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第2部_3章_176話_エルフの里 2

エルフという、現代日本にはいない種族の居住区というのが初めてでビンビンだった好奇心は眠気に負けた。


通された寝室は天井の高い、木の(うろ)のようなデザインで、5メートルはある窓からは淡い光が差し込み、薄曇りの昼の室内くらいの明るさを保っている。


カーテンないけど大丈夫か?と思ったけど、寝台の上からベビーカーのように(ほろ)の日除けが出てきて視界から窓を隠してくれたのでいくぶん寝やすくなった。

たしかに5メートルある窓を覆うよりは、寝る人を覆ったほうが早いわな。


まあ俺の場合は直射日光でもペシュティーノがそばにいれば寝ちゃうけどね!


というわけでペシュティーノの背中ぽんぽんで瞬間睡眠導入され、ご機嫌で目覚めた俺はエルフの里の郷土料理を前に戸惑っております。


朝からお肉やお魚がところ狭しと並んでるのはいいんだけど……。


味がね。ないんだよ。塩orハーブ。塩もものすごーーーーく控えめ。

これがエルフの長寿の秘訣……? じゃなくてさあ。


「いかがでしょうか、我が里の伝統料理は!」とあえて口にせず、目で訴えかけてくるのも勘弁してほしい。昨日あいさつしてくれた里長のサムリは、横にオルビの街で一悶着あったグウェナエルとオーブリーの2人を連れてめっちゃ俺が食べるトコ見てる。


「……あの、王子殿下が召し上がってるところをそんなに凝視するのは不敬になるのではないでしょうか……」


やっぱりね、オーブリーが一番マトモ! そうなんですよ!

不敬とまではいかないけど、居心地が悪いよ!


「そ、そうでしょうか……それは申し訳ありません」


きちんと処理してあるので泥臭さとか青臭さとか不快な味はしないんだけど、その他の味もしない。なんか薄らしょっぱいパサパサしたほろほろの魚の身と、香ばしい油だけが口に残る柔らかい肉と、それらを全部洗い流してくれるナンみたいな薄いパン。


パンだけは小麦の香りと甘みが感じられてとっても美味しい。

お花みたいな香りのいいジャムもあるし、はちみつもあるからいくらでも食べられる。

肉と魚は……メインというより口直し……?


食事はあまり楽しめなかったけど、勉強になった。


エルフは薄味好き。好みで薄味なのか、やむを得ず薄味なのかはわからない。


異世界料理をふるまうと提案しようとしたけど、ペシュティーノとガノに止められた。


レオの料理と新しい調味料は貴族の間で交渉カードとして使えるほどの画期的なものなので、ともすれば外交でも使える可能性がある。

なのでホイホイと安売りするわけにはいかないそうだけど……。


まあ、たしかに大陸中に「異世界料理は美味いらしい」という話を広げたいなら、閉鎖的なエルフの里なんかじゃなくもっと流通や情報が集まる場所のほうが良さそうね。


単純に美味しい料理食べさせてあげたいという善意をほどこすには、まだ少し交流が足りないんだと。ガノ談。まあ、わかるよ。


「それで、僕たちを招待してくれたりゆうっていうのは」


「それは! それは、尊き存在であるハイエルフ様とその主様のお姿を、どうにかお目にしたいというのは(あまね)くエルフの生涯の願いでもございます故」


チラリと3エルフパターンに視線を向けると、ミェスは無反応、ピエタリはウンウン頷いてる、シャルルは「そうだろうそうだろう」というドヤ顔。


里長が言ってることはウソではないみたいだけど。


「でも、なんか頼みたいことがあるんじゃない? それを聞きたい」


俺が言うと、イルメリがまた「なんと慈悲深い!」と言って俺を掲げる。

ちょっとパンもぐもぐしてるし、ほっぺにジャムもついてる気がするからやめて。


「……ハイエルフの主様であるケイトリヒ殿下は、単刀直入な物言いがお好みのご様子ですので非礼を承知で申し上げます。表で側近の方が30ちかくいるとおっしゃっていた聖教の密偵、あれを蹴散らしたいのです」


