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第2部_3章_171話_冒険者ケイトリヒ 3

後半に若干の残酷表現が出てきます。

苦手な方はご注意下さい。

 「我らはこの大陸で最大の集落を築くエルフの一族。もう一度言う。我らの御子にお目通りを願いたい」


……エルフエルフしたエルフの10人からは別にイヤなカンジとかは全然しないんだけど、すっごく……。


社会性に乏しいですね!? というかミョーに偉そう?

これ側近と眷属がキレるやつ!


「こっちももう一度だけ言ってやるよ。王子の生まれたラウプフォーゲルではな、礼儀を知らねえヤツは1度は許す。だが教えても実践しないヤツには鉄拳制裁だ。今度は間違えるなよ、『誰に』お目通り願ってるって?」


ジュンがものっすごい凄んでる。ものっすごい圧かけてる!

だって背後の酒場の冒険者たちが完全に縮こまってるもんね!


エルフたちも平静を装ってるけど、ジュンの全力の圧に勝てるのか!?

勝てないようだ! 何人か口元をヒクヒクさせて完全に腰が引けている!

さあどうするエルフたち!


「……」


一団の長っぽいロングヘア男性は一瞬目を泳がせた。

……これ多分本当にわかってないんだと思う。


「ジュン、それくらいにして。たぶん、このヒトたち人間の礼儀を知らないんだと思う」


「王子よお、知らねえなら知らねえなりの態度ってもんがあるだろ? コイツら、自分の常識がさも唯一無二の正道かのように話しやがる。一度痛い目をみてもらわないとわかり合えないかもなあ?」


ジュンはクイ、と顎を上げると、すでに柄にかけていた手をゆっくり握り直す。

それだけでもうエルフたちには限界が来たみたいだ。


「し、失礼した! 御子の仰るとおり、我々は人間との交流に乏しい。礼儀と言われても先ほどの発言についてどこが気に障ったのか見当もつかないのだ!」


一団の長のすぐ後ろにいたクセ毛の男性が、慌てて長をかばうように前に出る。


「そうか。なら仕方ねえな、教えてやるよ」


ジュンはどす黒い威圧のオーラを引っ込めたのか、酒場の冒険者からもエルフの一団からも「はあ……」と息を吐く声が響いた。

ジュンの威圧ハンパないんだねえ。俺にも出せるっぽいけど、結構本気で怒ったときじゃないと出ないんだよなー。


「ウチの王子の正式な名称は『ラウプフォーゲル公爵令息、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ』だ。まあ長いから『ケイトリヒ殿下』でいい。もっと正式な呼称もあるが、接点もねえヤツが呼ぶなら最低限これくらいは知っとけ。どっかの御子でもなけりゃ、お前らのモンでもねえ」


最後の言葉になんか殺気がこもってたっぽい。

一団の長らしき男性が思わず後ずさった。


「ほお……エルフに効くほどの威圧なんて、すごい使い手だな。闘技場で腕試ししてもらえねえかなあ?」


背後でオラクル・ベンベことセヴェリが顎をさすりながら感心してる。

のんきだな。


「……承知した。知らぬこととはいえ失礼したことは詫びよう。こちらからも申し上げたいことが1点。我々は、聖教ではない。旧い時代では浅からぬ接点もあったが、今は断絶している」


あ、さっきジュンが「聖教では礼儀教えてないんか〜云々」言ってた件ね。

っていうか見るからに聖職者っぽいけど、違うんだ。


「オメーらの名乗りが不十分だから見た感じでそう呼んだだけだよ。で、エルフが()()()王子様に何の用だよ。会わせるかどうかは、それを聞いて決める」


今まで会ったエルフのヒトは基本的に俺にデレデレなので実感してなかったけど、一般的にはヒトを見下した感じのイヤなヤツ、って認識らしい。

俺が端的な例外なだけで。


その話がよく分かる邂逅(かいこう)だった。


だって冒険者のヒトたちもエルフの一団を見て微妙に関わりたくない雰囲気出してたし、エルフのほうも道端の犬のフンでも見るような目で冒険者たちを見ている。


でも、ジュンにここまで威圧されるというのは想定外だったんだろう。

一団のエルフは全員がちょっとオロオロしてる感じ。


「では用向きを言おう。だが、エルフの里の内情に関わる話。場所を変えたい」

「おい、いい加減チョーシに乗ってるの気づけよ? 王子を手前都合で勝手に足止めした上に移動させようだと? こっちはお疲れの王子を寝所へ案内する途中だったんだ。根本的に伝わってねえな、お前らは頼む立場だろうがよ!」


