第2部_4章_186話_聖教法国 3
「頭が高い。平伏せよ」
ウィオラとジオールがなんかすごい偉ぶってる。
聖職者にとって精霊は信仰対象そのものなので、言う通りにしてる。
ほんとうに「自害せよ」とか言ったら自死しそうな勢いだよ、こわいよ。
血まみれだった聖殿は清められて、今は遺骨と遺品が1人ずつひとかたまりになって床の上にきれいに整列してるだけ。
ついさっき多くの死者が出たというのに、あまり実感がないのはそのせいかもしれない。
「主〜、ペシュティーノから伝言。『すぐに向かいます』だって」
「え、ちょっとそれは困るかな! 全面戦争まったなしになっちゃう!」
「いいんじゃない? なんだか色々と計画立ててるみたいだけど、主とは別の神候補なんて名ばかりでしょ。主が一発、バーンとやっちゃえば終わりだよ」
そういうとこはほんと精霊だな!
俺が本気でバーンとやったら地形変わるんだよ! 街が消えるんだよ!
何の罪もないヒトまで消し飛ぶよ! 選んで攻撃するなんて……あ、できるかも?
いやいや、将来は皇帝になるかもしれない俺、そんな反社会的なことできません!
というかしません!
なによりも、今はジュンのケガをどうにかしたい。
「シャルルは相手がハイエルフなら最悪のばあい、精霊が人質みたいになるかもしれないって言ってたよね」
「ああ、言ってたね。っていうか絶対ないない。今の僕たちの支配権が、主以外に乗っ取られるなんてありえないよ。ハイエルフだろうが別の神候補だろうがムリムリ。あ、でもドラゴンを眷属にする前だったらもしかしたらあり得たかもね?」
じゃああのときは正しい懸念だったんだ。
でも今は違うっていうなら、たしかにバーンとはいかなくてもちょっと大胆に探りを入れてもいいかも知れない。
本当はもうちょっとスマートに平和的なアプローチをしたかったけど、あちらの思惑ではないとはいえ敵地に一気に侵入しちゃったのならもうあとには戻れない。
まあこのまま全てを無視して転移魔法陣で消えるのも方法としてはアリなんだけど……。
あと、あちらがまったく平和的な要素がないってのも問題ね。
こちらに敵意があるかどうかはまだわからないけど友好的にされても困るくらい極悪非道なことばかりしている国が相手だ。
「ジュンの足を治療したいんだけど、今やってもだいじょうぶかな?」
「……エンブリュオンが膨大な属性を吸い取りましたが、それでも依然、不足していることには変わりありません。控えておいたほうがよろしいかと」
ウィオラは聖教の聖職者がいることを理解していて上手に「【命】属性」については触れずに話す。こういうところは人間らしくなっちゃって……。
「アンデッドの魔晶石があれば?」
「家1件分ほどの魔晶石があればあるいは……」
そんな都合よく巨大アンデッドいないよね。
城馬車まで戻れば、アイスラーからガンガン転送されている魔晶石があるのになあ。戻りたいけど、戻り道がわからない。
無理やり精霊の転移魔法で戻るというのも手だけど、その転移魔法を聖教法国に悪用されちゃってもマズいし。
精霊と竜脈を介して転送とかできないの?
あ、俺が使っちゃマズいのなら、誰かに使わせればいいんじゃない?
「もしもしエンブリュオン? ジュンの足を治療したいんだけど?」
「……主、誰と話して……」
「シッ。あの子は声が小さくて聞こえにくいから静かに! えーと、エンブリュオン?」
(……ジュン あし ぎょい)
「え? なに? ごめん、聞こえなかったもういっかい!」
俺が何度か聞き直していると、ジュンがいきなり「うわっ」と声を上げた。
「どうしたの」
「うわ、うっわ、きめえ! 足が、つま先が生えてきた! え、すご! なにこれ、うっわ、なんか、かゆいな! おいすっげえかゆい!」
「おちついて」
「足先がニョキニョキ生えてるっつーのに落ち着いてられるかよ!」
俺も思わずジッと見ちゃう。
先に骨が伸びて、そこに筋が絡みいていくのが見える。
筋繊維……? 赤と灰色の導火線みたいなものもしゅるしゅるとそこに絡みついていく。
多分血管だと思う。
気持ち悪いけど、なんかすごいおもしろい。
「うわあ、すごい。おもしろいね!」
「おもしろくねーよ!」
まあたしかにジュンは面白くはないよね。
やがてすっかり皮膚に覆われて、5本の足指にはきれいな爪まで生えてきた。
「なおった!」
「……すげえな」
「へえ、さすが本職だねえ」
「俺らじゃこうはいかねえよな」
ジオールとバジラットが俺の上から覗き込んでた。
おもしろいよね?
