第2部_3章_183話_大陸事情 3
「王子、歴史研究家のユリシーズ・シンフィールドからの提案です」
エルフの里に戻り、エルフたちからリンスコット伯爵の情報を集め、まとめた情報をペシュティーノとあれこれ話していたところに、ジュンとミェスが帰ってきた。
場所はファッシュ分寮。
ミェスが足を踏み入れるのは初めてだね。
彼らはオルビの街で無礼を働いたリンメル男爵令嬢、その尻拭いのために現れた保護者ダニエラ女史と話し合いをして戻ってきたところ。
ダニエラ女史はドラッケリュッヘンで高名な歴史研究家ユリシーズ・シンフィールドの弟子であり、リンスコット伯爵とも親交が深いんだそーだ。
なんかいろいろ固有名詞が出てきてやばい。
俺は会ったヒトであれば顔と名前を一度覚えれば割と忘れないんだけど、会ったこともないヒトの名前は一瞬で忘れる。
あとキライなヒトの名前も忘れる。幸せ脳です。
「ええっと、あのバカ娘の親が、ダニエラ女史?」
「いえ、血縁関係はありません。リンメル男爵は娘の子育ては失敗していますが、田舎貴族としてそれなりに人望を得ている人徳者です」
あの娘の親が!? 親の顔が見てみたいという言葉の代表格みたいな娘なのに!?
「ダニエラ女史は、なにもの?」
「ユリシーズ・シンフィールドの弟子です」
「ええっと、リンスコット伯爵は」
「ユリシーズ・シンフィールドの支援者です」
……うん、ようやくわかった。どうやらキーパーソンはユリシーズ・シンフィールドだ。
リンスコット伯爵は次点。ダニエラ女史はまだちょっと謎。一番どうでもいいのはリンメル男爵令嬢。あの娘とはもう会わないことを願う。
「で、提案っていうのは?」
「まず、彼らが切望しているのがロムア遺跡の研究です。基本的に要望は一貫してそれのみ、のようです。とにかく現地に行きたい、と」
「組合には詳しい場所と内部の構造を細かに報告しちまったからな」
じゃあ、行けばいいんじゃない?
と思ったけど、そうだった。
あのロケーションは徒歩で入るとなると、ヒマラヤ登山隊レベルのアスリートが何人で隊を組んでも行き着けるかわからないくらいの場所。
いくら頑丈なラウプフォーゲル人でもムリだろう。
帝国では運用されてないけど、飛竜がいれば多少は現実味があるかな?
ただ、ドラゴンたちにきいたところ巣穴があった周辺まで高度を上げて飛ぶことはワイバーンでも難しく、さらに谷になった山底まで降りれば気流の関係で二度と飛び上がれなくなるんだって。荷物のないワイバーン個体だけなら、斜面をよじ登って飛び立つことも可能かもしれないね、というのがドラゴンの見解。仮にワイバーンを使役できるようになったとしても、あの土地は難しい。
トンネル掘っちゃったほうが早いかもね? まあ普通の工事ならウン十年レベルになるだろうけど。
「つまり彼らはトリューでの移動手段を要求してるってこと?」
「そういうことです」
「もちろんずっと断ってはいたんだが、話し合いは終始『何を見返りに渡せばその乗り物に乗せてくれるか』という内容でな」
ダニエラ女史は古代遺跡から発掘した高性能の通信機を持っていたそうで、その場でシンフィールド氏と通話を始めたそうだ。
「アイツら、狂ってるぜ。マジ、トリューに乗せてさえくれれば命だって惜しくないみたいな口ぶりだったし……あ、いやそういうヤツ割といるかもな?」
ジュンはユヴァフローテツの研究者のことを思い出したんだろう。
興味の対象は違えど、「新様式の魔法陣が古代遺跡から発掘された」とか、「新大陸の珍しい農法」とか、「塗料として使える植物の栽培方法」なんてものが見つかろうものなら、「トリューで連れて行ってくれないなら死んじゃうから!」みたいに俺に脅しをかけてでも行きたがる研究者はいっぱいいるだろう。
そういう状況になってないだけで。
「で、なにを提案してきたの?」
「あちらは、基本的に我々の欲しいものを探るために話し合いをしてきたようでして」
ミェスがジュンと顔を見合わせる。
「まあ最終的には……クロイビガー聖教法国の情報、です。手持ちの情報で不足であれば間諜になっても構わないとさえ提案してきました」
「……つまり間諜をさしむけられるほどの組織力を持ってるんだね?」
「おそらくは、リンスコット伯爵のツテだと思われますが」
これは渡りに船、と言っていいのかな?
