第2部_3章_172話_これぞ冒険の道 1
ルナ・パンテーラ。
ドラッケリュッヘン大陸最大のエルフの隠れ里である|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》で、エルフと共に暮らす希少な獣人族。
エルフは彼らを「神の眷属」として崇め、ルナ・パンテーラもまたエルフの守護者として大事にする共生関係にあった。
現在、隠れ里のエルフが人口1万人ほどに対し、ルナ・パンテーラはわずか300人足らず。戦闘に優れ、魔法も武器も体術も人間やエルフの比にならないほどの圧倒的強者であったはずのルナ・パンテーラが何故、人狩りに捕まりその数を減らすことになったのか。
「人狩りは、彼らの弱点を解明したのです。ある草の成分を抽出した香を焚くと、彼らは赤子よりも非力な力になり、魔法も使えなくなってしまう。それが乱用され、隠れ里から離れた場所に集落を作っていたルナ・パンテーラは壊滅しました」
難を逃れたルナ・パンテーラは、一部が今も|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》に住んでおり、連れ去られた家族を探しているのだという。
「僕が保護したルナ・パンテーラの8人のうち7人は、人狩りの牢獄で生まれた年若い子どもだったよ。ひとりだけ連れ去られた経験のある人物がいたけど、その子も18……今年19歳か」
「19歳ですか。そうなると15年前の襲撃で子を連れ去られた家族から何か聞けるかもしれません。特徴などを教えていただけますでしょうか?」
「その件は我らが話すとしよう。主は、少し休むといい」
ルナ・パンテーラの話はギンコたちが代わりに担当してくれることになった。
特徴と言っても……と考えてたところなのでちょうどいい。
獣人族の毛並みの細かな色味や生え方などの特徴を、聞いたこともない単語で説明しているギンコを見て正直「助かる」と思った。
「全体的な印象はブズア風ではあるが尻尾にはマゴリの特徴も残っている。おそらく途中でセーブルの血が混じっているのではないかと考えられる」
「なるほど、であれば血族を特定するのは難しくなさそうです」
うん、わからん。
「ケイトリヒ様、彼らを受け入れるにあたって城馬車からの転移先がここしかなかったので通しましたが、本来ここは客を受け入れる場所ではありません。移動してもらいましょう。それに、転移先の座標指定も少し調整しましょうか」
シャルルの言葉にそのとおりにして、と丸投げして、もぞもぞとペシュティーノの左脇に鼻先を突っ込む。
人狩りとか、生贄とか、どうしてそんな残酷なことができるの。
そう思うともう疲れちゃってしょーがない。
「ケイトリヒ様、ギンコの言う通り、少し休みましょう。お食事はどうされます? おにぎりでいいですか?」
「おにぎりぃ」
がっつり凹んだ状況でも、おにぎりの魅力には勝てない。
「ウンディーネ領に立ち寄った際に大臣から頂いたお土産のなかに、ケイトリヒ様の好みそうな食材があったとレオが申しておりました」
「んっ! なんだろ」
美味しいものと聞くとさらにその魅力はさらに倍!
レオが直々にお部屋に運んでくれたおにぎりは、なんとイクラ!
「わ、イクラだー! なんかみどりっぽいけど、イクラだよね!?」
「イクラなんです。ちょっとみどりですけど、味はイクラです!」
「こ……これは、食していいものなのですか? ケイトリヒ様、魔蟲はダメでどうしてこれは平気なのですか……」
ペシュティーノがドン引きしてるけど、おにぎりになってると大体なんでもおっけー。
ぱくりとかぶりつくと、しょっぱい醤油と魚卵の濃厚な味が口いっぱいに広がる。
ヘンな臭みとか全然ないし、新鮮な磯の香り!
「おいひい!」
「ですよねえ、サーモンにそっくりのオオカイゼンマスからは取れないんですよ、このイクラ。近縁の『クザクラマス』という種からは1匹あたり3キロも取れるそうで」
どんだけでかいの、そのマス?
藻まみれのカエルの卵みたいなビジュアルだけど、味は濃厚なぷちぷちイクラ!
美味しければ見た目の悪さもなんのそのなのだ!
