表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/194

2章_0016話_王子様の会計事情 1

「……レオ殿の料理は革新的だ! 美味しすぎます!」


狩猟小屋から帰る道中のやりとりから数週間。

エグモントはレオが作る料理のトリコだ。


レオは西の離宮の専属料理人となったが父上の口利きで本城の料理人とも親しくしており、メキメキと料理の腕前を上げている。今まで市井では手に入らなかった食材も、天下のラウプフォーゲル城となれば豊富にある。そのおかげでラウプフォーゲル城ではちょっとしたレオの異世界レシピムーブメントが起こっている感じだ。


レオが希望したというだけで、ラウプフォーゲル城下町でも牛に似た魔獣ムームの飼育が導入されることになったらしい。これだけでも父上がレオの料理にどれだけ可能性を感じているのかがわかるってもんだ。


「レオから聞いたんだがよ……まだまだ隠し玉があるらしいぜ」

「なんと……! これだけ革新的なメニューを打ち出しながら、なおも隠し玉を! 彼の発想力は無限の泉のごとく湧き出るのですね」

「いえ、それは彼が異世界人だからでしょう。異世界では我々よりもかなり進んだ文明を持っているそうです。食事は生命維持のための存在ではなく、嗜好のひとつであるとか」


エグモントが陶酔しきったように熱弁するのを、ガノがあっさり冷ます。

今日は珍しくガノとレオとエグモント、3人の護衛騎士が集まって俺と一緒に魔導のお勉強だ。ラウプフォーゲルでは魔術を教えるような教師がほとんどいないので、魔導学院主席卒業のペシュティーノが行う魔術授業は貴重なのだ。


「はい、私語は終わりです。次はこの魔石に魔力を込める練習をしましょう。体内の魔力を魔術として放出するのではなく、純粋な魔力のまま魔石に移動させるのです」


ガノは魔術においては優等生。ジュンとエグモントは、だいぶ苦手みたい。

俺とペシュティーノ以外の3人は魔力量にそんなに差はないという話だけど、ガノはとにかくコツを掴むのが上手いのか出された課題をすぐにやってのける。でもジュンは無駄遣いが多く、エグモントは魔力を引き出すことそのものが苦手だそうだ。

ちなみに俺は……ま、まあ子供だから。というか異世界人だから。魔力の扱いにはもちろん慣れてないけど、学習速度でいうと優等生と劣等生の間。つまり……普通?


これまで嫌というほど普通じゃない普通じゃないと言われていたはずなのに、学習速度だけ普通とかどういうことなの。


狩猟のときの対物理魔法障壁については、父上と騎士隊長にだけは真実を告げたが兄上や騎士たちにはペシュティーノの魔法だったと説明しているそうだ。これまでペシュティーノが俺の魔術教師であることに一部の貴族から批判があったそうだけど、その説明がアンデッド被害を食い止めたと噂になったおかげで今では無くなった。ペシュティーノに反意が目立っていたエグモントも、今は素直に魔法の授業を受けている。


「ガノは言うことなしです。ケイトリヒ様は……まあ、このくらいでしょう。反復練習あるのみです。ジュンは実戦経験があるせいか、妙に力技で魔力を使うクセがあるようですね。みっちり矯正しますからそのつもりで覚悟なさってください。エグモントは魔力に対して忌避感があるようですね、何か嫌な経験でも?」


「いいえ、そういうわけでは……」


エグモントの歯切れの悪い返事に、ガノとジュンが顔を見合わせた。


「誓言の楔」と呼ばれる魔法を4人で共有して以来、エグモントは微妙に疎外感を覚えているのか、みょうに遠慮がちになってしまった。

エグモントに「誓言の楔」を施さない理由は「なんとなく」だ。彼はなんとなく、他の4人と違って絶対的な忠誠を示さないような、そんな気がする。


そんな気がするというか、ちょっと気になったんだ。

おれが多くの騎士見習いたちの中から彼を見初めた理由。俺が見えた「何か」を精霊たちに聞いたところ。ガノに「不思議な気配」と感じたのはどうやら魔力操作適性。魔力は特別高くないが、その操作性に格別の才能を持つ。ジュンの「手と足が淡い緑色に光る」は【風】の属性適性、特に身体強化に特化したものであることがわかった。

