第2部_3章_180話_甦れドラゴンズ 3
びっしりと植物の壁で覆われていたドラゴンの巣穴は、かつて巣穴であったこともわからないほど開けた岩のドームとなっていた。
黒竜じいちゃんことミラネーロが植物と一体化していた場所には、かつて何かの建物が存在していたのであろう名残はある。その奥にはそれぞれ4体のドラゴンが、ほぼアンデッド化してうずくまっていたという穴。
植物が消え去った今は何の変哲もない、岩が多めの廃墟洞窟だ。
ただ東京ドーム何個分くらいの広さと高さがある。
「この巣穴に名残惜しいものは何もないが、外に出るのは数万年ぶりじゃ。感慨深いものよ……しかし」
巣穴には特に頓着はないようだが、その手前にあるかつてのヒトの街……ロムアと呼ばれた地底人の街には何か感情が湧くらしい。
今は物言わぬアンデッドだけがただあてもなく彷徨うだけの街。
ミラネーロは巣穴の中からわずかに見える街を見て、少し眉根を寄せた。
前世だったら「死の街」なんてネーミングがしっくりくるけど、この世界では「死」ねない存在こそがアンデッドとなる。つまり死にたくても死ねないからむしろ「命の街」なわけなんだけど。
ここんとこイメージ狂うよね。
「シャルル、どお? 竜の巣穴でやったみたいに、僕が【命】属性を吸収しても大丈夫そうかな」
「……神の眷属である竜をアンデッドにするほどに濃い【命】属性を吸収してもなお、ケイトリヒ様のご体調に変わりはないですが……さすがにこの街の【命】属性は、ドラッケリュッヘンの隅々から流れ込んでいるいわば『偏属性だまり』です。少し時間をかけたほうがよいのではと愚行します……精霊様の見立てはいかがでしょうか」
「うーん、たしかにねえ。竜の巣に漂っていた【命】属性は、ほとんど主に影響を与えなかったけど、ここまでの量となると……」
ジオールは少し心配しているみたい。
「アンデッド魔晶石のように結晶化して、徐々に吸収できるような形になればいいのですが。いかんせん、【死】と【命】の属性は本来、生命体には操作できぬもの。はて、どうすればいいものやら」
ウィオラも同じ意見らしい。
俺、命属性がたりないんじゃなかったの? 急激な増加もまた良くないってこと?
「あ」
俺が声を上げると、その場にいた全員の目線が俺に集まる。
そういえば、【命】属性の精霊ってもういるよね。
名前もつけたし。
「えーと……『エンブリュオン』!」
俺が高らかに呼ぶが、髪の毛からシュポン……とは出てこない。
なんだか手がもぞもぞする、と思って手を開いてみると、手のひらの中央からにょきにょきっ、と黒い何かが生えてきた。ちょっと気持ち悪い。
黒い何かは、俺の親指の先程の大きさの勾玉みたいな形で落ち着いた。
いや。これ勾玉じゃないな……。
ものすごく初期の胎児の形だ。
まだ人間なのか犬なのか、哺乳類なのか爬虫類なのかも判別できないほどの初期の胎児。
「ねえエンブリュオン、わかる? ここに【命】属性がごっそりあるんだけど安全に取り込む方法ない?」
「……」
なんかものっすごいちっちゃい声でなんか言ってるきがするんだけどぜんぜん聞き取れない。まあこんな姿だもんね、ちょっとしょうがないかも。
「け……ケイトリヒ様、それは、それは何なのですか? まさか」
いつも俺ににじり寄ってくるはずのシャルルがズザザ、と俺から距離を取った。
「【命】属性の精霊だよ。エンブリュオンっていうの」
「いつの間にそんなとんでもない存在を従えたのですか! まさか【死】の精霊も!?」
「うんいるよ? デーフェクトス……言ってなかったっけ?」
「おま、お待ち下さい! 【命】と【死】の精霊は、世界記憶にもその存在が記されていないものです! おそらくはケイトリヒ様が生み出したもの!」
