第2部_2章_0159話_マイスイートホーム 3
エーヴィッツがユヴァフローテツを去った。
本当は鳥の巣街に行きたがっていたエーヴィッツを案内してあげたかったんだけど。
その件をエーヴィッツがヴァイスヒルシュ領主の養父に伝えたところ、ダメって言われたらしい。
理由は「未来の皇帝になるケイトリヒ様に恩を売るならともかく、お世話になってばかりでどうする」というものらしいけど。実はその「お世話になってる」にはヴァイスヒルシュ領のアンデッド大発生の鎮圧と流民問題の解消まで含まれていることはエーヴィッツは知らない。
エーヴィッツはすごく残念がっていたけど、鳥の巣街であればほとぼりがさめたらいつでも案内するから安心して!
そして次の週。
「ケイトリヒ様、特別仕様の浮馬車が完成しました!」
ガノにそう言われて呼び出された白の館の中庭には、車輪のついた小さめのコンテナ。
あるいはトーフ? 横倒しになった長方形の立方体で、何の飾り気もないシンプルな箱。
長辺の面には両サイド扉が2つ、前後に1つずつ、合計6つの扉がついている。
どういう構造?
「こ、これ?」
「ええ、こちらに後ほどラウプフォーゲル次期領主であり皇位継承順第2位にふさわしい装飾を施す予定です」
「まって、冒険者やるのにそんな装飾いらなくない? それに、ドラッケリュッヘンって帝国みたいに道がととのってるわけでもないんでしょ?」
「これは浮馬車ですので。浮いているので悪路でも問題ありませんよ」
ペシュティーノ、ガノ、シャルルになぜかディングフェルガー先生も一緒になってプレゼンタイム。
冒険者稼業をするにあたり、ドラッケリュッヘン大陸を横断する脚となり家となる、大事な相棒浮馬車の開発をしていると聞いてはいたけど。
「道って下だけじゃなくて幅とか高さとか」
「その時は飛行すればよいのです」
飛べば全て解決。チカラワザじゃないですかー。
「ケイトリヒ様、走行と飛行にはなんら問題はありません。ご覧いただきたいのは内部です! フォーゲル商会に所属する技術者たちが粋を集めた最高傑作をご覧ください!」
ガノがちょっと興奮気味にプレゼンしてくる。
……みためトーフですが、まあ外装はこれからということは内部がメインだよね。
「いえ、殿下。その前に我が緻密な計算によって施された外装の素晴らしき魔法陣を紹介させてくださいお願いします!」
ディングフェルガー先生もなんかヘンなテンションになってる。
もしかして、徹夜明け?
どうやらこのトーフコンテナ、上下左右前後の6面に全て緻密な魔法陣が施されているらしい。
水平維持。横転も急斜面をずり落ちることもない。そのせいで、急角度の坂道を登ったり降りたりするときには後方や前方が浮いた状態になるんだって。想像するだけですごいヘンな光景。
波打ったような道の場合どうなるんだろうね?
絶対防御。外側からの物理的、魔法的な攻撃を一切通さない完全防御。そんなことできるの、と疑ったけれど、その強度は魔力量に比例するんだそーだ。つまり、魔力無尽蔵の俺が中にいればまず破られることがない。多分、なにかガチでマズイことが起こったら俺はポイとトーフコンテナに放り入れられて騎士たちが対応したい、ってことなんだろう。
以前ガノも言ってたけど、絶対防衛戦である俺が安全であるだけで護衛騎士たちは思いっきり戦えるそうだし。まあこれは、婚約者のマリアンネとフランツィスカを守るうえでも必要な機能だよね。
転移魔法陣。でました問題の転移魔法陣。ユヴァフローテツとラウプフォーゲルに直結している。動くものに転移魔法陣を設置するのって、本来は天文学的に難しい技術らしい。ディングフェルガー先生も「ウィオラ様とジオール様の補助なしには完成しなかった」と少し悔しそう。この魔法陣、俺が定期的に帰るためでもあるけどなにかガチでマズイことがあったときの応援要請にもつかわれる。
さっきから出てる「ガチでマズイこと」って何なのかというと、想定しているのは武装勢力などによる包囲だ。俺はラウプフォーゲル王子であることを隠さずにドラッケリュッヘンで冒険者稼業をやる予定なので、山賊や野盗だけでなく国を名乗る軍隊レベルの組織から攻撃されるかもしれない。
そうなると厳密に言うと定義は違うけど、規模的には間違いなく「戦争」レベルの戦闘に巻き込まれる可能性もあるというわけだ。
よく考えたらエーヴィッツ兄上がヴァイスヒルシュ領で厳しく育てられてる、って以前は感心してたけれど。
俺のほうがよっぽどスパルタだよね!?