ハイエルフの間諜が探りを入れているけれど、約束の期間まではもうあと2週間ほど残っている。
「さらに、間諜を送ってもいいと言える程度の付き合い、ってこと? リンスコット伯爵って聖教法国で司祭やってるんじゃなかったっけ?」
「だな。まあ、ただそれは聖教法国と敵対関係にならないために周辺の領主は慣例的に入信するんだとよ。入信して、それなりの上納金を納めれば司祭になれて、それだけの関係だって言ってたな」
「ジュン、上納金じゃなくてお布施だよ、お布施」
「同じことだろ?」
たしかに何十年、何百年もクロイビガー聖教法国と間近で接してきたリンスコット伯爵の情報提供は価値がある。だが、こちらもすでに探りを入れていて、そろそろ結果が出るという頃合い。
ハイエルフの間諜が得た情報と同じ内容しかなければその情報には価値がない。
「あとな、通話してたユリシーズ・シンフィールドはただの研究バカのジジイだったが……ダニエラって女はなかなか食わせ物だ。やけに『帝国の今後の動きによっては』みたいな話を持ち出していた。あれは暗に、リンスコット伯爵領が帝国の領地になることもやぶさかではない……みたいな口ぶりだったぞ」
「ああ、そうだね。ダニエラ女史がユリシーズ・シンフィールドの弟子であることは事実なんだろうけど、おそらくリンスコット伯爵とのほうが繋がりが強そうなんだよなあ。発言の内容がミョーに政治家っぽいしさ」
俺の目の前で少女の頭を床に打ち付けるほどの人物だ。
歴史研究家なのは表向きの肩書で、かなり政治力と状況判断力に長けているとなれば伯爵の右腕のような仕事もしているのではないだろうか。
リンスコット伯爵もダニエラ女史も、有能な人物であろうことはわかった。
そうなると気になるのが、この2人の人物が繋がる理由は何か。2人の関係を支えるものは? 何を鎹にしている?
「ジュンとミェスの見立てで構わないんだけど。彼らの『目的』は……ううん、『信念』は、なんだとかんがえる?」
俺が問うと2人は全く同じ仕草で腕を組んで俯いて考え込んだ。
「俺の印象は」
先に口を開いたのはジュン。
「ガノと似てるな、と思った。単純に直感だけどよ、根っこは別に悪いヤツじゃねえ。でも平気で悪いことも確信犯として手を出しそうな奴らだ。リンスコット伯爵のほうは会ったことがねえからわからねえけど、ダニエラって女はそんな印象だ。……んで、肝心の『信念』っつったら、ガノでいうカネの代わりだよな。うーん、そこまではわかんねえな」
「僕はその『信念』は、『領地』のように思えた。あるいは『領民』ってとこかな? どうも彼女の発言からは為政者っぽい考えがちらほら見えるんだよね。もしかすると『領民思いの領主のため』かもしれない。王子様が心配しているように、彼女の場合は『信念』が大きく僕たちとかけ離れていなければいい交渉相手になってくれると思う。ただ、違った場合は厄介な敵になるだろうね。とにかく、僕もジュンと同じ印象ではあるよ」
ジュンとミェスは雑そうに見えて人間分析力には定評がある。
実はこういうの、ガノは苦手なんだよね。誰とでも上手くやれる柔軟なガノだけど、そのヒト自身の持つ本質、みたいなものには興味が持てないって本人が言ってた。
俺の見立てでは「カネに繋がらない情報には興味がない」が近いかもね。
とにかくリンスコット伯爵についてはドラッケリュッヘンで初の「帝国領地」にするかもしれない相手となれば慎重にもなる。
こうなると、急にユリシーズ・シンフィールドの優先順位が下がった。
キーパーソンではあるが、攻略対象ではない。
「……リンスコット伯爵に会う必要がありそうね」
「……だな」
「同意〜」
ジュンとミェスは自然とそばにいたペシュティーノに視線を向ける。
ペシュティーノと、ついでにその横にいるシャルルも頷く。
シャルルの同意があれば、自然と皇帝陛下と父上にも報告が行くのでラクだねー。
「次の目的地は、リンスコット領ですか」
「うん。でも、どうしようかな。そろそろマリアンネとフランツィスカが合流する時期なんだよね。リンスコット領は法国とも距離が近いし、合流地点とするには不向きだよね」
ペシュティーノが一瞬目を見開いて、俺の頭をナデナデしてきた。
なんぞ?
