならないのでしょうか? 不公平です! それならばその立場の少年は、ケイトリヒ様を後援する貴族の子息から選んだほうがよろしいとは思いませんか!」


エグモントが鼻息荒く、少年の今後の扱いについての会議で朗々と語る。


(こいつ、貴族派としての立場を隠さなくなってきたな)

と思ったのは俺だけでなくペシュティーノもガノも同じらしい。

白けた表情で聞き流しているが、ジュンは違う。真っ向勝負だ。


「じゃあその貴族の子供はどうやって選ぶっていうんだよ? 誰をどうやって選ぼうと、不公平なのは変わりないだろ。貴族の下心や派閥だって、今の王子には煩わしいだけだ。王子が成長してからでも遅くない。それなら命を助けられて、親も帰るところもない子供のほうがよっぽど忠誠心も高いだろうし、他の誰かに尻尾を振るマネもしねえだろうよ」


ジュンの厳しい言葉はエグモントの痛いところを突く。やっぱり、エグモントに貴族派の息がかかっていることは側近の間では折込済みのようだ。

アウロラとキュアの調査でも、エグモントの誓言の魔法に似た術式は父親に並ぶ貴族派集団の間で行われているものだということが、割とすぐわかった。

精霊ってスパイみたいなマネもできるんだねー。便利。


「……かの少年に、親も帰るところもないというのは今現在の情報でしょう。目覚めて、親元に帰りたいと言い出したらどうするつもりです?」


ガノ、それを言っちゃあおしまいよ。


「基本的には、本人の意向に沿いたいと考えております。ジュンもエグモントも、お静かに。問題はそこではありません。あの少年の正体についてです」


ペシュティーノがぶっこんでくる。正体って。

何か心当たりでもあるのかな?


「正体? ……俺が調べた限りじゃ、『三叉蠍(みまたさそり)』のバカ丁寧な人さらい名簿の中でもひとりだけ身元不明だったって話だ」

ジュンが不満げに言う。


「実は、少年は昨日一瞬だけ、目を覚ましました。そこで名を聞きましたが、『名前はない』と答えました。淀みなく。それは良しとして、問題は……」


「ほらっ、怪しいじゃないですか! 名前を言わないなんて!」

「エグモント殿、少し落ち着いてください。問題はなんですか、ペシュティーノ様」

やや自己答弁に酔ったエグモントは興奮しているようだ。ガノが落ち着かせる。


「……問題は、あの瞳の色です。ここで見たのは、私とケイトリヒ様だけでしょう。ケイトリヒ様、彼の瞳は何色でしたか?」


「え? えーっと、キレイな紫色だったよ」


それを聞いて、ガノとジュン、エグモントが全員顔を強張らせた。


魔人(ロイエ)……!?」


ジュンが言うと、ガノは眉をしかめ、エグモントは顔を青ざめさせた。

ええっと、魔人(ロイエ)ってなんだっけ?


「まだそう決まったわけではありませんが。彼が実際に魔人(ロイエ)かどうかよりももっと気になることがあります。10年ほど前にアイスラー公国の王のもとに紫色の瞳の子が生まれ、魔人(ロイエ)と呼ばれて迫害されていた……という噂です」


アイスラー公国と聞いて、ジュンは眉を顰め、エグモントはため息をついた。ガノは何か考え込み始める。


「つまりペシュティーノ様は、彼がそのアイスラー公国の王子ではないかとお考えなのですね?」


「ねえ、まって。かみのけや瞳のいろって、魔力の質がかわるといろもかわる、ってガノが言ってたよね? それなら……」


俺が魔力を流して治療したことで変わったのかもしれない、と言いたかったが、それだとエグモントの記憶に違いが生じてしまう。続く言葉に困っていると、ジュンがまくしたててきた。


「た、たしかにここ1週間ほどずっと癒術士の魔力に触れてたからな、変質した可能性もゼロじゃねえ。うん、ほら、王子みたいに、死にかけたヤツってのは子供に限らず目や髪の色が変わるっていうじゃねえか、なあガノ!?」