ひとまずその日はエルフの一団は帰し、俺たちは次の目的地として|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》に向かうことになった。
何故かって? なんかしらんけどエルフたちが招待してくれたからさ。
まあそこで、バドルとルナ・パンテーラの子どもたちを見せて家族を探してもらおうという目的もある。もしも子どもたちの引き取り手がいて、子どもたちが望めば帰してあげてもいい。まあそこは出たとこ勝負みたいなところもある。
「ケイトリヒ様、フォーゲル商会のイルメリがエルフの里に同行してもいいかと許可を求めております」
夜、ガノから伝言があると聞くと内容はそれだった。
「金融融資部長の? なんで? ハイエルフだから?」
「なんでも、ドラッケリュッヘンのエルフには少々顔が利くそうなので御力になりたいと申しております」
今日はちょっと人狩りの話を聞いてテンション下降気味なので、ペシュといっしょにファッシュ分寮のバラの寝台で休もうと思って準備してたところだった。
久しぶりにガッツリお風呂に入っていい気分。
「そうなんだ……べつにいいよ」
「承知しました、伝えておきます」
ガノが退室すると、ペシュティーノがゴロリと寝台に寝転んでふう、とため息をつく。
俺はいそいそと左側の脇にもぞもぞともぐりこみ、顔を埋める。
「ペシュ、どしたの」
「セヴェリもエルフの里まで同行したいと申しておりました。こちらは勝手に私が断ったのですが……よかったのでしょうか」
「うん、セヴェリはちょっと困るな。だってドラッケリュッヘンじゃ有名人でしょ?」
「そうですか。余計なことをしてしまったかと思いました。ケイトリヒ様はハイエルフ相手だと無敵ですね」
敵になりそーなハイエルフの存在を聞いたばかりだけどね。
まあ世界の敵になりそうな神候補が対象になるそうなので、俺は大丈夫だよね?
大きな手で背中を撫でられて、ご機嫌でスヤァ。
旅をしていても、眠れなくて困るなんて事例は一切ない健康優良児なのです。
翌日。
「ケイトリヒ様、戻りました」
スタンリーがいつもの格好で普通に部屋に入ってきた。
寝起きの俺が「ふぇ?」と振り向くと、温かい蒸しタオルで手際よく清拭してくれる。
「わゔ」
「ワイバーンを捕獲して冒険者組合で暴れたそうですね?」
「あばれてないよ! しいていうなら、あばれたのはジュン!」
「ジュンの主はケイトでしょう?」
むう、とほっぺを膨らますと、スタンリーはニコリと笑う。
「……おかえり、にいに!」
「ただいま」
びよん、とバラの寝台から飛びつくと、スタンリーはしっかりと受け止めてくれた。
「こんごはガードナー自治区の報告、よろしくね!」
「はい。側近の中でも役割が少なく寂しい思いをしておりましたが、ある意味アイスラーのおかげで役割を持てました。ケイトリヒ様のお役に立つよう、統治してまいります」
スタンリーったら、そんなこと気にしなくていいのに。
まだまだ少年っぽいスタンリーの頬に、俺のまあるいほっぺをスリスリと寄せるとギュッと抱きしめられる。
「ぐるぢい〜」
「ふふっ。ケイトリヒ様、もう馬車は出発し、エルフの里に向かっているそうです」
「え、そうなの」
「シラユキの足でも2日はかかるだろうという距離です」
スタンリーは俺を抱きしめたまま立ち上がり、床の上でリリース。横からサッとパトリックがスリッパを出してくれて、お着替え部屋へ。
いつものかわいい俺スタイルがキマったら、昇降陣のほうに行こうとしてピタリと足が止まった。
「ここ降りたら、クラレンツあにうえとエーヴィッツあにうえがいるのかあ」
「今はもう1限目の授業に入っている時間なのでいらっしゃらないと思いますよ」
そーなんですけどー。
「夜、ちょっとだけのぞいてみない?」
「ペシュティーノ様に怒られますよ」
「ちょとだけ?」
「……お望みなら隠密の魔法を用意します」
「話せないなら会わなくていい」
「では諦めましょうね」
スタンリーって優しいけどこういうときにはまったくスキがない。鉄壁。
わざと俺のテンションを下げる発言でいいかんじに操ってくる。むむむ。
「おや、ケイトリヒ様……ああ、おかえり、スタンリー。転移魔法陣の座標指定を変えたので、そこの昇降陣を使っても魔導学院の1階、2階にはつながりませんよ」
そもそも封じられていた。
ペシュティーノってこう。
「座標指定ってそんなにかんたんに変えられるんだ……」
「いえ、さすがにディングフェルガーと描画装置があればこそ。本来はかなり複雑な調整です。まあアレも少々発狂しながら設計しなおしてたようですが」
しょうしょうの発狂?
ディングフェルガー先生だいじょうぶかな……。
「そちらは昨日のエルフのような外部の訪問者を招き入れる臨時的な応接室につながります。城馬車に戻るのであればこちらからどうぞ」
昇降陣の横になんかすごい普通の両開きの扉がある。
開くと、妙に壁が湾曲した小さな小部屋。
いや、これおそらく城馬車の外観に合わせた内装を模した部屋だね!?
