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第2部_2章_166話_国GET、そして大陸へ 1

アイスラーは滅ぼす、と宣言したけれど。

国を滅ぼすことに、ヒトの命を奪うことは必須じゃない。


スタンリーと魔導騎士隊(ミセリコルディア)がアイスラー公国を平定した。


説明としては、それ一文で事足りるほどアッサリした事件。


なにせ、スタンリーと魔導騎士隊(ミセリコルディア)が実際に手にかけたアイスラー人は公国の王バルウィン・フレッツベルグと護衛の数人だけ。


侵略、というには静かすぎるし、内乱、と呼ぶにも地味すぎる。

死者の数で派手とか地味とか判断するのは良くないとは思うけど、国名が変わるほど国際情勢が激変する大事件としてはかなり穏便にコトがはこんだ例だと思う。


スタンリーとオリンピオ、そして18人の魔導騎士隊(ミセリコルディア)は、ラウプフォーゲルから送られた文官と兵士の受け入れ体勢を整えるためアイスラー公国に残っている。


俺はヨゼフィーネロミルダ号でドラッケリュッヘン大陸のオルビの港に向かいつつ、スタンリーとオリンピオから逐一入る情報をもとに指示を出したり父上に相談したり魔導騎士隊(ミセリコルディア)を追加派兵したり。

いわば俺、影の支配者……?


ではなく、一応平和的な政権交代であることを印象付けるように、あくまで「アイスラー公国王子ヘイゼルが政権を奪った」ということにしておくほうが色々と収まりがいい。

そしてそのヘイゼル王子はズブズブのラウプフォーゲルの犬で、完全に帝国というかラウプフォーゲルに腹を見せる従属外交を始めた、と。

ま、アイスラー人からしたらそういう印象になるだろう。


事実そうなんだけど。


でも意外なことにとゆーか案の定とゆーか、反対意見は全く出なかった。

というか、アイスラー公国には議論するという文化がそもそもない。

アイスラー公国で最も強いものが王の冠を戴き、その王となったスタンリーが言うことは絶対であり、最側近でもなければ反対意見など出るはずもない。

そして今やその最側近は全て入れ替えられ、ラウプフォーゲルからの出向文官と兵士で固められている。

そういう超・ウォーターフォール体勢が当然の社会なので、上が根こそぎ入れ替わってしまえば、命令がどう変わろうが下は従うだけ、というわけ。

トップダウンと言ってもいい。


「学習禁止の法令をのきなみ撤廃、今後その悪しき悪法と思想を復活させようとするものは全て思想犯として投獄する……これ、やりすぎじゃない?」


「獣のような生き方をしてきた国民です、それくらい決めなければ思想は変わらないでしょう。現に、報告書を見たお館様はスタンリーとオリンピオが取りまとめた政策方針声明文に満足なさってましたよ」


まあ父上はね。だって政策方針は「ラウプフォーゲル王子ケイトリヒ殿下の意向に完全に従属する」って明記してあるんだもん、そりゃ満足だろうよ。

俺はしょーじき政治とか興味ないから、父上と皇帝陛下のゆーとーりに動くもんね。


面倒なことは大人に丸投げだぁー! どすこーい! 俺は冒険者がんばるもんね!


まあでもさすがに俺も何もしないというわけにはいかないので、担当は商業。だって頼りがいのあるフォーゲル商会がありますから。これも丸投げに近いけど、いちおうね、俺の手も入ってますよ、ちょっとは。