「婚約者の身の安全をしっかり考えていて、大変素晴らしいですね」
「そりゃ……えへ、そうかなあ」
当然でしょ、と言いたかったけど撫でられる感覚が気持ちよくて大きな手に身を預けちゃう。うーん、ちょっと大きくなったくらいじゃペシュの手のでかさはさほど変わらない。
「仰るとおり、仮想敵国の近くで転移魔法陣を展開するのは危険です。ましてや相手は既に神の権能を宿す『御神体』を祀る聖教組織。我々の預かり知らぬ魔法陣や魔術式を開発している可能性もゼロではありませんから」
マリアンネとフランツィスカとは週1のペースで文通している。
2人はつまらない貴族院の授業に辟易しているので俺の新大陸の話が何よりも楽しいらしく、1を話せば10を聞き返してくる。公共放送で放送されている内容も相まって、新大陸と俺の話は少し匂わせるだけであっという間に2人の周りに人だかりができるほどの人気話題なんだそーだ。
そういう状況ってフツーの子なら承認欲求がお手軽に満たせて楽しいだろうに、2人は煩わしいみたい。はやく卒業して俺と合流したいって毎回言ってる。
どんなに自慢できたって、自分の話じゃないもんね。
ともかく大事な娘さんを預かる以上、万全の態勢で受け入れたい所存でございます。
という謎のオッサン目線になってしまうのであった。
というわけで、エルフの里でもうしばらく冒険者活動をすることに決定。
その矢先、シャルルからは嬉しいニュースが入ってきた。
「ケイトリヒ様、バドルの親戚縁者が見つかったそうです」
「え、ほんと!」
人身売買組織から同じ氏族を連れて逃げ出した、希少な獣人族の一種であるルナ・パンテーラのバドルには親戚がいたことがようやくわかった。
どうやらエルフの里に逃げ込んでいた一族とはまたさらに別の氏族の生まれだったようで、親戚探しに時間がかかったみたい。
「幼い子らも、血縁はなくても同族として引き取りたいと申し出がありました」
「本人が希望するならね……といっても、まだ判断はむずかしいか」
「そうですね……バドルと、よく面倒をみていたジュンの言うことなら聞くでしょう」
「ジュンに懐いてるの?」
「ええ、ルナ・パンテーラに伝わる技魔法というものがジュンの扱う技魔法と近いものがあるせいか、師と仰いでいる者もいるくらいです」
「つまり……わんぱくなんだね?」
「それは相当」
ジュンに懐く時点でとってもお察しだ。
でもわんぱくになったということは、子どもらしく元気に育っているということ。
俺は保護されたばかりの頃の死んだ目をした子どもたちを思い出して、よかったという気持ちとパリパリが出ちゃいそうな気持ちがないまぜ。
彼らを拐った人身売買組織は、まだ壊滅には至ってない。
「つきましては、ルナ・パンテーラの氏族の長が、ケイトリヒ様に直接お礼をしたいということで面会を求めておりますがどうなさいますか?」
「え、会うよ! もんだいないよね?」
「ええ、もちろん。猫の一族は自由奔放と言われておりますが、ひとたび恩義を認めれば義理堅く愛情深いのが常です。ケイトリヒ様を見れば……たまらんでしょうね」
「た、たまらん?」
「言葉の通りです。まあ、会えばわかりますよ」
エルフの里の寄合所みたいなところに案内されると、10人近い少年少女……にしか見えない、銀髪の人々が頭を下げて待っていた。そのうち正面に立つ少し身体の大きい女性が「帝国はラウプフォーゲル公爵令息、ケイトリヒ殿下に、ルナ・パンテーラの氏族を統べる私、サビーナが心より御礼を申し上げます」と言うと、全員がさらに深く頭を下げた。
「サビーナさん、そんなかしこまらないで。かおをあげてください」
俺の言葉に、ゆっくり顔を上げた女性は俺を見てピタリと動きを止め、しばらく見入ったかとおもったらめっちゃ目をキラキラさせてきた。