聖職者のひとたちは空気。あえて無視。
「靴どうしよう?」
「それくらいなら俺が作ってやるよ。元々の靴を再生させるより、新しく作ったほうが早いな」
バジラットが得意げに空中にシュルシュルと靴を生み出す。
聖職者のひとたちがなんかモゾモゾしてる。
すごいもの見れて興奮してるっぽい。でもあえて無視。あえてね。
ジュンは靴を履き替えて、陸上選手のウォーミングアップみたいに跳ねたり駆けたり。
問題なさそうだ。
ただ、流れ出た血はすぐには戻らないだろうからあまりムリはさせないようにしないと。
「……さて、コイツらから話でも聞くか?」
「うーん、でもだいたいは精霊からの情報でわかったし、わかるし」
どうしようかな?
まあ要は仲裁者をどうにかしてほしいらしいし。
それは概ね俺たちの目的と一致する。
「もうこうなったら思い切ってこちらから先制攻撃してサッサと制圧しちゃおうか」
どのみち平和的解決は難しいんだもんな。
それならこれを好機として奇襲攻撃も悪くない。
俺が神っぽいことをすれば、きっとここにいる聖職者のように不満を抱えた国民の何割かは俺に正義があると信じさせることも不可能じゃない。
なにせ精霊もドラゴンもハイエルフもいるし。
『中枢まで一足飛びで侵入したのです。それも良い手ですね』
ん……? 今のウィオラの声じゃないよね?
パッと後ろを向くと、ウィオラが野球ボールほどの謎の玉を持っている。
『ケイトリヒ様、ペシュティーノです。精霊様の御力で、通信だけさきに確保させていただきました。お怪我はありませんか、怖い思いはしていませんか』
冷静な声だけど、少し震えてる。
ペシュティーノに心配をかけていると思うと、急にいたたまれないほど悲しい気持ちになってくる。じわりと涙がにじんだけどグッと飲み込む。
「ぺしゅっ……ごめんね、ごめん。僕は大丈夫だよ、ジュンが守ってくれたし、そばにいるから怖くないよ! 精霊もいるし、平気!」
『そうですか……ようございました。お声が聞けて一安心です』
「うん……それより、先制攻撃アリって本気?」
『ええ、もとより話し合いで解決するとは思っておりません。仲裁者の反対勢力に召喚されたというのなら、ある意味好機でもあります。……もちろん彼らの罪を白紙にするつもりはありませんがね』
最後、声にドスが効きすぎてるよ!
聖職者たちが怯えてるから!
『ともあれ、もしも先制攻撃をしたとしても少なくともクリスタロス大陸では何も問題ないよう、シャルルが調整済みです。教義を同じくする共和国の聖教からも、法国の制圧には関与しないと書面をもらいました。また、有事の際の臨時召集兵15万も待機中です』
「りんじの……なに? 15万? 何の数字?」
『兵士の数ですよ? もっと必要であれば王国からも徴収します』
「いやそんなにいらない……あ、でも制圧したあとの統治には1万以上いるかも」
『全面戦争になった際に短期間で決着をつけるためにも、最大数は確保しておきますね』
「まあ聖教の教義に則るとしたら、正当な御神体は王子のほうだしな」
ジュンが口を挟んできた。
「そうだ。御神体……リク・マツモトについて、僕たちなにも情報がないんだよね。ねえキミたち、話を聞かせてくれるかな。どんな人物?」
聖職者たちのほうに向き直ると、彼らはチラチラとジュンの表情を伺う。
まあ……同僚を細切れにした人物から黙ってろといわれているのならこれが普通か。
「王子殿下がお尋ねだ、誰か答えろ」
「は、はい! 我が主……いえ、もう我々の主とは言えません。御神体たる異世界人については私、ザフィケルがご説明申し上げます」
ジュンの催促にバネのように立ち上がった人物は20歳前後の若い聖職者だ。
長い髪と端正な顔立ちで女性のようだが、声は男性。
「そういえばこの国の聖職者には女性がいないの?」
俺の素朴な疑問に、ザフィケルと名乗った青年はハッとして難しい表情をした。
「いるにはいるのですが……中央聖殿にはなるべく配置しないようにしております」
「りゆうは?」
「……御神体たる御方が、女性の司祭に対し献身を求めるからです」
「けんしん?」
検診? 検針??