なるほどー、カムフラージュか!
そしてその先の扉を開けると、ぶわっと風が入ってきた。
「うわ、すごい! はやいはやい! っていうかもう道はしってなくない!?」
「街道があまりにも荒れてたのでシラユキにまかせているのですよ。エルフの里であれば気配でわかるというので私は何もしてません」
御者台に座っているガノがチラリとこちらを見る。
確かに手綱は握られてるけど、だらんと垂れていてとくに操作とかしてないっぽい。
「あっ、スタンリー! おかえり。平定おつかれさま」
ガノったらすっごい軽く言うけど、狩りにいって野ウサギ狩ってきたーとかじゃなくて、国をとってきたんだからね?
なんか俺の周囲は最近こういうの多いな!
「ただいま……です」
スタンリーがまた照れ照れしてる!
なんで俺のおかえりには反応してくれないわけ!?
むむむ、と俺が膨れていると、スタンリーがほっぺをつんつんしてきた。
そうじゃなくて!
「にいに、おかえり! ね、おかえり!」
「? は、はい。戻りました……?」
「ケイトリヒ様、下に赤砂漠が見えますよ」
ガノが言うので思わずそっちを見ると、草原が途切れた先の崖の下は一面の赤。
レンガ色とかそういう赤じゃなくて、本当に真紅の大地だ。火星の表面ってこんな感じだったような気がする。風もどこか赤っぽい。
「まっかっか! え! これぜんぶ砂!?」
「そうらしいですね。この砂漠では魔獣も植物も砂に合わせて真っ赤な色をしているそうですよ。レッドピピンの原産地ですね」
「あっ、レッドピピンがクリスタロス大陸で育たない理由っって、そういうことだったのかあ! ぎゃくになんで僕の庭園では育ったんだろうねー」
「それは精霊様のおかげじゃないですか」
それはそう。
「……エルフの里って、|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》って名前だったよね?」
「そうですね……青いんでしょうか」
「青いんじゃないですか」
御者席でテキトーな会話をしていたらペシュとシャルルが俺を呼びに来た。
シャルルからはミズキたちからのヒアリング結果、ペシュからはクロイビガー聖教法国への対応について皇帝陛下と父上からの方針相談の結果が戻ってきたみたい。
御者席のドアを閉めて、ファッシュ分寮の広間に戻る。
ではまずシャルルから。
「どうやらミズキたちは、法国で魔力搾取のために生贄になっていた人物の具体的な状況や現場に居合わせたわけではないようです。ただ、彼らを奴隷のように扱っていた人物……僧兵らしいですが、彼らが話していたのを聞いただけだと。それによると、生贄は異世界召喚勇者以下の扱いをされていそうだと感じたそうです」
まあ異世界召喚勇者を奴隷のように扱っていた時点で倫理観はお察しレベルなのはわかっていたが。
異世界召喚勇者以下の扱いをされている存在があったかもしれないってこと?
奴隷以下ってなに? モノ? 道具? 消耗品?
俺の想像力じゃこれくらいが限度だ。ヒトをヒトと思わないなんて想像したくないし本当は知りたくもない……けど知らなきゃ。
「異世界召喚勇者もひどいあつかいをうけてたのに、それ以下ってどんな」
「そうですね……素材、と言ってたそうです」
ウッ。
マジで心えぐられる。
あームカムカしてきた! パリパリしちゃう!
「……ペシュ、抱っこを所望します!」
「はいはい」
抱き上げられてギュッとされて森の香りを胸いっぱいに吸いこめば、ちょっと落ち着く。
「はーーーーーーッ」
「……ケイトリヒ様、よろしければ私もギュッと」
「いや、シャルルはいい。ペシュ、じゃあ父上と皇帝陛下はなんて?」
次はペシュのターン。
シャルルが全然かわいくない顔でブーたれてる。
「もしも人身売買組織三又蠍との関連が証拠付けられた場合、共和国に配慮する必要もなく即座に制裁として滅ぼしても構わないと仰っておりました。聖教本部からもその点は問題ないと回答を得たそうです」
クロイビガー聖教法国はいちおう聖教を掲げる国なので、共和国との関係にも配慮しなきゃだめだったんだね。
そゆとこ俺、ぬけがち。でも子どもだしいいよね?