「確かに、そうですね。ケイトリヒ様の御髪と瞳は、以前は別の色だったとお聞きしました」


「ええ、ケイトリヒ様は生まれてすぐの頃は、髪は淡いミルクティーのようなお色でしたよ。瞳は濃い藍色で、実のお父上にそっくりだと御館様もお喜びになってました。今のお色でも、もちろん可愛らしいと仰ってくださっていますがね」

ペシュティーノが俺をみてふにゃりと笑う。もー、親ばかだなー。

いや、そうじゃなくてナイス話の切り替え、ジュンとガノ。ちょっと焦った。


「では、アイスラー公国の王子である可能性はあくまで最悪の可能性ということですね」

エグモントは難しそうな顔をして腕を組む。少年に対して現状で無条件に信頼を置いているわけではないとわかってひとまず納得したようだ。


俺の発案で少年の今後についての会議を催したけれど、実際話し合ってみると「本人が目覚めてみないとなんとも」という結論が多すぎて会議は流れた。


実際に会議をしてよかったのは、エグモントの記憶がちゃんと定着しているか確認できたこと、そしてエグモントが側近として連帯感を持っているかを再確認できたこと。

これまで彼は「誓言の魔法」の対象外だったので、どこか疎外感を感じていたように見受けられた。だが今回の会議で同じ目的について話し合った結果、今までよりもジュンとガノに対する心の壁みたいなものが薄くなった気がする。うん、そんな気がする。



翌日。


少年が起きたら俺の自室に挨拶に連れてくるというので、朝からそわそわ。


部屋がノックされるたび、居住まいを正して身だしなみをチェックするけど、今回はレオがお昼ごはんを持ってきてくれただけだった。


「王子殿下、少年を拾ってきたそうですね?」

「僕じゃないよ、ひろったのはジュン」


ちっちゃな土鍋に入ったカリカリのおこげに、松茸のようないい香りがする餡をとろりとかけてくれる。これなんていうメニュー? すごく美味しそう。


「いいにおい! これなあに?」

「米を油で揚げた()()()に、ウネリキノコとカナグモの出汁を加えてとろみをつけた餡をかけたものですよ。具材はガニメドのほぐし身に各種ツヴィーベル、これはバンショです。熱いのでお気をつけください」


「バンショ?」

「(酸っぱくない梅干しみたいなものです。あ、でもちょっとだけ酸っぱいです)」


異世界人にしかわからない説明を、コソッと耳打ちしてくる。

それ以外にもわからない具材がいっぱいあったけど、後で聞こう。


「最近、西のナントカって村から入手できたんですよ。精霊様も『素晴らしい栄養価だ』って感心してました。精霊って、そういうこともわかるんですねえ」


レオ、線引き間違ってるからね? 精霊もコソコソ話案件だからね? 大丈夫かな。


ガニメドはぷりぷりの白身魚、ツヴィーベルは根菜の総称、ウネリキノコは水につけるとウネウネと動くというキノコだった。異世界グルメってちょっとこわい。

でも、美味しいは正義。レオを雇えて本当に良かった。


ランチを終えてまったりして油断していた頃に、待ち望んでいた訪問者がやってきた。


「失礼します」


先にペシュティーノ、少年の横にはガノとジュンが付いて、やってきた。

エグモントは誓言の魔法をかけてないので、わざわざ不在になる時間を狙ったらしい。


「あるいてる! あるけるの? だいじょうぶ!?」


少年はときどきジュンに支えられながらも、しっかり立って歩いて部屋に入ってきた。


「まだ、少しフラつきますが……歩けます。全てはケイトリヒ王子殿下の御業とお聞きしました……ほんとうに、本当に……ありがとうございます」


少年は、キレイに髪を切りそろえられていた。午前中は身だしなみを整えるために時間を使ったんだね。切れ長の涼し気な目元に、小ぶりの鼻と口。顔色は青ざめていて頬はこけているけれどちょっと女性的な、かなりの美少年だ。