フォーゲル商会の中に、アイスラー開発部という部署を作ってほしいとトビアスに連絡すると、すぐに人選に入ってくれた。

いま絶賛アイスラー用の文官採用中なので、その中から商才も併せ持った人材を選びたいとのことらしい。そういうとこ合理的に動いてくれる商会はやっぱ頼りになるわー。


ローレライ領はすでにもともと帝国領地だったし、りっぱな統治官フーゴさんがいるから俺の領地といっても正直なところ名目だけだったけど、アイスラーは違う。

完全に外国で、政治も産業も教育も福祉もほとんどゼロからスタートだ。

なにせ貨幣制度すら怪しいんだもん、ほんと原始人の国を支配しちゃいましたみたいな感じだよ。困ったけど、ちょっと楽しみでもある。


「……この報告書を見る限り、どこから手を付けていいのか悩みますね」

ペシュティーノが書類を見ながら指先で目頭をモミモミ。その仕草、オッサンっぽいからやめてほしいと思ってるけど言えない。


「さいしょに手をつけるのは教育だよ、それはきほんほうしん」


俺がきっぱり言うと、ペシュティーノは片眉を上げて「そのこころは?」と言ってる。


「政治にしても産業にしても、思想がないとまとまらないからね」


文字も書けない原始人の現状でいきなり日本の選挙制度を敷いてもろくに機能しないことが明白なように、文明の進歩には順序ってもんがある。

選挙制度ってのは、投票するヒトに一定以上の教養がないと機能しないんだ。


人間社会の本能として家族や領地を守る、というのは社会のベースにあるのはどの世界でも共通していることだから教える必要はない。

でも、他者への親切や友好がどう自分への利益になるかというのは、あるていど学がないと理解できない。俺はそう思う。

自分勝手にやりたい放題、自分が大事なものだけを優先して他者や他人の持ち物を奪ったり壊したりする。これは一見、自分のために行動するように見えて、成熟した社会のなかでは自滅行為になる。


簡単にいうと、法に触れれば逮捕されて牢屋に入れられるっていう結論があるし。

もう少し複雑になると、周囲から敬遠されて孤立することで精神的や経済的な協力者を得られなくなる。そりゃ自分勝手にふるまって他人をないがしろにするヒトのことを、助けたいと思うヒトなんているわけない。現代日本ではそういうヒトにも助けの手が差し出されてたように思えるけどね。まあそれはかなり成熟した社会だったからってことで。


まあとにかく、「情けは人のためにあらず」はとっても深い言葉なのだ。


そしてその思想は、根底に宗教や風習といった土台がないと根付かない。


話に聞くだけじゃなく、実際にそういう状況を経験したヒトが増えて、深く共感して理解しないと思想として定着しないと思うんだよね。


スタンリーの敷いた厳しい思想教育は、おそらくすぐに浸透する。

公国は事実上、王と特権階級による独裁政治だった。

学ぶことも許されなかった国民は個人の意見を持つことも叶わず、ただ特権階級から言われるがままにモノを作り、交換し、本能のままに繁殖してギリギリで食いつなぎながら生きながらえて、そして家族や村のなかで役に立たなくなったら事実上、殺される。


そんな人生が当然と受け入れていたアイスラー人にとって、これ以上悪くなることはないからスタンリーの思想教育も新体制も夢のような改革だと喜ぶはずだ。


でも、ゆっくりやらないといけない。

急いで文明を進めてしまえば、原始人にスマホを持たせるようなものになる。猫に小判、豚に真珠。ムダになるだけならまだいい。

サルに機関銃なんてことになったらこんどこそ本当に殲滅しないといけなくなる。


という話を、異世界人にもわかるようにぽつぽつ話しているといつのまにか背後にシャルルとガノも立っていてふむふむ聞いていた。

俺の専用の船室、ドアが頑丈すぎてノックが聞こえないんだよねえ!?

まあいいけどさ。


「まずは教育、思想の介入から。魔道具禁止は緩和しつつ、武器に転用できそうなものは規制する。おおむね私が出した方針と一致しています。さすが我が主、齢10にして長く大臣を務めたこの私とまるで相思相愛の仲のように方針が一致しております……!」


シャルル、相思相愛と方針関係ある? あと相思相愛でもないからね?

何も言わず冷たい目で見るだけの俺に、シャルルがちょっとスンとした。


「ではケイトリヒ様が最初にアイスラーに送り込むものは何にいたしましょう」

「冒険者組合(ギルド)フォーゲル商会(ウチ)。商会は、顧客開拓のためじゃなく素材調達や工場建設を中心として入れるつもり」


ガノの質問にきっぱり答えると、それにもシャルルが「完全一致!」といってはしゃぎだした。このオッサンほっとこ。


「10年くらいかけてゆっくり帝国化してこ」


俺の言葉に、ペシュティーノとシャルルとガノが頷く。

……スタンリーを含め、俺には頼りになる側近もいるし、軍事力もあるし財力もあるしバックの政治力もハンパない。


うーん、さいつよ。最強の子ども。

神になったら最初に何しよっかなー、というか何ができるようになるのかなー。


(神になる第二条件が解放されました。これより、威光が強化され眷属の覚醒が促進されます)


