第2部_3章_177話_エルフの里 3
「神の権能は主の感情に直結しております。どうやら普段から感情を上手に操れる分、不意に高まってしまった時に扱いに困るようですね」
城馬車の屋根でセヴェリが謎の巻物を広げながら、俺に「神の権能」の授業をしてくれている。
エルフの里を拠点にすることに決めてから初めての依頼「トビムカデの駆除」のため、赤砂漠に向かう道中。話の流れでなんか授業することになった。
「神はどうあるべきか」とか「神の力をどう行使すべきか」みたいな思想論が多かったシャルルと違い、セヴェリは神の権能の仕組みみたいなものを淡々と説明するタイプ。
若干、思想の押し付けがうっとおしいシャルルと違って、俺の好みはセヴェリの授業だ。
「えー、じゃあ感情をおしつけなきゃダメ? そういうの、健全じゃなくない?」
「そうですね、ヒトの世に生きる限りは確かに感情を失うことは人間性を失うに等しいことです。かつてヒトとして生きた歴代の神も、その点には苦慮してきたと世界記憶に記されています」
あぐらをかいたセヴェリのでっかい太ももに尻を置いて、思いっきり背中はセヴェリの腹に預ける。でっかい身体のセヴェリはなんか父上と近くて落ち着く。
細さに違いはあるけど、びくともしない感じはペシュティーノとも似てる。
あっ、俺の抱っこウェルカム基準って筋力かも?
シャルルってなんか頼りないんだよね。マッスル的に。
「ヒトの世に生きるかぎりは? って?」
「神になるとヒトとの対等なつながりを保ち続けることが難しくなります。指先一つで大陸を消し飛ばすような神と、その大陸に国家を築き命をかけるヒトとはどうあっても数千年もすれば心が離れていくものです」
……なんとなくそうなんじゃないかなと思ってはいたけど、俺ってこれから神になって数千年生きるの? 正直まったく想像もつかない状況ではあるけど、なんだかヤだなあ。
「神って、入れ替わってるんだよね。先代の神は人間に殺されちゃった、って聞いたけどその前の神たちはどうやっていなくなったの?」
「それは……世界記憶を読めばわかることですが、私には語ることを許されておりません。強く命令していただければ、私でも媒介することが可能でしょうが」
「それを語るのは使徒である私の役目です。そして主は、まだその真実に触れるには少々お心が育ちきっていないと判断します」
ずっとセヴェリの横でハンカチ噛み締めてギギギみたいな顔をしていたシャルルがここぞとばかりに口を挟む。
「そうですわ、主。過去の神と自身を重ねてはなりません。主は唯一無二の、主自身のやりかたで神になればよいのです。無理に感情を押さえつけたり、好きでもないことを好きだと思い込むのもよろしくありませんわ。ありのままのお姿を私たちは受け入れます」
屋根でまったりとしていたイルメリも会話に入ってくる。
今日はハイエルフデー。いちおう、俺の横にはスタンリーもいます。
「ねえ、神候補を殺す係のハイエルフもいるんでしょ? その役割って、どうやって決まるの? 生まれたときから? シャルルは使徒で、イルメリは調律者、セヴェリは記録者? どういう役割があるの? シャルルの後釜の魔術省副大臣のルドンさんは何になるの?」
「それはですね……」
神の権能の授業というより、ハイエルフ講座になってしまったけどこの世界への理解は深まったと思う。
セヴェリの説明は余計なものがなくて、質問に対して簡潔に過不足なく答える感じで、とてもわかりやすかった。そう言うと、シャルルがまたものすごくギギギとなっていた。
許せ。こればかりは相性だ。
さて、トビムカデのねぐら、と言われている巨大な大岩にやってきました。
ほんとにとんでもなくデカい岩、というか山?がめのまえにででん、と鎮座している。
地面はまるで庭石が無造作に積み重ねられたみたいにでこぼこで、石の間に砂が詰まっていたりいなかったり。ひときわ大きな山のような岩は、おまんじゅうのようにずっしりとそびえている。
「岩の下にいるとか……まじムカデ……」
「ムカデですよ?」
わかってるけどさあああ!