「どういう」
ザフィケル青年はチラチラとジュンの顔色を伺う。ジュンは無言だ。
あっ、この雰囲気! こういうときはアレですね。オトナの! アレ!
「あー! ええっ、と……もしかして性的な要求をしてくるから離してるってこと!?」
「……! お、仰せのとおりにございます……」
こりゃーリク・マツモトはゲス決定じゃないか!
俺がぽかんと口を開けたまま固まっていると、ザフィケル青年は膝をついて額を床に擦り付けるように頭を下げてきた。
「それだけではありませんっ! 年端もいかない平民の幼い少女を手籠めにし、孕めば用無しと打ち捨てる! 清貧がよしとされている聖殿で、油や砂糖といった贅沢品も湯水のように使う! 気に入らぬ発言をしたものは、男であれば残酷な拷問のうえ命を奪われることも毎日のことです!」
だめだ、ゲス以下だった。
しかし贅沢品を湯水のようにってとこは俺も耳が痛い。
前世の食生活を再現しようとするとそうなるのはしょうがない。
あ、彼らにとっては前世じゃないか、異世界。転移前の世界。
で、でも俺は贅沢品にしないように生産と流通から改革してるしっ!
「そんな問題アリの人物を、どうして仲裁者は擁立してるの?」
俺の質問には、ザフィケルではなく後ろの年嵩の聖職者たちがポツポツと応える。
リク・マツモトがこの法国で「御神体」となったのは30年前。
その頃に異世界から召喚されたリク・マツモトはおどおどした青年でしかなかった。
仲裁者の実験の結果がよかったのがおそらくリク・マツモトだったのだろう。
さすがにこの場にいる古株の聖職者でも、理由まではわからなかった。
だが枢機卿として君臨するハイエルフである仲裁者は次第にリク・マツモトを擁立するようになり、その頃からどんどん彼の人格が変わっていったという。
はじめは「もっといい部屋に住みたい」とか「もっと美味しいものが食べたい」といった要求だったものが、次第にエスカレートした。
自身の享楽のために歌や踊りのできる娘を集めはじめ、その頃から定期的に娘を召し上げて使い捨てるようになった。
男を拷問して命を奪うようになったのはここ10年ほどの間に始まったことで、最近はさらにその苛烈さが増しているらしい。
「……魂を継ぎ接ぎしているのなら、前世では考えられない精神疾患に似た症状が出ている可能性もあるね。発言が支離滅裂だったり、ひどく興奮したり逆に呆然としてたりすることはない?」
「……!! よ、よくご存知で! まさにそれは『御神体様』の現状。あまりにも目に余る振る舞いのため、今は一般の司祭の前に出ることすら控えている状況です。ここにいるのは全員、『御神体様』の実情を知るものばかり。おかしいと思い始めた我々は、共和国の聖教にも相談をもちかけました。……そこで、真なる神候補である貴方様……いえ、真の我らの主の存在について、聞かされた次第です」
「んー」
ああ、嫌だなあ。
一番イヤなんだけど、一番簡単に聖教法国を落とす方法を考えついちゃった。
でも全然気乗りしない。どうしようかな、言おうかな。
「これって、王子がリク・マツモトとすげかわれば簡単な話じゃねえか?」
「あああーきこえないっ。ジュンの言ってることぜんぜんきこえない〜」
『ケイトリヒ様、アイスラーの平和的な平定はスタンリーという後継者があったが故。聖教法国では、ケイトリヒ様ご自身が『御神体』の後継者としてふさわしいと存じます』
わかる、わかるよペシュティーノ!