父上とか皇帝陛下からの扱いはね。
護衛たちは甘やかしてくるけども!
ほかにも機能はたくさんあるらしいけど、ディングフェルガー先生が御高説モードになって語りに酔いはじめたのでペシュティーノが失神魔法を使って黙らせてた。
……もしかして先生の今までの失神って、ペシュティーノが裏で操作してた……?
魔法陣については、詳しくは報告書をチェックしてって言われた。
それじゃこの会自体なんなのって話になっちゃわない?
「では内部のご説明を。こちらは精霊様の肝いりにございますので、驚愕ですよ」
さっきディングフェルガー先生もウィオラとジオールの補助してもらったって聞いたんだけど、内部も?
俺が過ごす場所を、精霊が作りたがらないわけがないか。
「まずはこちらから」
浮馬車は浮いているので、扉の取手はとても高い位置にある。
装飾をほどこしたうえで、搭乗階段を付ける予定だそうだが今はついていない。
ペシュティーノが長い手を伸ばしてガチャリとドアを開けると、その向こうにはトーフコンテナにあるまじき広い豪華な空間が見えた。
「え、もしかして……」
「ええ、ご想像の通り。この浮馬車には白の館と同等の広さの邸宅が入っております。こちらはご令嬢がたの個室とする予定です」
ひらりと高いコンテナのドアのむこうに乗り込んだペシュティーノに、ガノが俺を抱き上げて手渡す。そこに広がる空間は、2つのドアがある少し広めの前室。
可愛らしい花柄のテーブルセットに、壁には鎧や武器を置いておくための棚とマネキンっぽいもの。アンバランスではあるけど、ご令嬢を連れ回すうえではとても理想かも。
「あのドアのむこうは」
「ご令嬢がたの寝室です。ケイトリヒ様の寝台ほどではありませんが、最高のものを精霊様とユヴァフローテツの職人たちに作らせました。もしかすると侍女を連れてくるかもしれませんので、控室もございます」
……侍女をつれて冒険者?
どこの貴族? あ、貴族だわ。しかも未来の皇后。
しかし、それが可能な現状がいまここにある。
「……なんか、そうぞうしてた冒険者とちがう」
「それはそうでしょう。なにせ未来の皇帝が、未来の皇后を連れて他国へ行くのです。備えすぎるということはありません」
俺の自室を見るのが怖くなってきた。冒険者の旅に自室がある、って時点でなんかおかしいっていうのは置いといて。
「こちらは食料や武器、魔道具などを入れる倉庫ですね」
ペシュティーノに抱っこされたまま扉を出ると、並んだ隣の扉を指しながらガノが言う。
「背面の扉は、半分飾りのようなものです」
背面の扉の先には、なにもないガランとしたコンテナの中身、という見た目だ。
なるほど、こちらを先に見せられれば左右のドアに魔法がかかってい部屋があるとは思わないだろう。
「必要に応じて外装を偽ったり、存在を隠蔽する魔法陣もありますので、その際に役立つことでしょう。基本的にはトリューの駐機場として使う予定です」
さらりと見て次。反対側の長辺には厨房があるそうだ。
「厨房!? ってことは!?」
「はい、レオ殿のたってのお願いで同行することになっています」
「わあ、やったー!!」
「未知の食材発見にはレオ殿が欠かせませんからね。ドラッケリュッヘンの新しい農作物を取り入れられれば、帝国の農業にも多様性がうまれます」
シャルルがニコニコして言う。
たしかに、その動機であればマリアンネとフランツィスカを同行させるよりも、帝国にとってはるかに価値がある。
「その隣は、魔導騎士隊と同行する冒険者の待機施設と執務室です。仮眠用のベッド、浴室、そして書類仕事用の文机に文具。どれも文句を言わせないほどの一級品ばかりそろえております」
うんうん、これはいいとおもう! 職場環境は整ってないとね!
