第2部_2章_0155話_魔導学院卒業 2
「ケイトリヒ様、緊急事態です。ヴァイスヒルシュ領でアンデッド群が発生。数時間でアンデッド大発生となると予測されます。大至急魔導騎士隊とともに、出動を」
マリアンネとフランツィスカと、3人でデザートとおしゃべりを楽しんでいたら急にペシュティーノが現れてそう言った。
「な、それはケイトリヒ様が行く必要がありまして?」
「そうです、魔導騎士隊はもう多くの実績をあげているではありませんか」
少女の抗議に、ペシュティーノは歯牙にもかけず「前回の討滅とちがい、今回は一刻を争う事態です」というとさすがに2人も黙った。
「マリアンネ嬢、フランツィスカ嬢。楽しい時間でした。いってきますね!」
「……絶対に、お怪我なく帰ってきてくださいね」
「ああ、結婚とはこういうものなのね。どうか、どうかご無事で。ご武運を!」
2人は両サイドから俺を抱きしめると、ほっぺに何度もキスしてきた。
フランツィスカも言ったけど、結婚ってこういうことなのかな。
でも俺の場合、今回も記録係だ。
実際の討伐は魔導騎士隊が行い、俺は映像記録装置を操作するだけ。俺にしか使えない【死】属性魔法で討滅しても、魔導騎士隊の仕事を奪うだけだし。
俺は安全なところから、できることをする。それでいい。
「守りたいものがあるって、なんだかいいですね」
思わずポツリと呟いて、分寮の食堂を出た。
自室では待ち構えていたパトリックが手際よく着替えさせてくれ、虹色の杖を腰にぶらさげ、水マユのマントで完成。
……俺、虹色すぎない? 大丈夫かな?
「なんと凛々しいお姿でしょうか……ご立派になられて」
ミーナたちが俺を見てなんか感慨深そうにウットリしてる。
前回のローレライへの出陣は、魔導騎士隊の制服もバラバラで俺も普通の正装に杖を携えただけの状態だったからね。
魔導騎士隊の隊旗の白鷲も、正面図で簡略化されていたデザインからリアルな鷲の羽ばたくデザインに変更された。隊員はすべて揃いの制服を着て、総勢4000人を超える。
ノリで「ちょっとアンデッド討伐してきま〜す」なんて言えない。
今回は一刻を争う非常事態なので、会議はトリューの上で行われる。
さっさと駐機場へ向かってトリューに乗り込むと、分寮のみはらし塔のてっぺんに小柄な2人の影が見えた。そばにはガノがついている。
今回はローレライのように現地の騎士との調整が不要で、魔導騎士隊の単独行軍なので渉外役のガノは俺の婚約者を送り届ける役目を任せた。
俺が軽く手を振ると、2人の影が両手を口元で組んでいるのがわかった。
……無事を祈ってくれてるのだろう。
なんだか、齢10歳にして妻帯者が妻を残して出征する気分を味わってしまった。
生まれたときの家族ではなく、自分が家族を持つという重責と喜び……みたいなものを感じた、気がする。10歳にして。はやくないかな? まあいいか。
トリューはすぐ飛び立ち、あっという間に魔導学院は後ろの彼方。
「……早速ですがケイトリヒ様、御館様から連絡が入っております」
俺の足元に座っているペシュティーノが個別通信機を取り出した。
試作品では描画装置と同様に四角錐型だったが、銘板型にしたいと言った俺の意見が取り入れられてよかった。持ち運びに便利だもんね。
『ケイトリヒか。もう出立してトリューで上空にいると聞いた』
「はい。ちちうえ、ヴァイスヒルシュ領だそうですが」
すぐに父上から映像と音声が届いた。
『ああ、今ユヴァフローテツの魔導騎士隊が我々を迎えに来た。今回の討伐には私と領主のヴィンデリンも同行する』
「え、父上が? ヴァイスヒルシュ領主様も?」
エーヴィッツの養父であるヴァイスヒルシュ領主までついてくるのは……おそらく、ペシュティーノの第一声が関係しているんだろう。
「数時間でアンデッド大発生となると予測」と言われたあたりで、ピンときたんだ。
それに、エーヴィッツからも出会った頃にちょっとだけ話してくれた。
「……流民ですか」
『そのとおりだ。流民が大規模な集落を形成していた。最悪の懸念の通り、アンデッド群の発生地点はその集落だ』