「えっ」

「おや」

「「「?」」」


俺の奇声とシャルルの間の抜けた反応に、ペシュとガノとその場にいたピピンが不思議そうに首を傾げる。


「どうなさいました?」

「え、あ、えーと」

「ケイトリヒ殿下、わたくしめにお尋ねしたいことがあるのではないですか?」


シャルルが確信的に聞いてくる。

……神になる件については、シャルルに聞けばわかるんだっけ。

あんま聞きたくなくてそっと棚上げしたままだけど、今はたしか一足飛びで第三段階にいて、たったいま保留されていた第二段階が解放された。

第三段階はなんか、神域が生成されるとかなんとか。

それはあまり現状の俺には関係なさそうな話だったから放っといたんだけども……。


「威光の強化ってどうなるの」

「ハイエルフを始めとした神の眷属……精霊、聖獣、そしてドラゴンが、主のお姿を見て直感的に神と理解します。それを威光と呼びます」


「じゃあ眷属っていうのはそれら?」

「そのとおり。ハイエルフはこの大陸に15人前後しかおりませんが、世界にはもう少し数がおりましょう。彼らに出会えば、その地域の歴史やヒトの営みについて情報が得られるはずですよ」


その土地土地の情報屋みたいな?

ドラッケリュッヘン大陸には情報のツテが少なかったので、それは助かるかなー。


「土地を治めるのにも役立ちます。一度アイスラーの土地に赴きましょう。霊的な補助が得られるはずですよ」

「でも精霊が、僕に好意的かどうかわからないって」


「神の威光に触れた精霊が敵対するなど。それはもう精霊ではなく悪霊です」

「うんうんそれは間違いないー」

「主、我からもアイスラーの精霊と会い、その御力を見せつけ支配下に置いておくことを推奨します。ラーヴァナのように土地の協力があれば、ヒトの統治も早く進みましょう」


いつのまにか現れたジオールとウィオラもシャルルの提言に賛成らしい。


「オルビの港につくまで、あとどれくらい?」

「さきほどあと4日と聞きました」


「スタンリーに上陸すること伝えて。居城に寄ったほうがいいかな?」

「そこはスタンリーとオリンピオの判断に任せましょう」

「今の御威光があれば知性のない人間こそ、よりその力を肌で感じて平服しそうです」

「あまりケイトリヒ様の存在感が強くなりすぎてスタンリーの支配力が落ちても後が面倒になります。判断は慎重に」


陶酔するシャルルを諌めるのはガノの役目だ。

どういうわけかシャルルはガノを妙に買っているようで、ガノが言うとペシュティーノよりも素直に引き下がる。なんでだろ。商才を認めてるとか?


ともあれ、俺はこの豪華客船ヨゼフィーネロミルダ号からトリューで飛んで、アイスラー公国にいるはずだという精霊に会いに行くことになった。

ついでにアイスラーの首都っぽい立ち位置にある街エスラシャで王の居城に立ち寄る。

スタンリーとオリンピオ、そして父上と皇帝陛下も合わせた全員からのオーダーは、その立ち寄りで「たっぷりと威厳を見せつけてほしい」だって。

そのオーダーを聞いてパトリックが張り切る、張り切る! うっとおしいくらい!


