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第2部_3章_173話_これぞ冒険の道 2

「ケイトリヒ様、オアシスが見えてきたそうですよ。面白いので見て下さい!」


何が面白いのかわからないけど、ガノが御者を交代して室内に戻ってきて言った。


「もうムカデいない?」

「とっくにいませんよ。乱獲したものはミェスとバルドルが処理してるので、控室には入らないようにお願いします」


安心して、父上から命令されても絶対はいらないから!


控室というのは魔導騎士隊(ミセリコルディア)とミェスたちのために用意された部屋。

今回の旅に同行する隊員と冒険者の寝所と訓練所、そして研究所を兼ねている。

色々な施設が含まれてるのでみんな控室と呼んでるみたい。


「ぎょしゃはだれがやってるの?」

「ピエタリが」


あっそーいえばピエタリも純粋なエルフだった。

そしてピエタリもアクションこそおとなしいけど、いきなりスキスキ派だったな。

今回のエルフの里ほうもんについてちょっとご意見を聞きたいので御者席に向かうと後ろからガノに止められた。


「ケイトリヒ様、上から出ましょう」

「え、上から? 扉じゃだめなの? なんかあるの?」


「いえ、特に不都合があるわけではないですが。ピエタリはまだ知り合って日が浅いのでケイトリヒ様にあまり近づけたくありません」

「あそう? ムカデがいないならどっちでもいいや」


城馬車(ホッホブルク)の室内を模した小部屋に天井扉があることに気がついた。

これって直接屋根(ルーフ)に出られるのかな?

ハシゴとかまったくないけどどうやって出るの?


と思っていたらペシュティーノが腕を伸ばしただけで簡単に開き、ガノは軽くジャンプしてその天井扉から出ていった。俺は抱っこで。

扉の運用方法が、ラウプフォーゲル人の高い運動能力を前提に設計されている!


屋根(ルーフ)の上にはパトリックがクッションとバブさんを並べていた。

シラユキは思いっきり走って満足したのか、今日はわりとゆっくり走行。


「殿下、おはようございます。今日は早いですね? 朝食は召し上がったのですか?」

「ううん、まだ! なんかガノがおもしろいオアシスがあるっていうから」


そう言って横を見ると、真っ赤な砂漠の中に炭のように黒い水たまりがぽつりぽつりとたくさん見える。もしかして……石油?