飛ぶじゃん!
「あの岩はこの赤砂漠のなかで貴重な水源を守る岩でもあります。なのでこの環境は破壊しないようにお願いしますね」
「は、はい」
「大岩の下にひろがるちいさな岩……といっても1つ1つは30シャルク(約10メートル)以上ありますけどね。まあ、それらは集まって小さな洞窟を形成しているようです。そこに群れがいるようですね」
「ふぇぇ」
「ケイトリヒ様、情けない声を出さないで下さい」
「だってぇ」
魔導騎士隊からの事前調査報告書と冒険者組合から提供された地形情報を組み合わせて状況を説明していたガノが呆れてる。
「上に向けて放てば無効化しなくても問題ありませんよ」
「いやだめでしょ……」
「向きはなるべくこちらで。こちら。南東方向ですね。そうすれば組合の情報によれば、むこう100リンゲ(約400キロメートル)ほどは大きな人里はないはずです」
「どんだけだいばくはつになると思ってるわけ?」
にしても、とりあえず地形に大ダメージを与えないためにトビムカデには飛んでもらわなければならない。しかも、なるべく一斉に。
「バジラットにお願いしてもいいけど……ここは僕がギャン泣きしたときみたいに、ちょっと地面をゆらすとか……」
「地割れも避けたほうがよろしいかと」
「……」
神の権能をコントロールするいい名目だと思ったんだけどなあ!
「あ、トビムカデが飛ぶの待つ〜? お昼過ぎくらいになると飛び出す、って組合の情報ではあるけど、ちょっと時間があるね?」
ミェスが周辺を探索して戻ってきた。
「ちょっとツンツンしてようかなとおもって」
「わあ、王子のツンツン見たい! どんなとんでもない魔導が出るのかなあ!」
ミェスのこれ、たぶん悪意ない。たぶん。
「あれ」
岩の上に、なにかがよじ登っているのが見える。
「おや、あれは……子どもですか? どうしてこんな場所に」
よかった、俺にしか見えないやつじゃなかった。
半裸の男の子らしき黒髪の子どもが、岩の上によじ登ってペタペタと歩いている。
……あの子、オルビの武器屋で見た子じゃない?
「ねー! なにしてるのー!」
俺が大声で叫ぶと、黒髪の少年はこちらに向かって手を振って、ペタペタと走って近づいてきた。
「おー! こうほ! なんでこんなとこいんのー? 狩りー?」
「こうほ? コウホ……候補? もしかして僕のこと?」
「そーだよ、こうほだろー。神の! なーなー、ここでなにしてる? あのさ、トビムカデすきか? ニンゲンってトビムカデ、食べる?」
「……たべないよ、たぶん」
「だよなー、オレも食べないー。どうしよう、めんどくさいなあ、ふえすぎてるんだー」
今、さらっと俺のこと神候補って呼んだよね?
ってことはこの黒髪の子……。
「ねえ、キミってもしかしてドラゴン?」
「ん? そだよ。あ、ごめんなー、牙と爪、どっちかのナイフつくってやろーとしたんだけどさー、やっぱかこう、むずかしくてー、もーちょっとまってー」
すっごいいきなり友達感。
あれ、俺この子と10年くらい友達だっけ?