「なんかやっぱり冒険者修行の旅というより帝国の剣として出征してるきがする……」
「気のせいですよ。ワイバーンの捕獲依頼も達成したではありませんか」
ついでにワイバーンの部下っぽいひとも手に入れたけどねー。
「そうだ、青いワイバーンが温厚で知的なら、帝国で仕事してもらえないかな」
「……トリューに代わる移動手段ですか?」
「そうそう。だってやっぱりトリューはどうやっても値段が高いし」
「ワイバーンを養うとなるとそれ以上に割高になると思いますよ」
「でもかっこいいじゃん?」
「トリューもかっこいいですよ」
「それよりもトリューを輸出できないドラッケリュッヘン大陸での仕事としてはどうですか? これからケイトリヒ様が掌握すれば、交通網の整備は最優先事項になります」
たし蟹!!
「カニ!!」
「……かに?」
「ではテイマー組合に打診してみましょう。ドラッケリュッヘンで温厚なワイバーン種を発見したということにして、その調教と交通手段としての発展に貢献したいものを募集するのです」
シャルルはいちいち俺の無意味発言にも反応してくれるけど、ペシュはスルー。
手慣れてる。
「あ、そのてんも父上と皇帝陛下に」
「先んじて話は伝えておきました。これまでと同じ赤いワイバーンであれば討伐推奨種なので法案改定は難しかったでしょうが、青いワイバーンは別種として扱えば比較的帝国への飛来許可も通りやすいかと」
さすペシュ。ぬかりない。
ふむふむしている俺を見て、なぜかシャルルがまたかわいくない顔でブーたれてる。
なんぞ。
「……あっ、ケイトリヒ様! そうでした、ミズキたちが『海苔』のおにぎりを食べたらしく、最大限の感謝をお伝えしたいと申しておりました。いつも反抗的なイツロウまでおにぎりに夢中とは……やはり異世界の食べ物の再現には価値がありますね!」
シャルルが思い出したように言う。それ嬉しい報告!
「ほんと!? やっぱりおにぎりには海苔だよねー! うんうん、ゴマとか青菜も美味しいんだけどやっぱ海苔だよねー!」
「そうでした。海苔といえば、ラウプフォーゲル領の西部地域に条件に合いそうな海藻があるかもしれないと。ただ、これまで現地でも食用の習慣がない海藻のためレオに直接確認してもらわなければなりません」
「えっ! ラウプフォーゲルで海苔ができるかも!? さっそくレオに言おう! きっとすぐ出張したいっていうよ!」
ペシュティーノが室内にいたピピンに目配せすると、頷いて出ていった。
「ああ……これは余談ですが、フォーゲル商会から御館様と皇帝陛下にトランプを献上したところ、大絶賛でした。どちらもポーカーとブラックジャックをいたく気に入られたようです」
「父上も皇帝陛下も、ぎゃんぶらーだなあ」
「売り込みをしたのがカサンドラですので」
カサンドラは鳥の巣街にカジノ計画を持つホテル事業部長だ。
そりゃあギャンブルゲームよりのプレゼンになるだろうね。
なんかシャルルがぐぬぬ、って顔してる。どうした?
「わ……私もペシュティーノのように主から構われたいです!」
「え」
急にシャルルがスネちらかしてる。どうした?
というかいまのやり取りの中で、ペシュティーノとシャルルで差をつけた部分なんてないんですけど?
「どのてん?」
「主は私にだけ冷たくないですか!」
「だってシャルルたまに僕に報告せずに独断でいろいろやるじゃん」
「それはペシュティーノだって同じですよね! そういうこともありますよ!」
「ペシュは信頼してるからいーの。僕まだシャルル信頼してないもん」
「うグッ」
「あとペシュと比較するのムリない? 残念だけど生まれたときからお世話になってるペシュ以上に誰かを信用するって無いとおもう。負けずとも劣らない、ってレベルのヒトが出てくるとしたらあと10年は時間がかかる」
「む……10年ですか? そうですか……」
なんかアッサリ引いた。
10年と言えば「長い!」と言われるかと思ったけど、ハイエルフにとっての10年なんて大した事ないんだろう。
正直、10年たってもシャルルがペシュに並ぶとは到底思えないけどね。
「くだらないことで対抗心など持たず、誠心誠意努めればよいだけです」
ペシュティーノが呆れたようにシャルルを睥睨して俺を抱き上げる。
「ペシュティーノ、そうやって主を独占する! 私が主の関心を引くためにどれだけ砕身しているか知らぬわけではないでしょうに!」
「シャルル殿の努力は少々方向が間違っているかと」
そうそう……って頷いたらすごい勢いでシャルルが俺を見てる。
「え、そうなのですか?」
「シャルルはねえ、ちょっと精霊たちに僕のあつかいかたを習うといいよ。それかパトリック?」
パトリックも最初から俺のことスキスキオーラ全開だったけど、最近はいい感じに落ち着いてる。ウザ絡みしてこないから俺からも行きやすいし、ファッションセンスと芸術系の知識については全面的に信頼している。
まあ、パトリックについてはその地位に満足しているというのがあるかもしれないね。
「シャルルも部分的には信頼してるよ? 政治的なとことか、中央との調整とか……」
「その部分的な信頼と、肉体的接触を許すかどうかは別ということですか?」
「え、にくたいてき接触ってなに、言い方キモい」
「要は抱っこでしょう」
ペシュティーノがフォローしてくれなかったら好感度100→0レベルで引いてたぞ。
言い方かんがえて? そゆとこやぞ?