しかしエグモントの「胸元が赤く光る」が何なのか、精霊たちにはわからなかったのだ。


俺としてもジュンとガノには間違いなく最初からポジティブな気配をはっきりと感じる。だがエグモントはネガティブとはいかないまでも、ハッキリとポジティブとは言い難い。

「感じる」とか「気がする」とか。漠然としていて掴みどころがないのがイライラするんだけど、精霊たちは「そういうもの」と言ってそれ以上調べようとしない。

ジュンとガノとついでにレオまで絶対の忠誠を捧げてくれたんだし、エグモントまで無理に魔法で束縛する必要はないということで保留している。


「魔術師がきらいなの?」


俺が無邪気にエグモントに聞くと、彼は口ごもりながら答える。


「……そう、ですね。そうかもしれません。古くから武はラウプフォーゲルに、魔はシュティーリにありと言われてきました。長年敵対しているシュティーリの業だと思うと、表面では納得していても心の奥底で遠ざけたいと思っているのかもしれません」


「確かに、その感情は一朝一夕で変化させるのは難しいでしょう。しかしこう考えてはどうですか? ラウプフォーゲルと敵対するための力として、シュティーリは魔術を鍛えてきた。その魔術がラウプフォーゲルの武器となれば、シュティーリはラウプフォーゲルの敵ではなく獲物になります」


ペシュティーノがさらりと言うと、エグモントが目を見開いた。


「貴方は……あ、いえ。なんでもありません」


「私はシュティーリの傍系の出自ですが、私の主はラウプフォーゲルの王子。主のため、主の祖国のため、主を庇護する御館様のためならば何でも致します。それがシュティーリに弓引くことになろうとも一切の躊躇はありませんよ」


ペシュティーノはエグモントを見据えて自らの覚悟を見せつけるように睨めつける。エグモントは少し気圧されたが、やがて決心したのかペシュティーノを挑発的に睨みつけた。


「私だって、同じです」


そう言うとエグモントは再び魔石に魔力を込める実習に再チャレンジする。

不安定な気配がするけど、根性はあるみたいだ。


4人での授業は終わり、昼食の時間。


昼食のメニューはミートパイだ。

こんなに手のこんだ料理は初めて見るってくらい、今までとの文明差がすごい。

パイの中身のお肉はハーブと野菜でしっかり煮込まれていて臭みはゼロ。ルゥの少ないお肉だらけのハヤシライスみたいな味。おいしい。パイはサクサク、表面はつやつやのきつね色。おいしい。付け合せは野菜を細かく刻んだコールスロー。久しぶりに食べるさっぱりした生野菜。おいしい!!

ちょっと大きめのパイだったので半分しか食べられなかったけど、残りはペシュティーノが食べてくれる。


「この香ばしいパン生地で肉を包んで焼いているのですか……手間がかかっていますし、何よりも美味しいですね。異世界の料理の多様性と複雑さには毎日驚かされます」


ちなみにレオは、ラウプフォーゲル城の西の離宮に勤め始めてからというもの日本食に欠かせない醤油と味噌の開発に奮闘している。というか、既に帝国には醤油や味噌の前段階といえるものはあるんだそうだ。今は熟成期間の研究中。醤油と味噌の存在は俺にとっても楽しみなので、精霊には協力するように伝えてある。


「おなかいっぱいー」

「沢山食べられましたね。午後の授業のまえに少し、食休みしましょうか」


レースカーテン越しの淡い光が差し込む窓際に、大きめのカウチをズリズリと移動させてペシュティーノがごろんと横たわる。な、なんて至福のじかん!

これはあれですよね! 添い寝サービスというか、ペシュティーノをお布団にしていいという合図ですね!


