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第2部_3章_169話_冒険者ケイトリヒ 1

「いらっしゃいいらっしゃい! 帝国製の魔道具はいかがかな!」

「こっちは帝国のヘクセン・ハントの型落ち魔道具! 新型より機能は劣るが革新的だ!さあ今だけだよ!」


ヘクセン・ハントと聞いてつい目を向ける。

ウチの商品じゃないですかー。


魔道具は安定した火力を低燃費で発生させる携帯コンロだ。

この世界でも似たようなものはあったそうだけど、冒険者が手にするには高価過ぎて大きすぎて魔力消費がハンパなかったので貴族の遠出にしか使われていなかった。

それを冒険者向けに改良したのがヘクセン・ハントの魔道具。


ラウプフォーゲルでも見かけた、地べたに布をひいて商品を並べただけの露天商。

簡易的な日除けはラウプフォーゲルで見たものよりも粗末だけど、それらが集まったのみの市はとても賑わってる。


魔道具を売る露天商は、俺の視線に気づいたようだけど俺の周囲の人間をみてフッと興味をなくして他の人に声を掛ける。

こういうとこのターゲット層は貴族じゃないもんねー。


「ケイトリヒ様、市場に何をお求めに?」

「じょうほう」


にぎわう人々と大型の木箱などで視界の悪いなか、お目当てのものはなかなか見つからない。


「主、お探しのものを見つけるには周囲で空冷結界を張っているものを見つけてはいかがでしょうか」


後ろを歩いていたウィオラが腰をかがめて俺に耳打ちする。


「結界をたんちすることなんてできるの?」

「主にも可能かと存じます。広範囲探知……ゾーナ・フレッヒェンデッケンドと唱えていただければ」


ドイツ語って単語が長いよねー。

日本人には比較的発音しやすいとは思うけど、とにかく長い。


「え〜……にほんご……っていうか共通語でどうにかできないかな。【広範囲探知】」


フワッと俺を中心になにかが広がっていった感覚。

その瞬間、いろいろな情報が目、耳、鼻、そして肌に入ってくる感覚。

なんて言えばいいかわからないけど、単に遠くの音や遠くの映像が見えたのではなく、感覚的に理解した。じっくり時間をかけて周囲を回った後のような理解度がフッと湧いてくる感覚。魔法って便利……。


ていうか、これまた別の呪文でもできちゃったっぽくない?

初めてペシュティーノから魔法を習ったときにも言われたように、魔法を発動させる呪文というのは本人が力をどのように使うかの概念を固定するだけに過ぎないって。

概念と作用をしっかり理解していれば、無詠唱でも魔法は発動するらしい。

だがこの世界では科学や化学の基礎知識がないため、概念と作用をしっかり想像するのは難しいんだってルキアが言ってた。


ってことはやっぱ俺って天才?

まあ異世界人チートとも言えるのかな。


「……主……」

「あら〜、ケイトリヒ様! ドラッケリュッヘンに来てからというもの、絶好調ですね」


少し離れたところをついてきていたウィオラがなんか驚いて、シャルルは急にケラケラと笑っている。え、なんぞ?


「おめでとうございます! 今のは神の権能のひとつ、【言霊】ですよ。神の権能、3つめですね! あと2つ!」


なんだそりゃ。クイズ番組の応援みたいに言うんじゃないよ。


「え……まほうじゃない?」

「いまのは違いますね!」

「……今思えば、新しい魔法をあまりにも簡単に作り出すことは【言霊】の権能が作用していたのかもしれません」

「そーかもねー。だって思い通りに新しい魔法が作れるなんて、ヒトとしての能力を軽く越えてるもん。」


シャルルとウィオラとジオールが俺の周囲を取り囲み、ボソボソと喋る。


ええっと……。


「そ、その話はいいや、もう。あっちにいこ!」


俺がぽてぽて小走りになっても、側近たちの足並みは変わらない。

テントのブロックにして3つ過ぎたあと、お目当ての店はあった。


「らっしゃいらっしゃい! 今日はセルドラーケンが安いよー!」


「せるどらーけん、ってなに?」


「セルドラーケンは、家くらいの大きさがあるでっかい魔獣ですよ!」


テントの前で呼び込みをしていた筋肉マッチョなお兄さんに向かっていうと、彼は俺を見てそう説明してくれながら「お貴族様もどうぞ!」と笑いかけてきた。エプロンは血まみれなのでちょっと怖い。


