第2部_2章_0156話_魔導学院卒業 3
ヴァイスヒルシュのアンデッド討伐。
今回のアンデッド討伐の記録映像については、以前よりだいぶ自動化できている。
ローレライでは全てのカメラを操作装置で手動調整しなければならなかったが、ざっくりと自動で焦点を決められるようになったので俺としてはあまりやることない。
オートフォーカスだ。ハイテク〜。
俺の何よりも重要な役割は、記録装置への魔力供給だな。うん。
つまりヒマです。ヒマ〜!
『周辺部隊ツェーザー班で不法流民拘束、数、18! 搬送部隊に引き継ぎます』
『周辺部隊アントン班で不法流民拘束、数、6! 同じく!』
『突入部隊3班、アンデッドと交戦中! こちらを気にすることなく、北へ向かっていますので追撃します』
『搬送中隊より報告。第一陣のアンデッド魔晶石を排除し、オベリスク周辺は現在、魔晶石の滞留なし!』
『突入部隊5班、せき止めていた北西側の魔法障壁を解除しオベリスクへ流します』
アントンやツェーザーというのは名前ではなく、軍や空港の管制などでつかわれるフォネティックコード。以前は英語版、つまりは聖教公語を使用していたけれど父上が妙に嫌がったので魔導騎士隊の体制変更にともなってドイツ語版、つまり古代言語版にした。
帝国人はドイツ名が多いので混乱するかと思ったけど、隊員はフツーに受け入れている。
『おお……あのオベリスクとやらが出現した途端、ヒトを襲っていたアンデッドが吸い込まれるように北へ向かうぞ。生者に見向きもせぬ。これは……これは、アンデッド討伐に革命が起こる』
『一体何をすればこのようなことに!? 今までアンデッドの指向性を制御しようと多くの研究者が生肉や死体などで実験したはずです。あのオベリスクには一体なにが!?』
父上とヴィンデリン侯爵が興奮してる。
しかしオベリスクがアンデッドを誘引する仕組みを明かすわけにはいかない。
これはペシュティーノから口酸っぱくいわれたことで、魔法学界隈では今現在、【命】属性と【死】属性は存在自体が証明されていないものなのだ。
精霊たちの言う通り【命】と【死】の属性は本来、生命体であるヒトがコントロールすることはできない。神だけが関与できる属性として、ヒトはその属性を属性として認識できないらしい。
よくわからんけどジオールがそう言ってるってことはそうなんだろ。
今の帝国ではアンデッドが【命】属性のカタマリであることも解明されていない状況なので、これらの原理は父上と皇帝陛下にだけ共有して秘匿することになっている。
もしも【命】と【死】の属性を俺が扱えるとなったら、その真偽に関係なくバケモノ、あるいはアンデッドを操る悪などと言われてしまうかもしれない。
これこそ、「正しい順番で正しいヒトに」伝わった世界の理の例になるだろう。
強力なサポーターがいてくれてたすかったー。
皇帝陛下に公爵閣下だもんね、情報統制についてはプロフェッショナルよ!
さて、アンデッド討伐の状況は目立った混乱もなく淡々と進んでいる。
なにせ討伐対象のアンデッドは、オベリスクが地に刺さった瞬間からヒトを襲わなくなったのであとはなんというか……作業?
大変なのはアンデッド討伐ではなく、不法流民の拘束のほうだ。
『突入部隊11班、流民と交戦。制圧しました』
『周辺部隊ベルタ班、流民の武装勢力を確認! 制圧します』
……映像再生装置には、圧倒的な兵力差で制圧されていく流民たちが確認できる。
作戦としては制圧と呼んでいるけど、言い換えると処刑。
兵士たちに囲まれて敵対行動をとった流民は、諦めて無抵抗で降伏するか、動かなくなるかの2択だ。戦いのプロである魔導騎士隊たちとは練度が違いすぎる。
流民のなかでも非戦闘民は、ほぼ全員無抵抗で拘束に応じている。
見つかったら即処刑と知っているのか、拘束され移送される流民たちの顔は暗い。
「すごい数」
「生き残りでこれだけいるとなれば、もとは3、4千人規模の集落だったようですね」
彼らの故郷は、ほとんどがドラッケリュッヘン大陸。ウィンタスロウ議国のオルビの港では、カネさえ用意すればなんの罪の意識もなく流民を帝国まで届ける船がいくらでもあるのだそうだ。
なにせ国としてのテイもギリギリアウトな土地柄なので、カネを積めばなんでもできてしまうらしい。民度がやばい。流民のなかには一部アイスラー公国の人間もいるようで、流民は主にその2地点から来る。アイスラー公国の民度はお察し。
彼らをどうするのか。
実はこれについてはルナ・パンテーラの流民を保護した時期に、すでに考案自体はしていた。今はディングフェルガー先生に引き継いでいて、今回の件は話を通してある。
