第2部_2章_0157話_マイスイートホーム 1
学院最後の「あいさつまわり」は、何度も何度も呼び止められたので結局まるまる2時間かかった。今まで一度も言葉を交わしたことのない生徒も、熱烈アピールしてくるんだもんね。
まあこうなるよね。
でも先日のジュンのバッサリ効果が効いてるおかげか、非常識な行動をする生徒はさすがにいない。ちょっとしつこいな、と思うとジュンが眼光をギラつかせるので、たいていビビって逃げていく。
「もうここには来ることもないのかあ」
群がる生徒から抜けて、魔導学院の正門。
キレイに整列したトリューを見て、後ろを振り返る。
そこには、学院一周でたくさん声をかけてくれた生徒たちが見送りに出ていた。
「殿下、どうかご健勝で!」
「ラウプフォーゲル公爵王子殿下の弥栄をお祈り申し上げます」
「冒険者がんばってー!」
「来たる殿下の治世を楽しみにしております!」
俺が大きく手を振ると、生徒たちの歓声も盛り上がった。
嬉しいけど、やっぱりちょっと寂しい。
兄上とルキアたちは浮馬車に乗り、俺もトリュー・コメートに乗り込む。
もう歓声は聞こえなくなって、俺が鼻をスンスンする音が妙に響く。
『親衛隊先行部隊、離陸します』
通信で入ってきた魔導騎士隊からの報告に、ペシュティーノが応える。
「本隊、離陸します……ケイトリヒ様、飛びますよ」
「う゛ん゛」
涙声の俺に気づかないふりをして、トリュー・コメートは飛び立った。
エーヴィッツが企画したお見送り行進のおかげで、俺はすっかり感傷的だ。
ヴィンは明るく送り出してくれたが、ダニエルは少し影のある笑顔だった。
貴重な共和国の友人なので個別通信機を渡したかったが、さすがに帝国から許可が出ないだろうというので諦めた。
正規ルートであるお手紙で連絡してもいいかと尋ねると、ダニエルは「いいけど、故国に帰ったあとの手紙は検閲されるからな」と言った。
ちょっと嬉しそうだったのがかわいい。
ファリエルと、異世界人のトモヤはすっかり大人しくなってダニエルの取り巻き。ついでに聖女候補の……名前なんだっけ、礼儀なんて知らない女の子。彼女もダニエルに鎖につながれたのか大人しくなり、あれほど執拗に俺に接触しようとしていたファリエルも落ち着いて俺に別れを告げてくれた。
ダニエルの教育、すごいな……。実態を知ってる俺から言わせると教育というか調教……いやいや、教育ってことにしておこう。
トモヤはルキアたちと交流し続けるだろうし、あとはまかせた!
王国大領主子息であり俺の弟子たちは、スタンリーが「引き継ぎは任せてください」と言ってくれた。どういうわけか魔導学院には「ケイトリヒ派」なる生徒たちの徒党ができたそうで、そのメンバーが彼らの面倒を見てくれるらしい。
ケイトリヒ派ってなんぞ?
スタンリー……暗部の所属のあとから、なんか父上とか皇帝陛下から密命うけてない?
側近とは別の行動をすることが多くなったし、魔導学院在学中でも外出が増えたし。
スタンリーも俺と一緒に卒業だけど、魔導学院にバラ撒いた「草」はそのまま統括するんだそうだ。「草」って……スパイ的なやつ? 諜報員てきな?
魔導学院に必要ですかね?