「あれ、おめめが」


俺が言うと、少年はふと手を目元にあてる。


「はい、治していただいた目も問題なく見えています」


「いや、そうじゃなくておめめ……オッドアイになっちゃったね?」


右目は以前一瞬だけみた紫色よりもさらに鮮やかなどぎついピンクに近い紫色。そして俺が素材から作った左の目玉は、鮮やかなカナリアイエロー色だ。


「ケイトリヒ様、色は問題ではありません……と申し上げたいところですが、少年よ。あなたには聞きたいことが山程あります。正直に答えてくれますね?」


ペシュティーノの言葉に、少年が静かに頷く。

少年をソファに座らせ、その隣にジュンが座る。正面に椅子を持ってきたペシュティーノが座り、ガノは俺のそばに。


「では改めて聞きます。名は、なんというのです?」


「名前は……ないんです。隠しているわけではなく、本当に、どれが自分の名なのか。小さな頃は特定の名があった……ような気がするのですが、忘れました。その後は、奴隷として主人を転々と変えていたので、その先々で好きに呼ばれていました」


奴隷。


いきなりショッキングなワードだ。


「……この国は、犯罪奴隷を除いて奴隷制度を撤廃しています。子供を奴隷にするなど死刑に値するほどの罪です。どこでそのような扱いを受けていたのか覚えていますか?」


少年は答えようとしたがペシュティーノの目を見て口ごもる。意を決して言おうとして、また口ごもる。


「まさかその歳で犯罪奴隷じゃねえだろ? 正直に言ったほうが絶対悪いことにはなんねえから。隠したり嘘ついたりしたほうが、後々面倒なことになるぞ」


ジュンが優しく背中を擦りながら諭すように言葉を促す。


「……、……、……アイスラー公国です。奴隷制度を撤廃しているということは、ここは帝国なのですね」


やはり、少年の知性は見た目の年齢より高い。しっかり教育を受けていて、知識を覚える記憶力とそこから推察する知能を持っている。


「そのとおり。ここはギフトゥエールデ帝国のラウプフォーゲル領。こちらの御方はラウプフォーゲル領主の第4子、ケイトリヒ王子殿下です」


少年は少しだけ目を見開いたかと思うと、拳を握りしめてうつむき、震えだした。

ジュンが心配そうに顔を覗き込み、しきりに肩を撫でる。


「正直に答えれば悪いようにはしません。少年……名がないと不便ですね。キミ。キミはこれからどうしたい? 親の名を覚えているようであれば、なにかのついでに探してあげることも(やぶさ)かではないが」


俯いていた少年はハッとなにかに気がついたように顔を上げる。


「そう、ですよね。子供がひとりで保護されたら……親を探す。見つかったら、親へ返される……それが、普通……です、よね」


再び、少年は小刻みに震えだす。


「ああそうだ、それが普通だけどお前はどうしたいんだ? 何をそんなに怖がってるんだよ? 俺たちはお前を殴ったり痛めつけたりもしないし、怖がらせたりもしない。王子だってできればお前がいちばん幸せになる方法を探したくて、お前から話を聞いてるんだ。そうだろ、王子?」


ジュンが少年に語りかけながら、俺に水を向けた。

促されて俺の方を向いた少年にニコリと笑って頷く。


「どれいなんて、かわいそうに。たいへんだったね。でもキミもこどもなんだから、しあわせになる権利があるんだよ。キミはどうしたい? 親のところへかえりたい? それとも別のところで生きたい? どうやって生きる? てだすけできることがあるなら、手をかすよ?」


俺がこてんと首を傾げて問うと、少年のカナリアイエローの瞳からぽろりと涙が溢れた。


「親……親って、言えるのか……疑問ですけど。親元には戻りたくない、です。私を、体中の骨が折れるくらいに殴りつけて奴隷商に売ったのは、父です。子供の頃から、名前があっても呼んでくれるひとは、いなかった。私のために用意された食事なんて、奴隷になってからが初めてでした」