「捕まえてじょうほうを聞き出すわけでもなく、蹴散らすだけなんだ?」

「も、もちろん可能であれば情報は頂きたい。失踪した同胞を探すための役に立つでしょう。しかし、崇高なる御方にそこまでお願いするわけには参りません」


俺は短い両足をぴんと伸ばして足先をクロスして、ちょっと考えるフリをする。

……俺のエラソーな振る舞いってこれくらいが限界だ。


「僕ねー、ちちうえと皇帝陛下からドラッケリュッヘン大陸を平定してもいいっていわれてるの。この大陸は僕の支配下になるかもしれない。もんだいがあるんだったら、いまのうち言ってくれて、今たいおうしたほうが、あとあと面倒じゃなくなるかなー。実効支配しちゃったあとに奏上されてもなかなか手が回らないだろうなー。いまは政治のしがらみもなく、冒険者として私兵をかってに動かせるから、ラクだなー」


最初の一言だけは里長に向かっていったけど、それ以降は独り言のよーにわざとらしく考えながら結構な大きさの声で言った。

イルメリが笑ってる。ペシュティーノも呆れたように笑ってる。


結構、いい作戦でしょ?

子どもならではというか。


「……我々エルフは、土地の恵みを力に変える種族。この赤砂漠周辺は年々、竜脈の力が衰えて我々も千年前にくらべ矮小化しています。今や決別した聖教と対立しても対抗する力さえない。どうか、御力添えを賜りたく存じ申し上げます!」


里長が頭を下げるのに合わせて、その場にいた里のエルフたちが全員頭を下げる。

……こういう扱いされるのは苦手だけど。

俺はハイエルフの部下を持ってるし、彼らはハイエルフを信仰してる。

まあ、それならその立場を保って冒険者として困ってるヒトを助けるのもいいかもね。


さっそく聖教と事を構える流れになりそうだけど、はなからそのつもりだし。


「ケイトリヒ様、それでは彼らに冒険者組合(ギルド)への依頼という形で要望をまとめてもらい、それをケイトリヒ様が消化していく形でコトを進めましょう」


ペシュティーノの提案。

そうすれば|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》はオルビの街に赴く理由ができるのでヒトとの交流を活発化できるし、俺の冒険者としての実績も上げられるという。

依頼をこなしていけば聖教の実態……とまではいかなくても、表面の姿くらいは見えてきそう。


エルフの交流活性化はよしとして……俺の実績アップはズルじゃないの?


「そう忌避される手法ではありませんよ。元騎士や元傭兵など折り紙付きの強さを持ったうえで新しく冒険者となった者は、その実力を知る依頼主からの指名依頼でランクを上げるという手法が一般的です。ちなみに私もその方法でランクを上げました」


後で聞いた話だけど、ペシュティーノが冒険者になったのは父親……ラングレー公爵の後押しがあったそうだ。万一ヒルデベルトが暴挙に出ても自活でき、自由に領を出入りできるようにという親心だったみたい。

とゆーかボンクラは若い頃からボンクラなんだなー。


「えーとつまり……僕は|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》の後押しで冒険者ランクを上げるってこと?」


「もしも彼らのお願いを根本からしっかり解決する気がおありでしたら、そうするのも手であると申し上げた次第です」


ペシュティーノが言うと、里長は少し顔を曇らせた。


「しかし……我らの里には冒険者組合(ギルド)はございません。ヒトと交流があったその昔は出張所があったのですが。もしも依頼や達成報告などをする場合、殿下にオルビの街までご足労をおかけしてしまうのではないかと心配です」


「それはトリューつかえばすぐ」


「それもあるし、僕がいれば問題解決だよ!」

ミェスがハイッと高く手を上げた。


「S級冒険者はねえ、組合(ギルド)の簡易出張所の役割も果たせるんだ。全員ってわけじゃないけど、僕はその資格持ってるから! 依頼と達成、そして報酬の確定までは僕が代行できるよ! 報酬の受け渡しだけはちゃんとした組合(ギルド)でやる必要があるけどね!」