ジュンの言葉尻の怒気がどんどん強くなるにつれて、エルフの一団は苦しそうに胸を押さえたり肩をすくめたり顔を歪めたりしている。なんかここまでくると可哀想。


「ジュン、いいから。遮音結界張るから、そこで聞いて」


もぞもぞと取り出した虹色の杖を、「僕がやるよ」といってジオールが制す。

ジオールが手をかざすと、ジュンと長髪のエルフの2人がドーム状の結界に包まれた。


そ、その2人で大丈夫?

さっきのお詫びしてきたヒトいれたほうがいいんじゃない?

ジュン、いきなり斬ったりしないでね……。


遮音結界のせいでなんにも聞こえない2人の会話をちょっとハラハラして見守っていると、頑として強硬姿勢を貫いていたジュンが動いた。


腕を組んで、考え込むような姿勢。

ジュンは野性的だけどガノやペシュティーノとは違ったジャンルで頭が良い。

よく「バカだからわかんねー」と自分で言うけど、これは他人の説明を黙って聞くのが苦手なだけでちゃんと聞けば必ず理解する。


そして、政治は苦手とも言いながらこと俺の立場や身の危険となるとガノやペシュティーノ以上に鼻が効くこともしばしば。

意地悪でガサツだけど護衛騎士としては本当に頼りになるんだよね。


そのジュンが考え込んでいるのなら、エルフたちの申し出は俺にとって一考の価値があるものなんだろう。


そう思っていると、案の定ジュンが俺を見ながら遮音結界を出て、階段をぎっちりガードしているオリンピオの横をすり抜けて、ペシュティーノの足にまとわりついている俺のところへ。


ジオールが気を利かせて俺とジュンの上半身を包む球体の遮音結界を張ってくれた。

ペシュティーノの足も入ってるけど。


「王子、アイツら、どうやらドラッケリュッヘンの聖教と対立してるらしい。異世界召喚勇者が脱出してきたあの聖教法国とかいう国がエルフの里を弾圧してるんだと」

「そうなの? エルフは聖教とわりと親和性があると思ってたけど」


「……異世界召喚のための『魔力供給』として、生来魔力が高いエルフは適材なんだと」

「え」


ミズキだったか誰だったかは忘れたが、確かに「毎年『生贄』を捧げて異世界召喚を続けている」と言っていた。


「それと、彼らはルナ・パンテーラとともに森で過ごす一族らしい。どうやら風の噂で王子がソイツらを保護したっていう話を聞いたようだ」

「……その2つが同列で出てくるってことは、もしかして」


「ああ。アイツらはあくまで別件として語ってたが、俺の考えじゃあ帝国でも名を知られている三又蠍(みまたさそり)と聖教法国は、つながってる可能性が高い」


スタンリーを奴隷、そして人体実験の素材として扱った悪逆非道の組織。

たくさんの子どもを犠牲にし、また女性を売り買いし、健康な男性を連れ去って労力として隷属させる人身売買組織。


パチン。


「王子、落ち着け。パリパリが出てっぞ」


俺の怒気は威圧という形ではなく、どういうわけか静電気みたいな雷で出るらしい。

怒りの対象が目の前にいればまたちがうのかもしれないけど。


「ちゃんと話をききたい」

「……わかった。場所はどうする?」


「魔導学院につれていく」

「わかった」


ジュンはそれだけ確認すると、俺のうなじに手を回してもみもみと揉んできた。

……想像以上に怒ってたみたい。そうされて初めて、肩が強張っていたことに気がつく。


ジュンは俺にニコリと笑いかけると、ペシュティーノやガノに俺の決定を伝えていく。


はあ、本当に顔だけはカッコイイし、気遣いをしてくれるときはほんと優しいんだ。

こういうのがギャップもえっていうのかな?