少年の身体からふわりと漂うオーラが見える。

それは今まで見た中で一番悲しく、一番ゾッとするもの。

絶望と呼ぶにはあまりにも悲劇が常態化してしまっていて、どれが悲しくてどれが素晴らしいものかも判断がつかなくなる。そんな、「無」だった。


「おまえ、だから……さっき呆然としてたのか」


この部屋に来る前に、食事をしたそうだ。

だが少年は、温かい食事を見て自分が口にしていいものか判断がつかず呆然としていたのだという。いったい、どれほどの辛い体験をしたらこのような状況になるのか。

想像もつかなくて、俺は途方に暮れた。


「わかりました。親元に返すという選択肢はなくなりましたね。しかし、親が何者であるか、どこに居るかは把握しておきたいのです。あとから『息子を誘拐された』なんて言われては困りますからね。問題なく親元に返されることのないよう手配しますので、親の名前がわかるなら教えてもらいたいのですが、覚えていますか?」


「……、……。たしか、バ……バロ……? バル……バルウィン。バルウィン、という名で呼ばれていました」


ペシュティーノは、痛みを堪えるようにスッと目を閉じた。


「バルウィン……バルウィン・フレッツベルグですね?」


少年はハッとして、小さく頷く。

こめかみを押さえるように揉みしだくペシュティーノを見てオロオロしている。


「やはり。バルウィン・フレッツベルグはアイスラー公国の公爵、つまり王です。あなたは……フレッツベルグ王家の落胤、ヘイゼルですね。確か年齢は今年で10歳」


「ヘイゼル」

少年は一瞬、初めて聞くかのようにポカンとしたけど、記憶を手繰り寄せるように目を泳がせると、今度は寒気を感じているかのように歯の根も合わないくらいに震えだした。


「大丈夫だ。今はお前を怖がらせる奴らはいないからな」


懸命にジュンがなだめるけれど、恐慌状態の少年は収まらない。


椅子から立ってそっと手を伸ばして、少年の手に触れた。その瞬間、少年は電気でも走ったかのように身体をビクンと跳ねさせて泳いでいた目をピタリと俺に向ける。


「あ……」


「だいじょうぶだよ。僕がまもってあげる」


再び、少年の左目からボロボロと絶え間なく涙が溢れた。

どうして左目だけなんだろう。右目は乾いているかのように、一滴の涙もこぼれない。


「ベッドにいる間、意識がない間も、声は……聞こえていました。私の命として扱ってくれた、恩人のために……私が、できることはなにか、考えていたのです。でも、帝国の……ラウプフォーゲルの王子と知って、私ごときができることなど、何もないと諦めてしまいました。でも、私は、私は、私……は」


少年は俺の小さな手をそっと握ったまま、ソファから崩れ落ちるように床に膝をついた。俺の部屋は分厚いカーペットが敷かれているからきっと痛くはないはずだ。


「私、は、王子。ケイトリヒ、王子殿下。あなたのために、生きたい」


子供とは思えないくらい、しっかりした言葉。さっきまで呆然としていた自我のない人形のような目と違って、強い意志を感じる眼差し。

ペシュティーノとガノが顔を見合わせ、ジュンは崩折れた少年を労るように寄り添う。


「うん、わかった。いいよ! じゃあ、僕が名前をつけてあげるよ! 実は、こっそりかんがえてたんだあ。どんな名前がにあうかなーって。はなしてみて、きまった!」


「ケイトリヒ様……まだ、お側に置けるとは決まっておりませんよ」

ペシュティーノがなだめるけれど、もう俺の心は決まったんだ。


「んーん! しんじてるもん! 僕がこうしたい、っていったら、ペシュがどうにかしてくれるでしょう?」


俺が言うと、ペシュティーノは一瞬フリーズしたけど、そのあと呆れたように笑った。


「はは……まあ、そうですね。親の名を聞いたのも、結局は場を整えるためです。ケイトリヒ様は私を動かすのがお上手です」


「しんじてるっていってほしいな!」


「はいはい。それで、彼の名は?」


少年の目を見て、ハッキリと告げる。


「スタンリー。帝国がうんだ、精霊使いの英雄。れきしのじゅぎょーでならったよ!」


「スタンリー……ふむ、帝国風の響きではありませんが、見た目とは合っていますね」

「どちらかというと聖教公語寄りの響きですね。実際、精霊使いの英雄も確かドラッケリュッヘンの出身だったと記憶しております。ペシュティーノ様の仰るとおり、彼自身あまり帝国風の風貌をしておりませんので、むしろそちらのほうが自然でしょう。帝国は移民を広く受け入れていますので」

