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第2部_2章_161話_旅立ち? 2

「海だー! すごい! おおきくてりっぱな港だね、みて! 大きなふね……」


と、叫んだのは高尚なる城馬車(ホッホブルク)を降りた広場が、少し高台になっていて巨大な港町が一望できるロケーションだったせい。まだ完全に昇りきらない傾いた午前の太陽がキラキラと海面に反射してすごくキレイ。

北海道の八幡坂みたい!


降りた目の前にマリーネシュタット領主が待ち構えて出迎えてくれていたことに気づかなかったのは痛恨のミスだけど。


初めてお会いする領主さんですけれど、どこか……なんだろう、見覚えが……ゴツくて長いロングコートを、マントのように肩にかけてる。背中に「正義」の文字は無いし、色は濃紺だけど。なんか海の男って異世界でもだいたい同じデザインになるのかな?


聞けば領主の侯爵閣下は、帝国海軍の提督を兼ねているそうだ。

帝国で唯一、世襲が認められていない特別な侯爵位で帝国海軍提督に就任すると同時にマリーネシュタット領の領主となり、自動的に侯爵を継ぐ。

そんな爵位あるんだ、と驚いたものだけど、異世界だもんね。基本的に人間以外の敵が存在しなかった地球と比べると、爵位も軍の階級も随分とフレキシブル対応というか、必要に応じて色々な制度があるんだろう。


「我が領自慢の港を褒めて頂き嬉しく思います、殿下」

「あっ、あの、しつれいしました。ラウプフォーゲゥ公爵ファッシュ家のよんなん、ケイトリヒ・アルブルレヒット・ファッシュともうしましゅ……マリーネシュタット領主にして帝国海軍提督、メーアバッハ侯エルヴィン様にご挨拶もうしあげます」


動揺したので、前半は呂律(ろれつ)があやしくなっちゃった。


肩コートの、みるからにTHE・海の男!ってカンジの海軍提督・兼・領主閣下は父上と同じくらいゴツくてデカくて怖い顔で、白髪交じりのヒゲモジャで、表情がピクリとも動かない。

いや、俺を見てなんか眉毛がピクピクしてる……? かもしれない。


「おさな……いえ、お若いのにご挨拶が上手でいらっしゃる。ドラッケリュッヘン大陸への調査遠征と聞いて、このようにおさな……いえ、お若い方がと驚いておりましたが……これほどに護衛をつけていれば安心だな、ではなく安心ですね」


メーアバッハ候。

たぶん、無理してない?


俺はわざとらしくシュンと力なくしょげて見せると、メーアバッハ候は目ざとく気づき、伺うように俺を見つめてくる。


「どうなさいましたか」

「あ……いえ、なんだか、海の男ってもっと……僕の、いえわたしの父上のように豪快な方かとおもっていたのですけれど……侯爵閣下がとても、その……紳士というか厳格というか、そんなカンジでちょっと意外です」


ピクピクしていた片方の眉毛が、器用にクイッと上がった。


「……そうですな、殿下の父上はラウプフォーゲル領主。海のあらくれどもを見てもきっと怯えたりはしないでしょうな。フフッ……」


領主閣下の後ろの側近たちが、ビクビクしながら主を見ている。

だいたいわかった。


「ガッハッハ!! ならば取り繕う必要もねえだろ! ほら、王子は平気そうだぞ!」

「閣下! もうそのような言葉遣いはおやめくださいと……!」


「ふぁあああ、海の男だあ。かっこいー!」


想像通りの変貌ぶりで逆に安心した。

大股開きでその場に座り込み、俺と目線を合わせてくれる。さすがに抱きかかえはしないけど、なんかソワソワしてて今にも抱っこされそうな気配。

抱っこする? しない? したい? どうする! しないか、さすがに。


「小せえ身体だが、なるほど豪胆さはファッシュだな! 王子、俺ァ皇帝陛下とザムエル閣下の、騎士学校での先輩になるんだ。ザムエルの野郎の学生時代の話が聞きたきゃいくらでもしてやれるぜ!」

「ききたーい!」

「ガッハッハ、いいぞ! 王子、今日から俺のことはオヤジと呼べ!」

「おやじー!」

「んんん、かわいいなあ! 俺の息子もこんな時代があった気がするが、ここまでかわいくは無かった気がするぞ! なあゼメル!」


「閣下、ご令息が10歳の頃は、閣下が毎日船上戦闘訓練で叩きのめしていました。しかしなんとうことだ、ラウプフォーゲルの王子殿下まで閣下と同じ性質だとは」


「10歳……」


ガハハ笑いがピタリと止まり、俺をまじまじと見てくる。


「本当に10歳か? 5歳くらいにしか見えんが」

「ほんとうに10さいです! 帝位継承順位もあるんですからねっ」


ここまでどストレートに疑問を口に出すヒトひさしぶりだよ!