流民と、アンデッド。この組み合わせが本当に最悪であることが、魔導学院の授業でもしつこいほど語られていた。
『今回の討伐は、徹底的に流民を殲滅する。ケイトリヒ、其方の魔導騎士隊への命令の権限を一時的に譲渡してもらうぞ』
「それは、けっていなんですね」
『そうだ。其方にやってもらいたいことは、この惨劇を記録すること。だが其方がその場面をムリに見る必要はない。殲滅命令を出すのは、父に任せなさい』
「……」
気が重い。
ユヴァフローテツで流民に立ち退きを命じたときとは、比べ物にならない。
「殲滅」と言っているけど、彼らは言葉が通じて感情もある、同じ人間。
「ちちうえ、アンデッドだけを殲滅させることができれば、流民は」
『ならぬ。これは決定だ。流民は、集落を作れば必ず乳飲み子までひとり残らず「駆除」する。これが帝国の法律だ』
「ケイトリヒ様、集落にアンデッドと人間が入り乱れる状態で、アンデッドだけを滅することが可能なのですか?」
ペシュティーノが会話に割り込んできた。
『ペシュティーノ、ならぬぞ。これは帝国法に則った判断であり……』
「御館様、ケイトリヒ様は帝位継承権第2位。もしも集落で発生したアンデッドだけを排除できれば、前例のない、比類なき功績となります。流民の殲滅命令がいかに非道か、実のところをよく知るのは御館様でございましょう」
『……』
父上が黙った。
ラウプフォーゲル男はまっすぐで情に厚く、正直で優しい。そんな隊員たちが、アンデッドを呼ぶから、という理由だけで逃げ惑うだけの戦意のない人物や子どもや老人を殺して回るなんて、耐え難いはずだ。
そしてそんな場面に最も多く直面して、報告を受けているのは、父上。
「せいれい!」
「はいは〜い、できるはずだよ!」
「主の【死】魔法であれば、生者に影響なくアンデッドだけを簡単に排除できます」
「僕だけが使える魔法じゃ、意味ないんだ。魔導騎士隊や、最終的には各領地の騎士たちにも扱えるような魔道具や……武器、兵器なんかにできないかな?」
父上は、俺の言葉に何も言わない。
ローレライの統治官フーゴも、不法流民の集落ができていると聞いて顔色を悪くしていたくらいだ。命令を下す領主にとっても、最も気が重い判断なのだろう。
「ん〜……主の記憶から最適解を出すとすると……そうだな。アンデッドホイホイみたいなものはどう?」
『ほいほい?』
ジオールの言葉を父上が復唱したせいで、ものすごく緊張感が緩んだ。
「それいい!! でも、アンデッドがホイホイされるものって何? ヒトを狙うんじゃないの?」
「アンデッドは生命体を狙うだけで、別にそれがヒトだろうと魔物だろうと関係ないんだよ。前も言ったけど、アンデッドは【命】属性のカタマリでしょ? バランスをとるためには【死】属性を求めるんだ」
「【死】属性は、【命】属性と必ず対になって存在する属性。例外は、主とアンデッドのみです。そのためアンデッドは生命体を狙う。ただそれだけにございます」
そうなると【死】属性に満ちた俺は【命】属性を求めることに……なってるか。
アンデッドのこと、求めてるもんね。あんまり認めたくないけど。
「つまり……【死】属性を安定して溜め込めるような魔石みたいなものがあれば、アンデッドをホイホイさせられる?」
『ケイトリヒ、ほいほいとはどういう意味だ?』
「おそらく引き寄せる、とか誘導して集める、といった意味かと」
俺と精霊の会話を聞いた父上とペシュティーノの会話はスルー。意味、合ってます。
「周囲の生命体に影響が出ない程度の【死】属性を保持して、アンデッドが群がっても壊れなくて、かつ……みばえがいい」
「見栄えって重要?」
「それよりも、【死】属性に触れるとアンデッドは魔晶石化します。魔晶石化したアンデッドを排除し、継続的に新しいアンデッドを呼び込むような仕組みとなるとかなり大掛かりな装置が必要になるのではないでしょうか」
「魔晶石化したものを自動的に転移させてはどうでしょう?」
ペシュティーノが割り込んできた。
いいね! さすが魔法のある世界の発想!
