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第2部_4章_190話_予見 1

「それでそのリク・マツモトとかいう異世界人は、おめおめと生きながらえているということですの? 年若い女性に無体をしたという事実を知りながら、ケイトリヒ様が?」


昨日の敵は今日の友。

今日の友は明日の敵……。


俺の今の状況は昨日の「ステキな協力者」が「容赦なき断罪者」だ。


こわいです。2人の婚約者がこわいです。


「レディ、この国は帝国と法律が違います。帝国法になぞらえば確実に斬首刑ですが、彼は悪どいハイエルフの洗脳によってそれを悪事と認識できなかったのです」


尻込みしちゃった俺の代わりにスタンリーがスラスラと答える。

要塞都市グラディアークにはあまりにも緑地帯が少なかったので、精霊が魔法で築き上げた塔……ルーメン・ヘリカに合わせて大幅に公園を増やした。

公園を増やすなんて公共事業としては大規模なはずなんだけど、精霊にかかれば1週間。

太ましい大樹とささやかなベンチ、ぶあつい芝生が茂るみどみどしい公園になりました。


ただいまマリアンネとフランツィスカ、スタンリーと護衛騎士たちを連れて散策中。


「それはそうでしょうけれど……そのような男、見るのもおぞましいですわ」

「その者がケイトリヒ様が持つはずの『権能』を不正に所持していて、取り戻すには命を奪わなければならないのでしょう? だったら一時的にでも帝国法に則って斬首すべきですわ」


「帝国法でも強制や洗脳、脅迫など自分の意志とは別の理由で女性に無体をした場合は審議が開かれ、即処刑というわけでもないのですよ」


スタンリーが言うと、2人は不満げに口を閉ざした。

たしかに2人が同じ女性として加害者男性を許せない気持ちはわかる。

が、それで法を無視することは許されない。


「うん……リクの持つ権能をもらうことと、罪を償うことは別に考えなきゃいけない」


「しかしケイトリヒ様が『予見』の権能を持つことは、ハイエルフたちからすると重要なことのようですね」


スタンリーが今朝の会議を思い出したのかボソリと呟く。

マリアンネとフランツィスカはその言葉の続きをじっと待った。


そう。シャルル、グルシエル、イーロ、セヴェリ、ついでにイルメリに帝国魔術省副大臣のアルベールまで「予見の体得は急ぐべき」というのが一致している意見。

ついでに彼らはリクの命に全く頓着していないことも一致している。よしてくれよ。


リクを尋問してわかったことだが、彼の持つ「予見」の権能はハッキリ言ってほとんど自分の周囲のことしかわからないのだそうだ。

周囲の情報から分断されていたので、それは仕方ないことだと思うけど……。


さらに自分の意志で操作することはできず、「予見」のビジョンが見え始めると3日も廃人のように目を見開いてヨダレを垂らすままになってしまうこともあるんだって。

こわすぎる。

俺そんな権能やだよと言ったけど、ハイエルフいわく他の権能も操れてる俺なら大丈夫って言ってる。ほんとー? ただでさえ「全知」を使うと目玉のうえに謎の文様が浮かんでヤバいって言われてるのに、さらにヤバい要素追加はいらないよ?


「ケイトリヒ様がその『予見』の権能を持てば、リクとかいう人物とは桁違いの効果を出すのでしょう? もしかしたらケイトリヒ様が治める領地の未来の災害や謀略までわかるかもしれない、とシャルル殿が言ってましたわ」


「え? シャルルがマリアンネにそんなことを?」


「私にも説明してくださいましたわ。あの者の思惑としては、リクの処刑を断行してほしいようですわね」


「むむっ。婚約者から丸め込もうとするとは。やっぱりシャルルって気に食わない」


「あらそうですの? 君主の考えを変えたいと思っている家臣であれば当然の行動ですわよ。わたくしたちはケイトリヒ様に対等に意見を申し上げられる存在ですもの」

「だからだよ」

「ウフフ、わたくしたちも意見は申し上げますけれど、ケイトリヒ様のご意向を無視するようなことはありませんわ。命令はケイトリヒ様が下すもの」


フランツィスカが俺を抱きしめて頭を撫で回す。

マリアンネも俺のふわふわお手々をやさしく包んで撫で回す。


うーん、至福。


俺、可愛がられてるー。


2人にふにゃふにゃ甘えて、充電完了。

ペシュティーノとはまた違うパワーをもらえる2人なのだ。


まったく余談だが、そのあとペシュティーノからものすごく深刻な表情で「お2人の令嬢と……同衾なさったそうですね?」とものすごく疑わしげな目で尋ねられた。


たしかに状況としては同衾ですが、なんにもありませんから!