横たわったペシュティーノの上に……一応、胃のあたりを圧迫するのは避けてずむんと乗っかる。俺としてはペシュティーノに「苦しいー」と言わせるつもりでやったのだが、ペシュティーノは俺の身体を軽々といいかんじに抱きかかえると背中をぽんぽんしてきた。

俺の今の重さ程度ではどうってことないってことか! むぬう。


「僕、重くなったでしょ!」

「そうですねえ、前よりは確かに、少しだけ重くなったかもしれません」


「せいちょーしたもん」

「ええ、ちょっとずつですが成長してますね」


「アロイジウス兄上くらい大きくなったら、剣を習いたいな」

「……」


狩猟小屋で兄上たちと話す機会があったが、彼らはもう剣とダンスを習っているらしい。ダンスはともかく、剣は習いたい。いちおう、王子様だし。


「魔導学院のにゅうがくは8歳になってからだよね」

「ええ。ですが詳細な時期についてはまだ御館様と皇帝陛下とのやり取りで検討中です」


皇帝陛下と父上が直接? 皇帝陛下って、俺についてはどういうスタンスなんだろう。俺のこと養子に欲しいのかな。それとも父上に任せたいのかな。


「魔導学院ににゅうがくしたら、ともだちできるかな。あんまり小さいと、ともだちっていうよりこどもあつかいされてできないんじゃないかな」

「……」


「ペシュ? ねたの?」

「……いえ、ケイトリヒ様。今のうちに言っておかねばならないことが」


ペシュティーノの意外と厚い胸板の上でまどろんでいた俺を覗き込んでくる。


「なあに?」

「御館様とも話したのですが……今、ケイトリヒ様のお身体は同年齢の子供よりもかなり小さいです。申し上げにくいですが1……2歳児と同じくらいかと」


2歳児!! あかちゃんじゃん! ペシュティーノが大きいから、相対的に小さいのかと思ってたけど絶対的に小さいじゃん! まえ3歳児って言ってなかった!? それは忖度? 忖度ですか!

とゆーか1歳児って言おうとして言い直したでしょ!


「小さいなとはおもってたけど、それほどとはねー。たしかに小さいね」

「それでですね、以前に『死に触れた姿』という話をしたかと思いますが」


「かみのけとか肌がまっしろになっちゃった話?」

「そう、それです。怪我や病気で九死に一生を得た者が、まれにその姿になるのですが」


まれなんだ。そういう経験をしたヒトが必ずしもなるわけじゃないんだね。


「うん」

「その姿になった者は、成長や老化が著しく遅くなるといわれています」


……ん?


「いちぢる……」

「これからケイトリヒ様は魔導学院に入学し、モートアベーゼンに異世界レシピ、温泉魔石など様々な事業を展開するラウプフォーゲルの雄となることでしょう。それは間違いありません。しかし何もしなければ見た目は今のまま……おそらくむこう10年、ともすれば一生、お姿はそのままかもしれません」


「え」

「なので」


「ええええ」

「なのでですね」


「えええーーーー!!! えーーー!! そんなあぁ!!」

「ケイトリヒ様、落ち着いて」


ペシュティーノにギュッと抱きしめられてオエッとなっちゃう。

ショックがでかすぎる。こんな児童にも満たない、幼児、いや乳児レベルの身体で一生すごすなんて、イージーモードなのかハードモードなのか判断つかない。

持ち歩くには便利かもね! いやそういうことじゃなくて!!


「ケイトリヒ様、落ち着いてください。何もしなければと申し上げましたが」

「ふぇ……」


「長命で、ケイトリヒ様と同じく成長と老化が遅いエルフ族になら、何か良い知恵が伝わっているかもしれません。エルフ族と交流を持つ旧ラウプフォーゲル領といえばグランツオイレが筆頭なのですが」

「めぅ……」


「聞いてますか?」

「ちょっとあんまりあたまにはいってこないです」


ペシュティーノがはあ、とため息をつく。


「成長の件は、解決できるかもしれません。そのためには目下、資金力と政治力が必要なのです。ケイトリヒ様、モートアベーゼン事業を集中的に推進しましょう。私もそのために御館様と共に準備を既に始めております」