他のルナ・パンテーラのヒトたちもみんなそんなかんじ。
ああ、なんとなくわかった。
彼らは肌の色こそ俺よりも少々健康的な色だけど、髪の色が近い。
俺は真っ白で、彼らは白銀色。
そして、ルナ・パンテーラはとっても成長が早い。つまり。
「し、失礼しました! と、とてつもなく愛らしいお姿のためうっかり見とれて……」
ね。たぶんルナ・パンテーラの赤子と見た目が近いんだと思う。
とてつもなくって大げさだけど、前世でも「猫は子煩悩」っていうイメージもあったし。
「失礼だとは思いませんよ。それより、すわりましょう」
全員がその場の簡単な椅子に座ると、背もたれのついたちょっと立派な椅子に勧められたので座る。120センチになったけど相変わらず大人用の椅子はデカい。
椅子の座面からちょこんと出た俺のちっちゃい足先に、全員の視線が集まっている。
ルナ・パンテーラは子ども好き、と……。
遠い目をしていたら、バドルと目があった。
「殿下、この度は心よりありがとうございます。ユヴァフローテツでの保護に加え、氏族まで探していただけるとは夢にも思っておりませんでした。生まれ故郷ではなくとも……血縁の者とまた暮らせるとは、本当に夢のようです」
涙声に反応してその背中を優しく撫でたのは、彼の隣にいたスラリとした男性。
彼がバドルの血縁者なのかな。
「子どもたちを引き取りたいという話を聞きました」
「はい、その件については私から」
小柄な女性が反応する。頭から飛び出た耳は少し垂れ下がっていて、顔立ちも少しシワが見える。少年少女のように見えていたけど、ルナ・パンテーラって全体的に小柄な種族なのかな。
「……まずは、血族の子を大事に育ててくださったことにお礼を申し上げます。皆、まるまると肥えて健康的で……一部は技魔法の習得まで。何の不自由なく慈しまれて育てられたことは、子らを見ればすぐにわかりました。ほんにありがとうございます」
女性は目を潤ませたが、すぐに顔を引き締めた。
「人狩りは幼い子や、子どもの産める女を狙って拐っていきました。連れ去られた先で憂い目に遭っていたことは想像に難くないですが、どのような形でも血を繋げられたことは尊いことにございます」
……女性はどこか悲しそうに笑顔を作る。
「不躾な質問をしてしまいますが、僕は彼らを保護した以上、将来にも責任があります。彼らはあなたたちと違って、純粋なルナ・パンテーラではないのでしょう? それによって、あなたたちの集落で冷遇されるような可能性があるなら……彼らを託すことは、少しかんがえないといけないです」
俺のきっぱりした言葉に、その場にいた全員が耳をピンと立てて驚いたようだ。
「そのようなことは! もともとルナ・パンテーラの一族はヒト族との混血を奨励していたほうなのです。同族との血が濃くなりすぎると、なかなか子に恵まれません。なので定期的に外部の血筋を引き込むため、その昔は年頃の娘たちは外で子を作ってくるように言われていた時期すらあるのですよ」
外で子を作ってくる……なんだかちょっとあけすけな表現に今度はこっちがビックリしちゃった。
「そ、そうだったんですね。すみません、何も知らず」
「いいえ、いいえ! あの子たちを心配してくださったことは分かっておりますから! それに、我々はここしばらく閉鎖的だったので、仰るような心配もよくわかります。しかしあの子らは間違いなく我らの氏族の子。大事にすることはお約束いたします」
その場にいた全員が、とろけるような目で俺を見ているのがわかる。
アテレコするとしたら「小さい子たちの心配までして、優しいおにいちゃんねえ」みたいな。
中身はオトナなんですー!