3人でグッスリ寝ましたよ!



婚約者との会議っぽいお茶会を終えると、最近は3日に1回は開催されている国家会議に出席。これはあくまで国を運営するうえでの会議なので、聖教とは関係ない。

それとは別に、聖教の会議もある。

今はほとんど一緒だけど、将来はやはり政教分離を目指しているのだ。

政治と宗教は同一視するべきじゃない。それは日本という国で価値観を育ててきた俺の意見だ。


聖教の多くの聖職者はなかなか反発してくるけれど、これは俺の基本方針。


国家の運営は専門家を立てたほうがいいと思うんだ。

だって実際、聖教が国家運営して信じられないくらい腐敗してたじゃん?

その事実を突きつければ聖職者の多くは黙るしかないのだ。

あと神成者(ディフィカトゥス)の権威。これ絶大です。聖職者、すぐ黙る。


他国の制度をとやかく言うつもりはないが、とにかく俺の支配する国では政教分離、それが原則だ。


俺は現在デオスレア聖教国の宗教的なトップに立っていて、政治的なトップも兼任している状態。

できればこれもいずれは分けたい、と会議で話したところ、宗教と政治どちらのトップとして俺が残るかという話で会議がヒートアップしすぎて一旦その話はしばらく封印。


将来的な話だってば! といいたかったんだけど、それにしても今の強力な求心力である俺を失うことが怖すぎたんだと思う。もう一度いうけど将来的な話ね!


そして聖教国の平定から3週間後の今日、周辺の領主からこぞって面会依頼が届いた。


その中にはロムア遺跡の件で名前を聞いたリンスコット伯爵からの書状もある。

ついでにリンメル男爵からも。あの無礼なツインテール令嬢の父親だ。

あんま会いたくない。


周辺領主からするとデオスレア聖教国の存在は無視できないし、その実態を見極めたいに違いない。

旧ゴア帝国であったこの地域に残る爵位制度は、かつてこのグラディアーク要塞都市……かつてのトリビュネクスが中心地だった。

国家の制度も名称もなんにも受け継いでないけれど、ゴア帝国の系譜は一応デオスレア聖教国という位置づけになるんだろうか。


周辺領主がどう考えてるかはわからないけれど、圧倒的軍事力で聖教法国を制圧した新国家ならばとりあえず挨拶しておかないといけないと考えるのは当然だよね。

そのバックに帝国の剣、ラウプフォーゲル公爵家がいるのならばなおさら。


「けっこういるんだね」


面会を求める書状は50通ほど。

領主として伯爵や侯爵を名乗る人物から、村長を名乗るものまで様々。


リンスコット伯爵と、その関係者みたいな領主だけは俺の個人名を記載し、直接領主が訪ねたいと書かれた書状を送ってきた。

ほかの書状は代理をよこすようなことを書いてあるし、正体不明の国家への挨拶としてはそれが普通なんだろうけど、どうやら伯爵は情報通みたい。

さらに会えるのならば許可をもらった翌日には参上できるとも。


スピード感のある優秀な領主みたいだ。

これは真っ先に会っておくべきかもしれない。


ちなみにリンスコット伯爵の関係者には会いたくないリンメル男爵も含まれてるのでちょっと気まずい。けど伯爵に会うほうが優先なのでガマンだ、俺。

初めて名前を聞く領主や村長たちはいったんシャルルかグルシエル、ペシュティーノの3人のうち誰かが対応することになった。


神成者(ディフィカトゥス)様、面会者がお見えです」


かくして、面会を許可する返事を送った次の日にリンスコット伯爵はやってきた。

関係する家門を6つ、伯爵の秘書としてダニエラ女史を連れ立って。

歴史研究家の……えっと、なんだっけ、ユリ……ユリ……まあダニエラ女史の師匠。

彼はいない。


謁見室で膝をついて床と背中を並行にした人々がずらりと並ぶなか、静かに玉座に座るとペシュティーノが「発言を許可する」とエラソーに言う。

エラソーに言うって、けっこう大事なんだなって最近思う。


「ギフトゥエールデ帝国の帝位継承第2位にしてラウプフォーゲル公爵令息、ユヴァフローテツ小領主、ガードナー自治領の統治者、ならびにドラッケリュッヘン大陸に君臨するデオスレア聖教国の主、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下に、リンスコット領の領主ケーゴ・リンスがご挨拶申し上げます」


