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2章_0022話_治療計画 1

ガノが秘密裏にアンデッド魔晶石の確保のため、本城にいろいろと手続きや申請などをしていた頃。

ケイトリヒの体調不良を理由に途中で遠征を切り上げたペシュティーノの代わりに、残りの遠征先におつかいをしていたジュンがラウプフォーゲル城に帰ってきた。


「じ、ジュン。こ……この子供、どうしたんですか」

「拾ってきた。ペシュティーノ様からの許可も得てるぜ」


ペシュティーノが戻ってきた1週間後のことだ。ガノは荷馬車の荷台に汚い布に包まった子供を見つけて飛び退いた。


「ひ、拾ってきたって……仔犬のように言いますけど、親は」

「……いねーよ、いたら拾ってくるわけねえだろ。ひどい怪我してんだ、俺が運ぶからそっとしておいてやってくれ」


ジュンが甲斐甲斐しくそっと抱き上げた汚い布からはみ出した足はやせ細って痣や傷だらけ。見え隠れする頭も髪はボサボサで皮膚病か判断がつかないがところどころ頭皮が露出している。ガノは目を背けたくなったが、その体はかなり小さい。おそらく10歳にもなってないくらいだろう。ケイトリヒ王子の従者として育てる気だろうか。


「清浄の魔法をかけましょうか」

「数日かけて俺がかけてやった。王子に見せられる姿になるまでしばらく俺が世話するから、あまり騒がないでくれ」


布や見た目はひどく汚れているが、それほどひどいニオイがしないのはジュンが清浄魔法をかけてやったからのようだ。布からはみ出した枯れ木のような足がピクリとも動かないのを見て、ガノは不安になった。


「その子供、助かるのですか?」

「……、……。わかんねえ」


ジュンは悔しそうに言う。

ペシュティーノが受けた報告では、人身売買に関わっていた組織「三叉蠍(みまたさそり)」の隠れ家がラウプフォーゲル城下町にほど近い農村で摘発され、15人の子供が死体、あるいは瀕死の状態で見つかったという。自力で歩ける子供は3人ほどしかいなかった。

ジュンはたまたまその摘発現場に居合わせ、瀕死の子どもたちが組織の隠れ家から搬出されたのを見た。だが彼らがすべもなく死ぬのを待つばかりと知ると、身元がわからず引き取り手のない子を引き取ったのだそうだ。

どうやらその知らせはペシュティーノを介して領主まで及び、城全体に伝わっていたことをガノはあとから知った。


ジュンは自室にもうひとつベッドを運び込み、仕事のときはメイドに面倒を頼み、そうでない時間は献身的に少年の世話をした。ときどきガノが部屋を訪れてそれを手伝うこともある。エグモントは状況を知りつつも、この件については全く興味を示さず。

ジュンもガノも少年を理由に職務をおろそかにするわけでもないので、あえて無視しているような気配だ。


「子供をさらって、どうやって金にしてたんでしょうね……いえ、いくらでも方法は思いつきますが、実際のところどうだったのか」

「知らねえよそんな事。胸糞わりぃ、知りたくもねえ」


骸骨のような少年の上体を抱き上げるように起こし、匙で重湯を何度も口に運ぶ。弱々しくも口を動かし、わずかばかりつながる命を懸命に手繰り寄せる少年を見れば、ガノにも情が湧いてくる。


「この子、左目はどうしたのですか」

「知らねえ。保護される前から潰れてたみたいで、癒術士が取ったほうがいいってんで、昨日取った」


「……城の癒術士を呼んだのですか? ペシュティーノ様の許可は」

「得てるよ。なんか知らねえけど、コイツの件は結構好きにさせてもらってる」


グスッ、とジュンが鼻をすする。この子供にだいぶ感情移入しているようだ。もしこのまま快方せず命を落としてしまったら、ジュンは相当落ち込むだろう。


ガノはミイラのような少年を見据えて、思案に眉をひそめていた。



――――――――――――



「これは御館様の直轄商団に加わるための秘密保持誓約の書類ですね。ここと、こちらにケイトリヒ様のサインを」

「うぇぅ〜。まだあるのー?」


お勉強部屋で、ペシュティーノが束で持ってきた書類に次々とサインする。

業務提携締結の書類、秘密保持誓約の書類、中央への事業許可申請の書類……とにかくいろいろな書類だ。サインしすぎてケンショーエンになりそう。ああ懐かしきハンコ文化。

日本では悪習として嫌われていたけど、子供にはハンコのほうがいいと思うんだよね!