普段はブーブーおならしてるくせにさ。


「では、案内しましょう。この者についていってください」


ペシュティーノがエルフの一団に向かって言うと、彼らは大人しくジュンについていく。

一団が組合(ギルド)を出ていくと、キリキリしていた酒場の空気がフワッと緩んだのが俺にもわかった。


「ふう……あの高圧的なエルフと対等どころか更に上からやりあうなんて、やっぱ帝国の公爵家って護衛まですげえんだな」

「いやあ、あの威圧はヤベえって。並の魔獣ならあれだけで尻尾巻いて逃げる」

「それもそうだけどよ、遮音結界ってスクロール使わなくてもあんなキレイに張れるもんなんだな? 練習しようかな……」


「王子」


音選(トーンズィーヴ)で聞き耳をたてていると、背後からオラクルが声をかけてくる。


「不躾な願いであることは承知の上で頼みたいんだが……彼らとの会話に、私も同席させてもらいたい。それを叶えるには、どうすればいいだろうか?」


オラクルは、どうやらハイエルフのセヴェリとして彼らを気にかけているようだ。


「あとからかいつまんで教えてあげる、じゃイヤなの?」

「……できれば」


「じゃあそれはシャルルと話してくれるかな」

「あいわかった」


セヴェリはそれだけ言うと、足早に組合(ギルド)から出ていった。

やっぱり、ハイエルフは独自の連絡ネットワークがあるっぽい。


思いがけないところで人身売買組織の話を聞いて、少しボンヤリしていると長い指が俺の髪をすいた。


「ケイトリヒ様、我々はどうしましょう」

「あっそうね。城馬車(ホッホブルク)にもどろ」


ペシュティーノの膝あたりに頭をぐりぐりこすりつけながら言うと、おもむろに抱っこされた。


「スタンリーはいつもどる?」

「ラウプフォーゲルから派遣された文官がいい仕事をしているようなので、もう2、3日すれば戻りましょう。しばらくはアイスラーには代王を立てるそうですよ」


ペシュティーノはちょっとわざとらしく声を張って言う。

案の定、冒険者組合(ギルド)の酒場にいた男たちが反応した。


「アイスラーに代王? まさか、あの暴君バルウィンが堕ちたのか!?」

「ウソだろ。ちょっ、お前くわしく聞いてこいよ」

「なな、なんで俺だよ! 嫌だよコエーもん! 礼儀とか知らねーし!」

「お前が一番マシなんだって、貴族も相手にしてるだろ!」

「アイスラーが代替わりしたとなると、俺達の仕事も変わってくるぞ」


あ、そうか。

ドラッケリュッヘンの冒険者が仕事を求めてアイスラー……もといガードナー自治区に流れ込めば、あっちも助かるかも。

それに、政権の方針がこれまでと180度かわって混乱しそうなアイスラーに欲しいのは、武力の本来のあり方や秩序、そして社会性の見本としての冒険者組合(ギルド)

「力あるものが立場を得る」という意味では、これまでのアイスラーと思考が近いので冒険者組合(ギルド)から習うほうがわかりやすいと思うんだ。


まあつまり冒険者組合(ギルド)の、アイスラーへの協力は俺としても是が非でも欲しい。


「知りたいならおしえてあげるよ!」


俺が叫ぶと、モニョモニョしてた冒険者たちが一瞬目を丸くさせて、顔を見合わせる。


「ええっと、あの、俺たちぁ礼儀がちょっとアレなんですが」


「彼らに対しては無礼を諌めるため強く出ましたが、情報を求めるだけの者に適切な礼儀を期待しておりません。ケイトリヒ様は慈悲深く寛大なお人柄でいらっしゃいますから」


ペシュティーノが無表情で俺アゲな説明をすると、冒険者たちはホッとしたようだ。


それから彼らの質問に応えるように、アイスラー公国の現状を説明した。

俺、つまり帝国の公爵子息、その側近であるスタンリーが王になり、その実権は帝国が掌握するものになったこと。

これからは暴力だけでのしあがるような思想は悪として断罪されること。

そして帝国の冒険者組合(ギルド)が大掛かりな新拠点を建設予定であること。


最後の情報については、冒険者たちが明らかに歓喜したのがわかった。


いいねいいね、野心を持ってアイスラーに向かって欲しいよ!