「け、ケイトリヒ様? お知り合いなのですか?」
「今……ドラゴンと聞こえたような気がしたんだけど!?」
ガノとミェスが珍しく動揺してる。後ろにいるセヴェリとシャルルとイルメリは無反応。
たぶんドラゴンってわかってるんだろうなあ。
「いやあ……オルビの武器屋で会ってから、もしかして……とは思ってたんだけどね。こんなにユルいかんじでネタバレしてくるとは僕もそーてーがいでして」
「こうほ、ねたばれってなんだ?」
「この少年がドラゴン? なんらかの獣人のようには見えますが……子どもですよね」
ドラゴン少年は俺の足元の岩によじ登ってきた。
動きのおぼつかなさは俺と同じ感じ。手を差し出すと、しっかり掴んできた。
「わー、あれ、こうほ、ほとんど神? じゃーもしかして、もうあるじ?」
「え、まだちがうよ」
「え、でもちからつよいよ。ねーあるじ、この大陸のアンデッド、どうにかしてー」
「あ、うん、まあ、いずれはどうにかする」
なんかこのドラゴン少年のふわふわ感、竜脈と似てる。
まあヒトじゃないし、見ただけで何か色々わかってるみたいだから言葉が追いつかないのかもしれない。
「ね、キミ名前は?」
「ないよ。あるじなら、つけてよー」
「ちっ、ちょーっとお待ち下さいッ! さすがにッ! 一足飛びにドラゴンは! ちょっと! 戦力過多というか! もうすこし段階を経てほしいというか!」
シャルルがめっちゃ慌ててる。
「……ずるい。ドラゴン、もういまじゆうに動けるのオレだけ。のこりはほとんどアンデッド。この大陸じゃ、もうちからがでない」
「え!? ど、ドラゴンってアンデッドになるの?」
「なるよ」
「僕が主になったら防げる!?」
「たぶん? ちょーろーが、主さえあらわれれば、って言ってたから」
「ちょーろー? 長老? ドラゴンっていっぱいいるの?」
「今はもう5こ」
「5……数え方、それで合ってる??」
どうでもいいことを確認してしまった。
……ドラゴンが完全にアンデッドになってしまったら。想像するだけで強すぎる。
精霊たちの話では、この大陸のアンデッド支配状況は一進一退の膠着状態にあるという。
つまり、既に大陸全体で半々。
そこにアンデッドのドラゴンが現れてしまえば、この大陸は一気にアンデッドに支配されてしまいそうだ。
「長老がいるところに案内してもらえないかな?」
「あっ、くる? オレたち、けんぞくに復帰する? そしたらオレたちちからもどる!」
反対していたシャルルを見ると、何やらウィオラとジオールと話し合っている。
大事な話してそう。
「主は既に精霊神たる我々を6柱も宿し、土地神ともいえる大精霊を2柱も従えております。ドラゴンを受け入れる資格としては十二分と言っていいでしょう」
「むしろここでドラゴンを眷属にしないって選択肢はないよ〜、主が平定する大陸がアンデッドの楽園になっちゃったらどーすんのさ? さっさとドラゴンに力を取り戻してもらえば土地の支配は圧倒的に有利だよ〜? なんで反対するワケ〜?」
「権能も自身で制御できないのにほとんど神になってしまうからですよ! 人工精霊で主の魔力で大きくなったあなたたちと違って、ドラゴンは自然発生の精霊王の数十倍は力を持っていて、それが主に流れ込むのですよ!」
俺の視線に気づいたウィオラが、俺に目礼する。
「……それに、この大陸には我らの想定よりはるかに時間が残されておりません、主」
「主、とはいえ今すぐどうこうなるものでもございません。神の権能を自由に操れるようになってからでもよろしいのでは? 操れない力がより強大になり、次に暴走したときに犠牲者が出てしまっては主の御心が」
「操れればいいんだよね?」
シャルルの心配ももっともだ。
地面を揺らしたり割ったりするだけで済んでたものが、ヒトを巻き込んでしまったら俺のヤワなハートではちょっと耐えられない。
でもそれなら扱えるようになればいいだけであって。
