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第2部_3章_170話_冒険者ケイトリヒ 2

「こんにちわー! ワイバーン捕まえてきました―」


昨日とはうってかわって穏やかな冒険者たちが楽しげに酒を飲みながら談笑している冒険者組合(ギルド)

俺がそう叫ぶと、ドッと笑いが起こった。

達成報告、と書かれたカウンターに手をかけてよいしょ、とよじ登ると、昨日のワイルドお姉さんが受付していた。受付の担当って、ローテーションなのかな。


「3頭捕まえてきちゃったけど、転移魔法陣で転移させてもいい?」


続いた俺の言葉に、冒険者たちがピタリと笑うのをやめる。

信じてなかったでしょー? まあ無理もないけどねー。

ちなみに俺作、ゴンブト失神ビームは効果が絶大すぎてペシュティーノから今後は絶対使用しないことという禁止を喰らいました。

ビーム外の半径2、30メートルにも微妙に作用しちゃって、魔導騎士隊(ミセリコルディア)が数人失神しちゃった。まじでごめんなさいでした。


「さ、3頭!? 転移魔法陣って……!」

「僕、魔法陣とくいだから!」


がっちりワイルドお姉さんは周囲の冒険者や隣りにいる同僚、それに俺の後ろのペシュティーノたちを何度も見回して疑わしげだったけど、腹を決めたみたいだ。


「う、裏の魔獣保管所で伺います」


運動場のような広場を横切って案内された先は、現代の飛行機の格納庫みたいな巨大な倉庫。大きく開いた扉の先では、数人の職員が書類を持って何かを数えたり中身を確認する姿が見える。

それと、動物園のような鳴き声。


「魔獣がいるの?」

「そうよ。新鮮な魔獣を欲しがる貴族や研究者は多い。……怖い?」


ワイルド姐さんが昨日と違って、俺のことを気にかけてる。

昨日はすごい気持ち悪いモノ見る目で見てきたクセになんで?


「んん、ぜんぜん。だってしょくいんのかたが普通にはたらいてるってことは安全なんでしょ?」

「……ええ、そうよ」


「おもしろそうだなと思っただけだよ」

「そう」


そっけないけど、オトナな俺にはわかる。

子どもには優しいひとなんだな。


「じゃあ、ここに1体出して欲しいんだけれど……どれくらい時間がかかるかしら」


「んー、2、3分? もう出していい?」

「えっ!? ち、ちょっと待ってちょうだい、転移魔法陣をここに展開するのなら刻印が必要でしょう? そんなに早く……もう設計されているってこと?」


「うん、魔法でパッと大きめに書き上げるだけだよ」

「パッと? 書き上げる?? ど、どういう……いえ、それどころじゃないわ、ちょっとだけ待っててちょうだい。こちらにも準備があるの」


「うんいいよ」


ワイルド姐さんことアイリさんは、風のように走り去ったかと思ったら職員や冒険者など10人ほどの屈強な男女を連れて戻ってきた。

飛ばないワイバーンはただのトカゲってジオールが言ってたような気がするんだけど、地元住民にとっては違うのかな? 魔導騎士隊(ミセリコルディア)限定のはなし?


「生きたワイバーンを転移魔法陣で3体移送するだぁ!? 捕獲だけでも信じらんねえってのに、転移魔法陣をそんな使い方するやつがあるか!」

「闘技場で使える、無傷のワイバーンってことですか? ありえない」

「ホントだったらベンベ闘技場でワイバーンと戦う見世物が出るってこと!? うわあ、最高じゃん、ホントだといいなあ!」


集まった職員や冒険者は口々に勝手におしゃべりしてる。

きょうみぶかい。


「……坊や、いつでもいいよ」


アイリさんが俺に向かって言う。


「坊やじゃないよ、ケイトリヒだよ」

「……悪かった、冒険者ケイトリヒ。ワイバーンの移送を許可する」


わかってるねー。

フンス、と一息ついたら元祖CADくんを取り出してあらかじめ設計しておいた転移魔法陣を、飛行機の格納庫のような広い建物の中のキレイにならされたセメントっぽい地面に刻印。


ブワッ、と広がった魔法陣とその一連の行動だけで集まった人たちが「おおっ」なんて歓声をあげるもんだから、俺もちょっと気分よくなっちゃう。


「ざひょうしてい確認……Nごーごーひとまる。転送しまーす」


座標名は実は適当だ。俺が名付けただけ。軍隊っぽくない?