200人から300人を一気に大陸間転移できる魔法陣をすでに設計済みなのだ。
実はこれ、兵員輸送の実験でもある。
一応、ラウプフォーゲルと帝都の間にも似たような魔法陣があるんだけど……なにせ魔法陣設計は超極秘の国家機密。ちょっと眺めたら見えちゃう俺は別として、新規設計となると莫大な設計費がかかるのが当然なんだけど。
天才魔法陣設計士ディングフェルガー先生がひとりで設計しました。はい。
既存の魔法陣改良は、先生のほうが上手。俺がやると消費魔力を無視したとんでもないものができるからね。
ひとりの設計士で済んだのは描画装置のおかげ。
法国だけでなくドラッケリュッヘン大陸を平定するとなると、トリューでの少数精鋭の輸送では心もとない。ラウプフォーゲル兵士をどしどし送りつける手段が必要ってわけ。
実を言うと兵員輸送機……浮馬車の巨大化も考えてるんだけど、魔力効率でいうと大陸間転移魔法陣のほうがはるかに安上がりなんだなー。
俺にとって魔力は空気みたいになくなることない存在だけど、全部の輸送に俺が付き合うわけにもいかない。だから魔力効率は大事なんだよね。
「……生き残りは、千に満たない程度ですかね」
拘束した流民を集めている場所を映しているモニターを見て、ペシュティーノが言う。
アンデッドになってしまった流民たちは、もたもた歩くタイプのゾンビ状態でゆっくり北の更地のオベリスクに向かい、魔晶石となっている。
遺体も残らない、悲しい死に方だ。
「3、4回の転移であれば、魔導騎士隊用のトリュー魔石2個で足りそう」
「ケイトリヒ様、こともなげに仰いますが魔導騎士隊用のトリュー魔石がいくらするか把握されているのですか」
「ひばいひんでしょ?」
「そうですが……一般のトリュー魔石の魔力含有量から計算するととんでもない額になるのですよ」
魔力の大海そのものだとゆー俺からするとあまりその価値わかんない。
俺にとってはタダです。
「すくなくとも僕のかんかつがいでコッソリ使うのは無理ってことだよね」
「まあ、そうなりますね……」
魔導騎士隊が作戦通り順調に事を進めているのをぼんやり眺めて、アンデッド討伐は終わり。
北のミニオベリスクの西側の窪地には、山のように積まれたアンデッド魔晶石。
そして街の南端には精霊が切り拓いた広場があり、そこでは流民の選別が行われている。
今回の流民に関しては、ルナ・パンテーラのバドルのように温情をかけられる相手じゃない。なにせここまで大規模な集落を勝手につくり、そしてアンデッドを発生させてしまった最も悪質な例だ。
父上からも「今回は移民として保護する選択肢はない」と事前にキッパリ言われた。
帝国がこれまで流民を処刑していた理由は理解できる。
でも、冒険者のような自活の能力がなければ、仕方なくこの集落に身を寄せる以外に生きる道がなかったヒトだっているだろう。俺は、一度だけチャンスをやるという法律に変えようと思うんだ。
『ケイトリヒ殿下、あれは何をしているのですか。集めた流民に、なにやら……額に印をつけているように見えますが』
ヴィンデリン卿が通信で聞いてくる。
流民たちを並ばせ、順番にペタペタと額にスタンプのようなものを押し付けている兵士が見える。
「あれは、『魔紋』です。目には見えませんが、専用に探知できる魔道具があります。あれは、帝国で強制送還された流民につける印として今後うんようしていくつもりです。次に帝国で捕まったときに、額に魔紋があったばあいは処刑します」
アメリカの「※ストライク・スリー法」ならぬ、「ストライク・ツー」法だ。
(※アメリカでは過去に2度有罪判決を受けた者が、3回めに有罪になると犯罪の内容に関わらず終身刑になる、という法律がある。州によって厳しさは違う)
『なるほど……一度は見逃すのですね。しかし、二度目は処刑されることを知ったうえでの不法入国。処刑される覚悟もあるでしょうし、処刑する方も気に病まずに済むと。素晴らしい方法です』
いや、気には病むとおもうよ。俺の常識でかんがえると、だけど。
「ついでに、今回強制送還される流民には正式な移住のしかたを騎士たちから指導してもらいます。女性や子どもであれば、なにも危険な不法入国をしなくても移民として受け入れるのに。かれらはただ、知らないだけなんです」
ちなみに男性でも別に審査が厳しくなるわけじゃない。
ただ、女性に比べると帝国に移住する「うまみ」は少ないと思う。
移住にさほど制限がないなら、拘束した時点で移民登録すればいいだろうって?