帝国からの侵攻って名目じゃなくて、より正当性のある御神体が現れて法国を牛耳るってことになればそれはもう侵攻じゃなくてただの代替わりだよね!
ついでに仲裁者の位置にシャルルかオラクル・ベンベあたりを充てがえば、いい感じにまわしてくれるだろうし!
「御神体とかなりたくないぃぃぃぃ」
俺が歯ぎしりしながら拒否していると、精霊たちが不思議そうに覗き込んでくる。
「……べつに、今のリク・マツモトのように閉じこもって、この国に居続ける必要はないでしょ? 『神輿』として形が必要だっていうなら、王国で宙ぶらりんのアレ……ほら、異世界人の肉体?を依り代にして、身代わりでも作ったら?」
ジオールが何気なく提案してきた。
なんか、目からウロコなんですが。
「あ、そうか? 僕が御神体になっても、僕の行動がとくに制限されないっていうなら、別になってもいいかも? そもそも現状でも、御神体はごく一部の聖職者としか接点がないんだよね? じゃあ異世界人の肉体を使うかどうかはともかくとして、身代わりでもいいじゃんね」
なんなら身代わりは、俺自身じゃなくてジオールやウィオラの分霊体でもいいと思うの。
「ヨシ、決まりだ。リク・マツモトと仲裁者をササッと間引いて法国を乗っ取ろうぜ」
ジュン、言い方! 言い方を、ね!?
「間引くって」
「まあ有り体にいうと……俺がホラ、首をチョン、と、だ」
「御神体に危害を加えることはできません。これまで、何人もそれを試みようとして、神の権能によって予見されて打首になりました」
そうか、彼の権能は「予見」。
他の事は情報次第だけど、自分に起こることは何よりも精度高く予見できるだろうね。
「俺は一応、神の眷属みたいな扱いになると思うんだけどよ。予見できるのかね?」
「どうなのジオール」
「神の権能だからね〜、同列かそれ以上の神以外は例外にはならないと思うなあ?」
……そうなるとやっぱり動くのは、俺……ということになる?
人の命が軽いこの世界には慣れてきたけれど、やっぱり気は重い。
でもどうやらリク・マツモトは前世でいえばありえないレベルの犯罪者なので、少し抵抗感も薄れた……かもしれない。
いや、やっぱり死刑囚を傍観する立場と、手を下す立場は違う。
それでも俺にしかできないというのなら、まあ……うーん、魔法でボーンと消すだけならなんとかいけるかもしれない。
「うーん、ジュンひとりじゃやっぱりちょっとこころもとないな」
主に俺のメンタル面で。
『ジュンは最高の戦力ですが、戦闘においてのみの話。圧力や政治力などを考えると、やはりもう少し人員がほしいところでしょう。今、手配しております』
ペシュティーノが言う。てはい? とは? なにを?
『ディングフェルガーを動かし、そちらまでの転移魔法陣を急がせております。精霊様の補助がありますので、数時間の後に完成することでしょう』
「せんせ……だいじょうぶ?」
『給料分は働いてもらいます』
絶対ペシュティーノったら先生にビシバシ鞭打つ感じでやらせてる気がする。
まあこういうときに頼りになるのはディングフェルガー先生なのは間違いない。
そうなると来てほしいのはやはり……。
「ペシュティーノとシャルル、オリンピオは最低でも来てほしい」
『承知しております。それに、シャルルのツテで効果的な助っ人を確保しております』
「シャルルのツテってことは……ハイエルフ?」
『はい、さらに聖教に深く関与し、共和国の聖教の筆頭司教でもある預言者なる人物が向かっています』
「ひっとうしきょうって、えらいひと?」
「一つの国に3人しかいない、実務上の頂点ですよ。共和国の聖教の筆頭司教3人のうち2人が我々の味方ということになりますね」
あれっ。じゃあ既に共和国の聖殿についてはいろいろと都合よく扱えるかんじ?