「ペシュ、もう手がつかれたぁ。ねえ、ハンコにしちゃだめ?」

「ハンコ? ああ、印章(ディヒトン)のことですか。……確かに、少し時期尚早な気もしますがこれからサインする書類は増えるでしょう。作っても良さそうですね。とはいえ、すぐにはできませんので少し休んだらこの書類の分だけはサインで済ませましょう」


ペシュティーノ、容赦ない。

メソメソしながら膨大な量の「ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ」という文字を書き続けた。それはもうこの世界の文字でもゲシュタルト崩壊を起こすほどに。


「はい、それで終わりです。お疲れさまでした。明日からも続々届く予定ですので、先に良いものをお渡ししましょう」


書類箱に書類をドサッと入れて誰かを呼ぶと、待ってましたとばかりにそそくさと見たこと無い文官の男の人が部屋に入ってきた。書類箱を受け取ると丁寧に礼をしてサッサと走り去った。……何者?


「いまのひと、だれ?」

「御館様付きの文官ですよ。今回の遠出で彼ら10人分の仕事の1ヶ月分は働いたと思いますので、しばらくはケイトリヒ様のお世話に注力できます。そこで、早速こちらです」


ペシュティーノが胸元のポケットからすらりと取り出したのはアイボリー色の革の細長いケース。


「あ! もしかして! 杖!?」

「正解です。精霊様の助言を得て私とリンドロース卿との合作で制作いたしました。ちょっと……その、特殊な素材を使って特殊な製法で作られているので、一般的な杖とは違う見た目になってしまいましたが。きっとお似合いになりますよ」


早く見たくて椅子の上でボスボス縦に揺れていると、目の前の机の上に置かれた。

ペシュティーノがそっと開けてくれると、まるで中身が光っているかのようだ。


「……これ、杖?」

「杖です。用途としては、杖ですよ、間違いなく」


なんて言えばいいんだろう。クリスタルガラスでできた、ちっちゃいレイピア?

ちょっとS字にくねっているのでさすがにレイピアには見えないけど、持ち手の部分の上に()()のような装飾があるからそんな感じに見える。

ペシュティーノが持ったらお弁当用のピックに見えるかも。


「もってみていい?」

「もちろんです。それはケイトリヒ様のものですよ」


そっと持ち上げると、おもいのほか軽い。

光に輝いてキラキラしてるから宝石のカットみたいにゴツゴツしてるのかなとおもったら手触りは滑らかだ。

この光りかた、何かの記事でみたフィボナッチ数列を駆使したガラスアートに似てる。


「われちゃいそう」

「精霊様の見立てでは、アダマント合金よりも硬いそうですよ」


アダマント合金がどれだけ硬いのか知らんけど強そう。

大人用の箸くらいのサイズ感。

試しに杖先を机のカドに軽く打ち付けてみると、鈴を鳴らしたような澄んだ音が響いた。


「こちらは杖を入れるホルダーです」

「これ、ディアナにつくってもらったの?」


ホルダーは革製だが、ケースと同様のアイボリー色で信じられないくらい繊細な銀細工が施されている。杖もホルダーも、いちいち仰々しい。


「ええ、ディアナ殿がデザインを描き起こしたものです。彼女はケイトリヒ様のお召し物と聞くと信じられない速さで仕上げてくるので助かります」


お針子たちの貢物は今でもちょくちょく続いている。

俺が帽子を嫌ってると聞くと、フリルなしのちょっとかっこいい感じの、スポーティー風なサンバイザーっぽい帽子をつくってくれた。これは本当に感謝。


腰にぶら下がったホルダーから杖を取り出したりしまったりしていると、紫色の何かが俺のふわふわ髪の毛からシュポッ、っと出てきた。


「主、その杖は霊体化も可能にございます」


紫色のシーツおばけ、ウィオラだ。


「れいたいか?」


再びふわりと髪の毛が風になびいて、黄色い毛玉がシュポッと出てきた。


「簡単にゆーと、何者かに奪われても呪文ひとつで手元に呼び寄せられるし、誰にも見えないようにもできるよ、ってこと。便利でしょー?」


ジオールだ。


「いま、僕のかみのけからでてきた?」


「え? うん、そーだけど」

「何か問題ございますか」


ツッコミたい気持ちはあるけど、「霊体化」のほうが気になる。


「じゃあこのホルダーいらなくない? もちあるくひつようがないってことだよね」


「いえ、ケイトリヒ様。杖を持つのは社会的な名誉でもあります。幼いながら杖を持つほどに魔力が高いこと、また専用の杖をあてがわれるほどに大人たちから期待されているということを体現できるものです。それに魔術師が杖を隠すということは武人が暗器を持つような、不穏な印象を与えかねません。ケイトリヒ様は魔術師ではありませんが……魔術が使えることはもう周知の事実ですので」


