第2部_1章_0152話_大陸統一、そのまえに 2
【お知らせ】
更新頻度変更のお知らせです。
これまで火曜、金曜と週2回更新でしたが、ちょっとプライベートがバタついているため、しばらくは週一回とさせていただきます。
◆頻度変更:154話より
◆更新曜日:毎週水曜18時更新
楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありません。
頻度は下がりますが物語の進行スピードはあげていく予定です。
今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。
俺が来年、冒険者として派遣される先が決まった。
今は、その計画に向けて魔導学院の卒業にむけて卒科試験。
そして皇帝陛下から秘密裏(らしい)に受けた依頼を遂行するため冒険者稼業への人員の招集、選別、調整。
さらに俺が2年間、フォーゲル商会、ユヴァフローテツから離れるための引き継ぎ、体制構築、指揮系統の整備。
それらの準備に追われていた。
主に側近が。
俺、またおみそ。
公爵令息ならこう、デンと構えてるだけで周囲が動いてくれるってのはわかってるんだけどさ。小市民の日本人出身としては、いろいろと手伝いたい気分になってくるわけで。
「ペシュ、側近がみんな忙しそうなんだけど……僕がてつだえることある?」
「ケイトリヒ様はつつがなく魔導学院を卒業できるよう、勉学に励んでいただければそれで十分な協力になります」
まあそうなんだけどさ。
「それよりケイトリヒ様、オリンピオからの陳情をお読みになりましたか?」
「あ、うん? そういえばお手紙もらった」
「大事な内容ですので、きちんと目を通して検討なさってください。冒険者となるうえで重要事項ですので、私からもお願いします」
「えっそうなの」
無言のオリンピオから受け取ったお手紙は、どうせまた魔導騎士隊の入隊式典開催のお願いなんじゃないかと思って放っておいてしまった。
寝る前にパジャマ姿でお手紙を開いてみたところ、内容はやっぱり魔導騎士隊の式典開催のお願いだった。
……これが、冒険者となるうえで重要事項?
改めてちゃんと内容をきちんと読むと、「階級制度の整備が速やかに必要」とか「準側近となる護衛部隊の設立」とかけっこう具体的に提案してくれている。
私設軍となる魔導騎士隊の扱いについては、前世で全く知識のない分野だったので「全部承認するから勝手にやってくれ」という気分だったんだけど。
さすがにそうも言えなくなってきた。
というのも、魔導騎士隊の隊員は、公共放送での公開募集を打ち切った今でも希望者は絶えることはなく、今や4000人に届こうとしている。
もともと8割がすでにどこかの領地の騎士だったり、治安維持軍だったり、アンデッド討伐隊だったりと経験豊富な精鋭ばかり。彼らに高速移動のトリューを持つ魔導騎士隊に入ってもらうことで、その高い能力を帝国内全土ではっきしてもらおう! というコンセプトだ。
つまり私設軍で重要になる、規律を重視させることや基本的な防衛の観点を徹底させる、みたいな初歩的な指導や育成を行う必要のない即戦力が集まってるということ。
トリューさえ乗れるようになれば、必要最低限の命令だけで確実に任務を遂行してくれるエリート中のエリートばかりだ。
しかし、そんな精鋭ももう4000人となれば、少数とは言えない。
それぞれ戦闘職として違った出自をもち、当然、ちょっとずつ常識も違う。
ハービヒトの騎士隊では常識だった訓練も、ヴァイスヒルシュ騎士隊出身者からすると異常と言われるし、帝都では定石といわれている戦法もラウプフォーゲルに来れば古臭い前時代的なものと笑われる。
そんなこんなで、まだ問題にこそなっていないものの水面下では不満やいらだちみたいなものがくすぶっているようだ、というのがオリンピオの見立て。
早急に、「元・帝都アンデッド討伐隊」とか「元・ラウプフォーゲル騎士隊」という呼称から離れさせ、新しい環境をつくって隊全体の団結力を持たせなければならない。
と、いう切実な陳情が、オリンピオの手紙には書かれていた。言葉は丁寧で俺を責めるようなニュアンスはないけれど、これは完全に放置していた俺のせいで起こったことで、俺に収拾をつける責任がある。
増員した魔導騎士隊に新しい主を知らしめ、認めさせ、誓いを立て、団結を促すのは元帥である俺の役目。
寝る準備バッチリだった状態だけど、急いでオリンピオの自室に走る。
不寝番の魔導騎士隊が俺のポテポテ走行についてきて、俺の突飛な行動をペシュティーノに報告しているようだ。今は構ってられない。
「オリンピオ、オリンピオ!」
個室のドアをちっちゃな拳でガンガン叩くと、やや間をおいてオリンピオが出てきた。
私服姿を見るの久しぶりで、新鮮。
「け、ケイトリヒ様? こんな夜遅くにどうなさいました」
