第2部_2章_162話_旅立ち? 3
食べたら寝る。これは子どもの宿命なのだ。
というわけでマリーネシュタット領の港町で想定外だった寄り道1日めは、食べて寝て、起きたらまた食べ物を探して食べて寝て。の繰り返し。
翌日はマリーネシュタット領主、メーアバッハ候が直々に軍港をご案内。
戦艦にどれだけの大砲が搭載されていてどれくらいの速さで航行するかとか、この軍港がどれだけ高性能の長距離砲台を持っているかをすごく自信満々に教えてくれた。
でも聞けば聞くほど、性能は前世の中世程度。
つまり、全然すごくないので全然興味ない。
「魔力を使ったものはないんですか」
「はっはっは、さすがケイトリヒ殿下ですな! 魔力を使う魔導兵器は数は少ないものの配置はしてあります! ただどこに配置しているか、どのような性能かも全て機密情報ですのでご案内できかねますな」
「フォーゲル商会ではなにか、船に乗せるような兵器はつくってる?」
俺が聞くと、ガノが一歩前に歩み出る。
「はい。不審船を沈没させずに機能停止させて曳行する捕獲網に、速度の出ている船を一瞬で停止させる水魔法のスクロール、それに水面に結界陣を展開し領域内の生命体の意識を失わせる潜伏待機型スクロールもございます」
「ぬおっ!! そ、それらは我が海軍が現在導入に向けて価格調整を依頼している最新の……そ、そうであった、王子殿下はフォーゲル商会の頭目であったな!! 殿下、お頼み申す! それらを海軍に融通していただきたい! 特に失神の水面結界スクロール!」
きけば、それらの非殺傷型最新兵器は帝国海軍よりも先に、マリアンネのシュヴァルヴェ領に試験運用してもらっているらしい。実験のほうはエーヴィッツあにうえのヴァイスヒルシュ領でやったと聞いてたし。
ま、こういうのは身内が先行するのが当然ですよ。
「しけんうんようの結果はどんなかんじ?」
「アイスラーの不審船はことごとく拿捕して破壊しておりますので最近は海賊も減ったと報告が上がっております」
大陸間を渡る船なんて簡単にいくつも作れないもんね。
アイスラーの船は小さくて粗末だけど、軽い分とても速さが出ることもあって今まで全然捕まえられなかったんだって。
それらを片っ端から捕まえてぶっ壊せば、そりゃあ海賊も減るよね。
「海賊が減ったことは漁師や海軍の間でももっぱら噂でしたが、まさかフォーゲル商会の試験運用の成果とは……帝国海軍も形無しですなあ」
「海賊退治なんてものはできるひとがやればいいんです。海賊なんて、チンピラみたいなもんでしょ。領軍にまかせておけばいいんです。帝国海軍は、帝国の敵から国民を守るための大切な軍事力なんですから、形無しなんて言っちゃダメですよ」
そういえばこの世界でも「チンピラ」って言葉が通じちゃうけど、語源なんなんだろう。
異世界に来てからというもの、言葉の語源がすごく気になりはじめた。
あーあ、GoogleかChatGPIがあればな……。
俺が遠い目をしていると、目の端で帝国海軍の兵士がずらりと敬礼しているのが見えた。
海軍提督が来ると、そりゃあかしこまっちゃうよね。
にしても、チンピラって語源はなんだろう……。
――――――――――――
「おい、噂のラウプフォーゲル王子の話、聞いたか?」
「公共放送で歌ったのは一昨年だったか、全然変わらないお姿だったな」
「さすがラウプフォーゲルの王子というか。聞いたか? 海賊が減った理由」
「え? まさか、あの王子が?」
軍港のはずれ、兵士の宿舎内にある食堂は訓練から戻った兵士と休暇を楽しんだ兵士たちが集い、お互いの情報交換をしている。ただの雑談とも言う。
「画期的ともてはやされてる『拿捕網』に『瞬間停止スクロール』、それに『海上失神領域結界スクロール』。本部のほうで正式導入が検討されてるあれ、全部ラウプフォーゲルの王子が頭目のフォーゲル商会が開発したものらしいぞ」