「そうだったな、失礼した。で、王子よ。マリーネシュタットにはしばらく滞在するんだろう? そうだよな?」

「えっ、このあとの船でもうしゅっぱつしようとおもってますけど」


「おいおい、つれねえじゃねえか! ザムエルの学生時代の話が聞きたいんじゃなかったのかー? それともあれはアレか、貴族様の社交辞令ってやつか?」

「ウッ」


しまった。助けを求めてペシュティーノを見るけど、首を横に振っている。

それは何のサイン? 諦めろってこと? 断れって意味?


「えう、えーと、ペシュ?」

「ドラッケリュッヘン大陸への連絡船は3日に1便ですので、今日を逃すと3日後です」


「じゃあ」

「しかし、公爵令息たるもの一度口にした言葉を簡単に(ひるがえ)してはなりません」


「ウッ」

「……今後はお言葉にご注意を。魔導騎士隊(ミセリコルディア)に次の便でドラッケリュッヘンへ向かうと通達してまいります」


むい、と唇を突き出しておそるおそるメーアバッハ候を盗み見ると、声を殺して笑っている。


「まあいいじゃねえか。急ぐ旅でもねえんだろう? ここレルヒャーの港は軍港だが、すぐ近くにツェルヒャーという街があって、そこは漁港だ。王子は魚、好きか?」

「おさかなっ!!」


俺が目を輝かせたことに満足して、メーアバッハ候も満足げだ。


「漁港近くの土地でしか食べられない海産物があるぜ〜? 大海鰻(ゼーアール)大海老(フンマー)、それに白銀蛸(ジルバクラーケ)だ!」


ウナギ! エビ!! タコ!!!


「ふあああ、たべたい! たべたいー! ペシュ、レオよんできて!!」

「……承知しました……」


「侯爵閣下、漁港まではとおいんですか!」

「オヤジと呼べといったろ!」


「おやじ、漁港までどれくらい!」

「湾の向こうに見えるのが漁港だ。ほれ。船で渡れば半刻もかからねえよ」


大きく弧を描いた海岸線の、キラキラ光る海の向こう岸の山肌に張り付くような街と大きな船、そして港が見える。あっちは漁港なのかー!


「トリューで行けば3ぷん!」

「……そうだったな、王子にゃトリューがあるのか。漁港と軍港をつなぐ渡船はマリーネシュタットの名物でもあるから、ちょっと乗船してほしかったがな」


オヤジが寂しそう!


「んあー。3日もあるし、乗ってもいいかも!」

「そうか! じゃあ一番の腕利きを手配するからよ、しばらくは海軍本部で休んでてくれや! おいゼメル! ツェルヒャーに行くぞ! 手配しろ!」

「まだ先日の執務が滞っているのですが……はあ……仕方ないですね……」


そっか、この街は軍港の街。

領主は海軍提督を兼任してるとなれば、領主の邸宅は(イコール)海軍本部。


「おやじ、僕たち3日もたいざいしてごめいわくじゃない?」

「子どもがそんなことを気にすんじゃねえ!」


チラリと目配せすると、頷いたガノがサササと侯爵閣下の側近でゼメルと呼ばれたヒトに近づいて費用負担などについて交渉に入った。こっちはとにかく人数が多いので、さすがに魔導騎士隊(ミセリコルディア)まで含めた全員を賓客として迎え入れるのは難しいはずだ。

まあ、そのへんの話し合いはガノに任せておけば大丈夫だろう。


海軍本部ということで防衛面はバッチリであることは間違いない。

宿泊についても別にもてなしてもらいたいわけでもない。相手がもてなしたがってるというのなら乗ってやってもいい、くらいのちょっとエラソーなスタンスだ。

だってファッシュ分寮で寝れるし。


ペシュティーノいわく、今後もドラッケリュッヘン大陸の支配者層……国というテイは無いけれど、領主らしきものは存在するみたいなので、場合によっては招待を受けて宿泊を余儀なくされる場合もあるだろう、という話。