あ、アイスラーじゃなくて正式名称は帝国ガードナー自治領ね!

それもちゃんと言っとかないと!


ひとしきり宣伝を終えると、ペシュに抱っこされたまま城馬車(ホッホブルク)へ。

……抱っこはもう卒業ってゆってなかったっけ?

まあいっか、楽だし。

人身売買組織の話になると俺がションボリするのがバレてるんだろう。


城馬車(ホッホブルク)の魔法のドアをくぐると、そこは見慣れた魔導学院のファッシュ分寮。

抱っこから降ろされて、ペシュティーノは何か報告があるとかで別の部屋へ消えた。


旅の気分をまるっとおウチ気分に変えてくれるテンションサゲな場所だと思ってたけど、10人ものエルフを秘密裏に受け入れる場所としては理想だ。

そしてエルフの一団のそばには、いつの間にかシャルルがいてセヴェリもいる。

どうやらシャルルオッケー出たみたい。


「主、良いご判断にございました。ここであれば敵に気取られることもありませんし、情報が漏れることもないでしょう」


「敵ってだれのこと? 法国?」


俺が言うと、シャルルもセヴェリもちょっと身を硬くした。

ミズキたち異世界召喚勇者から聞いた話によれば、法国は腐敗こそしてるっぽいけど、俺の敵にはなり得ないと思っていた。

ただの腐敗国家なら、敵というより障害だ。


でもシャルルが明言したってことは……。


「先に話を聞いてわかったことがあるなら報告して」


シャルルはあえて促さないとうやむやにして報告しないことがあるので、割と本気でエラソーに言うとエルフたちがギョッとした。なにさー。


「主……その、この件はわたくしの預かりとさせてもらえないでしょうか?」

「だめ」


「どうしてもですか?」

「だめ、報告して」


彼らがすむエルフの里は、ドラッケリュッヘンで最大だと言っていた。

その彼らが俺にコンタクトを取ってきたのだから、俺が何も知らないままいるわけには行かない。

それに、ドラッケリュッヘンを手中に収めたあかつきにはエルフたちのコミュニティはきっと無法者の人間国家よりも役立つと思うんだ。多分だけど。


まだまだぽっこりしているお腹をむむん、と突き出してエラソーに胸を張ると、ションボリしていたシャルルがムフフ、と笑った。なにさ!


「主……ああ、ペシュティーノの気持ちがよくわかります。この愛らしい主には汚い話を聞かせることなく、花と蝶に囲まれた生活をしてもらいたいと願ってしまう」


(シュメッターリング)がちかづいたら爆破する」

「そうでした」


シャルルはとろけていた顔をスンとさせて大きなため息をつくと、渋々と話してくれた。



「クロイビガー聖教法国の中枢に、ハイエルフが? 知り合いなの?」


「……いえ、確定ではありません。まだ、疑いがあるという段階でございまして」

「精霊にきょうりょくさせたほうがいい?」


「それはできません。我々ハイエルフは人間やエルフと違い、精霊の存在を確実に感知できます。最悪の場合は精霊様が捕虜となってしまう可能性もあります。……逆に言えば、精霊様に法国を探らせる前にこの情報を得られたことは幸運だったと言えるでしょう」


シャルルがいつになく真剣な顔で俺の前に跪き、手を取る。


「主。同族の協力を要請してもよろしいでしょうか? 密偵に長けた者がおりますゆえ、その者に聖教法国を探らせたく」

「そのヒトは、以前僕の配下になった11人とは違うの」


「はい、あれは社会的な所属を一切絶った執行者(アンクィジター)。もしも神候補が世界を崩壊へと導く悪に染まった際には、神候補をも手にかけることが許される唯一のハイエルフです」


「僕の敵になり得るってこと!?」

「はっはっは! さすがにその心配は御無用かと!」


いきなり大声で笑われてけっこうビックリした。

でも神を殺せるヒトなんだよね!?