……まあ、あまり突っ込んで聞くのもよくない。ペシュティーノもシャルルもスタンリーの行動は容認してるみたいだし、必要なことなんだよね。たぶん。
暗部には暗部の何かがあるんじゃろ。
そして俺の数少ない同級生、ゾーヤボーネ領のイザーク・ジンメルとは、すでにフォーゲル商会のほうで密な関係を築いている。
なにせこちとら大豆の大口買い付け先だからね、レオの作った日本の調味料の量産化に向けて俺よりレオと仲良くなってる。
イザークと同様、俺とはそんなに密でなくてもフォーゲル商会のほうでガッツリ手を組んだ生徒は他にもたくさんいる。イザークとともにお茶会に来てくれた4人は全員、フォーゲル商会でなんらかの協力をしてくれている。
ゾーヤボーネ領はほんとは中立領なんだけど、いまや旧ラウプフォーゲル領と同じかそれ以上に関係がホット。ポッカポカだ。
それもこれもレオの料理と、それに付随する農作物のおかげね。
ここは俺の卒業は全く影響なく関係が続いていきそうだからお別れって感じがない。
他にも、すでに俺のほうに取り込んだメンバーとしては、ローレライの樹脂を売り込んできたマテウスもそうだ。去年のうちに卒業してすでにフォーゲル商会とローレライをつなぐ連絡係として実務についている。
魔導学院でできた、最も友達らしい友達であるリヒャルトとヘルミーネは来年卒業したら結婚するそうだ。来年の卒業後となると、俺……11歳。11歳にして、友人の結婚式に出席することになりそう。まあ2人は16歳になるからなんら問題はない。
おめでたいことだけど、なんか不思議な感覚。
リヒャルトは本来、シュペヒト領の下級貴族。
男爵家の子息なので公爵令息で次期皇帝の俺が行くにはあまりにも家格が違いすぎる、と周囲からは言われたそうだけど。友達だし。そんなの関係ないね。
招待状くれなかったら拗ねる!と宣言したので、きっと送ってくれるはずだ。
来年はまだ冒険者稼業まっただなかだけど、これだけは絶対参加するから!
そういえば、入学式のあとのオリエンテーションでちょっと言葉を交わしただけの王国の姫君、ニンファディア嬢はどこいったんだろ?
あれ以来まったく姿を見せなかったのでなんとなく気になって聞いたら、ペシュティーノが「流石にあのお方を第3夫人とするには関係と家格が……」なんていい始めた。
ちがうから!
どうやら2年生の途中でさっさと卒業して王国に帰っちゃったんだって。
「都合のいい婚約者を得たようです」とガノが黒い笑顔で解説してくれたけど、ほんとにそういうためだけに学校に通う生徒もいるんだね。
ほかにもたくさんの生徒と縁があった。
俺が惚れ込んだ生徒のほとんどは優秀な人材としてフォーゲル商会がとりこんだし、3年間の就学でこの世界の常識もだいたいわかった。
予想外なのは、皇位継承順位が高くなりすぎたことくらいかなー。
これは魔導学院関係ないか。
あ、それと野営訓練での迷子。あれは今となってはいい経験。
結果的に無事だったから言えることだけどね。
トリューの後ろで小さくなっていくトゲトゲの稜線。
ゼームリング高等魔導学院のあるシャッツ山脈がどんどん遠ざかり、霞んでいく。
「名残惜しいですか」
「ちょっとだけね……あ!」
「どうしました? 忘れ物でも?」
「……ゼームリング街に下りたこと、なかった!!」
魔導学院のある高台の下には、ゼームリング街と呼ばれる街があって学生向けの色々な楽しい店がある……と聞いていたのに。ハリー・◯ッターのなんとかミード村みたいに、休日に友達と出かけてお茶するのが夢だったのにー!
「……学院祭と、大差ないですよ」
「それでも、それでも行きたかった!! 友達とバタービール……じゃなくて、なんか美味しいものを買い食いしたり作戦練ったりしたかったー!」
「作戦……? しかし、レオ殿の食事より美味しいモノはないですよ」
「そうだろうけどぉ! そういうんじゃなくてー!」
「だいたい、友達とはどなたのことですか?」
「ウッ」
リヒャルトとヘルミーネ……は、俺がおじゃま虫になりそう。ダニエルは嫌がりそう。スタンリーは護衛。イザークとか、ジャレッドくらいなら……。
「あ、今日ってジャレッドいなかったね?」
「ケイトリヒ様、ジャレッド殿下は今年の半ばに卒業されましたよ」
初めて聞いたが!
「いちばん仲良くしたほうがいい子なのに! なんで教えてくれなかったの!」
「今年は色々と忙しくなさっていましたので。それに、思い出したのも今なのでしょう? ヒマがあればナハティガル研究室に入り浸っていらっしゃいましたし……」
んあー! 今世の俺、わりとインドア派だった!
