第2部_2章_0158話_マイスイートホーム 2
魔導学院からラウプフォーゲルに到着して1週間後。
洗礼年齢となり、皇位継承順位をえた俺は市民への顔見せと言われるパレードをやることに。
普通ならこの顔見せパレードで初めて市民は領主令息の姿を見るのだけど、俺は……帝国の叙勲式に帝位継承順位選考会と姿が知られている。
どうやらラウプフォーゲル城下町では「妖精王子」という愛称がついているそーだ。
嬉しいようなイヤなような……。
俺が戻った日から城下町は一斉浄化作戦に入り、怪しいヒト、怪しい建物、怪しい組織を徹底的に調査、逮捕、拘束、あるいは追放となった。
今回の浄化作戦で気になったのは、移民申請が通っていない不法移民、つまり流民の摘発が異様に多かったこと。それもドラッケリュッヘンやアイスラーといった南の国からではなく、北側の王国、共和国からの流民。
ドラッケリュッヘンにはマトモな国がないから知識なく不法に入国するヒトがいてもおかしくないんだけど、北側の2国はわりとちゃんとした国。
マトモに移民申請すればさほど出費も手間もないというのに、どうして不法入国するんだろう。
俺がそう聞いても、父上は取り合ってくれなかった。
どうやら都市部で見つかった流民は事情聴取などもなく、問答無用で拘束、投獄、そして強制送還という流れ。以前は拘束ののちに処刑されていたそうだから、ちょっと乱暴な気がするけどちょっとずつは人権意識が育ってきてるのかなー。
事情聴取にもコストがかかるし仕方ないといえば仕方ないけど、理由は気にならないの?
「え、さんびゃくにんも不法入国者が?」
「ええ、それもほとんどが共和国と王国からです。王国はいずれ統一されるということで今回は厳重注意で済ませることになりましたが」
流民につける「ストライク・ツー魔紋」を、共和国と王国民についてだけは「ストライク・スリー魔紋」にしたいという話。魔紋刻印の魔道具を修正してほしいと依頼されたところでそれを聞いた。
「なるほど、それが回数の条件定義……しかしこんな記号は見たこともない。この記号一つで指定領域内に何回足を踏み入れたかを計上できるのか、どういう仕組みで……」
「ねーディングフェルガー先生、もう刻印していい?」
「王子、どうかもう少しだけ! こちらの記号は一体どういう効果が? 見たところ『出現』の古い記号と似ています。しかしあれは不安定で使いづらいといわれていましたが」
「ええっと、これは『出現』に似てるけど、正しくは『顕現』っていう記号で……」
原理を考えてくれたのは先生だけど、既存の記号ではとんでもなく複雑な設計になるからということで俺が組み直したんだ。
先生が組むと単体魔法陣が24枚にもなり、魔力消費量も6äzlかかる。俺が組むとたった1枚、そして魔力消費量は0.03äzlだ。
このäzlという単位、トリュー魔石1つに入る魔力量を10とした数値で今や帝国の法定単位となりつつある。今まで不透明だった魔石による魔力の取引に絶対的な数値が持ち込まれたことで、魔力エネルギーの売買がかなり整理された。
このäzl方式で魔力量を計る魔道具は売れに売れ、今最も信頼される魔力測定機となっている。もちろんフォーゲル商会の商品でございます。
見た目は完全に電圧計。こういうの理科の実験で使ったなー。
おかげで辺境のウンディーネ領やゼーレメーア領などの竜穴から採取された魔石が、輸送費を差し引いたとしてもかなりの底値で買い叩かれていたことが明らかになり、このことだけでも領主たちから感謝されているのだと帝位継承順位選考会のあとに知った。
うんまあ……それを聞くと、推薦人になってくれる気持ちもわからないでもないかな。
今まで二束三文にしかならなかった産業が、ちゃんと正当な価値で買ってもらえるようになったんだもんね。
といっても、俺はトリュー魔石を作っただけなんだけどね。
まあ思わぬ副産物だったってことで。
話がそれたけど、北の2国から流民が増えている理由をさぐるため、信頼できる外交筋とは別に王国には俺の弟子たち、そして共和国はダニエルに手紙を出すことにした。
彼らには理由を問うというよりも、どれだけ情報を集められるのか確認したいというのが本音のところだ。シャルルが持つ外交スジに調査させつつ、どれだけ信頼できる情報を集められるのかを知っておきたい。
共和国への手紙は検閲されるそうだから、ヘンに意味深に書くより天真爛漫な子どもがストレートに「流民ふえてるけどなんで?」って聞いたほうが良さそう。
こういうやりとりをすることで、ダニエルには帝位継承順第2位から連絡が入るという価値を元手にして、のしあがってもらいたい。
ダニエルならたぶん上手くやるはず。
裏世界で培った強かさと勘の良さ、判断力の速さは埋もれるには惜しい。
俺の手駒……には多分なってくれないけど、いい感じに情報くれる人員に育ってくれるとありがたい。
王国の弟子たちも同様。
俺との関係を上手く活かせるかどうかは、彼ら自身にかかっている。がんばってくれ。
というわけでピャピャーッと6通お手紙を送って、いざパレードに臨む!