「へえ、英雄の名をもらうなんて、いいじゃねえか。よろしくな、スタンリー!」


「スタンリー……私の、名。私は、スタンリー……」


そうやってぶつぶつと繰り返していると、ゾッとするほど冷たかったオーラがスルスルと解けるように消えていく。彼を支配していた悲劇が、幕を閉じたかのようだ。


「私の名は、スタンリー。ケイトリヒ王子殿下に仕え、生きる者」


そうハッキリ言うと、もうその身体には悲しみの残滓すら残っていなかった。

乾いていた紫色の右目に、光が灯ったように思える。どぎついピンク色に近かった紫色の瞳は、ふわりと色を変えて青味の強い紫になった。

きっと、スタンリーは今、生まれ変わった。新しい名前を得て、過去を捨てたんだ。

不思議なほどに確信を持ってそう思えた。


「さて、では早速ですが……精霊様に、『誓言の魔法』を施して頂きましょうか」


「その必要はないかと存じます」


ふわりと俺の髪をゆらして、ウィオラが現れる。続けて同じ用にジオールも。


「何故です?」


「その者……スタンリーは、主に従属しております。ヒトの従魔、といえばわかるでしょうか。主が名をつけたのです、その名を戴く限りはその魂まで主のもの。主への裏切りとはすなわち、魂の存在意義を失う行為にほかなりません」


「すごいなー、朝まではボロボロでヒトかどうかもわからない魂だったのに。あっという間にヒトの姿になったね! 身体といっしょに、魂までも治療したってことかー」


え、そんな機能知りませんけど。

ヒトかどうかもわからない魂って、以前言ってた「魂の形がヒトとちがう」みたいなこと言ってたのは、そういうこと?

っていうか従属? 従魔!? え、ギンコと同じってこと?


「……僕はじゅうぞくしてほしくて名前をつけたわけじゃないけど」


「それでもスタンリーのほうが従属したいと強く願って、主がそれを受け入れたんだから主従関係は成立するよ? だいたい、魂の契約とか関係なしに主の元で働くならヒトの社会的にも主従関係でしょ? 大差なくない?」


俺と精霊の会話をポカンと聞いていたペシュティーノが、ハッと眉を寄せる。


「ヒトの従魔……まさか!? ほ、本人の前では言いたくありませんが、精霊様ならばきっとハッキリ分かるかと。彼は……スタンリーが魔人(ロイエ)である可能性は?」


紫のシーツおばけとレモンイエローの毛玉はくるりとペシュティーノを見て、ちょこんと首をかしげた。いや、どこが首かは定かでないけど、かわいいな。


魔人(ロイエ)? それは……なんですか?」

「うーん、待ってね、世界記憶(アカシック・レコード)で調べる……ええっと、魔力の高いヒト? じゃあそれってキミも魔人(ロイエ)じゃん?」


粘土をツンとつまんだだけのような手足の手の部分をペシュティーノに向けながら、ジオールが爆弾発言をする。ペシュティーノも突然の展開に衝撃を受けるでもなく、呆然としていた。


魔人(ロイエ)って、なんなの? ペシュのにんしきでいうところは」


気を取り直したペシュティーノが話してくれた内容に依ると、魔人(ロイエ)とは魔獣とヒトの特性を合わせ持ち、破壊的な力を有する恐怖の対象なのだという。

この世界にはアンデッドという絶対悪もあるっていうのに、いろいろとあるもんだね。


「確かに、世界記憶(アカシック・レコード)でも魔人(ロイエ)はヒトが恐れる存在とありますが……我々からすれば多少魔力の違いがあるだけで、あなた方がヒトと呼ぶものと大きな相違はないように思えます」

