第2部_2章_168話_国GET、そして大陸へ 3
オルビの港は、東南アジアとアフリカ、ポリネシアあたりの古い文化がごちゃ混ぜになったようなまとまりのないかんじ。服装も様々だし、建築様式にも一貫性がない。
おそらくドラッケリュッヘン大陸の多数の民族が集まっているからなんだろう。
砂漠で見かける砂レンガでできたような建物もあれば、アイスラー公国で見たような葦の小屋のような建物もある。ターバンを巻いてふんだんに布をカラダに巻き付けているヒトもいれば、半裸で腰布だけっていうヒトもいる。
そして今までと明確に違う点といえば、獣人がいっぱいいる!
「ふぁあ」
「ケイトリヒ様、城馬車を下ろすまで少し港を見学しても構いませんよ」
ペシュティーノは、ジュンとピピンだけを伴っていれば繁華街だろうがスラムだろうが、どこにいってもいい、と言ってくれた。
……マジ? 護衛が2人だけとか、帝国では考えられないくらい無防備じゃない?
「……ほんとに?」
「ええ、ここは外国ですから。まともな国交も持っていないいわば無法地帯。切り捨てて後々まずいことになる貴族もおりませんし、国際問題になることもございません」
俺が危ないとかそういうことじゃなくてそっち!?
というか誰でも彼でも切り捨て御免とかしませんからね!
でも、自由に行動していいの嬉しい!
なんかオトナになった気分!
「じゃあ、ちょっと街をみてまわってくる! どれくらいかかる?」
「半刻ほどでここに戻ってきていただければ」
「はーい! いこ、ジュン、ピピン!」
「へいへい」
「喜んで! 王子、手をつなぎましょうか!」
ペシュティーノは規格外にデカいので直立状態で俺と手を繋ぐのは今でもちょっとしんどいっぽいけど、ジュンやガノといった帝国の普通サイズの成人男性とは無理せず手がつなげるくらい成長した。俺、大きくなった!
ピピンはラウプフォーゲル男にしては小柄なので、手を繋ぐのも無問題。
「ねえ、あっちがすごく賑わってる! なにがあるかな!?」
「魔導騎士隊の事前調査では、あちらは確か……賭博場だったと思います。目抜き通りはその隣りですね」
賭博場かー。さすがに俺には早いかもー。
「めぬきどおり行きたい」
「ピピンと手を離すなよ。まあ、精霊様もいるから大丈夫だとは思うけどよ」
「迷子になったらギンコ様をお呼びになればすぐですよ」
たしかに。
ドラッケリュッヘン大陸に上陸して初めての街、オルビ。
種族も文化もなにもかもごちゃまぜで、カオスなんだけど活気がある。
立派な建物の中で奇妙なアクセサリーを売る店、舗装されていない道端で敷物を広げて商品を並べている露天商、通りの外までテーブルと椅子が広がるカフェテリア……じゃないな、これは大衆酒場だ。色々あって、統一感ゼロでなにもかもが好き勝手に広がってる。
「かっきがあるねー!」
「そうだな」
「王子、本がありますよ」
持ち運べる程度の小さな家具や雑貨を取り扱っている露天商の商品棚のなかに、年季の入ったぶあつい本が10冊ほど並んでる。これぜったい高価なやつ!
「お目が高い、貴族のお坊ちゃんにはうってつけの本だよ! 中部の貴族が手ずから集めて、借金のカタに手放した本だ。適正ルートだから値は張るが、いいものだよ!」
商人のおじさんが勧めるので並んだ本に手を伸ばしたけど、途中で止まった。
「これ……」
「立派な装丁だろう? 中は複製魔法ではなく、正真正銘の手書きだから劣化もしない。宝石が埋め込まれているけど、こりゃ大した価値はないね。いくつか買ってくれたら値引きするよ!」
「……ピピン、この本のタイトル、よんだ?」
「え? えーっと……これは、聖教公語ですかね? いえ、読めないです」
「なんてタイトルなんだ?」
ジュンが聞いてきた。あえて読んでやるか……。
「えっとね、訳すと……ほうまん熟女のみだらな夜、田舎少女を性奴隷に……」
「やめやめやめ!!!」
「読むな!!!」
この世界のエロ本だ。こんな立派な分厚い装丁にする必要ある?
