第2部_2章_163話_帝国東部地域 2
「ゴーストぺぺ」と呼ばれるお菓子は、ちょっとカチカチの綿菓子みたいなものだった。
食べるとパリパリしてて、口に入る分よりもほっぺにへばりつくほうが多い。
甘いけど独特の匂いもあって好き嫌い分かれそう。
ゼーレメーア領の港町、イェレー。
帝国の中では極貧領と呼ばれるゼーレメーアだけれど、イェレーの町は地域の中核都市を担っているようで、とても賑やか。町は海岸沿いに広がっていて、ヒトがすごく多いけど重鎧の兵士も目立つ。
多分、俺の訪問で急いでゼーレメーア領主が主力軍を派兵したんだろう。
町のヒトとちょっと小競り合いになっているところもちらほら。
でも俺としてはゼーレメーア領の情勢を見に来たわけでもなければ、何かの視察をしにきたわけでもない。
まあいきなり来た俺が悪いってことで、そのへんはスルー。
「こっこれは、海藻パラダイス! こちらはトサカノリの一種でしょうか? もしやこのこんにゃくっぽい物体はえごねり……!? ああっ、これはイワヅタ! であれば海ぶどう的なものがあるかも……!」
港の市場に入ったレオは大興奮。
市場のヒトに食いかかるように質問を投げかけてるのに、ものすごく歓迎されてる。
ゼーレメーアの市場のヒトたちが温厚でよかった。
見方によってはすごい邪魔そうなんだけど。
っていうか、海藻ってそんなに種類あるんだね?
ワカメとコンブとノリくらいしか知らなかったよ。
「殿下! コンブにワカメ、ヒジキにモズクと理想の海藻がたくさんございます! これはぜひ大口取引をいたしましょう!」
「ノリは?」
俺の質問に、レオのテンションが急降下。
ヒジキもモズクも海藻だったか……。
「ノリは、どうやら市場には無さそうです。しかし聞き取り調査によると近しい種の海藻が自生しているそうで、まだ食用と認識されていない可能性があります!」
「そっか……もしかしてレオ、調査したい?」
「もちろんしたいです!! 調査のため単独行動をお許しいただけるでしょうか!」
海苔ってたしか岩にくっついてるんだっけ。
日本人は当たり前に食用にしてたけど、冷静に考えたら岩に張り付いている草をわざわざ剥ぎ取って乾かして紙状にして食べるなんてすごく手間だよね。
「魔導騎士隊つれてってね」
「はい!」
レオのパッションに当てられたのか単なる食いしん坊なのかわからないけど、魔導騎士隊にはグルメハンターを自称するレオの護衛専門部署が自主的に設立された。
あくまで自主的な部署なので正式なものではない。レオが美味しいものを見つけ出して食用化するのに興味を持った隊員の数名が、今後もレオの護衛をしたいといい出しただけなんだけど。
魔獣の危険もあるこの世界では、グルメハンターは職業になるかもね?