「魔獣とヒトの特性って……この世界には獣人だっているのに、そいつらのことは魔人(ロイエ)って呼ばないの? どういう違い? 怖いか、怖くないか?」


精霊に問い詰められて、ペシュティーノも混乱してきたようだ。

「……確かに、言われてみれば……魔人(ロイエ)というのは、もっとこう……悪意のある、といえばいいのか、邪悪な……イメージでしたけれど、定義と言われると」


「ああ、そうだ。私の昔の名は『ロイエ』かと思っていました。子供の頃に、親や兄弟からそう呼ばれていましたから。そういう意味だったんですね」


スタンリーがあっけらかんと話す。

先程までとぎれとぎれに喋っていた少年とは別人のようだ。


「私が聞いたのも、紫の瞳を持ちエルフよりも魔力が高く、呪術を操り魔獣を操り、アンデッドを呼ぶ……が大体の共通点ですね。少数意見としてはひどい臭いとか、家族を手にかけたヒトがそうなるか、雌雄同体だとか……どうやって確認するのか」

ガノが腕を組んで少し茶化すように言う。


「それって……もしかしてただの都市伝説?」

俺が言うと、ジュンが吹き出した。


「たしかに! ただ、よくわかんねえ、見慣れない、恐ろしいと思えるものを詰め込んだみたいに聞こえるな! 紫の瞳は、いろんな色のあるこの大陸でも確かに珍しいけどよ」


精霊が知らないということは、そんなジャンルの生物は存在しないということだ。

そう結論づけて、その場はスタンリーの今後の教育方針を実際に検討することになった。


スタンリーは親元でひどい扱いを受けていたようだが、唯一といってもいい善行があるとしたら平民よりもかなり高度な教育を受けていたことだ。

本人もそれだけは感謝しているとケロリと言ってのけた。

過去の自分を他人のことのように話すところは少し気になったが、それで現在を前向きに生きられるのなら問題はない。


「言葉遣いは既にジュンよりもずっとできています。食事マナーはどうですか? 乗馬や何か音楽や芸術は? 自分からこれをやりたいということはありますか?」


「ペシュティーノ様、それを言ってはジュンが可哀想ですよ。私からは金銭感覚と、どれくらい経済市場と、貴族と平民の社会を知っているのか確認したいですね」


「俺のことは引き合いに出さないでくださいよぉ……ビンボー貴族出身で冒険者育ちなんだから、諦めてくださいッス! で、スタンリーよォ、魔力が高いみたいだけど実際の戦闘経験ってとこではどうなんだ? ヒトを相手にしたことは? 魔獣は? アンデッドはどうだ?」


3人の丁寧な聞き取りの結果、スタンリーは一般の貴族の少年程度のマナーと教養があるがやや帝国と作法や基準が異なるため、多少の矯正が必要であること。

そして社会性は残念ながら絶望的であること。

これは育った環境が外国な上に、まともな大人と接していないので仕方ない。

戦闘力については驚くべきことに、奴隷時代には奴隷同士を命をかけて戦わせるような悪質な主人がいたこと。ヒト、魔獣、アンデッド全てと戦闘経験があり、さらに勝ってきた……つまり、大人を相手にして命を奪ったこともある、と素直に話してくれた。


俺は静かに驚いていたけれど、ジュンもガノも、ペシュティーノさえもポジティブな経験のひとつとしてさらりと受け入れたことのほうが衝撃だった。

まだ異世界の常識を受け入れられてなかったと実感した瞬間だ。いや、これは単に世間知らずのお坊ちゃまだからかな?