肩から垂直に生えた羽の衣装は大ラウプフォーゲル王国の伝統衣装なんだけど、それをアレンジして大御所演歌歌手もビックリするほどのごてごてしい衣装案もあった。

もちろん俺が華麗に却下。

だってめっちゃ宝塚。羽! キラキラ! 虹色! なにこれSSR? っていうね。

もちろん舞台の上ではキレイだよ。でもね、ああいうのは虚像の世界だからキレイなのであってだね。

特に支配者となる立場の人間が着飾るのは、虚栄と傲慢でしかないということをとくとくと語ると、パトリックも父上もシャルルも渋々了承した。

だいたい衣装を派手めにしたがるのってこの3人。

俺に賛同してくれるのがガノとペシュティーノ。

衣装に興味なさすぎ問題がジュンとスタンリーとオリンピオ。


まあとりあえずスタンリーから威厳追加オーダーが入ったので、仕方なくちょっと立派な服で参ります。


「船からエスラシャまでは1時間ほどで着きますので、着替えて参りましょう」


早朝、俺はパトリックにコテコテに着飾らされて出発。

エスラシャの街はアイスラー公国の中心よりやや東側にある内陸の街。


原始人みたいなアイスラー人がこの土地を支配し続けたのには理由がある。

ズバリ、めっちゃ交通が不便なとこ。


アイスラー公国の領地の70%から80%が深さもわからない水浸しの湿地帯では流通もヒトの移動にも著しく制限がかかる。

昔のラウプフォーゲル王国がアイスラー公国を面倒に思っていても攻め入らなかったのはこういう理由だ。

侵攻したとしても、苦労ばかり多く実入りが少ないと判断したのだろう。


そしてその理由は、空を飛び大規模転移魔法陣を簡単につくれちゃう俺には通じない。

いやむしろ俺にしかアイスラー攻略はできなかったし、誰もしようとも思わなかっただろうね。


「なんか、おおきいユヴァフローテツみたい」

「そうですね。地平線の向こうまで湿地とは、壮観です」


水と草、ときどき林が混じった、青と緑とときどき黄色の濃淡が描くマーブル模様が眼下の景色に360度広がっている。ユヴァフローテツもなかなかに広いが、調査によればその規模は10倍以上違う。


「気候は温暖なんだっけ」

「ええ、竜巻(ヴィントホーゼ)大陸などと呼ばれていますが、竜巻があるのはローレライ側の北の海岸線と中央の山脈だけで、砂漠以外であれば一年中過ごしやすい気候ですよ」


大陸北側のローレライは砂漠で南側のアイスラーは湿原だけど、実はローレライの砂漠も帝国本土の砂漠ほどは熱くないらしい。

ただ当然だけど水がないし、とんでもなく広いので生物が住んでないだけ。生物がいない地域にはアンデッドも発生しない。

対してアイスラーは水だらけで気候は温暖。ということは!


「……アイスラーでは、おコメがつくれるかもしれない!」

「さっそく農地開発ですか。たしかに実効支配となると、まずは産業を作る必要はありそうですね」


「アンデッド対策はどうなってるんだろ」

「そればかりは未知数ですね」


なんてダベってる間に、アイスラー公国の首都エスラシャに到着。

なかなかに大きな街だけど建物はどれも木製で、湿地の水を避けるため高床式。壁にも屋根にも葦がふんだんに使われているので全体的に茶色っぽい。

首都、という前情報がなければそうとはわからない文明度。

3匹の子豚にでてくる狼の鼻息で軽く飛ばされそうな家構えだ。


「街のなかにも水が入り込んでる。アイスラーの人たちって靴どうしてるんだろ」

「船にやってきた海賊たちは裸足でしたよ」


ですよねー。


「あ、なんか広場にヒトが集まってる……あれって」

「ケイトリヒ様、見てはなりません」


ペシュティーノが身を乗り出して覗き込む俺の眼の前を、サッとでっかい手で遮る。


「なに」

「あれは、処刑されたアイスラー公国の重鎮。首を晒しているのです」


さ、さらしくび……! 日本だと江戸時代の刑罰ですやん。

まあでも意図的に賢さを奪われてきた民衆には、効果的な政権交代の証明だよね。


「大公が住んでる城って、あれ?」

「そのようです」


海賊たちは「居城」と呼んでいた。いちおう城壁があるからまあ、城ではあるんだろうけど。まあ、縄文人とかが城つくったらこうなるよね、という感じ。

湿地の上に広がる広い桟橋に、壁のない屋根だけの建物がたくさんあって、その中心には壁がちゃんとある、少し高くなった建物がある。どうやらそこが居城らしい。

屋根は粗末な茅葺きだけど、この建物だけ柱などにトーテムポールみたいな彫り物が施されている。これが権威というわけか……。にしても……。


「……スタンリーが出征して5日経ってるけど、あそこで寝泊まりしてるの」

「そのようです」


この調子じゃあベッドも藁葺(わらぶ)きにちがいない。


「せいれい」


「はいはーい、どしたの主!」

「お呼びでしょうか」


ジオールとウィオラがスポンと俺の頭から現れる。


「ここにちょっとしたお城たてられる? 可能だとしたらどれくらいかかる?」


「ちょっとした、ってどんな?」

「主が住まうものではなく、従僕のスタンリーが住まうものでよろしいでしょうか」


従僕じゃないんですけど。まあいいや。


「そう。外観はあえて豪華にして、中身は一応、スタンリーと魔導騎士隊(ミセリコルディア)とラウプフォーゲルから来た兵士と文官が安全に寝泊まりできる場所があればいい」


