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第2部_1章_0153話_大陸統一、そのまえに 3

マリアンネとフランツィスカは、俺のいないユヴァフローテツを訪ねて魔導騎士隊(ミセリコルディア)と合同訓練をしたそうだ。


側近会議でオリンピオから報告が上がったとき、俺はたぶん、埴輪(はにわ)みたいな顔になってたと思う。


「なんで?」


色々言いたいことはあったけど第一声で出たのはそれだけだ。


「御二方が、ケイトリヒ殿下をお守りするための訓練で魔導騎士隊(ミセリコルディア)と足並みを合わせたいと仰ったためにございます。シュヴァルヴェとグランツオイレの護衛騎士も交えて合同訓練を……」


「だからなんで!?」


え、それ普通なの? いくら年上とはいえ、一応貴族令嬢だよね?

いやたしかに、領の騎士隊と合同で訓練して大人の騎士を打ち負かすとは聞いてるけれども。いくら魔獣を狩る経験があるといっても!


「なんで、と仰られましても……ご令嬢がそれを希望されたから、としか」

「じゃあ僕も魔導騎士隊(ミセリコルディア)とくんれんしたい!!」


「だめです」


へどもどしているオリンピオの後ろからペシュティーノがスパッとぶった切った。


「なんでー! マリアンネたちはよくて、なんで僕はダメなのー!」

「ケイトリヒ様の魔導は一撃必殺、敵陣全滅を想定したかなり限定的な場面でしか使えませんので冒険者としてはあまり出番がありません」


「ちょっとまって! 僕ちゃんとコントロールできるようになったし!!」

「それでも訓練で魔導騎士隊(ミセリコルディア)を減らすわけにはいきません」


「そういうことをなくすように訓練するんじゃないの! 心配なら魔導騎士隊(ミセリコルディア)はナシでもいいよ、ちゃんと冒険者として使える魔導にしないと意味ないでしょ!?」

「……」


ペシュティーノがすごく嫌そうな顔してる。なんでよ!

オリンピオも微妙に乗り気じゃない顔。どういうことよ!