執務室の存在は異常だけど、安眠と清潔は快適な生活の基本だ。
「僕の部屋は?」
「こちらです」
浮馬車には御者台はまだないけど、曳くための軛だけは取り付けてある。そこの扉を案内されたということは、俺の部屋は前方から入るということか。
「ここはケイトリヒ様と、我々側近の自室となります」
ドアを開けると……。
「あれ? なんか見覚えがある場所?」
「はい。実はこのドア魔導学院のファッシュ分寮3階と完全につながっております」
は?
「完全に?」
「完全に、です。精霊様が、ケイトリヒ様が快適に過ごされるために必要なことだということで魔法陣でも再現できない古代魔法でつながっており、皇帝陛下と御館様しかご存知ありませんのでどうぞご内密に」
つい最近、もう来ることはないと思っていたファッシュ分寮の3階に、そのまま……。
「じゃあもし魔導学院が始まった時期に昇降陣降りたら、クラレンツ兄上もエーヴィッツ兄上も、ルキアたちもいる?」
「ええ、普通に会えます。が、それは禁止させていただきます。国家機密ですので」
こっかきみつ……。
「僕、涙ながらに魔導学院に別れを告げた気がするんだけど……」
「つなげる先を迷ったのですが、シュレーマンたちが出入りする白の館と違ってファッシュ分寮の3階は完全に空室になってしまいますからね。ケイトリヒ様のお部屋に加えて側近たちの部屋もそろっているとなると新しく作るよりはるかに合理的です」
あっけらかんとペシュティーノが説明してくれる。
なんか……。
俺の涙かえして?
「兄殿下とルキアたちが卒業したあかつきには、ファッシュ分寮は改装して鳥の巣街に移築する予定です。あと2年間は魔導学院にありますから、冒険者修行の間はずっと魔導学院ですね」
「あ! 内緒でダニエルに会えちゃうかも!」
「ダメですよ。冒険に出ているケイトリヒ様が魔導学院で姿を見られてしまっては、精霊様の異常な魔法が露呈してしまいます。国家機密だと申したでしょう。それにダニエル殿もたしかケイトリヒ様と同様に今年卒業なさったはずです」
「え、そうなんだ。でもほら、僕って移動は自由っていうか」
「トリューで移動した、と言い張るのですか? 無理があると思いますが……ひとまずこの件はしばらくお忘れください。今は浮馬車のご説明を」
そうだ。浮馬車、快適すぎて冒険者っぽくなさすぎる問題!!
風呂トイレ寝台つきって冒険じゃなくない!?
旅行じゃん! しかもすっごいセレブなやつ!
疑惑ってのはアレか、冒険に出たフリして実は魔導学院で引きこもってましたー! みたいな? でもドラッケリュッヘンで色々な発見があって、それが全部俺名義になっちゃったらそんな疑惑も関係ないよね。
よし、発見の功績は側近になすりつけよう! 農作物については正しくレオに!
ちょっと過保護すぎる気がするけど、未来の皇帝と2人の皇后の冒険と考えたらこれくらい厳重でもいいのかも。浮馬車にはたいへんまんぞく!