「む、難しいッ……!」
シャルルはものすごく悔しそうにしながらスゴスゴと去っていった。
なんかかわいそう。
でもペシュティーノと張り合うのはちょっとね。無謀というか。
「あ、気になったんだけど……ペシュ、エルフたちとは喋った?」
「いいえ、個別には特に話はしておりませんが」
「そう……」
「何か私との関係で気になることが?」
「いや、気のせいかもしれないから今はいいや。エルフの里に行けばわかるでしょ」
「そうですか? ……2日の間、何をしましょうか。風景を見るだけではつまらないでしょう。ミェスとバルドルを連れて素材採取でもしますか?」
「あっそれいい! 別に急ぐ必要はないもんね? シラユキのストレス解消がおわったらちょっとゆっくりめに走ってもらって、なんか素材さがそ!」
ペシュティーノの抱っこから降りてぽてぽてとまた御者席のドアに向かうと、スタンリーがちょうどドアを開けてこちらに入ってきたところだった。
「ケイトリヒ様、今は外に出ないほうがいいです」
「どしたの」
「オオトビムカデの群れが」
「んひ」
もうその単語聞いただけでススス、とペシュティーノの脚に隠れる。
「何やら貴重な薬の材料になるそうでミェスさんとバルドルさんが乱獲してます」
「ひぎいいい」
「帝国のトビムカデとは違うのでしょうかね」
「3倍ほど大きいですよ。あと赤いです」
「うぇあぁぁん」
すっごいげんなりしちゃう。
でも俺が屋根にいるときじゃなくてよかった!
「ミェスさんからおみやげ? というか宿題が」
「な、なに!?」
「虫ではありませんよ。こちらの……」
スタンリーが後ろからでっかいバスケットを取り出す。中には花や植物、何かの実などがこんもりと乗っかっている。
「しょくぶつ?」
「ケイトリヒ様がお休み中にミェスさんが採取した植物系素材だそうです。危険な毒のない、食べられそうなものばかりなのでレオさんと研究してはどうかと」
バスケットの中の植物にはヒモで簡単なタグがついている。
「汁に微弱の刺激毒性あり……こっちはタネに注意、こっちは……え、根が動く? なるほど、食べられる種の調査ね! おもしろそう! タグについてるこの数字は?」
「採取した地点の座標?と仰ってました。もし有益な植物であれば、またそこに取りに戻れますね」
楽しそう! よし、今日はレオと植物研究だ!
レオは俺の提案をウキウキで快諾してくれた。
今、俺の自室では防水加工された分厚い麻のシートの上にたくさんの野菜や果物らしき植物が並んでいる。
「いやあ、高まりますねえぇ! あっ、これはゴボウに似てますね? こっちはちょっと行者にんにくっぽいかも? この葉はミント!?」
俺が研究するつもりだったけど、レオは見ただけでパッと地球での近縁種を挙げていく。
……こ、これは俺が入るスキがなさそうだ。
俺、なにすればいい?
「ぎょうじゃにんにく?ってなに? おいしい?」
「ほら、ニオイを嗅いでみてください。にんにくっぽいでしょ? ニラにも近いですが、葉野菜として肉料理に合うんですよ。葉の汁に微弱の毒性……うん、これは多分にんにくに含まれるアリシンが毒性として反応してるだけみたいですね」
「毒なの?」
「体に良いと言われているものでも食べすぎると毒になることがあるでしょう? それを微弱な毒性として魔法で感知してるみたいですね。便利だなあ」
いやこの世界ではそう感知したら普通食べないんだけどね。
でもだからこそ食のレパートリーが少ないのかも知れない。
「ちょっとならおいしいんだよね」
「そうです、なんでも加減が大事ですよ。普通に毒性があるものでも加工次第で無毒化できますからね」
レオがウンウンと唸っているのを見ながら雑談するだけの会になってしまった。
俺の研究よ、どこに。