第2部_2章_160話_旅立ち? 1
「ハンカチと、お菓子と、あとは……メモ帳?」
「ケイトリヒ様、何をなさってるのですか」
自室の机で冒険者用のウエストポーチにいろいろと詰め込んでいたところ、ペシュティーノがやってきた。
「これ、ウエストポーチ! ジリアン兄上がくれたの! ハービヒトでは冒険者にすごく人気なんだってー!」
「冒険者のウエストポーチにはハンカチもお菓子もメモ帳も普通は入っていません」
むむっ。そういうテンション下げる発言よくないと思うぞ!
「じゃあフツーはなにが入ってるの」
「魔獣の忌避剤に虫除け、簡易的な照明魔石に……いえ、ケイトリヒ様にはどれも必要ありませんね。失礼しました、ハンカチとお菓子でいいと思います」
こんどはペシュティーノに助言をもらいながら色々と詰め込んでいく。
調合学の授業で作った忌避剤や照明魔石も、万一のことを考えて入れておくことにした。まあ俺の場合はぜんぶ魔法でどうにかできるんだけどさ。
例えば道中で出会った困ってるヒトには渡せるかも……とも思ったけど、それも全部護衛たちがやってくれるんだろうな。
ウエストポーチ、出番ないな。まあいっか、こういうのは気分だ。
「いよいよ明日だねー!」
「ええ、楽しみですか?」
「明日はラウプフォーゲル城に行くだけになるけどね! でも、そこからどうやってドラッケリュッヘンに向かうの?」
「ラウプフォーゲルから帝都に転移魔法陣で転移し、皇帝陛下にご挨拶した後にマリーネシュタット領の港へ向かいます。本当はドラッケリュッヘン大陸までトリューでひとっ飛びなのですが……一応、なんというか、儀式的なものだとお考えください」
うーん、王子の立場ってメンドクサイ。
魔導学院からユヴァフローテツに戻った半年間で、俺は冒険者組合で「魔術師」と「調合師」と「魔法陣設計士」の3つの資格試験をクリア。
その実力が認められ、見事C級冒険者となった。
10歳で初登録でC級というのはマジですごいことだって組合統括が言ってた。
まあ俺の場合、実戦経験も実績もないけれど魔術師としての技術と魔力が並外れているからってのが理由。
あと公爵令息への忖度? それもあるんじゃないかな? あってもおかしくない。
翌朝。
いつもどおりトリューで……ではなく、あたらしくあつらえたケイトリヒ様専用浮馬車に乗ってユヴァフローテツを出発。俺が豪華絢爛を嫌うことを考慮してくれたのか、意外にもかなりモダンでスタイリッシュなデザインの外装になった。
なんというか……スポーツカー的な……いや、デコトラといったほうがいいのか……。
まあ、現代でいうとでっかい馬が曳いてるキャンピングカーみたいな?
この世界ではかなり異色のデザインなので、豪華絢爛よりも目立つかもしれない。
またもや「浮馬車に名前を……」と言われたので、前日から考えていた「高尚なる城馬車」と名付けた。どうだ、呼びにくいだろう!
定着させないことを目的とした命名!