「ふーん、そっか。ねえ、霊体化できるそざいって、きちょうなの? 魔道具にして、たとえば武器をゆびわにできればべんりじゃない? へいしの武器にすれば行軍のときもじゃまにならないし、いざというときにもすぐとりだせれば」


ペシュティーノが目を見開いて俺を凝視する。ライムグリーンの瞳がちょっと怖い。


「け、ケイトリヒ様……なんという発想でしょうか。やはり中身が大人というのはこういうところですね。確かに今回収集した杖の素材はどれもこれも貴重なものばかりです。しかしそのような武器が開発できるとなれば、素材そのものの合成や培養などを研究する価値が出てくるやもしれません。指輪が、武器に……確か古代文明に似たような魔道具があったはずです」


「主、でもそのヘイシって、魔力あるの? アウロラは主の下僕になって以来ずっと、主のお役に立つためと風の言葉を集めているけど……そこにいるペシュティーノでさえ珍しいくらい、世間のヒトって魔力がないみたいじゃない。僕たちが知ってるヒトとは存在が違うんじゃないかって思えるくらいだよ」


「主は魔力なき者にでも扱えるように設計なさりたいのでしょう。モートアベーゼン改良に伴い、動力源として純魔力を内包する魔石を開発するのならば、それも夢ではないかと存じます」


精霊も精霊で情報収集してるんだね。

しかし俺はあまり世間一般のことを知らない。そしてウィオラの言う通り、想定としては魔力のない兵士でも扱えるようなものを目指している。


「どうなの、ペシュ?」

「ケイトリヒ様に高い魔力の素養があるというだけで養子皇子の話が出たように、たしかに一般的にはガノくらい魔力があれば上等と言われています。ガノは魔術師になるほどではありませんが、平均以上の魔力を持っています。騎士としては稀有な才能です」


「ペシュは?」

「私は、魔力だけならば皇室魔術師以上です」


「じゃあ、それがバレたらその、こうしつ、まじゅつし? にされちゃう……!?」

「いえ、私の魔力が高いのは周知の事実ですが、諸事情で名のある職務には就けないのです。しかしそのおかげでケイトリヒ様の世話役という立場で要られます故、何も不満はありません」


ペシュティーノがにっこりと本当に嬉しそうに笑うので、それ以上は深く聞けなかった。

ちなみに宮廷魔術師のなかでもさらに狭き門なのが皇室魔術師なんだそーだ。要は皇帝陛下の側近の魔術師ってことだ。


「そっか。え、ちょっとまって。モートアベーゼンのげんどうりょくとして純魔力の魔石をかいはつしてるの? モートアベーゼンのかいりょうもまだすんでないのに?」


「精霊様とお話して、モートアベーゼンについてはある程度の見込みは立っております。ケイトリヒ様、私の遠征はこの事業の地ならしにございました。ケイトリヒ様に見合う杖を仕立てるのもその一環。これでモートアベーゼン改良の目処は付きました。その杖で、例の……『きゃどくん』で描きあげた魔法陣を『刻印』できるようになったはずです。実際に作用を確認し、細かな調整が完了しましたら魔法陣の刻印機を制作しましょう」


あっ、「CADくん」ね。

しばらく離れていたからすっかり忘れていたけど、あれはペシュティーノが失神するほどの発明だったんだ。


「この事業に際し、御館様からは中堅の領の税収と同程度の出資を頂いております。なるべく早く形にして収益を得るためには、何よりも純魔力を内包した魔石の開発を優先しました。すでに素材の手配は済み、来月からは生産工場が稼働予定です」


「モートアベーゼンよりもさきに魔石を?」

「ええ。いかに便利な移動手段が開発されたとて、その動力源たる魔力が不足したままでは導入にも拡大にも不安がつきものになるでしょうから。それに純魔力を内包した魔石……自然ではありえない人工の魔石ですが、これを『純魔石』と呼んでおります。精霊様の助言をもとにこの度量産化の目処がたったそれはモートアベーゼンに限らず汎用的な魔道具の動力源になり得るのです」