「しきんりょくとせいじりょく」


「そうです。午後の授業では、モートアベーゼン改良に集中していただきます。そして、お身体が小さい間はどうしてもケイトリヒ様ご自身の功績とするのが難しいと思います。小さな子に資金力と政治力が集まってしまっては、良からぬ輩を招きかねません」

「……わかる」


小さな俺に利権が集中してしまえば、こどもを良いように操ろうとする大人が集まりそうなのはわかる。


「なので、しばらくは……ケイトリヒ様のお立場が確固たるものとなるまでは、私がケイトリヒ様の隠れ蓑となります。そこはご了承いただけますね?」

「かくれみの?」


モートアベーゼン事業を俺ではなく、ペシュティーノを事業主にしようということだろうか。しかしそうなると、こどもを操ろうとする小賢しい大人ではなく。もっと過激な別のものが集まってしまいそうだ。


「そんなことしたら、ペシュティーノがあぶないんじゃないの? 僕はこどもだし父上の子だから命までは危険がないとおもうけど、ペシュティーノは」

「ええ、理解しています。シュヴェーレン領、さらにはシュティーリ家の傍系出身の私が台頭すれば、快く思わないラウプフォーゲル人は多いでしょう。しかし、ケイトリヒ様を取り込もうと動かれるよりも、私を排そうとする動きのほうがずっと防ぎやすく、ケイトリヒ様を守りやすいのです。しかしこれは最終的に功績をケイトリヒ様にお戻しするとはいえ、一時的にでもケイトリヒ様の功績を私が奪う形になります。それについてご了承頂きたく」


真剣な眼差しからふと目を背けて、ペシュティーノの胸に鼻先を押し付ける。漠然と理解はしているんだけど簡単に「じゃあそれで」なんて言えない内容だ。ペシュティーノは俺の身代わりになるつもりだ。それを簡単に了承するなんてできない。


「ケイトリヒ様」

「かんがえさせて」


ペシュティーノの鎖骨あたりにごいごいと額を押し付ける。


「ケイトリヒ様、痛いです」

「ごめん」


ペシュティーノに危険が及んだら。その時は俺が守る。精霊に頼んで、アンデッドをやっつけたように悪いやつらをやっつける。

ペシュティーノが孤立して、周囲からいじめられたら。その時は俺が味方だし、ジュンもガノもいるし父上だっている。父上がついてるのは心強いんじゃないかな?

ペシュティーノがもし怪我をしたら。俺は、冷静でいられる自身がない。


そういえば精霊たちが俺の「命属性が足りない」って話は、もしかして俺が成長できないことと関係あるのかな? いや今はその話ではなく、ペシュティーノにもしものことがあったらという話だ。いや、それでもない。資金力と政治力を強めないといけないって話だったっけ。もう頭が混乱してきた。


「ケイトリヒ様の将来のためにできることは、何でも致します」

「……うん……」


「どうか私を信じてください」

「……ん」


「ケイトリヒ様?」

「……プスー」


「はあ。本当に、食後はすぐ寝ますね」


考えるあまり、意識がブラックアウトしてしまった。



スッキリ目覚めて、午後の授業開始!

まあ、身代わりの件はまたおいおいね。事業が形になってきたらかんがえよ。

命の属性についてもおいおい。魔術の授業でも聞いたこと無いからそのうちかんがえよ。


父上が職人にオーダーしてくれた勉強机は、俺の身体にぴったり。ペシュティーノの(すね)くらいまでしかない高さの机に、ふかふかの椅子はキャスターつき。

座り心地に満足したあとにペシュティーノとの大きさ差分に気づいてハッとした。これって幼児のままごと机くらいの大きさ……い、いや、今の俺にはぴったりなんだからそういう冷静なツッコミは不要! しばらくはこのサイズで生きなきゃならないってこともわかったし、ちびっこネタはもういい!