「なにか策があるのですか?」
「うん、セヴェリの説明でもう解決策がわかっちゃった」
驚くシャルルにくるりと背を向けて、ぴんと背を伸ばして空に向かって叫ぶように言う。
「『理の言霊』――僕の中に在る神の権能のすべては、声である呪文をもって発動し、それ以外の発動を禁じる。左目に宿る『全知』の呪文は『全知の左目』」
俺の左目が光った気がする。やっぱりね、俺自身が俺の中で定義すれば神の権能も魔法と同じ使い方ができると思ったんだ。
「右手に宿る破壊の権能の発動条件呪文は、『破壊の右手』!」
右手に複雑な光の模様が浮かび、また消える。
なるほど、左目もこんな感じだったのかな。
「口に宿る『言霊』の権能の発動条件呪文は、『理の言霊』!」
口元がピカーと光る。
右目に宿る予定の『予見』はまだ使えないけど一応『因果予見の右目』と、左手に宿る予定の『創造』は『万物創造の左手』という呪文にしておいた。
この2つは高らかに宣言しても光ることなく、まあ言霊の力で俺の中に定義だけされた感じになるはずだ。
クルッと振り向いて、すっごいドヤ顔でむん、と胸を反らせる。
ついでに、そばにあった石ころを拾って「はかいのみびて!」と叫んだが何も起きない。
まあ、噛んだからね。
気を取り直してもっかい。
「はかいのみぎてー!」
俺が叫ぶと、右手に握り込まれていた石ころがバーンと弾けて砂になった。
めっちゃ顔にかかった。
「いたい……」
「破壊のイメージもある程度想像しておいたほうが良さそうです」
ペシュティーノがハンカチで俺の顔を払ってくれる。ありがとう。
「おー、こうほ、こうほじゃなくなった! 神だね! おれらのあるじ! やったー! ね、ね、オレたち眷属にしてもらえる!?」
「うん! 案内を……」
「お待ち下さい。まずはトビムカデが先です」
ペシュティーノがでっかい手でギュッと俺のちっちゃい肩を掴む。
まじジェットコースターのホルダーなみの拘束力。強くないのに全く動けない。
神にこんな扱いするところとかほんとペシュティーノ。
「ふぁい」
「少しつつく程度に地面を揺らすことも今では可能でしょう。それを証明して見せてください」
「アッそうね」
なんとなくスラリと虹色の杖を取り出したけど、魔法じゃないからいらないんだよな。
しまった、魔法の杖を使うことも条件にいれておけば……いやいや、迷子になったときみたいに杖が使えない条件下でも使えるのが神の権能のいいところかもな?
まあいいや。
小さな山サイズのおまんじゅう岩を壊してしまわないよう、地盤を破壊してしまわないよう、地震のようにユラユラという大きな振りではなく、ちょっとバイブレーションみたいに地面をブルブルッとビックリさせる程度に揺らす。
そういうイメージで、バッと山に向かって右手を向ける。
「はかいのみぎてー!」
ズズズッと音のような振動のようなものが響いて、岩のしたから一斉に長細いものが飛び出した。トビムカデだ。うう、きもちわるいよお。
「うぇぇ」
「まだですよ、まだ……そろそろいいでしょう。さあ、おもいっきりどうぞ」
空一面を覆うほどの数になったトビムカデの大群に、虹色の杖を向ける。
「マイン・フレイムトルネード!」
俺が想定した通りのサイズ感で火が空に円を描き、ぐるぐると回って広がりながらトビムカデを焼いていく。
「おー! すごい、すごい!」
「これ暴走じゃないんだよな?」
「うわあ」
手を叩いて笑うドラゴン少年と、少し離れたところにいる魔導騎士隊の隊員の声。
そう思われるのも無理もないってくらいの規模感で炎が渦巻いている。
炎の量でいえば先日マンティコラを消し飛ばしたものよりも明らかに多く、広範囲。
でもね、炎というか熱っていうのは上に向かって昇っていくのが物理法則でして。
トビムカデたちは消し炭になってぼとぼとと落ちてくるけれど、俺たちのいる岩までは熱気すらも漂わない。つまりとーっても制御された炎でしょ?
