第2部_3章_175話_エルフの里 1
オルビの街を出て2日め、快晴。
野営でレオの特製カレーを食べているときも、砂漠の砂の海で砂魚釣り体験をしているときも、屋根でまったりしていても、シャルルがにじり寄って来て「そろそろ神の権能の練習をしませんか?」と言ってくる。
実は以前、シャルルと神の権能の練習をしたことがある。
が、練習のときには本当に、何ひとつ、全く発動しなかったんだな。
その練習会でひとつだけ進歩したのは、世界記憶との接続方法だけ。
接続して「あ、ひさしぶりー」なんて話しかけると、竜脈は微妙にイヤがった。
説明の雑な竜脈は、もとから「そういう人格があるわけではない」と説明してくれていたけど「神候補のキミがあんまりヒト扱いすると人格の『核』ができちゃいそうで怖いからもう呼ばないで」って言われた。
そして世界記憶の情報は、精霊神を介して取得可能なのでもうあの説明の雑な竜脈の存在は俺には不要らしい。
あれだけ不意に好き勝手に、一方的にアクスしてきといていきなり連絡拒否。
ひどくない? 人格与えていじりたおしてやろうか!
まあそれで大変気分を害した俺は、シャルルの提案する「神の権能練習会」をことごとく断ってきたわけだ。
そもそも神にはなりたくないし、神の権能を自由に扱えると神度が上がるらしいし。
神度って何、と言いたい。
ちなみにだが、砂漠に糸をたらして釣る砂魚釣りではトカゲが魚の形になったよーな生き物が釣れた。幼児サイズの俺でもギリギリ抱き上げられるサイズ感。
釣り上げたときはビチビチして逃げようとしてたけど、俺が抱き上げると急に懐いてきたのでそっと砂に戻してあげた。
「エルフたちの説明ではこの渓谷の中に|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》と呼ばれる里があるはずなのですが」
まだ赤い砂漠が見える荒野には、遠目にみるとまるで新宿の高層ビル群にも見える、巨大な四角や多角形の岩がほぼ垂直に伸びる渓谷。
岩と呼べるかどうかも怪しい巨大さで、砂漠と同じく赤っぽい。
渓谷の間に入ってみるとそこもまた新宿高層ビルのように、意外と岩と岩の感覚が広くて妙に光が入るようになっている。
近くで見ると、岩は風化している様子もなくカッチカチでうっすら縞模様がある。
イギリスのジャイアンツ・コーズウェイのひとつひとつをとんでもなくでっかくして、とんでもなく空に伸ばしたようなものかな。
「すごい風景だ」とわいわいする魔導騎士隊や側近たちをよそに、俺だけが「なんか微妙に既視感のあるふうけい……」と呟いたのをシャルルだけが聞き逃さなかった。
「異世界にはこういった建築物があるそうですね? 鳥の巣街にもその気配を感じました。建築物を高くすることで狭い土地にたくさんの居住区や商団を配置できるとは、帝国人では考えられませんがこの風景を見たものであれば空想くらいはするかもしれませんね」
「そうだね……でも、エルフの里はどこ?」
「そろそろ迎えが参りましょう。ムリに入っても構いませんが……まあそれだと敵視されてしまうかもしれませんから、待ちましょうね」
太陽が傾いてきたので、3日めの野営をこの柱状節理と呼ばれる地域でとることにした。
ここまで高く伸びた岩山の下であれば落石の危険があるから地球では絶対ムリだっただろうねー。でもバジラットから「ここの岩は存在を固定されてるから大丈夫だぜ!」とわけのわからないお墨付きを頂いたので、安心して野営することにする。
野営で焚き火を囲んだ夜。
周囲には危険な魔物はいないそうだけど、暗くなると遠くから「ケーン」と鳴く声が聞こえた。ミェスによるとマンティコラの鳴き声だそうだ。
クソデカ魔獣のくせに鳴き声は女性みたい。
危険はないのかと聞くと、ミェスは言いにくそうにしばらく考えたあと、「あれは子どもを呼ぶ声なので襲っては来ないかと思います」と教えてくれた。
もう切り替えたつもりでいたのでションボリはしないけど、気分が落ち込むのは仕方ないこと。
小さな岩に腰掛けていたけどヒョイと立ち上がって、串焼きを頬張りながら座るペシュティーノの膝によじ登ってドッカリと座る。
「こんなところにいらしたのですか! 探しました!」
食事が終わってもう寝ようかなと思ってた頃に、エルフの一団が現れた。
シャルルが不満げに「迎えが遅い」ということを詰め寄っていたけど、エルフからするとまさか赤砂漠の方向から来るとは思っておらず別の方向で待機していたのだそうだ。
「赤の砂漠を抜け、この柱状節理で野営するなど普通の冒険者であればありえませんよ! 今の時期は砂漠はマンティコラとそれに触発されるオークやゴブリンも多いでしょうし、この柱状節理には危険なプーカがうろついているはずです」
「ぷーか?」
「そのような雑兵、我々のひと吠えで散りましたよ」