こっちの軍にあてはまるかはわからないけど……。


魔法陣の模様に合わせて光が放たれると、ふわりと地面から魔法陣が浮いてその下に赤い鱗のワイバーンが現れた。


「うわっ……成体のオスのワイバーンだ! デカいぞ!」

「ね、寝てる……!?」

「どうやってこんな巨大な個体を……!」


万が一の時のための制圧要員……というより観衆になっちゃってる冒険者たちがワイバーンの羽根や尻尾をおそるおそるつつく。


「寝てるけど、起きても大丈夫だよ。額に麻痺の魔法陣をこくいんしてあるから、この魔石で解除しないかぎり安全」


俺がもそもそとポッケからビー玉のような魔石を取り出して見せると、アイリさんが深く頷いた。


「見事だ、冒険者ケイトリヒ。見事にワイバーンを捕獲しただけでなく、自力で輸送しさらに安全策を二重三重にも講じてあるのは素晴らしい。翼と脚にかけてある縄には脱力の魔法がかけられてるね?」


「わかるの!?」

「あれは捕獲の基本的な魔道具だ。高価だけど、貴族なら手配できる代物だ」


えっと、ミェスがそのへんの草を編んでその場で作ったんだけど、内緒にしとこう。


「急いで依頼主に達成報告の連絡をするから、組合(ギルド)の応接室で待っていてもらえるかな。それか時間がないようであれば次の来訪の時間を決めてもらいたい」

「まってる」


「助かる。ワイバーンが手に入ったと聞けばきっとすぐにでも駆けつけるはずだ」


その場にいた職員がアイリさんの指示で散り散りになると冒険者のひとりが俺たちを応接室に案内してくれた。冒険者もときどき組合(ギルド)の依頼で職員のような仕事を請け負うんだそうだ。


応接室にはちょいちょい見慣れないオブジェがある以外はフツーの作りだ。

部屋の雰囲気は高校の校長室がこんな感じだった気がする……。もっと狭かったけど。


ふわふわのソファには自分でよじ登って座る。こういうことができるようになったよ!

室内の少し離れた場所で、ペシュティーノはオリンピオと完全になんか別の話してる。


そばには……誰もいない!


俺、半径5メートルに誰もいないっていうの初めてかもしれない!


ドラッケリュッヘンではなんか独立心が湧き踊るね!!


「主」

「どわっ」


ウィオラの低音ボイスがすぐそばで聞こえてすっごいビックリした。


「闘技場のオーナーだという依頼主について少し調べてまいりました。どうやらハイエルフのようです」

「え、すごいネタバレじゃん!?」


「どういう扱いをすればいいか明確になるだろうと思いまして」

「どうすればいいの?」


「威厳をもって堂々と……わかりやすく申し上げますと、たいへんエラソーに振る舞えばよろしいかと存じます」

「たいへんわかりやすいけど微妙にイヤだな」


シャルルはそばにいない。

また父上か皇帝陛下のところに行ってるのかな。


「敵じゃないならまあ別に相談する必要ないか」

「ハイエルフが主の敵になることなどありえませんので、問題ありません」


ボケーッと待っていたら案の定いつの間にか寝てたけど、なんかバタバタ聞こえてきて目が覚めた。


「あんな術式ありえねえ、捕まえたのはどこのどいつ……」


ガシガシ頭をかき、喋りながら入ってきたヒトはラウプフォーゲルで見慣れたサイズのゴッツゴツの大男。無精髭とかはえてて、服は貴族みたいなのにパッツンパッツン。

そして、俺を見てフリーズした。


「……ウソだろ」


はい、捕まえたのはワタクシでございます。


むん、とお腹を突き出してふんぞり返って見せると、大男は後ろからついてきていた組合(ギルド)職員と側近らしきヒトをブルドーザーのように部屋の外へ押し出して扉を閉めた。


なんで?