「……面白いって、あれ?」

「そう、あれです。あのオアシス、普通の水なんですよ」


「え? 真っ黒だけど!」

「近づくと透明なんですよ。不思議ですよね」


赤い砂は水に触れると黒っぽく変色するので、水がたまると全体が黒く見えるんだって。

へー、しぜんのふしぎー。


「あ、もしかして赤って酸化鉄なのかな? でも水で黒くなるなら違うか?」

「半分合ってるぜ」


バジラットがおにぎりサイズでふわふわと俺の周りを飛びながら応えてくれた。


「物質としては酸化鉄の多い砂だが、土地の魔力属性の影響で少し変質してる。まあ、主の知識とは別のものになってることはまちがいない」

「へー……ってことは、この赤砂漠ぜんたいが酸化した砂鉄……ってこと?」


「まあそうなるな」

「いきなり資源じゃん」


「鉄? あの赤い砂は、鉄なのですか?」

「うん、たぶん酸化鉄……酸化した鉄、あ、酸化っていうのは、まあ錆びてるってこと」


ガノが俺の脇をしっかりホールドしたまま口を開けている。


「鉱山から鉄鉱石を掘り出すのは、たいへんな重労働です。それこそ刑罰の労役になるほどに! それが、この砂で?」

「まあ酸化鉄だから、酸を取り除く必要があるんだけどね。なんていうんだっけ、ええっと……還元? 方法は、わかんない」


「錆びた鉄は磨き直すしか無いと思うのですが、それ意外に方法が!?」

「あ、うーん、詳しくはわかんない……ごめんね」


理屈はわかるんだけど具体的にどうすればいいかは知らん。

でも魔法的な影響もあるみたいだから、地球と全く同じ方法ではないかもしれん。

そーゆー研究はフォーゲル商会に任せましょうネー。


しかし、視界に広がる全ての砂漠の砂が全て鉄かあ……この土地を買収……いや、たぶん地主はいないんだろうな。実効支配しちゃえば大金持ちだよね。

まあもう俺はお金あんまりいらないから、クロイビガー聖教法国を支配したあとにはこの辺の土地も帝国のー!ってことにして誰か功臣にあげちゃえばいっか。

俺の側近たちは全員、領地欲しくないって言ってたからなー。


あ、セヴェリとかに適当に爵位あげて支配してもらうってのもいいか。

レッドピピンを始めとしてもっと有用な植物や魔獣がいるかもしれない。もっと調査しないと……。


「ん?」


赤砂の砂漠を見つめていると、遠くの砂丘の合間から3つの黒い点が横に移動している。


「……馬かな?」

「どうされました?」


「あそこに、なにかいる」

「ん……」


3つの黒い点は、足並みを揃えて同じ方向へ走る。

パトリックとガノとそれを見つめていたら、その黒い点の後ろから大きな四つ足の魔獣がそれを追いかけるように砂丘から飛び出す。


「追いかけられているようですね」


パトリックがそう言うと、上空から魔導騎士隊(ミセリコルディア)がスーッと降りてきた。


「蜘蛛のような魔蟲に乗ったヒトが、マンティコラに追いかけられているようです。ヒトの正体が何者かまではわかりかねますが、どうなさいますか?」


「エ゛ッ!?」

「蜘蛛……この砂漠の民は蜘蛛を乗りこなすのですか?」

「使役しているのなら賢いのでしょうね」


蜘蛛に乗ってるとか信じられん!!

いや、俺も迷子になったとき乗ってたけど!

でもクモミさんはヒトっぽいぶぶんもあるからね、ほら、なんとかなったというか。


じゃなくて!


「……たすけたあとにかんがえよ。ジャナフ、助けてあげて」


報告しに来た隊員の名前を呼んでそう言うと、嬉しそう。3人ほど連れて遠くのマンティコラに向かって行った。


「砂漠は馬も砂に足を取られて走りにくいですからね。蜘蛛とは考えましたね」

「まだ使役しているかわかりませんよ。なにかの事故で背に乗っただけかもしれません」

「とりあえず僕にはちかづけないでほしい」


ルリサソリの依頼である程度慣れたとはいえ、ヒトが乗るほど大きい蜘蛛を見て爆発させない自信がない。大きい分、爆発も大きくなるよ! たぶん!


遠目で見守っていると、ほどなくしてマンティコラと呼ばれた魔獣がゴンブトビームに当たって倒れた。失神の魔法陣最強。


「マンティコラってどんな魔獣? 魔獣学では習わなかった」

「頭部はヒトに似ていて、四つ足で、尻尾に毒があり、有翼……と聞いておりましたが遠目で見た限りでは翼は無さそうですね。クリスタロス大陸で観測された例はないです」

「ドラッケリュッヘンでもなかなか見かけない種ですよ〜。組合(ギルド)の情報では山奥にいる、って聞いてたけど、なんで砂漠にいるんだろ?」


御者席からミェスがヒョコッと顔を出した。

横にはピエタリもいるみたい。


「きょうぼう?」

「そうですね〜、ファングキャットや赤いワイバーンと同様に凶暴で人喰いの種なので討伐推奨指定されてますよ。気絶だけでいいんですか?」


「……むやみやたらに殺すと生態系がくずれるかもしれないから、厄介な魔獣でもなるべく殺したくないんだ」

「まあもし主が統治することになれば魔導騎士隊(ミセリコルディア)でササッと討伐できちゃうもんね! いいとおもう! さすが僕の教え子〜!」


そう話している間に、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員はゆっくり先導しながら3つの点……今となっては蜘蛛というのがはっきりわかるシルエットがこちらに向かっていた。


うう、蜘蛛は大丈夫。蜘蛛は……クモミさん! クモミさんだと思って……いやムリ!