「ケイトリヒ様、食用の魔獣肉はレオが個別で仕入れておりますが……ああ、なるほど。情報、ですか」


目当ては、魔獣肉を売る店。

ラウプフォーゲルでもそうだったけど、こういう露天で魔獣肉を売るのはたいていが狩猟を専門とした冒険者。解体したり売ったりするのを面倒がる冒険者は得意な冒険者に依頼することもあるそうだけど、基本的に冒険者自身が売ることには変わりない。

2、3日のあいだ獲物を追い求めれば、リアルで新鮮な情報も持っているに違いない。


まあ冒険者組合(ギルド)にもそういった情報はあるんだけどね。

今後はそういった便利組織がない小さな村や集落に立ち寄ることも多いでしょう。

そのときの予行練習みたいな? まあちょっと市場が見たかったってのもあるけど。


「ワイバーンのお肉はある?」


俺が子どもらしく無邪気に聞くと、案の定売り子のおにいさんがワハハと笑った。


「坊っちゃんはワイバーンを食べてみたいのかい? それじゃあ、北の山に行くしかないな! はっはっは!」

「きたのやまにはワイバーンがいるの?」


「ああ、繁殖地になってるからな。季節にかかわらずいるぞ」

「きたのやまに行くにはどうすればいいの? ただ行くだけでワイバーンに会える?」


ようやく血まみれエプロン兄さんが俺ではなく、俺の隣のペシュティーノを見た。

この子本当に行くつもり?と不安になったんだろう。保護者チェック。


「あー、北の山は誰の領地でもないから、行けばワイバーンには遭遇するだろうけど……わかってると思うが、危険だよ? 帝国から来たのならワイバーンなんて珍しいかもしれんが、北の山では単体で戦うことはほとんどない。複数だ」


群れを作らないワイバーンだけど、繁殖地になっているだけある。1頭と戦闘になると、たいてい野次馬のよーに他のワイバーンが集まってきてしまうんだそーだ。

ワイバーンの野次馬根性って……。


「そういえば捕獲って、1頭だけでいいのかな」

「……坊っちゃん、お連れの護衛にその依頼をさせるのはちょっと酷だと思うけどねえ」


お兄さんがペシュティーノとジュンに軽く笑いかけながら言うけど、2人とも無反応。


「冒険者組合(ギルド)で先に確認しておくべきでしたね」

「まあ普通は1頭と考えるだろうけどよ。王子なら……まあ、やりようによっては10頭以上も不可能じゃねえ。問題は運ぶ方法だな」


ペシュティーノとジュンの会話を聞いて、肉屋の兄ちゃんは何かを察したようだ。


「坊っちゃん、ワイバーンを解体したいって事になったら、組合(ギルド)で『まちのおにくやさん24』っていうパーティに依頼してくれよな」


「おにいさんのパーティなの?」

「ああ、食肉狩猟専門のパーティだ。帝国でも一時期活動してたけど、帝国は騎士でも一般人でも簡単にグロースレーを狩るからな」


ははは、と力なく笑うおにいさん。


「24ってなんの数字?」

「人数だよ」


へー、パーティってそんなにいっぱいいるんだ!

聞けば山野を駆け回る狩猟専門家と、解体専門家、そして売買専門家で構成されてるんだそうだ。ドラッケリュッヘンでは冒険者がいろいろな組織を代行していると聞いたけど、食肉流通まで担ってるとはね。


俺たちは市場での聞き込み調査を終えて、早速北の山へ向かう。

地図も手元にあるし、補給の必要もないのでさっさと街を出ようとしていたところ、見ていた冒険者が慌てて北の山は危険だと知らせてきた。


まあ地元の人から見たら帝国のお貴族様がフラリとやってきて危険に足を突っ込もうとしてるように見えるわな。


オルビの港街をあとにして、馬車の(わだち)と踏み固められた土だけが道しるべとなる道をぽっくりぽっくり進む。


「さて、ケイトリヒ様。シラユキの全速力を試してみましょうか」


街が見えなくなってきた頃に、御者席に座っていたペシュティーノが屋根(ルーフ)でまどろんでいた俺にサラリと言った。きょうのおざぶ係はガノとバブさんです。


「帝都からマリーネシュタットへの道ではしった速さが最速じゃないの?」

「あの街道は人通りが多いですから、かなり落として進んでおりましたよ。ギンコ様に聞いたところシラユキは走りたくてウズウズしているようなので、お許しを頂ければ」


あのときも時速80キロくらいは出てたと思うけどな?