俺は落とし穴とか考えてた。これって物理法則の世界から来た発想だよね。
「いいかも! じゃあ、集めるモノの形はけっこうなんでもいいかも」
据え置き型のホイホイは、あまり見苦しい見た目にしたくない。
装置を量産して、各領地に設置します!という話になったときに、ヒトが入れるサイズの黒い虫を集めるアレのような見た目……まあ、大型化したらただの小屋みたいになりそうだけど。アレを各地に設置するのは微妙にイヤだ。
魔法というスマートな方法があるのだから、もうすこしスタイリッシュな見た目はないものか。
「そうだな……小型のオベリスクみたいな塔型とか……」
『ケイトリヒ様、そこはケイトリヒ様のお姿を模した塑像が最適かと存じます!』
いきなり通信で入ってきた声は、パトリックだ。
「きゃっか!」
『何故ですか! アンデッドを集め、臣民を守る装置。ケイトリヒ様のお姿を模すのに最適な機会にございます!』
「僕が僕の像つくって各地に置くとかやばいでしょ!!」
『いや……いいかもしれん』
「父上やめてー!! そんなことしたら、僕の将来にきずがつきます!」
パトリックと父上はその気だったけど、俺が猛烈に反対したらションボリしてしまった。
誰が! 好きこのんで自分の姿をかたどった像を国中に設置したいというのか!
いるかもしれないけど! 俺は少なくとも絶対にイヤだ!
かなり将来あやぶまれる皇帝候補になるぞ!
『魔導騎士隊の白鷲を彫り込んだオベリスクにすれば、ケイトリヒ様とラウプフォーゲルの影響を知らしめるのに充分かと存じますが、いかがでしょう』
落ち着いた声で意見を挙げてきたのは、スタンリー。いいね! それくらいがいい!
さすがスタンリー、わかってる!
「それだ!」
『ふむ、たしかに嫌味なく功績を主張できるな。ケイトリヒ、できそうか? 今回の出陣で早速実験し、記録映像として提出すればおそらく最速で議会を通せる』
「やります!」
『……傭兵たちの退役の最大の理由であり、試練といってもいい「流民法」が変わるとなれば、彼らにとっても朗報となろう。ケイトリヒ、頼んだぞ』
やっぱり、流民の殲滅が人道的でないことは異世界でも同じなんだ。
殲滅、と言葉にすると残酷さが伝わらないけれど、現場で実際に行動する兵士からしたらまぎれもなく惨殺だ。大量殺戮といってもいい。とにかくマトモな神経の人間であればとてもじゃないけど好んでやらない行為。
『ケイトリヒ様、アンデッドを集める装置はできる前提で作戦を組んでもよろしいのでしょうか』
落ち着いた低い声で通信が入る。オリンピオだ。
「うん、集めるのは確実に、すぐに、かんたんにできる。ただ、集めたアンデッドが魔晶石化したあとに、それをどけないとすぐにアンデッド魔晶石の山ができちゃう。そうなると装置を大型化するか、強力化しないと……条件定義した複雑な転移魔法陣を大きな形で組むのは、さすがに今すぐはムリだし……」
転移魔法陣は実はすごく複雑な魔法陣で、さらに「魔晶石化したアンデッドのみを転移させる」といった条件をつけるとさらに難しい。
描画装置を使ったディングフェルガー先生でも、微調整に2、3日はかかるだろう。
『では、魔晶石の排除は人力でやってはいかがでしょう』
「え。魔導騎士隊の隊員がやるってこと?」
オリンピオの提案はものすごく原始的な方法だった。
『今の段階で効率は必要ありません。重要なのは、アンデッドと生者をより分けられる、という1点にございます。その手間さえ省ければ魔導騎士隊の仕事は格段に減ります』