「ケイトリヒ様、そろそろ火を消しましょう。トビムカデが絶滅してしまいます」
「させちゃダメ?」
「ダメですよ、帝国では森を荒らす害虫を食べるという役目があるので、この砂漠でもなんらかの役割があるはずです。滅んでいい種などはアンデッド以外ありません」
食物連鎖という名称が学問の一環として知れ渡っているわけではないけれど、自然に触れて暮らす人々はそれくらいの知識くらい持ってるのが当然のこの世界。
虹色の杖を指揮棒のようにサッと振ると、空一面を覆っていた炎の輪がフッと消えた。
細長い影がまだまだ残っているけれど、これだけ減れば充分でしょ。
ゲームでいえばだいぶ経験値稼げたと思うよ。
満足気にしていると、ムギュッと身体が動かなくなった。
「あるじ、すごーい! すごい、かっこいい! オレ、あるじのしもべになるー!」
ツヤツヤでボサボサの黒髪の隙間から爬虫類のような目に喜色をうかべたドラゴン少年が俺に抱きついてにっこにこ。
火の精霊のカルや土の精霊バジラットと同じ、俺に近いサイズ感がなんか嬉しくて、なんか俺もギュッて抱き返してその背中をポンポンと優しくタップ。
……突然、はしゃいでいたドラゴン少年がぴたりと動きを止めて、俺をまじまじと見つめる。
「そっか……オレのあるじ! オレ、あるじが好き! あるじと、つがいになる!」
「んっ」
キョトンとしていたら、ブチューと口にキスされた。
……。
あっ、これが噂のBL展開!?
「あの、僕おとこのこだよ」
「ん、そう? あるじがのぞむなら、オレおんなになるよ」
「ん? どういう?」
「ドラゴンは、あいてにあわせてオスにでもメスにでもへんかするよ!」
「はえ。あー、え、えっと、僕ね、もうこんやくしゃがいるの」
「ん? こん……こんやく? だいじょうぶ! オレはつがい!」
あ、結婚と番はちがうのかな? いや、ちがわないよね? ニアイコールだよね?
「あるじ、名前! つがいに、名前ちょうだい!」
「ちょっとまって、つがいになるかどうかは決まってないからね? まずは他のドラゴンともお話したいな」
俺の歯切れの悪い返事に、ドラゴン少年……いや、性別はかわるらしいから少年ですらないのかな? ドラゴン……ドラゴンっ子?でいいか。その子はちょっと不満顔。
「えー。うん……まあ、たしかにちょーろーに、きょかもらう。オレ、案内する」
「うん、うん。おねがいね」
ドラゴンっ子はいきなりガクンと地べたにひれ伏したかと思ったら、背中がメリメリと盛り上がってあっという間に大きく頑強な飛翼になった。
内側はコウモリのような鱗と皮の翼だが、外側はなんか毛がふさふさしてツヤツヤ。
「わあ、キレイだね!」
俺が言うと、バッと顔を上げたドラゴンっ子が嬉しそう。
「キレイ? オレの翼、キレイ!?」
「うん、キレイ。つやつやして、太陽の光でかがやいてるね」
「……あるじ、すき! オレ、あるじのことすき!!」
「あ、うん。ありがとう」
なんか、某アニメの魚のお姫様に好かれた気分。実際、状況としても近いかもしれない。
好きな食べ物はハムかな……。
俺はただの子どもではないし、結婚が絡んでくるとまあまあ政治的に面倒なことになりそうなので言質をとられるわけにはいかない。
婚約者はすでに2人もいるのでもう必要ないと思ってるし、なんなら3番め4番めもすっごい打診されてる状況。勝手にどこぞのドラゴンと結婚するわけには……どこぞのドラゴン? ドラゴンって馬の骨以上ではあるよね?
「ちちうえと相談すべき?」
「いえ、さすがに……ど、どうでしょう……婚姻でドラッケリュッヘンが平和的に平定できるのならば、あるいは……ですが、そもそもドラゴンはこの大陸で存在を認知されていませんよね?」
ペシュティーノもシャルルもものすごく困惑してる。
そう、ドラゴン……ドラゴンであることが、政治的にビミョーに強いんだか弱いんだか判断できない。
「まあ政治的な部分は後にいかようにもなります。それよりも伝説の存在であるドラゴンがケイトリヒ様に好意的であることを歓びましょう。では、移動の準備を」
ガノがスパッと俺たちの困惑も迷いも断ち切って、完全に実利を取る判断を下す。
こういう合理的なトコ、ほんと頼りになる!