「ええっ!? じ、じゃあアイスラーのクソ海賊が減ったのは……」
「ああ、大陸南部と西部で実験と試験運用した結果らしい。拿捕したアイスラーの船は全て破壊されて船員は強制送還だそうだ」
「処刑じゃねえのかよ」
「噂じゃ王子は流民も殺さずに済むよう働きかけてるそうだぞ」
「カーッ、甘いなあ! そーゆーとこは子どもだがよ! しかし嫌いじゃねえぜ!」
「ただ口だけで殺すなって命令するだけじゃないからな。殺さずに済むように、転移魔法陣を設計するってトコがスゲエじゃねえか」
ラウプフォーゲル王子が流民を一部保護した話は、どういうわけか海軍では有名だった。
海軍もまた、帝国に無断上陸しようとしている流民との戦いは日常茶飯事。
そして領軍と同様に、無抵抗の非戦闘民である流民を問答無用で「殺処分」することには心の底で重苦しい抵抗感があったことが理由だろう。
「それだけじゃねえ。オヤジが海賊対策に遅れを取ったことを詫びたらその王子、なんて言ったと思う?」
「あ、オヤジのやつ王子にオヤジって呼ばせてるらしいぜ!」
「はあ〜、海軍内ではいいけどよお、ソトのヤツにはあんまウチのやり方見せないでほしいよな……だいたい、ぜってえ貴族なんて眉をひそめるに決まってんだから」
「ところがだよ! ラウプフォーゲル王子は、やっぱりラウプフォーゲルだぜ!」
「え、オヤジって呼んでんのか?」
「らしいな」
「マジかよ! さすがラウプフォーゲルだわ!」
20人近い屈強な水兵が集うテーブルの話題は、すでに食堂全体が興味津々に耳を傾けるショウタイムになっていた。
「じゃなくてよ! 王子が、海賊対策の遅れになんて言ったか聞けよ!」
「もしも中央の貴族だったら……『帝国海軍の名折れですね』かな? いや、でも相手はラウプフォーゲル王子だもんな?」
「それが……」
「海賊退治なんてものはできるひとがやればいいんです。海賊なんて、チンピラみたいなもんでしょ。領軍にまかせておけばいいんです。帝国海軍は、帝国の敵から国民を守るための大切な軍事力なんですから、形無しなんて言っちゃダメですよ」
裏声で、たどたどしい発音を真似た言葉。
端から見たらバカにしているように見えたかも知れないが、水兵たちは全員、言葉をなくした。
「……んだよ、俺たち海軍を大事に思ってくれてるのはやっぱりラウプフォーゲルじゃねえか。帝都の貴族どもなんて、その100分の1ほども思ってねえぜ!」
「さすがだぜ。赤ん坊みたいな見た目で皇位継承順位が2位だなんてよ、可哀想だと思ってたが、ところがどうして。なんつー器のでかさと、大局を見る視野の広さだよ!」
「しかもその王子な。それ言ったあと、何か真剣に考え込んでたらしいんだ。もしかすると俺達の境遇を憂いてくれてたのかもしんねえな」
「俺もその言葉、近くで聞いてたぜ。思わずオヤジにもしねえ敬礼しちまったわ……」
「ああ、俺たち海軍の誇りを正しく理解してくれているのは、帝都の貴族どもでも議会でもねえ。次期皇帝陛下ってことかよ」
盛り上がるテーブルの周囲には、いつの間にか20人どころではない大集団の輪ができあがっていた。
帝国海軍は、帝国領のどの陸軍とくらべても下に見られる事が多い。
漁師や貿易商など平民生まれの兵士が多いことが理由のひとつでもあるが、それ以上に柄の悪さと貴族に対する敵意のせいだ。
実際、歴史的に海軍は貴族によって幾度となく犠牲を強いられてきたのだから、信頼関係が築けるはずもない。
しかし。
「やっぱりラウプフォーゲルは帝国の剣。俺達を帝国の三叉戟として信頼してくれるのは同じ武器である、剣だけだ!」