ミェスの説明だと、たとえば「里の周囲をうろつく不審者を調査してほしい」という依頼を出して俺が達成したとする。そしたら依頼内容と達成条件と報酬をしっかり専用の用紙に記載してミェスが認定すれば、組合(ギルド)経由の依頼として処理できるそうだ。

ただし実際にカネが絡んでくる報酬の受け渡しだけは組合(ギルド)で行う必要がある。

ある程度この里での依頼達成が溜まったらオルビの冒険者組合(ギルド)へ行けばいいってことだ。


「べんり!」

「ミェスを同行させたかった理由はそれでもあります」

「そ! S級の資格者がいるとお貴族様冒険者の遠征は格段とラクになるよね〜! 実は僕もこうみえて引く手あまたなんだよ!」


「それしってる! ついてきてくれてありがとね!」

「えー! 改めて言われるとなんだか嬉しいなー。ね、ケイトリヒ様そろそろ僕にも抱っこさせて!」


「それはいや!」

「ちぇー」


ミェスは奇妙な傾倒感とかなく、単純に「子どもカワイイ〜」って感じのスキスキ感なのであんまりイヤじゃない。でもまあ、もう抱っこは誰でも彼でもされたいわけじゃない。

だってもう僕、子どもじゃありませんし!

いや子どもではあるけど、もう体格は5歳児だし、実年齢は10歳だし!


「ではしばらくの間、|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》を拠点に冒険者活動をするということで組合(ギルド)に報告しますね。たぶん、オルビの冒険者組合(ギルド)からは歓迎されると思いますよ。あの街からここまで足を伸ばす冒険者は少ないでしょうから」


距離もあるけど、やはりエルフの領域ということで敬遠する冒険者が多いんだそうだ。

それに俺が|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》で活動すれば、冒険者組合(ギルド)を介してオルビの街のほうから調達したい資源も依頼できる。

ミェス談。


というわけで冒険者ケイトリヒは、エルフの里|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》をいったん活動拠点にすることに決めた。

期間は……シャルルが手配した、ハイエルフの間諜が聖教国の情報を持ってくるまで。


「ではさっそく、僕が依頼書をまとめますねー」


ミェスは里長の補佐官のような男女を5人ほど連れて近くのテーブルで書類を広げ、何やら記入箇所の説明をしはじめた。

ジュンとオリンピオは「滞在のため集落の防衛要点を視察したい」と言い出し、治安部みたいなヒトたちに案内されてどこかへ行った。


残された俺たちは、シャルルとイルメリを筆頭にして里の観光案内。


浄水設備に防衛施設、石工工房、機織り工房、魔法制御施設。

さいごのひとつは何かというと、魔力を送り込んで里全体にかけられている隠蔽の魔法や昇降陣(エレベーター)、空調設備などの魔法じかけのものたちに魔力を供給する施設らしい。