「それって、きけんじゃないの? もしラウプフォーゲルの……たとえばてきたいせいりょくにその純魔石がわたれば、きけんな魔道具をつかうのもかんたんになるでしょ?」


ペシュティーノはニコリと笑って俺の頭を撫で回す。


「もちろん、流通には万全の管理を課します。魔石の流通管理は今でも厳重ですが、その管理方法を更に厳しくする方向で御館様と日々議論しております」


魔石を、石油や核燃料と置き換えると……生産と消費の管理を厳しくするだけでは限界がありそうだ。前世でもそういったエネルギー源が意図しない消費者、例えばテロ組織などに流れることは完全には防げなかったし、管理者がヒトである以上は買収や裏切りの恐れだってある。


「純魔石に、つかいみちをげんていする魔法をかけられないかな? モートアベーゼンにだけつかえる魔石となれば、あんぜんだよね」

「それができれば最も理想的ですが、消費型魔石に術式や魔法陣を組み込むのは……」


(できるぞ)


頭の中で声が響く。

このぶっきらぼうな物言い……虫よけにはバジラット、の土の精霊バジラット!!


(術式を魔石の外に置けば、中身の魔力に干渉せずに魔力を封印できて、放出の条件を指定できる。俺は鉱物が専門だから、術式の内容と刻印の方法はウィオラかジオールに聞いてくれ)


「ペシュ、よくわかんないけど、できるって。精霊が」

「……まさか」


「可能にございます。バジラットの言うとおり、術式を魔石の外に配置すれば」

「うん、うん、うん。ざっと考えたけどさほど複雑な術式じゃないよ。それにヒトの世界では失われている記号を使うから、まあよっぽどの研究者でもなければ解除も難しいだろうね。つまり主が心配している不正については、小さなものは心配しなくていい」


ウィオラとジオールが俺の言葉を補足してくれる。

ペシュティーノ、俺の知らない間に精霊とよく話してるみたいだけどこういうことは聞いてないのかな。


「ケイトリヒ様が心配している、不正というのは……」


「あのね、ペシュ。僕がいきてたまえのせかいでは、便利なものがはつめいされるとたいていは悪用するヒトがあらわれて、ひどい被害がでたあとから対策されてきたんだ。僕はそのれきしをしってる。しっていれば、ふせぐことができるでしょう?」


ダイナマイトは本来、土木工事用に開発されたのに、後に兵器になった。身近なものでは車だって、移動手段でしかないにも関わらず世界中で人を殺している。前の世界では政治家は制度もって、技術者は技術をもって、使用者は知識をもって危険を減らす努力をした結果が俺の生きた時代だ。


「僕が……ほんとは精霊がつくったものだけど、とにかく僕のなまえがつくものが、ひとをころしたりしぜんをはかいしたりするものになったら……イヤだ」


ペシュティーノはしばらく俺を見つめて、やがてギュッと抱きしめてきた。

わかってくれたかな。


「ケイトリヒ様……なんとお優しい、いえ優しいだけでは言葉が足らないほどに穢れなく思慮深い心をお持ちでしょうか。ケイトリヒ様の仰るとおり、想定される危険や不正は開発段階から可能な限り排除しましょう。これは公爵令息たるケイトリヒ様の尊き指針として人々に支持されることでしょう」


称賛しすぎじゃない? あとから追求されるのが嫌だなって保身が8割なんですが。

……まあ、この世界ではまだ安全意識とかあまり発達してなさそうだし、人命についても前の世界ほど重要視はされてなさそう。俺が先駆けになれればいいな。


俺はまだ小さい子供だけど、いくら弱小とはいえ領主令息。経済を回す事業もやるし、父上に相談すれば法制度にだって関われるから、いくばくかの影響力を持つ。世間的に言えば全く弱小なんかじゃない。

俺の指針で影響される一般人がたくさんいるのだと考えると、やはりその責任について考えざるを得ない。


気を引き締める意味で腰の杖ホルダーをいじって、ふんむ、と胸を張るとペシュティーノがそれを見てとろけるように笑う。「頼もしいですね」といって頭をなでてくれた。



新しい杖を使って、さっそくモートアベーゼンの魔法陣を改良することに。

といっても改良型魔法陣はすでに完成しているので、杖を使ってモートアベーゼンに()()()()だけだ。


西の離宮の北側にはセキュリティばっちりの研究室があり、そこには改良型のモートアベーゼンが何台か並んでいる。部屋は俺の実父クリストフの研究室だったらしい。

1〜5階が他の建物とは別に独立して中でつながっていて、3階建ての他の部分から飛び出しているので離宮内では「塔」と呼ばれている。出入りは俺の自室のある2階からしかできず、俺が使ってるのは2階の一角と3階の書庫だけだ。

塔と言っても部屋全体が四角いので、個人的にはピンとこない。

塔ってなんか円筒のイメージじゃない?


