第2部_2章_0154話_魔導学院卒業 1
またこの季節がやってきた。
俺は全く関知しない、学院祭の季節。
今年も俺以外のだれかが念入りに準備して、今年もつつがなく執り行われる。
一応俺だって学院の生徒なのに、ここまでスルーされることある?
インペリウム特別寮生はみんなそうだ、ってクラレンツは言うけど、エーヴィッツ兄上とかはなんか「学院祭で忙しい」って言ってたような気がしたんだが。夢ですかね?
今日の朝食の席には、エーヴィッツだけいない。
「そろそろケイトリヒも卒業か……」
アロイジウス兄上がポツリと呟くと、クラレンツがブスッとした顔をこちらに向ける。
ジリアンに続き、俺とアロイジウスまで卒業するのでやっぱり寂しいのかな。
アロイジウス兄上はもともと騎士学校を卒業してるので、俺たち以上に「いつ卒業してもOK」な状態だったんだけど。魔法と関係する社会系科目、つまりグラトンソイルデ寮の授業が気に入ったということで、3年生として編入して5年生となる今年まで普通に通った。勉強熱心なのはいいことね。
「クラレンツあにうえも、卒業したければ卒業していいんだよ」
「……母上に、建築系は全て修了してくるように言われた」
あー。なるほどね。
クラレンツは去年ようやく建築系の面白さに目覚めた。
けれど彼が好きなのは建物を建てるほうではなく、橋や道路、堤防といった、前世でいう土木系だ。ちなみにラウプフォーゲル男子の人気職ナンバー5に入る花形職業。
帝都では肉体労働者といって敬遠されるそうだけど。
ところかわれば価値観もかわるってやつだね。
まあアデーレ夫人の命令もわかる。
教育が遅れがちだったクラレンツが、自ら学ぶと意欲を見せた科目だ。
どうにかものにしてもらいたいという願いもあるだろう。
「僕が皇帝になったらあにうえに依頼して、ラピスブラオ湖に橋つくってもらおー」
「それは皇帝じゃなくてラウプフォーゲル領主の管轄じゃないか?」
「兼任すれば可能かもね」
アロイジウスがむちゃぶりしてくる。スルーだスルー。
「アーサーはいつそつぎょうするよてい?」
「私は来年までの予定です。卒業後は父上が新しい公爵領の引き継ぎ業務に入るそうなので、その補佐として領地経営を学ぶつもりです」
「ルキアは……いつまで学院にのこる?」
「はい、パトリックさんとも話したんですが、僕たち3人はフルの6年間いたほうがいいだろうという話にまとまりました。僕はこれまで通り勤労学生として学院とフォーゲル商会を行き来して……ミナトは」
「俺は魔導騎士隊と行き来ッス。隊員も増えて友達もたくさんできたし、マジいまの環境天国ッスわ。トリューもガンガン乗れるッスよ! アンデッド討伐にも一回だけ参加できたッス!」
ミナト楽しそう。もともと【光】属性適性を持つミナトは、魔導騎士隊のなかでも有望株として大事にされているらしい。
本人も期待されてやる気が出たのか、実戦を経験しても特に萎えることなくやる気が持続しているみたい。
いい感じに異世界にも帝国にも馴染みつつある。
「リュウは?」
「はっ、ぼ、僕も6年生まで、文官のお仕事について勉強しようと思ってます。体を動かすのも魔法も得意じゃないですし……将来は、こう、コツコツやれる仕事に就きたいなあなんておもってます」
リュウは今、シャルルについてもらって政治の勉強中だ。
折衝や交流は得意ではないみたいだけど、見聞きしたことを資料にまとめたり報告したりという地味なところでかなりシャルルの役に立ってると聞いた。
帝国とドラッケリュッヘンの異世界人との橋渡しにも色々と尽力してくれているそうだし、リュウさえよければこのまま文官としてシャルルの弟子になるのもアリかも。
「将来の仕事までもう考えているなんて、異世界人というのは計画性が高いんだね」
アロイジウスが感心するけど、これは異世界人というより平民の感覚じゃないかな?