そういえば俺が作ったナハティガル研究室はフォーゲル商会のバックアップを受けた正式なクラブ活動として学院に認定された。
今後は運営を学院に任せ、定期的に活動報告を受けることになる。
「そ、そうね……ジャレッド、元気かな……」
「ジャレッド殿下は魔導よりも次期領主としての勉学に集中したいということです。しかしまさか今年の最後に、帝王学の授業で皇帝陛下がご降臨召されるとは想定していなかったでしょうね」
ほんとほんと。
帝国立の学校とはいえ、皇帝陛下が実際に教育機関に足を運ぶことなんて100年に1度くらいのことだ。ちなみに魔導学院では創設のときに皇帝が自ら開校式に出席されて以来なので200年以上ぶりだ。
「ジャレッド、ペシュの甥っ子になるんだもんね。仲良くしたかったのになあ」
「……? 親類ではありますが、甥で、は……いえ、ケイトリヒ様、もしや」
あ。しまったかな、とおもったけど隠してたのはペシュであって俺じゃない。
隠してたというわけでもなく、言えなかったというのが正しいんだろう。
この点については、俺としては大した話ではないんだけど……。しまったかな?
「あ……えっと、公爵にね、聞いたんだ」
「ラグネス公爵閣下に、直接? ということは、皇位継承順位協議会の日ですか?」
ちょっと険しい顔で振り向いた目つきが、やっぱりラグネス公爵と似てた。
「まあ、そう」
「……ケイトリヒ様は、何も思われないのですか」
「ん? 思う、って、なにを? 実際のけつえんかんけいがどうであれ、僕にとってのペシュはペシュだからあんまり関係ないかな?」
「……そうですか」
ペシュティーノは少しホッとしたような顔で脱力すると、トリューの操縦に戻る。
「ゆっちゃいけないことを子どもにバラさないで、って公爵にこうぎしといた」
「ふふ、たしかにそうですね」
ペシュは積極的に自分のことを話すタイプではないので隠している自覚はなかったんだろうけど、なんとなく全てが詳らかになって安心したのかもしれない。
ヒルデベルトもペシュも血縁上では伯父、ということになるんだけど、ゲイリー伯父上と比べちゃうと……なんというか、キャラ性の違いってすごいな、と思った。
「あ、でもさ。伯父ならほんとは『様』いらないよね」
「それはなりませんよ」
ちぇー。
ラウプフォーゲル城の上空に到着。
ここでお別れなのはアロイジウスとクラレンツだけだが、父上が一泊くらいしていけとしつこいので、エーヴィッツとルキアたち3人も一緒に今夜は西の離宮にお泊り。
しかしなにやら通信が入って、城のほうの着陸体制がととのってないからそのまま滞空していてくれと父上からの通信で言われて5分が経過。
『なあケイトリヒ、城の着陸体制って、どういうことだ?』
早く降りたいクラレンツが尋ねてくるけど、父上に聞いても教えてくれなかった。
……中身がオトナな俺にはだいたい察しがついた。
「さあ、くわしく聞いてないからわかんない」
『もっかい父上に聞いてみろよ、トイレ行きたいんだけど』
「浮馬車にはミニスライムの簡易トイレがあるよ」
『ぜったいしねえぞ』
「ウンチなの? 便座に消臭の魔法がくみこまれてるから……」
『ちげーよ! ってかオマエ、子どもぶってそういうことを平気で言うな!』
最近クラレンツから叱られること多い。
立派になったなあ、なんてしみじみしてたら着陸許可の連絡が入った。
俺の予想通り、離発着場から城に入ってすぐの広間には「祝・卒業」の文字が花で飾られた巨大なオブジェ。魔導学院で生徒たちが用意したような手作りの垂れ幕ではなく、完全にプロの仕事だ。本日2回めのサプライズ式典である。
「うわあ、あれ全部メルヘンツァウバー!? しかも白!」
「なんそれ」
エーヴィッツが驚いて言うけど、ほんとなんそれ。
「文字を彩っているバラの品種だよ。すごく高級で人気があるんだよ! その中でも白は特に高級なんだ。やっぱりケイトリヒといえば白だもんね」
「へええ」
聞いてもなんそれ、でした。
「ケイトリヒなら花の会話ができると思っていたのに……全滅か」
ファッシュ家に花の話を求めないでいただきたい。
エーヴィッツだってファッシュ家うまれのくせに! どうして花の話なんかができるようになったの! ブリッツェ家の教育か!