ちなみに田舎少女の次の本はを少年騎士にあやしい夜の集団訓練、みたいなタイトルだった。守備範囲が広すぎて逆に収集した貴族に興味持っちゃうレベル。
「ちょっと読んでみたい」
「だめです!!」
「やめろ、俺たちがペシュティーノ様に怒られる!! 店主、ちゃんと商品の中身は理解したうえで営業しろよ、帝国なら場合によっては罰金だぞ!」
え、帝国って子どもにエロ本売ったら罰金なのかな。
いや露天で子どもが本を買えるような世界じゃないから大丈夫か?
店主は土下座レベルで頭を下げていたけど、べつにこの大陸じゃ悪いことじゃないんだしいいんじゃない。俺はけっこう本気で読みたかったけどね。興味で。うーん、残念。
「お、王子、武器など見てみてはどうでしょう!? ほら、ナイフが欲しいと仰ってませんでしたか。ドラッケリュッヘンの武器は頑丈さに定評があるのですよ!」
「そうだな、あっちの店はどうだ」
俺をエロ本から離したいピピンとジュンがめっちゃ案内してくる。
さすがにこんなことに駄々こねたりしないんで安心して。
「ナイフかー。みんな持ってるから、僕も欲しいなー」
ジリアン兄上は俺に魔獣革のウエストバッグをくれたけど、実は他の兄上たちもそれを聞いて俺にプレゼントをくれたんだ。
ただ、その中にナイフはなかった。ナイフは冒険者への贈り物として定番なんだけど、俺がナイフを使う姿を想像できなかったんだろうなー。
「ちちうえのナイフ、おっきくて使いにくいから」
「ケイトリヒ様に合わせたナイフだと……うーん」
「作ってもらったほうが早いんじゃないか?」
武器屋の前に並んだ2本で50FRのたたき売りの武器を見ても、全部俺の手には合わないものばかり。まあそりゃあ、俺くらいの子どもが武器を扱う想定なんて誰もしないよね。
武器屋は店先に商品がならびつつ、それらを見ているといつの間にか扉の解放された店内に誘い込まれるような作りになっていた。観光地の洋服店みたい。
並んでるのは柔らかい服じゃなくて武器なので、店内に乱雑に並んだ武器に当たりそうでちょっと怖い。
「ちらほらと質のいい武器もあるな」
「ええ、金属製はどれも三流以下ですが、骨や牙系の武器は充実してますね」
ジュンとピピンがなんかプロっぽい目線で語ってる。そーなんだ。
「ドラゴンの牙の武器とかないかなー」
「あるわけねーだろ」
「ケイトリヒ様、ドラゴンは空想の生き物なんですよ」
ピピンが駄々っ子に言い聞かせるように言うけど、精霊がいるって言ったもん! とも言えなくてブスッとしていると、うしろからチョンチョンと触れるなにか。
「ん?」
振り向くと、爬虫類のような大きな乾いた瞳をした少年が立っていた。
俺と同じくらいの背格好で、ツヤツヤだけどボサボサの真っ黒な髪の間にちょこんと小さな耳だか角だかが見えている。何の獣人だろう?