冒険者のなかにも、食材調達を専門にしているヒトがいるらしいし。
レオが名指しで「ドミニクとカステロを呼んでください!」と魔導騎士隊に告げていた。たぶん魔導騎士隊グルメハンター部署なんだろう。
親衛隊のピピンにチラリと視線を向けると、肩をすくめた。
「ドミニクとカステロはグルメハンターの言い出しっぺですよ。他にも数名、同志がいるようですがあの二人だとレオ殿の熱気に当てられて食材を追うのに夢中になってしまうので。必ず、食材に興味のない隊員を二人ほどつけることにしております」
……正式な部署になるには少し遠そうだね。
ゼーレメーア領主エメリヒ卿の案内は、なんというかただ俺についてきて質問があれば受け付けます、という消極的なものだった。
他領の港町とはいえ、船の形や漁の方法などに大した違いはないし、マリーネシュタット領の漁港ツェルヒャーとの違いといえばちょっと聖殿が多いかな、くらいだ。
領主が聖職者ならそれも当たり前。
聞けば、ゼーレメーア領には「鎮魂の海」という海域があって、その昔はそこが墓場代わりになっていたそうだ。
そこに投げ入れられた遺体は、決してアンデッドになることなく腐敗していくということで救いの海と言われていたそう。帝国法で遺体の取扱が厳密に法制化されると墓場としての役割は終えたけれど、その海域の砂浜には今でも無数の白骨が打ち上げられる不気味な景観を描いているんだって。うん、ぜんぜん見たくない。
だがそれが理由で領全体に聖職者が多いというわけ。
まあつまり葬儀場で潤った領ってことだね。
そうやって聞くとなんというかネガティブなイメージだけど、アンデッドがはびこるこの世界では「死」に対してさほど忌避感がない。
むしろ正しく死ねることは幸せなことだとポジティブに受け入れられている。
死は不可侵で神聖で忌み嫌われるもの、とされていた現代日本人の俺の感覚からすると、かなり斬新な死生観。
ゼーレメーア領は現代日本でいう「スピリチュアルなパワースポット」みたいな扱いのようだ。魔法も呪いもゴーストもいる世界でスピリチュアルもクソもねーだろと思うけど。
たくさんの死があつまる場所だからこそ、生者に伝わるメッセージ的なものがある……のかもしれない。たぶん。しらんけど。
さて。パトリックの厳正な調査の結果、イェレーの町には俺の宿泊に適した宿がないというハナシになり、今夜は高尚なる城馬車のなか、つまりファッシュ分寮で寝ることになった。
そしてあっちゅーまに夕方。
なんだかねー。ファッシュ分寮の、見慣れた寝台で寝ると旅のテンションが落ちるというか鎮まるというか、旅してる感覚が抜けるというか。
一旦家に帰ってるようなものだから、正しい感覚だと思うんだけど。
ゼーレメーア領なんてめったに来ない領に来てるのに、なんだかお庭感覚。
「ペシュ、こんやは甲板で寝たい」
「なにを仰るのですか! 甲板で寝るなど、見習い船員でもしませんよ!」
「でもさあ」
分寮の寝台で寝たくない理由と心情をとくとくと説明すると、ペシュティーノも少し頭を抱えた。
「……お散歩感覚で大陸遠征をするのは、確かに……問題……なのでしょうか? いえ、それができることは偉大なる力のおかげなので別にいいような……? しかしケイトリヒ様の旅の感覚と言われると……うーむ、ちょっと、常識から外れすぎていいのか悪いのか判断がつきかねますね」
わかるよ? 冒険者修行に出たはずなんですが、レジャーっぽいんですけどどうすればいいですか、って言われても困るよね。どういうことやねんってなるよね。わかるよ。
心持ちの問題ですと言われたら、もうそうですかと言うしか無いんだけどね!
「なるべくファッシュ分寮に戻るのはほんとのほんとに最終手段にするとして、かのうなかぎり現地で寝泊まりしたいの。いいでしょ?」
ペシュティーノはパトリックと顔を見合わせて少し悩んで「では船室で……?」と呟く。
ハンモックのペシュ布団もいいけど、それは海上では常にやることだから。
「ふつうの冒険者が寝泊まりする、ふつうの宿を所望します! 王子にふさわしいとかそういうのナシで! 雑魚寝でも相部屋でもどんとこいだ!」
「ダメです」「認められません」「反対!」「却下」
なんか声が増えた!
後ろにいた魔導騎士隊親衛隊のピピンとロズウェルがハモってきたみたい。
突然参加すんのやめて!?
「雑魚寝はさすがにダメですよ王子!」
「冒険者のことは尊敬してますが、身元が確かであってもならず者のような者も多いのです。相部屋なんてとんでもない!」
アイドル顔で子犬系の見た目のピピンと、ワイルドでバリアートが似合いそうなイケメンのロズウェルが参加してきた。この二人は側近の補佐もやってくれる魔導騎士隊の中でも準側近的な扱い。
「ピピンとロズウェルは市井で冒険者と接する機会も多かったはず。彼らがそういうのですから、さすがに今のお言葉はそのままは受け入れられませんよ、ケイトリヒ様」
「パトリック、この町の高級宿はケイトリヒ様には向かないという結論ですが。護衛を増やしたり、支払いを多めにしていい部屋を取るなどで対応は……」
「「「できません」」」
パトリックとピピンとロズウェルの声がそろった。
「そんなにひどいの!?」
「いえ、ひどいというか……」
「建物は綺麗ですし、保安上もさほど問題はありませんよ、ですがね」
「ただ、公序良俗に難がございまして」
「こうじょりょうぞく……」
ものすごくソフトに言ってるけど、もしかして……?
