第2部_2章_165話_帝国東部地域 3
カサンドラモデルのトランプがもたらされた翌日。
オリバーが手掛ける平民向けのシンプルなデザインで、単純に丈夫な紙で作られただけのモデルが納品された。
ついでに、カサンドラとオリバーも来た。
なんでやねん。ここ船だよね? 地球でも、ヘリか高速船でもなければそんな簡単に来れる場所じゃないんですけど……。
「ガノ様から商品の可能性についてとくと語られまして、いてもたってもいられませんでした。ぜひ、使用方法をご教授願います!」
「賭博にうってつけ、と聞いて同じく馳せ参じました。どうぞそのお知恵を賜りたく存じますわ」
転移魔法陣は国家機密だったんじゃ……?
あ、いや魔導学院のファッシュ分寮につながるやつが国家機密か。城馬車の屋根に描かれた転移魔法陣はむちゃくちゃ高性能なだけで、国家機密ではないのか。
いやまて、キミらどうやって来た?
「浮馬車で参りましたが」
2人は不思議そうに声を揃えた。そっか。そういう手もあったか。
そういう部分でも俺の身内の機動力はこの世界で尋常じゃなかった。
とりあえず俺の知る限りのカードゲームについては、ガノがキレイに文書化した。
ババ抜き、7並べ、神経衰弱にブラックジャック、5ポーカーに加えて、うろ覚えだけどクロンダイク、ソリティアなどの一人ゲーム、さらにスピードや大富豪なども追加。
ルールについては一応基本的なものだけ伝えて、それぞれローカルルールを用いても面白いのがトランプだ。ガノとシャルルは新しく教えた大富豪が気に入ったみたい。強そうな2人だ。
頭を使うのが苦手なロズウェルは単純なスピードが好きだって。
ピピンはブラックジャックとポーカーが好みだそーだ。この2つはギャンブル性が高いのでちょっと心配。
全員に安定的に好評なのはババ抜きとソリティア。まあ定番だったよね。
とにかくカサンドラとオリバーは、プレイの状況を見て可能性を確信したらしい。
公共放送でプレイルールを放送したり、大会を開くといった大掛かりな話まで出た。
ひとしきりテンション高めの話し合いを終えると、さっさと浮馬車に乗って帰ってしまった。たぶん、いろいろやることが生まれちゃったんだろうな。
「つぎの寄港はウンディーネ領だっけ。はい、8切り! で、これ」
「あっ、もう……そうですね、順調なので明日には着くという話でしたよ。はい、2」
「ジョーカーです。そして8切りして、あがり」
「「「ああ〜っ!」」」
今回はペシュティーノが勝ち。
レオは雑談に参加することもなくウンウン唸ってる間にゲームは終了だ。
大富豪は俺とレオとガノとペシュティーノでやるのが楽しい。
勝率はペシュティーノとガノがそれぞれ3割、俺が2割、レオが2割ってかんじ?
「冒険者の3人が合流するのはドラッケリュッヘンに上陸してからでしたか」
「あの3人にトランプを広めれば、帝国中に広がるでしょうね」
「そんなにゆうめいなの?」
「ケイトリヒ様、ミェスとバルドルといえば冒険者に興味のない者でも名が知れている数少ない有名冒険者ですよ。それを同時に2人も借り上げるなんて、本当に異常なんです」
バルドルは正しく借り上げた気がするけど、ミェスはなんかムリヤリついてこようとしてなかった? ピエタリは冒険者としては無名でも、エルフ界隈の超有名人らしい。
「ちめいどで選んだわけじゃないんだけど……」
「それでも有名人が冒険者組合から派遣されている時点で、公営情報番組のプログラムの中でも最高の注目度ですよ」
公共放送の公営情報番組は今や帝国の情報インフラとなりつつある。
なので、これまで1領地に1台と制限されていた投影機が、いっきに規制解除されて10台まで置けるよう法改正された。
それでも設置場所にはなんか届け出があって審査があっていろいろと大変だそう。
わざとそうしてるんですけどね。
そしてついに!