ヒトの姿をしたギンコがフルアーマー姿で現れ、エルフの使者たちをひと睨み。
「ぷーかって何? 魔獣学で習ってない……」
「ヌエとガルムの間といえばよいでしょうか? ヒトよりも少し大きいくらいの、大して強くもない魔獣です」
「我々の里ではプーカを撃退するのに苦労しているのですが……」
ギンコの説明に、エルフたちがゲンナリしてた。
さすがにこれはチートだよね。ゲーレは魔獣種の王だし。
「魔獣学、あんまりやくにたたないなあ」
「あの学科は主にクリスタロス大陸の魔物しか習いませんからね。さらにドラッケリュッヘンは学として確立するほど調査報告がありませんから」
そっかー、俺たちがその先駆けになるってわけか。
チラリと焚き火の向こうにいたバルドルを見ると、ニカッと笑った。
「ここは野営のためにギンコ様に蹴散らしてもらったがな、俺とミェスは先に入って植生や魔獣生息の調査をしておいたぞ。ある程度たまったら王子に報告するから、待ってな」
魔獣学と植生学に新しい風を吹き込みそうな予感!
俺、冒険者してるー。調査してるのはミェスとバルドルだけど!
「王子、私の気候記録に社会情勢の報告書もよろしければぜひお目をお通しください!」
バルドルの横にいたピエタリも主張を忘れない。
そっちはあまりいいかなー。
「……冒険者組合にそのような調査報告書を出しているのですか? もしや我らの|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》の場所についても報告を……?」
エルフの里の使者たちが不安そう。
「あー、そっちはざっくり、ね? 一応、柱状節理のあたりにある、程度は書くかもしれないけど。どうせ迎え入れないと認識できない魔法かかってるでしょ? そういうのはクリスタロス大陸でも明らかにしない、っていうエルフとの協定があるよ」
ミェスが説明するとエルフたちはホッとしたようだ。
「ではご案内さしあげたいのですが、野営の準備が終わってらっしゃるようなら夜が明けてからにしましょうか? 安全が確保されているようであれば我々はどちらでも構いませんが……」
側近と魔導騎士隊と冒険者、その場にいた大人の視線がサッと俺に集まる。
それにつられてエルフたちも俺を見た。
「ねどこ、用意してくれる?」
「もちろんです! エルフ式の最高の寝台をご用意してお待ちしております」
「隊員たちの分もある?」
「ええ、斥候から人数の連絡は受けておりますので十分な数をご用意しております」
「ごはんは……食べちゃったからいらないや」
「そうですか……明日も滞在いただけるようであれば、歓迎の宴は明日にでも! その、滞在……戴けるのですよね?」
「あ、うん。数日おせわになるつもり」
「それは光栄にございます! 数日といわず、100年でも!」
いやそれは長すぎ!とツッコむのがエルフの年月ネタに対する定番らしい。
あとでピエタリに聞いた。
「じゃあ、野営はてっしゅうしてエルフの里におせわになろう!」
「「「「「「は!」」」」」」
俺の思いつきのような命令に、全員がかしこまって返事をするもんだから俺もモジモジしちゃう。俺を膝に乗せていたペシュティーノは「決定慣れしてきましたね」なんて褒めてくれた。「配下に気を配ることも忘れず、偉いですね」とも。えへへー。
隊員たちが手際よく野営のテントや焚き火を撤収し、ものの5分で出発準備完了。
訓練された兵隊ってすごい。
案内人のエルフを先頭に、柱状節理の間をぽっくりぽっくりと進むこと15分。
結構離れてたね。
明らかに他の岩とは違って、繊細な彫刻と塗装が施された岩の柱が2つ見えた。
その間には明らかに人工物の石の柱とアーチがあり、入口のようになっている。
「わあ、きれいな石細工だね」
「お褒めに預かり光栄です。この意匠は約6000年前に作られたもので、今でもその技を受け継ぐ石工がおります。ときおり石細工を売りに帝国まで出張するものもおりますので、もしかするとどこかで見かけていらっしゃるかもしれませんね」
エルフの「ときおり」は信用ならないので話は半分で聞いておいたほうが良いと横からミェスが口を挟んできた。エルフの使者もまた「それもそうですね」といって笑っている。
ちょっと前に、という前置きが50年とか100年くらい前だったりするらしいもんね。
エルフの使者が石のアーチの門の前でなにやらブツブツ言うと、アーチの内側にモヤッと霧がかかって、全く違う風景が現れた。
こちらは真夜中なのに、アーチの向こうは夕暮れ時のような淡い紫の空とうっすらとした雲がきれい。
そして、赤い岩に沿って上へと連なる白い建物や、それらをつなぐ橋がかかった街。
俺の感覚では……すっごくキレイな郊外型の屋外ショッピングモールみたいだ。
橋多くが斜めになっていてエスカレーターっぽく見えるからかな?