「もしかして売春宿になってる?」
「け、ケイトリヒ様ッ!」
「さすがに10歳が口にしていい言葉ではございませんよ」
「理解が早くて何よりです。絶対ダメな理由がおわかりいただけたでしょう?」
「それは確かに近づけたくありませんね」
「性風俗って違法なんじゃなかったっけ?」
「け、ケイトリヒ様、そのような言葉は慎んで……」
「こういう辺境では割と大っぴらにやっているみたいですね」
「ラウプフォーゲル城下町でも城壁外の寂れたところでは隠れてやってますよ」
「違法な営業の全てを取り締まるのは難しいでしょう。ともあれ、そういう事情であれば仕方ありません」
ペシュティーノが淡々としているのでひとり慌てていたロズウェルも落ち着いたみたい。
「甲板で野営を模した形でもよろしいのではないですか? どうせ魔導騎士隊が不寝番をするのです、保安面は問題ありません」
パトリックが言うと、ピピンとロズウェルがウンウンと頷く。
「しかし寝台が……」
「ご安心を! ケイトリヒ様のおやすみまでに私が用意してご覧に入れましょう!」
パトリックが味方になってくれてよかった!
ここで甲板での雑魚寝の前例を作れば、今後ちょっとやそっと無茶言っても大丈夫そう。
陽が完全に落ちて、イェレーの町で一番のレストランで食事。
レオによる異世界料理改革の前に食べたラウプフォーゲル料理は味気なかったけど、ここのレストランのメニューは全体的に海鮮のお出汁が出ていて美味しい。港町で新鮮な魚介が手に入るおかげで生臭さもないし。ツェルヒャーでも食べた大海老の料理のレパートリーが多い。
あちらは軍港のそばということで磯焼きや煮込んだだけのスープみたいな大雑把な料理が多かった気がする。まあそれでも美味しかったけど!
入ったのが高級レストランだったせいもあるのか、大海老のすり身でつくられたお団子や「煮凝り」に似たゼリー寄せ、野菜と合わせて炒めてトロみをつけたあんかけっぽい料理も。
味のレパートリーは少ないけど、けっこうクオリティ高い!
大満足で船に戻ると、甲板には簡易テントと焚き火台が用意されていた。
いいね! すごくアウトドアっぽい!!
「ケイトリヒ様、今夜はこちらでお休みください!」
パトリックが胸を張ってテントをめくると、そこには……。
「……これ、赤ちゃんが寝るやつじゃない?」
「何をおっしゃいます、寸法が少し小さいだけで、簡易的な寝台ですよ」
籐編みのような大きめのバスケットに、ふんわり敷きつめられた寝具。
もちろん取手もある。ペシュティーノやオリンピオぐらいであれば小脇に抱えられそう。
「ほら、寝てみてください! さあ、さあ!」
まだ寝る準備してないんだけど、パトリックがやけにグイグイくるんで仕方なくもそもそとバスケットの中に入る。上からやわらかい掛布をかけられて、肩を包むようにキュッキュッと隙間を埋められる。
あ、これはバラの寝台とはまた違った快適さ……。
すぐにトロンとしてきて寝ちゃいました。
この寝具、ぜったいウィオラの安眠の魔法がかかってるに違いない!