ここにいる異世界人以外の子は、みんな領主令息とかだし。親から受け継ぐものが多すぎるんだもんね。
「僕たちは殿下の温情で生活している身ですから……少しでも恩義に報いたいと思うのは当然です」
「ルキア、そのけんだけどね、恩義とかは別にかんがえなくていいよ」
「そーだぜ。ケイトリヒは今や帝国一の金持ちだぞ」
クラレンツが乗ってきたけどそーいうことじゃない。
「ドラッケリュッヘンから渡ってきた9人の異世界人たちもね、帝国の保護下で生活してるんだよ。異世界人にはこの世界にはないちしきがあるし、若くして異世界にラチされた被害者でもあるから、って。だから、ムリに自立しようなんて思わなくても……」
「お言葉はありがたいですけど、僕がそうしたいんです。異世界にきて辛いこともいっぱいあったけど、今となってはケイトリヒ様に保護されて良かったと思ってます。それにやっぱり、ヒトとしての成長の証って、自立じゃないですか」
「そーだぜ、王子。俺も助けてもらったのはありがたいとおもってるけど、いつまでもこのままでいいなんて思ってない。俺はバカだからルキアみたいにカネを生み出すことはできねーから! カ・ラ・ダで返すぜー。魔導騎士隊でな!」
「僕も同じ気持ちです〜。レオさんみたいな技術はないけど、やっぱりこの世界でどれだけやっていけるか。夢、みたいですよ〜!」
なんていい子たちに育ったの! 俺は嬉しいよ! しかし、夢……か。
前世でも異世界でも、未来ある彼らには夢を見てほしい。
そう思ったのは俺が年をとったからだろうか……精神年齢だけでいえば30オーバー。
それか、俺の将来はすでにものすごい高みにレールが敷かれてるせいで、まだまだ未来を選べる彼らが羨ましくなったか。
どっちが理由か悩ましい。どっちもあまり嬉しくない。
「学院生活もそろそろ終わりかー。冒険者になるのが楽しみであんまりふかくかんがえてなかったけど、やっぱりちょっぴりさびしいな」
「僕たち異世界人トリオはケイトリヒ殿下のお世話になっておりますから、いつでも会えますよ。冒険者稼業をするなかでユヴァフローテツに戻られたら、是非お土産話を聞かせてください」
「え? 冒険者しながらユヴァフローテツに戻る? いくらトリューがあっても、そんなしょっちゅうは戻らないよ?」
「そ、そうなんですか? パトリックさんからは、浮馬車に転移魔法陣を組んで野営の夜はユヴァフローテツの自室に戻ると聞いていますが?」
なんそれ聞いてない。
バッとペシュティーノのほうを見ると、ちょっと気まずそうに視線を逸らされた。
また子ども扱いするー!
「……それじゃ訓練にならないから、野営はする!!」
俺が宣言すると、何故か側近同士がちらちらと顔を見合わせて気まずそう。
なんだというのか!
「なにかもんくある?」
「……ケイトリヒ様、その件は改めてお話しましょう。先日お話しした件とは別に、我々ではおいそれと変更できない事柄にございます」
その口ぶり、さては父上か皇帝陛下からなんか言われてるな!
くー! その2人にはさすがに逆らえない。
「むぅ。わかった」
「殿下のお立場でも好きに動けるわけではないんですね」
ルキアがちょっと驚いたように言ってきた。
ぎゃくに俺が好きに動けてる件なんて金儲けの商会関係だけですけど?
政治的な動きに関してはほぼ父上たちにおまかせしちゃってる。
まあ、いうて子どもですから。
子ども扱いはお断りしたけど、世間から見たらいくら優秀だとか天才だとかもてはやされたとしても10歳は10歳。大人を動かすには説得力も経験も足りないと判断されても仕方ない。
「王子もたいへんなんだヨ」
「……若輩ながら、お察し申し上げます」
ルキアはそう言ってそっとプリンをよそって俺の前に差し出してきた。
なんてできた子なの!