「ウソだろ、次世代の神たる主が、こんなに、こんなに可愛らしいなんて!!」


「あそっち? ってかアナタがハイエルフのヒト?」

「うおおおお!! 主、主、主ィィ〜!!」


大男がにじり寄った瞬間、早かった。

ペシュティーノがサッと俺をすくい上げ、オリンピオが目の前に立ちはだかる。

大男はこれ以上近づくべきではないと判断したのだろう、その場に跪いておいおい泣きだした。は、ハイエルフってエルフとは違う存在なんだっけ? エルフってこう……みんなシュッとしてて男女の性差が少ないイメージだったんだけど。


「な……なのりをゆるす!」


精一杯エラソーに言うと、大男は突っ伏していた姿勢からバッと顔を上げた。

めっちゃ恍惚の表情。またヘンな信者が増えちゃった……神の威光ってめんどい。


「はい、私の名はセヴェリ。セヴェリ・クロネスト・ティッカネンと申します。今はオラクル・ベンベという名で闘技場を経営しておりますが、神の下僕たるハイエルフ。主がお望みでしたら闘技場の売上全てを献上いたします」

「いやおかねはいらない」


「では腕利きの闘剣士など!?」

「武力もじゅうぶん」


「お求めのものは全て差し上げます!」

「ええっと、じ、じゃあ情報がほしい!」


オラクル・ベンベことセヴェリはそこで首をかしげ、冷静になったのか考え込んだ。


「……なるほど、主はハイエルフとしての私ではなく、闘技場の主としての役割をお望みでいらっしゃるのですね」

「うん……? まあそうかも、セヴェリがハイエルフだって知ったのついさっきだし」


「……」


大男セヴェリはフッと真顔になり、観察するように俺を見つめる。


「主は……ただの子どもではいらっしゃらないご様子ですね。どこか魂が……不自然に成熟しています」

「あ、そういうこともわかるんだ。そう、僕なかみは成人男性だよ」


「なんと!?」


すっごい大げさに驚くセヴェリ。なるほど〜なんて頷いてる。

ハイエルフって精霊に近いとは言ってたけど、俺の情報は微妙に連携してないんだね。

名前を与えのとそうでないのの違い?

あ、もしかして。


「ねえセヴェリ、もし、もしもだよ? 僕がセヴェリに新しい名前をつけてあげる、って言ったらうれしい?」

「!!」


大男が口元を押さえて硬直した。


「わ……わたくしめに、そのような名誉を」

「もしものはなしだよ! シャルルがね、名付けをあまりにも簡単にするのが気に食わないみたいでさ、聞いてみただけ。すでに名前があるヒトに新たに名前をつけるってちょっとていこうあるし」


「主……シャルルというのは、使徒(アポートル)のことですね。なるほど、彼の苦心がいまよくわかります。名付けがさほど大きな意味を持たないとお考えとは……少し説明をしなければなりませんね……」


深刻そうな面持ちになったところで、タイムリミットのようだ。


「オラクルさん!?」


ドアを強引に押し開けた屈強な組合(ギルド)職員たちが、室内になだれ込んできた。

ワイルド姐さんアイリさんもいる。


「オラクルさん、困りますよ組合(ギルド)職員を介さず依頼主が冒険者と直接交渉されるなんて!! 何をなさってたのですか!」


「いやあ、悪りぃ悪りぃ! こんなに可愛いらしい子どもを見たのは初めてでよ、ちょっとおかしくなっちまったみてぇだ……いやあ、本当に可愛いなぁ」


セヴェリはオラクルとしてキャラ性を使い分けてる……のかな?

そういうの疲れない?


「一応確認ですが……冒険者ケイトリヒ。今回のワイバーン捕獲の依頼について、依頼主に不当な条件を持ちかけられたり、あるいはもとの依頼と違う条件を出されて飲むように強制されたりはしていませんね?」


「あ、うんだいじょぶです」


「こちらも一応ですが、依頼主オラクル殿。今回の依頼について……」

「あー、ねえねえ! マジでふにゃふにゃの俺を見せたくなかっただけなんだって!」


ふにゃふにゃ……?


「今回の依頼が完了したら個別のやり取りは問題ありませんが、それまではお控えください! いいですね!」


「わぁーかったって!」

「はあい」


「では調整に入りましょう。双方、おかけ下さい」


これが普通の段取りなんだ。

それから依頼内容の達成条件の確認と、引き渡しの細かな条件について色々詰めて依頼達成を承認。ほとんどの依頼主はこれらを組合(ギルド)に任せるのが普通らしいけど、セヴェリことオラクル・ベンベは闘技場の目玉となる魔獣を依頼した側。