「ちょっと、心のあんていにペシュが欲しい!!」

「……呼んでまいりますね」

「ケイトリヒ様……マリアンネ嬢やフランツィスカ嬢と合流したあともそんな様子では呆れられてしまいますよ?」


呼ばれて屋根(ルーフ)に現れたペシュティーノは、遠目で見える3つの蜘蛛を見て察したようですぐに俺を抱きあげる。ああ、安心するぅ……。


「ケイトリヒ殿下にご報告申し上げます!」


蜘蛛に乗ったヒトよりも先に魔導騎士隊(ミセリコルディア)隊員が先触れにやってきた。


「あの大蜘蛛に乗った者は、赤砂漠に『アラクーダ』という集落を作る部族だそうです。獣人、だそうですが外見からはそういった特徴は見られません」


ペシュティーノの左脇に肩をグリグリねじ込みながら報告を聞いていると、御者席にいたミェスがぴょんと屋根(ルーフ)に飛び出してきた。


「赤砂漠の集落、獣人だが外見はヒト……おそらく『はぐれ獣人』の集団……おっと、この単語は絶対に彼らの前では言わないで下さいね、ひどく傷つきますから」


ミェスが俺の視線に気づいて慌てて口を塞ぐ。

そうやって教えてもらえれば俺だって口を滑らせることはないから安心して。

知らないことはどうしようもないけど。


「ふくざつなはなし?」

「うーん、それは話してみないとなんとも言えませんね。それで、彼らは何故マンティコラに追われていたのか説明したかい?」


「はい、集落が魔獣の群れに襲われ、甚大な被害が出そうなので助けを求めるため蜘蛛馬を走らせていたそうです。が、群れの一匹に追われていた、と」


「まさか、マンティコラの群れ?」

「いえ、そこまでは……」


「マンティコラって群れるの? あんなでっかい魔獣が群れたら食料調達がたいへんそうだよね」

「ええ、目撃例の少ない魔獣ですが群れは組合(ギルド)でも聞いたことがありません」


「それより……ケイトリヒ様、助けますか?」

「えっ、もちろん助けるよ! 案内してもらお!」


ガノが俺の即答を聞いて、無表情のまま考え込むように視線を泳がせた。


「なに、だめなの!?」

「いえそういうわけではありません。せっかく助けるのならなんとかこの状況を後に活かせないかと考えていただけです」


さすがガノ、図太い!


すぐ近くまで来た3頭の蜘蛛馬(というらしい)に乗った人物は、みな少年少女といえる若者だった。


「た、たすけてください! 村が、村が……!」


「ケイトリヒ様、ご指示を……ケイトリヒ様」


蜘蛛みたくなさすぎてペシュティーノの左脇にぎゅむむと鼻先を埋めていたけど、仕方なく薄目で彼らの方を見る。


「ウンワカッタ。助けるからあんしんして」


「お願いです、僕たちではとても……えっ?」


「ジュンとパトリックとペシュティーノ、あとガノもついてきて。あ、もしよければミェスも。あと魔導騎士隊(ミセリコルディア)の選出はオリンピオに任せる」


「りょーかい!」

「はッ、承知しました!」

「はぁ……仕方ないですね、行きましょう」

「私は少し準備して追いかけます」

「えーっ、トリュー乗せてくれるの!? やったー!」


俺の指示にテキパキと動き出した集団を見て、蜘蛛の上の少年少女たちが……いやちょっとマトモに見ることはできないので雰囲気だけど、多分戸惑ってる。


ペシュティーノがなにやらモニョモニョ言うと、屋根(ルーフ)の上に魔法陣が広がる。

フッと浮遊感がしたと思ったら、パトリックとガノと一緒にトリューの格納庫にいた。


「本当に便利ですね、この城馬車(ホッホブルク)

「冒険者修行が終わっても使いましょう」


ガノは格納庫の隅のキャビネットみたいな棚からごそごそとバスケットボール大の何かを取り出して抱え、トリューに乗り込んだ。


「あ……それって公共放送(エフ)用の映像入力装置(ビデオカメラ)?」

「そうです。ひとまずケイトリヒ様の勇姿を記録に残しておこうと思いまして」


「えー」

「ケイトリヒ様、乗りますよ」


ペシュティーノにムギュッと抱きしめられ、トリューに搭乗。


『こちら8号機、ジュン。周囲の安全、問題なし!』


俺が屋根(ルーフ)にいたときからトリューに乗って哨戒中だったジュンから通信が入った。


『1号機、ガノ・バルフォア。発進します』

『5号機、パトリック・セイラー。発進します!』


ガパッと後部ドアが開き、2機がフワッと出ていく。

先に出た2機から安全確認の報告が上がって、続いて0号機、つまり俺とペシュティーノの機体がフワッと発進。

……なんか戦隊ものみたいでかっこいいよね!

こう、もっとバシューッみたいに勢いよく出たいところだけど、あぶないからね!