パレードと言ってもおめかしして馬車にのって城下町を一周するだけ。
アロイジウスもクラレンツもエーヴィッツもカーリンゼンも「ちょっと周囲から見られるだけの、おでかけみたいなもの」くらいに言ってたので油断してたんだ。
パレードの日の朝、城下町の治安維持隊の隊長から報告が来るまでは。
「御館様、沿道にケイトリヒ殿下をひと目見ようと近隣領地からも人々が詰めかけ、収拾がつきません」
「治安維持隊だけでは安全確保が難しいです。魔導騎士隊の出動を要請します」
パレード中に眠くならないように小さなサンドイッチ一個だけを頬張ってたところに入った報告で、もぐもぐがピタリと止まった。
「……そうか。やむを得ん、ケイトリヒ。魔導騎士隊を出動させてもいいか」
「みせいこぅいあは」
「ケイトリヒ様、飲み込んでからお話しください」
ペシュティーノがサッと横からホットミルクを出してくれる。ありがたし。
「魔導騎士隊は人員整理をそうていした隊ではないです」
「しかし、トリューに乗って空から監視、ときに注意すれば大幅な抑止力になる。どうやら集まった観衆たちのケンカ騒ぎが耐えぬらしい。このままではパレードが中止になり、集まった近隣領地の民たちに敵意が向きかねん」
チラリとオリンピオを見ると、真顔で目礼してくる。
それはどういう? 断って欲しいテイ? 出していいって肯定のやつ?
オリンピオはとくにわからん。
「オリンピオ、どうおもう」
「元帥である殿下をお守りするのは魔導騎士隊の礎たる務め。本日出兵可能な中隊規模を、殿下の護衛として環境整備に尽力いたしましょう」
いいんだ。オリンピオがいいならいっか。
真っ白の制服と、話題のトリューで現れた魔導騎士隊の姿に観衆は大喜び。だったらしい。今は公共放送となった生配信で一番最初に放映されたのが魔導騎士隊のアンデッド討伐だからね。
彼らが生で、空を飛んでいるところを見れるのは実はなかなかない。
俺がパレードに出た頃には、魔導騎士隊の空からの人員整理が効果てきめんだったようで、観衆たちはだいぶお行儀よく沿道に整列してた。
規模感としては優勝した力士が凱旋パレードをするくらいを想定してたんだけど、普通にそれ以上だった。市民はラウプフォーゲル徽章と俺を表す白鷲の徽章の2つの小さな旗を持って俺の名を呼ぶ。ちょっと熱量が怖い。
魔導騎士隊の登場で、俺を見ることが目的の観衆たちの熱は若干落ち着いた、と聞いたけど俺から見ると全然落ち着いてない。
馬車の上でキョロキョロしていると、俺が振り向いたほうからキャーとかカワイーとか黄色い声が。これが……! アイドル的な人気者になるという感覚か……!!