「ふんふん、それくらいなら2日もあればできるとおもうよ」

「作ること自体は簡単ですが……我々が手を付ける前に、大精霊と話をつけておいたほうがよろしいかと存じます」


アイスラー公国領を訪問する目的である大精霊。

ウィオラいわく精霊を介して俺の無尽蔵の魔力を土地に流し込むようなものなので、先に話を通しておいたほうが驚かせずに済むだろうという話。まあそれは確かに。


「わかった、じゃあいったん城……に降りよ」

「スタンリーが出向かえてくれているようですよ」


ぴょいと下を覗くと、広い桟橋の上にはスタンリーが何やらフッサフサのマントをなびかせて立ってる。蛮族の王感。やっぱ原始人といったら毛皮だよね!

そしてその後ろには魔導騎士隊(ミセリコルディア)。そして100人以上の大人が膝をつき、額をこすりつけるほど頭を下げて平伏している。

まあこれもいわゆるパフォーマンスなんだろうけど、なんか居心地悪い。


先にパトリックとジュンが着陸し、周囲の安全を確認すると俺たちの番。

親衛隊のピピンたちはトリューに乗ったまま厳戒態勢。


ペシュティーノに抱っこされて桟橋に降りると、桟橋の木板の床は思いのほかしっかりした作りだ。


「帝国の昇れる太陽、そして帝国の剣であるラウプフォーゲルの希望の星たる公爵令息ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ様のご来臨を心より歓迎申し上げます」


スタンリーが(ひざまず)くと、魔導騎士隊(ミセリコルディア)もそれに倣う。

後ろの100人以上の現地人はずっと平伏したままだ。


「にいに! ちゃんと寝れてる? こんな居城じゃおちつかないでしょ」

「……過分のご配慮、痛み入ります」


頭を垂れるスタンリーに駆け寄って抱きつく。

スタンリーはすこし身じろいだけど、いつもどおり抱き返してくれた。


「お城、たててあげるね。こんな建物じゃ、父上から借りた文官がまともに仕事できないだろうし、魔導騎士隊(ミセリコルディア)も休まらないよね」

「そのような身に余る光栄……」


「ね、そうでしょ!」


俺が魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員に向けて強引に話を振ると、視線の先の隊員たちは苦笑い。


「食料はだいじょうぶ? 気候がかわって、病気してる隊員はいない?」

「現地の食料には手を付けないように言ってあります。虫刺されなどの軽微な被害はありましたが、今は解決しています」


虫刺されってけっこうツライよ〜! 痛いより痒いのほうがツライことだってある!

聞けば魔導騎士隊(ミセリコルディア)にだけ卸しているアヒム特製の防虫剤がものすごく効果を発揮しているらしい。さすがアヒム!


「ん、じゃあ城は、この土地の大精霊と話した後にけんせ……」


「わっ、我々は、新しい王を認めなッ……!!」


土下座状態で平伏していた人々の中から、いきなり立ち上がったヒトが叫んだかとおもえば、すぐにのけぞって倒れた。ちょっと遠かったので何が起こったかわからなかったんだけど……。


たぶん、処された。俺には見えなかったけど、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の誰かが近づいて何かを確認しているみたい。


うう、見たくないよぅ。


「ケイトリヒ様、まだ害獣が残っているようです。お見苦しいところをお見せしてしまったことをお詫び申し上げます」


害獣……。

いや、この原始人文明のアイスラーでは、今はこれが正しいんだ。

逆らう者は徹底的に排除し、その姿を見せつけて反抗の芽を完全に潰す。

流民の処刑と違って、魔導騎士隊(ミセリコルディア)も冷酷に徹しているようだ。

全員、平伏した現地人を犯罪者を見るような目つきで見張っている。


「うん、いいよ。許す。わからせるには時間がひつようだもんね。そのあいだ、わかりの悪いアイスラー人が何人処刑されようが帝国にはなんら痛手はないもの。徹底してわからせてあげて。アイスラーは、もうスタンリー……いや、ヘイゼルのものでしょ」


あえて俺も冷酷に徹する。

俺の言葉に、平伏した現地人たちが震えるのがわかった。

子どもの声に、似つかわしくないほど残酷な発言。

そりゃ怖いよねー。やべー子ども来たと思ってるよねー。

まあそう思ってほしくて言ってます!