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の斥候部隊が既に集落の場所を特定し、命令を待っております』


『ケイトリヒ殿下が直々に向かっていらっしゃる。待機せよ……と言いたいところだが、状況はどうだ?』

『集落には幾重にも防壁が築かれており、もうしばらくは持つかと』


「集落のにんずうは?」

『わかりません、多くの民家は洞窟の中にあるようです。洞窟の外だけでも100戸ほどが確認できますので、予想ですが500人以上はいるかと思います』


すでにこちらで場所を把握しているので、蜘蛛に乗ってる少年たちはその場で疲れを癒やしてもらって俺たちだけで向かう。……と、思ったけど俺らのあとを蜘蛛でついてきてるそーだ。

オリンピオから連絡が入った。うーん、ヤメテホシイー。

まあ村が心配なのはね、わかるからしゃーない。


「まじゅうはどんなかんじ?」

『マンティコラが6、7体ほど、他は、ゴブリンとオークがそれぞれ100ほど。見たことのない魔獣もちらほら見えます』


『え、ゴブリンとオークはわかるけどそれらがマンティコラと一緒に!?』

聞こえてきたのはミェスの声だ。魔導騎士隊(ミセリコルディア)に乗せてもらったらしい。


「おかしなことなの」

『た、確かに聞いたことはありませんが……マンティコラの生態自体、謎に包まれておりますのでなんとも……あっ、記録映像って残せるんでしたっけ!?』


「ガノがさつえいしてる」

『よかった、できれば魔獣の様子も記録しておいて下さい!』


『これはケイトリヒ様の勇姿を記録するために用意したものなのですが……』

『その勇姿がいかに稀有なものかを証明するには魔獣の生態も解明しなければならないんですよ!』


ミェスがちょっとコーフンしてる。

『もしも……もしもですよ? ゴブリンやオークと、マンティコラ。混合の魔物を統率するものがいたとしたら……本物の、魔人の存在が証明されるかもしれません!』


いや、ユヴァフローテツの地下にいるけどね、魔人。クモとヘビの。

卒業に合わせて、当然ユヴァフローテツに移動してもらいましたよ。


魔人(ロイエ)ではなく、魔人。魔人(ロイエ)はいわゆる蔑称にちかい扱いで言われる言葉だけど、魔人というのはいわゆる「魔族」の「ヒト」。

ヒトと何がどう違うのか詳細にはわからないけど……違うらしい。


『……なんか、皆さん反応薄くないですか?』


俺と側近たち、さらに魔導騎士隊(ミセリコルディア)までもが、たぶんクモミさんとヘビヨさんを思い出していたせいでミェスが何かに気づいた。

ほんとミェスってたまにすごく勘がいいんだよね。


『もしや、私の知らないケイトリヒ様の配下が?』

「ミェスが知らないものは、知らなくて良いものなのです。さあ、すぐに集落に着きますよ。おや、あの辺りには樹が生えていますね。赤砂に生える樹は葉も赤いようです」


ペシュティーノが強引に話を逸らした。

まあ、今は緊急事態なんで。ミェスもさすがに空気読んだようで、黙った。


「マンティコラってあんな小さかったっけ?」


砂漠に突如そびえる岩柱に囲まれた土地に、こんもりとドーナツ状に赤い葉を茂らせた森が見える。中心には黒い水、そしてドーナッツの外周には巨大な岩山。

いわゆるオアシスなんだろうけど、赤と黒のハイコントラスト色のせいで爽やかさとか命の根源みたいな雰囲気はない。


その森と砂漠の境界線に立つマンティコラが、赤いブロッコリーに顔を突っ込んでいる……ように見える。


「マンティコラが小さいのではなくあの森の樹高が高いのですよ。ゆうに200シャルク(約60メートル)はありますね」


ペシュティーノの言う通り、近づくにつれてマンティコラの大きさと樹の高さがわかってきた。でっけー。


「マンティコラにはギンコの威光も僕の威光もつうじないんだよね」


「そだねー、通じないと思ってたほうがいいかな。たとえ攻撃されても僕たちが守ってあげられるとは思うけど、やっぱり万が一ってこともあるし。主の精神衛生のためにも」


ジオールが髪の毛の中で言う。ですよね。


ギンコとかワイバーンは本当にレアケースなんだ。

まあ俺が公爵令息だから危険な魔獣からは遠ざけられていて、レアケースだけがすり抜けて俺のモトへやってきたってのが正しいんだけど……。


「あの黒いオアシスのまわりに、村があるんだね?」

「はい。集落は南東……岩山寄りの方角に集中しています。岩山には洞窟があり、地下にも集落があるそうです。密集した森がマンティコラとオークにとっては天然の防壁となっているようですが、ゴブリンは入り込むでしょうね」