いや、どちらかというとレッサーパンダが子どもを生みましたとかで動物園がにぎわうカンジ? だって視線を向けずにお尻をもぞもぞして座り直しただけでカワイイって悲鳴があがるんだもんね。こりゃ愛玩動物の感覚だね。わかってたけどさ。
俺は父上の横でずっと笑顔で手を振り続けた。
がんばって笑顔つくり過ぎてほっぺた痛い。ほっぺた筋肉痛になるとかある?
日本の皇族がいかに努力してたのかものすごく痛感してしまった。
ちなみに小さな旗を配るのは、案の定というかレオとルキアが提案したのだそうだ。
1週間という短い期間のなかで「今後も使うことあるかも」とい想定でフォーゲル商会が急ぎつくった300万本が全部なくなった。
紙でつくられた簡素なものだが、この世界ではまだまだ紙は高級品という感覚が根強い。
無料で配られた旗に喜んだのは年齢も性別も出身も問わず、今日の記念にと喜んで持っていったらしい。
まあ喜んでもらえたなら……いっか。
紙のノベルティはこれからもいい客寄せになるかもね。
というわけでつつがなくパレードを終え、ユヴァフローテツへ帰還します。
「もう行くのか……1ヶ月くらいいてもいいだろうに」
「ユヴァフローテツでは冒険者として出立するための準備もひつようですし」
父上が残念そうに言うけど、ユヴァフローテツと鳥の巣街の状況はハイスピードで変わっている。定期的に帰らないと元の姿がわからないくらい変わってることもままあるから、置いてけぼりになりそう。
「冒険者としての準備ならラウプフォーゲル城下町のほうが絶対品揃えいいに決まってるじゃねえか。地図に、武器に、マント……」
クラレンツはそう言って俺を下から上まで舐め回すように見つめたあと「オマエには必要ないな」といって会話終了。
「冒険者として出立するまえにはまたラウプフォーゲルに戻るんだろう?」
「はい、いちおう。父上から顔を出せといわれてるので」
アロイジウスが別れを惜しみつつ再会を確認してくる。
「言っていなかったら顔も出さず出立しただろうな、ケイトリヒは」
「み、みためはちっちゃいのに、クールだなあケイトリヒは」
カーリンゼンあにうえ? それちっちゃさ関係なくない?
「父上、お元気で。ケイトリヒがいなくなった魔導学院では、なかなか今までのようにはお会いできる機会も減るでしょう。親戚会には必ず出席するようにいたします」
モジモジしながら別れを告げるエーヴィッツを、父上はがばりと抱きしめた。
「……ヴァイスヒルシュでも達者でな。親戚会といわず、ときには個別通信機をくれ」
「はい!」
個別通信機してもいいという許可を得たエーヴィッツは嬉しそうに父上のぶっとい脇腹を抱きしめ、満足げに離れる。
「ラウプフォーゲル公爵閣下、ならびに城の皆様方にはお世話になりました。我々はケイトリヒ殿下預かりの身となりますので、今後はなかなかお目見えすることもなくなりましょう。ケイトリヒ殿下の学友としてもてなして頂いたこと、心から御礼申し上げます」
ルキアが丁寧に言って頭を下げると、ミナトとリュウも「御礼もうしあげます」と声を揃えて頭を下げた。日本人っぽーい。
「うむ。数奇なめぐり合わせでケイトリヒの預かりとなった其方たちは、いわば誘拐の被害者に等しい。ケイトリヒの力になってくれたらこれ以上のことはないが、無理はせず、幸せになりなさい。ラウプフォーゲルはいつでも其方たちに力を貸そう」
3人とも俺と同様に、日本では家族との縁が薄い人生だった子たちだ。
父上が小さな子どもに言うように話すと、ルキアは持ちこたえたがミナトとリュウは完全にズビズビしてた。優しい父親像って、こうだよね。
ひとしきり別れを惜しんでトリューで飛び立つと、太陽は真上にあった。
上空から見下ろすユヴァフローテツは相変わらず白い。