……ってことにしておこう。
数日後。
今日はリンドロース先生が同行する2人の冒険者を紹介しにやってくる日。
それに、冒険者組合の統括責任者のヒトも部下を連れて来るって。
ユヴァフローテツでは珍しい、ちゃんとしたお客様だ。
「どうもどうもー! わあ、殿下! ちょっと大きく……なりましたよね?」
「なったよ! もう……もうすぐ33スールに届くんだから!」
「み、ミェス!! 王子殿下になんという口の聞き方を!!」
「だいじょぶですよ。リンドロースせんせいは僕が小さいころからお世話になってるせんせいですので」
「小さい頃から……ブフッ」
顔の下半分は無精髭にしては伸びすぎた髭に、バサバサの長い髪を雑にまとめた大男が口を押さえて笑ってる。
ユヴァフローテツの応接室は簡素だけど、それはラウプフォーゲル城やファッシュ分寮と比べたらというだけで充分広くて豪華。
来客は6人だけど、落ち着いているのはリンドロース先生だけだ。
「今も小さいだろって思うかもしれないけど、これでも成長したんだからね!」
「ンブゥッフッフッフ!! すみません、すみません!! ああ、かわいい! あああかわいいなあああ」
このひと絶対ラウプフォーゲル人。大男だし、子ども好きが過ぎる。
「失礼しました、A級冒険者のバルドル・テールマンだ。家名はあるが、平民だから言葉遣いには目をつぶってくれや!」
バルドルは無骨な見た目に反して柔らかく笑いながらパチンとウィンクしてきた。
「王子の派遣調査に同行すんのは、主に魔物の生息状況や植生、鉱石とかの素材の場所や有効性とかを冒険者組合に関連する報告を担当するためだ。もちろん内容は全て共有することが同行の条件だからな、全て王子に報告するぜ」
そして無骨な見た目に反して、仕事内容はどちらかというと文官寄り。
たしか魔導学院の生徒がいうには本をいくつか執筆しているとか?
「えーっと、『バーブラの冒険』の作者さん?」
「おっ! 嬉しいな、王子も読んでくれてるのかい? ウチの子に話してやるために書き溜めた話なんだが、思いのほか評判が良くていい小遣い稼ぎになってるよ」
図書館をいっぱいにしたくて本をかき集めていた俺だけど、物語系の本は持ってはいても読んでないんだな。先にこの世界の常識を知ることのほうが優先だったので……。
「ごめんね、まだ読んでないんだ。知りたいことがおおすぎて」
「ははは! ちっちゃいのに本当に10歳なんだなあ」
バルドルはラウプフォーゲル男らしくガッハッハと大口を開けて笑う。
「バルドル、うまれは?」
「俺ァ今はハービヒト領になってるエルタって街の出身だ。革製品が有名な工房がいくつか集まる小さな街だよ」
やっぱり、マジで生粋のラウプフォーゲル男だった。
ムッキムキで豪快に笑うバルドルの横で、細身の優男が目を輝かせて俺を見ている。
俺が視線を向けると、待ってましたとでも言うように一歩前に出て優雅にお辞儀した。
「ピエタリ・ヘイスカリと申します。王子殿下の冒険者修行に同行できますこと、この上ない光栄の極み。誠心誠意、殿下のために尽力いたします!」
ピエタリの言葉に、ミェスもバルドルも冒険者組合の職員も「はあ!?」みたいな目になって呆然としている。どうしたんだろ。
「えっと、うん、よろしく。ピエタリはユヴァフローテツと白の館……の前の、邸宅をつくったひとだよね。冒険者だったんだね」
「いえ、冒険者には昨年なったばかりです」
「あそうなの?」
「はい、殿下が冒険者修行をされると聞いて、必死にランクを上げました。新時代の幕開けともなろうトリューを開発し、描画装置を設計し、鳥の巣街なる経済体制そのものを作り上げた殿下を心より尊敬しております」
あ……このヒト、なんかアブナイ。目が輝きすぎている。
リンドロース先生とバルドルと組合職員がヒソヒソと後ろで話してる。
「おい、あいつマジでどうした?」
「お目当ての王子に会えて頭おかしくなったみたいだね」
「あんな態度ができるのか……半分、いや10分の1でも普段の態度に取り入れればどれだけ組合での評価が変わったことか」
ピエタリ、どうやら2面性があるみたいだね。