さすがの異世界人の感覚でも、不法入国したヒトにたいしてそこまで親切にしてやる義理はないと思うんだよね。それに、騎士たちは戦うのが本業で移住手続きのような書類業務まで任せてしまうのは避けたい。
なので、印をつけて、いったん大型転移魔法陣で出身地に送り返す。
それからまたどうしても帝国に移住したければ、別に法外なお金をとるわけでも複雑な手続きが必要なわけでもないんだから、ちゃんと入ってくればいい。
それに、一度出身地に戻れば他のヒトに帝国の状況や入国の仕方を正しく伝えてくれるはずだ。不法入国はハイリスク・ノーリターンで、正式な入国がローリスク・ハイリターンあることがわかれば、きっと数は劇的に減るはずだ。
このストライク・ツー法の状況がしっかり浸透する前に、ドラッケリュッヘン大陸は帝国領地になるかもしれないけどね。
かくして、淡々と事後処理を終えてヴァイスヒルシュのアンデッド大発生は発生前に鎮圧。
流民集落の壊滅も同時に済ませ、この件は一件落着。
熱帯雨林のど真ん中の谷なので、放置するだけで森が飲み込むだろう。それが理由でさほど徹底的に居住施設を破壊する必要もなかったというのもデカい。
所要時間、なんと4時間!
流民というセンシティブな問題が絡んでいたので、父上とヴァイスヒルシュ領主もわざわざ参戦してくれたけど。
フタを開けてみればヘタなカテゴリエ3のアンデッド討伐よりアッサリ終わった。
「マリアンネとフランツィスカは帰っちゃったかなー」
「おや、ガノに連絡してみましょうか?」
もう夕日が地平線からちょっぴり頭を出しているくらいの時間だけど、なんとなく2人が心配しているかもしれないと考えた。
「学院の女子生徒と交流会をしていたそうで、まだいらっしゃるそうですよ」
「え、ほんと」
「ケイトリヒ様が帰還なさるまで待つと仰っているそうです」
「じゃーいそいでかえらなきゃ! ちちうえ、きいてました!?」
『ああ、聞いておった。あとは父に任せなさい。議会に提出する映像の準備は任せたぞ。それと、帰還のための魔導騎士隊は借りておくぞ』
「ケイトリヒ様、権限移譲を」
「あはい。オリンピオ、父上の護送についている部隊の指揮権限を、父上に移譲して」
『承知しました。浮馬車護送隊はこれより本隊から離脱し、ラウプフォーゲル公爵閣下の指揮下に入ることを命ずる。期間は公爵閣下をラウプフォーゲル城に無事に送り届けるまでとする』
『護送隊長ハイノ・フォーレルトゥン、離脱命令を承りました。これよりラウプフォーゲル公爵閣下を居城に無事送り届けるまで、閣下の指揮下に入ります』
面倒だけど、これが軍隊の正規の指揮系統だ。
というか、今回の出陣が魔導騎士隊の体制整備のあとでよかったー!
以前のローレライではローレライの騎士隊が混ざったせいというのもあったけど、今回の異例のスムーズさはやっぱり体制整備のおかげだとおもうんだよね!
やっぱり、わからないことを放置するのはよくない。
反省もあった出陣でございました。
『あとケイトリヒ』
「ふぁい」
『あの……なんだったか。アンデッド……ほいほい? あれはしばらく秘匿しておけよ。私がいいと言うまでは誰にも言ってはならんぞ。だが、記録映像についてはあれを大々的に喧伝できるような内容に編集しておいてくれ』
「はあい」
頼りにしてます、父上!
「ケイトリヒ様、おかえりなさいませっ!!」
「ずいぶんと早いご帰還ですわね。問題なく使命を遂げられたのですね?」
「うん、はやかった! あと、今回の討滅で流民法がかいせいされるかも」
俺が戻ると聞いてお茶会を切り上げ、分寮に再びやってきたフランツィスカとマリアンネは俺を抱き上げてウリウリしてきた。ウリウリとは頬ずりのこと。
フランツィスカがよく「ウリウリして差し上げますわ!」っていうからこの3人の間では頬ずりのことをウリウリって呼んでる。なんか可愛くない?
「……まあ、流民法が?」
「それは、私たちが聞いてもいいものなのかしら」
「帝都の貴族院では話さないでね。おふたりの父君ならもんだいないよ。ちかく議会で今回の記録映像がていしゅつされるから、そのあとはいろいろと法改正があるとおもう」
2人は顔を見合わせて頷く。
「わかりましたわ。父にそれとなく情報を流しておきます」
「私は伯父上に。私たちの領は、いつもラウプフォーゲルとともにありますわ」
できた婚約者がいるとラクだなあ!