俺、がんばって権力手に入れて異世界人のみんなの生活と幸せを守るからね!
野営するかしないか案件については、結局側近たちの提案どおり、定期的にユヴァフローテツ、あるいはラウプフォーゲルに戻ることになった。
だがパトリックが想定していた「夜になったら毎日ユヴァフローテツに帰る」はさすがにやりすぎ。夜の危険に備えるのも訓練でしょう!
ちなみに戻る理由は皇位継承順第2位にはそれなりに必須業務があるようで、どんなに少なくても月に1回は報告に戻ってきて欲しいという皇帝陛下からの命令に近いお願いだった。
普通の領主令息なら「ムリ」で通せるんだろうけど、俺にはトリューもあるしディングフェルガー先生が設計した自由に使える転移魔法陣もあるし、さらに俺には無限の魔力がある。
帰れちゃうんだな。
S級冒険者で調合学の先生のミェス・リンドロース先生も皇帝命令で俺に同行することになった。ドラッケリュッヘンの未知の資源は帝国からしても宝になるのは間違いないからね。
ついでに、冒険者組合から追加で2人ほど連れて行ってもらえないかと打診されているそうだ。なんてわかりやすい便乗なの! いさぎよくてヨシ!
とはいえリンドロース先生を借り上げる以上、少しは冒険者組合にもお礼をね。
というわけで、来年からの冒険者稼業……兼、帝国の新領地GET作戦の旅に同行する追加の冒険者が顔合わせに来るという噂がたった。魔導学院に。
魔導学院に冒険者が来るなんてほぼ無いからか、すごい話題になってる。
けど残念、それは間違った噂だ。わざわざ魔導学院に呼びつけるほど急を要してない。
みんな冒険者に興味がありすぎて間違った噂がひとりあるきしちゃったみたい。
まあ、あまり害のない誤解なので熱心に訂正しようとも思わないけど。
冒険者に対する一般的な意識ついてはこの件をきっかけによく理解できた。
「聞いた!? ミェス・リンドロース先生が魔導学院に来るって!」
「うわわ、自分で写本した『素材学』と『調合学』の教本にサインしてもらおうかな!」
「冒険者ってだけでもカッコいいのに、S級……あ、握手してもらえるかな」
「A級冒険者で『バーブラの冒険』の作者バルドル・テールマンも来るらしいぞ」
「ウッソだろ! 俺あのひとの『カナリエの歌』が大好きなんだよな! くう、サインをもらうためだけに本が欲しい……!」
「なんか、A級冒険者のピエタリ・ヘイスカリってひとも来るんだって」
「誰だろう。A級なのに俺たちが名前知らないってことは、外国人か昇級したばかり?」
音選で学院の噂話を集めるだけで、社会評価みたいなものが全部わかった。
しかしリンドロース先生、調合学の教師として雇ったヒトだけど意外にもすごく憧れられていてビックリ。著書が学術的に高く評価されてる、ってことは知ってたけど。
確かに何度か「リンドロース先生ってどんなヒト?」てヴィンとダニエルに聞かれたことあったっけ。俺が「ユルそうにみえて油断ならないヒト」って答えたら「さすがS級冒険者!」とふたりともすごく満足げだったのを思い出す。
いい返事ができたっぽい。
さてさて、俺の授業はもうアクエウォーテルネ寮の「技術:工学」のみ。
この授業は、名前が表すとおり学習の分野がものすごく幅広い。正直、飛び級なしで3年まで取らなかったのは失敗したなと思った。魔法陣学を1年で修了したのはちょっと神チートがあったせいだけど、工学はチートしようのない分野。本来は3年から5年ほどかけてじっくり学ぶ、知識が物を言う学科なのだ。
こりゃ1年じゃムリだぞと思い始めたあたりから、ビューローと相談して「卒業後に復習したくなったら魔導学院の工学の先生を雇える権」を校長先生に交渉してもらった。
俺に皇位継承順第2位がついたことで、校長先生も「特別待遇」に理解をしてくれたみたい。「教師本人が了承すれば」という条件付きで許可された。
そこはね、心配してないです。破格の報酬を用意しておりますので、だいたいみんな了承してくれる。はず。
というわけで完全なる卒業にはちょっとだけ知識量が不安だった点も解決!