もちろん全て人力。

里のエルフは交代でその施設にやってきて、限界まで魔力を供給して帰る。

この里の納税は魔力らしい。合理的。


というわけで、さっそくエルフたちから依頼された冒険者としての依頼は、いくつか既に達成済み。


まず「魔獣プーカの間引き」については、ギンコとコガネとクロルが勝手にやってたので達成済み。

無駄に命を奪いたくない、と俺は言ったはずだが……とジト目になったけど、ゲーレ三姉妹いわく「さすがにひとつの地域の生息数としては多すぎる」という話になったそうな。

プーカはテリトリーに入ったもの以外、積極的にヒトを襲う魔獣ではないがこの里のエルフたちは生活圏が被っている。ある程度の調整はしかたないと受け入れることにした。


そして「里の周辺を探る不審者の調査」についても、すでに魔導騎士隊(ミセリコルディア)とスタンリーがその規模、戦力、装備など目に見えるものは全て把握。なので達成。

こっちはさすがに俺の実績ではなく、スタンリーの実績にしてもらった。


目下の目標は「里の周辺を探る不審者を追い払う」かな。

たっぷり情報を引き出したいので、ちょっと作戦たてないとね。


しかし、不審者は当然ながら戦闘の心得のあるヒト。冒険者のなかでも対人戦闘に長けた調査は高額報酬が相場。さらに、対人となると情勢や時事に合わせて立ち回りを変えるという高度な政治判断が必要があるのでたいていはBランク以上の上位依頼になる。

つまり! 俺に指名依頼を出すのは少々身の丈にあわないというワケです。

こういうものはジュンやペシュティーノという実績がある冒険者と同行している、というお目こぼしと、公爵令息という強カード発動でクリア。


しょうじき、魔導騎士隊(ミセリコルディア)を含めてしまうと俺のランクは「軍隊レベル」であるSSS(トリプル)以上なんです。ジュン談。

ちなみに冒険者のランクとして実在するんだけど、個人に与えられたことはないやつ。

実力だけでいえばSS(ダブル)だけど、権力がハンパないんでSSS(トリプル)っしょ。だって。


まあ権力はね……ちちうえと陛下がついてるから。


「僕がかつやくできる気配がない」

「これからですよ〜! トリューがある以上、依頼できる仕事の幅はとにかく広いです! 今まで調査できなかったこともできますから。はい、こちら!」


ミェスはさきほどの補佐官たちと作成した依頼書を3枚、俺の前に差し出す。


「え、ドラゴンのちょうさ!?」

「うん! エルフいわく、この柱状節理の向こうに広がる険しい山の中には古代にドラゴンが棲んでいたんだって〜」


「こだい」

「そ、古代。ドラゴンは実体と意志がある分、精霊の何万倍も土地に影響を与える存在。姿が見えなくなったからと言って、そう簡単に消えるものではないのだそうですよ〜。しかしね、山が険しすぎてさすがのエルフでも調査は簡単ではないってワケ」


「でもドラゴンっておとぎ話ってことになってるんでしょ?」

「エルフたちの間ではそうじゃないみたい。彼らは人間よりも長生きだからね〜、存在を信じられなくなるまで時間がかかるのかもね〜?」


「ラーヴァナもフォーゲル山にはドラゴンがいるってだんげんしてたし。きっといるとおもうよ」

「えっ!? そうなの! 嬉しいな〜、見ることができなくてもいるってわかれば、いつかは姿が見れるかもしれないよね! あと……殿下、その話は簡単に他のヒトにしちゃダメだよ?」


あっ。

ミェスはもう側近かとおもって、つい……。


ペロッと舌を出すとミェスは「かわいい!」と言って犬のように撫で回してきた。

やめれ。


「あとは……幻のキノコの採取と……トビムカデの駆除……? キノコはいいけどムカデはちょっと!!!」

「冒険者が仕事をえり好みするのはA級からですよ〜? それに、駆除なので個体数を減らせばいいんです、思いっきり爆発させちゃっても問題ないですよ?」


思いっきりやると地形が変わるから!

討伐証明を持ち帰る必要もない駆除依頼であればたしかに俺にもできそうではある。


ヤだなーと考え込んでいると、里のエルフが慌てて里長のところへ駆け込んできた。

「里長、グウェナエルたちがオルビのハイエルフ様をお連れになって戻りました。その……で、殿下とのお目通りを求めていらっしゃるようですが、いかがいたしましょう」


オルビのハイエルフ……ああ、自力で来たのか。

グウェナエルたち、姿が見えないと思ってたらいつの間にか出迎えに行ってたのか。


里長がオロオロしながら俺に視線を向ける。

いっすよ、という意味を込めて頷くと、大仰に「王子殿下から許可が出た、お通しせよ」と高らかに宣言した。里長ってたいへんねー。


グウェナエルとオーブリーと共に現れたセヴェリは、オルビの港町で見た姿とはなんか違う。胡散臭い興行師みたいな派手なスーツだったはずが、詰め襟のキレイな神官みたいな服になってる。