「すごいてんいじゅつ」
「これは転移ではなく、里の全体を覆う認識阻害の魔法ですね。実際には同じ場所に存在していますが、外からはそれを認識できなくする魔法です」
ペシュティーノが解説するとピエタリも案内のエルフもうんうんと頷いていた。
へえー、こんなに完璧にわかんなくなるんだ!
たしかによく見たら、アーチの中の風景とアーチの外の風景はつながっている。
「よろしければ貴殿の里はどちらかお聞きしても? 同族のように感じられますがハイエルフ様にも近いように思えます」
案内人のエルフが、ペシュティーノに向かって言った。
「え」「え?」「えっ」「……はい?」
俺とミェスとシャルルの声が時間差で響き、さいごにペシュティーノが思いっきりシンジラレナイって顔で聞き直す。
「……なにかおかしなことを申しましたでしょうか……?」
雰囲気にいたたまれなくなったのは案内人のエルフだ。
「……|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》のエルフの方々はヒトとの交流を絶っているとお聞きしましたが……ハーフエルフでさえないヒトを同族と感知するとは、いささか耄碌が過ぎるのでは?」
ペシュティーノが棘のある口調で言うと、案内人のエルフたちこそ「どういうこと?」みたいな顔になった。
「ペシュ、ハイエルフの子孫で先祖返りっていうやつなんでしょ? エルフに近くてもべつにおかしくないんじゃないの?」
「いいえ、ケイトリヒ様。ハイエルフの子孫というのは……いえ、まずハイエルフが子孫を残すだけでも異例なのですが、ヒトと交わってエルフになるわけでもないのです。私の耳が尖っていないのはご存知でしょう? それにシャルルも申しておりましたが、エルフとハイエルフは外見は似ていても根本的に別種族なのですよ?」
「いい感じに混ざってエルフっぽくなっちゃったってことじゃない?」
「そんな雑な」
シャルルとミェスとピエタリがじーーーーっとペシュティーノを見ている。
「ちょうどエルフとハイエルフとハーフエルフがいるけど。どう?」
「いや、ハーフエルフをその並びに入れないでよぉ」
ミェスが笑う。
ハーフエルフというのは寿命が少々長くて魔力が高くなりがちではあるが、それ以外の特性はほぼヒトなんだそうだ。それ以外の特性ってなんだ?と思ったけど、ペシュティーノがすかさず「魔力の質ですね」と教えてくれた。さとられ〜。
「……言われてみれば、我々は前情報ありきでペシュティーノ殿と接しておりますから同族と考えたことはありませんでしたが……近いといえば……近い……かも? いえ、だとしても魔力の質はエルフというよりハイエルフですかね」
ピエタリがものすごく考えながら言う。
何故かペシュティーノはものすごく不愉快そうに顔をしかめた。
あれでしょ、シャルルと同じって思うとヤなんでしょ?
「まあ私の子孫ですし、似ていてもおかしくないでしょう? 実際にほら、見た目も似ていますし!」
ちょっと嬉しそうに言うシャルルを、ペシュティーノは明確にスルーした。
シカトとも言う。
三者三様の言葉を、案内人のエルフは微妙に困惑しながら聞いていた。
「ハイエルフが子孫を……たしかに稀有な例でいらっしゃいますね。そのような方をお目にかかるのは初めてなので、少し混乱したようです」
「まあまあ、面白い話をしてらっしゃいますね」
うしろから女性の声が聞こえたのでその場の全員が振り向くと、ガノも認める「守銭奴ハイエルフ」のイルメリがいた。
「あ。来たの、イルメリ」
「はい主。調律者のイルメリ、我が御光の前にかしこみかしこみ申し上げます」
いつも商人の格好のイルメリが、ゆったりしたドレープの多いドレスで現れた。
あれだ、ギリシアの神っぽい布感。
「は、ハイエルフ様がこのように集われるとは……!」
「なんという……! 御目通りが叶いまして存外の歓びにございます!」
「どしてそんな格好してるの」
「いつもはお金の話ばかりですので、この度はまた違った形で投資をしたく参じた次第でございますわ」
「とうし?」
イルメリはにっこり笑って、案内人のエルフたちに向き直る。
「そこの卑しいエルフよ、我が主を疾く案内せよ。幼き御身に夜風は毒。くれぐれも失礼なきよう、全てを万全に歓待すべし」
俺に向けていた優しげな微笑みから、一転してクソムシを見る目でエルフたちに言う。
ペシュティーノもびっくりの変わり身ですよ!