『精霊薬を禁止させたのも、帝国との友好路線に舵を切ったのも全部彼らの協力のおかげです。事実上、共和国の聖教はケイトリヒ様の手中にあります。構図としては、共和国の聖教がケイトリヒ様を擁立するような形にすれば円滑に事が進むかと』
野球ボールのような通信機から、シャルルの声がちょっと遠くに聞こえる。
いつのまにか共和国の聖教を牛耳ってたらしい。
こういう肝心なところおさえてくるあたり、やっぱり長年政治家やってただけある。
「数時間、待機か……しかたないな、ここのひとたちとお話しながら待ってるね」
聖職者の方々とあまり積極的に話すつもりはなかったんだけど、時間ができたので話すことに。
彼らは法国のなかでもかなりの特権階級。
代々支配者の家系から生まれた生粋の支配者層だ。教養があって外の世界を知る彼らの中には帝国の魔導学院の卒業生までいた。
彼らは生まれながらに聖教の教えをベースに生きているので教義を否定することはない。
だが、30年前に「御神体」とされた人物について疑問を持った者たちが集まったというこの一派は、年々数を増やしてきた。
「目に余る悪行についてももちろんですが……なによりも30年もの間、新たなる神の候補として、大きな偉業もなく居座り続けていることが異常だと感じたものが多いようで」
悪行は徹底的に隠蔽されているのでその真実を知るものは少ない。
だが、たしかに30年ものあいだ姿も見せず、存在さえ隠蔽されるなんて異常だ。
「御神体への懐疑派はどれくらいいるの?」
「もはや国の中枢を二分するほどの勢力となっています。我々がブノワ筆頭司教の目を盗んで貴方様をお呼びできたことも、ひとえに我らの勢力が力をつけたが故」
偉大なことやりとげたみたいに言ってるけど、こっちからしたら誘拐ですからね?
俺のジト目に気づいたザフィケルが、朗々と語るおじさんを肘で小突いた。
ザフィケルは空気読むヤツ。
「で、キミたちは僕のことなんて聞いてるの? 新たなる神候補、って言われただけで頭から信じ込めるものじゃないでしょ」
「殿下は、アンデッド対策をなによりも重視し、アンデッド大発生さえも一瞬で封じ込めたと聞いております。さらに空飛ぶ乗り物を考案し、アンデッドを討伐して国中を駆け回っているとも! それが偉業でなくしてなんと申しましょう!」
実際に国中を駆け回ってるのは魔導騎士隊ですけどね。
「……僕は仕組みを考案したに過ぎないよ」
「それでも殿下でなければ成し得なかった偉業にございます。精霊とハイエルフを従えていることもありますが、それでなくとも間違いなく英雄です」
ろくに働かず子どもに性的暴行をするような……たぶんもう年齢的にはおじさんなヒトと、アンデッドを倒しまくってる美少年じゃあ後者を擁立したくなる気持ちはわかる。
わかる、けど……。
「でも、リク・マツモトを召喚したのはキミたちでしょ」
俺がポツリというと、聖職者たちは口をつぐんだ。
リク・マツモトは、全ての元凶なのか?