ながい。ながいよ。

イギリス王室の正式名称もこうやって長くなったのかな。あれもなんかいろんな領主を兼任してあーなったってどっかで聞いた。うろ覚え情報。あー検索したい。


ペシュティーノがチラリと俺を見たので、うむ、と頷く。これもエラソーにやんなきゃいけない。だって今や俺は小国ながら国家元首であり1つの宗教のトップ。

へどもどしちゃいかんのだ。


「顔をあげてよい」


ペシュティーノが通る声で言うと、顔を上げてまっすぐ俺を見たリンスコット伯爵はごくごくフツーのおじさんだった。なんというか……レオのいう「モブ顔」っていうの?

特徴はなく目立ってブスでも美形でもない、地味だけどそれなりに整った顔。


……なんだか奇妙な親近感を覚える。

もう記憶も曖昧だけど俺、前世はモブ顔だったのかな?


ケーゴ・リンス。珍しい名前だな……ケーゴ? ん、もしかして?


「リンスコット卿、もしやあなたは異世界召喚勇者と関係がありますか?」

「はい。私の父はかつての聖教法国の脱走兵で異世界人です。かつての名をタツユキ・コガと申します」


親近感の理由はアジア人風の顔だちのせいだった!


「ケイトリヒ殿下はやはり異世界の……」


リンスコット伯爵は急に顔を青ざめさせて言葉を止めた。

なんか俺の左後ろを見てる?


ペシュティーノと周囲の側近も、なんか俺の左後ろを見て固まってる。


なんぞ?


くるりと振り向くと、真っ白な布を頭からすっぽりかぶった、ヒトらしき……すごくデカいものが立っていた。5メートルくらいあるけど、多分なかみはヒトなんだろうってシルエット。布の合間から石膏像のように白い手が出ている。これは……。


「……デーフェクトス? 顕現できるようになったの?」

「うむ。主、そちらの者たちからアンデッドの気配を感じまするぞ」


デーフェクトスはひどくしゃがれた肉声で喋りながらリンスコット伯爵たち一行に骨ばった手で指差した。

その瞬間、俺と伯爵のあいだにジュンがゆらりと立ちはだかる。


あ、伯爵がしんじゃう!


「ジュン、待って。デーフェクトス、説明して、どういうこと? 生きた人間からアンデッドの気配がするって、アンデッドとは違うんだよね?」


「何を言う、主。アンデッドの言葉の意味をちゃんと考えてみるがいい。『死せぬ者』つまるところ生者は皆アンデッド。ただ、主たちの基準では『死するべき者に死がもたらされなかった者』のことを呼んでいるようじゃが、必ずしもそうとも限らぬ」


「それはどういう……」


ペシュティーノが口を開きかけたとき、激しい嗚咽が謁見室に響いた。


「もうしわげっ……申し訳ございませんっ……せ、精霊様の仰るアンデッドというのは、私めでございます! 他のものは関係ございませんっ!」


リンスコット伯爵の後ろから四つん這いでサササッと素早く前に出たかと思うと、おでこを床に擦り付けるように土下座してくる男。……これが、アンデッド?


「発言の許可をお願い申し上げます」


伯爵の冷静な一言に、その場の全員がハッと冷静になった。


「あ、うん。話を聞くよ。キミがアンデッドって、どういうこと?」


「うっ……ひぐっ、うう、ありがとう、ひぅっ、あでぃがとうごだいばすぅぅ!」


すごいしゃくりあげながら泣いてる。

大人でもこんなに泣けるんだってくらい泣いてる。大丈夫?