「ゆるす!」

「では」


だらしなく寝転んでいた俺のちっちゃな身体が、ぐんと後ろに引っ張られた感覚。

加速G(重力)を感じたのはトリューでもなかったのに!


ドカララッドカララッ、と、普通の馬よりちょっと音の多い襲歩で城馬車(ホッホブルク)は風のように走る。鳴子の音がシャンシャン鳴ってなんだか楽しくなってきた。


「わあ、はやいはやーい!!」

「ケイトリヒ様、立ち上がらないでください、危険です」


「ぜんぜんゆれないね!」

「ハルプドゥッツェントの捕獲は困難を極めると聞いておりましたが、これほどまでに速ければそれは難しいでしょうね」


俺はしっかり尻を落として座っているガノの股の間にもぞもぞと身体を入れて、手をつかんでお腹に回す。今日はガノシートベルト。


「ケイトリヒ様、この速度ではおそらくすぐに着いてしまいそうですよ。魔法陣の見直しはしなくてよいのですか?」

「あっ、やる」


元祖CADくんを取り出して、海上失神領域結界の魔法陣をちょちょいと書き直す。


「水面に魔法陣を固定させる式はいらないから消して……」

「色々と消してしまってるようですが大丈夫ですか?」


「このへんは固定させる式とれんけいさせるための記号だから大丈夫」

「失礼しました……魔法陣設計は何度みてもよくわかりませんね……」


「魔法陣設計の権威ディングフェルガー先生もわかんないみたいだからそれふつうだよ」

「そ、そうでしたか」


俺の元祖CADくんには現代では失伝している古代の記号に加え、過去の魔法陣設計士が一生をかけて書き上げたものの他人に知られず失われてしまった記号がしれっと残っているのでほんと規格外なんです。ディングフェルガー先生が俺の設計を見学しつつ、5分に1回気絶しながら教えてくれた。

余談だけどそのあと先生は3日ほど寝込んだ。本人いわく「知恵熱」だそうだ。

ほんとか弱いよね〜。


なんて思い出しながら魔法陣の修正をしている間に、馬車はだいぶ山に近づいた。


「できた! これでゴンブト失神ビームが打てるはず!」

「びーむ? どのようなものですか?」


効果が目に見えないとちょっと暴発が怖いので、魔法陣から直径5メートルのゴンブトビームが放出されてそれに触れたら失神するように設計しておいた。

ビーム自体はただの光学上の演出なので攻撃力はない。


ということをガノにもわかるように説明すると、ちょっと頭を抱えた。


「それは……一騎当千どころか、不利な戦局をもひっくり返すうえに、死傷者も出さないとんでもなく強力で人道的な武器になりうるとおもうのですが」

「そうね、でもヒトと戦う予定はないのでー」


「ドラッケリュッヘン大陸でも予定通りに行けばいいのですけれどね」

「もーそういうフラグやめてー」


「警戒、警戒!! ワイバーンが3頭、こちらに近づいています!」


城馬車(ホッホブルク)の横で低空飛行していたジュンとオリンピオが突然動き出した。

オリンピオはガノと入れ替わって俺を抱っこ。

左の胸元には、俺がすっぽり入るカンガルーポケットがあるんです。クモミさん特製の柔らかくて頑丈な蜘蛛糸に精霊が防護魔法を何重にもかけた特別製。

俺はみのむしみたいに顔だけ出した状態で、オリンピオの胸元で待機。


「……殿下、ワイバーンの様子が普通ではありません」

「ふつうのワイバーンしらない」


ロズウェルが報告してきてくれたけど、ごめん本当に知らないんだ。

魔獣学の授業でも「とにかく凶暴で出会ったら逃げること」としか聞いてなかったので。


「そ、そうですね。ワイバーンは普通、ヒトと出会ったら問答無用で襲ってくる、帝国でも数少ない討伐推奨種なのですが、こちらに気づいても襲ってくる気配がないのです」

「襲ってこずになにしてるの?」


「滞空旋回しています。狙いを定めているような動きでもありません」

「……あ」


もしかして?