「ああ。あの妖精王子が帝位についたら、俺は帝国海軍だけじゃなく。迷いなく皇帝陛下個人に忠誠を誓えるぞ」
「俺もだ」
「ラウプフォーゲル王子が皇帝陛下になったら、俺だって忠誠を誓う!」
帝国海軍は書類上であれば皇帝の直轄軍という扱いになるが、その歴史から完全に皇帝の所有物とはな言い難い関係だった。
500年の歴史の中で海軍がクーデター一歩手前の軍事的な不服従を示したのは一度や二度ではない。理由は常に同じ。「平民の軍」として不当に扱われることに対して抗議するため。
「ラウプフォーゲル王子皇帝陛下万歳だな!」
「おい、よせ! さすがにまだ時期尚早だ。そういうことを軽く口にするから、俺たち海軍が悪者にされちまうんだぞ。俺たちが担ぎ上げたことで中央貴族がこれみよがしに王子を攻撃しはじめたらどうするんだ」
「それにラウプフォーゲル王子皇帝陛下ってなんだ。王子の名前はケイトリヒ殿下だぞ。そーゆーところが、学がないっていわれちまうんだよ!」
「う……」
「んだよ、わかったよ」
「強い気持ちは、胸に秘めておけ。海の男なら、できるだろ」
「そうだな。こういう話は、海風の中でしたほうがいい」
「ちげえねえ」
ヒートアップしそうになった集団を諌めたのがラウプフォーゲル出身の傭兵だと気づくほど、海の男は細かいことにこだわらない。
(王子殿下……知らない間に、信者あつめちゃってますよ……)
情報係として各領地の情勢を集めるラウプフォーゲル傭兵のひとりは、自領の希望の星であるケイトリヒ殿下の存在を嬉しく思う反面「危うい」とも感じた。
(しかも、もしも本当にドラッケリュッヘン大陸を平定してしまった暁には……)
皇帝というだけではない、もっと大きな存在として民衆に担ぎ上げられてしまうのではないか。
希望の星の輝きにそんな不安を抱いた傭兵は、考えすぎだと頭を打ち振った。
――――――――――――
「ウワーッ! ふね、でっかーい!」
目の前の船は、前世でいう豪華客船くらいでかい。
船体には、「ヨゼフィーネロミルダ」の文字。船の名前かな。
しかも、帆船じゃない。いや、正確に言うと帆はあるんだけど、いわゆる船体にどかんとそびえるマストにくくりつけられた帆じゃなく、なんかヘンなかたち。
どう説明していいかわかんないけど、サブ的な帆と豪華客船が組み合わさった感じ?
「おやじ! これ、なにでうごくの!」
「出港時や凪のときぁ魔力だが、順風なら風に乗るぞ」
まさかのハイブリッド豪華客船!
確かにこれだけ大きいと魔力消費もとんでもなくなりそうだから、ハイブリッドという選択肢もありだな!
「そうか、風を利用して……んー、きっと空中でも、上昇気流とかジェット気流とかあるはずだし、これトリューに応用できないかな……」
「この船の仕組みのモトといえば古代の文献からの応用だが、それを現代に蘇らせたのはフォーゲル商会に移籍したゴゴ・バウザンカリだぞ」
「ほんっ!?」
「ほん」
驚きすぎて「と」が抜けたのに、オヤジは俺の言葉をそのまま返してくれる。
ノリが良すぎである。さすが海の男! 関係ないか。
「ケイトリヒ様、乗船準備ができました! 高尚なる城馬車とシラユキも無事に乗船できましたので、まもなく出港ですよ〜!」
パトリックが船長からの伝言を船上から大声で叫ぶ。
貴族は叫んじゃダメってペシュティーノから言われた気がするけど、まあいいか。
「おやじ、急な滞在になったのにいろいろとおせわになりました」
「何いってんだ、ザムエルの子なら俺の息子も同然だ! この3日間でな、海軍は全員オマエを気に入ったみたいだぜ」
「え、僕なにもしてないけど!?」
おみやげ屋さんで婚約者ふたりへのおみやげを買い……磯焼きを食べ……軍港でフォーゲル商会の商品をドヤって美味しく海産物を食べた。以上!