「冒険者になるにはしけんがあるんでしょ!?」

「ええ、まあ……」

「ですが」


「じゃあそのしけんに合格するようにくんれんする!」

「いえ、合格は確実にできるのです」

「そうですね、冒険者のなかでも魔導師は希少職ですから」


なんだかふたりともモゴモゴしてる。これは、これはもしかして。


「もしかして……僕をかたちだけの冒険者にして2年間やりすごそうとしてる?」

「……」

「……」


ペシュティーノとオリンピオの目が泳いだ。


「ひどい! そんなのひどい!! すっごい裏切られたきぶん!!」

「け、ケイトリヒ様、お怒りはごもっともですが我々の言い分もどうか聞いて下さい」

「ケイトリヒ殿下、我々は護衛騎士です。幼い殿下を戦いの場に出すなど、どうしてもできかねるのでございます」


「そんなの、なんのための冒険者しゅぎょうなの! 幼いっていうけど、いつまでも実戦けいけんのない非戦闘員あつかいじゃ本当のきけんがせまったときにこまるでしょ!?」

「いえ、むしろ被保護者が戦闘員として動けばそちらのほうが困るのです」

「殿下、ご自身のお姿をいまいちどよくよくご覧ください。殿下のお体は、相手が魔獣ではない非力なヒトであっても、殴られでもしたら簡単に吹っ飛んでしまいます」


「そういう目にあったときのための魔導訓練でしょ!?」

「ケイトリヒ様、それは違います」

「魔導は騎士隊との連携が難しいのです。強力であればあるほど、味方の騎士をも巻き込んでしまいますから」


「だからその難しいれんけいを練習しないと、いつまでも僕は戦えない子だよ!」

「ケイトリヒ様、どうか落ち着いてください。子どもを戦わせたい大人など、いるわけがないでしょう!」


ペシュティーノの怒号に、思わず「いるよ」と言いたくなった。

スタンリーは奴隷として戦わされていたし、前世でだって素直な子どもをいいように言いくるめて少年兵として捨て駒にするような社会問題もあった。


「そうだとしても、危険が僕を避けてくれるわけじゃないって、そういったのはペシュじゃない! 僕だって、いつまでも守られる子ども扱いはイヤだよ!」


ペシュティーノはグッと唇を噛み、とても傷ついたような顔をした。

胸が痛い。


「……ケイトリヒ様、どうかお許しください。ケイトリヒ様の小さな身体が、お怪我をすることを想像するだけで私は……」


ペシュティーノも同じように、胸が痛いみたいだ。

胸元の服を長い指で握りしめて、タイを緩めた。


「ペシュの心配はわかる。でもね、僕、遺跡に落ちて迷子になったとき何もできなかったんだよ。水に落ちたらどうすればいいか、暗くて何も見えないときは、食べ物がないときは、寒いときは? もしまた、精霊の助けが得られないような同じ状況になったら、ヘビヨさんとクモミさんみたいな保護者がいなければ、今度は僕は死んじゃうかもしれない」


ペシュティーノはヒュッと息を呑んで、苦しそうに身をかがめる。

……俺が迷子になったあの事件は、ペシュティーノにとってはトラウマになってしまったんだろう。


「でもね、絶対に死にたくなかった。僕が死んだらたくさんのヒトの人生が変わる。だから絶対戻らないと、って思ったよ。僕は簡単に死んじゃいけないの。怪我してもダメ。だから自分の身を守る方法を、そして必要なときは戦う方法を、知らないといけないの!」


倒れ込みそうになっているペシュティーノの長い脚に駆け寄ってギュッとへばりつくと、持ち上げられてギュッと抱きしめられた。


「ケイトリヒ様……ご立派になられて……」


ペシュティーノはちょっと鼻をぐすぐす鳴らして泣いていた。


いや。


ふつうですよね!? この世界では!! わりと!!

さんざん普通を求められてたはずなのに、今になってこの扱いよ!!


だって4つしか違わない女の子のマリアンネとフランツィスカも武器を持って戦うんでしょ? アロイジウス兄上は9歳の頃に騎士隊に入ったらしいし、ハービヒトではもっと厳しいとジリアンが言っていた。


……まあいいや、それはあえて言わないでおこう。


「ペシュ、僕もう10歳だよ。大人じゃないけど、もう子どもって年齢でもない。ついでにいうと中身は大人の経験がある異世界人で、危険に対応する知識は……しょうじき無いけど自分でいろいろと考えられるよ」


「お許しください。たとえケイトリヒ様の知識を狭めることになろうとも、御身の安全を何よりも優先させてしまいました。そのことが、ケイトリヒ様を再び危険にさらすかもしれないと考えると……私は、私はなんということを」


「ペシュ」


お肉のない、ほぼ皮膚だけの痩せこけたほっぺをムギュッとちっちゃな手でつまむ。


「いったでしょ、僕はかんたんに死んだりしないし、もう危険な目にも遭っちゃいけないの。ペシュが僕を心配してくれてるのはわかってる。怒っちゃってごめん。でも僕も僕なりに考えて意見してるから、もう守られるだけの子ども扱いはしないで」


ライムグリーンの瞳を潤ませたペシュティーノは、まじまじと俺を見るとおでこにそっと口付けてきた。


「……私自身、ケイトリヒ様はいつまでも子どもであってほしいと願っていたのかもしれません。今後は子ども扱いせず、どのような場面にでも対処できる大人になれるよう、協力いたします」


「ん」


もっちりほっぺにブチュブチュと口付けてくるペシュティーノにしがみつきながら、「こういうスキンシップは子ども扱いのままでいいや」とこっそり思った。



というわけで。


自分が望んだ以上、引くに引けない魔導訓練のお時間です。


「やるからには徹底的にしごきますよ」というペシュティーノの宣言にビビったのは昨夜のこと。魔導演習場は授業のない時間であれば、学院の生徒はいつでも借りられる。

俺の魔導はたいへん危険なので、完全に貸し切れる日を選んで申請したところ、一週間待つハメになった。


空きの演習場の予定表は、その演習場の入口に張り出される。


一番大きな演習場に張り出された予定表を見て、魔導学院がザワついた。

「〇〇研究室」とか「◯◯学科」とかの予定のなか、その枠だけ個人名だもんね。

しかも話題の「ラウプフォーゲル公爵令息ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下の魔導訓練」とデカデカと。