心置きなく、最後の魔導学院の学院祭に参加だ!
「ケイトリヒ殿下の卒業を心よりお慶び申し上げます!」
学院祭では、またもや巨大なのぼりが風にたなびいた。
そこには巨大な文字で「ケイトリヒ殿下 祝 卒業」とこちらの文字で書いてある。
生徒も教師も顔を合わせると我先にとお慶び申し上げてくる。
どうやらエーヴィッツが陣頭指揮をとって、「俺の卒業を見送る会」みたいな一時的な組織を結成したらしい。お祝いをしてくれる生徒は皆、精巧な色とりどりの造花を一輪ずつ俺に手渡してくれる。それぞれが贈り物をしだしたら収拾がつかなくなってしまうのでこの花以外の贈り物を禁止したんだそう。ありがたい。
側近たちには話が通っていたようで、オリンピオの持っていたカゴはあっという間に巨大な花束になった。
こんなん3年間の学院祭で一度も見たことない例ですがどう反応すれば。
「一線を画す天才というのはゆっくりすることも叶いませんのね、たった3年で卒業とは喜ばしいことですけれども、私たち一般生徒からすると残念です」
「たった3年の在学でありながら、魔導学院にどれほどの伝説の始まりを書き加えたことか。歴史的な瞬間に同じ空気を吸えたことを誇りに思います」
「殿下は帝国の誇りそのものです! 私たちは今上皇帝陛下のお言葉どおり、今後もケイトリヒ殿下の来たるべき治世の時代をより良いものにするため勉学に励みます!」
ほうぼうからこんな熱量高い声がかけられた。
……皇帝陛下の思想教育がっ!
まあね、もう卒業だから。
この熱量の中、授業を受けなきゃならない状況だったらちょっとめんどくさいけど、去る間際にここまで祝ってもらえるのは正直うれしい。
がんばって異世界で子どものフリしてチート隠して生きてきてよかった。
想像以上に地位が高くなりそうだけど、まあそこはしょーがない。
「ケイトリヒ様、ご卒業をお慶び申し上げます」
「とうとう、来年からは冒険者ですわね!」
魔導学院の転移魔法陣まで、小ぶりでかわいいデザインの浮馬車に乗ってお迎えにあがるとそこには2人の少女。
我が婚約者、マリアンネとフランツィスカだ。
「お祝いありがとうございます。最後の魔導学院祭をいっしょに楽しみましょう」
2人の手の甲にチュッチュと口付けると、2人から両ほっぺにブチュッとキスされる。
俺たちのことを遠巻きに見守っていた生徒たちが「素敵!」なんて言ってる気配がする。
まあマリアンネとフランツィスカは素敵だけれど、俺には素敵要素ないけどね?