「では、このモートアベーゼンの魔法陣の設計をできるだけ正確に模写して頂けますか? その上で改良案を考えましょう」


目の前にペシュティーノが車輪のない子供用自転車くらいのものをずい、と差し出す。

机の上には紙と鉛筆。鉛筆は前世のように外側が木製ではなく、やたら豪華な彫り物が入った金属製なのでけっこう重い。


「え、手でかくの?」

「手以外でどう描くのですか」


えー。お絵かきには自信……割とあるんだけども、手書きっていうのが面倒だ。

実は小学校の頃に描いた水彩画でなんか大きな賞をとって以来、美術は常に成績優秀な俺です。絵とは全く関係ない進路に進んだので大人になってからは嗜み程度だが、なんとなく気が向くと静物画や風景画を描いたりしていた。アニメっぽいイラストは苦手。

ただ、全てタブレットで、だ。つまりデジタルで。正直、手書きの感覚なんて忘れた。


「UNDOがないのつら……」

「アンドゥ? なんですかそれは」


デジタル絵を経験してリアル手書きに戻ったとき一番つらいのはUNDO、つまり「ひとつ前に戻る」ができないことだ。


「……魔法陣って、要は図形の設計だよね」


陣と呼ばれる円形の設計図の中に、記号を加えて魔力の流れをコントロールし、様々な作用を生み出す。その作用が複雑になればなるほど陣は増えていき、古代の魔法陣には6千を超えるものもあるんだそーだ。授業で習った。


「これって概念としてはプログラムに近いんじゃないかな……」


プログラムを書いたのなんて前世の学生時代にちょろっと習った程度なのでどのくらい近いかは判断できないが、俺の感覚では似てると思う。


「ケイトリヒ様?」

「ちょっとまって。効率よく組める手段がないかかんがえちゅう」


「組める? ですか?」

「ん〜」


(主の概念を魔術式にしてみましょうか)

(ボクたち魔法陣はよくわかんないから苦手だけど、魔術式ならなんとかなるよ〜)


頭の中でウィオラとジオールが話しかけてくる。

魔術式ってなんだ。初めて聞くけど、魔法陣とはどう違うんだい。


「魔術式は主の概念から引用するならば、数学式に近いですね。役割をもった記号を文章のように羅列していきます。羅列ですので差し込みや置き換えが把握しにくい、とヒトの間では言われていたようですが、我々精霊にとっては言語のようなものです。ご命令とあらば簡単に構築できます」

「魔法陣は……役割を持った記号を図案化したものだね。でもこの魔法陣って、この世で唯一、神でも精霊でもなくヒトの手で作られた技術って言われてるんだ。だから知識としてはボクたち知ってても、なかなか理解できないんだよね」


むむう。テキストプログラムと、ビジュアルプログラムみたいな違いかな?


「そうですか、精霊は魔術式のほうが専門……魔法陣は門外漢なのですね。ヒトの世界では魔術式は専門研究機関でしか使われないものとなっています。失われてはいませんが、一般的ではありませんね」


「でも知識としては魔法陣のことも知ってるよ。なんならヒトの歴史の中で失伝しちゃった記号や模様がある、ってことも知ってる。でもそれをどう使うかはわからないんだ」

「主は前世で似たような概念をご存知のようですので、魔法陣に関する我々の知識を主に捧げてはいかがでしょう」


知識を捧げる? なにそれそんな便利なことができるの? 俺の脳みそに精霊の知識をアップロードするみたいな感覚かな。

「ほう、あなたたち精霊は、ケイトリヒ様が何をご存知なのか、理解できるのですか。私にもそれがわかると苦労しないのですが」


「ボクたちは主と意識を共有できるからねー」

「生きたヒト同士がそれをしてしまうと、人格が混濁するのでオススメできませんね」


えっ、人格が混濁ってなに? こわいじゃん。

「残念ですね」


「わっ、ペシュと話してたの!?」

脳内で精霊たちが勝手に会話していると思っていたら目の前に紫色のシーツおばけと黄色い毛玉が俺の手元でまったりしている。今までの会話肉声だったんかい! しれっとペシュティーノ参加してたんかい!!