どこに気に入られる要素ある!?
あれかな、かわいい子がめいっぱい軍港を楽しんでたことかな……。これもまた俺のチートかもしれない。子どもチート。子どもが楽しそうにしてるところを見るのは幸せな気持ちになるもんね。うんうん。そういうことかー。
「マリーネシュタットはラウプフォーゲルとともにある。そういうことだ」
「そういうことかー」
会話が途切れ、出立の時間が迫る。
たった3日間の付き合いなのに、父と似たメーアバッハ候との別れは少し寂しい。
「おやじ、また来たときもおやじってよんでいい?」
「もちろんだ! あ、ただマリーネシュタット領内ならな。帝都ではまあ、もうちょっと俺もお行儀よくしてるからよ」
なんとなくもじもじしていると、豪快に抱き上げられた。
「わっ!」
「護衛がたんまりついてるから心配はしてねえが、海風は急に冷たくなったりする。側近と船乗りの言う事を聞いて、暖かくするんだぞ、風邪ひくなよ」
こういうところも父っぽい。
なんだか父上を思い出してじんわりしちゃう。
「おやじ、またね。ドラッケリュッヘン大陸でいいかんじの港があったら、整備するね」
「んあ!? オマエの土産はデケえな! そうだなあ、オルビだけじゃなくその東にあるマヘビの港が接岸できるようになったらだいぶ大陸間の交流を増やせる。何かのついでに覚えておいてくれ」
いい情報を聞いた。
俺は短い腕でメーアバッハ候のぶっとい首にギュッと抱きついて、モサモサのほっぺにチュッと音を立ててキスする。父上と違って、おひげはゴワゴワでチクチク。
でっかい手が俺の背を何度も撫でて、少しの間ギュッと抱きしめられて降ろされた。
「精霊様の加護があるっつっても、無茶するんじゃねえぞ。オマエはまだ子どもなんだから見聞が足らねえんだ。側近の寿命を縮めるようなマネはすんなよ」
「それはこころがけてます」
じんわりきちゃったので誤魔化すように元気に答えると、候はすごく優しい目で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「じゃあ、いってきます!」
船に乗った俺を、埠頭に立ち尽くしたまま小さくなって判別できなくなるまで見送ってくれた。
ちょっぴりしんみりしたお別れだったけど、べつに今生の別れってわけでもないし。
大陸間の移動もなんら問題ない俺からすると魔導学院のファッシュ分寮みたいに、こうやってしんみりお別れしたヒトや場所にもひょっこり行けちゃうんだ。
感傷的になるほどでもない!
と、言い聞かせつつ。
船の中での初めての夜はペシュティーノの寝床に潜り込んで寝た。ハンモックは初めての経験だ。船内での生活を知るために、今夜もファッシュ分寮には戻らず船室で寝る。
いくらまた会えるって言い聞かせてもションボリする気分は仕方ないもんね。
ちょっとだけ甘えさせてもらいますよ、はい。
「クラーケンだー!!」
船窓から明るい光が差し込んだ頃、外から聞こえる怒号に目を覚ました。
「クラーケンだって、ペシュ!」
「見たいのですか?」
「い、一大事じゃないの?」
クラーケンってでっかいイカだよね? 船を襲う定番じゃね?