翌朝。
俺のベビーバスケット……いや、ベビーじゃないし! とにかくバスケットは、船室の中に入れられて天井から吊るされたフックにかけられていた。
宙吊りバスケット。起きたけど降りられない。
「ぺしゅ」
「ああ、お目覚めですか。もう降りられますか?」
姿は見えなかったけど、下にいたみたい。
「甲板じゃなくなってる……」
「お休みのあとに小雨が降りはじめたので船室に移動しました。よく眠れたようですね」
抱き上げられて床に降ろされる。
結構高いところに吊り下げられてるね! 寝相が悪くなくてよかった。
「いい風が吹いてきたのでそろそろ出港しようかと、船員たちと話している最中でした」
「そうなの」
プワッと目の前に黄緑色のふとっちょ鳥が現れて、「このさきずっと順風だよ!」と告げる。風向きや潮目が完全に把握できるのって、この世界では割とチートだと思うんだ。
「昨夜、御館様からご連絡が。本日アイスラー公国について話したいとのことです」
「あ、うん。なんじごろ?」
「6刻半(13時)頃と」
「それぜったい昼食会にさんかしないといけない時間」
「お嫌なのですか?」
「イヤじゃないけど、せっかくだから海藻たべたい」
俺のちっちゃいお腹は容量がとても少ないので、食事はなるべくご当地のものがいいな。
まあ、このあとまた4日間海の上になって、レオのチャレンジングな海藻料理が続くだろうからまあいっか。
「それと、ガイス伯から『ショーユ』と『ミソ』を輸入したいと申し出がございました」
「え! いつのまに売り込んだの!」
「昨夜のレストランで、ケイトリヒ様が召し上がったあと海藻料理のヒントを聞くためにレオが料理長を尋ねたそうです。そちらで配ったそうで」
「いいねいいね、営業してるね。海産物と相性バツグンだもんね」
輸入に関してはフォーゲル商会へ。
てなわけで、ゼーレメーア領の港町イェレー訪問はこれにて終了。
風が吹いてきたので、領主に軽くご挨拶して出発。
見送りに来た領主エメリヒ卿は、おみやげと称して聖教のお守りを渡してきた。
こういうのいらないんですけど……と思ったけど、精霊たちが「いいものだから持っておいたほうがいい」って言うもんだからもらっといた。
精霊の言ういいものってなんだろう?
ペンダント型のそれを首から下げると、スタンリーからもらった首飾りよりちょっと長くていい感じ。
さて、出港から2時間。
父上のいるラウプフォーゲルに参りますかねー。
「おお、来たか。どうだ、船旅は?」
「旅してるきがしないです」
執務室に現れた俺を、父上はわざわざ書き物の手を止めて立ち上がって出迎えてくれた。
もうダイナミック高い高いはしないけど、ひょいと抱き上げてムギュッと抱きしめて頬ずりされる。
「マリーネシュタット領主閣下と、ゼーレメーア領主閣下におあいしました」
「ああ、聞いておる。ヴァッサーファル領主と会えなかったのは残念だな。まあ、其方が呼び出せばいつでも来るだろうが」
相手は領主様ですが?
「メーアバッハ候は、ちちうえとおともだち?」
「ああ、悪ガキ仲間でな。学年はエルヴィンが一番上で、その次がヴィンツェンツ、その下が私だ。私の学年には他にも二人ほど仲間がいたが……まあ、この話はいい。仲良くなれたようだな。エルヴィンにとっても可愛くて仕方なかっただろう」
父上はちょっと懐かしむように遠くを見つめ、すぐに意識を戻すと俺を撫で回して額にチュッと口付けてきた。うんうん、俺、かわいいもんね。
「……それよりも、アイスラー公国を本当に平定していいのかという話だったな」
「そうです。ペシュティーノからきいてるかもしれませんが、実のところやる気になれば2、3日で達成するとおもいます。スタンリーは一応、公の実子ですし」
スタンリーが魔導騎士隊を連れて単身で乗り込み、公国の主である公爵一族郎党をすべて制圧する。
こうなるとラウプフォーゲルの侵略ではなく、末子王子によるクーデターという扱いになるはず。そういう話をすると、父上は唸った。
「たしかに、何よりもすんなり事が運びそうな案だ。しかし当のスタンリーは大丈夫そうなのか」
「なにか心配でも?」
「いや……まだ16歳だったか? それくらいであろう? 祖国を滅ぼされるとなれば穏やかではいられないのではないか」
「僕、スタンリーにせんめつはやめてって止めてるほうなんですけど」
父上がフリーズした。まあ、そうなるよね。俺もそっち側。
「ペシュティーノから、扱いがひどかったとは聞いているが……それほどなのか?」
「僕にはおしえてくれないんで、本当にひどかったんだとおもいます。一時的な君主になることも、とくにもんだいないってゆってます。実権を渡したいとも」
父上は俺を抱っこしたまま執務室の椅子にドカッと座る。
足が肘掛けに挟まった。イテテ。
「なんともお誂え向きというか、お膳立てが過ぎるな」