どーせみんな馬車って呼ぶんだ。
といっても、中に入ると魔導学院のファッシュ分寮。
新鮮味がなくてイヤなので俺はスタンリーとジュンとオリンピオを連れて屋根でまったり。クッションなんかも用意されていて、お気楽なドライブ旅行だ。
ハルプドゥッツェントがポクポクと歩くリズミカルな音と、タープから漏れる光とぽかぽか陽気が気持ちよくて、ついスタンリーの膝に寝転んでまどろむ。
「ったく、冒険者のくせにのんきな旅行気分だな」
ジュンが呆れたように言うけど、まだ帝国だもん。冒険者というよりも王子だ。
「ドラッケリュッヘン大陸にはいったらほんきだす」
俺が言うと、オリンピオとスタンリーが笑った。
「へんに緊張してしまうよりもよろしいでしょう。殿下の将来はあらかた決まっておりますが、それにしても大物になりそうです」
オリンピオが俺を見て目を細める。本当はオリンピオのお膝が安定しているのでいちばんいいんだけど、何かあったときに咄嗟に動けないと困るのでスタンリーの小さなお膝で我慢するのだ。我慢できる俺、オトナ。
てなわけで、ユヴァフローテツの転移魔法陣をくぐってラウプフォーゲル城下町へ、その道のりは約30分。
父上と兄上にご挨拶してさっさと出発する予定だったのに、案の定昼食会に誘われるハメになった。
だってラウプフォーゲル城の料理長が「レオ殿の秘伝レシピであるカレーをとうとうマスターした」と聞いては食べずにいられない。
「ケイトリヒ、それが……冒険者の装い、なの?」
だいぶ身長が伸びて俺と手を繋ぐのも大変になってきたアロイジウスが微妙な笑顔で俺を見つめて言う。なんスか。なんかヘン?
「そうだけど、なんかヘン?」
「い、いや……ケイトリヒには似合ってるからいいと思う」
「冒険者っつーか、どっからどうみても王子様だな?」
「か、かわいいからいいんじゃないかな……」
アロイジウスもクラレンツもカーリンゼンも俺を見てなんか微妙な反応。
「でも、S級冒険者のリンドロース先生もA級冒険者のバルドルも、これでいいって言ってくれたよ?」
「ああ、そういえば冒険者を連れて行くんだったね。有名人2人を借りれるなんて、さすがというかなんというか……まあその2人がそう言うんなら、問題ないんだろう」
「いやどう見ても王子だろ! まあでも身分を隠さずにやるんだっけ? じゃあ見るからに王子様のほうが面倒事がなくていいのかもな。わかんねーけど」
「ケイトリヒは精霊様の御加護があるし、護衛もたくさんいるから人さらいなんて心配しなくていいよね。ケガと迷子だけは気をつけてね」
父上は俺を見るなり眉をしかめて、ぶっとい指で襟を直したりフードを被せたりしてなんどもパトリックに「これはこの色しかないのか」とか「もっと派手な装飾をさせろ」とか注文をつけている。やめてほしい。
「ちちうえ、これから皇帝陛下に謁見するので立派な服を着てますけど、僕は冒険してくるんですよ。ドラッケリュッヘン大陸に着いたら、麻の貫頭衣で過ごしますから」
「それは許さん! そんな平民の、しかも貧民が着るようなボロをまとってはラウプフォーゲルの威信を示せん! 今と同じレベルの装いを保つように、いいな!」
父上が厳しく言いつけると、パトリックは何食わぬ顔で「麻の貫頭衣など用意しておりませんからご安心ください」といいのけた。ないんかい!
昼食会では、ほんのりカレー風味のするハッシュドビーフをいただいた。素揚げされた野菜やほろほろになるまで煮込まれた肉は美味しかったけど、ちょっと脂っこくて重い。
出された皿の半分しか食べられなかったのを見て、父上も兄上たちも「こんなに美味しいものを残すなんてまだケイトリヒに旅は早いんじゃないか」と言い出す始末。
カレーってもうちょっと、脂っこくなくてスパイシーだと思うの。
というのは言い出せず、馬車の中でおやつを食べたせいだと言い張ってラウプフォーゲルを出発。
次は帝都で皇帝陛下にご挨拶だ!