「そうなの?」
「軽ッ!!!」
「ちょっとまってね、その話はまたあとで。いまエンブリュオンがいっしょうけんめい僕に話そうとしてるとこだから」
「精霊ならば念話が可能なのではないですか?」
「僕の【死】属性がつよいせいで、いろいろできないみたい……え? うん、うん」
蚊の鳴くような声とはこのことだ。
耳元でプ~ンと聞くようなあの波長で、言葉を発している……気がする。
「え? うん、僕の代わりに吸収してくれる? 大丈夫? ゆっくり僕に吸収される、ってことでいい? いい? いいならプンッて大きく言って。違うならプンプン。いい?」
ちっちゃーい音で「プンッ」と聞こえたので、多分だいじょうぶなんだろう。
俺は親指サイズの真っ黒い勾玉生物を乗せた手を、大きく上に掲げる。
「はい、どうぞー」
俺の間抜けな掛け声と共に、周囲の空気そのものがズズッ、と脈動したような気配。
アンデッドの街の壁から地面から、墨のように真っ黒な霧がにじみ出てどんどん俺の手のひらの上に集まってくる。
「わあ、これが【命】属性の魔力かー」
「ケイトリヒ様、正確に言うと【命】属性は魔力ではないのですよ。【死】属性にも同じことが言えますが、魔力よりももっと生命の根幹を構築する存在です。いわば世界記憶そのものに近しい」
「世界記憶って竜脈だよね? あれって魔力じゃないの?」
「似ていますが少し違います……まあ、この話は神になったあとでもよろしいでしょう。いかんせん既に【命】と【死】、どちらも自在に操っているということ自体もう神なのですから」
「ちょっと、かってに神にしないで」
「いいえ、私の定義からするともうケイトリヒ様は神です。諦めてください」
「まだあきらめないもんね! レオがダメならまだルキアやキリハラさんって手も残ってるんだから!」
「いえ、残ってないですムリです」
「ちょっと! 僕の夢をこわさないで!」
「不可侵属性を操れる時点でもうケイトリヒ様は生命としての定義を離れてしまっているのですよ。神の権能は第四段階という話でしたが、他の段階はこの世界に生まれた時点ですでに解放されてしまっている可能性もありますね。調べましょう」
そう言うとシャルルは立ったまま寝るように目をつぶって上を向いて腕を組んで静かになった。
それ竜脈と話してる感じ? 世界記憶にアクセスしてるとこ?
俺の手の上の勾玉が、ちょっと大きくなった気がする。
ちょっと重くなってきた。
「そろそろ吸い終わりそう?」
空中にただよう墨のような霧は、だいぶ薄くなってきた。
街のほうに視線をやると、集中的に黒い霧が発生しているところが5、6箇所残ってるくらいだ。
街にただよっていた包帯のような布でぐるぐる巻きだった人影は、残らず中身が消えたようにぺちゃんこになっている。
「……ちゃんと死ねたのかな」
「そのようじゃな……おお、いたわしや。哀れなロムアの民よ。神に呪われし非業の民よ……その魂よ安らかに……」
ミラネーロが目を閉じて俯く。
他の竜は、シュペックだけが沈痛な様子で俯いて残りの4体はキョトンとしているだけ。おそらくロムアの民を知るのがその2体だけだったんだろう。
「主よ、感謝する。永劫の時を苦しんだ彼らの魂は救われた。主の精霊の一部となったその魂は、竜脈へと還り新たな生命としてこのユニヴェールを巡るであろう」
だんだん掲げていた手が重くなってきたのでそっと下ろすと、親指ほどの勾玉だったものが……なんか小魚になってる。なんで魚? イワシ……とか、アユとかそれくらいの魚。ちっちゃい俺の手がギリギリ片手で握れるくらい。
めっちゃグッタリしてる。だいじょうぶ?