「ギンコ?」

「はい、主」


城馬車(ホッホブルク)の後ろから大型犬サイズになって並走していたギンコが、俺の声に反応してすぐにオリンピオの足元にやってくる。


「ギンコの威光って、ワイバーンにも有効?」

「いえ……ワイバーンはヒトの間では魔獣種と分類されているようですが、我々の間では竜種に連なる最底辺の種です。管轄としてはドラゴンのほうが影響力があるかと」


ギンコに怯えてるわけじゃないとしたら……。


「もしかして、第二段階の威光のえいきょう?」


俺が考え込んでいると、上空でグォーン、とワイバーンがいななく。


「……上空のものたちが、着陸の許可を求めています。いかがなさいますか?」

「え、会話できるの!? しかもちゃくりくに許可を求めるなんて、礼儀正しいワイバーンじゃないのー」


ワイバーンが礼儀正しい……という俺の発言に、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員たちは顔を見合わせていたけど、まちがってないよね?


「ペシュティーノ殿、主は許可しそうですがよろしいですか」

「ッ……!! ドラッケリュッヘンではケイトリヒ様の決断に口を出すつもりはなかったのですが、さすがに……!」


「危険を心配してるんだったら、大丈夫だよお」

「飛ばぬワイバーンなど魔導騎士隊(ミセリコルディア)の敵ではないでしょう」


ジオールとウィオラの発言に魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員たちはどこか誇らしげ。

まあ事実、ワイバーンの怖いところは上空からの急襲。帝国であれば冒険者でも騎士隊でも、着地したワイバーンに遅れを取ることはない、というのがオリンピオの見立て。


「ねえいいでしょペシュ」

「くっ……ケイトリヒ様のご判断です、仕方ありません。隊列の安全はケイトリヒ様の判断に委ねられているのですからね! それだけは覚えておいてくださいませ」


ペシュティーノはものすごく不満そうに捨て台詞を言って承諾してくれた。

覚えとけよ!みたいな。ちょっとおもしろい。


ギンコがウォーンと遠吠えすると、上空でくるくる旋回していたワイバーンがかなり大きな円を描きながらゆっくり下降してくる。


「……3頭のうち1頭、なんか遠近感がバグってない?」

「とてつもない大きさですね。もしかすると群れの長かもしれません」


「ワイバーンて群れないんじゃなかったの?」

「……魔獣学ではそのように書かれておりますが、ドラッケリュッヘンのワイバーンも同じとは限りません」


そうこう話しているうちに、3頭は俺たちの隊列から離れた岩が剥き出しの荒野にバサリと降り立った。とてつもなく大きな1頭は、ほかの2頭に比べてヒトに近い体型をしている。

首が長くて顔は爬虫類で、腕がコウモリ翼で長い尻尾がある以外は。あと、青紫色の鱗。

いや全然ヒト型じゃないじゃん、って思うかも知れないけど立ってトコトコ歩いているところを見るとヒトっぽいんですよ! 立ち姿でたぶん10メートル以上あるけど!


残りの2頭は逆に、獣の様相が強い。足はカンガルーみたいな形だし、盛り上がった背筋から首は下に伸びていて、被膜の先についた鉤爪を地面につけて四つん這いで歩いているから。こちらは赤紫っぽい色だ。


近づいてくる3頭に魔導騎士隊(ミセリコルディア)が身構えた瞬間、ひときわ大きな1頭が足を止め、その場に座り込んだ。

こちらの安全を害さない距離はそこだと踏んだらしい。


「グルルル……フシュー、クルルル」


ほぼ息みたいな声は、もしかしなくても俺たちに話しかけてるのかな?

ギンコの方を向くと、耳をピコピコさせている。


「ギンコ、わかる?」

「お待ちを、我々の言葉とは少々勝手が……むむ、ふうむ、どうしたものか」


ギンコがワウワウ吠えると、それに答えるように一番大きなワイバーンがグルグルと唸って応える。会話してる? これ会話だよね?