街が発展するとだいたい範囲が広がるのが一般的……な気がするけど、湿原として土地が限られているユヴァフローテツでは居住地域を広げるのは難しい。
「なんか高いたてもの増えた?」
「そうですね、今や住民はユヴァフローテツだけでも8千人を越えています。『上』の建築様式を取り入れて狭い土地でも多くの住人を受け入れられる建物を建設中です。いくつかは完成し、住人を受け入れていますよ」
鳥の巣街は卵型のドームの中にある街なので、タテに長い。タワマンばりの建築様式がユヴァフローテツにも……なんかどんどん都市化してる。
というか日本の「団地」みたいな光景になってる。
「住民の生活はどお?」
「そうですね……私も詳しくは。シュレーマンに聞いてみましょう」
『ケイトリヒ、ほんとうに僕が訪ねても迷惑じゃない?』
通信でエーヴィッツから連絡が入る。
本来はここでエーヴィッツを乗せた浮馬車は別働隊としてヴァイスヒルシュ領に送り届ける予定だったんだけど。
卒業という感傷にひたったのか、ラウプフォーゲル城に滞在した夜に突然エーヴィッツがユヴァフローテツに少し滞在したいと言い出したのだ。気心知れた身内だし、別に俺としては迷惑とかはない。
「僕はぜんぜんかまわないですけど、侯爵閣下はさびしがるんじゃないですか」
『いや、それは問題ないんだ。なんだか領はいまバタバタしてるみたいで、本当は養父上から2週間くらい滞在してはどうかと言われててね』
あ、アンデッド大発生の残務処理か。
あれは今、発生した事実そのものが非公開。父上からも「絶対にエーヴィッツに気取られるでないぞ」と入念に釘を刺されてます。しかし、4時間しかかからなかったうえに記録係だった俺は気取られるどころかその出来事そのものをすっかり忘れてた。
「じゃ一週間くらいいる?」
『……いいのかな』
「いいよ!」
『……ケイトリヒがいいって言うなら、いいのかな』
「いいってば!」
『……ふふっ、ありがとう。考えてみたら2人だけっていうのは初めてだね』
「2人っきりってわけじゃないよ。ユヴァフローテツ、僕の家臣がいっぱいいるよ」
『ああそうだね。ケイトリヒ自慢の家臣を紹介してくれるかい?』
「いいけどちょっとヘンでも目くじらたてないでほしい」
『う、うん。最初に伝えておくことがそれなんだね……』
ディングフェルガー先生とアヒムは面識あるだろうけど、その他研究者たちもけっこう自由に小領主邸である白の館に出入りするからね。
最初の2人のヘンさは際立っているけど、ユヴァフローテツでは特別ヘンというわけでもない。研究者ってだいたい同じ。統治官代理をやっていたシュレーマンやパーヴォはユヴァフローテツでは本当に貴重な人材だったんだなってつねづね思う。
いつもは屋上に降りるんだけど、今日はお客様がいるので正面玄関前、馬車回しの広場にトリューで着陸。トリューを降りても、ラウプフォーゲルであったようなのぼりも花飾りも派手な出迎えもない。
「け、ケイトリヒ。帰還することは伝えてあるんだよね?」
「え? うん。ユヴァフローテツではこれが普通だよ。出迎えなんて時間のムダだし、出迎えて欲しいようなヒトはみんないっしょだし」
俺がチラリと側近たちを見ると、皆嬉しそうにニコリと笑ってくれた。
「そ、そうか……なんというか、カーリンゼンも言ってたけど……ケイトリヒって意外なところでクールだね」
「そうかな? あ、白の館をあんないするね!」
「ケイトリヒ殿下、そうはいきません。せっかくユヴァフローテツに帰っていらしたのですから私の『移民強制送還魔法陣』の確認をお願い申し上げます」
「ケイトリヒ殿下! お戻りになった直後に恐縮ですがレオ殿から聞いた農作物の出来をご覧いただけないでしょうか! それはもう、丸々としたものが収穫できましたよ!」
「殿下、我々の浮馬車の研究成果を!」