「で、では僕の気がかりな点は解決しました。あとはバドルと子どもたち本人の意志にそって進めていただければけっこうですので」
「殿下、族長から提案が」
切り上げようとした俺を、バドルが引き止めた。
促された族長の女性が意を決したように話しだす。
「王子殿下、此度の恩義に報いるため、我々ルナ・パンテーラの一族から勇士を1人お引き立ていただけないでしょうか? 戦力は十分、ということであれば娘を差し出しても構いません。我々は、すぐにでも大陸の覇者となるであろう殿下と繋がりを持ち続けたいと願っています」
あっ、娘さんは、結構です! コンヤクシャがおりますので!
「ゆうし?」
「はい。我らルナ・パンテーラは獣人のなかでも戦闘に長けた一族。子らに指導したという技魔法の使い手もなかなかのものですが、それ以上の使い手であることはお約束いたします」
ジュンは純粋な戦闘力でいえば側近でもトップクラスだけど、それ以上にカンの良さや冒険者としての経験を持つ優秀な側近だ。
「私の見立てでは、ドラッケリュッヘン大陸内に限ればS級冒険者に劣らない実力だと思いますよ」
後ろからシャルルが補足してくれる。ミェスはS級冒険者だけど、調査特化型なので戦闘力はそれほどでもない。ジュンと真っ向勝負をしたら多分負ける、と本人が言っていた。
ただそれは真っ向勝負限定。
「ジュンには勝てないが、逃げる手法ならいくらである」そうだ。そして、ジュンのほうは「ミェスを逃さず仕留めるとなると、ムリ」という結論。
世の中の強さというものは、真っ向勝負ひとつだけではないのだ。
「ペシュティーノいわく、ドラッケリュッヘン大陸での経験豊富な戦闘力というのは魅力だと申しておりましたよ。戦闘側近をもう少し増やしたいとも」
たしかに、ドラッケリュッヘンを平定するにあたってその土地の人間を部下にしていくのはいい方法だ。ルナ・パンテーラとつながれば獣人コミュニティと繋がれる。
この大陸は獣人が多いし、獣人の自治区のようなものを作ることになるかもしれない。
「わかりました、その申し出、ありがたく受け入れます。では、その人物の選定は子らを指導したジュン・クロスリーに任せます」
ルナ・パンテーラたちはパア、と顔を明るくした。
にこやかに会合を終えると、外にはケラケラと笑いながらジュンと相撲のような遊びを楽しんでいるルナ・パンテーラの子どもたち。
「ん……あの子たちって、保護した……子……?」
「そうですよ。皆、大きくなりました」
あれ? 赤ん坊とかもいたよね? なのに、なんか、みんな俺より……。
「お、大きくない!?」
「そうですね、獣人の子はすぐ大きくなりますから……彼らが大きいというより」
「それ以上いわないで!」
「失礼しました」
「お、出てきたか。どうなった?」
ジュンが俺に気づいて遊びをやめて近づいてくる。
「ルナ・パンテーラから勇士をひとり受け入れることになったよ。選定を任せていい?」
「ああ、任せろ。聞けば、アイツら相当強いみてえじゃねえか。へへ、腕が鳴るぜ」
「あの、選定だよ? 力比べじゃないからね?」
「似たようなもんだろ?」
全然似てないからね?