「簡単すぎて、ほんとにやっちゃっていいのかなやましいんです。制圧したらしたで、統治しないといけないし」
俺をじっと見ていた父上が、ニッと笑って俺を撫で回す。
「うむ、そうだな。支配者たるもの、行動したあとの未来を常に予測して立ち回る必要がある。制圧は簡単だが、制圧したあとが心配ということだな。長年敵対してきたとはいえ市民にその咎があるとは思えぬ。正当に、平等に支配すべきだという心がけは立派だ。……して、ケイトリヒは父に何を望む?」
「アイスラーに派兵できる兵士1万ほどかしてください。あと、政治と行政にあかるい文官も500ほど」
「その数で事足りるという算段がついているのだな?」
「ガノとシャルルが出した理想値です」
父上は膝の上に座る俺をしげしげと見つめて、ヒゲをいじる。
「兵士1万はすぐに集まるが、文官はその数を集めるのは難しい。フォーゲル商会の人員を集めたときと同様に、帝国全土の商業組合に協力を要請してはどうだ」
「え、兵士あつまるんですか」
「ああ、其方の海上兵器開発のおかげで、海岸地域から引き上げてそちらに回せる」
「あー」
なんか想定してなかったけどいい感じにコトが運んでる。
「……なんだ、それを想定して海上兵器を開発したわけではないのか?」
「ぐーぜんです。マリアンネがアイスラーの海賊どーにかしてほしいって言うから作っただけで」
わっはっは、と父上が笑うと、近くにいた父上の側近も笑った。
本当のことなんですが。
「では兵士については父に任せなさい。ただ、文官は20くらいは揃えられるだろうがあとは募集しなさい」
「20いれば中核に据えられるのでたすかります!」
目を細めて撫で回してくる父上に身を預けて甘えていると早速、側近たちがなにやら手配を始めた。1万の兵士を集めるにはそれなりに時間がかかるだろう。
「あ、そうだちちうえ! ノリの新作たべてほしい! ゼーレメーア領で見つけたんだけど、同じものがラウプフォーゲルにあるなら量産したいデス」
「ノリノ? 新しい食材か。見つけたということは食材としては認知されていなかったのものなのだな?」
「ノリノじゃなくてノリです! ガノー!」
執務室の外で控えていたガノが、雅な装飾が施された皿に恭しく乗せられた黒い紙、ノリを運んでくる。
「なんだこれは」
「まあ見た目はさほどいいものではないんですけど……海藻を乾燥させて紙状にしたものです。香ばしくて、ミネラルと繊維質たっぷりで、ええと……あと、ねばついたおコメを包むのにぴったりでちょっとしたアートもできます!」
俺の説明にいまいちピンと来ていない父上は「ミネラルとはなんだ?」と言いながら胡乱げにノリを手に取り、裏表を確認。
レオが作った試作品ではあるんだけど、キレイに乾燥されて真っ黒で、なんかところどころ新緑色が入ってる。
レオが言うには、日本で売られていた板海苔では製造過程でとりのぞかれる別種のノリが混ざっているそうだけど、味に問題はないって話。
「たべてください!」
「む、うむ。およそ食べ物には見えぬが……」
父上の手にあるノリをちょっとぱりぱりとちぎって、パクリと俺が食べる。
「どくりつして食べるものじゃないんですけど、そのまま食べても美味しいです」
「ふむ」
くしゃくしゃと紙みたいな音を立てて父上が口の中に入れると、ふむふむと頷く。
「……ほう、これは……なかなか。海の香りがするが、嫌なものではない。心地よい風味だ。強い味ではないので、いろいろな料理に合わせられそうだな」
「ちゅういなのは、食後に歯にくっついてるとみっともない点です」
俺はわざとちっちゃな前歯にノリをくっつけて、ニッと笑って見せた。
父上がフフッと笑う。
「ケイトリヒには売り出しの算段がついているのだな? ではラウプフォーゲルの西岸地域でも同様のものがないか、調査させよう。米と合うとなれば、精力的に探してくれるだろう」
「ゼーレメーアから輸送してもいいんですけど、鉄道が開業したとしてもまあまあ輸送費がかかるとおもうので。ラウプフォーゲルでとれるといいなあ」
父上はお口を細かくもぐもぐさせながら、俺の頭をポンポンと優しく手で触れる。
「まったく、アイスラーの平定に新商品……私の息子は政治も産業も休む暇がないな」
呆れたような口ぶりだけど、すごく嬉しそう。俺も父上に喜んでもらえて嬉しい。
まったく腕が回らない、広い胸に手を回して顔を埋める。
「ちちうえが頼りになるから、あまえちゃうー」
「まったく……ふふふ」
ラウプフォーゲルと中央の最近の状況を軽く教えてもらって、1万の兵士について細かく詰めて、あとはひとしきり親子の時間を過ごして、1時間もしないうちに出発。昼食会に誘われたけど、フォーゲル商会に文官募集の件を話さないといけないので遠慮した。
だってまだ出発して2週間もたってないし!