結果的に今は間違いなく悪ではあるけれど、元凶ではない。
俯いた聖職者たちをさっと見渡した瞬間、聖殿の巨大なドアが激しく叩かれた。
「おーいっ! いるんだろっ! いるんだろ、異世界人がっ! 開けろ、開けろ! 御神体様がお越しだぞ! 開〜け〜ろ〜!」
太鼓のゲームでもやってるのかなってくらいドンドコとドアを叩くものだから、なかなか聞き取れなかったけどそんな内容だった。
「来ちゃった! どうしよう!」
「ちょうどいいじゃねえか、サクッとちょん切って」
「ジュン?」
「まあまずはやってみようぜ」
ドンドン叩いているけど、何か魔法を使う様子はない。
この場にいる聖職者からも聞いたけど、リク・マツモトは神の権能の「予見」以外の能力は持たないのだそうだ。
ドアの外で誰かになだめられているような声がする。
もしかすると仲裁者もその場にいるのかも知れない。
「どうしよう、ウィオラ、ジオール!」
「迎え撃ちましょう。我々6精霊は、全員真の姿で主の後ろに控えます」
そう言うとブワッと精霊たちから霧があがり、平均身長5メートルほどの巨大な精霊の姿になった。精霊神になったあたりで見たSSRデザインだけど、久しぶりに見た。
ポカンと見ていると、高い天井の大きな窓がゴスッと鈍い音を立てて割れ、巨大な破片が出入り口の扉付近にゴスゴスと落ちた。
この世界、ガラスは貴重ですごく分厚いのでガッシャーンなんて派手な音を立てて割れないのだ。
「主〜!!」
「主ッ! 心配したぞい!」
割れた窓からわらわらとなだれ込んできたのは、長身黒髪のミラネーロと少女姿のドラカリス、そしてペットサイズの竜たちだ。
「えー! どうしたの、みんな!」
「人間どもは皆、行動が遅いんじゃ! 血の気を失うほどに動揺しているにも関わらず調べるばかりでまったく動かん! しびれを切らしたので飛んできたわい」
「主、けがしてない? こわくなかった? ここの人間、皆殺しにしたほうがいい?」
「急に主の存在が遠くなってびっくりしたわ!」
「俺らの翼ならこれくらいの距離、大したことねえ」
「不届き者はどちらでしょう? 成敗いたしましょう」
「あるじ〜、あるじぃ、びっくりしたよぅ。こわかったよぅ」
竜たちにワッとまとわりつかれて、ちょっと高くなった台に座ってただけの俺はコロンと後ろにひっくり返った。なんか精霊のときもこんなことあったな……。
ジュンだけじゃ心もとないと思っていた戦力だけど、よく考えたら精霊と竜だけでもうかなりの戦力過多。皆殺しにしないでくださいって言うだけで精一杯だわ。
「暴れたらだめだよ。ころすのもダメ。僕は帝国の代表にもなるんだから」
俺がピシャッと言うと、フガフガと興奮していたドラゴンたちは落ち着いた。
そうそう、ドラゴンなんだから威厳を持って、落ち着いてね?
「あいわかった! ではどれ、主よ。儂が抱っこしてやろう。何か悪意をもったものが近づいても、儂の護法陣で返り討ちじゃて」
ミラネーロが好々爺とした笑顔で俺を抱き上げて膝に乗せる。
黒竜の護法陣、赤竜たちの警戒、精霊の守護。
俺、いま最強な気がしてきた。
「何の音だ? え、なんだこの気配? わかんないなあ、なんだろう? 獣みたいな? もー、早く開けてってば! 魔導士にぶっ壊されたいの〜!?」
外からの声がイラついている。
聖殿の出入り口には巨大な閂がかけられていて、魔法でも使わない限り無理に開けることはできないだろう。付き従ってる護衛っぽい魔導士もいるのか。
「ジュン、どお? 僕、威厳ある?」
「いやねえけど」
「もうちょっとちゃんと見て!」
「ああ、ドアの外にいるやつに対してか? まあ、あるんじゃねえ? これでちゃんと威圧できればな……そうか、うまく使えないんだっけ?」
ジュンはうーんと首をひねると、恭しく俺の前に跪いて低い声で言う。
「……殿下、外にいる『偽の神候補』は、スタンリーを苦しめた人身売買組織とつながっています」
「え?」
いつの間に? 証拠、出たの?
急にお腹の中が冷えるようにゾワ、と冷気が広がる。
竜たちの乱入ですっかり緊張が溶けていた聖職者たちが、ガクンと跪いて震えだす。
「お、お許しを……どうか、どうか!」
「人身売買組織については我々は存じません! どうかご寛恕を……!」
「いいぞ、いい感じに威圧が出たな。よし、お前たち。震えてねえで、扉を開けろ」
あ、もしかして威圧出すためのウソですか?
「……王子、まだ確証はないが今の話は全部がウソってわけでもねえ。ヤツらが召喚に使う『素材』は、できれば国民じゃないほうがいいはずだ。そうだろ?」
ジュンは俺にそっと耳打ちした。
今はちょっとくらいパリパリ出ちゃっても、いいよね。
ミラネーロは竜だから痛くないよね。
「……ドアを開けてあげて」
俺の声に、聖職者たちがヨロヨロと立ち上がって扉の閂を開けた。