「なあに?」
「どらごんのぶき、ほしいの?」
「ほしい!」
「どんなの? つめ? きば?」
「えっとね、ナイフ。爪か牙かは、とくにこだわってない」
「ん、わかった」
「え?」
少年は大きな口でニコ、と笑うと、くるりと背を向けて走って店から出ていった。
「……」
「ケイトリヒ様、誰と話していたのですか?」
「私たちの目の届かないところではなるべくヒトと話さないようにしてください」
いや……あれは多分……どうだろう、だって神の権能の第二段階が「威光」って言ってたしなあ……? だいたいジュンとピピンの警戒網を完全にスルーできるのなんて、精霊かそれに近いナニカだけなんじゃないかなあ。
いや、いやいや。まあ確信がないから、いまのところは忘れておこう。
1時間はすぐに経ってしまって、港に戻ると城馬車が降ろされていて他の船の船乗りや商人が集まって舐めるように見てた。まあ珍しいよね。
そしてハルプドゥッツェントのシラユキも注目の的だ。
何人かの商人が、大金を出すからシラユキを譲ってくれないかとヨゼフィーネロミルダ号の船員に交渉して、適当にあしらわれてスゴスゴと去ってた。
「お戻りになりましたか。これから、オルビの冒険者組合へ参りますよ。城馬車に乗って下さい」
「あい」
城馬車の背面、両開きのドアが本体の外側に沿ってガションと開く。
なにこの無駄に高性能な扉。開いたまま走行できるようにアーム制御でドアが側面にピタッとくっつくようになってる。
広い庫内にはトリューと木箱、麻袋などの一般人に見られても問題ないもの。
「さすがに帝国のようにお姿をさらしながら屋根でくつろぐのは難しいので、人目の多いところでは背面を開いてそこで景色をご覧になっていただきます」
俺が「おそとがみたい!」と言い出すことを想定しての対応。わかってらっしゃる。
ぽっくりぽっくりと、6本足でもかわらないゆったりした馬の足音と静かな車輪の音、そしてなんだかシャンシャンという鈴……というより細かな金属がこすれ合うような音の中ゆっくりとオルビの街を進む。
「なんかシャンシャンなってる?」
「ええ、この城馬車は音が静か過ぎて、他の馬車や歩行者に気づかれにくいんです。帝国の街道でそれに気づいたので、少し音を鳴らすように鳴子をつけました」
なんかサンタクロースっぽい音。
開放された荷台から足をぷらぷらさせているとおもむろにペシュティーノが横に座り、俺のお腹に手を回してきた。ペシュシートベルト。
賑やかな街をボーッと眺めていると、ひときわ騒がしい建物の前で馬車が停まる。
促されるまま降りて、改めて建物を見ると帝国と変わらない建築様式の立派な石造りに大きく「冒険者組合」という看板。
「おおきいねえ」
「ドラッケリュッヘン大陸一大きいそうです」
「うるさいねえ?」
「なにやら揉めてるようですね」
開きっぱなしになっているドアから中を覗き込むと、たしかに老若男女問わず大勢の冒険者が集まって何やら大声を出し合ってる。パッと見た印象だと、周囲の多くの人がある少数の人物たちを攻撃しているような? 野次ってるような……そんな感じだ。
輪になった人々の外ではさほど注目されずなんかボコボコにされてるヒトもいる。
なのに全然誰も注目してない。どういう? どういう状況??
「む、むほうもの〜」
「ドラッケリュッヘンの組合ではケンカや殺し合いは日常茶飯事だそうで」
え、ころしあいも日常なの? 修羅の国すぎん?
「組合でなにするの」
「まずは活動登録をしなければなりません」
俺は帝国でC級冒険者になったあと、1件だけC級の依頼を受けて達成している。
冒険者への依頼というと、俺のイメージでは「街道に現れた厄介な魔獣を討伐して」とか「村を襲う魔獣を倒してほしい」とかそういうものかと思ってた。
でも法整備がしっかりしている帝国ではそんな依頼はほぼ騎士隊の任務。
冒険者が請け負うのは、緊急度の高くない、嗜好性のものばかり。
B級魔獣ラリオールクックの卵を採取してほしいとか、火竜の角を取ってきてほしいなど個人の要望、主に貴族のワガママなのがほとんど。
なので俺が達成したC級依頼も、「ルリサソリの外殻を無傷で入手したい」というものだった。ルリサソリ自体はD級の魔獣なんだけど、生息地が砂漠の真ん中である上にものすごく素早い魔獣で、無傷とか無理ゲーという依頼だった。
凍結依頼一歩手前の塩漬け案件だったようで、達成のあかつきにはものすごく組合から感謝されたよ。
そして俺がというかペシュティーノがこの依頼を選んだ理由、それはもちろん「魔蟲」に慣れるための訓練! ビビって爆発させることなく、無傷で絶命させるまで何体ルリサソリが犠牲になったことか……。
砂漠の真ん中でルリサソリを探すこと自体、トリューがないと自滅行為。
補給を考える必要もなく何度もルリサソリを探せるというのは少なくともA級以上の冒険者でないと無理だとジュンが笑ってた。
まあ俺の場合は精霊がルリサソリの居場所を的確に教えてくれたからあんまり時間もかからなかったんだけど。
「活動登録って、書類だけ?」
「帝国ではそれだけですが……ドラッケリュッヘンではどうだか」
そういえば以前おしのびで城下町見学にいったとき、ペシュティーノが王国からの移籍冒険者として活動登録してたっけ。土地が変わると級数が下がるんだっけ?