オークは体長5メートルから8メートル程度の、二足歩行する豚みたいな見た目だ。

マンティコラは……たぶん体高が20メートルくらいある? ちょっとした建物レベル。

そしてゴブリンはというと、俺よりちょっと大きいくらい。体長約1メートルから1メートル半。

集落まで入りこまれるとしたらゴブリンだ。


「じょうきょうは?」

「マンティコラとオークの侵入を森が阻んでいるので、膠着状態といったところでしょうか。ゴブリンだけであれば貧弱なドラッケリュッヘン人でも充分対応できます」


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員が自慢げに言うけど、貧弱じゃなくて俺基準だと普通だとおもうよ。ラウプフォーゲルが規格外なだけ!


「魔獣たちが、こんなに襲いにくい村を執拗にねらうことってフツーなの?」

「……たしかに、不自然ですね。何者かが魔獣を操っているか、村に何らかの魔獣を誘引する何かが無い限り……」


ペシュティーノがなんだか嫌な予感がするような顔でチラリと俺を見た。


「……あくまで予感でしかありませんが、後者のような気がします」

「奇遇だね、僕もそうおもった」


目視で6体確認できたマンティコラは、目の前に人参をぶら下げられた馬、おやつを投げられた犬のように一心不乱に森の樹をかきわけて中に入っていこうと身をよじっている。

周囲のオークやゴブリン、俺たちの気配にも全く気を配る余裕がなさそう。


オークとゴブリンは見た目こそ違うが近縁種で、二足歩行なので人間に近く見えるけど全く言語を解さないので完全に魔獣扱い。討伐に引け目を感じるのは俺だけみたいだということに気づいたのは魔獣学の授業のとき。


あのときは教室の生徒全員がサイコパスに見えたね。

でもこの世界では俺のほうが「二足歩行してるだけで親近感覚えるとか大丈夫か?」って感じなんだろう。もうだいたいわかってきたもんね。


「原因はあとでちょうさするとして、とりあえずたすけよう」

「何か策があるのですか?」


「え? ゴンブト失神ビーム……」

「……集落の人間も巻き込むことになりますが?」


「死なないよ?」

「失神したマンティコラやオークの下敷きになれば圧死、水辺で失神などすればそのまま溺死しますよ?」


「あ、うん……そ、そうね……」

「ケイトリヒ様、魔導学院で培った魔導の技術を実戦で使うまたとないチャンスです」


「え゛ッ」

魔導騎士隊(ミセリコルディア)に周辺を調査させつつ、ケイトリヒ様の魔導でマンティコラを討ち倒していきましょう。さほど動き回る様子もないので、難しくないはずですよ」


「えっでっでも魔導騎士隊(ミセリコルディア)に当たっちゃったらしぬよ!」

「そうならないために訓練なさったのでしょう。さあ、その成果をここで!」


なんかペシュティーノがやる気! 困った!

いや、でももう子ども扱いされたくないと言ってる以上、実戦は避けられない。

ワイバーン戦は失神ビームで不戦勝みたいなもんだし、これこそ魔導騎士隊(ミセリコルディア)との共闘が叶った初陣と言えるかもしれない!


しかも! おあつらえむきの、「壊滅の危機にひんした村を助ける」冒険の醍醐味といえるクエストだ。

原因はちょっと要調査ですけど……。


「……やる!!」

「その意気です! さあ、トリューの天蓋(キャノピー)を開けますので、そこから」


「あっ、さすがに降ろしてはくれないんだ」

「当然です! 安全な場所から放てるのが魔導のよいところではありませんか」


それもそう。


開いた天蓋(キャノピー)を確認してすっくと立ち上がると、ペシュティーノが下からヒョイと抱っこしてきた。

……相変わらず格好はつかないけど、放った魔導の反動で落ちちゃったりしたら危ないなあとドキドキしてたのでちょっとホッとした。


『ケイトリヒ殿下が御自らマンティコラの討伐に臨まれます。全員、防御結界の強度指向性を魔導へ全転換。魔導による破壊で飛散する石や魔獣の肉片に注意を』


ちょっとガノ!? 制御不能で大爆発すること想定してない!?