ラウプフォーゲルと帝都を結ぶ転移魔法陣は、コロシアムのような建物の中。
出入り口の大きな鉄扉の門はもちろん、建物の小窓にも兵士がちらちら見えるのでものすごく厳重に警備されているのがわかる。
円形の建物の内部の床面にビッシリと巨大な魔法陣が描かれた場所に馬車を停めると、ペシュティーノがルーフから降りるように声をかけてきた。
「屋根にいちゃだめ?」
「転移魔法陣では問題ありませんが、帝都では街の外に魔導騎士隊を待機させます。あまりお姿を見せないほうがよろしいでしょう」
渋々ペシュティーノの言う通りに浮馬車にはいると、中はファッシュ分寮。なんか旅してる感覚がない。
「四半刻もかからないでしょうから、個室でくつろぐには慌ただしくなりますね。ここに少し休む家具を入れたほうが良さそうです」
馬車の特別な扉を越えた先はファッシュ分寮の3階部分。
昇降陣から出た先の広間になった場所だ。
真正面にはご立派なタペストリーと旗と宝塚のゴージャスな俳優が降りてきそうな大階段、そして絢爛豪華な装飾が施された巨大な扉。俺の私室に入るための扉だ。
大階段の左右には、小さく低い階段が登りと下りでそれぞれ3つずつあってその先はそれぞれ扉が1つあるだけ。合計12部屋の個室は、側近専用ルーム。
スタンリーを治療するために西の離宮時代にジュンの部屋には入ったことがあるが、あれ以降はペシュティーノ以外の側近の個室に入ったことはない。
たしかにこの広間、分寮として使っているときは単純にそれぞれの私室に入るための単純な広い廊下みたいな扱いだったけど。自室に入るほどでもない、ってときはこの広間でくつろげるといいかもしれない。
「分寮でのジュンたちの部屋ってどうなってるの?」
「どうって? 西の離宮よりも豪華だぜ」
「精霊様がご用意してくださった家具をそのまま使っております」
ジュンとオリンピオは西の離宮で自室をもらったことに感動していたそうだけど、白の館にファッシュ分寮と住処が増えてくるともう自室に執着がなくなったんだそーだ。
「いやあ、初めて個室をもらった西の離宮じゃあ興奮したけどよ。次から次に王子が居城を増やすもんだから、どれもこれも自分好みにするのが面倒になってきたぜ」
「手を加えずとも精霊様は最高の部屋を提供してくださいますので」
ジュンとオリンピオは、少しチラリとスタンリーを見た。
「にいには?」
「私もおふたりと同じ意見です」
ふーん?
「こんどお部屋あそびいってもいい?」
「!?」
「おう、いいぜ。そういえばファッシュ分寮の私室には運動用の道具もちょっと入れてもらったんだよな。ま、王子はカラダが小さいからまだ使えねえけどよ」
「私の部屋は……ほかより少しずつ家具が大きい以外、他と代わり映えはありませんよ」
ジュンは相変わらず意地悪だけど、オリンピオの部屋も興味深い。ただでさえ身体の小さい俺がオリンピオの部屋に入ったら、ほんとにコビト気分。
スタンリーが地味に慌てているのが気になるけど……。
「にいに、僕があそびにいったらこまる?」
「い、いえそういうわけではありませんが、きっと退屈だと思います」
「タイクツ? 別にジュンみたいな楽しい施設はもとめてないけど」
「そうですか……」
なぜかしどろもどろのスタンリーが気になるけど、すぐに帝都に到着したという声がかかってその場はお開きになった。詳しくは冒険の道中で聞きましょうか。
帝都では大仰なイベントはなく、ただ淡々と皇帝陛下に謁見して「いってきます」ってのを儀式的に言うだけだ。皇帝陛下も「いっておいで」をエラソーに言うだけ。
謁見終了、となったときに雑談っぽく話しかけられた。
「そういえばケイトリヒ、今回の遠征には婚約者を連れて行くと聞いたが?」
「はい、貴族院の卒業手続きに3ヶ月ほど要すそうなので、そのあとごうりゅうします」
「ケイトリヒはラウプフォーゲル男だから大丈夫だと思うが……婚約者は、怒らせてはならんぞ。普段からしっかり話し合って、意見の食い違いやすれ違いはなるだけ少なくするよう務めるのだぞ」
「なんかあったんですか」
「……昔のことだ」
「きもにめいじます」
よくわからんけど、そういえば今上の皇后陛下は政治にあまり興味がないらしく存在感は薄め。社交界や必須の行事にはちゃんと顔を出すらしい。俺と接点がないのも納得。基本的にはあまり積極的には公的な場に出てこない。