まあその時のための経験の一貫というか、予行練習というか。


マリーネシュタット領は完全に身内というわけではないんだけど、領主は父上と知り合いだし。帝都と違って軍事色の強い街だからこそ、ラウプフォーゲル公爵子息である俺は割と歓迎されている。


なにせラウプフォーゲルは帝国の剣。

陸軍と海軍が仲悪い、とかそういう国もあったかもしれないけど、帝国では円満みたい。

まあ多分、海軍にもラウプフォーゲルの傭兵がたんまりいるんでしょう。


マリーネシュタット領を通過するルートは父上から命令されたものなので、こういうことも想定済みなんだろう。


いきなり3日の足止めとなってしまった。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)と側近諸君、俺のノリ軽お口がすまん。



しかし、結果的にはすごくいい判断だったと自負している。


「ん〜、潮のにおい」

「へえ、王子殿下は海をご覧になったことがあるんですか!」


軍港と漁港をつなぐ渡船は、想像以上に大きなものでクルーザーくらいあった。

魔道具のエンジンと制御装置を備えた小型の「魔導船」だ。小型といっても、魔導船の中では最大らしい。

俺と側仕え系の側近とレオが乗り、魔導騎士隊(ミセリコルディア)は上空から先行飛行と並走飛行と追走飛行。つまり前、横、後ろはガッチリ空から守られてる。かほご〜。


「あっ、えーっと、ラウプフォーゲルにも海はありますから!」

「ラウプフォーゲル西の海岸は僻地と聞いておりましたが、王子殿下にはトリューがありますものね! 領主閣下も同行されるはずだったのですが……残念です」


渡船の船長は筋骨隆々だけど優しそうな若い男性。

ニコニコと愛想が良くて、おしゃべりが好きみたいだ。

ちなみにオヤジことマリーネシュタット領主閣下は書類仕事が溜まっていたらしく側近のゼメルに羽交い締めにされて止められたため、同行できないことに。まこと残念。


大海鰻(ゼーアール)大海老(フンマー)白銀蛸(ジルバクラーケ)……ほかに、他領では流通していないけど地元で食べられている海産物などはありますか? 私は異世界人で、この世界の海産物にとても興味があるんです!」


レオの質問に、船長の青年がニコニコしている。


「海産物をお求めでしたか! しかも、異世界人とは! もしもお探しの食材がありましたら、漁師に相談してみるといいですよ。ほかでは食べられないとなると、主に貝類でしょうね。キリカブアワビにタライガキ、カミツキガイにツブテガイ……」


船長の言葉を一字一句聞き逃すまいとレオが猛烈にメモしている。

船酔いしちゃうよ?


「なるほどなるほど、他には……魚卵などは食べられていないんでしょうか」

「おおっ!? ツウですねー! 子持ちの魚は漁民のあいだでも『アタリ』ですからなかなか市場には出回りませんが、今の時期だったらケルピーの卵がとれますよ!」


「け、ケルピー?」

「ケルピーって、どういう生物なんですか? 異世界では馬と魚の間みたいな見た目でしたが……」


「ほー! 異世界にもケルピーがいるんですね! おっしゃるとおり、馬の頭と前脚、後ろは魚の水棲魔獣ですよ。この卵は濃厚で栄養価が高く、とても美味しいんです!」


レオがチラッと俺を見る。うん。俺も同じ気持ちだよ。

馬が卵から生まれるんだ……。そして……。


「た()たい」

「食べたいですねえ」


「卵をとって、ケルピーが怒ったりしない?」

「ケルピーは卵を産んだら産みっぱなしで移動しますから、全く問題ないですよ。近くに産卵地となる海域があるんです。一年中卵が産み落とされるんですが、この時期は特に多くなるんですよ」