達成確認に同席を条件としていたんだそうだ。


捕獲した魔獣があまりにも傷が多かったり弱ってたり瀕死だったりした場合は回復するのに時間と費用がかかるから、その分を査定するためらしい。まあわかる。


「まったくの無傷で健康体であるだけでなく、とても立派な成体のオスを3頭も捕獲してきてくださいましたので、オラクル殿からも報酬追加の申し出がございました。結果、今回の報酬総額は200万FR(フロー)。内訳は書面にあるとおり、双方、よろしいですね?」


「ええ、もちろん構いません!」

「うんいいよ」


もともとの40万FR(フロー)さえ価値観が怪しかったんだけど、200万FR(フロー)となるともっとわからん。ええっと、日本円に換算すると……。


「……この報酬金額は個人冒険者に対しては最高額となりますが、帝国の公爵令息ともなると大した額ではないのでしょうね」


日本円に換算すると、だいたい2億円くらい?


……たしかにすごい、けど。

トリュー・バインが1台で50万FR(フロー)で、アホみたいに売れてるからなあ。


「トリューが4台買えるね」

「そうだった! ラウプフォーゲル公爵令息といえば、話題のトリューだったな! でどうだい、売ってくれるかい!?」


オラクルが目をキラキラさせて聞いてくるけど、トリューはいまんとこ輸出禁止です。


「パパとこうていへーかが外国に売るのはまだダメって」

「ウッ……す、すごいところを出してきやがる」

「帝国の公爵閣下と皇帝が……ほ、ほんとうにこの子は帝国の寵児なんですね」


「お金はねー、あってもいいけど、自分で稼げるから、もらってもあんまり。だから、依頼書にあった特別報酬のほうがきになるんだけど、ある?」


「……こりゃあ、予定変更だ。俺のコレクションをくれてやろうと思ったが、金目のもの程度じゃこちらの王子様へは報酬にならんな」


オラクルのコレクションは、遺跡から発掘された魔道具だそう。

それはそれで興味深いものではあるけど、俺にはとんでもない遺跡の発掘物が2人ほどいる。まあクモミさんとヘビヨさんなんだけど。

彼女たちを魔道具と呼ぶかどうかの倫理的な問題はさておいて、彼女たちを超えるものは多分ないと思うんだ。


それに俺の「神としての権能」をもってすれば、魔道具はよくできたおもちゃではあるけどそれ以上の存在ではない。世界記憶(アカシック・レコード)に聞けば遺跡で見つかる遺物も機構といったロストテクノロジーさえ再現可能だからね。

ただその規格外の知識を、現代でどう活用するかが問題なんだ。


なんらか世の中に出したいものを考えたとき、オラクルとのつながりはいい隠れ蓑になるかもしれない。

夢物語すぎて諦めた飛空艇も、「ドラッケリュッヘンで高名な遺物収集家から買い上げた遺物を解析して作り上げた新型巨大トリューです!」とか言い訳できそうだし。


……そうだ。正直、社会的に「ずっと遺物や古代魔道具を収集してきたオラクル」という人物とのつながりこそが一番価値がある。


「ないならいいよ?」

「いいや! それじゃあ俺の腹の虫がおさまらねえ! そうだなあ、ダンジョンへの招待状はどうだ!?」


箱庭(ダンジョン)?」

「いいや、正真正銘、迷宮(ダンジョン)だ」


「えっ!! あるの!?」


「いけません!」

「承服できかねます!」

「はんたーい!」


ペシュティーノとオリンピオとジュンが同時に発言した。

ドラッケリュッヘンでは俺の好きなように判断させてくれるんじゃなかったの!


「僕の意思は!?」

「オラクル殿、ケイトリヒ様は箱庭(ダンジョン)としてしかその存在を学んでいらっしゃいません。説明の時間を戴きたいのですが構いませんね?」


ペシュティーノが圧つよめで押し切る。


以前、ペシュティーノは俺とレオに「ヒトが入る規模のダンジョンは存在しない」と言い切ったけれど。

世の中、作ればあるもんで。

まあ言い換えると、作ったものならあるってことだ。つまり誰かの制作品。


「オラクル卿の仰る迷宮(ダンジョン)はいわば等身大の生身の人間が中に入り、本来は観賞用ゲームとして行うような攻略を自身で行う娯楽施設。いわば魔法的な疑似体験です」