オリンピオが言うには、アンデッドを発生させた流民の集落が徹底的に殲滅されるのは、新たなるアンデッドを生み出さないため。死んだばかりの死体がアンデッドになった場合は生者との見分けが難しいので、被害を広げないためにも殲滅が基本ルール。
……そして今日聞いた話でもっと衝撃的だったのは、その「殲滅ルール」は、アンデッドが発生してしまった場合は流民の集落でなくても適用されるということ。
つまり、ジュンやガノ……彼らの故郷からアンデッドが発生してしまった場合、討滅に向かった兵士は市民たちを無惨にも殲滅しなければならないのだ。
想像するだけで残酷すぎて、CADくんで魔法陣を組む手が震える。
法律としては「流民法」となっているけれど、帝国の優秀なアンデッド対策の影の一面を見た気分だ。父上が「退役の最大の理由」という意味もわかる。
一度そんな経験をしてしまえば、よっぽど鈍感な性質でもない限りその後の人生に暗い影を落とすことは間違いない。地球でもあった、戦争や災害であまりに多くの悲劇に触れすぎて心を病んでしまう「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」だ。
「主、以前に使った砂のような魔法は霧散してまわりの生命体に影響をあたえるかもしれないから、もっと影響を限定的にしたほうがいいとおもうな」
「散布するような形ではなく、能動的に触れなければ発動しないような形にしましょう」
ジオールとウィオラが俺の手元をの魔法陣を覗き込みながらアドバイスをしてくれる。
その間に、トリューはいつの間にかラウプフォーゲル上空を通過。
父上とその護衛騎士をのせた浮馬車が合流し、一路ヴァイスヒルシュへ。
エーヴィッツ兄上のヴァイスヒルシュ領主城は旧ラウプフォーゲル領とはいえ、ラウプフォーゲル城下町から2千キロメートルほど離れている。
クリスタロス大陸、広い。
父上と、ユヴァフローテツの魔導騎士隊本体と合流して最高速度でヴァイスヒルシュへ向かう。所要時間は1時間半。
俺が魔導学院を出てラウプフォーゲル上空を通るまで1時間もかからなかったとおもうんだけど、なんかおかしくない? と思ったら、俺の専用機と側近専用機、そして俺に付く魔導騎士隊隊員のトリュー機体は特別仕様なんだそうだ。
むしろラウプフォーゲルから同行した本隊は、浮馬車が隊列に組み込まれているため牽引している|トリュー・ファルケ《ミセリコルディア専用機体》でも最高速度を出せない。
一刻を争う事態ではあるけど、今回の作戦には父上の権力が必須。
「急がば回れ」というやつだね。
俺はトリューの中で「アンデッドホイホイ」と「映像入力装置」、そして操作装置の準備。
あー忙しい忙しい! 10歳の子どもをこんなに働かせる社会ってどーなの!
『ケイトリヒよ。首尾はどうだ。いつも其方には無理をさせてしまうな』
俺の心の声が聞こえてしまったのか、父上が通信でねぎらいの言葉をくれる。
「へーきです。魔導騎士隊隊員の苦痛をとりのぞけるのであれば、なんてことないです。ここががんばりどころ!」
『……ケイトリヒよ……立派な心がけだ。其方を誇りに思う』
先行してヴァイスヒルシュ領主ヴィンデリン卿を迎えに行っていた魔導騎士隊から合流の連絡が入った。あと15分ほどで現地に到着、という頃にようやく「アンデッドホイホイ」が完成! ちょっと粗いけど、とりあえず魔晶石を回収する隊員に悪影響を出さないための安全対策は完璧!