「エンブリュオン……さかななの? ちょい水属性入ってるかんじ?」
「しんかのかてい」
ものっすごいちっちゃい声で答えてくれた。
あ、胎児のあとは魚? もしかして魚のあとは両生類で、次は爬虫類?
そういう? そういう計画? ってことはこの程度の【命】属性じゃ、ちょっと進化するくらいが限度ってことね?
それより……。
「なんか、お腹がくるしい……」
「どうなさいました!? や、やはり過剰な【命】属性で不調が!?」
俺の言葉を聞いて、ペシュティーノが駆け寄ってくる。
エンブリュオンは俺が手を離すとシュルリと消えた。
「腕とか足も痛い……ん、なんか服が食い込んでる! 痛い……ね、ちょっとゆるめて」
「あっ、これは……」
ペシュティーノが何かを悟ったように、ナイフを取り出して俺の服をスパスパと遠慮なく切り裂いていく。まあ子どもだから裸なんて恥ずかしくないけど、靴を脱がされてズボンからパンツまで。
「い、いやーん」
「ケイトリヒ様、お気づきでないかもしれませんが、さきほどより一回り大きくなっています」
「えっ」
「今はもう4シャルクに届くころかと」
4シャルクといったら……約120センチ!? えっ、まじで!?
「ほ、ほんと!?」
「ええ、上背に合わせて腕や腰回りも大きくなっているので、急に服がきつくなったのでしょう。ほら、私と比べてどうですか」
ほぼ裸ん坊になってしまった俺を、ガノがマントを脱いで包んでくれる。
膝立ちして屈んでいるペシュティーノに手を伸ばすと、その肩に手が届いた。
「ほんとだ、僕おおきくなってる! あ! 【命】属性がふえたから!?」
「それしか考えられません! ようございました」
ペシュティーノは少し目が潤むくらい感激してくれたようだ。
マントに包まれた俺を抱きしめて頬ずりしてくる。
俺も全力で頬ずり返し!!
ドラゴンを眷属にして、アンデッドの街を消滅させて、おまけに大きくなれたなんて!
なんて実りの大きい冒険でしょうね!
あ、あとムカデ減らした……ま、それはあんまり関係ないか。
忘れてた、神の権能もあるていど自由に使えるようになった!
やばい、シャルルの言うとおりもうこのまま神になっちゃうかも!
いやまだまだ! まだ大丈夫!
と、なんとなく否定してはいるけど半分はもう覚悟してるんだ。
どうやらもうこの世界は、僕が神になるしかないみたい。
先ほど代替案として出したレオやルキア、キリハラさんはたとえこの場所に居合わせたとしても俺のように精霊を従えているわけでもないし、【命】属性を吸収することもできなかっただろう。ハイエルフが助言……はもしかしたらできたかもしれない。
とにかく、もう逃げられないというならもうちょっと前向きに考え直そうと思う。
ちっちゃな竜とヘビと鳥とペンギンのヒナに包まれながらトリューに乗ってひとまず城馬車に戻り、そこからエルフの里に「里にドラゴンを入れても問題ないか」みたいなお伺いをたてたところ、大騒ぎになった、らしい。
そりゃそうだよね。
いるかどうかもわからないとされてたドラゴンが、6体も、しかも神の眷属となって戻ってきました。里に招き入れても構わないか?って聞かれても「は?」だよね。
わかるよ。
そもそも俺の冒険者活動の依頼内容に「ドラゴン調査」もあったもんね。
ちょっとムカデ減らしに行ったらドラゴン連れ帰ってきちゃったとなればズコーだよね。
わかるよ。
というわけで、エルフの里はいまてんやわんやの大騒ぎらしい。
なのでファッシュ分寮の寝室で竜を6体はべらせてウトウト。
バラの寝台は広いので、4匹と大人1人と子ども2人が寝転んでもぜんぜんヨユーあり。
黒竜じいちゃんことミラネーロは、さすが年長者というだけあってヒトへの変身も上手。
全身のトゲトゲした鱗はすっかり消えて、角もなくなって黒髪ロングの美青年。
でも喋り方はじいちゃん。
「主の魔力は心地よいのう、甘くて優しい気持ちになる。これが幼き者の無垢たる輝きというものか……このままでいて欲しいものじゃ」
「じいちゃん、僕じつは魂は30代なんだよ」
「サンジューダイ? 30……万年か?」
「いや、いいや」
億単位で生きてきた竜に対して、10歳と30歳の違いって大差ない。
違いをアピったところで理解してもらえるか謎なので、面倒になって寝た。
翌朝、パトリックが用意した衣装は、すでに大きくなった俺にピッタリだった。
対応はやすぎぃ!