「神になってしまったらさすがに執行者(アンクィジター)でも手を出すことはできません。彼の権能が有効なのは、神候補の段階ですよ」


セヴェリが補足してくれるけど、全然安心できませんが? 俺、いま神候補だよね?

不満げにシャルルとセヴェリから顔を背けると、部屋の中で壁か?というくらい気配を消しているエルフが10人。すっかり忘れてた。


俺と目があったロングヘアの男性エルフが、おもむろに大きく頭を下げて跪いた。


「先ほどは大変な失礼をしてしまいました、どうかお許しください。まさかハイエルフ様が主と仰ぐお方とは露ほども感じ取れず……不徳のいたすところにございます」


そういえば純粋な?エルフって初めて?かも?

いや、フランツィスカが紹介してくれてレーヌさんくらいかな?

あのヒトはフランツィスカ補正が入ってるからまあ最初から好意的ではあったけど、なんのツテもなく出会うエルフは彼らが初めてだ。


思ったより人間に近い反応。

いきなりウットリしたりしないし、スキスキもしてこない。

ミェスはハーフエルフなんだっけ? パトリックは普通に人間だし。

俺にいきなり陶酔してくるの、もしかして種族関係ないんか?

ハイエルフは別として。


「エルフはハイエルフとつながりがあるの?」


「も、もちろんにございます! 我々エルフにとってハイエルフの方々は雲の上におわす天上人のような存在。神にも近いその存在は、エルフの信仰対象と言っても過言ではありません」


「そ……そうなの」


チラリとシャルルとセヴェリを見ると、2人とも俺の視線に気づいてニコリと微笑む。

え〜、このヒトたちがてんじょうびと〜?


「ドラッケリュッヘンではそうみたいですね。帝国のエルフたちはさほどハイエルフを崇めるようなことはありませんよ。なんとなーく遠い親戚のような、やんわりした親近感はあるようですが」


帝国ってそんなとこもユルユルなの? エルフも?


「そうなのですか……!?」


ロン毛エルフ兄さんがシンジラレナイとでも言うように驚いている。

エルフでもいろいろ文化が違うんだねー。


「ところでキミたち名前は?」


俺が何気なくたずねると、エルフたちは顔を青ざめさせて全員跪いて平伏した。

なにごと!?


「か、かさねがさね申し訳ありません! 私はドラッケリュッヘン大陸の中央南に位置するエルフの隠れ里『|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》』の外交代表、グウェナエル・ルカミエと申します」


「同じく、私はオーブリー・マルロー」


あんま融通きかなそうなロングヘアの男性がグウェナエル、さっき空気読みスキル発揮した癖っ毛の男性がオーブリーね。あとのヒトはふんわり。覚えた。


「それで……聖教とは対立……しているそうだけど」


「……はい。現状、我々が瀕している危機について説明させて頂きたく存じます」


話し始めたのはオーブリーのほうだ。


彼らの住む集落は|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》と呼ばれ、他種族とは交流はなく、その場所さえ秘匿されている隠れ里。

しかし古くから聖教の人間たちははエルフを精霊と対話できる「神の使い」とあがめ、良好な関係を保っていたため交流があった。


しかし近年……といってもエルフの「近年」なのでちょっと時間感覚があやしいけど、とにかく「クロイビガー聖教法国」という国名が定められた頃あたりから様子が変わってきたそうだ。


それたぶん200年くらい前だよね……?


ともかく法国はエルフに対し態度を硬化させ、交流は減り、そしていつからか|セーブル・ド・サフィール《サファイアの砂》付近ではエルフの失踪が相次いだ。


「100年もの間、実に200人近いエルフが失踪しているにも関わらず長老たちは調査にも動かず消えていく同胞たちを『裏切り者』と(なじ)るばかりでした。しかし我々が調査したところ、その背景に法国が存在する可能性があるとわかり……」


パチン!