「ふむ、主。彼の者は、私と同じ会話の風魔法の習得を願い出ております」

「えっ、僕そんなことできないよ!?」


「できるよ〜!」


シュポンと俺の頭から出てきたのは、黄緑色のふとっちょ鳥。アウロラだ。


「ワイバーンはもともと風の属性が強いからぁ、あーしがちょっと加護をあげればギンコみたいに喋れるようになるとおもう! どうする、どうするー?」


「それ、シラユキにはなんであげないの?」

「シラユキは別に話したがってないしー」


ギンコの通訳で十分ってこと? シラユキはクールキャラ……まあいいや。


「じゃよろしく」

「はあい」


アウロラはピャッとワイバーン|(大)に向かって飛ぶ。

本人|(本竜?)はアウロラの存在にビクッとして片膝でひざまずくような姿勢をした。

やっぱこういうとこもヒトっぽいよね? 着陸に許可を求めるとかも。

ギンコ並みの知性があるなら話し合いで……話し合いで? 話し合いで、同族を捕獲させてほしいと交渉するつもり……か……?


失敗した。どっちにしてもあちらから交渉してくるのならもうワイバーン捕獲の依頼は無理に達成できない。


「オリンピオ……僕しっぱいしたかも。依頼……」

「おや、覚悟の上かと思っておりました。話が通じる相手とわかれば一方的に捕まえるわけにも参りませんから、なんとか体裁を整えられないか交渉しては?」


まだそういう道が残ってたか!

いや、ちょっと無理ないか!?


「永キ……時刻(とき)ノ中、希イ、待ち望んだ……我らノ世界ノ主よ、オ目通り叶い至極の歓ビにございマス」


あっすごく知的―! こりゃ無理だ!


「あっ……どうも、ケイトリヒです」

「コノ身ニ名ハございまセン。タダ『わいばーんノ王』とお呼ビくだサイ」


顔は爬虫類だけど、言葉だけでなく目にも間違いなく深い知性が見える。


「僕と直接話したいということだけど」

「ハイ……僭越ナガラ申し上げマス。我らわいばーんは永キ神不在の時刻(とき)ノ中において、あまりにモその力を失いスギましタ。竜族の末席に名を連ねる種でアリながら同族は小さく愚かニなるばかり。挙げ句、ヒト喰イにまで身を落とス始末」


「ワイバーンは、もともと凶暴な魔獣じゃなかったってこと?」

「左様にございマス。かつては竜の眷属としてヒトに崇められタ過去モございマス。しかし今ハ……慈悲深キ世界の主ヨ、どうか、どうカ我らにその情ケを賜りたク」


お情けください、と言われましても。


「ぐたいてきに何すればいいの」

「それハ、我からハなんとモ……」


え、察してってこと? 子どもに難易度高すぎん!?

いや中身はオトナですけれども!

ワイバーンの望みを察して叶えてあげるなんて地球人には無理ですよ!?


「ギンコ! ヒント! ヒントちょうだい!」

「……そ、そうですね……ヒントは……眷属……」


あっ、名前!? ワカメ男に続いてまた名前ほしいってこと?


「我が主、ケイトリヒ様。いまサッサと名をつけて終わらせようとしていらっしゃいましたね? 何を眷属にし、何を捨て置くかは、主自身が選ばねばなりませんよ」


シャルルがピシッと口を挟んできた。


「え、眷属にしない、っていうせんたくしもあるの?」

「もちろんです。ワイバーンがなぜ竜族の中でひときわ力を失うに至ったか、今の主はご存知でない。知ってからでも遅くないのではないですか?」


「じゃー今おしえて。いまいま! はよ!」

「そ、そんな性急な……」


「でも陳情してるヒトがもう目の前にいるから! もったいぶってないですぐ!」

「は、はあ」


シャルルいわく、ワイバーンはドラゴンの中でもかつて神を裏切った一族の末裔なんだって。魔獣に身を落とされたワイバーンが、自らの力で知恵を得て再び竜に近しい力を手にいれたならば、本来の姿に戻してやろうと神に約束された。

しかし、約束した神はヒトの手で殺されてしまい、今はいない。残ったワイバーンはただ知恵を求め続けるだけの魔獣に成り下がってしまった……という話だったんだけど……。


「まって、その知恵って、どうやって手に入るの?」

「さすが主、鋭いですね。ワイバーンが竜としての力を取り戻す方法はいろいろとありますが、最も簡単な方法が『ヒトを喰う』ことなのです」


この世界のヒトは、神が自らの姿を模して生み出した神の分身とされている。

実際にはヒトの中から神が生まれるのでヒトが先だと思うんだけどね。

元の世界の宗教的な教えの中にもこういった思想があった気がする。


「まって、じゃあ僕が慈悲をあたえたら、ワイバーンは人喰いじゃなくなる?」

「………………そうなりますね」


シャルルがなんかものすごい不満げに答えた。なんなん? ワイバーン嫌いなの?