俺だとD級か。まあ妥当かな。
怒声が飛び交うなか、ぽてぽてと歩いてカウンターに向かう。
俺の後ろにいるのはペシュティーノとジュンとピピンだけ。
チラリと俺の一団を見た冒険者は、ペシュティーノを一瞥すると興味なさそうに顔を背ける。一番長身で目立つペシュティーノが文官の格好をしているので、俺たちは特に絡まれることなくカウンターにたどりついた。組合の職員は、冒険者たちのケンカじみた騒ぎに関与するつもりは一切ないみたいだ。
「……」
肩幅ガッチリのワイルドなお姉様が俺をチラリと見て、ハッとした顔をする。
「アンタら、帝国の……?」
「かつどーとうろくしにきました!」
俺が元気よく言うと、ざわついていた喧騒が急にシン……と静まり返った。
あれ、俺、なにかしちゃいました? いや、ガチでなんもしてないし。
「はい、帝国から来ました、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュです。帝国ではC級に登録されたばかりのしんじんです」
お行儀よく答えると、ワイルドなお姉様はものすごく気持ち悪いものを見る目になった。
ぎゃくに新鮮!
「……この登録用紙に記入しな」
ワイルド姉さんはペシュティーノに書類を差し出したが、受け取らないのを見て明らかに顔をイラつかせた。俺が下から手を伸ばしてるのが見えんのかね!?
「おい、アンタら。貴族の嗜みだかなんだか知らないが、こんな子どもに……」
「アイリ、やめな!」
ワイルド姉さんがペシュティーノに食って掛かったところを、小柄な少女のような女性が止めた。先輩かな、ワイルド姉さんはグッと言葉を飲み込んだ。
「悪かったね、冒険者登録はこちらの坊っちゃん一人でいいのかい」
「いいえ、ここにいる全員が登録します。用紙は4枚お願いします」
ペシュティーノが丁寧に答えると、小柄な女性も丁寧に一人ずつ用紙を手渡す。
ピピンもまた帝国では冒険者登録していて、騎士隊の非番のときにお小遣い稼ぎを兼ねて訓練の一環として活動していたらしい。帝国では緊急度の低い依頼が多いので、そういう冒険者も多い。おかげで冒険者の層が暑くて多彩なんだってリンドロース先生……いや、ミェスが言ってた。
「坊っちゃん、字がお上手だね」
俺の書いた書類を見て、小柄な女性が目を細めて言った。
小柄なんだけど姐御っぽい雰囲気でかっこいい。
「魔術師レベルが最高位? 特筆事項には『魔法陣設計士と調合師としての類稀な才能』……坊っちゃん、アンタ思ってたよりすごいね」
名前と情報を入力した端末から、組合内で共有している情報にアクセスしたんだろう。こういうところは前世のコンピューターと似た機能がある魔法ってすごい。
「組合のじょうほうってその水晶玉みたいなのから見れるの?」
「そうだよ、坊っちゃんは実績は少ないけど、能力レベルの認定試験結果を見る限りではドラッケリュッヘンでも間違いなく活躍できそうだね。でも、補佐向きだ。戦闘型は?」
小柄なお姉さんは明らかに確信しているようにジュンの方を向いて聞いた。
わかってますやん。
「ふむ、こちらもC級……しかし、この実績を見る限りB級、ともすればA級にも昇格できそうな腕前だ。どうしてC級に留まっているのか理由を聞かせてもらえるかい」
「4年前から冒険者は副業にして、護衛騎士をやってんだ。A級の昇給試験は長丁場になるだろ? 面倒だから受けてねえ」
小柄なお姉さんはチラリと俺を見て、ふむふむと頷いた。
そしてピピンの用紙を見て頷き、すぐにペシュティーノの用紙に移る。
ピピンはノーコメント?