「ヘイゼル・フレッツベルグとしてアイスラー公国を手にした私は、ケイトリヒ様の側近スタンリー・ガードナーとしてその支配権をケイトリヒ様に献上いたします。全てはケイトリヒ様のために」


スタンリーが俺のちっちゃな手をそっとすくいあげて口付ける。


アイスラー公国は、末王子のクーデターによって政権交代した。

そしてその末王子は、帝国の剣ラウプフォーゲル公爵令息の側近だった。


これでここにいる現地人たちは、この国がどうなったのか理解したはずだ。


アイスラー公国は、帝国によって支配されたのだ、と。


……さすがにわかるよね?


「アイスラー公国の支配権、たしかにうけとった。こののち、帝国の太陽、皇帝陛下に献上する。スタンリー、我が代行としてのすみやかな支配権の奪取、ご苦労だったね。褒美に皇帝陛下の代理として新しい城をあたえるね」


ジオールがコソコソと俺の髪の中でアドバイスしてくれるとおりに、虹色の杖を抜いて真上に掲げる。


俺としては何もしてないんだけど、杖から光の玉がポワ〜っと膨らんで、大きなシャボン玉のようにフワッと浮いた。


「……この光の玉が弾けたとき、あたらしい城が築かれる。あたらしい太陽が2度のぼった後に、アイスラー公国はあたらしい帝国の領地としてうまれかわるだろう」


ほ、ほんとにこんな言い回しでいいのかな?

なんかすごい胡散臭いんですけど!


「有難き幸せに存じます」

「また、この土地はすでに帝国の支配地となった。皇命により、かつての国名を捨て、あたらしくガードナー自治区となのることを命ずる」


これは事前に父上と皇帝陛下と打ち合わせておいた内容。

スタンリーはいつの間にか家名を名乗っていたけど、これはラウプフォーゲルの男爵家に養子となったから。そしてそのガードナー家は、大ラウプフォーゲル時代からファッシュ家に仕える忠臣。

それだけではなく俺の実父が命を落としたアンデッド大発生(トート・ヴィレ)で跡取りとなるはずだった息子を2人も(うしな)い、最後に一人だけ残った息子も病気で亡くしてしまった、悲劇の一家。

スタンリーを養子に、と父上が命じたのは、スタンリーへの温情というよりもガードナー家への温情としての意味合いが強かったそうだ。


スタンリーは俺の最側近となるのが確定していたし、俺はその頃すでに頭角を現し始めていた。つまり出世間違いなしとなる子を、あえてガードナー家に入れたのだ。


そういう理由だと知ったのはだいぶ後だったけど、アイスラー生まれのスタンリーにとってもラウプフォーゲル貴族の養子になることは利点が多かったので、ウィンウィンの取引だったってことで。


そして今やガードナーの名前を冠する領地を与えられるまでになるとは、さすがにスタンリーを養子にした義両親も思っていなかっただろう。


芝居じみた茶番劇をスタンリーと俺とで演じたあと、サッサと居城をあとにする。


平伏していた現地人は、きっとこのあと、これからこの土地ですべきことを命令されているんだろう。

国の全てが帝国の支配下になり、37番目の領地となったこと。

帝国の皇帝陛下からその統治権を与えられた新たな支配者は、フレッツベルグ家の末王子であり、また帝国公爵令息の側近としての名を持つこと。

そして逆らう者は徹底的に排除されること。


文字も読めず、政治の仕組みもわからない平民たちにこれらのことをウワサめいた口伝で広めるためにあの現地人100人は集められていたのだ。


「ケイトリヒ様、あの光の玉は一体なんだったのですか」


居城から飛び去り、再び青と緑のマーブル模様の上を進むトリューの中でペシュティーノが不思議そうに聞いてきた。うん、予定にない内容だったからびっくりしたよね。


「あれただの光の玉だよ。ジオールが、なんかせっかくだからやっとけ、って言うから」

「どうりで何の魔力も感じられないと思いました。いわゆる、ハッタリだったのですね」


「まあそういうこと」


土地に魔力をそそぐのは大精霊に話をつけてから、ってゆわれたしー。

ペシュティーノは感心してたけど俺は「ハッタリ」の語源が気になり過ぎて上の空。


アイスラー公国こと、ガードナー領の統治はいったんスタンリーにおまかせ。

俺は、大精霊を見つけに参りましょうー!

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