彼はたしか純粋なエルフだったはず。俺の魔力に惹かれるのは仕方ないことだけど……。
「ピエタリの担当は?」
「私は主に殿下が調査なさったものを組合用に報告書としてかき上げる担当になります。明確な区分はありませんが、おそらく地形や地質、天候、それに社会情勢などが主となりましょう」
地図の作成は魔導騎士隊の高精度な観測カメラと演算装置が勝手に書き上げてくれるので俺には不要なんだけど、冒険者組合は喉から手が出るほど欲しい情報だ。
魔導騎士隊が新しい測量技術を使って精密な地図を作成できるという情報は国家機密。だが、上空から地形を見れば今まで以上に正確な地図が作れるのは当然。
冒険者組合にはこちらが制作した地図を一般に流通しても問題ない程度に劣化させたものを渡すことが契約になっている。
ピエタリはその確認や補足などをする担当なんだとか。
思いのほか重要な任務を担っている……んだけど、目つきが完全にファンのそれ。
「……ピエタリ、僕のことすきなの?」
「はっ!? ……ええもちろん、はい! 大好きです!! 殿下のおそばに侍るため、この2年間尽力してまいりました! これから殿下のお役に立ちますので、実績を認めてくださったあかつきにはどうか側近に取り立てて頂きたく存じます!」
直球どストレート。
「ええっ!? ちょっとちょっと、僕のほうが先に側近希望出してたんですけど! ケイトリヒ様、ピエタリよりも僕のほうが先ですよね? 付き合い長いですもんねー?」
すかさずリンドロース先生が反論。バルドルはニカニカしながら2人と俺を見ている。
どうしよう。チラリとペシュティーノを見るとちょっと肩をすくめただけ。
よし、流そう。次に視線を向けると、察してくれた。
「……もう彼らが我々冒険者組合の者なのか王子殿下のものなのか、わからなくなってまいりました。遅れましたが、私は冒険者組合の統括責任者であり帝国の全ての冒険者組合を取りまとめるユルゲン・エジルと申します。こちらは書記官のウッツとアルミン。同行する3人との、組合側の連絡係です」
こちらも典型的なラウプフォーゲル男といった壮年の大男。後ろには少年に近い若者が2人、居心地悪そうながらも丁寧にお辞儀してきた。
「では、ケイトリヒ殿下の冒険者修行……そちらからすれば派遣調査について、詳細を詰めてまいりましょう。殿下、ここからは実務的なお話になりますので同席の必要はございません」
ガノが爽やかな商人スマイルでさりげなく俺を追い払う。
たぶんこれからエグい交渉が始まるんだろうな。
相互協力っていうのは口で言うのは簡単だけど、入念な話し合いなしに実現してしまえば必ず後から揉める。費用はどこまで出してもらえるのか、大発見があった場合の功績をどこに帰属させるか、何かトラブルが起こったときはどこが責任を持つか。ざっと考えるだけでも決めるべきことは多い。
「う、うん。じゃあ僕、シュレーマンと話してるね」
ユヴァフローテツ小領地経営のいくつかの課題を話したいとシュレーマンから面会申し込みが来ていて、この来客対応が終わり次第会う予定だったんだ。
俺10歳だけど毎日なにかしら予定があって忙しい。
目が回るってほどじゃないけど。
「それではケイトリヒ殿下、よろしければ私もご一緒してもよろしいですか?」
リンドロース先生がナチュラルについてこようとするけど、いやダメでしょ。
後ろで、自分も!みたいな顔してるピエタリさんもよく考えて。
「いえユヴァフローテツないぶの話なのでごえんりょください」
「ああっ! 側近ではない自分の身が恨めしい!」
「同じく! どんな功績をあげれば側近という光栄にあずかれるのでしょうか……!」
神候補の魔力効果すごい。でもあんま陶酔すんのやめてほしい。
シュレーマンとの話は主に、不在の間のユヴァフローテツの運用方法についてだったんだけど。今までもずっと就学してたんだし、みんな不在慣れしてる。
俺が月に1度くらいの頻度で戻って来ると聞くと、その場にいたシュレーマンに加えてパーヴォもラウリもトビアスもものすごくホッとしてた。
……俺の帰還がそんなにありがたいもんかね?