パトリックは感慨深そうに俺の肩口や腕まわり、腿などを手でにぎにぎ。
かぼちゃパンツはハーフパンツに昇格しましたよ!
まだハイソックスだけど……あれ? 4シャルク(40スール)に届いたら長ズボン解禁なんじゃなかったっけ? なんでハーフパンツ?
「……急に成長されて驚きましたが、肉付きも骨もしっかりしていていい身体です。きっと将来は西の離宮にあった肖像画の実父様と似たお身体に成長することでしょう」
「ジップのほう? 伯父上たちには似ないかな?」
「それはあまり夢見ないほうがよさそうですね。あれほどまでに筋肉隆々になるには、やはり骨もそれなりに太くなくてはなりません。ケイトリヒ様は自然に御館様やゲイリー様のような体つきになるのは難しいでしょう。かなり鍛錬すればわかりませんが……」
そう言ってパトリックはチラリと俺を見る。
べ、べつに体力面での鍛錬をサボってるわけじゃありませんから!
いままで「身体が小さすぎる」って理由で禁止されてたし!
「じゃあ、そろそろ剣のお稽古できるようになった?」
「あ、それは……どうでしょう、オリンピオ様に聞いてみましょう」
俺だって前世ではそれなりに運動はできたほう。
とくに小学校の頃なんて選抜リレー出たし! 中学校では塾に集中してたからユルめの部活を選んだけど、そこでも一番上手かった。ちなみにバスケ。完全に弱小だったけど。
ルキアやレオはどうなんだろうなー。
「ねえ、そういえば長いズボンは4シャルクから、って聞いた気がするんだけどまだ?」
「ケイトリヒ様の可愛さを表現するには長いズボンは似合いません」
「ビジュアルのもんだい!?」
「雰囲気に合わせてるだけです」
鏡の中の自分を見て、まあハーフパンツ……膝丈のズボンでも可愛い。
全体的な雰囲気としては幼い感じはするから、まあこのままでもいいか。長ズボンだとちょっと背伸びしてる感じに見えるかも。まだまだ可愛い俺でいましょうか。
「しかたないなあ。にいにも魔導学院の制服、さいしょはこれくらいの丈だったもんね」
「そうですね。身体の大きさもそうですが……あまり大人っぽく見られては困る場合も短い丈の衣装を選ぶことがあります。スタンリーの場合はそっちでしょう」
あえて「幼い」ことを強調することで、俺との近しさを演出し、敵の警戒を緩める狙いもあった……らしい。膝丈ズボンにそんな効果があったとは。
パトリックと城馬車の外に出ると、里のエルフたちと話し込んでいた側近たちがバッと俺に注目した。
場所は里のなかのはずれ、資材などを置く倉庫街みたいなところだ。
一応、里の中にまでは入れてくれたんだけどドラゴン問題があるのですこし住民たちからは距離をおいたかんじ。
「おお、とうとうキュロットになったか。マジでデカくなったな」
「ケイトリヒ様、よくお似合いです。さすがパトリックですね、洒落た色遣いです」
ジュンとガノがめざとく褒めてくる。
俺もちょっと嬉しくなっちゃう。
ペシュティーノは俺を見て、ちょっとフリーズしてる。たぶん、ジーンときてるんじゃないかな? ほら、俺の視線に気づいて笑った。
「ケイトリヒ様……」
それ以上何も言わず、近づいてきてしゃがみ込むと抱き上げずに抱きしめられた。
ペシュとの身長差だと今まで抱き上げないとスキンシップできなかったけど今なら……いややっぱりデカいな。2メートル越えってやっぱデカい。
でも俺は確実に大きくなった。
「ペシュがちっちゃくなった」
「……ふふ」
やっぱり抱き上げられて、ほっぺにチュウされる。
「すこし、ほっぺもスッキリされましたね」
「ほんと?」
自分でさわさわするけど、あんまりわかんない。
なんとなく近くにあったペシュティーノの頬もさわさわ。こっちはほぼ肉なし。
「まえから思ってたけどさ……」
「はい?」
「ペシュのほっぺにチューした感覚って、ほっぺというより奥歯」
「……」
「なんだよね」
「そ……そうですか」
ペシュティーノがなんかションボリした顔で自分の頬をもみもみしてる。
まあそこも含めてスキだけどね!