「護衛騎士になるには素晴らしい性質ですね。事業や経理について補佐をさせるかは本人のやる気次第というところですか。マナーが身についている上、ケイトリヒ様と年齢が近いのは強みですね。ケイトリヒ様の世話人という立場で護衛を兼ねることができれば」


「社会性についてはこれからのようですが、それは学ぶ気になれば追々身についていくことでしょう。興味が向かないとしても学習力は高そうです。魔力の高さから戦闘特化の護衛騎士を目指しても十分やっていけるはずです」


「対魔獣と対アンデッドは帝国民ならある程度当たり前のスキルなんだがな、対人戦までイケる奴は割と少ねえ。騎士の素養があるってことだ。幼い王子を守るにはヒトを相手に躊躇してたら手遅れだからな、ある程度の非情さが必要だ。そこを既にクリアできてるのはデケェな」


ペシュティーノとガノとジュン、それぞれの見解としてはかなり将来有望な側近になれるという結論だった。スタンリーはそれを聞いてもじもじと恥ずかしそうにしていた。なんだかそういう反応が初々しくてかわいいとか思っちゃう。

そして精霊のウィオラとジオールもまた、妙に自慢げに補足を入れてくる。


「『生贄』の質が大変良うございましたので、魔力の高さと質においてはそこの随身を凌ぐものになっているかと。さらに我らと同じ『契約者』であることは、我々との繋がりもございます。これは他の側近にはない利点となりうるでしょう」


「ん〜、具体的にどういう利点があるかっていうと……そうだなあ、見えないところで主に危険が迫っていて、それを主が認識している場合に察知できる……かな? たぶんね。あと、主しか使えない魔法も他の人は真似できなくても、この子なら使えるはず!」


精霊の助言については大きな利点にはならなかった。

なぜなら側近がついていて俺だけが危険を察知するなんて状況が考えにくいからだ。

ちょっとちょっと、父上との狩りのときに俺だけが危険を察知していたの忘れたの!

そう主張したけど全員微妙な反応だった。特例すぎたか。


そして、最も利点といえるべきは年齢。今はちょっと発育が悪いが、俺が飛び級入学で8歳になって魔導学院に入る頃には、正規入学の年齢下限制限である12歳となる。


「ひとまず2年間はケイトリヒ様と同じ授業を受けましょう。それで、不足や未熟な部分があれば補講という形で私と城付き教師のデリウス先生が担当します。2年後の魔導学院への入学については様子を見ながらということになりますが、私が手配いたしましょう」


ガノとジュンが顔を見合わせる。

「ペシュティーノ様、今でもお忙しいのに大丈夫ですか」

「なに、今はメイドたちが3人ともケイトリヒ様の専属となりましたし、時には事業の補佐もしてくれます。それに近々、私が兼任していた御館様付きの事業については増員も期待できそうですからね」


ペシュティーノは目を閉じてふむふむとなにかを計算しているような仕草。


ほんと、俺の知らない間になんだか動いてるっぽい。


「そうだ、ケイトリヒ様。スタンリーが個別に学習する時間は、ケイトリヒ様はモートアベーゼン事業のほうに専念してもらいます。親戚会まではあと1ヶ月ですが、ご親戚のお名前と家族構成はもう学び終えてますね?」


「うん、まかせて! じしんある!」


前世では若輩ながら社長業をやっていたこともあり、ヒトの名前や顔、付随する情報を覚えるのは得意だ。なにせ俺が通っていた大学ではそういう講義もあったくらいで、IT社会になっても実際の対面での対人スキルというのはまだまだ重要視されていた時代だ。


「頼もしいですね。ケイトリヒ様の社交性の高さを鑑みると、スタンリーが一人前に育つまでにもうひとり戦闘特化の護衛騎士がほしいところです」


ペシュティーノが独り言のように呟いた言葉に、ジュンが「あっ」と素っ頓狂な声をあげた。スタンリーがびっくりしてる。かわいい。なんかかわいいぞ、スタンリー。


「ぺ、ペシュティーノ様! 俺、それなら俺、推薦したいヒトがいるッス! ちょっといろいろと超えなきゃいけない壁があるんスけど、王子のお力があればきっと……話だけも聞いてもらえませんか!?」


こうして会議はお開きとなり、スタンリーは来週から一緒に授業を受けることになった。

今週はお部屋の準備や俺の世話係としての身柄を確立するための手続き。


俺はその間、はやくもモートアベーゼン事業の拡大のための設計素案づくりだ。

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