当然、話題になりましたよ。


今年は院生として魔導学院に残ったヴィンがご丁寧に「アクエウォーテルネ寮の有志で見学に行ってもいいでしょうか」とお手紙で聞いてきた。

同じお手紙はダニエルとファリエルと聖女候補|(名前忘れた)の共和国勢、俺の弟子ゴットリープにセドリックの王国勢、他にもほうぼうから舞い込んできた。


こりゃ見物料とれちゃうかもね?


「ケイトリヒ殿下、がんばってくださいねー!」


ものすごく通る声でヴィンが声援をくれると、つられて他の生徒たちも応援してくれる。

く、訓練ってこういうもんだっけ?


「おもいのほか観衆が集まってしまいましたが……仕方ありません。ケイトリヒ様はこれから何をしても注目の的となるのです。学院内の生徒に限られている分、そういった練習としても充分でしょう」


「注目をあつめる練習?」

「注目を集めたときの振る舞いの練習です」


ペシュティーノはそう言うと、スタスタと歩いて演習場の端、俺が1年生のときに壁をグチャグチャにぶっ壊した場所でくるりと振り向く。


「ここから幻影の魔獣を生み出し、ケイトリヒ様のほうへ向かわせます。ケイトリヒ様の背後からは、ジオール様が味方の幻影を生み出し、私の方に向かわせます」


味方となるヒト型の幻影にダメージを与えずに、敵だけを魔導で狙い撃ちする訓練。

騎士隊の魔導師は皆、このかたちで訓練をやるんだそーだ。騎士隊では非魔導師との連携も大事だもんね。


「ペシュはあぶなくないのー?」

「ウィオラ様が守ってくださるので私のことは気になさらないでください。いきますよ」


オーケストラの指揮者のように、およそ戦闘訓練とは思えない優雅さで杖を振ったペシュティーノの足元。ニョキニョキ、と土が盛り上がって、ウニョウニョ動いて犬のような四つ足動物……いや、魔獣の姿になった。


同時に、俺の左右からダダダッと鎧を着たヒトたちが魔獣に向かっていく。

え、魔獣も味方も、幻影とは思えないほどリアル。


「ま、まいん・ふぁいやーあろー!!」


俺の間抜けな掛け声にそぐわない、高速の炎の矢が的確に複数体いた魔獣にヒット。

味方の兵士の幻影が魔獣と交戦するまえに、みんなぶっ潰してやろう作戦だ。


「気を抜かないでください」


ペシュティーノの足元に、再び幻影の魔獣が生まれる。


「まいん・ふぁいやーあろー!! あー!!」


俺が放った炎の矢の動線に、味方兵士の幻影がヒョイと割り込んできてボカンと燃え上がって消えた。


「ちょ、ちょっと、入ってこないでよー!」

「兵士たちは敵を目の前にして背後を気にする余裕はありません。避けるのはケイトリヒ様の術のほうです! さあ、ひとり死者が出ましたよ」


き、キビシー!


魔獣と味方兵士の見分けをつけて、ようやく正確に標的に当たるようになったと思ったらこんどはペシュティーノ側の生み出す敵影にヒト型が混じり始めた。


「えあ!? あれ! ああ!! あれ味方だあ!!」

「はい、これで6人死者が出ましたよ」


「あー! いじわるー!」

「想像以上の意地悪をしてくる者を敵と呼ぶのです。次はもっと難しいですよ!」


次はジオールが生み出す高速で動く幻影を正確に狙って当てる訓練。

その次は、以前父上と狩猟小屋にいったときにアンデッドに襲われたときにジオールが出した対物理魔法障壁と似たようなものを持続させる練習。

ちなみにジオールが使ったものは精霊の独自魔法術式なので、全く同じ魔法はヒトには使えないそうだ。

一般的な魔法だと「護膜(ショッツフィム)」というものがあるらしんだけど、「膜」ってなんか弱そうじゃない? なので勝手に改変して、「防護壁(シュッツヴァル)」という新しい魔法を作っておいた。


俺の生み出した半透明のガラスドーム防護壁(シュッツヴァル)はオリンピオの体当たりにもジュンの居合斬りにもスタンリーのなんかヤベー魔法にも耐えた。

守りに関しては鉄壁!