「たたーん!!」
「どうしました」
冷静に聞かれるとやりばのないこのテンションどうしてくれる!
「ついにできたんだよ! 僕専用の、携帯用投影機」
「その……画板がそうなのですか?」
画板っていうなし! 久しぶりに聞いたわその単語! こっちの世界にもあるんだね!
広めの船室でお披露目した携帯用投影機は、俺が抱えるくらいデカい。
「精霊がつくってくれた! で、放送登録もフォーゲル商会と帝国議会に申請した」
「なんと、それは完璧ですね」
ただの薄い板に見えるこの携帯用投影機、精霊製というだけあって信じられない高性能なのだ。
そして公共放送は、現代日本の地上波デジタルテレビと同じように双方向通信ができるようになっている。どういうことかというと、かってに電波をジャックして放映することができない仕組みになっているのだ。
なので、俺の携帯用投影機にも放映権みたいな設定が必要で、それもきちんと済ませてあるってわけ。
まあそのへんは全部フォーゲル商会がやってくれたんですけどー。
それより、何がすごいかっていうとだね。
まず壁にくっつく。金具や接着剤などなくても、ぺたりとくっついて俺が引っ張るとすぐとれる。ここポイント。「俺が」引っ張らないといけない。精霊仕様でしょ?
そしてものすごく薄いのに、なぜか垂直に自立する。倒れない。
ちょっとナナメにしたいなーと思ったときには角度をつけた状態で自立する。倒れない。
どういうしくみ?
異常に軽いすりガラスみたいな板なんだけど、割れない。オリンピオが本気で力入れても割れなかった。強固な不壊の魔法が施されてるらしいけど、ここまで丈夫だと武器になりそう。というのはジュンの言葉。たしかに。
そしてもちろん、映し出される内容は、帝国に設置してある公共放送と同じ。
製品化の予定がないので精霊がこれでもかと高性能な仕組みを入れ込みまくったようだ。
「どうやって起動するのですか」
「まってね、ええと……起動!」
俺の声に反応して、薄いすりガラスの板から光と音が出た。
『……を受けて魔術省は魔道具制作者認定制度の一時的な規制緩和を発表し……』
「おー、うつった」
「おや、規制緩和が議会を通過したようですね。やはり、一般的な情報は公営情報番組から得たほうが早そうです」
番組は終わりの時間だったようで、画面には「次の放映の準備中です」と出ている。
現代日本のテレビと違って秒単位で放映時間が管理されてるわけでもないし、優秀なスイッチャーがいるわけでもないのでこういう画面がけっこうしょっちゅう出るんだ。
やがて鳥の巣街の映像が次々と浮かび、「鳥の巣街は欲しいものがそろう街。みたこともないものと出会える街。そして、あなたの夢が叶う街!」
なーんてキャッチコピーとともに見目麗しい男女が手を繋いでデートしている。
CMのクオリティ高ッ! ドローン撮影みたいなものもすでに導入されてるし、画面のキラキラエフェクトもどうやって入れてるの!?
「えいぞぎじゅちゅがしゅごい」
「ケイトリヒ様、ちゃんと発音してください」
もう、だらけてるときくらいいいじゃない!
「このきらきらとか、どうやってつくってるの」
「魔法でしょうね」
あっ。映像技術じゃなくて!? リアルに撮影現場でキラキラ入れてるってこと!?
逆にすごくない!?
映像のできあがりについては、なんと予想通りというべきかドラッケリュッヘンからの異世界召喚勇者、アランとミョンジェが関わっているらしい。
意外な組み合わせ!