「どしたのその格好」

「一応……オラクル・ベンベとしてではなく、ハイエルフのセヴェリとしてエルフの里に来てほしいという彼らの要望で」


セヴェリはチラリとグウェナエルとオーブリーの視線を向け、すぐにイルメリのほうに向きなおると軽く目礼する。


記録者クロニストですか。久しいですね」

「これはこれは、調律者シュティマー。主の商団に身を置いていらっしゃるとか? なんとも羨ましい限りです」


ハイエルフってホントにみんな知り合いなんだ。

2人はニコリと微笑みあってそう話すと、それ以上は視線も交わさない。

なんというか、ドライな関係ね。


セヴェリがなんのつもりでエルフの里にやってきたのか知らないけど、俺の本業は冒険者ということで。やることないし、さっそく依頼書のお仕事に挑戦することにしましょう。


「じゃ。僕、れんしゅうがてらトビムカデ爆発させてくるから」

「それは、私も同行できますでしょうか?」


「ダメだってばー。セヴェリはオラクルでしょ? あんまり僕とくっついてると……うーんと、ダメだよね?」

イルメリの後ろにいるペシュティーノに同意を求めるけど、なんか少し考え込んでる。


「……今は依頼を受けてるわけでもないですし、良いのではないですか? オルビは自由都市なので支配者もおりませんが、オラクルは一目置かれる実力者。ケイトリヒ様が支配下に置いたと認識されれば、オルビも自然と従属するでしょう?」


だからそれがイヤなんだって!


「自由都市を力で従属させるのは長が存在せぬ分、面倒ですわ。いい機会ですから徐々に支配下に置いてはどうでしょう? 記録者クロニストもそのつもりで参ったのでしょう?」


イルメリがふわっと支配を推奨してくる。ふわっと腹黒!


「はい、調律者シュティマーの仰るとおり。私は長らく、オルビの街の他の実力者からも町長にと求められおりますが、あえて受けておりませんでした。主を戴いたことを機にその立場を確固たるものにしようかと考えております」


まって、まだ主じゃないよね? あれ、ハイエルフはそもそも存在が神の眷属だから自動的に部下として組み込まれるしくみ? どうなの?


「……どうなの?」

「ホホ、お考えが口に出ておりましたよ。半分は正解です。我々ハイエルフは、神の存在に従属するのが本質ですので、自動的に部下になると考えて間違いございません……が」


イルメリが言葉を区切るとセヴェリが大きくため息をついた。


「一部例外がございます。それが雪の憤怒(シュネーエルガー)……新たな神が現れないのであれば、自らの手で作り出してしまおうと考えたハイエルフたちです」


セヴェリの言葉に、シャルルが続ける。


「彼らが自らの手で作り出したまがい物を神と信じ続ける限り、彼らはその存在の眷属となるのです。つまり、別の神を戴く眷属……ということになりますかね」


「あ……それがもしかして『邪神信仰』?」


父上からもチラリと聞いたけど、魔導学院でも習った。

この世界の人々が、「神」という言葉を軽々しく口にしない理由。それは「ヒトが神を語れば、そこに邪念が集まり邪神が生まれる」という理論。迷信のように思えるが、魔法のあるこの世界ではそういうこともあるのかもしれない、なんてぼんやり信じてた。


旧ラウプフォーゲル界隈は宗教心が薄いのでそうないことらしいけど、世界史を習うと結構な頻度で邪教らしきものは存在していた。

ほんと俺、ラウプフォーゲルに転生してよかったわー。


「我々から見ればそのとおりなのですが、それを信じる者たちは邪神だと思っていないのですよ。そこが厄介なところでございまして」


まあ、信じる神が違うことで生まれる争い事なんて地球では歴史のメインイベントみたいなものだったからわかる。

もっと正確に言うと、利益を求めるヒトたちが戦争を起こし兵を集める名目として宗教を掲げていたというほうが正しいのかもしれない。


それを知識として知っているからこそ、宗教的な考えの違いについては慎重にもなる。


「んー……そのひとたちが信じるんなら、それはそんちょうしてあげたいところだけど」


「ケイトリヒ様、真実を知ったら一番お怒りになるのはおそらくケイトリヒ様ですよ」


ペシュティーノが口を出す。

……真実って、まだわかってないよね? あれ? 俺だけ知らない?