大きな音がして、オーブリーの説明が止まる。


パリパリするから怒りを抑えないと、と思ってもなかなか抑えられない。

たじろいでいるエルフたちを見て、努めて冷静に深呼吸。


「ケイトリヒ様のお怒りはごもっともですが、少し抑えましょうね」


蜘蛛のような長い指と嗅ぎ慣れた深い森のような香り。

後ろからふわりと抱き上げられると、スーッと怒りが収まってきた。


「……ぺしゅ」

「さあ、落ち着きましたか? 説明を続けてもらいましょう」


俺のこめかみにチュッチュとキスして、ぽっこりお腹に回された手で優しく撫でられると怒りに強張っていた身体がふう、とゆるんだのが自分でわかった。


「しつれい。つづけてくれる?」

「は……はい」


エルフは全員、ペシュティーノに奇妙な視線を向けている。

そこはまあそっとしておこう。


「法国は、どうしてエルフを連れ去るの?」

「まだ確証は掴めておりませんが、おそらく異世界召喚の儀式に使われていると考えられています。エルフはヒトよりもずっと魔力が多いですから」


オーブリーは淡々と答える。

おそらく彼らは、儀式に魔力供給を強制させられていると予想しているんだろう。


だが、ミズキたちは明らかに「生贄」といった。

生きたまま魔力供給を強制させられているのなら、そのほうがまだいい。

エルフは長命だし、人間に比べれば頑丈ともいえる。

いやラウプフォーゲル人も相当に頑丈だけど。

誘拐がはじまったのが200年前だとしても、エルフの寿命だけで考えれば全員生きていると考えてもおかしくない。


でも……。


「つまりキミたちは、同胞を連れ戻したいと考えているんだね?」

「はい、もちろんです。連れ去られた者たちが、魔力供給を強制されていただけで無事であれば、その後話し合いで聖教との関係を改善してもいいと考えております。強硬手段を取るくらいならば対話してくれればよかったのに、とは思いますが……当時は関係が悪化していましたから……」


「死んでたら?」

「はい?」


「……無事じゃなかったら、どうする?」

「まさか……彼らは、曲がりなりにも聖教徒。エルフに対しそこまで残酷には……」


オーブリーはそう返事しながら、俺の顔を見てみるみる表情を曇らせた。


「なにか、聖教法国について我々の知らない情報をお持ちなのですか?」


グウェナエルが口を挟んでくる。


「まだ、確証がないんだ。でも、最悪の想像はしておいてもらいたい」

「……」

「……」


オーブリーとグウェナエルは言葉も出ないほどショックを受けた顔をしていた。


また体中からパリパリが生まれる気配。

お腹を包み込む大きな手をギュッと抱きしめると、それに応えるように頭にキスが降ってきた。ふーーーーー。落ち着け、落ち着け。


「シャルル、その諜報員の調査結果が出るにはどれくらいかかる?」

「帝国とドラッケリュッヘンをつなぐ転移魔法陣を使わせていただければ……そうですね、長く見ても1ヶ月ほどでしょうか」


やっぱり時間がかかるか。


「その前にもういちど、ミズキたちに聞き取りをしてみようか」

「そうですね。アルベールに連絡をしてみましょう」


ミズキたちは現在、シャルルの後釜に座った魔術省副大臣アルベール・ルドンのもとで職業訓練中だ。帝国の異世界召喚勇者同様に、適材適所、本人たちの希望に沿う形で将来のライフプランを組み直している。

軍への入隊を希望した者もいれば、普通の生活を望んだ者もいる。


だが全員、貴重な「クロイビガー聖教法国からの脱出者」でもある。

ミョンジェやオビ、そしてアオイの状況を思い出すと、連れ去られたエルフたちがどう扱われたのか想像に(かた)くないが、想像は想像でしかない。確証が必要だ。


「出た結果によっては、聖教法国はほろぼすしかないかもしれない」


俺が言うと、シャルルもセヴェリも重々しく頷いた。

エルフたちは「は?」という顔でお互いに顔を見合わせている。


こんなちびっこに、帝国の剣ラウプフォーゲル公爵家の巨大な軍事力がついてるとは誰も思いませんよねー。まあわかる。


「聖教法国の件はいったん、保留だね。じゃあ次に、ルナ・パンテーラについて聞きたいんだけど」


オーブリーとグウェナエルは同胞の誘拐事件よりもずっと深刻そうな顔で頷いた。

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