「へえ、すごいね。モデルはどういうヒトから選んでるの?」
「テアータシュタット領から身元の確かな者を選んで専属契約していると聞いています。今では舞台俳優の主役と並ぶ人気だそうですよ」
テアータシュタット領は古くから劇場や歌劇、演奏会に展示会、芸術品の競売など、とにかく芸術に関する産業が集中している領。まあ絵や音楽などは他領でもそれなりに発展しているんだけど、大規模な劇団があるのはテアータシュタット領ならでは。
芸能に関しては帝都よりもラウプフォーゲルよりもテアータシュタット領が格上で、俳優を目指す人材は皆そこを目標にする。
「またあたらしい領とのおつきあいが……」
「今は協力してくれていますが、公共放送にしても幻影映画館にしてもいずれテアータシュタット領とは競合になりそうな気がします」
「演者の指導については実績がないでしょ? これからも協力ってかたちですすめたいな。舞台に足を運んでもらうための宣伝とか、ちょっとした見返りみたいなものは惜しまないようにしてほしい」
「ふむ、そうですね……」
健全な競い合いならいいけど、パイの奪い合いになったら結局どちらも見放されてしまうこともある。ニュースはともかく芸能は生活必需品ではないので、醜い争いを見せて飽きられてしまえばその立場はトランプに奪われる可能性だってあるんだ。
……そうなったらけっきょくパイを得るのはフォーゲル商会ってことになるけどね。
ただ、トランプはどんなに売れても伸びしろが限られてるので、さほど旨味はない。
ひとりがトランプ1個買ったとしても、トランプで楽しむ時間からお金を取ることはできないんだもんね。
「ケイトリヒ様。ウンディーネ領主から、御館様を通じてご連絡がありました。現在ウンディーネでは小規模なアンデッド大発生が発生しているそうで、今回の寄港でお出迎えできないことを詫びるものだったと」
船室に現れたガノが淡々と報告してくる。
「え! だいじょうぶなの!」
「はい、すでにユヴァフローテツから魔導騎士隊が出動しており、殲滅のめどがたっておりますのでご安心ください」
「さいきん、アンデッド大発生おおくないかな」
「各領地でトリューが導入されたので、見つけやすくなっただけですよ。実際、近年で報告される発生地域は馬や徒歩でも入りづらい場所であることがほとんどです」
なるほど。そっか。
これまで見逃されていたアンデッド発生が早期に発見されて対処しているので、大規模なアンデッド大発生が発生する可能性は帝国では低い。
もともと低かったけど、さらに低くなっている。
「アンデッド収集機の話はどうなってる?」
「さきほどの公営情報番組でも発表のあった議会で、審議されているはずです。非公開案件なので議決のあと実際に動き出すまでは発表されないでしょう」
ヴァイスヒルシュで新開発したアンデッドホイホイこと、アンデッド収集機。
まあ見た目はただの石のオブジェ。
それの効果は、今後のアンデッド防衛を360度かえる画期的なものだ。
あ、360度だと一周回って同じだわ。180度だ。
まあとにかくこの件は中央ともしっかり連携を取って、正しく、そして念入りに根回しして理解してもらわないと危険な案件ということで父上と皇帝陛下におまかせー。
てなわけで、ちょっとだけ心配していたウンディーネ領での寄港は予定通り6時間ほどで終わり、天候もよいのでさっさと出港。
いちおーウンディーネ領の大臣みたいなヒトが出迎えてくれたので俺もちょっと下船した。ほかの港町との違いは……うーん、特に無いかな。
ゼーレメーア領の副港よりは立派だった。
大臣は「水の平原をご覧頂きたかった」と観光地としての魅力を存分に語ってくれて、俺も興味津々ではあったけど今回はね。寄港なので。またトリューで遊びに来ます、と言うとすごい熱量で「領主、臣民、ともに心よりお待ちしております!」と念を押された。
水の平原って名前が気になるもの。いつか来るよ。
ウンディーネ領主は不在だったけど、歓迎の皆さんの盛大なお見送りをうけて出港。
おみやげは領の特産品の食材詰め合わせだった。
見たことない魚や野菜も保存の魔法をかけられていろんな種類が入っていて、しかもご丁寧に一般的な調理法と生産地、生産量なども記されたいいかんじの報告書つき。
さすが大臣、政治家。ぬかりがない。
レオもこれには大喜びで、さっそく厨房で食材の特製を理解するために色々と研究してるみたい。レオが食材の特製をしっかり理解するまでは食卓に並ぶことはないので、しばらくは試食もおあずけ。新メニュー&新食材が楽しみな毎日。
なにせずっと船の上なんだもんね。
最近の楽しみといったらトランプでロズウェルから巻き上げることと、食事だけ。
あとたまに釣り。
冗談で「クラーケン釣れないかな?」と言ったら、その餌じゃ無理だって船乗りから返事がかえってきた。餌さえどうにかなれば釣れるもんなの?