「ははー!」
「王子殿下、どうぞこちらに!」
いままでフラットだった案内人のエルフも、急に平身低頭の態度にシフトチェンジ。
しかもどこか嬉しそう……?
「イルメリ、えらいひとだったんだ」
「ほほほ、いえ、私はただの金の亡者にございますよ。ドラッケリュッヘンのエルフにとっては我々ハイエルフは神と同義。このように扱われることを望んでいるのです。帝国のエルフとは違うでしょう?」
自己紹介が金の亡者っていうのもまあまあかっこいいね。
「主、今まで遠慮しておりましたが……この、ドラッケリュッヘンのエルフの里にいる間だけは少し、抱き上げてもよろしゅうございますでしょうか?」
イルメリはガノと性質が似ているので、価値のないことはやらない。
「そのほうがいいんだね?」
「まあ私の希望でもございますが、そのほうがいろいろと」
元・アイスラー公国の水の精霊カメオと会って以来、俺は多分ぐんぐん大きくなってる。成長痛を感じるし目線も高くなってる気がするし。最近は体長1メートルは越え、レオいわく「日本の5歳児相当」と言われるくらいの大きさになったので抱っこはもうだいぶ卒業してるんだけど……。弱ったとき以外。
まあいっか、意味があるみたいだし。
渋々手を挙げて抱っこ待ち姿勢をとると、イルメリはとろりとした笑顔で抱き上げて俺の服や髪をサササ、と直す。
「威厳に満ちた美しいお姿です」
「だっこされてるのに?」
俺はちょっと不満だったけど、エルフの里に実際に足を踏み入れるとイルメリが抱っこを提案した理由がちょっとわかった。
シャルルもそうなんだけど、エルフにとってハイエルフは神と同義と言っていたように、跪かずにはいられない存在のようだ。
俺の威光はどうやらエルフには効かないっぽい。
まあヒトにもあまり効かないそうだから、ちょっと安心したよ。
俺から目が届くところにいる集落のエルフたちは、全員身体をこちらに向けて、跪いて目を伏せている。建物の中、橋、赤い柱にまとわりつくように張り巡らされた通路……数は多くないけど、ここまでそろってると圧巻。
後ろからついてきていたペシュティーノに、スタンリーが何かヒソヒソ話してる。
「外のアレはどうしましょう」
「放っておきなさい、どうせ入れません」
「ぺしゅ、だれかいるの?」
「エルフの里の周辺を探っていたとおぼしき聖教関係の密偵ではないかと思えるものが2、30ほど」
「えっそんなに!?」
俺の言葉と同時に案内役のエルフの人も驚いている。
「まさか、我々が把握しているのは5、6ですが」
「離れた荒野に仮設の拠点を作って交代で監視しているようです。総勢で27……8ほどいますね。どれも隠密術に長けた手練のようです」
スタンリーが淡々と言うと、エルフも困惑気味。
「……人数だけでなく、拠点の場所まで!?」
「把握していなかったのですか」
スタンリー、言い方に棘があるよ、トゲが!
そんな小馬鹿にした言い方しないの!
案内役は伝達係にその話を伝えてから足を早めた。
俺達は案内されるまま、里の奥へと向かう。
里の建物は高く伸びた岩にそって上へと伸びていて、キョロキョロしていると首の運動になりそうなほど上下左右に縦横無尽に広がっている。
なんの素材かわからないけど、建物も通路も全て青灰色の建材でできていて、セラミックのようにマットでツヤがない。
歩いているイルメリの足音からすると、軽そうな音がする。
「これ……なにでできてるの?」
「建材ですか? 石と木材を組み合わせておりますよ。どこが石でどこが木かはわからないでしょうね、特別な塗装を施しておりますから」
青灰色は建材の地色ではなく塗装なのか。
どう特別なのかあとで聞いてみよう。
やがて里の一番奥、岩と同じくらい高くそびえる建物が現れた。
あきらかにあれがこの里の中心だろうとわかるほど荘厳な雰囲気を持った建物。
神社の前にあるように長く伸びた階段。
「イルメリ、降りようか?」
「何をおっしゃいます、主」
ニコニコと笑うイルメリは、案内役と側近たちがスイスイ階段を進む中、どう考えても脚使ってないよね?という登りかた。
エスカレーターか?とおもうくらいスムーズにスーッと階段に沿って上に上がっていく。
「……ういてる?」
「ほほ、これくらいどうということはありません」
ハイエルフって……飛べるの?