「おう、行け〜! 足の2、3本もありゃしばらく食材に困らねえぞ」
外から聞こえてきた声に、クラーケンの扱いがどういうものかだいたいわかった。
海上補給食材なのか……。
そう思うと急に興味なくなってペシュの胸にぺちゃんとほっぺを置く。
「いっかげつ海の上って……しんどくない?」
「帝国東岸沿いを進みますので1ヶ月の全てが海上というわけでもありませんよ。寄港先は、ヴァッサーファル領を過ぎてゼーレメーア領の岬を回ってウンディーネ領、ヴァイスヒルシュ領……今まで行ったことのない領にも立ち寄ります」
「え! ほんと!! エーヴィッツあにうえのヴァイスヒルシュ領に!? あ、でもあにうえは今魔導学院かあ」
ヴァッサーファルもウンディーネも、報告でよく聞く領だし領主は皇位継承順審議会の推薦人。コッテコテの親ラウプフォーゲル派ってわけだ。親ケイトリヒ派といってもいいかもしんない。
「そうかんがえるとドラッケリュッヘンへの航路ってラウプフォーゲルが完全にしょうあくしてるかんじ?」
「そうですよ。ドラッケリュッヘン大陸への調査遠征は、中央がずっと望んでいたにも関わらずラウプフォーゲルが渋っていたのです」
正確には、利益ばっかりに目がくらんで調査を強行しようとする中央貴族に、ラウプフォーゲルが現実を叩きつけていたというのが正しいらしい。
「調査隊を出すならどうぞご自由に、ただお前らが強行したところでこちらの大事な船は貸さないし、お前らの船を俺達は守らんぞ」という現実。ぐうの音も出ない正論。
ミズキたち9人の異世界人たちが帝国に到着するまで、ドラッケリュッヘン大陸の特に東側は謎が多かった。だが、彼らの証言のおかげでウィンタスロウ議国の東側にはクロイビガー聖教法国という国家があり、またその国がとんでもない独裁宗教国家だということが初めてわかったのだ。
それまでは大陸を開拓しても未開の土地ばかりでは開発費だけがかかるとストップがかかっていた調査派兵が、ついに解禁となった。その先駆けが俺ってわけだ。
「んー、ちちうえにいいように使われてる感」
「そう仰らず。御館様は、ケイトリヒ様に多大な期待と機会を与えてくださっているのですよ」
それはわかってるけどね。
政治的にはラクさせてもらってます。父上と皇帝陛下がせっせと作ったレールに乗っかるだけでいいんだもんね。
「ケイトリヒ様、それは違いますよ。確かに多少の道筋はお二方から示されていますが、こさえた道筋をケイトリヒ様ならば往けると信頼されていること。それこそが重要なのです」
「……たしかに精霊付きの神候補じゃなきゃ、さすがに10歳の子どもに大陸平定なんて命令出さないよね」
「そのとおり」
ペシュティーノのあったかい胸の上でゆっくりした鼓動を聞きながらまどろんでいると、外がガヤガヤしだした。
通る声で「今夜はクラーケン汁だぞー!」なんて声が聞こえた。
もう狩ってきたらしい。船乗り、つよい。
でもどうやって狩ったんだろう。やばい、今になって気になってきた。
やっぱり見に行けばよかった……。まあいいや、きっとまた機会もあるはず!
「つぎの寄港はいつ?」
「4日後にヴァッサーファルです。以降、5日おきにゼーレメーア、ウンディーネ、ヴァイスヒルシュと続き、帝国最後の寄港地はクラーニヒ領のナーゲル岬。そこからドラッケリュッヘンに向かいます」
ドラッケリュッヘン大陸の港に着くまでの1ヶ月の旅程のうち、3分の2が帝国をぐるりとまわる海路を進むだけとは!