実父のクリストフは調合学や薬学といった化学系に熱心で、子供の頃からなんか色々発明してたらしい。横転しにくい馬車の考案をしたのは父なんだとか。そういう過去もあって俺のモートアベーゼン研究については彼を想起させるのか、父からも周囲の使用人からも妙に過剰に温かい眼差しで見守られてる感。


離宮の塔に足を踏み入れると、白い布がかかった家具や機材が片隅に避けられ、広くなったスペースに型違いのモートアベーゼンが5機並んでいる。

子供のおもちゃではなく、大人も乗れるようにしっかり設計された試作機だ。


「ぜんぶかたちがちがう」

「ええ、まだ試作ですので。どの形が最も効率がいいかは試運転で確認するそうです」


ふわ、と頭に風がなびいたと思ったら緑色のふとっちょの鳥と小石に羽が生えたようなものがモートアベーゼンの周りをぶんぶん飛び回っていた。


(これで空を飛ぶの!? え〜、この形は風に乗りにくいと思うなあ!)

(こっちのやつは中心部分に負荷がかかりすぎるな。補強しないと空中でバラバラだ)


風の精霊アウロラと土の精霊バジラットだ。


「いま、あの子たち僕のかみのけからでてきた?」

「そう見えましたね」


ものすごくツッコミたいけどまあいっか。


「あの新型のせっけいって、モートアベーゼン技師が?」

「はい。大人の荷重と、速度が上がったときに耐えられるように設計し直しております。……精霊様方はなんと?」


「いちばんみぎは風の抵抗がつよくなりすぎるって。あれはふりょくの効率がわるい、こっちは荷重負荷せっけいがあまい、つぎは魔力でんどーりつはサイコーにいいけどそもそも飛行にむいてない耐久りょく。さいごのやつはぜんたいてきにバランスはいいけど……ちょっと、デザインがカッコわるい」


(なーんか全部惜しい! どうしてこれとこれを組み合わせなかったのかなあ!)

(これ、全部設計者が違うんじゃないか?)


「そうですか。この設計は、旧ラウプフォーゲル領のモートアベーゼン技師に声掛けして試作させたもので、設計をコンペ形式にする予定なのです。どれも精霊様のお眼鏡に適わないとは……いえ、最後のバランスがいい、は実用に値するのでしょうか」


(うーん、バランスはよくても全体の能力は低いね!)

(なあ、なんで主が設計しないんだ? 主の記憶の中には飛行物体の設計はいろいろあるみたいじゃないか。飛行機に、ヘリコプター、ドローン……形状的に近いものはバイクかな。詳細までは理解できてなくても、こっちの技師よりはずっと理にかなった形状だ)


え、俺が設計か。

確かに、前の世界では空を飛ぶことは夢であり実現しうる技術分野でもあった。

もちろん技師ほどの精度は無理だとしても、アイデア程度の素案ならたしかに俺が書いたほうが合理的かもしれない。魔法的な要素は精霊たちから聞くことになるとは思うけど。


「ペシュ。僕がそあんをわたすから、それをもとに技師たちにかいりょうをおねがいできるかな」

「ケイトリヒ様が素案を? ……そう、ですね。確かに精霊様の助言を直接お聞きになればそう、なります、か。ふむ、これは少しコンペの形態が変わりそうですね。では新たにケイトリヒ様の素案を渡す技師を決めましょうか。5つの中でどれが将来性がありそうですか?」


「アウロラ、バジラット。どう思う?」

(ぜんぶ同じじゃなーい?)