「ペシュタート・エビングハウス……アンタ」
それまで姐御っぽかった女性が、急に表情を曇らせてペシュティーノを睨みつけた。
そういえばペシュティーノも冒険者やってたんだっけ? ラウプフォーゲルの冒険者組合ではこんなやりとりなかったと思うけど……。
「……『花折りの魔人』ってアンタのことだろう?」
「はて。さあ、聞いたことがございませんね」
鼻折り!? 正拳突きが得意なのかな? 魔人はこの世界で数少ない差別用語だけど、冒険者の間ではある意味敬意を込めて呼ぶこともあるらしい。
「ペシュ、鼻、折るのが得意なの? 鼻血で手がよごれちゃわない?」
俺の言葉に、受付のお姉さん2人とペシュティーノがキョトンとしたかと思ったら緩く笑われた。あれ、ちがった?
「まあいい。有能な冒険者は歓迎だ。冒証を預かるよ、ドラッケリュッヘンでも使えるように書き込みするから。ちょっと待ってな」
高いカウンターの向こうのお姉さんを見上げてちょっと首が疲れたので、ペシュティーノの長い脚にまとわりついてふにゃふにゃしていると、また組合の建物内の酒場っぽいところが騒がしくなってきた。
「おいオマエらァ! 帝国から来たとか言ってるけどよぉ、貴族の子連れなんぞに冒険者が勤まると思ってんのかァ、舐められたもんだなウチの組合もよぉ!」
おお、典型的な絡みがきた!
と、思ったら絡んできた冒険者が派手にすっ転んだ! どうした!? と、思ったらその首にいつのまにかジュンが刀をピッタリと当ててる! 何が起こったのか全く見えませんでした!
「組合は舐めてねえよ、オマエのことはゴミカスだと思ってるけどなあ?」
ジュンのドスの効いた声は、周囲の冒険者をも震え上がらせた。
魔力がこもってるんだっけ? 俺には効かないけど。
「ジュン、あんまり冒険者の数を減らしてはいけませんよ。ドラッケリュッヘンの治安と防衛の主力だそうですから」
ペシュティーノが俺を抱っこしながら言うと、ジュンがゆっくりと刀を収める。
すっ転んだならず者の冒険者は、酔っていたようで視線がゆらゆらと船を漕ぐように定まらない。頭でも打ったかな?
「ジュン、そのひとケガしてない?」
「王子が気にすることじゃねえよ」
「あっ、どーもどーも、お待たせしました! 王子―! 今日も愛くるしいですねえ!」
組合の入口からやってきたのは、ミェスとバルドル、そしてピエタリの3人。
「あ、リンドロースせんせー! じゃなくて、ミェス!」
「そうです、もう担当教師じゃなくなったんですから、ミェス!とお呼びくださいねー」
ミェスがペシュティーノに抱っこされている俺の両手を取ってダンスするようにぶん回す。ウザいからやめて。ふん!と手を振りほどくと、勢いがついてペシュティーノのこめかみに肘鉄が入っちゃった。ごめん。
「殿下、ごきげんよう。船旅はどうだった? 船酔いとかはなかったか?」
「うん、おおきな船だったからぜんぜんへいき! バルドルたちはどうやって来たの?」
「オルビの港に無条件偏方向転移魔法陣を設置すると聞いておりましたので、それに合わせて参りました。ラウプフォーゲル公爵閣下の許可した者だけ、という限定的なものではありますが、往来が簡単になって助かります」
バルドルの代わりにピエタリが答えながら、俺の手をとってその甲に鼻先を近づけてすぐに離す。こういう距離感が大事よ。
騒いでいた冒険者たちは、俺たちのやりとりをシーンと眺めている。
なんか想定外に注目を集める感じになっちゃった。
「あ、さっそくやっつけたんですか? ドラッケリュッヘンの冒険者組合ではある意味お決まりというか、恒例行事みたいなものですが」
ミェスはいまだに座り込んでボーッとしている冒険者を見て、ニコニコと話す。
……ほんとにケガとかしてないかな?