「アロイジウス、ケイトリヒ。卒業おめでとう」
父上がのっそりと現れて、アロイジウスの頭をでっかい手でわしわし撫でる。もう片方の手で俺を片手ですくい上げるように抱き上げた。オリンピオ級の腕力!
アロイジウスは嬉しそうにはにかんでる。
「クラレンツとエーヴィッツは来年か。楽しく学べているようで、父は嬉しいぞ」
抱き上げたまま、クラレンツとエーヴィッツの頭も撫でる。俺もそっちがいいなあ。
「ん」
「ん?」
「ちちうえ、僕もなでて」
「ふっふ、どれ」
頭にふんわり置かれた手にぐりぐりと頭頂部を押し付けるようにして、満足。
「あのお花、すごいんですね」
「うむ。ファッシュ家で祝い事があると、あの花飾りを作るのが伝統だ。一晩飾ったら城下町に移動し、花は市民が好きに持ち帰って良いということになっている」
結婚式の花みたい。
「今回はひときわ豪華だね」
「僕とアロイジウスあにうえのごうどうだからかなあ」
「いや」
アロイジウスがちょっと口ごもる。
「……兄弟は全員、生まれたときと10歳になったとき、そして学校の卒業のとき……と数回こういうのがあるんだ。ケイトリヒは……」
「あっ、10さいと卒業のごうどう? と、あにうえとのごうどう?」
「ケイトリヒ、アロイジウスは騎士学校の卒業時にすでに花飾りは済ませておる。今回は其方のためだけの花飾りだ。生まれたときには作ってやれなかったからな。誕生と、10歳と、卒業。全て合同だ」
そうか、俺の誕生の年は実父が亡くなった年でもあるんだっけ?
「というわけで、だ。ケイトリヒは晴れて洗礼年齢となったので城下町に行けるようになったのだが……」
「あ! そうだった! 視察という名の!」
以前の城下町視察は、変装してたし身分も隠してのもの。正式には俺は城下町には出たことないことになっている。
「今はもう皇位継承順第2位だ。もし城下町に行く場合は今までの倍の護衛をつけることを義務とする」
「ぁえええ」
今までの倍て! 大名行列みたいになっちゃうじゃん!
「1週間後に顔見せの簡単なパレードをやるぞ」
「え! それってやんなきゃダメなやつですか」
「当然だよ! 私も10歳の頃にはやったんだよ」
「俺もな」
「僕も、ヴァイスヒルシュでやったよ。旧ラウプフォーゲル領主の子はどこもやるんじゃないかな?」
アロイジウスもクラレンツもエーヴィッツもやったらしい!
アデーレ夫人と出迎えてくれたカーリンゼンにパッと目をやると、彼もウンウン頷いている。カーリンゼンもやったんだ!
2つ違いだから2年前のはずなんだけど……知らないな。
「パッとおわるやつ?」
「まあ……そういう子もおる。クラレンツなんぞは前日にアデーレにひどく怒られたものだから腫れた目で……」
「ち、父上!!」
「ふっふっふ、実はゲイリー兄上が全く同じ状況でな。ファッシュの兄弟には、必ずひとりそういう子がいるんだ、安心しろ。市民はゲイリー兄上の再来と笑っておったぞ」
ファッシュ家の子は、だいたいざっくり「おっとり系」と「悪ガキ系」と「優等生系」の3種類に分かれるんだそうだ。父上を含めた3兄弟がまさにそれだったらしい。
「悪ガキ系」はゲイリー伯父上。これは一目瞭然というか、もうキャラ性きわだってる。まあクラレンツもここに入るのは間違いない。
そして「優等生系」は父上。アロイジウス兄上やエーヴィッツ兄上もここに入るんじゃないかな。
最後の「おっとり系」は……俺の実父、クリストフ。カーリンゼンと……エーヴィッツ兄上の弟、ヴィクトールは接点が少ないのでキャラ性はわからないんだけど、エーヴィッツいわくおっとり系らしい。それに俺も入るかな?