父上が話すカンジだと仲は悪くなさそうだけど……まあ、長い付き合いならいろいろあるよねきっと。
帝都の滞在時間はわずか30分。
これからドラッケリュッヘン大陸との連絡船が出ているマリーネシュタット領の港へ向かう。この領は帝国の海軍本部があり、海上軍事力が集結したラウプフォーゲルとも親交の深い領。
ドラッケリュッヘン大陸を帝国領として制圧するにしても調査が進んで交流が増えるにしても、どうなるにしても直接的な影響を受けるのがこのマリーネシュタット領の港となる。
トリューでひとっとびのところを、わざわざ一般的な陸路と海路を使う理由はその実態を知るため。
正直、本当にドラッケリュッヘン大陸が帝国領になるのなら物資輸送にも人員輸送にも転移魔法陣を設置してもいいなと思ってるんだけど。
そういう大規模な転移魔法陣は許可制だし、現実的に考えてよっぽどリスクを徹底的に排除したうえで採算がとれることが証明されないと許可は下りないだろうという話。
これはディングフェルガー先生が言ってたので間違いない。
簡易的なシュミレーションの見立てでは、仮にドラッケリュッヘン大陸が帝国領になったとしても転移魔法陣の設置許可が降りるまでは2、30年はかかるだろうって。
ドラッケリュッヘン大陸にはまだまだ未知が多いし、今回の俺の調査遠征の結果によってはそもそも帝国領として占領することを諦める可能性だってまだ残ってる。
現在考えているよりも帝国領にするうまみが少ない場合だ。可能性は低いけどね。
帝都からマリーネシュタット領までは転移魔法陣がないので、陸路だ。
皇帝直轄地である帝都の隣りに位置するとはいえ、早馬でも1日はかかる距離。
だけど。
シラユキことハルプドゥッツェントは時速70キロ前後を3時間も持続できるタフな種であるうえ、曳いている馬車は浮馬車で馬への負担は最小限。
さらに主要都市への幹線道路として整備された街道はとても広くてキレイ。
人通りもかなり多いので、先に魔導騎士隊が大きな旗をぶら下げて飛び、街道を少し広めに空けてもらって俺たちの高尚なる城馬車が爆走していく。
こんな乱暴なことしていいのかな、と心配になったけど、道行く帝国民は皆歓声を上げていた。
「ラウプフォーゲルの王子様の旗だ! 遠征調査に向かうそうだぞ!」
「すごい、あの馬車なに? それにハルプドゥッツェントって絵本でしか知らなかったけどあんなに大きいの!?」
「あれは馬車なのか? 美しいといえば美しいが……なんとも珍妙な姿だ」
「ラウプフォーゲル王子がとうとう遠征調査か。ドラッケリュッヘン大陸が帝国のものになる日も近いな! 王子、応援してますよー!」
「お姿は見れる!? さすがに無理かー。妖精王子のお姿、見たかったな」
「本物の魔導騎士隊見ちゃった! 真っ白ですごくかっこいい!」
「王子―! 遠征調査、がんばってくださーい! 商人一同、応援してますー!」
屋根でクッションに埋もれながら、精霊の認識阻害の魔法をかけたうえで音選で聞いた会話はほとんどが好意的で、しかも伝わっている情報もだいぶ正確だった。
「街道で話してるひとたち、みんな僕が調査遠征にむかうこと知ってるみたい?」
「また音選を使ったのですか。あれは使いすぎると心を病むことがあるのでなるべくお控えください」
オリンピオとジュンはトリューに乗って護衛にまわったため、今屋根で俺のおざぶ係になっているのはペシュティーノ。うーん、やっぱり誰よりも安定の快適さ。
「だって気になるんだもん」
「好意的な声ばかりが聞こえれば良いでしょうが、あれは耳を傾ける必要もない心無い暴言も聞こえてしまいます。気になるのはわかりますが、気にしすぎてはいけませんよ」
現代日本のSNS社会を知っている俺としては、他人の声が聞こえてしまうことの脅威はよくわかってるつもり。
「うん、わかった」
ペシュティーノは俺を心配してくれてるんだもんね。意固地になる必要はない。
素直に受け入れた俺を、ペシュティーノが愛おしげに撫で回す。
「……平民にまでケイトリヒ様の調査遠征の件が広まっているのは、公共放送のせいですよ。帝国議会とフォーゲル商会の協力で公営情報番組が放送されています。グルメと新製品情報、そしてケイトリヒ様の話題が反響が多いのだそうです」
公営情報番組……要はニュース番組か。いや、内容を聞いたカンジだとお昼の情報番組みたいなカンジもある? 公営の総合情報番組。なるほど?