「主との脳内会話は、雑念がおおくて趣旨を拾うの大変だからね〜」

「やはり声に出すほうが主にとっても考えをまとめやすいかと」


「ケイトリヒ様が考え込んでいらっしゃるときは、こうやって会話されてたのですね。それで、魔法陣の描画で一体なにをそんなに悩まれているのです?」


「だって、魔法陣のびょーが、ってかんたんに言うけど、たいへんでしょ?」

「……まあ、たしかに描画の狂いが作用に反映されてしまうことを考えると面倒ではありますね。貴族向けの魔道具を生産する工房では魔法陣の専門描画士がいますが、彼らは元絵描きだったりするそうです。技術が必要といえるでしょうね」


そう、「描画」と表現する時点でかなりお絵かきスキルが必要なのは間違いないのだ。

お絵かきスキルがあったとしても手書きで正円を描くのは一苦労だからね?


「それをね、パターン化して、ソフトウェアで描くようにかんたんにできないかなーと」

「そふとうぇあ?」


「できるよ、主が願えば」

「ええ、できますとも。ただ改良を加えていく上で、主の概念からいえばソフトウェアを入れるためのハードウェアが存在したほうがよろしいかと存じます」


「は、はーどうぇあ? ケイトリヒ様、精霊と一体何をお話しているのですか?」


「ちょっとまって、いい案がうかびそうなきがする! ペシュ、この世界にディスプレイ……たとえば絵や文字を表示させる魔道具って、ある?」


「表示……空中にではなく、物体に表示させる魔道具でしょうか?」

「空中?」


ペシュティーノはスッと立ち上がると、俺の部屋とドア続きになっている自室で何かをゴソゴソと探し始める。心当たりがあるみたいだ。


「主、パソコンやタブレットみたいなものを考えてるのかもしれないけど、魔法陣にはもう一つ必要なものがあるよ。言葉でいうと『刻印』という作業なんだけど」

「例えば主が作成した魔法陣(プログラム)をモートアベーゼンに作用させたい場合、モートアベーゼンに魔法陣(プログラム)を詰め込むための『媒体』が必要になります。その媒体に魔法陣(プログラム)を詰め込む作業のことを『刻印』と呼びます」


ほう、なるほど。前世の感覚でいうとパソコンでプログラムしたものを別の道具で作用させるもの、たとえばICチップや電子基板みたいなものかな? つまりパソコンの他に、プログラムを書き込む装置、あるいは機能も一緒に必要ってことか。


「そう。更に言うと、その『媒体』は大体の場合は魔石だけど、必ずしも必要ってわけでもないんだよね。あのモートアベーゼンは魔石ではなく、本体の木に直接刻印してあったでしょう? まあ、それが理由で出力がショボいんだけど」

「精霊の主である貴方様であれば、木そのものを媒体にしてその特性を十二分に引き出すことが可能です。ですので少なくとも作成した魔法陣(プログラム)を『刻印』する機能が必要になるでしょう」


ふむふむと精霊の話を聞いていると、ペシュティーノがガチャガチャと音を立てながら両手で抱えるほどの木箱を持ってきた。


「これは私が学生時代から色々と研究していた魔道具たちです。そんなに高級ではありませんが、魔力伝導率のいい素材が揃っています。シュティーリ家から出奔した私に腹いせ混じりに送りつけられてきたガラクタなのですが、お役に立てば」


おお、ペシュティーノったらやっぱり研究者気質だったんだね! ウィオラーケウムとジオールトゥイが引き寄せられるようにその箱にスススと飛んでいく。


「ん、ヌエの胆石が使われてる。いいね、これって主の魔力と相性がいいと思うんだ」

「このガラスはジンガラ鉱石が使われているのですか。こちらは水泡石に火竜の角。これらはガラクタと呼ぶには有益すぎますね」


「これは魔導学院時代に投影機(ヴァイツフィルム)を再現しようとして不完全なまま放置しているものです。表示用としてはこちらが利用できるかと」


ペシュティーノは鈍い銀色の小さな四角錐を取り出して俺の目の前にかざす。錐の頂点、とんがった部分の数センチ下に青いラインがすりガラスのような素材で入っている。

どういうふうに作用してどうやって使うものなんだろうと思ってジーッと見つめると、ふわりと魔法陣が浮かび上がってくる。なるほど、空中にプロジェクションマッピングみたいに画像を浮かび上がらせる魔道具のようだ。ただ、出力が不十分なせいで像を結べない代物になってしまっている。