「ほかには、ほかには?」

「そうですね……」


未知の海産物の話を聞いてワクワクが止まらない状態で、漁港ツェルヒャーに到着。


木板を渡しただけの舷梯(タラップ)は俺が渡るには難易度高いので、ペシュティーノに抱っこしてもらった。

接岸した場所は渡船専用の桟橋のようで、少し離れた桟橋には漁船らしき船がたくさん並んでいて、たった今戻ってきた船もあるみたい。


「海産物のご相談は『マーマンレート商会』がおすすめですよ! 東岸一帯の海産物を扱う老舗です、きっとご希望に添えるかと!」


「おにいさん、そこの商会の方なの?」

「いえ、私ではなく、恋人が……へへ、そこで働いてまして」


「そうなんだ。いろいろとありがとう!」


渡船の船長に別れを告げ、くるりと振り向くと早速おみやげ屋さんみたいな見た目の建物に、海産物の干物がたくさん並んでいる。


「ひものだ!」

「いいですねー! あ、イカもありますよ! あれは海藻かな!?」


俺がダッシュでお店に向かっても、側近たちは早歩きにもならない。


おみやげ屋さんのような見た目の建物は、正しくおみやげ屋さんだったみたいで日持ちする海産物に加えて魚の骨や貝を加工したような工芸品やアクセサリーなんかもある。


「この薄紫はマリアンネの色だね。フランツィスカはオレンジとグリーン、どっちがいいかな」


「主、伴侶への贈り物でしたら我々がもっと良いものを作ります」

「そーだよ。これ、守護とか別についてないみたいだけど?」


ウィオラとジオールが現れて俺の買い物を邪魔してくる。貝を磨き上げただけのしずく型のチャームだが、虹色のきらめきの中に様々な色味がついてキレイ。キレイだからふたりに贈ろうとおもっただけなんですけど。


「守護の装飾品ならもちろんお願いするよ。これはただのおみあげ。おみやげ!」


「おみやげ……?」

「んー、守護もないのに、身につけるものをあげるの?」


「守護なら主が後付すればよろしいのです。貝であれば水の守護が簡単に付与できますし安定します。よろしければ小生めが主の伴侶のために守護と祝福を施しましょう」


長身のウィオラとジオールの間から、ヌルリとでてきたのはキュア。まあ水の精霊ですからね、このへんはきっとテリトリーよね。


「そ、そんな大仰じゃなくていいんだけど……まあ、つけてくれるならいっか」

「では主も是非、同じものをお持ちください。こちらはどうでしょう? 純白ですが何層にも重なった真珠層には深みがあります」


キュアがチャームの中からピックアップしたのは、白い貝殻にマーブル状に虹色の層が入っている上品なもの。ふたりに贈ろうとしているものと同じ形だ。


「3人でおそろいかあ。なんかいいね! これください!」


俺が高らかに店員を呼ぶと、奥から出てきたお嬢さんがギョッとして俺を見た。


「あ……は、はい! あ、えーっと……それ、すごく高いですけど……あ、いえ、お貴族様でしたら問題ないですよね。しょうしょうお待ち下さい」


頑丈そうな幾重にも()った糸を通しただけの簡単なチャームだけど、高いんだ。

というか、値札がない。


「あの、ひとつ8千FR(フロー)するんですけど……」


お嬢さんがすごく申し訳なさそうに言うと、横からガノが準備していたようにサッと金貨を取り出して渡した。日本円にすると約80万。そんなものがよくもまあ、無造作にぶら下がってるね!!


「ヒェッ! ほ、ほんとにお買い上げくださるんですか! あ、ありがとうございます」


「ねえおじょうさん、きいてもいい?」

「はっ、はい、わたくしめに答えられることでしたら」


「これすごくキレイなのに、売れないの?」

「それはもちろん、なんの付与もないキレイなだけの装飾品ですので、そう需要はありません。それに、この大きさが取れるほどのメルル貝は『千年貝』と呼ばれるレベルです。普通のものよりも割高のためここ2、30年ほど売れなかったもので……あっ、決して品質が悪いとかそういうわけではございませんので!」


まあ確かに、宝石と同じような値段ではあるけど、不透明なのでキラキラはしないから派手さはない。けど、そのぶん上品な輝きで色味を楽しむ楽しさがあると思うんだけど。


「その、メルル貝っていうのはきちょうなの?」

「生息数自体は貴重というほどではないのですが。身に毒があって食用ではない上、かなり危険な海域でしかとれないのでヒトが手にする機会は少ないだけです。貝殻の表面にも強力な毒があって、加工も難しいためこの値段なのです」