数日後、正式に父上と皇帝陛下にも許可を得て俺の護衛として雇うことが決まった人物があいさつにやってきた。
久しぶりの側近加入だ。
「サミュエル・ミルランと申します。ドラッケリュッヘンで武者修行を20年こなして参りました。主が覇道を敷くにあたり、この大陸で儂以上に役立つものはいないでございましょう。これからよろしくお頼み申す」
……なんか言葉遣い、ヘン? いや、別にいいけど……。
「こいつぁ強いぜ! 俺が認める!」
ジュンがちょっと興奮気味に補足してくれる。後ろでオリンピオも小さく頷いてる。
城馬車の脇の焚き火台の前、小さなキャンプ用みたいな椅子に座る俺に、礼儀正しく腰から頭を下げるサミュエルはルナ・パンテーラの例に漏れず銀髪。
大きな丸っこい三角耳の先には、ちょっと長い飾り毛が伸びててかわいい。
ジュンより少し背の低いサミュエルは、見た目はヴィンに並ぶほどの美少年……人間にすると17、8くらいにしか見えないけど、なんと51歳。
レオが「しょたじじい?」っていってたけど全く意味がわからん。
側近最年長! 「儂」っていう一人称にも納得、だけど……。
「いちおう聞いておきたいんだけど、側近入りを希望した理由は?」
「それはもちろん、次世代の神たる主に仕えるためにございまする。新たなる神、この世界の主たる次期皇帝、ケイトリヒ殿下のお名前を呼ぶ側近に取り立てていただきましたことはこの上ない光栄。この身果てるまで忠誠を尽くす所存にございまする」
なんかそこはかとなく……武士みある?
「こいつはマジ強い。もしかしたらペシュティーノ様を打ち負かす初めての側近になるかもしんねー」
ジュンが興奮気味に言うけど……。
「え、ペシュを!? ペシュは文官でしょ? いじめちゃだめだよ!」
「あ」
ジュンがやべ、みたいにペシュティーノの方を見ると、ペシュティーノが朗らかにニッコリしている。……文官、だよね?
「ふふ、大丈夫ですよケイトリヒ様。サミュエルにはジュンやオリンピオ同様に戦闘側近として身の回りの護衛を中心についてもらいます。身の回りのお世話をすることは稀でしょうが、精霊様の誓言も済んでおりますのでジュンやオリンピオの代わりに身の回りに侍ります。ご承知おきください」
それは問題ないんだけど、ジュンが強いと称する技魔法が気になるお年頃です。
「技魔法が見てみたいなあ」
「……まあ、いずれはお見せすることも叶いましょう。初の獣人側近を、皇帝陛下とお父上が大変称賛されていらっしゃいました。帝国ではまだ獣人差別が残っている地域が多いですからね、ケイトリヒ様がそれを許さぬことを示した人事です」
そっか、そういう効果もあるのか。
「ケイトリヒ様は獣人差別も憂いていらっしゃるのですか。さすがは次世代の神……崇高な御方に仕えることができてこの上ない幸せ」
サミュエルは耳をぴこぴこさせて目を輝かせている。
かわいい。
「もうちょっと慣れたらでいいけど……耳を触らせてもらってもいいかなあ?」
「だめです主! 獣化もできぬモノに気安く触れるのはよくないですよ!」
城馬車の陰にいたギンコが急に口を挟んできた。
「そうじゃそうじゃ、耳ならば妾たちの耳で手を打ってくだされ、主!」
「猫は気に食わんが主の決められたこと……獣人ならばと側近入りを認めざるを得ぬが、モフられるのは完全獣化の特権ぞ!」
ギンコの後ろでコガネとクロルもキャンキャンしてる。
やっぱダメかー。
「完全獣化したら殿下に撫でてもらえるのでござるか!?」
「ござる? え、ルナ・パンテーラって完全獣化できるの?」
「いいえ、完全獣化はルナ・パンテーラからは失われて久しい能力です。しかし、もしも取り戻せたならば……主の足元に侍ることができるというのであれば」
え、そんなことできるの? てか侍りたいの!?
いやそれよりも、ござるって言った? え、武士キャラなん?
またなんかキャラ濃いのが来たなあ……。