ところが、ペシュティーノが何かの魔法をブツブツと唱えたらそれまで頑強だったシールドがパラパラと砂壁のように崩れ始める。


「え、え!? ペシュ、なにしたの!?」


動揺していたら、その隙にオリンピオの盾アタックでバーンと俺の作った障壁が吹き飛んでしまった。ペシュが「囲いの中には入らないように」と言ってくれた意味がわかった。

俺が中にいたら、オリンピオもジュンも思い切って攻撃できないもんね。


「え、すご……あれ、術式介入の魔法じゃない?」

「あれ宮廷魔導師でも使えるヒト少ないって聞いたことあるよ」

「普通ならアレが使えるだけで冒険者でもA級、魔導師なら宮廷行きだよね」


観覧席から解説が!


「ケイトリヒ様、術式介入の魔法は使える者は少ないですがゼロではありません。冒険者となれば体得して秘匿する者も多いでしょう。こういう術があるということを学んでください」

「たぶん僕つかえる! ペシュ、防護壁(シュッツヴァル)出して!」


「さ、先ほど考案されたばかりの魔法でしょうに……護膜(ショッツフィム)でご勘弁を」


ペシュティーノが張った護膜(ショッツフィム)のバリアは、うっすーい布、その名の通り「膜」だ。

隠された魔法陣さえ見える俺の目でしっかり見れば、術式なんて……。


「ジオール様」


「はいはーい」


パッ、と左側が真っ暗になる。あ、瞳に模様、出ちゃってました?

ジオールが隠してくれたみたい。


「あー、たぶんできる。『魔法術式(ロギックムスタ)分解散(アウフレーゼン)』」


虹色の杖を振ると、護膜(ショッツフィム)が塵のようにほどけて消えた。

ガラス張りの観客席が沸く。


「うそだろ」

「え、ケイトリヒ殿下も使えるの!?」

「あれってすごい難しい術なんだよね?」

「見ただけで使えたってこと? 本当に天才なんだ……」


むっふっふーん。

観衆がいるってこういうとき嬉しい。


「……ケイトリヒ様に限っては、既存の術式を使うよりもご自身で新しい術式を組んだほうが誤差も解釈違いも危険も少なそうですね」


呆れたようにペシュティーノが言うけれど、すごく満足そう。

ドヤ顔してムフンとお腹を反らせて、思わずノリで抱っこをせがむポーズをした。


「……子ども扱いはもう卒業でしょう?」

「褒めるときくらい、いいじゃない!」


ペシュティーノも抱っこしたかったに違いない。サッと抱き上げられて、ギュッと抱きしめられて、ストンと降ろされた。うん、満足!!


初めての魔導訓練は合計15人の味方兵士の幻影を亡き者にしてしまったけど、まあまあよくできたと思う。


それから魔導演習場が空いているときはなるべく貸切にして、学院では習うことのないかなり実践的な魔導を訓練することになった。

最初は俺の知り合いばかりだった観客も、3回めあたりから全然知らない院生や下級生も交じるようになった。


おかげで俺の皇位継承順第2位は、「天才魔導師だから」という理由で広く納得されてしまったようだ。推薦人のなかで魔力の高さを褒めたヒトは魔導学院の女校長だけだったのにね。まあそれこそが魔導学院のなかでの憧れポイントってことなんだな。



卒業も間近になった8月(デュレ)の後半。

インペリウム特別寮の専門学科「帝王学」に、特別ゲストが来るという話になった。


俺はもうそれが誰か察した。

だってさっきから黒い制服のヒトがインペリウム特別寮の学習棟にウロウロしてるのが見えたもん。


「ほ、本日の帝王学の授業で壇上に上がるのは、われら帝国の太陽、皇帝陛下のご来臨にございます!」


不慣れな教師がカチンコチンの上ずった声で高らかに言うと、見慣れた教室に皇帝陛下がノソリと入ってきた。いつも気のいい親戚のおじさん感を出してくる陛下だけど、さすが魔導学院に現れると空気が違う。