「かつてわいばーん一族ハ、我……『わいばーんノ王』と同ジ姿と知恵を持ってイタといいマス。我が御慈悲を賜れバ、今を生きルわいばーん一族はゆるりト世代交代しなガラかつての姿ヲ取り戻しテゆくことでショウ。無理にヒトを襲ウことも我が禁じマス」


「いいことじゃん! じゃあ慈悲あげる! どうやってあげるの?」

「…………………………………………名を」


また! シャルルってワイバーン嫌いなの!?

ってか、そうだったね! ギンコのヒントで名付けを求めてるってわかったのに慈悲とイコールだと思ってなかったわ。


「シャルル、不満げだけど?」

「主は簡単に名を与えすぎです! 本来、世界の主たる神が名を与えその眷属にするのは大変な名誉であり栄光! それを!!」


「あーはいはい、シャルルのいいたいことはわかった。でも世界記憶(アカシック・レコード)が眷属いいかんじにしといてって言ってたし、世界が……その、世界のためには眷属が増えたほうがいいんでしょ?」


確か、世界記憶(アカシック・レコード)は「かつての神の眷属が世界中に散らばっていて、それをどうにかしないと」……なんだったっけ? 世界にあんまよくないんだっけ?

アイツ説明雑だったからな。


「じゃあワイバーンの王、キミに名を与える。ええっとね、キミの名は……バーン。ワイバーンという種を統べる王にして、世界の調整を担う風の眷属ね」


俺の言葉の途中から、ワイバーンの王ことバーンからは何か邪悪なものが抜けていくようにふわりとどす黒い霧がたちのぼり、風にさらわれて消えていった。


「……この身を蝕んでいた、禍々しい破壊の衝動が……人喰いの欲望が、(あら)われるように消えた……ああ、世界の主。そして我が主。心より、感謝申し上げます。あまねくワイバーン一族は新たな主に身も心も全てで忠誠を捧げます」


バーンの鱗が海のようにキラキラと輝く青になり、2頭の眷属もまた青紫っぽい色に変化した。言葉もヒトと変わらないくらい流暢に。


「いろがかわった」

「はい。これから先、青いワイバーンは主の御力に影響された『人喰いではない』ワイバーンです。無礼にも御力に抗ったワイバーンは心の臓まで悪意に侵された、世界の敵にございます。我らの同族とは認めません」


「わかりやすい親切設計ッ! アッ、じゃあ赤いワイバーンなら捕獲して闘技場につれてっていい?」

「もちろんです、御心のままに。しかし罪深いかつての同族を、主の玉の御手にて捕獲されるなどという栄光に浴させるわけには参りません。我らが見繕ってまいりましょう」


すっごいヤな顔してたシャルルが「わかってんじゃん」みたいな顔になった。

バーンの礼儀正しさに、とりあえず拒否反応は治まったみたい。


「……ゴンブト失神ビームの出番がなくなっちゃった」


「なにか実験をご所望でしたら、誘い出すだけにいたしましょうか?」


礼儀正しいバーンは俺のつぶやきも聞き逃さず代案を出してくれた。

できる眷属!


「じゃあそれでおねがい!」

「主御自らのおねがいなど、畏れ多い……承知しました、しばしお時間いただきますことをお詫び申し上げます」


バーンは2人……いや2頭の部下?を連れてその場から飛び立ち、山の方向へ飛び去っていった。なんか話が通じてると思うとやっぱり獣扱いはできなくなるんだよねー。


「ワイバーンがヒトを襲う理由が種族にかけられた神の枷だったのなら、もしかしてファングキャットもそうなんじゃない? 他にヒトを狙う魔獣も、もしかして……」

「…………………………」


シャルルがまたものすごく嫌そうな顔をしてる。

こりゃ確定だな? でもこの話はまあいいや。


とりあえず悪いワイバーンを捕まえてオルビの港へ戻ろう。

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