「ばくはさせないし!」

「ケイトリヒ様、落ち着いて。さあ、狙いを定めて下さい」


赤いブロッコリーに頭をグリグリ突っ込んでいるマンティコラの横っ腹を狙って、スラリと虹色の杖を取り出す。見てろ、俺の魔導を!


「ふぁいやあろー!」

「あっ」

『ほら!』

『あああ』


俺の呪文が通信に乗った瞬間、側近全員からなんか残念な声が上がった瞬間に気づいた。


「あー!『マイン』つけわすれた!」


ボボボッ、と俺の周囲に巨大な攻城破壊兵器並みに巨大な炎の矢、いや炎の槍? むしろ炎の杭といったほうがいいモノが12本現れ、ビュンとマンティコラに向かっていく。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)、退避、たいひーーー!!!」


ものすごい轟音が響いたと思ったら、地面にだけ広がっていた赤が青い空に突き抜けるほどに広がった。

燃え上がった炎と、衝撃に飛び散った赤砂が空に広がって、あたり一面が真っ赤。

俺の魔導は何もしないと勝手に精霊の強化(バフ)が乗ってしまうので、「無効(マイン)」で一度他からの影響をシャットアウトしないと想定外の破壊力が出てしまう。

こうなるって! 魔導学院で解決したはずなのに!!


「ああああああ!」

『ケイトリヒ様、ご安心ください。見越してオアシスと魔導騎士隊(ミセリコルディア)隊員には防御結界を展開しております』


淡々としたガノの声が心を抉る。


「あああんそれもなんかくやしい!!」

「被害なく失敗できるのは最悪の事態を想定できる優秀な側近あればこそですよ。これから精度を磨いていけばよいのです」


抱っこするペシュの手がヨシヨシと俺の頭を撫でる。

んんん! ぐやぢい〜!!


舞い上がった砂が落ち着くと、地面は扇形に大きく(えぐ)れ、その(へこ)んだ部分は黒々とした鈍色の金属でコーティングされたようになっている。

たぶん、砂鉄の成分が溶けて不純物がたっぷり含まれた鉄板状になってるんだと思う。


マンティコラとその周囲にいたオークは……。

うん、影も形も……ないね。

いや、マンティコラの1体だけが身体半分をもっていかれて苦しげにうめき声をあげている。ううう、ごめん、ごめん! 苦しめてごめん!!

察したのか、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員が手際よくトドメを刺してくれた。


俺の魔導の軌道上にいなかった2体のマンティコラとオークの群れ、そして森の中に入っていたはずのゴブリンたちがわらわらと出てくる。

むしろ壊滅させてなくてホッとしたよ!!


そしてそれらの魔獣たちは、あまりの衝撃に呆然としたように周囲を見回す。

それまで狂ったようにオアシスに向かっていたマンティコラたちも怯えたよう尻尾を後ろ足の間に入れてその場をウロウロしていた。

獣の行動ってだいたい似るんだね……。


何が起こったかもわからず半壊した魔獣の群れたちは、半数は謎の力を感じたようですごすごとオアシスから遠ざかり、やがてマンティコラは砂に潜って姿を消した。

オークとゴブリンは遠くの岩山の陰に消えていった。あのへんがねぐらなのかな。

残った半数はまだ攻撃性が失われておらず、魔導騎士隊(ミセリコルディア)が上空から追い払うように攻撃している。

なるべく殺すなという俺の命令を受けて、致命傷になるような攻撃はしていないみたい。


「……」

「ケイトリヒ様、そう落ち込まず。正確な被害状況は魔導騎士隊(ミセリコルディア)が確認しておりますが、ヒトに被害は出ていないと精霊様からの確信も頂いております」


ガノのフォローがなければ隊員を巻き込むところだった。

たった一言の呪文を口にしなかっただけで、これだけの被害が出るなんて。

こんなのチートじゃなくて呪いだ。


一歩間違えば大事な隊員を殺していたかもしれないと思うと怖くなって、じわりと視界がにじむ。


「……ケイトリヒ様、自らの力の恐ろしさに気づかれたのですね。それを思えば、今日の失敗は意味あるものでした。さあ、気を取り直して。村に聞き込みに参りましょう」


ずび、と鼻をすすってペシュティーノの左脇にぎゅうぎゅうと潜り込む俺の背中を優しくポンポンしてくれる大きな手。


俺の初めての「村救済クエスト」は反省点の多い、後味の悪いものになりそうな予感がした。

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