「それを専門にしてるような職人さんはいる?」

「一瞬、帝都の貴族の間でブームがあったそうで、その頃は多くの職人がいたようですが……今では1件しか残ってないです。それに、メルル貝を狙って漁をする者もおりませんので、その職人が材料も調達しなければならず……」


そりゃ高くなるわ。

このおみやげ屋さんで2、30年ぶりに売れたというのであれば、宝石商などが取り扱っても似たようなものだろう。


「ガノ、どうおもう?」

「ふーむ、装飾品の事業ですか……たしかに産業を応援したいという気持ちはありますがいかんせん流行り廃りが激しい業界です。ケイトリヒ様よりも、婚約者の御二方とご相談なさってみてはいかがですか? 次世代の社交界の華である御二方が賛同してくだされば、貴族社会は盲目的についてくるはずですから。たしか貝殻装飾については、マリアンネ姫様のシュヴァルヴェ領にも似たような産業があったかと存じます」


「ああっ! シュヴァルヴェ領のヴィセルル貝工芸は素晴らしいですよね! あのような緻密な造形が可能でしたら、メルル貝の装飾品にも未来があるのですが……」


女性は工芸には詳しくないそうだが、メルル貝は細かい彫り物が難しい特性らしい。対してヴィセルル貝は緻密な装飾が可能で、それがより装飾品としての価値を高めて貴族社会では安定的な嗜好品として人気だそうだ。

さすがラウプフォーゲルの四主領と呼ばれるシュヴァルヴェ領。


女性は純粋にツェルヒャーの産業を憂いているようで、俺たちの話を熱心に聞いている。

もしかすると全然興味ない、とマリアンネに言われてしまうかもしれないけど……というおことわりつきで、連絡先を渡しておいた。


調査遠征のために用意した、俺のビジネスカード……まあ、名刺だ。

帝国内であれば「ラウプフォーゲル領主令息ケイトリヒ殿下」と宛名だけ書いていればどこからでもお手紙は届くくらいの有名人なんですけれど。


一応、俺から渡すビジネスカードには特殊な仕掛けを施しておいたので、彼女からの連絡はひと目でわかるってわけ。


さて、貝殻装飾の事業については保留。

おみやげ屋さんを後にして、つづいては市場! レオのターン!


ちなみにレオはおみやげ屋さんで魚やイカの干物をユヴァフローテツ宛に大口注文して店員のお嬢さんからものすごい感謝されてた。



「わあ、おさかなのにおい」


あまり心地良いとは言えない匂いではあるけど、それはしょうがない。

市場ってこんなもん。


「うーん、初めて築地と豊洲に行ったときの興奮が再び……! よおし、買うぞ!」


レオがやる気。これは頼もしい。


大海老(フンマー)が安いよ! 10尾で6FR(フロー)! 20尾で10FR(フロー)だ!」

「お兄さん、キリカブアワビの切り落とし買ってかない? 1キンツァで8FR(フロー)だよ!」

「トロンギョが1尾2FR(フロー)、今だけ今だけ、今だけだよーはい買った買った」


ツェルヒャーの魚市場は、昼間でも大賑わい。

簡単な木製の骨組みに、布を被せただけの屋根の下でヒトがごったがえしている。

ラウプフォーゲル城下町でもそうだったけど、やっぱり市場といえば盛りは早朝。けどツェルヒャーの漁港は陽が高くなっても水揚げされたばかりのびしゃびしゃの魚たちが次々と運び込まれてくる。

そして、買い付けと思しき商人が次々と競り落としていく。


「……ここはいっぱんのひとも買える市場?」

「いえ、違うようです。ここは主に帝都の買い付け商と、軍港の食料班が大口買い付けする専門の市で、市民が私用で買う市場はこの奥にある建物だそうですよ」


レオの隣を歩いていたガノが指差す方向には、テントの合間から赤い屋根が見えた。


「殿下、こちらで買付してもよいですか!」

「え、レオ……は、たしかに大口買い付けか……でも、競りなんて参加できるの?」

「私が代理で担当しましょう」


「え、ガノが?」

「おねがいします! あそこの鯛っぽい魚と、あっちのハマグリっぽい貝は絶対に落としたいです」

「おまかせあれ」


ガノは鯛っぽい赤い魚がぎっしり詰まった箱がたくさん積まれた競りにスススと人混みを器用にかき分けて前に出る。そして何を言ってるかわからないおじさんに、ハンドサインをいくつかしてみせた。