兄上たちから涙ながらに見送りされたことを考えるとさすがにこのタイミングで会うのは気恥ずかしい。いや、涙ながらだったっけ? 夢かもしれない。
忙しいフリをして逃げるようにラウプフォーゲルから転移魔法陣で城馬車の屋根へ転移。ガノと魔導騎士隊2名を連れての簡易的な帰郷でしたけど、ほんとお手軽すぎる。
超大型大陸接続船、ヨゼフィーネロミルダ号は右側に帝国本土を臨んだまま南西へ進む。
船の左側はなーんにもない大海原だ。
「ケイトリヒ様、フォーゲル商会から文官の手配について以前と同様に採用活動を進める準備ができたと報告が入りました。あと、カサンドラからトランプの試作品です」
ペシュティーノが手渡してきたのはトランプが入った小さな箱。今の俺にはちょっと大きいけど、見慣れたサイズ感だ。
「カサンドラ? 宿泊施設部門の? オリバーじゃなくて?」
手工業を担うのはオリバーだったはずだ。
「カサンドラは鳥の巣街でカジノの構想があり、また芸術家の知り合いも多いそうで。ケイトリヒ様の企画案を見てオリバーと分業したそうです。カサンドラは貴族向けの豪華なもの、オリバーは平民向けの安価な大量生産、と」
手渡された箱から取り出されたトランプは縁に金箔があしらわれ、緻密な模様が描かれた素敵なデザイン。現代日本でも芸術性の高さが評価されそうな出来栄え。
「重い」
「1枚1枚に不正防止の魔法陣が施されています。砕いた魔石が練り込まれた特殊な素材ですので、子どもが扱うのは難しいでしょう」
ペシュティーノは長い指で俺の手の中のトランプをすくい上げるとパラパラとめくる。
俺の手には大きすぎるけど、ペシュティーノの手にはちょっと小さいかな?
「たしかに素晴らしい意匠ですが……これで一体なにをなさるおつもりですか?」
何度も説明するのが面倒なのでガノとシャルルを呼び、4人でババ抜き、7並べ、神経衰弱にブラックジャック、5ポーカーを伝授。
俺の拙い説明でも理解の早い3人はあっという間に体得して、船室の隅で警護していたはずのピピンとロズウェルも参加しはじめた。
この頃にはすでに金をかけはじめる始末。
ゲームはほとんどガノとシャルルの独壇場で、途中からペシュティーノは降り、ピピンとロズウェルは完全に巻き上げられていた。わずかにシャルルが外道っぷりを発揮して勝ってたかな。そゆとこだぞシャルル。
さすがに本当にお金を取るところまではしなかったみたいだけど、あっという間に借金を背負い込みそうになったピピンとロズウェルは賭け事に全く向いてないっぽい。
本人たちがそれを知れただけよかったよ。
ちなみに俺は最初のお遊びだけ説明のため参加してたけど、それ以降は審判というかゲームマスターというか。そういう立場だったので負けてない。
これから先の海の上ではタイクツしなくて済みそうだ!
公開の日付間違えちゃいました