「公共放送でそんな情報が……僕も見たい」
「……たしかに、ドラッケリュッヘン大陸へ遠征しても公営情報番組を見れば帝国の情報が入手できますね。と、いっても制作しているのはフォーゲル商会ですから、彼らに情報を融通してもらうように話しておきましょう」
「んん、帝国民が何を見てるのかを知りたいの。だから見たい」
「……なるほど、それも大事なことですね。承知しました。分寮に投影機を設置するよう手配いたしましょう」
せっかく旅に出ているのだから分寮にこもるのは最小限にしたいんだけど……。小さな液晶タブレットみたいなもの、開発できないかな。
「……」
「ケイトリヒ様?」
「あ、うん。おねがい。でもせっかくドラッケリュッヘン大陸に遠征してるんだから、あんまり分寮にこもりたくないんだよね。もうちょっと手軽に見れるように、装置を開発しようかなと」
「……ケイトリヒ様はお手軽に新製品を開発しすぎです。投影機の設置は許可制なのですが……まあフォーゲル商会の頭目であるケイトリヒ様ならば不問となりましょう。製品化のご予定は?」
「うーん、許可制が解けないかぎりはしないかな」
「ならば結構です。私も公共放送の番組内容は気になっていたのです。どうやらどの領でも、ひどく人気だと聞いております」
ひどく人気。あまりいい意味には聞こえない言い回しだ。
「なんか問題あるの?」
「……ええ。報告件数としてはわずかなのですが、公共放送機の前で仕事もせず1日中張り付いて見続ける者が出てきているそうです。公共放送機のほとんどが公共の広場や兵士の詰め所前などに置いてあるので、そういう状態になる前に治安維持隊などによって解散させられているはずなのですが……それがなければ、もっとそういった報告は増えていたかもしれません」
現代日本にもあった「テレビ依存症」というやつだ。より現代っぽく言い換えると「ユー◯ューブ依存症」とか「ティッ◯トック依存症」と言い換えてもいいかもしれない。
とにかく映像や音楽に触れているときの快感が忘れられず、他のことが手につかなくなり生活にまで影響を及ぼすような状況。要は病気だ。
この世界では特に娯楽が少ないので、公共放送の映像と音声は刺激的なんだろう。
「公共放送依存症かあ」
「依存症? ……依存する、病……なるほど、言いえて妙というか。もしやそういう病気が異世界にはあるのですか?」
「いっぱいあったよ。アルコール依存、薬物依存、ギャンブル依存……何にでも当てはまるけど、まともな生活ができなくなるほどのめり込むのは病気とされてたね」
「……なるほど。正常ではない状態を病と定義するならば、正しく病んでいますね」
「ほんとうは公共放送を使った娯楽についてはいろいろと案があったんだけど、情報伝達のためだけに制限したほうがいいのかもしれない」
「そうですね……幸い、現在は公共放送の設置も番組制作も全て議会とフォーゲル商会が把握できていて他の商会にはマネのできないものですから」
現代の帝国民にテレビはまだ早い。の、かもしれない。
昼前にユヴァフローテツを出て、ラウプフォーゲルで昼食、帝国で皇帝陛下に挨拶をしてマリーネシュタット領への道のりで、日が暮れた。
いくら車と同じ速度で走れるといってもやはり日本の高速道路と同じように進めるわけではない。街道には歩行者ものろのろ馬車も多いし、先触れを出しても避けられない場合もある。
「わ、まっくら」
ペシュティーノの膝の上でぼんやりと青から紫へと変わる空を見て、星を眺めていたら周囲は真っ暗だった。
「このままマリーネシュタットの港町まで?」
「いえ、港町で一泊するとなると宿をとらないわけにはいかなくなります。港町は人の出入りが多く危険も多いので、あえて今夜は野宿する予定です」
「のじゅく!」
「野営訓練以来ですね。ドラッケリュッヘン大陸へ渡れば、毎日野宿ですよ」
野宿! ワクワクするワード!