チラリとシャルルを見ると、そっちは普通に涼しい顔で足を出して登ってる。
「イルメリ、とべるの?」
「少々浮いてるだけですよ」
なんそれ! いいないいな! 俺もその術つかいたい!
そう言うと、シャルルがピシッと「ダメです」と言ってきた。なんでさ!
空を飛ぶという魔法はたくさん種類があるけど、どれもものすごく細かい調整が物を言う繊細な魔法なんだって。それこそ俺が勉強すべき部分じゃない?と思うんですけど?
ブーブー言っていると、シャルルは「ペシュティーノに判断してもらいましょう」と言って丸投げした。
イルメリの逆の肩口から見えるペシュティーノにずい、と視線を向けると、「その話はまた後で」と言われた。
やっぱり魔法の制御力を上げる訓練なら無下にダメとはいわれないよね、きっと!
長い階段を登った先は、柱と日除けの屋根だけがあるエントランススペース。屋根にはところどころ天窓がついていてぼんやり光が入ってくるんだけど……そういえば今って、夜だよね?
「そういえば、明るいね?」
「エルフは暗闇が苦手です。多くの里では、昼の陽光を貯める特殊な雲を発生させる事が多いのですよ。夜でも曇りの昼間くらいの明るさがずっと保たれます」
ちょうど天窓の部分にさしかかったので見上げると、たしかに曇り空のような明るさ。
「あんしょきょうふしょう?」
「怖いのではなく、力が弱まるのです。まあそれもひとつの恐怖かもしれませんが」
見上げていた首がだるくなったのでコテン、とイルメリの胸元に頭を預けると、愛おしげに撫で回してくる。イルメリは……ひかえめなお胸。女性に抱っこされるといえばゲイリー伯父上の2人の夫人やディアナ、ヒト型ゲーレの3人というダイナマイトボンキュッボンであることが多かったので、スリムなお胸はなんだか新鮮。
でも女性らしく柔らかな身体でいい匂いなのでなんだか眠くなっちゃう。
まあ抱っこされたらだいたい眠くなるのであんまり胸とか男女とか関係ないかも。
「お待ちしておりました、ハイエルフ様の主、帝国ラウプフォーゲル公爵令息ケイトリヒ殿下」
エルフたちの出迎えはアイスラー公国の平民たちと同じように、両膝をついて完全に地面におでこがつくくらい平伏している。うーん、きまずい。
「ごしょうたいに応じて来ました、冒険者のケイトリヒですっ」
「ギフトゥエールデ帝国皇位継承権第2位、そしてラウプフォーゲル公爵家の四男にしてユヴァフローテツ小領主、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ様にございます。私は主の代理、調律者のイルメリ。ケイトリヒ様、顔を挙げさせてもよろしゅうございますか?」
「あ、うん」
「我が主のご尊顔を拝すことを許す」
え、エラソー!
平伏したエルフたちがゆっくり顔を上げると、めっちゃキラキラした目で見られる。
なにこの期待の視線!?
「く、くるしゅーない」
おもわずボソッと言うと、イルメリが嬉しそうに「なんと慈悲深い!」といいながらエルフたちに同意を求めるように視線を投げかける。も、いいからそういうの……。
「ハイエルフは調律者様の崇高なる主をお連れいただきましたこと、心より感謝申し上げます。この世界が神を失って幾星霜、よもや我が身の生きるうちに新たな神の誕生に立ち会えようとは望外の喜び! 私は里長のサムリと申します。ご用命の際はどうぞ私めをお呼び立てください」
オルビの港で出会った長髪のグウェナエルとちょっと雰囲気が似ている男性が、少しだけ前に出てきてキラッキラした目で俺とイルメリを見上げている。
あ、エルフには神の伝承が正しく伝わっていて名前を言っては行けない御方みたいな存在ではないんだ。じゃあ話が早いと言いたいところだけど、俺を神にしたい勢力ってこと。
面倒くさい。眠くなってきちゃった。
「そなたたちの歓待を受け入れよう。だが我が主は既に食事を終え、おねむである。お休みになる御寝所を用意せよ」
「ははー!」
その場にいたエルフたちがイルメリの言葉で一斉に頭を下げた。
子ども様最高……!
いや、神様か?