そして帝国最後の寄港地、エーヴィッツ兄上のいないヴァイスヒルシュは同じく領主多忙のため特に出迎えナシ。まあそれが普通なんだけどね。
帝位継承件第2位とはいえ、ただの領主令息に領主様がわざわざ表敬訪問することのほうが異常なんだな。あちらはあちらの打算があるんだろうけど。
クラーニヒ領は素通りして、ゼーメル岬を越えたらその先はアイスラー公国の領海だ。
何事もなく素通りできたら一番いいんだけどなー。
平穏無事でスルーって可能性もワンチャンありじゃない?
アイスラーだっていつも海ばっかり見てるわけではないだろうし、大陸横断船はシュヴァルヴェとヴァイスヒルシュの海軍がぶっ壊したし。
このバカでかい豪華客船を遠目で見ながら、船が無いから襲撃できなくてジタバタしてるって可能性もアリ寄りのアリアリだ。
そうやってドラッケリュッヘン大陸まで何事もなくスルーッとね!
そう考えてたときもありましたとさ。
「ケイトリヒ様、アイスラーの海賊の……襲撃? というか、訪問? というか、難破……というか。まあ、そういうものがありました」
ペシュティーノがいかにも脱力気味に報告してきたのはクラーニヒ領のゼーメル岬を過ぎた2日め。
俺がトランプのスピードでパトリックをコテンパンにしているところだった。
「なんぱ!? たすけたの?」
「いえ、捕虜……というか、保護というか。なにせ、あの海岸線から手漕ぎボートで接近してきたので」
船窓の外に見えるのは、帝国の南にあるヴィントホーゼ大陸。
北側のローレライがある大陸だが、その海岸線がうっすら霞にかかって見える。
「えっ、10リンゲ(約40km)以上ない!? そこから手漕ぎボートで!?」
「そのようで」
「バカなの!?」
「ご存知だったはずでしょう」
なるほど、襲撃というより難破に近いわ。
「で、なんていってるの?」
「いえ、金目のものを出せと……」
「バカなの!?」
「ご存知だったでしょう。報告したのは、スタンリーが独断で処刑しそうなので止めてほしいと進言するために……」
「もー! それはやくいって!」
パトリックに向かってパッと手を伸ばすと、トランプを手早く片付けて着替え。
虹色の杖と、俺専用の飾り剣|(日本円にしてウン十億)を帯剣して、お部屋を出る。
「にいにー!」
アイスラー海賊を捕縛しているという船倉のドアを開けると、そこには……。
「にいに?」
「ああ、ケイトリヒ様。わざわざこのような場所に足をお運びくださるとは心苦しい限りにございます。貴様ら、身に余る光栄に喜ぶがいい。ラウプフォーゲル公爵ザムエル・ファッシュ閣下のご令息にして帝位継承順第2位。帝国の昇れる太陽たるケイトリヒ殿下のご来臨である、平服しろ」
わあ、スタンリーってたまにすごい流暢にしゃべるね!