みため幼児ですし……。
「幼い頃からの婚約者って親が決めるだけの愛のないものと思っていましたけれど、あんなに心のこもった歓迎をされるなんて。若いうちの婚約も悪くないわね」
「あの浮馬車はお二人をイメージして作られてるデザインね! 青いバラとオレンジ色のガーベラがドレスとマッチしてて、とても上品だわ」
「幼いお姿なのに、なんて紳士的な対応なのかしら。きっと殿下は将来ミュドロス侯爵のように情熱的な愛妻家になるに違いないですわ!」
主に女子生徒のヒソヒソ話を音選で聞いたらそれなりに素敵要素あったっぽい。
あとから聞いた話だけど、ミュドロス侯爵というのは100年ほど前に実在した人物で、平民の妻を情熱的に愛し、ときの暴君皇帝から反逆罪の冤罪を被せられた悲劇の主人公。
どんなに苦境でも妻を愛し抜き、守るために命を散らしたその逸話は今でも女性が好む恋物語のテーマとして人気だそーだ。
……そして、今年のヴィンが演じる歌劇の「彼女の愛のために」の演目はそのミュドロス侯爵の実話をベースにして国家間の陰謀なんかも混ぜ込んだ、壮大で重厚な恋物語だ。
ヴィンの同級生である劇作家が今回のために書き下ろした新作で、公共放送でも大々的に広告をしていた。今回は魔導学院の劇団「フェガリ」と「イリョス」、ふたつのグループ総出の力作。
もちろん、マリアンネとフランツィスカはそれを観るためにやってきた。
俺としてはちょっぴり気の重い時間の始まりである。
「演劇関係者だけを招いて行われた試演で、素晴らしい評判でしたの。フランツィスカとの共通の女学校時代の友人に、是非観るべきだとすすめられたのですわ。ねえ」
「ええ、恋物語だけでなく手に汗握る戦闘の場面もあるそうで、殿方も楽しめる内容と聞いておりますわ。きっとケイトリヒ様も楽しめますわよ」
フランツィスカは以前の観劇で俺が寝てしまったことをチクリと責めてきた。
そういう手厳しいとこもキライじゃないぞ!
「主人公を演じるヴィンは魔導騎士隊と契約をした俳優ですから。今回の舞台は、フォーゲル商会の後援と魔導騎士隊の安全管理で、大成功まちがいなしです!」
そう、この公演はいつも以上に前売りチケットが売れまくっている。
もちろん公共放送で宣伝した効果もあるが、この公演は帝国史上初となる「映像配信」のために我がフォーゲル商会が巨額の投資をしている案件だ。
現在、各領地に最低1基は設置されている公共放送だが、それはいわゆる街頭テレビ広告的な使い方をしているもの。いうなれば渋谷や新宿にある、ビルの上で流れるアレだ。
それとは別に、もう少し娯楽寄りでゆったり座って楽しめる……つまりは「映画館」のお試し施設を鳥の巣街に建設した。人気が出れば各領地に建設する予定。名前ももう決まってる。
「幻影映画館」。フォーゲル商会が雇ったコピーライター的なヒトがつけてくれるようになったから、商標関係のネーミングに俺の少ない脳みそを絞り出す必要もなくなったのだ! うれぴー!
ともあれ、そのために撮影される記念すべき第一作目が、この「彼女の愛のために」だ。
この世界、本の著書にしても劇作家にしても、著作権というものが魔法誓約によってけっこう厳重に守られているので、古典の扱いには割と注意が必要なんだな。
古い作品は原作が本なのか劇なのかわからないものもあるし、幻影映画館で大々的に帝国全土で認知されるとなるとどんな落とし穴があるかわからない。
だからこそ、完全新作だ。
ちなみにロマンチック要素だけでなくアクションパートを入れて欲しいというのは俺のオーダー。ヴィンの友人の劇作家は女子生徒だけど、アクションの描写も感情描写もとても丁寧でわかりやすく、台本を見ただけで「これはきっと面白くなる!」と確信した。
立案から公演まで丸一年って、長いのか短いのかよくわからないけどフォーゲル商会の面々がすごい熱量高く取り組んでくれたみたい。
おかげさまで超大作できた! と、聞いています。
でも寝たらごめん。
舞台装置はディングフェルガー先生が俺のドラゴンの幻影魔法陣を魔改造して総指揮・総制作・総プロデュース。ちょっとリキが入りすぎて「衝撃派だそう!」とか「水が出るようにしよう!」とか言い出すのを止める係はルキア。
ルキアは異世界のエンターテインメントがどうだったかを教えてあげるだけの予定だったんだけど。エキサイトしたディングフェルガー先生をものすごく効果的にブレーキかけてくれた。
ルキアほんとできる子。劇の演出の評判がよかったら、ボーナスあげちゃう!