ペシュティーノは丁寧に説明してくれるけど、前世でそのへんはちゃんとわかってます。

疑似体験がモニターの中の映像の話かVRかの違いはあるけど、中身は同じ。


「そのような施設が、どれだけの魔力を巡らせて機能しているか想像できますか? そして今その迷宮(ダンジョン)の主はオラクル卿の管理のもとに供給されています」


オラクルいわく、その迷宮(ダンジョン)は古代遺跡と自然の竜穴、つまり魔力の噴出する穴を利用して維持されているんだそうだ。

帝国では魔力の源となる竜穴や魔石鉱脈は名だたる貴族に牛耳られてこんな娯楽施設に使われることなんて絶対ないから、ドラッケリュッヘンならではと言えるかもね。


「そこにケイトリヒ様が身をおいたことを想像してみて下さい。応用魔法工学の授業で、ダニエル卿やルキアが箱庭(ダンジョン)を作っていたでしょう? あの中に、ケイトリヒ様が入ることを想像して、どうなるか考えてみて下さい」


「ええっと……たぶん、僕の魔力に耐えられなくて、ダンジョンがこわれる」

「その可能性もありますね。応用魔法工学で作った箱庭(ダンジョン)は小さかったため、そう考えられるのも無理はありません。では、もし壊れずに維持された場合は?」


俺がダンジョンに入ったら……? うーん、普通にわからん。


「んー……? ダンジョンは、魔力で制御されてるから……あっ? もしかして、僕がダンジョンの持ち主になっちゃう!?」

「そうです! ケイトリヒ様はその圧倒的な魔力で、間違いなくダンジョンの支配権を書き換えて支配者(マスター)となってしまうでしょう。そうなるとどういう不都合が出るかわかりますか?」


ペシュティーノの説明では、いわばダニエルやルキアが設計した箱庭(ダンジョン)に俺が入る……つまり今回のオラクルが所持している迷宮(ダンジョン)に俺が入ることで強制的に支配権を奪うことになってしまう可能性が高いらしい。


そうなるとどうなるかというと、設計の意図も運用方法もわからない複雑な機構をポンと手渡されるようなもの、だとウィオラが補足してくる。


箱庭(ダンジョン)設計には制作者の思惑があり、意図があり、理由があってその形にしている。

だがそれをまったく知らない者の手に支配権が渡ってしまった場合。

設計の意図を全て知っていれば絶対に手を加えないであろう基礎部分に簡単にアクセスできてしまい、それを簡単に行ってしまう可能性がある。


そうするとどうなるか。


意図ある設計のもとに正常に作動していた箱庭(ダンジョン)は崩壊する。

崩壊するだけならまだいい。最悪なのは暴走することもあるってことだ。

これは、俺が学んだ箱庭(ダンジョン)であれば限られた空間内でしか作用しないことなので大した問題じゃないんだけど。


「オラクル卿の仰る迷宮(ダンジョン)は、広大な遺跡を基礎として、明確な区切りの存在しない非密閉型。万一そこで支配者(マスター)となったケイトリヒ様が間違った手の加え方をしてしまえば、それこそアンデッド大発生(トート・ヴィレ)に匹敵する魔獣の大発生や危険植物の大発生など想定し得ない災害級の被害が生まれる可能性があります」


ペシュティーノが温度感高めに説明するのを、その後ろでいつの間にかウィオラとジオールまでウンウンと頷きながら補足してくる。


「まあもちろん僕たちが補佐することもできるけど〜、そこまでして迷宮(ダンジョン)入ってみたいもの?ってのが僕らの見解かな〜」

「その上、魔力の高さに合わせて迷宮(ダンジョン)は拡大します。仮に主が正確に迷宮(ダンジョン)を把握して支配したとしても、一歩間違えばこの赤砂の大陸全体に影響が及ぶ可能性もございます」


なんかとんでもないことになりそうな話に発展してる。


ジト、とオラクル卿の方を見ると、完全に「やっべ」みたいな顔してる。

ここまでダンジョンが俺にとって地雷になるなんて思ってなかったんだろうな。


「ケイトリヒ……でん……いえ王子の魔力は、そこまで高いのですか」


アイリさんが俺の呼び方に悩んでるっぽい。

なんでもいいよ?