「ケイトリヒ様、右の瞳に紋様が……これは一体?」


「主の神の権能のひとつ、『全知』です」


「えっ、そうなの!?」

浮かび上がった魔法陣を放ったらかしにしてでも聴き逃がせない新事実。俺のこの能力って、既に神の能力だったの!?


「えーっ、主も知らないの!? 異世界人って、この世界に来るときに世界の意志からひとつだけ能力を与えられるって言われてるよ。『全知』は主が望んだ能力じゃないの?」


「……言われてみれば、望んだかもしれない。じゃあ、レオも何か特殊能力を持ってるってこと?」


「さあ?」

「本人に聞いてみればいかがですか。我々精霊は、世界に記された記憶……世界記憶(アカシック・レコード)の知識しかありません。これは現世で存命中のニンゲンの情報は存在しないのですよ」


ふーん、と納得していると、ペシュティーノが変な顔をしている。なんぞ?


「あ……世界記憶(アカシック・レコード)、ですって……? さ、先程ケイトリヒ様に知識を捧げると言っていたのは、まさかそこにある知識ですか!?」


黄色い毛玉と紫のシーツおばけが顔を見合わせて、キョトンとでも効果音がつきそうな感じでペシュティーノを見上げる。


「ええ、そのとおりです。何か問題でも?」

「魔法陣に関する知識はヒトから生まれてヒトの間でしか語り継がれないものだから、大した情報量じゃないよ?」


「し、しかし世界記憶(アカシック・レコード)となれば……旧時代、あるいはさらに古い石記(ラピス)期の記号まで含まれるのではありませんか!?」


「もちろん」

「何か問題ある?」


ペシュティーノが頭を抱える。

石記(ラピス)期ってなんですかね。習ってませんけども。


「……精霊から教育されたら、それだけで危険なことがよくわかりました。いいですか、石記(ラピス)期は魔法陣の起源といわれているものですが、その時代の設計や記号はほとんど残っておらず、魔法陣研究者の間でも『失われた時代』と呼ばれています。それを知っていると知られればどんなに控えめに想定しても『神』扱いは免れません」


「でも失われてるんでしょ? それなら主が知ってる知識が石記(ラピス)期のものだってこととは誰にもバレないんじゃないの?」

「主が新たに創り出したことにすればよろしいではありませんか」


「新たに創り出したほうが、より『神』扱いされるに違いありません」


「えー、でも実際、神なんだしさあ?」

「主に危険が及ぶことを危惧しているのですよ、この随臣は。しかしそれを隠し通すために『身代わり』の話を買って出たのではなかったのですか」


……後回しにされた問題が戻ってまいりました。

しかし、ペシュティーノは俺をジッと見て考え込んでいる。


「ふむ……ケイトリヒ様。『身代わり』の件ですが、たしかに私が全てを一手に引き受けるのは、危険が伴います。ここでいう危険というのは私の身についてではなく、中央貴族などに私一人が全ての功績を受け持つことそのものに『ありえない』という疑いを抱かれて、ケイトリヒ様が中央への帰属を強要されることです。しかし魔導学院に入学さえされれば、魔法陣の知識については解決するやもしれません。それまでの辛抱です」


え、それって身代わりをペシュティーノのほかに立てるということだろうか?

ペシュティーノはニッコリ笑っているけど、なんか悪いこと考えてない?


「精霊から石記(ラピス)期の魔法陣の知識が(もたら)されると聞けば、命も名誉も家族も国家も売り飛ばすような魔法陣研究馬鹿の男を知っています。ケイトリヒ様の持つ精霊については魔導学院入学後、帝国内で段階的に開示していく予定ですのでその過程で彼をこちらに引き込みましょう」


やっぱり悪いこと考えてたー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