そして、劇はクライマックス。
悪い隣国の謀略によって冤罪をかけられ、死刑になったはずの主人公が命からがら故郷に戻るシーン。愛する恋人に再会するため拷問にも逃走劇にも耐え、死刑執行には身代わりを立てて脱獄し、平和なほうの隣国へ亡命する前。
危険を縫って、恋人にプロポーズをするため迎えに行く。
しかし、そこには恋人の変わり果てた姿。
主人公の訃報に絶望した恋人は毒をあおって自死してしまったのだ。
変わり果てた恋人に激しく慟哭し、住み慣れた屋敷に火をつけて2人で炎に巻かれて死んでいく……。
とんでもないバッドエンドだ。ひどすぎる。
現代日本じゃウケないよ絶対。
しかし客席は大盛りあがり。
恋人の死に慟哭する主人公とともに絶叫して泣き叫んでいる。
「そんな!」とか「ひどすぎる!」とかいう声が普通にあがる。感情移入がハンパない。
マリアンネとフランツィスカも、後半からずっとハンカチで口元を押さえている。
俺は……俺は、ちょっといろいろとツッコミすぎて改善案ばかり考えていたせいかぜんぜん泣けなかった。
だってこれって大筋はシェイクスピアのロミオとジュリエットだ。
劇的に燃え盛る炎の屋敷に、恋人を抱きかかえながら消えていくシーンではドラマティックな音楽がジャーン!!と響き、会場はほぼ全員がスタンディングオベーション。
この炎、幻影ではあるが熱気みたいなものが客席までムワッと伝わる。
このへんはルキアのこだわりが詰まっている。
エンタメでの音楽の効果についてすごく熱く語ってたし、魔法で4DXが簡単に使えることを興奮気味に喜んでいた。
正直、演出だけでいうと地球を超えてる。
しかしいかんせん年若い劇作家ということで、ちょーっと詰めが甘いシーンもいくつかあった。敵国の大臣の思考がね、ちょっと小学生並みすぎん?とかね。まあしゃーない。
なんにせよ4時間の超大作。観客が満足しないわけない。
休憩は2回あったし、俺もウトウトせずにすんだ。
皆、目を真っ赤にして惜しみない拍手を演者に贈る。
敵国との戦闘シーンでは舞台中がエキストラでいっぱいになって迫力があったし、何人かはマジで鼻血とか出してた。迫真すぎる。
ルキアは客席通路で戦闘シーンを演出しようとしたそうだけど、安全管理上の理由で却下されたそうな。
「……今年の演劇は、あまりにも悲しすぎますわ」
「このあとはケイトリヒ様とお食事を思っておりましたけれど、とてもそんな気分には」
マリアンネもフランツィスカも、感情移入が過ぎる!
「むりにとはいいませんが、おふたりが感動したところや特にいんしょうにのこってるところをお聞きしたいです。屋台での食事はやめて、分寮で食事しませんか?」
俺が言うと、最初は気乗りしていなかった2人が分寮までの道中でぽつりぽつりと劇の感想を言い合う。そのうち興が乗ってきた。
「戦いの場面では3人ほど本当に血が出ていましたわよね!」
「ええ、本当に? 見逃してましたわ、騎士の剣と盾の意匠ばかり気になってしまって」
「おふたりとも、視点がちがってておもしろいですね!」
俺が合いの手を入れるとさらに2人はヒートアップ。
感情移入が過ぎて食事できないと言っていたのに、いつのまにかおしゃべりに夢中で食事ができない、に理由がすり替わっていた。
それでも俺の大好物、ラリオールクック|(鶏肉)の骨付き肉コンフィは2人に大好評。
喋りながらの食事ははしたないといわれてあまり貴族の間では推奨されないんだけど、分寮の食堂ということで使用人と護衛騎士以外は誰の目もない。
食事を楽しみながら一緒に見た劇の感想を思う存分語り合うのは、楽しかった。
そして俺は2人から「ものの見方が商人的すぎる」、「情緒がない」という手厳しい評価をもらった。
不満である。
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