キョトンとしていると、シャルルがこめかみを揉みながら重々しく口を開く。


「……ハイエルフが、神をどうやって作り上げるか……という方法と、王国で異世界人の魂と肉体を入れ替えられた件が繋がっていないようですね」


「あ」


王国のハイエルフは、召喚した異世界人の肉体を集めていた。魂だけをこの世界の人間の肉体に移し替え、いつの日か来たる神の魂の器として使うために。


その「異世界人の魂を移し替えるための肉体」は、いわばこの世界で生まれた人間が計画的に殺された結末だ。信仰の究極の証明として命をなげうつ人物もいたと聞いている。


そして、法国もまたアランにしていたように人体実験をしていた。


つまり王国のハイエルフたちがしていたようなコトを、それ以上の規模とそれ以上の残忍さでやってのけている可能性が高いということだ。

さらに魔力の供給源として、エルフまでもさらって犠牲にして。

犠牲にしているかどうかまではまだ証拠がないのでわからないから憶測ではあるが、人体実験までする組織が丁寧に扱ってるなんて考えにくい。


バチッ、と耳元で何かが弾けてハッと我に返る。


「ケイトリヒ様」


ペシュティーノが少し顔を歪めながら俺の頬から頭に触れる。

どうして……と思ってすぐ、理由に気づいた。


「あっ……も、もしかして僕のバチバチに当たった!? ペシュ、いたかった!?」

「大丈夫ですよ。さあ」


ペシュが少し腕を広げたので、イルメリの膝の上から腕を伸ばして抱きつく。

いい匂いがして落ち着く。


「ごめんね」

「私は問題ありません。ケイトリヒ様、やはり神の権能はすこし練習したほうがよろしいでしょう。シャルルは信用ならないのであまり推奨できませんでしたが、セヴェリならばまた新しい視点で指導してくれるのではないですか?」


「な、ぺ、ペシュティーノ!? 使徒たる私よりも記録者クロニストを信用するというのですか! なんて先祖不孝な子孫でしょう!! まだ私を信用してないのですね!」


ペシュティーノはシャルルを無視して俺の反応を見る。


「ん……ぼうけんしゃ修行の合間……というか同時進行であれば、練習……する……」


俺がポツポツ言うと、ペシュティーノは「えらいですね」とでも言うように満足そうに笑って撫で回す。

ペシュティーノが俺に弱いのは知ってるけど、俺もペシュティーノに弱い。


「では、セヴェリの……いえ、オラクル・ベンベの同行は組合(ギルド)に報告しましょう。オルビの名士である彼がケイトリヒ様に付き従っていると知れれば、色々と根回ししやすくなります」


ガノが言うと、傍にいたミェスも頷いた。


「冒険者組合(ギルド)以外の組合(ギルド)も掌握しやすくなるね! さんせーい。ちょうどフォーゲル商会のイルメリさんもいることだし、お金の流れから掌握しちゃえばもうこれって名実ともに支配者だよねえ」


「え? えーと、み、ミェスって参謀もやるの?」


「んー、冒険者やってるとあんまりそういう状況にはならないけど、嫌いじゃないよ? まあ、冒険者でもそれなりに色んな国わたり歩いてると、面倒に巻き込まれないために色々と根回ししないといけないこともあるからね〜」


ガノも頷いてる。いつもニコニコのミェスの笑顔がなんか黒く見えてくる。


ミェスへの好感度が上昇した!

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