生徒も教師も全員がピシッと背筋を伸ばして起立し、皇帝陛下の「ラクにいたせ」を待っている。


「ケイトリヒ! おお〜、相変わらず小さいのぉ〜!」


俺を見つけたとたん、親戚のおじさんに早変わり。

ちょっと陛下、みんな「ラクにいたせ」待ってるから!


「ていこくのたいよーにご指導いただけるとは光栄のキワミにございます」


ツンと胸を張って冷たく返すと、すっごい不満そうな顔。もう! 皇帝陛下としての仕事を終えてから親戚のおじさん化してよね!


「皆、楽にいたせ」


教室の空気がフワッと緩む。


「もー陛下、先にそれいわないとみんなキンチョーしたままでしょー」

「ワッハッハ、すまんすまん。其方を見るとつい、な! わかるであろう、ほれ!」


両手を広げておいでポーズされると条件反射で駆け寄っちゃう子ですから!


「おー、ほっほ、軽い軽い! 其方、最近随分とやる気ではないか。とんでもない魔導を見せびらかしてラウプフォーゲルの軍事力をひけらかしていると帝都で話題だぞ」

「え、僕の魔導はラウプフォーゲルの軍事力に……なるか」


抗議しようと思ったけど、ぐうの音も出ない。


「しかしさすがだぞケイトリヒ。良い機会だ。皇位継承順第2位が身分や出自のようなものではなく実力だと示しておきたかったのだろう?」

「ぜんぜんちがいます」


来年から冒険者やりますので! その準備です!


「まあよい、今日は皇帝としてではなく組織と社会の頂点に立つ、いち首長として心構えとあるべき姿について語ろうと思う」


すごいキリッと授業に入った感じ出してるけど、おろしてもらえませんかね?


「ケイトリヒ、上に立つ者の素養には何があると思う」

「公平さですかね? 僕、お席で授業受けたいです」


「まあ待て。確かに公平さは重要だ。それ以外には何がある、そこなる黒髪の少年」


皇帝陛下はエーヴィッツ兄上を見ながら言う。エーヴィッツはチラリと俺を見て、立ち上がって少し考えながら答えた。


「……私は、特別な魅力だと思っています」

「ほう? それは面白い意見だな。具体的にはどのようなものだ?」


「特別な能力、特別な装いや外見、特別な行動、あるいはその全て。その姿を見ただけで脳裏に焼き付くほどの圧倒的な存在感。周囲を魅了してやまない存在というのは、ただそれだけで上に立つ素養であると考えます」

「ふむ、なるほどな。興味深い意見だ。私も其方の意見を支持する」


何故か、教室中の視線は皇帝陛下ではなく俺に向けられているような気がする。

いや俺の誇大妄想かもしれない。


「ではそちらの赤い髪の少年。他に何か思いつくかね」


以前、勉強会を提案してくれたプルプァ領主令息のアウレールだ。


「私が考える素養は、求心力です。ある意味さきほどエーヴィッツ殿下が仰った魅力と近いですが、もう少し限定的というか……もう少し、その人物本来が持つ意識の如何に向いているというか」

「ふむ。つまり、他者の心を掴む力と、その意思……といったところかの」


「そのとおりです! 申し訳ありません、言葉が足りず」

「いや、充分だ。さすがこの教室には、何某(なにがし)かの頂点に立とうという希望の星ばかりだ」


皇帝陛下は満足げに教室を見渡し、最後に腕の中の俺を見てニコリと笑った。

はよおろして。


「ラウプフォーゲルが長年、安定した(まつりごと)を誇る理由。それは長たる領主が臣民に期待され、その期待に応え、そして常に長たらんとしてきたからであると考える」


皇帝陛下は本来、公の場でひとつの領について言及することはできない立場だ。普段は語られない「裏の顔」が見れたようで、生徒たちは真剣な目で陛下の話を聞いている。


「議会で次期皇帝を決める制度は、初代皇帝が決めた不可侵の誓約として500年以上大きな変更なく守られてきた。これは、大きな権力を持った者に必ず降りかかる問題を解決した素晴らしい制度だと私は考えている」