「ペシュ、だいすき」
「……なんですか、おもむろに……まあ、いいです」
またほっぺやこめかみにスリスリされる。ああ、この時間、至福〜。
「竜の受け入れについてですが、ようやく受け入れる方向で結論が出たようです。ただ、本来の姿でいてもらっては困るそうで」
「それはとーぜん」
本来の大きさ、国会議事堂くらいだもんね。伝わりづらいかもしれないけど、まあ建物なみってことで。そんな生き物、ラウプフォーゲルの街でだって受け入れられないに決まってる。
ゴジ◯を街に入れていいですか?って言ってるもんだ。悪意なんてなくてもちょっと振り向いただけで街を壊しちゃう。
「単独行動はなるべく避けてケイトリヒ様の御身のそばに置いて欲しいとのことです」
「それもわかる」
小さくても謎いきものが里をふらふらしているのはまあ、混乱を生むだろう。理解。
「いじょう?」
「……当然ですが、あまり好き勝手させないようにお願いします」
「名付けのときはテンション上がってたけど、きほんみんな老人みたいな落ち着きだし、だいじょうぶだとおもう。ドラカリスも名付けたら普通にオトナっぽくなったし」
ゲーレもシラユキも最初からそうだったけど、眷属の神獣って落ち着いてる。
獣の姿はしているけど、目つきとか動きとかが全然ちがうもん。
ドラゴンっ子とよんでいたドラカリスでさえ、言葉は幼かったが行動は子どものそれではなかった。
「じゃあ竜たちよんでくるね」
数万年ぶりという外の世界を見たくて楽しみにしていた竜たちは喜んだ。
そして俺から離れないこと、という言いつけも喜んだ。いいんだ……。
右肩にシュペック、左肩にフディーア、頭の上にはメリザナ、両腕でハットゥラッカを抱えて両サイドにはミラネーロとドラカリス。……情報過多じゃない?