「いえ殿下、我々の樹脂素材の研究結果をご報告したく!」
でた、ヘンなヒトたち軍団! ディングフェルガー先生にアヒム、それに俺が進捗を何度も催促していた研究部門たちがこぞって出迎え……ではなく報告にやってきた。
「だめー! 今日はあにうえを案内するの! このあと僕に話しかけたヒトから、確認をあとまわしにするからね! いいっ!?」
腰に手を当ててぽっこりお腹をムンと反らせてエラソーに言うと、ヘンなヒトたち軍団は一斉に口をつぐんだ。
「じゃ、あにうえ、いこ!」
「あっ、う、うん」
エーヴィッツの手を取って館の中に入ると、先に帰っていたララとカンナ、そして使用人たちがしっかり出迎えてくれた。それを見てエーヴィッツもやっとホッとしたようだ。
たぶんユヴァフローテツで俺が冷遇されてるんじゃないかと心配したんだと思う。
残念ながらあのヘンなヒトたち軍団はアレが通常運行なんだなー。
「分寮とは雰囲気が違うんだね。この城も精霊様がおつくりになったの?」
「城じゃないよ、館。城壁がないからね。この街であたらしくつくられた公的機関のたてものは、ぜんぶ精霊がつくったよ。あのオベリスクも、あの市役所も」
館の中をざっと案内し、屋上へ。ここからはユヴァフローテツの街が一望できる。
街の入口から真っすぐ伸びる目抜き通りには、建物自体は真っ白ながらカラフルな布テントが通りに突き出している。鳥の巣街への出店を夢見る準備店舗が多く軒を連ね、通りはだいぶ賑わっているみたいだ。
「わあ……きれいな街だね!」
「ほんと? ありがとう! 僕がきたばっかりのときは、藁の小屋とか腐りかけの木板でつぎはぎの家とか、いっぱいあったんだよ。シュレーマンとパーヴォががんばってくれて立派になったんだ!」
屋上から眺めるユヴァフローテツの街は、キレイに舗装された道路と白い建物が並ぶ美しい街並み。ラウリの提案で街路樹を植えたところ、住人にも大好評。
白塗りの建物に街路樹の緑、温かみのあるグレーの舗装道路、そしてカラフルな差し色がところどころはいる風景は、なかなかのものだ。
「あらためてみると……きれいになったなあ」
「ふふ、ケイトリヒが小領主になって変わったんだね。すごいなあ。僕も小領地を任されたら、同じようにできるかな……」
「その土地の協力者をとりたてれば、きっとうまくいくよ。住んでるところを良くしたいっていう気持ちは、住んでるヒトがいちばんつよいはずだもん」
「ふーむ、なるほど。ケイトリヒは身分に関係なく、そういう基準でとりたてるヒトを選ぶんだね。確かに情熱はなによりも高い能力になりえるか……」
その夜はルキアたちとエーヴィッツとみんなで夕食会。
分寮では出ることがなかったレオのチャレンジングなメニューに、エーヴィッツも驚いていた。そしてユヴァフローテツ名物になりつつある刺し身。案の定ビビッていたけどルキアたちが喜んで食べるのを見て感化されたのか、最終的には「美味しい」と言っていた。
実はファッシュ分寮でも何度か刺し身に近いカルパッチョは出ているので、エーヴィッツもさほど生の魚に抵抗はないみたいだ。まあね、父上とか生に近い肉、食べるし。
ラウプフォーゲル人は肉体も頑強だけど、お腹も強い。
「ねえ、明日は街に出てみてもいいかな」
「うんいいよ! 僕も見て回りたいところがいくつかあるんだ。よかったら案内するよ」
「あ、それなら僕たちもご一緒していいですか。ユヴァフローテツは戻るたびにどんどんお店が増えて景観が変わっているので、見てみたいんです」
エーヴィッツと俺の会話に、ルキアが混ざる。
「こんなかで一番ユヴァフローテツを知ってるのは俺かもな。魔導騎士隊員とよく街で飲み歩いてるし」
「えっ、ミナト、お酒のんでるの!? 未成年でしょ!」