「あいニーゼロ、ウィロロア10カレはイチゴーからスタート、あいイチハチでたあいニーニーあいニーヨンほかヤリないかないかないかあいニーゴーあいこっちはニーロク、ニーロクで決まり」


何言ってるか全然わかんない。

でも2.6FR(フロー)か26FR(フロー)か260FR(フロー)で落札されたんだなということはわかった。

そしてガノのもとに赤い魚がパンパンに詰まった4つの木箱が積まれる。4箱なんて言葉あった? 少なくとも俺はわからなかった。


「えっ、ガノが落としたの?」

「はい、10カレッツァで26FR(フロー)、やはり市場は安いですね」

「えっ! 37キロのルビーライギョが26FR(フロー)!? やばいです王子、ここでちょっと今後の海産物を爆買いしてきます! ガノさんお借りしていいですか!」


「あ、うんわかった」

「ガノさん今度はあっち! あっちのシマバスを買えるだけお願いします!」

「腕が鳴りますね」


レオとガノは鼻息荒く競りに飛び込んでいった。


俺は……市民向けの市場でも行こう。


ペシュティーノとスタンリーに挟まれて赤い屋根の建物に入ると、こちらも魚の匂い。

だが、それとは別の香ばしい焼き魚の匂いもしてくる。


「どっかで焼いてる」

「屋台もあるようですね」


匂いの元をたどってふらふらと歩くと、巨大な金網の上で大きなホタテっぽい貝と俺でも食べやすそうな小さな魚がいい焼色で焼けている。


「おっ! 貴族の坊っちゃん、ツェルヒャー名物磯焼きどうだい! 今はカミツキガイが食べ頃だよ! ひとつ3FR(フロー)! お兄ちゃんには白銀蛸(ジルバクラーケ)足の塩焼きはどうだい! 1本5FR(フロー)だ!」


威勢良く声をかけてきたおっちゃんが、俺たち3人を見て貴族だと気づいてもお構い無しに話しかけてくる。おっちゃんはニコニコしながらペシュティーノを見ている。

……お父さんだと思ってるんだろうな。

まあこの3人の並びだと、そう思うよね。


「カミツキガイって、かみつく?」

「ああ、噛みつくぜ! 生きてるときゃ危ねえ貝だが、焼いたら最高に美味い! 酒をかけちゃいるが、すっかり飛んじまってるから大丈夫だ。どうだい!」


「ペシュ、た()たい」

「では買いましょう。はい、これがお金です」


ペシュティーノが革の巾着袋を渡してきた。

あっ、とうとうお金を! 持たせてもらえるんだね!


「えっとひとつ3FR(フロー)だから……」


ごそごそと巾着をまさぐると、中身はほぼ鉄貨と銅貨だ。25FR(フロー)の大鉄貨を誇らしげに差し出して「やっつください!」というとおっちゃんにっこにこ。


「……8つも買って、誰が食べるのかな?」

「ねぎらいです」


俺の顔くらいある貝殻の中でキレイにカットされた貝柱をピックに刺してぱくり。


「んまーい」


ひとしきり堪能して、ペシュにもあげて、スタンリーにもあげて、後ろにいたパトリックにもあげる。


2個め以降はぜんぶ魔導騎士隊(ミセリコルディア)にあげた。

保安上の理由から同じ食事はとれないことになっているんだけど、王子の命令ならば食べなきゃいけないのだ。

ジオールの精霊パワーで食中毒チェックは基本クリアしてるから大丈夫。

それでもお腹痛くなるヒトがいたら俺が治してあげるから!


店のおっちゃんは、後ろの騎士が全員俺の護衛だと知ってびっくり。

さらに、なんかオバチャンが慌てて店のおっちゃんに耳打ちしてどうやら俺がラウプフォーゲルの王子であることが判明したらしい。

でもそれでも「坊っちゃん、魚はどうだい!」なんてセールスしてきた。


マリーネシュタットの漁師たちは、豪快でいいね。

さっそく寄り道するハメになったけど、海の幸が楽しめて満足!

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