「できた! オリンピオ、作戦を!」
『承知しました。全体通信に切り替え、作戦を共有を開始します。ケイトリヒ様は、その……ホイホイ?についてご説明をお願い致します』
魔導騎士隊先遣隊の報告により、不法流民の集落の位置情報はほぼ完璧に掌握。
詳細な建物と通路、周辺の地形の情報が映像に出た。
密集した熱帯雨林の間にある狭い谷に、フジツボのようにへばりついた粗末な家屋の集合体。これが不法流民の集落。
『谷は南北におよそ46リンゲ(約180キロメートル)。集落はその北端付近に位置し、上空以外からは集落自体、確認は不可能。隊員の上陸は最小限に留める』
それから集落に実際に突入する部隊、周囲で逃げたアンデッド、あるいは流民を待つ部隊……それらの発表が続く。そして、その2つに割り当てられた部隊が異様に少なく、聞き慣れない「搬送部隊」に大きく割り当てがされている事に対し、隊員は疑問におもったはずだ。
『今回の作戦は、ケイトリヒ殿下が考案された新兵器が導入される。それは、アンデッドを誘引して一箇所に集め、まとめて魔晶石化するという画期的な装置である』
魔導騎士隊はそれぞれトリューに乗っている状態だし、ヴァイスヒルシュ領主閣下も浮馬車で待機しているのでどんな反応をしているのかわからない。
『ケイトリヒ殿下、誘引装置のご説明を手短にお願い申し上げます』
「あい。ケイトリヒです。魔導騎士隊全隊に告ぐ。このアンデッド誘引装置は今後の討伐をいっしんするものとして、実験的にどうにゅうするもの。効果は精霊のおりがみつきですが、1点だけ難点があります」
装置はユヴァフローテツのオベリスクを小型化したような柱であること、それにアンデッドが触れると魔晶石化すること。
そして、魔晶石化したアンデッドを自動的に排除する機能がないこと。
それを重々しく説明したうえで、人力で魔晶石を取り除いて欲しいということを伝えた。
なんか通信がシーンとなっているのでリアクションに困ったんだけど、やがて魔導騎士隊の正式な参謀本部長という実質トップの役職についたマリウスが『……それだけですか?』と通信で聞いてきた。
それだけとは?
俺が口ごもっていると、父上が補足してくれた。
『ケイトリヒが説明するのはそれだけだ。大事なことを追加しよう。ラウプフォーゲル領主、ザムエル・ラウプフォーゲル・ファッシュの名において、流民の扱いは処刑に限らない。激しい抵抗を見せた場合は殺しても構わんが、従順なもの、戦闘の意思がないものについては拘束し、故国へ強制送還する』
また通信がシーンとなった。
放送事故かな?