「あっ、ケイトリヒ殿下、ちがいます。ミナトの『飲み歩く』は、最近ユヴァフローテツで流行ってるスムージーですよ。隊員たちが訓練のあと、2、3件ハシゴするんだそうです。健康的ですよね」
あ、スムージーね。ユヴァフローテツでは氷が安いので最近流行ってるって魔導騎士隊員がゆってたのどっかで聞いた。
最近の傾向は、ユヴァフローテツで試験的な商品を開発して流行ったら鳥の巣街で本格的に売る、という構図らしい。スムージーについては農作物を廃棄するほど余ってる帝国での新しい消費のカタチとして好意的に受け入れられている。
氷が貴重品である帝国ではユヴァフローテツの支援がなければ不可能な事業化。
製氷事業については正直、王国との貿易摩擦を考えなければ割とすぐに一般化できそうな内容なので皇帝からGOが出たらすぐに低価格化できる予定。
まあそのへんはフォーゲル商会にまかせてます。
「この上に鳥の巣街があるんだよね? うーん、まだ信じられないな。なにもない青空にしか見えない」
次の日。
以前は最小限の護衛で見回れたユヴァフローテツの街だが、人口増加と新規流入が増えた今はラウプフォーゲル城下町と同様に大名行列級の護衛を連れて街を練り歩く。
今日はエーヴィッツあにうえもいるし。
大事なヴァイスヒルシュの跡取りに何かあったら大変だからね。
「見えなくしてるのは防衛の理由だけじゃなくて、下にくらすヒトたちの日照権をまもるためでもあるの」
「にっしょうけん?」
「あー、太陽の光にあたる権利」
「へえ、そんな権利を考えるなんて……ああ、でも確かにヴァイスヒルシュの街でも住民からの陳情の中に、そういう問題があったな。」
どうにもならないお天気ならばともかく、人為的に日陰者|(物理)にされるのは精神的な健康面にもよくないという話をすると、エーヴィッツは真剣に頷いた。
「エーヴィッツあにうえ、ヴァイスヒルシュ市民の陳情に目をとおしてるの」
「うん、ラウプフォーゲルにいた頃は触れる機会がなかったけど、養父様は僕が言えば必ず見せてくれるよ。市民の暮らしに目を向けるのも領主の仕事だって言って。そして、気になるものがあったら視察に行ってもいいと言われている」
「へえ! いったことあるの? あぶなくないの?」
「ああ、何度か行ったし、危ない目にも何回か遭ったよ。でも、もう行くなと言われたことはない。その場を切り抜けるのは僕と護衛騎士たちの使命でもある。民の暮らしから目を背けてしまってはいい領主にはなれないと厳しく言われているしね」
ヴァイスヒルシュ領主は、父上の義理の兄。
エーヴィッツが養子になるまでは血みどろの家督争いが繰り広げられたヴァイスヒルシュ領は、血みどろ時代の悪政がたたって今は流民問題を抱えている。
ちょっと厳しくても、家督争いで弱った領地を立て直すためにはエーヴィッツ兄上を鍛え上げないといけないんだろう。
「へー、すごいなー」
「何言ってるんだ、ケイトリヒはすでに小領地を発展させ、帝国一の商団をつくり、ゆくゆくは皇帝となる立場じゃないか。横に並ぶ……とまでは言わないが、将来ケイトリヒの力になるためにはまだまだ学ばないと」
生家であるラウプフォーゲル領に、婚姻相手の実家のシュヴァルヴェ領、グランツオイレ領、そして腹違いの実兄が領主となるヴァイスヒルシュ領。
親戚関係で4つの領の後ろ盾があるって、俺わりとすごい皇帝になるかも。
力強い兄の言葉が嬉しくて、ギンコの背から思わずエーヴィッツにジャンプ。
驚きながらも優しく受け止めてくれた兄は、笑いながら俺をぶんぶん振り回す
ユヴァフローテツの白い街並みに、俺と兄のはしゃぐ声が響き、街のヒトたちも笑いながらそれを見つめる。
みるからに「幸せそうな街角の風景」だ。
周囲に騎士はいるけど。
俺、この世界に転生して幸せかも。
初めて、そう思えた瞬間だった。