「もちろんです! ケイトリヒ様はご自覚がないようですが、ケイトリヒ様のお声一つで私たちの説得の100倍の効果があるのですから!」
「そーですそーです! 一言、『この件はケイトリヒ様からの厳命です』というだけでそれまで混沌だった会議もすぐに秩序を取り戻すんですから。我々にとっては本当に、頼りになる君主ですよ!」
「殿下は……自らの影響力を過小評価しておいでです。冒険者修行……についてはもはや我々から何も申し上げることはありませんが……どうか、ユヴァフローテツ及びフォーゲル商会について……殿下の御恩顧を……賜りたく存じます」
若干叱られた。
ともあれ、ユヴァフローテツとフォーゲル商会は問題なさそうだ。
目下のいくつかの課題について俺の鶴の一声でチャキチャキと解決し、その日は終わり。
白の館とユヴァフローテツ、そしてフォーゲル商会では俺の冒険者修行……というより、ドラッケリュッヘン大陸への遠征について着々と準備が進められている。
まずは馬車の馬の確保。
てっきり俺はギンコが曳くもんだと思ってたんだけど、ギンコは護衛として戦力の方に数えられているそうだ。
魔導騎士隊の訓練場に向かう大通りの脇に、ムームやブリフなどの温和な家畜を放牧する場所があるんだけど、そこに見慣れない巨大な白い生き物がいた。
「な、なにあれデカくない」
「あれはハルプドゥッツェントという馬ですよ」
馬と聞いて納得するくらいには馬っぽいんだけど、とにかくサイズがデカすぎる。
あと脚が6本ある。なんか北欧神話にこういうのいた?
「どっから捕まえてきたの」
「馬が必要だと相談したところ、ギンコ様にご紹介いただきました」
ご、ご紹介。もしかして喋るのかな?
6本脚の巨大な白い馬は、ぽっくりぽっくりとこちらに向かって近づき、少し離れたところで膝を折って深々と頭を下げた。
……これは、喋れなくても相当賢い。
「えーっと、よろしくね?」
「ブルル」
あ、喋らない? 自分では喋れないタイプの賢い馬?
「主、この6本脚が名を賜りたいと申しております」
後ろにいたギンコが通訳してきた。なんというか、ケモノ界隈にも知り合いを紹介するみたいな文化あるんですかね。ゲーレは聖獣らしいけど、ハルプドゥッツェントもそうらしい。
「えーと、僕ケイトリヒ。あのね、ドラッケリュッヘンへの冒険者修行についてきてくれる? 馬車をひいてもらいたいんだ」
「フー」
こくこくと長い鼻先をタテに揺らす。これは……肯定、だよね。
「ありがとう! じゃあ、名前……白い馬だから、ええっとええっと……ハクバ?」
「ブヒヒヒンッ!」
「『そのまますぎる』と不満を申しております。罰を与えましょうか」
「いやいい! ごめん、たしかにやっつけすぎた! ちゃんと考えるから! うーん、うーん、ええっと、性別は?」
「メスにございます」
聖獣ってみんなメスなの?
「白い……といったら雪……あ、シラユキ! シラユキはどお?」
「ブルルンッ! ブヒヒーン!!」
「気に入ったそうです」
デカすぎてあまり近づきたくない、馬車馬シラユキが仲間になった!
もう冒険者として装備とか持ち物だけは一流じゃない!?
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