「転んでジュンがちょっと脅したんだけど、それからずっとあんなかんじなんだよね。ケガとかしてないかな、大丈夫かな?」
「んっんん〜、ケイトリヒ様はお優しいですねぇ〜! 大丈夫ですよ、ドラッケリュッヘンでは命を奪っても奪われても自業自得! 相手の力量を測れずに絡んだあちらに非があるのですから!」
……命の奪い合いに対してそこまで冷徹に割り切れない俺の性質は、前世の記憶のせいだけじゃないと信じたい。
(ウィオラ)
(はい。ジュンと申すあの側近の強力な威圧に、彼の者の精神が一時的に麻痺してしまったようです。酒の効果もございますが、時間を置けば回復しましょう)
そうなんだ。ならいっか。
「おまたせ。4人分の冒証の更新が終わったよ……って、ミェスじゃないか。それにバルドル! もしかして、この人たちの一員かい?」
「やーミリアム、今日も美しいねえ! そう、僕とバルドル、そしてピエタリはこちらのラウプフォーゲル公爵閣下のご令息にしてギフトゥエールデ千年帝国の皇位継承順第2位、ケイトリヒ殿下の専属冒険者ってわけさ!」
誰に言ってるのか、ものすごくドヤ顔でご紹介されたけど……。
「ミェス、まだ専属じゃないよね?」
「いいじゃないですかーもう専属でー! 帝国の冒険者組合は、僕が説得するからさあ! そうすればもう側近みたいなもんでしょ!」
「俺は別に専属は希望してねえよ?」
「私はぜひ専属に! いえ可能であれば側近に!!」
3人の温度差よ。
さっきまでケンカじみた騒ぎに満ちていた組合の建物に、ざわざわヒソヒソと声がざわめく。
「ゴラスが一瞬で倒されるなんて……」
「貴族が修行に来るってウワサは聞いてたが、こんなに強いなんて。俺たちの仕事はどうなるんだ……」
「あのミェス・リンドロースが側近になりたがってるなんて、ラウプフォーゲルってのはどんな貴族なんだ」
「さっきミリアム姐さんが『花折りの魔人』って……」
ざわざわのメインは主にジュンとミェスだ。
俺はやっぱりそれらを従えるヤベー貴族令息って思われてる。
でも修行しに来たのは俺ですからねー?
「ねーペシュ、さっそく依頼うけられるかな!」
俺が冒証をピッと見せて言う。……あれ?
「ランクがさがってない」
「ドラッケリュッヘンは基本的に他国でのランクをそのまま引き継ぐよ。身の丈に合わない依頼を受けて死ぬのは自己責任ってこと!」
ミェスが俺の冒証を見ながら言う。
ドラッケリュッヘンって……シビアだなー。帝国の冒険者組合がランクを下げるのは、ある意味温情なんだなー。
「帝国も、王国と共和国から移籍した冒険者のランクは下げるけどドラッケリュッヘン出身の冒険者のランクは下げないよ。ドラッケリュッヘンの冒険者は自身の実力の見極めと依頼の下調べが身についてるからね」
なるほどなー。
「王子、こちらの依頼はいかがですか」
ピエタリが早速、依頼の掲示板から1枚の木板を持ってきて俺に見せる。黒板みたいなものだ。ドラッケリュッヘンも帝国と同じように、紙が貴重らしい。
「ワイバーンのほかく……? これ、B級依頼だけど」
「C級冒険者が4人以上のパーティーを組めば、1つ上のランクの依頼を受けられるんですよ。これは、まあ……王子にはお手の物でしょう!」
ミェスは自信満々だけど、なにを根拠に!?
「なんで!?」
「だって、意識を失わせる仕組みだけならヒトもワイバーンも変わりませんよ?」
「あっ、そっか」
海賊対策に作った、海上失神領域結界スクロール。あれを応用すれば、飛んでるワイバーンも簡単に失神させられる。
「でもワイバーンなんて捕獲してどうするんだろう。あくようされたりしないよね?」
「依頼主を見て下さい」
依頼主の名は「ベンベ闘技場オーナー、オラクル・ベンベ」と書いてある。
闘技場! なるほどな?
「とうぎじょう……!」
「その依頼、出されて4年ほど経っていて失敗が11件。凍結依頼一歩手前だ。依頼主からは報酬金以外の特別な報酬を約束するといわれてるよ」
小柄な受付嬢、ミリアム姐さんは俺の反応を面白がるようにニヤニヤしながら補足してくれる。
報酬金は40万FR。通貨は帝国と共通なんだ?
高いのか安いのかよくわからないけど、特別な報酬ってのも気になる。
うーん、ドラッケリュッヘン大陸に上陸して初の活動としてチャレンジしちゃう?