「潮流の関係で帝国からドラッケリュッヘン大陸に向かうのは実はとても手間がかかるのだそうです。この超大型船でなければ、倍はかかるという話ですよ」
「そうなんだ? あ、そういえばミズキたちもそんなこと言ってたかも」
「クラーニヒ領を過ぎるとアイスラー公国の海域を通るので、もしかすると交戦するかもしれませんね」
「ついでに平定してく?」
「なんと頼もしい」
「ジョーダンだよ」
「あながちジョーダンでもないとおもうよ」
「そうそう! アイスラーは、蛮族って言われるだけあってぇ、強いやつが正義! らしいからね、アイスラーの王をサクッと倒しちゃえば、意外と簡単に手に入っちゃうよ」
俺の頭からシュポンと飛び出したジオールとアウロラがペシュの顔の両脇にモフッと陣取る。かわいいが渋滞中だ。薄暗い船室ではジオールとアウロラのぼんやり発光がすごく目立って、ペシュが眩しそう。
「んー、いらないかな」
「アイスラー公国はその国土のほとんどが湿地。帝国とは植生も生態系も全く異なるので調査先としては魅力的ですが……いかんせん国民感情に問題がありそうですので、面倒ですね」
「そんなことないよ!」
まんまる鳥の姿のアウロラがパタパタと小さな翼を羽ばたかせる。羽がペチペチと顔にあたるようで、ペシュがムュッと顔をしかめた。ペシュもかわいい。
「アイスラーの平民は、力が全て、って言ってる支配者層に怯えて従ってるだけ。国民のうわずみでしかない支配者層をショリショリ、とね、こそぎとっちゃえば、従順な労働力が手に入っちゃうよ!」
アウロラ、言い方をね?
「うんうん、不満があってもすっごく抑圧されてる国だからね、むしろ主がアイスラー公国を平定したら、『解放の英雄』とか呼ばれちゃうと思うな〜。どう、どう?」
ジオールもやけにアイスラー公国の入手を推してくる。興奮しているのか、ふわふわの毛玉がフカフカと動いててこれまたペシュの顔にもふもふ当たってる。なんか面白い。
「いやいいかな」
「え〜なんで〜!」
「そうおっしゃらず〜!!」
なんか精霊が妙だ。
「……なにかあるの?」
俺が真面目な顔で聞くと、パタパタ&フカフカしていたアウロラとジオールがピタリと止まった。
「……んー。ラーヴァナって、おもに火と土の大精霊でしょ? んでもって、アイスラーには、おそらく水系の大精霊がいると思うんだよね。予想、だけど」
「予想だけど、ほぼ確定。ただ、ラーヴァナはラウプフォーゲルを長年見守ってきた守護者でもあるから主には好意的だったけど……アイスラーは長年、敵対してた国だよね? 大精霊がどういう態度に出るのか、わからないんだよね」
「へえ、国際関係が精霊の感情に影響するの? 神の権威があっても敵対するかもしれないってこと?」
「いや、敵対はないない」
「絶対ないね! ただ、どういう態度をするのか興味がある!」
「好奇心なの!?」
「うん」
「そうだけど」
なんか気が抜けた。
ペシュティーノを見ると、ジオールとアウロラに挟まれてちょっとスヤァってなってる。
気持ちいいのかな。
「ペシュ!」
「んっ、はい」
「どうする!?」
「どうするもなにも……判断はケイトリヒ様がなさってください。アイスラーはあまりにも愚かで矮小だったためラウプフォーゲルにとっては出征するのも面倒な、歯牙にもかけない相手でしたが」
……大陸間移動がカンタンになっちゃった俺にとっては違うってことか。
「んんん〜! ……にいにとそうだんしよ」
「スタンリーならば平定ではなく滅亡させてはどうかと言うはずですよ」
ぶっそう!
とりあえずアイスラーの横を通るのも3週間ほど先の話。
一国を平定するかしないか、の話をこんなにポップな話し合いの場で決めていいものか悩ましいところだけど、とりあえず面倒なので後でかんがえよ!
ずりずりとペシュティーノの胸をすこし上によじ登って、鎖骨のくぼみにほっぺをくっつけてくすんだ金髪の先をスンスン。
はー落ち着く。
あやすような背中ポンポンで即寝。
ハンモックとゆーか、ペシュ布団、最高。