さすがに作戦の内容までは話せなかったので、その後は来年の冒険者修行について3人と側近たちで打ち合わせという名の雑談で盛り上がった。
やっぱり、2人とも俺を守る気マンマンであることがわかった。
そして俺が「僕だってふたりを守りたい」と発言すると、大変ご機嫌になってくれた。
この話題から、魔導学院卒業後にユヴァフローテツ近辺で3人で戦闘訓練をしようという話題に。俺もだいぶ魔導のコントロールが身についてきたし、魔導騎士隊と側近たちを含めて訓練してもいいかもね!
一泊した2人を見送って、「技術:工学」の卒科試験へ。
それが終わると、とうとう魔導学院も卒業だ。
卒科試験の合否は、その日のうちに出る。
俺は当然、合格。まあ、幅広い工学の分野の中でもだいぶ浅い知識の部分しか範囲ではないような卒科試験だったからね。工学の科目については、その実あまり実用的な価値はない。
自動車免許でいうところの、学科試験みたいなものだ。
知識だけついていても運転の技術を習わないと運転できない、みたいなもの。そして運転免許で例えるところの技術試験は、学校では習わずそれぞれの専門分野に進んで実際に体験して初めて「真の意味で学んだ」と認められる。
要は「実務経験」みたいなものしか認められない学科なんだ。そういう理由で、俺は表面的な修了だけで問題ないと判断したわけで。
ま、工学の知識が必要になったら専門家を雇えばいい。そゆこと。
と、いうわけで!
ついに!
魔導学院を卒業します!
エントランスホールに降りると、分寮の住人が勢揃い。
まあ、全員一緒に帰るから当然なんだけど。
「ケイトリヒはもうここには戻ってこないのか」
エーヴィッツがしんみりという。
そういえば以前、朝食の席で今後の動向についてそれぞれに聞いたとき、エーヴィッツは不在だった。
エーヴィッツは優秀で勤勉なのでいつでも卒業していいんだけど、どういうわけか来年も魔導学院に通うそうだ。理由は「まだ学びたい学科があるから」という話だけど、なんかちょっと照れてる感じがした。
俺の直感では、クラレンツが一人になるのが不憫だからなんじゃないかと思ってる。
たぶん、間違いない。
「来年はクラレンツあにうえとエーヴィッツあにうえと、ルキアたちとアーサー……だけかあ。いや、けっこういるね」
「いなくなるのはアロイジウス兄上とおまえだけだ」
ブスッとむくれたクラレンツが不機嫌そうに言う。寂しいんだね。
ういやつめ! ウリウリしてやろうか! ぶん殴られそうだから言わないけど。
「ケイトリヒ。学院祭で僕がケイトリヒの壮行会を計画した関係で、各所から連絡が来てるんだ。今日は分寮の屋上から発つのではなく、ぐるりと魔導学院を一周してほしい」
「え」
またエーヴィッツがなんか企ててる!
チラリとペシュティーノを見ると、頷いた。ペシュティーノに話を通しているなんて、エーヴィッツあにうえも抜け目ないね! 側近に問題がなければ、言う通りにするしかないじゃない。
「……もしかして魔導騎士隊にも話とおしてる?」
「ついでに、学院の衛兵と校長先生にも話を通してるよ」
エーヴィッツあにうえって……現代日本だったら、大人数が集まる飲み会の幹事とか上手そう。俺の会社にもいたなー。幹事やるのが好きで、色んなところに話を通して上司からカネを巻き上げる社員が……。その巻き上げたカネで、宴会のグレードをアップさせるやつ。そこになんか変なやりがい感じてたっぽい人、いたなー。
生ぬるい目で見ていると、何故かエーヴィッツは照れている。
「ケイトリヒ、魔導学院での生活ではお別れだけど……できればときどき、連絡してもいいかな」
「ときどきでなくても、いつでもいいよ! エーヴィッツあにうえなら!」
俺が抱きつこうとするが、やっぱり真正面からとなると顔の前がエーヴィッツの股間。
ちょっと横にズレてギュッと腰に抱きつくと、抱き上げられた。
俺もまあまあ身長伸びたんだけど、それ以上にエーヴィッツも成長してる。
アロイジウスもクラレンツも、いまやスタンリーを軽く抜いてレオに並ぶくらいの身長。
「ありがとう、ケイトリヒ」
エーヴィッツの抱っこで、ギンコの鞍に座らされた。
ぐるりと回るって、ギンコで!?
けっこう、時間かかりそうだね……。