「いいね、のじゅく! レオにカレー用意してもらお!」
「……カレーは匂いが強いのでダメです。分寮で召し上がるというならば構いませんが」
馬車の下のあたりがガヤガヤして明るくなったので覗いてみると、魔導騎士隊とジュンとパトリックが火を熾して夜の不寝番について話し合っている。
野宿感がアガッてきた!
「そとでみんなとたべたい」
「では携行食ですね。レオが開発した携行食は売れ行き上々ですよ」
「え! そうなの? レオがつくったものなら、たべてみたい」
「既存の携行食は、そういえば召し上がったことがありましたね。レオ殿を雇い入れてからはベントーをよく召し上がったので、本当に安心しました」
それは転生してまともに生活できるようになったばかりの頃、父上に連れられて狩りに連れて行かれたときのことですよ。もう4年も前の話!
……そう考えると、俺ってオトナになった。
ごはんもひとりで食べられるし、分寮や白の館のトイレは俺用にちょっと小さめにつくってあるのでひとりでトイレも行けるようになった。
……改めて言語化すると、オトナというか幼児が児童になったくらいの差でしかないな。
で、でも帝国最強の飛行部隊魔導騎士隊の元帥だし、国政をも動かすフォーゲル商会の頭目だし! 権力だけならすっごいオトナ! だよね!!
いや、誰にアピールしてんだろ。はあ、ご飯たべよ。
「どうした王子、なんか不満でもあったか」
冷めても美味しいレオ特製のお弁当と、大鍋で作った簡単なスープを囲んで野宿。
側近だけでなく、魔導騎士隊の近衛部隊も輪になって食事だ。
「僕、オトナになったよね?」
「グフッ」
俺のつぶやきに近い発言に、パトリックがむせた。失礼すぎん?
ジュンは生ぬるい目をしている魔導騎士隊の隊員たちを尻目に、割と真剣な顔で頷く。
「ああ、見た目はともかく、中身はだいぶオトナになった。つい俺はちっちゃいからってからかうけどよ、王子は立派な王子だぜ。ちゃんとした俺たちの君主で、主だ」
意外な反応に面食らって、なんだか赤面してしまう。
やばい、すごく嬉しい。
「オトナ……!」
「ああ、もう10歳だ。オトナだよ。だから、ベントーはちゃんと残さず食えよ。グロースレーの肉もな」
「うん、たべる」
「おー、それこそオトナだ! 今後野宿が増えたら、食材を現地調達することも多い。好き嫌いなんかしてられねえぞ?」
「たべる!!」
「おっ、えらいな! さすがオトナだ!」
レオが処理したグロースレーはまあまあ食べれるほう。きちんと臭み抜きしてあるし、味付けも俺好みだ。ギリギリ食べられる!
俺専用のお弁当に入ってないので、ジュンのお弁当からもらったローストビーフ的なグロースレーをぱくりと食べると、ピリリとショウガっぽい味。ちょっと辛いけど、生臭さがないから食べられる!
「おー! いい食べっぷりだな!」
「んむ!」
ドヤ顔の俺を、ペシュティーノから魔導騎士隊まで全員がトロンとした笑顔で見ている気がする。
その目つきがね! 子どもを見る目なんだよね!
まあ見た目がこれだから仕方ないけどさ! ヤだなあ、もう!