城に帰ってすぐの昼食会の席ででた話題に、俺がそう意見すると全員から否定された。
「ケイトリヒは意外と悪ガキ系にも入るんじゃないかなと思うんだよね。だって突拍子もないことするし、破天荒ぶりでいえばファッシュ家歴代一位じゃない?」
「優等生でもあるだろ。……勉強は……まあ、できるしよ」
「そう考えるとファッシュ家の全ての素養を兼ね備えたスーパーファッシュなのかも」
エーヴィッツがすごい真面目な顔で「スーパーファッシュ」とかいうから、ちょっと口からコーンスープ出ちゃった。3滴くらい。
すかさずペシュティーノがサササッと俺の口元と出ちゃった数滴を拭き上げて、何もなかったカンジになってる。できる世話役。
「ともあれ帝国との併合以来、初となるラウプフォーゲルからの皇帝の誕生がほぼ約束された。ケイトリヒをはじめ、其方たちの時代はラウプフォーゲルの黄金期となるだろう」
「父上……ケイトリヒが皇帝になったら、ラウプフォーゲル領主は」
アロイジウスはそこまで言って、少し口ごもった。正直、聞きにくい話だろうね。
確かに、皇位継承順位に次期領主を含めてもいいという法改正はあったが、それ以降の運用については謎だ。
法的にどうなったか調べても、そこについてはどの新聞にも言及されてないんだな。
「うむ……アロイジウス、疑問はもっともだ。ケイトリヒは皇帝になることがほぼ決定している。そして……ラウプフォーゲル領主も兼ねることになるだろう」
「んべッ」
こんどはダバッとコーンスープ出ちゃった。
ペシュティーノが誘拐でもするような手口で口元に布をあてがい、サササササッっとこぼれたものをすべて拭き上げた。できすぎる世話役!
「そっ、それはけっていなのですか」
「いやまだ決定というわけではない。だが、そうなるよう関係各所が動いている」
「そんなぁ!」
「……実務的なところは、領主代理を立てても良いかもしれん。だが今、議会でも皇帝とラウプフォーゲル領主の兼任が可能かを議論している。今までであれば距離の問題で無理としか結論が出なかったであろうが、ケイトリヒにはトリューがあるからな」
たしかに、俺にとって物理的な距離は問題にならない。けどさ!
「こどもをそんなに働かせるのはひどいことだよ!?」
「さすがにケイトリヒが皇帝になる頃はもう成人になってるだろう? あと6年は準備期間になるだろうと思うよ」
こどもぶるの失敗! そうだ、この世界では16歳が成人だった!
「僕はしょうらいの夢も決まってるのか……」
「それが帝位継承順位というものだ」
父上が笑いながら言うけど、けっこうショックです。
「あにうえのだれかが領主になってもいいじゃないですかあ」
「ケイトリヒ、あきらめなさい」
何故かアロイジウスがたしなめてくる。
アロイジウスは領主になりたかったんじゃないのかな?
……とは聞けず、口をとがらせて不満げにアロイジウスを見ると、力なく笑った。
「ケイトリヒ、領主が一度出した次期領主指名を取り下げるのは、とても縁起の悪いことなんだ。縁起だけの理由じゃない、実際にそういったことがあった過去には必ず領地が荒れてきたそうだ。確認のために父上に尋ねただけだよ。僕は領主代理を全うすることを目指すよ」
「アロイジウス……! 立派だ。さすが、兄弟同士の和を尊ぶファッシュの子だ! 私の自慢だぞ」
父上がそう言うと、アロイジウスは嬉しそうに笑った。エーヴィッツも嬉しそう。
そしてクラレンツはホイコーロー的な肉野菜炒めに夢中。ブレないね。
「クラレンツあにうえは建築大臣かな」
「ふん、そりゃずっと先だ。まずは実際に現場に出て、ラウプフォーゲル中を見て回らないとな。ケイトリヒの浮馬車のおかげで、ラウプフォーゲル領内ならどこへでも1日以内にいける。俺はアロイジウスあにうえの下で領民たちが困らない領地を整備していくよ。それで結果が出たら、大臣になってやってもいい」
「クラレンツ……! なんて、立派になって……!!」
まっさきに声をあげたのはアデーレ夫人。涙まで浮かべて、今にもこぼれそうなところを水マユ糸のハンカチでそっと押さえた。
「クラレンツ、ケイトリヒのユヴァフローテツを引き継ぐという道もあるよ」
「小領地でもいやだ! 領地経営は俺にはほんとに向いてない! しかもケイトリヒの後釜なんてもっといやだろ!」
「うむ、クラレンツの言う通り、ユヴァフローテツは少し特殊な土地だ。もともと小領主がいない状態でも問題なかったのだ。これからも名目はケイトリヒを小領主とし、成人して皇帝に即位したあかつきには皇帝直轄地という扱いになるだろう」
「どうしても無理ならシュレーマンに叙爵して小領主になってもらお」
「それは早計だぞケイトリヒ。あの土地をくれてやるならば平民を叙爵させるよりも先にそなたの側近だろう」
「あ」
パッと後ろを振り向くと、俺の側近たちがペシュティーノを含めて全員目をそらした。
この扱い、どうよ?