『よろしいのですか』と聞こえてきたマリウスの声は、震えていた。
『ケイトリヒのアンデッド誘引装置の効果で、危険なアンデッドと殺す必要のない流民が完全に区分される。これにより、咄嗟の判断はひつようなくなるはずだ。だが、危険を感じた場合は速やかに処刑せよ。処刑の判断は、現場に任せる。もしも、この実験がうまくいけば……』
『万一、市街地でアンデッドが発生した場合でも、街の全てを殲滅せずにすむ』
マリウスが完全に涙声で言うと、父上が『そういうことだ』と続いた。
隊員たちの反応が気になって、アウロラに頼んで隔離された外の音を音選してたら、急に歓喜の声があがったのがわかった。
「うそだろ……ほんとうに、本当に非戦闘民を殺す必要がなくなるのか!?」
「もしも故郷がそんな状況になったらと悪夢まで見たのに……!」
「ここで結果が出れば、変わるんだな!? もしも故郷でアンデッドが出ても、殲滅させなくてよくなるんだよな!? そういうことだろ!?」
「そうだ、装置の効果が確かであることが証明されれば、俺たちはアンデッド討伐隊として本懐を遂げる! 無抵抗の一般市民を手に掛ける必要がなくなるんだ!」
「うぅ……この装置の発明が、10年早ければ……俺は、俺は」
「自分を責めるな。装置がなければ殲滅は避けられなかったんだ。これからは変わる」
魔導騎士隊は全員、ものすごく喜んでくれてるみたいだ。
経験豊富な隊員たちの中には、すでに一般市民、あるいは流民の殲滅の経験がある者もいるようだ。それは辛かったことだろう。
「魔導騎士隊の元帥として、なるべく健全でふたんの少ない職場環境にしたいです。隊員のみなさんは、定年まで長く健康にはたらいてね」
俺が言うと、しばらくして通信に笑い声が響いた。
あれ、本心なんですけど?
「ふふッ、頼りになる元帥だな!」
「今の、ケイトリヒ殿下の肉声なんですよね? 本当に10歳ですか?」
「長く健康に、か。最高の言葉だな!」
「こんな隊、初めてッスよ……元帥が隊員の負担を考えるとか……アリッスか?」
「さすがフォーゲル商会までとりまとめる殿下だ。隊員と隊を健全に運営することが一番合理的で収益が上がる方法だろうな」
通信に乗らない、音選で聞いた魔導騎士隊の声は、概ね好意的。
最後の人物は経営をよくわかってらっしゃる!
音選だと誰が喋ってるかわからないのが残念だな。いや、俺には精霊がいる。
「アウロラ、最後の言葉、誰が言ったか調べられる?」
「一番合理的、っていったひと? えーと、調べとくね!」
「主。ヒトに関する情報であれば、不肖キュアノエイデスにお任せください。以前、側近として取り立てる者を推薦する際にメイドの女たちから支持を得ていたピピン・ブライトウェルです」
おお、さすが噂話のなかでもドロドロな人間関係を好むキュア。
おぼえとこ。
作戦の共有は終了。
隊員たちはオリンピオとマリウス、そしてマリウスの部下の参謀本部の隊員たちが立てた作戦に沿って司令を出していく。
俺はトリュー・コメートの天蓋を開いて、ポイポイとソフトボール大のカメラを落としていく。カメラは数メートル落ちると、ふわりと自力飛行を始めて不法流民の集落に向かってフヨフヨと飛んでいった。
熱帯雨林が生い茂る土地で着陸が難しいので、作戦本部は上空のトリュー・コメート。
狭い機内には、ローレライで使ったものと同じ監視カメラのような複数のディスプレイ画面が小さくなって俺の目の前に写っている。
父上とヴァイスヒルシュ領主が乗っている浮馬車は俺のすぐ後ろに待機して、俺が見ているものと同じ映像を見ているはずだ。
映像は、前もって報告が上がっている地形と照らし合わせても、間違いはない。
オリンピオの助言もあり、アンデッドを集める位置は集落の北、熱帯雨林の木々が少し伐採されて更地になった場所に決めた。
「バジラット、おねがい」
「まかせろ!」
空中で巨大な杭のようなものがみるみる形成され、更地に一直線に落ちていってズムン、とブッ刺さった。雑だけど、まあ即興だし充分。
「じゅんびよし」
「すべての部隊が作戦開始の位置に就いたようです。ケイトリヒ様、命令を」
え、俺? 前はガノが代わりに言ってくれたけど、俺?
声が間抜けだけどいいかな?
「え、えーと」
「作戦開始、だけでよいのですよ」
「さ、さくせんを、かいししゅる!!」
『ッ全隊、作戦を開始します!』
マリウス、いま一瞬笑った?