そこで陛下は腕の中の俺をユサユサと揺らして見せた。

……たしかに、権力者にしても大富豪にしても、上り詰めるまで上り詰めた人物が最終的にぶち当たるものといえば後継者問題だ。

カリスマ性にあふれ、精力的に権力や富を手に入れた人物でも後継者選びで失敗する例は枚挙にいとまがないほどにある。それは異世界でも同じらしい。


「そしてここに、議会に選ばれ、数々の領主と組合(ギルド)長に教師に推薦され、さらに今上皇帝から推挙された次期皇帝候補がここにいる」


やっぱ俺の話になったか。

なんか話の流れであやしいなーと思ってたんよね。

ナンスか。また推薦ッスか。


「ケイトリヒは、精霊様から(たまわ)った帝国の恩寵ではないかと考えている」

「なにおっしゃってるんですかへいか」


「本気だぞ」

「じゅぎょうしてください」


「これが授業だ。帝位は、いずれ必ずケイトリヒの手に渡る。それは確実だ。私はその瞬間を帝国民の誰もが慶び、受け入れ、祝ってほしいと願っている」

「そ、それはしそうきょういく」


皇帝陛下、いったいどうした。


「今上皇帝が即位したときにも、度重なる貴族同士の衝突、派閥の牽制、政治的な対立など多大な苦心があった。そのおかげで皇帝として帝国をまとめ上げるためにまともな仕事ができるようになったのは即位して数年後だ。次の皇帝には、そのような苦心をしてもらいたくない」


皇帝陛下は私情を語れないという名目があるので、陛下はいまあえてこの場に立つ自分と皇帝を別人として語る。まあ、テイですが。

生徒たちは神妙な顔で皇帝陛下の話を聞いている。


「我が国は共和国のように民意で首長を選べぬ。だが、共和国の投票選出制では収賄が横行し、民のために(まつりごと)を行う代表は稀だ。国の制度はそれぞれ一長一短がある。我が国は相応の覚悟と教育を受けた者が頂点に立ち、民を導いていくことを決めた」


皇帝陛下は朗々とした声で生徒たちひとりひとりと目を合わせ、説き伏せるように話している。……話しで魅了するのも、カリスマ性のひとつ。皇帝陛下は、俺のため……いや、次世代の(まつりごと)がくだらない対立で引っ掻き回されないよう、国のために生徒たちに訴えているんだ。


「ここにいるものは領や組織、さらに外国で要職に就く希望の星。キミたちにどうかお願いだ。次世代の皇帝を……ケイトリヒを、支えてほしい」

「へ、へいか」


最初に拍手をしたのはアロイジウスだった。やがて全員がにこやかに拍手を始め、教室は未来への希望に目を輝かせる生徒たちの笑顔であふれている。


……どーしよー! これもう皇帝になっちゃうじゃん!

いや皇帝までは既定路線だ! まあいい! まあいいとしよう。


最近皇帝陛下まで俺のこと神にする気だからなー。困ったな。


「というわけで、だ。ケイトリヒ」

「ふぁ」


「期待を背負う次期皇帝として皆にその実力を示すため、ドラッケリュッヘン大陸を手に入れてきてくれよ!」

「えええ! 法国だけじゃなくて大陸ごと!?」


急に依頼の範囲が広がってませんか陛下!!


発注したあとに作業量を増やすのはケーヤクイハンだぞ!!

【お知らせ】


更新頻度変更のお知らせです。

これまで火曜、金曜と週2回更新でしたが、ちょっとプライベートがバタついているため、しばらくは週一回とさせていただきます。


◆変更タイミング:154話より。次回の更新は【2/26(水)18:00】です!


◆更新サイクル:毎週水曜18時更新


楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありません。

頻度は下がりますが物語の進行スピードはあげていく予定です。


今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。

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