というかアイスラーの海賊らしい男たちは、10人くらいいるのに足の間にシッポをしまい込んだ犬みたいにすごく小さくなって部屋のスミでかたまって座り込んでいる。さらに完全に怯えた目つきでスタンリーをチラチラ。
部屋の中は高校時代の運動部の部室みたいな臭いがいっぱいで、顔をしかめていたらペシュティーノが部屋と彼ら全体に浄火をかけてくれた。
臭いはだいぶなくなったね。
「にいになにしたの」
「すこし身の程を理解させてあげただけですよ」
いつも無表情なスタンリーがニコリと笑うと、彼らからは表情も見えていないはずなのにビクリと身を震わせてソワソワしだした。
……この短時間で、声色だけでソワソワさせるほどのトラウマ級の何かをしたんだね?
「ケガはさせてない……?」
「皆、この船に乗ったときのままの状態ですよ。身体はね」
身体以外は? と聞きたかったけど、あえて知らんぷりすることにした。
「で、かれらはなんでこの船に来たの」
「王子殿下がお尋ねだ、答えろ」
スタンリーが足先で小突いただけで、「ヒィッ」と声を上げて恐慌状態。
まじで何したの。
「一度で言って答えないやつにラウプフォーゲルが何をするかわかるか?」
「ヒッ、ここ答えます、答えますッ! 船を襲って金品を奪えと! 俺たちは絶対無理だと言ったんです、なのに、でも、その」
「めいれいしたのは?」
「ッ……」
「殿下の質問には即座に答えろ」
「ギャアッ!! ひ、ひいぃぃ、た、たいこう、大公閣下です!」
蹴ったとか殴ったとか、そういうことは一切してないのに海賊の男はスタンリーの言葉に飛び上がって手を押さえて転がったかと思えば、すぐに我に返って素直に喋りだす。
これは……。
「にいに、もしかして幻痛の魔法つかった?」
「さすが開発者ですね。少しアレンジさせてもらいましたが、そうです」
スタンリーと魔法の勉強をしていたときに俺が考案した「幻痛の魔法」。
今のところまだ魔法学会には発表していない独自魔法なんだけど……。
「あれはヒトにつかうものじゃないって結論だったじゃない」
「ええ、ですが暗部では大変重宝されましたよ。なにせ、死なせることなくいくらでも何度でも繰り返し痛めつけられますからね」
そう。魔法学会に発表しなかった理由は、使い道が拷問にしかない魔法だからだ。
この世界では医学があまり発達していないこともあって、痛みのメカニズムが解明されていない。全ては脳がコントロールしている、という話をスタンリーが理解するまで説明したところ、幻痛魔法のエキスパートになってしまった。
「しなないけど、あんまり使うとおかしくなっちゃうからダメだよ」
「もちろん加減してますよ。しかし、こういうときには便利で。私の小さな身体では殴ったり蹴ったりするのも手間です。かといって刃物は、ジュンほど手慣れておりません」
同じ部屋にいたジュンがウンウンと頷いている。
「できれば俺も覚えてえ魔法だな」とジュンが言うけど、どうやら他者の痛みをコントロールするのは精神系に働きかける【闇】属性の領域らしく、適性持ちのスタンリー以外にはほぼ使えないそうだ。精霊談。
チラリと海賊の男たちを見たら、スタンリーに向けていた恐怖の視線が俺にも向けられている。なんで。
「じゃあ、その大公カッカはどこにいるの」
「……おっ、俺たちが出港するときにはコルシャの街にいた。今はわからねえ……いや、わかりません、居城以外では、あまり長い時間、同じところにいないので……」
大公閣下……つまりアイスラー公国王バルウィン・フレッツベルグはスタンリーの実の父親。アイスラー公国は一応、フレッツベルグ家が代々支配していることになっている。
「いまでも王はかわらず、バルウィン?」
「バッ……!! そ……そ、そうです」
俺が名を呼んだことにビビった海賊たちがまたソワソワしだす。
名前を呼んではいけないあのヒトみたいな扱いなの?