「ちちうえ、側近たちはあまりうれしくなさそうです」
「まったく、普通ならば我先にと飛びつく話だというのに、どうなっているのだ其方の側近たちは」
この場にいないジュンとオリンピオ、そしてスタンリーが辞退するのはなんとなくわかるけど、目を逸らしたのはペシュティーノとガノとパトリック。
ペシュティーノもわかる。俺のそばにいたいもんね。
ガノとパトリックは、領地経営もできそうだし領地を持つことでラウプフォーゲルでの基盤を作れるからいいと思うんだけど……。
「ガノ?」
「はい?」
「なんでいやなの?」
「私は金儲けが好きなのであって、領民や土地の世話、それに政治となるとあまり楽しくありません。代理という形であればいくらでも承りますが、主となるのはお断りしたいと思っております」
とっても正直で共感できる回答、ありがとう。
できることなら俺もそう言って皇帝になるのを断りたい気分だけど、今となってはもうそれも叶わない。
「……パトリック?」
「いやっ、いやいや! 私は領地経営をやりたくなくて魔導学院に残っていたようなものですからー! ケイトリヒ様の衣装係でいさせてくださいお願いします!」
政治もできるパトリックだけど、できることと向いてることとはちがうのか。
「じゃあペシュ」
「私はケイトリヒ様のお世話で手一杯です。領地など抱えたら放ったらかしてしまいますよ。それに彼の地の者はケイトリヒ様以外を主とは認めないことでしょう。名誉だけで実務のない小領主として与えるくらいなら御館様に預かっていただいてはいかがですか」
ごもっともが過ぎる。
俺の側近たち、無欲が過ぎる。
「……ユヴァフローテツについては父上がいいかんじにしてください」
「其方、そのようなことでいいのか? ユヴァフローテツは今やラウプフォーゲルでは知らぬものはいない理想郷のように語られているぞ」
「りそうきょう!?」
「いや、言葉が足らなかった。技術者たちの理想郷、だな」
「あ、それは正しいです」
ユヴァフローテツの技術者たちは今や半分以上が、真上にある鳥の巣街に移住した。
彼らはフォーゲル商会のお抱えとしてアホみたいに資金が使えるうえで新商品、新サービスの開発に明け暮れる集団だ。そして未だに下のユヴァフローテツに残っている技術者はフォーゲル商会と折り合いが合わなかったか、技術が足りなかったか。
腐る者もいるそうだが、ほとんどは鳥の巣街への移住を目指して野心的に研究成果を求めている。
過去、どこからも爪弾きにされ孤立した技術者の集まりだったユヴァフローテツの街に、視覚的にも明確な「目標」ができたことでモチベーションは爆上がりなのだ。
ユヴァフローテツへの移住者は、ほとんどが技術者とその家族だと聞いている。
「……やっぱり、ユヴァフローテツは僕が管理したほうがよいとおもいます」
「うむ、そうだな。6年後の状況が変わっていたらまた考えよう。あの地は鳥の巣街のそびえる地でもあるし、其方の手から離すには考えることが多すぎる」
兄弟そろっての食事会は、これからの将来についてや魔導学院での思い出話に花が咲き、まるまる3時間つづいた。途中で料理長やペシュティーノが料理を温め直したり口直しのデザートを出してくれたりとなかなか楽しい時間でした!