彼が落ち着くのを少し待って、説明に耳を傾けた。


男の名はポール・リンメル男爵。なんとあの無礼なツインテール娘の父親だった。

ええと、その節は傭兵を殺してすみません。あと、娘さんをふっとばしてすみません。

心ではそう思ったけど、口にはしない。


彼の領地はこの大陸の東岸で、海の向こうは暗黒大陸という位置にある。

そしてこの地域は、毎日毎日海岸からアンデッドがノコノコと現れる。それを討伐して回るという大役を担った、かつてのゴア帝国の辺境伯の家臣がこのリンメル男爵だ。


ゴア帝国が崩壊しても、当然アンデッドはやってくる。

辺境伯は地位を失っても海岸アンデッドの討伐は続けた。やがて辺境伯の家は断絶したがそれでもその家臣たちはアンデッド討伐のため死力を尽くした。


もしも彼らがアンデッド討伐をやめていたらドラッケリュッヘン大陸はとっくのむかしにアンデッド大陸になっていただろう。

国や貴族としての使命ではなく、自分たちの身を守るために続けたのだ。


しかし時が経ち、すでにアンデッド討伐の指揮をとる大領主は数を減らし、彼らこそがこの大陸を守っているという事実を知るものがどんどん減り、今や防衛戦は風前の灯という状態なのだそうだ。


「海から上がってくるアンデッドは、動きも鈍く融合もしないため戦闘の心得のない市民でも罠や防護柵など知恵を駆使すれば対応できます。しかし今や、それすら存続が難しい状態なのです」


理由は明らか、単純に人手不足のせい。と、おもうじゃん? それもある。

日常的にアンデッド戦との最前線となっているリンメル男爵領地は当然ながら理想の居住地とは言えない。

アンデッド討伐隊はかろうじて海岸アンデッドを食い止めてはいるが、引退や怪我、移住や老齢などを理由に徐々にその数を減らしている。


その状況に危機感を覚えたリンスコット伯爵が周辺の集落から人を集めはじめ、ようやく危機が去ったのが30数年前の話。だがどんなに人を集める策を立てても、それも長く続けられない、という。


その理由は――。


「これが、理由です」


リンメル男爵が手袋を脱いで手のひらを見せると、ジュンさえもたじろいだ。


その指先から手のひらにかけて暗い紫色に染まり、ところどころ緑っぽい痣まで浮かび上がっている。まるで――死体の肌を見ているようだ、と全員思ったはずだ。

俺も死体を間近で見たことはないが、その異様さはわかる。


「生きながらにアンデッドになっていく……我々は『死人病』と呼んでいるのですが、この症状が現れる者が増え始めたのです」


その症状が強く出るのは、より海岸に近く、そして長く住む人々に出やすく、居住歴が浅い人物や海岸から遠い集落には現れにくい。

アンデッドがやってくる海に原因があることは薄々わかってはいるが、その解決策は海から離れることしかない。

症状が重い者を海から離すと症状が収まることがわかり、ローテーションを組むことでこの30年持ちこたえていたが、もうそれも限界が近づいているのだという。

死人病を恐れて人は集まらないし、アンデッドが数を減らすこともない。


「壊死……とはちがうのかな」

「順番が逆ですナ。主の知識に合わせて申し上げますぞ。この状況は、本来は代謝すべき細胞が死することなく機能を低下させるだけでずっと留まってしまう。やがて機能が低下した部位は、死体と同様に血液循環も、筋機能も衰えていく。今は指先だけじゃろうが、脳に達すればいずれ精神も崩壊するじゃろう。それでも、人体としての最低限の機能が失われることはない。そうなれば動く屍……アンデッドのできあがりじゃ」


たしかに壊死というのは血流が悪くなってその先の細胞が死滅することを言うので、逆っちゃあ逆か。

俺の言葉に答えたデーフェクトスの言葉は、この世界では全く浸透していない医学知識の用語が使われている。側近たちに伝わったのは「このままではマズい」ということだけで詳細は理解できてないみたい。