ドラゴンっ子は自力でふわりと飛び上がると空を旋回しはじめたので、俺も側近たちも急いで城馬車からトリューでスクランブル発進。
それを見てドラゴンっ子はこれまた歓喜乱舞。
「あるじ、すごい! 翼がないのに、とんでる! 機械の翼、つくったの!? すごい、すごい!!」
「うん……この乗り物で行っても、大丈夫かな。ほかのドラゴンたちをびっくりさせたりしない?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! いまね、みんな死にかけててうごけないから!」
「それぜんぜん大丈夫じゃないのでは……」
そういえばドラゴンっ子のあっけらかんとした喋りでなおざりになってたけど、大人のドラゴンはほとんどアンデッドになってるんだっけ?
アンデッド化した生物をもとに戻す術ってあるのかな……。状況を見てみないことにはなんとも言えないけど、ひとまず急ごう。
ドラゴンっ子は、なんと時速1400キロメートルで飛んだ。
飛びながら「オレについてこれる、はじめてみた」とさすがにちょっとビビってる。
確かに生物として時速1400キロは圧倒的な速度を誇っていたはずだろう。
なのにあっさりついてこられたらショックかも。
途中から口数少なくなったドラゴンっ子に案内されるまま、青く険しい山岳地帯へと抜けた。そこは魔導学院があるシャッツ山脈にも似た地形。だが規模が圧倒的に大きい。
地表からまっすぐにエベレストほどの高さの尖った山がそびえる地帯が、目下全てに広がっている。
平らな地面が見えない麓は、とてもじゃないが徒歩で入り込めるような土地ではない。
そしてエベレストほどの高さ、と言ったが高さだけでなく、一つ一つのトゲのような山の幅もまたエベレストのチョモランマ級のデカさなのだ。
……測定機、故障してないよね? 2リンゲってことは約8キロメートル……8千メートルって、たしかエベレストの最高峰がそれくらいだったよね?
「わあ、すごい景色。落ちたら刺さりそうだね」
「ケイトリヒ様、遠目ですからそう見えますが、あれほどに尖った見た目でも先端は我々が全員着陸できるほどの広さがあります。刺さるには無理がありますね」
もー、ペシュったらマジレスしないでよ。
「あるじ、こっちこっち」
飛び疲れたのか、ドラゴンっ子は俺の戦闘機型のトリューの天蓋にぺたりと腹ばいになってくっついて指差す。
指さした方向を見ると、ひときわトゲのような山が密集して太くなった山裾に、大きな穴が見えた。この距離からでも中に澄んだ湖があるのがわかる。
「あそこにキミの仲間がいるの?」
「ん? キミ? オレの名前、キミ?」
「ちがうよ、キミは、あなた、って意味」
「なんだ、あるじまだオレに名前くれないの? まあいいや、あそこから仲間がいる洞窟にはいるよ。まだ飛ぶよ。洞窟、まようから。子分たち、はなれないで」
「トリュー全隊に告ぐ。これより本隊は山腹の洞窟に入る。中は迷いやすい構造との情報がある、万一はぐれて合流が難しい場合は無理せずその場で待機すること」
『了解しました』
ペシュティーノの言葉に、側近と魔導騎士隊から返答があった。
はぐれても……一応、精霊たちが探し出してくれるよね?
「精霊たち、もしも側近や隊員に危険が迫ったらたすけてくれる?」
(もっちろん! 主の命令であれば、助けるよ!)
アウロラがご機嫌で応えてくれた。他の精霊たちも頼られてご機嫌だ。
さあ、いざ! リアル竜の巣へ!