「たかすぎてとりあつかいに苦労したよ」

「幼い頃から魔力が高いと、確かに苦労すると聞いております。オラクル卿の迷宮(ダンジョン)に入れないほどとは、残念ですね……あの場所は冒険者の経験を積むうえではとても便利なのですが」


聞けば、オラクル卿が所持している遺跡の迷宮(ダンジョン)は特殊な魔獣と特殊な植生があり、また希少な鉱石が発掘されることもあるんだそうだ。

いいねいいね、マジでゲームのダンジョンっぽい!


ただ、宝箱やトラップ、それにフロアボスみたいなシステムは無いらしい。

要は特殊ではあっても、ただの採取・狩猟の場ってカンジだ。

でもこれってもし俺が支配したら変わるんじゃない?


「行ってみたかったなあ」

「は、入るだけなら不可能じゃないと思うぜ!?」


オラクル卿が振り絞るようにフォローするけど、主にウィオラとジオールが威圧するかのように睨んだ。


「へえ、主の魔力に対抗する自信があるの? いくら最大級の竜穴が補助してくれるっていっても、主の魔力ならあっという間に書き換えるよ?」

「主の瞬間出力を想像できないのなら仕方ないことです。無知とは恐ろしい」


「書き換えるってどういうじょうきょう?」


「まあその説明はまたの機会にいたしましょう。追加報酬の提案は残念ながら双方に合意できる提供がなかったということにしておいてください」


ペシュティーノがまとめにかかっているところで、オラクル卿が立ち上がった。


「まっ、待て待て、待て! それじゃあ俺の名誉に関わる。じゃあどうだ、闘技場の特等席に招待というのは!? もちろん1回や2回じゃねえ、なんなら永久でもいい!」


「んー……あんまり闘技場にはきょうみないけど、好きそうな友達ができたら価値ありそうだし、それでいいや」


「反応うっす!」


だってヒトとヒトが戦うならちょっとは面白そうな気がするけど、ヒトと魔獣ってどっちがどうなっても微妙に可哀想。これは俺の感覚だけど。


「なんてこった、このオラクル・ベンベ様が子どももろくに満足させられないなんて!」


職員とアイリさんはなんか気の毒そうにオラクル卿を見てため息なんかついちゃってる。

組合(ギルド)にとってはお得意様なんだろうなあ。


その後、「本ならもらってもいい」という俺の申し出に手を叩いて喜んだオラクル卿は、コレクションの蔵書を10冊も分けてくれることになった。

これは普通に嬉しい! 闘技場観戦券なんかよりずっと嬉しい!

観戦券は強制的にセットついてきたけど。

もしクラレンツやアロイジウスあにうえが好きそーなら、冒険者修行が落ち着いた頃に招待してもいいかもね。1年後かー。まあすぐっしょ!


てなわけで、冒険者組合(ギルド)の応接室からホクホク顔で階段を降りようとしたところ、下の酒場がめっちゃシーンとしてる。


今はヒトがいない時間なのかな、とキョロキョロ見回すと、普通に酒場は7割以上席が埋まってるし酒を飲んでいるヒトも多い。


「……しずかだね?」

「ケイトリヒ様、少しお下がり下さい」


俺が短い足で1段ずつ階段を降りている前に、サッとペシュティーノとオリンピオが身体を割り込ませてきた。バサッ、と音がしてジュンが階段の手すりを乗り越えて音もなく階下に着地する。かっけえー!


「なに?」

「……聖教……でしょうか」


オリンピオとゆーでっかい壁の、さらに後ろにいるペシュティーノの膝上あたりにまとわりつきながら階段の手すりの隙間から覗き込む。

聖職者らしい白と青の法衣のようなものに身を包んだ10人ほどの一団が、フードを深く被ったまま冒険者組合(ギルド)の入口に陣取っていた。

怪しい一団……!


「精霊の寵愛を受けし今代の御子にお目通りを願いたい」


一団の長らしき男性が、フードを被ったままジュンの存在を無視してこちらに向かって通る声で言う。


「おいおい、無視すんなよ。アンタたちの対応役として出てきたのはこの俺だぜ。まずは最低限の礼儀を通せってハナシだよ。それとも聖教じゃあ礼儀とか気にしないワケ?」


「……」


長らしき男が合図すると、一団はいっせいにフードを後ろにはらって顔をあらわにした。

全員、長い耳と男女差の少ない顔立ち、そして長い髪。


俺が思い描くエルフのお手本みたいな姿が、10人も!


「我らはこの大陸で最大の集落を築くエルフの一族。もう一度言う。我らの御子にお目通りを願いたい」

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