「すごいにぎやかになっちゃった」
「まさかまたヒトと言葉を交わすようになれるとはのう……生きておれば良いことはあるもんじゃわい」
まあ半分アンデッド化していたミラネーロとしては感慨深いのもわかる。
「オレ、エルフの里はじめてだー。あるのは知ってたけど、なんか隠れてるみたいだから入ったらダメなのかなーって思ってたー」
うん、ドラカリスの判断は正しいよ。
ドラゴンには里を隠す魔法も効かないらしい。
いちおうエルフの里長に挨拶しに行くと、その場にいたエルフ全員がほとんど石みたいになってた。緊張でガッチガチ。
いきなり巨大化して里を滅ぼしたりするタイプのドラゴンじゃないから安心して欲しいんだけど、まあ俺の確信を伝えるのは難しい。
その日はドラゴンとエルフの里の民たちのお試しふれあい日みたいなかんじで終わった。
そしてその夜。
エルフの里でとれる鮎みたいな香りのいいお魚の塩焼きを夜ご飯として食べて満足していたところに、ミェスが現れた。
「ケイトリヒ様、冒険者組合から呼び出しが……」
「呼び出し? ……もしかして、ドラゴンのこと?」
「まあ、はい。それもあるのですが、もう1つ、地下の遺跡ですねえ。ああ、失敗したかなあ、僕も迷ったんですよぉ〜……」
ふ、と部屋の隅でワイワイしている竜たちに目を向けると、バルドルが彼らに何か質問しながらスケッチしている。……これ、いわゆる生態調査だよなあ。
「あれも提出するつもり?」
「まあ、大丈夫そうであれば……ドラゴンが危険な生き物でないことを理解してもらうためにも情報はある程度出したほうがよいかと思いますよ〜? ドラッケリュッヘンの平定を終えてラウプフォーゲルに戻ったときにドラゴンの居場所に困っては不憫ですし」
「地下の遺跡については、僕も報告するようなことないんだけどなあ」
「それが、どうやらこの大陸の歴史的空白を埋めるものになるんじゃないかという話が出ているそうでですね。その研究者が騒ぎ出したそうなんです。その人物というのが……」
クロイビガー聖教法国司祭であり、ドラッケリュッヘン大陸の南東部に領地を持つリンスコット伯爵という領主が保護する研究者、ユリシーズ・シンフィールドなる歴史研究家が騒いでいるらしい。
この人物、ドラッケリュッヘンでは相当な権力者だそうで、さらに後ろ盾になっているリンスコット伯爵というのも大物だという話。
「ドラッケリュッヘンにはまともな国はないって話だったけど……」
「この伯爵というのはどうやら、クロイビガー聖教法国と上手く渡り合いながら領地経営をしているようです。人道的な統治をしているそうで、ドラッケリュッヘンでは人気の高い土地らしいですが……いかんせん、聖教法国と物理的に近すぎますからね、完全に断絶するわけにもいかないのでしょう」
報告書を持ってきたのはガノ。ミェスはちょっとバツの悪い顔でションボリしてる。
「そう悪い話でもないんじゃない? 聖教法国と一定の距離感のある支配者層が知れたのは、収穫だと思うけど」
ガノが渡してくれた報告書には、ドラッケリュッヘンの大まかな勢力図が書かれている。
東側はクロイビガー聖教法国の支配地といわれている。
足を踏み入れるには情報が必要だ。
現在逗留しているエルフの里は、大陸の西側。勢力図でいえばウィンタスロウ議国の領地となるが、この国は国としての実体があまりない、便宜上の勢力図だ。
中央は無政府地域と言われている場所だが、冒険者組合と魔導騎士隊の調査結果いくつかの有力な勢力があることがわかった。
少数部族であったり、小さいながら自衛力のある集落だったり、リンスコット伯爵のように領有権を主張している権力者がいくつか。
今回、話が出たリンスコット伯爵はその無政府地域のさらに東、クロイビガー聖教法国の勢力下にあると思われていた地域に位置する。
「情報の少ない東側を探るには、いいきっかけになるかも知れませんが……」
「心配なのは、聖教法国とどれくらい繋がってるかだよねえ。ドラゴンの話は冒険者組合のなかでも超極秘扱いでクリスタロス大陸とやり取りしてるみたいだけど、遺跡についてはこっちの独自案件としてけっこう大っぴらにしてたみたいでさ」
予想外に話が大きくなってミェスも浅慮だったと反省しているそうだけど。
「まあ、そういうときの権力だよ。その研究者も伯爵も、まともな政治判断力があるなら僕の後ろ盾を知ればそうそう変なことはしてこないでしょ」
「まともな政治判断力があれば、ですよね……」
「あれば、だねえ」
ガノとミェスが口を揃えた。
少し離れたところで、バルドルもまた「あるかなあ」と呟く。
へんなフラグ立てないでくれる!?
「ケイトリヒ様、田舎の貴族をナメちゃいけませんよ。こちらの常識が通用しないならまだカワイイもんです。とんでもないことを平気で要求するような奇想天外な人物がわんさかいますから……」
だから、へんなフラグやめて!