(最後の1つがちっとだけイイ、ってくらいであとは横並びだな)


「精霊様はなんと?」

「……さいごの1つについてはちょっといい、ってくらい。しょうらいせいについては、まあ、のびしろがおおいってことで……」


「だめですか」

「ぜんいんにそあんをわたして、いちばんいいかいりょうをしてくれた技師でかんがえたらどうかな?」


「では、素案の作成にはすぐ取りかかれますか?」

「うん!」


実父が使っていたという製図台に駆け寄ると、ペシュティーノが抱き上げて椅子に座らせてくれる。それから棚の製図用紙をセットして、金属製の鉛筆をもたせてくれ、製図台の角度を調整してくれる。過保護だ。


「製図用紙は貴重なものなので、丁寧に扱ってくださいね」

「はあい」


モートアベーゼンは緑色の毛が浮力を生む不思議な乗り物だ。たしかに形状としては自転車やバイクに近い。接地していないので浮力が生まれて前方へ推進した場合の負荷のかかり方は飛行機に近い、気がする。

人員輸送の用途として一番近いのは俺がいた時代では構想段階だったエアタクシーだろうけど、あれは安全性重視で速度が出ない設計だったはずだ。軍事用が第一目的なら、安全性はもちろんだが速度も軽視できない。

俺は精霊の助言を聞きながら、サラサラと淀みなく素案を描きあげていく。


「ねーペシュ、ほんとのぱぱもせいず、してたの?」


バイク原案、戦闘機原案と2つの案をブラッシュアップしてノッていたときにふと気になって聞いてみたが、返事がない。


「ぺしゅ?」


振り向いて見上げると、食い入るように製図用紙を見ていた。


「ああ、はい? なんとおっしゃいましたか」

「僕のほんとのぱぱも、このせいずだいつかってたんだね? せいずしてたのかな」


「ああ、クリストフ様ですか。いいえ、製図ではなく調合用に使う植物のスケッチや魔獣素材の処理の仕方などを絵に書いて論文を出していらっしゃいましたよ。今では魔導学院の教本となっているはずです。しかし、ケイトリヒ様! なんと絵がお上手なことか! それに……だいぶ、機能が追加されているようですが」


俺が描いた設計図はシールドつきのレース用バイクと戦闘機を一緒にしたようなフォルム。翼は小さいけど、飛行を安定させるには必要だと思うんだよね。アウロラも同意してくれたし。さらに相互通信や速度計や高度計などの諸々の計器を加えると、結局こんな形になった。


「軍事ようなら通信がひつようでしょー? もくひょうとうたつまでは高度と飛行速度のけいさんがひつようだろうし……ほんとは地図とれんどうするようなきのうがあればいいんですけど」


ゲームみたいに。実際の軍事用でも衛星通信なんかでマッピング機能は使われていたのかもしれないが、なにせ軍に在籍したことなんてないのでゲームの知識だ。


「地図と、連動? ……ケイトリヒ様、地図は、一体どこから入手するおつもりですか。詳細な地図は、各領地の防衛機密として取り扱いが制限されていますよ。冒険者組合(ギルド)には独自のものが存在するそうですが」


「え、そらからえいぞうスキャンすれば地図なんてかんたんにつくれるでしょ。あ、機体のしたに、えいぞうから3Dモデルをつくるさつえいそうちをとうさいすればいいかな。そうなると……空撮ようにこういう、球体じょうのカメラを……」


衛星写真から都市の3Dモデルを作るのは俺の時代ではさほど困難な技術ではなかった。この世界ではそういった自動計算をしてくれるコンピューターはないが、精霊がいる。


「……ケイトリヒ様」

「ん?」


「そ、その機能はちょっと、自重ください。それに、今回のモートアベーゼン改良では周囲を見渡せるほどの高高度を飛ぶ予定はありませんが……可能なのですか?」


「あそっか」


そういえば今回のモートアベーゼン機体改良は一番最初に「CADくん」を作り上げたとき、試しに改良した魔法陣を元に作られている。機体を150センチほど浮かせて、時速80キロほどで飛行させる程度の能力しか無い魔法陣だ。

そりゃあ……簡素な自転車もどきになるよね。これは技術者の腕じゃない。

うん、仕方ない。

となると、戦闘機や地表マッピング機能はこの世界にはオーバーテクノロジーだね。


「じゃ、これはボツ?」

「いいえ。一旦できること、やりたいことを余すところなく詰め込んだモートアベーゼンの設計を描きあげてみてください」


「うん!」


消しゴムで消し消し、書き足してあれこれ考察して足したり引いたり。

ちなみにこの世界の消しゴムはゴムではなく、鉱物。性質はゴムに近いけどかなり貴重品らしい。王子様のご身分って素晴らしい。


その日は丸一日、製図用紙にベッタリとくっついて設計素案を何枚も描き上げていった。設計の意図や優先事項などの細かな注釈を書き入れた頃には、窓の外は真っ暗。

お腹が空いたけれど、それよりも眠気がひどくて電池切れのように寝てしまった。


机に突っ伏していたところを、ペシュティーノに抱き上げられた気がする。

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