「やっぱりめいれい聞いてるだけなんだね」
「しかし、バルウィンから直接命令を受けているということはこれらはそれなりに上位の獣のようです。駆除の対象になるかはまだわかりませんが、いずれにしても頭を潰したほうが簡単にすみそうですね。やはりここは私が単身で乗り込みましょう」
「そうねー」
スタンリーがおつかいにいってきますくらいの感覚で言うから俺も軽く返事しちゃった。
幻痛の魔法は痛みがあるだけで身体には全く害はない。いや、恐怖を植え付けるから精神面ではあるかもしれないけど、ケガはない。
それにここまで怯える海賊たちは、おそらく痛みに慣れていない。
「ねえ、きみたち普段はどういう生活してるの? 学を得ると力が失われる、って教えにしたがって暮らしてるんなら、魔道具とかは使わないの?」
アイスラーの悪評は無数に聞いたけど、実際にアイスラー公国で育ったヒトを俺はスタンリー以外に知らない。
海賊たちは子どもの俺にも怯えていたけど、俺がスタンリーのように痛めつける子どもじゃないと判断したのかぽつりぽつりと話しだした。
あれだ、良い警官と悪い警官の役割だ。
「魔道具は、法律で禁止されてます。もっているだけで、処刑されます」
「ふうん、そうなんだ。いつも船をおそってお金をもうけてるの?」
「海賊は、選ばれた男だけがやります。最近は儲けがなくて大公閣下がイラついてます」
……なんというか、大の大人だというのに言葉がたどたどしい。
丁寧語使ってるだけマシか。
「奪った金品は、どうやってお金にするの?」
「使えるものはそのまま使って、よくわからないものは外から商人が来ます。商人はお金を使いますが、お金は、あまり街では役に立たないので食べ物や服に変えてもらう事が多いです」
……お金が役に立たないとは。原始人のような暮らしとは聞いていたけど、貨幣社会さえできてないってこと? ケモノすぎんか?
「食べ物や服のための布は、つくるひとがいるでしょ?」
「それは女たちの仕事。女をたくさん囲える村から取り寄せます。そういった村はお金よりも塩や砂糖、香辛料や鋼鉄、銅、銀……そういうものを交換材料として望みます」
「こうかんざいりょう……」
「女をたくさん囲える……?」
「女たちの仕事……??」
俺とペシュティーノとジュンが次々と疑問を口にするけど、海賊は話した内容に何も疑問を持っていない。なぜ怪訝な顔をされるのかわからず、戸惑っている。
「お、女は大事にされています。子ども産むし、帝国は女を重宝する。貿易船には必ず見目のいい女を何人か乗せて、帝国で買い物をする仕事を与えています。ときどき逃げ出すけど……女がみすぼらしい姿をしていると帝国人は見逃さないので、きれいにしてます」
……女性をまるで家畜か持ち物かのように語るその男に心底、嫌悪感が湧いてきた。
俺は男だけど、そんな感性に触れたことは前世でも今世でも初めてで気分が悪い。
ケモノのように生きるアイスラー人の女性は、どんな生活をしているんだろう。
「……ん、だいたいわかった」
「ケイトリヒ様……どうなさいますか」
「にい……ううん、スタンリー。魔導騎士隊を必要なだけ連れていっていいよ。ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュの名において、アイスラー公国を制圧してきて」
スタンリーはカッと目を見開くと、その場に素早く座り込んで最敬礼の姿勢をとる。
「ケイトリヒ殿下のご命令、このスタンリー・ガードナーが慎んで承ります。……今回限りではございますが、公国王バルウィン・フレッツベルグの子、ヘイゼル・フレッツベルグとして公国を支配下に置いて戻ってまいります。ケイトリヒ殿下の名のもとに!」
スタンリーの名乗りを聞いて、海賊たちが青ざめた。
「ヘイゼル!? ど、奴隷王子のヘイゼルか!?」
「バカッ、黙れ!」
「そんな! 帝国が攻めてくるってことか!?」
「いや、閣下は帝国は絶対に攻めてこないと言っていた!」
「じょうきょうがかわったんだよ」
俺の言葉で、海賊たちはピタリと黙った。
「僕がムカついたから、アイスラーは滅ぼす」