「つまり代謝……細胞の死滅と再生の、死滅の部分が機能してないってこと? あ、それが【死】属性の不足ってこと!? それで、生きながらアンデッドに!?」

「その通り。しかしのう、主の支配がこの者の土地まで及べば、この病はたちどころに治るであろう」


デーフェクトスの言葉に、リンメル男爵よりもリンスコット伯爵が目を見開いて詰め寄ってきた。


「それは……それは、本当なのですか。本当に、神成者(ディフィカトゥス)様にはそのような御力が……!?」


「ちょっと待って、デーフェクトス、適当なこといわないでよ?」

「いいや、これは間違いのないこと。主よ、その身に溢れる【死】属性を中和するために必要なものは、ご存知でありましょう。この者の土地は、すでに【命】の偏属性が進みすぎて本来問題のない生命体にまで影響が及んでおる。すぐに対処せねば、ヒトが生きながらアンデッドになっていく姿を目にすることになってしまうぞヨ」


左後ろに控えていた5メートルほどあるデーフェクトスが、ゆっくりと腰を折って俺に顔らしき部分を寄せてくる。


「主、儂からもハイエルフたちの願いを重ねて申し上げる。はよう『予見』の権能を手にいれてたも。主があの異世界人を手に掛けたくないと仰るならば、儂が苦しくない、安らかな死をもたらしてやろうではないか。あの異世界人の魂はもう、ヒトとしての原型を留めておらぬ。はようラクにしてやるが情ともいえよう」


まさかデーフェクトスからも強く勧められるとは思っていなくてビックリしたけど、まあいったんリクのことは置いておこう。


「……リクの件はあとで。では、リンメル男爵領地に僕が行けばいいのかな」

「それに、あれよ。湿地に沈めたあの、なんじゃったか……アンデッド、ホイホイであったかの。あれでも置けばその地に住む生命はだいぶラクになるだろうて」


あ、たしかに。

海岸からノコノコと無限に現れるっていうなら、コンスタントにアンデッド魔晶石を手に入れられるいい設置場所になるかもしれない。


「男爵の手は、治せないかな」

「土地の属性に偏りがなくなれば、自然と薄れていくじゃろ」


リンメル男爵とリンスコット伯爵、そして家臣の何人かが静かに涙を流していることに気がついた。


「死人病は、そんなに深刻なの?」


俺が聞くと、伯爵がバッと頭を垂れて答えた。


「男爵の……彼の両親はこの病でアンデッドになりました。私の長男は男爵領にアンデッド討伐隊として出征してこの病にかかり、今はもう歩くこともできません」


「そんなに……デーフェクトス、歩けないヒトも治るかな?」

「老衰した者や病人でなければ、本来の回復力を取り戻しましょう」


「そっか。じゃあ、今すぐ行こっか」


俺がぴょいと玉座から飛び降りると、側近と兵士たちが一斉にザッと膝をついた。


「け、ケイトリヒ様。今すぐですか?」

「うん。いますぐ。ガノ、輸送用のトリュー用意して」

「は!」


「ジュンはついてきて。サミュエルはオリンピオに護衛を手配してもらうよう伝えて」

「おう」

「すぐに」


「シャルルは留守番ね」

「まあそうなると思っておりました」


「パトリックはどうする?」

「私もお留守番をしておきます。まだ残務が多数ありますので」


「そう。じゃあ、いこ! ペシュ、スタンリー!」

「……スタンリーは彼らの案内を任せます。あなたたち、こちらのスタンリーの指示に従いなさい」

「妙な動きをしたら容赦なく捕縛の魔法をかけます。黙ってついてくることに同意するものは、特別に同行を許しましょう」


スタンリーの偉そうな案内に、伯爵たちは足取り軽くついていった。

大丈夫かな。大丈夫か。なんか元気そうだったし。


伯爵一行のなかにはダニエラ女史もいるから、念願かなってトリューに乗れるね!

遺跡に向かうためにトリューに乗せろって話はそういえば頓挫してたな。

まあ今回、男爵領に向かうついでに希望者を乗せるのはちょっとした他の周辺領主へのアピールにもなるからいいか。


俺がぽてぽて歩いてトリューの発着場に着く頃には諸々の準備は全て完了。


リンスコット伯爵の一味がちょっと強引に兵員輸送トリューに押し込まれるのを見届けて、俺もトリューのシートに座る。最近めきめきと背が伸びているせいか、頭頂部のふわふわアホ毛がちょっと天蓋(キャノピー)に触れる。


「なんかあたまサワサワする」

「シートを少し低くしましょうか」


そんなことできたんだ。ちょっと高さ調節して、れっつごー。


ドラッケリュッヘン大陸の南東、リンメル男爵領地へ!

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