「僕ね、あやまりたくて! 魔導騎士隊は僕の名のもとに集められた精鋭なのに、軍のことわからなすぎて。ほったらかしてごめん!」
「そのような! ああ、なんということですか、裸足で廊下を? さあ、こちらへ」
オリンピオが片手を差し出してきたので、俺はそこにちょいと尻をのせる。
一応、昔より成長したけど巨人じみたオリンピオにとっては誤差。まだまだ片方の手のひらに座れるサイズです。
「寝室に戻りましょう」
「いまはなしたい! 魔導騎士隊の階級分けについてだけどね、僕はあまり詳しくなくて、でもオリンピオがていあんしてくれた内容であれば」
「ケイトリヒ様、落ち着いて。今はもう深夜です。話をするにしても相談するにしても、私一人では不足でしょう。お時間のあるときに、マリウスを交えて話し合いましょう」
「うん……うん。でも僕、ほったらかしてたのがもうしわけなくて」
「……」
「オリンピオ、おこってる?」
「いえ、怒ってなど。ただ、ケイトリヒ様は学業に事業にお忙しいのだと思い、あまり強く進言してこなかった私こそ、言葉が足りなかったと反省しておりました」
「ンッ、あっ? そ、そう?」
しまった、ほったらかしてたと正直に言ったのはまずかったかな。
でも事実だししょうがない。
「オリンピオのていげんどおり、階級と入隊式についてきちんと決めよ! なるべくすぐに、はやく、いそいで!」
「……ありがとう存じます」
オリンピオは目を細めて岩みたいな手のひらで俺の背中をそっと撫でる。
硬いけどあったかくて、優しい触れ方だ。
「ケイトリヒ様、どうなさったのです」
ペシュティーノがかけつけた。
「魔導騎士隊の階級整備と入隊式について考えるお時間をいただけるという件を、私に伝えに来てくださっただけのようです」
「おおむねそう」
「……放っておいたことが心苦しくなって駆けつけたのでしょう?」
「ングッ」
「まあ、ペシュティーノ、皆までいわずとも」
「まったく、気乗りしないことを後回しにするクセはどうにかしなければなりませんね」
ペシュティーノがその後も自室に戻るまでずっとくどくどとお小言を言ってくるので、オリンピオのむっきむきの胸筋にほっぺをくっつけてたらそのうち寝ちゃってた。
後日。
俺の授業に余裕がある日に魔導騎士隊の暫定幹部数名とオリンピオ、ジュンとシャルルを交えて軍内の階級制度の制定と入隊式、そのほか細々した案件についてガッチリみっちり話し合った。
すでにオリンピオと魔導騎士隊で詰めた草案がたたき台としてあったので、そこから側近の現場の声であるジュンと、組織運営に詳しいシャルルがあーでもないこーでもないと意見を出し合ってだいぶいい形になったんじゃないかと思う。
ただ……。
「入隊式は現在簡易的に行われているもので続けましょう。その代わり、ケイトリヒ様の準側近となる親衛隊の指名式は、ケイトリヒ様の権威と威光を示す大々的な場とし、その式典に参加できる栄誉を渇望するほどに求めるものにすべきです」
シャルルの案。
「いや、大事なのは入隊式だろ! 自分の所属が変わったこと、忠誠を捧げる相手が誰であるかを最初からみっちり叩き込んでねぇから、今の混乱があるんじゃねえか」
ジュンの意見。
これは……どちらも一理あって判断に悩むな。
親衛隊の設立はすでにほぼ決定している。今でも暫定隊長のマリウス、イェルク、ガントにケリオンなど、名前と顔が一致する隊員は暫定的に親衛隊として主に俺の警護を担当。
だが、適性を考えるとやはり見直したほうがいいというのがマリウスの意見。
初期メンバーだからという理由でだくだくと俺の警護を担当していたが、イェルクなどは本来はアンデッド討伐隊として各地を飛び回りたいという志望動機で隊に入った。
もちろん命令に従うのは兵士として当然のことなので不満を言ったことはないようだが、やはりある程度適性や本人のキャリア志向には沿ったほうがみんな幸せだろう。
そして今、全ての隊員が必ず通過する「入隊式」と、選ばれし者だけが参加できる「親衛隊指名式」のふたつ、どちらに俺を実際に出席させるかで揉めている。
ちなみにどちらも出席するというのはナシだ。
オリンピオがその意見をボソリと口にしたとき、ジュンとシャルルどちらも若干キレぎみに「それはダメ!」となった。
あんまりしょっちゅう式典やると俺の威厳ガーとかいう理由だ。
なんか怒られたみたいになって、オリンピオ、かわいそう。
揉めてるのをさっさと収拾つけたくて俺も同じことを言いそうになったけど、身代わりになってくれてありがとうオリンピオ。
さらに俺が出席するからには、と精霊たちも威厳を演出する件についてノリノリである。
このノリは怖いぞ。どうなる、式典。
「どちらも納得のいく理由ですので、こういうのはいかがです? 入隊式は、殿下の大きな肖像画を戴き、そちらに忠誠を誓ってもらう。そして、親衛隊指名式は指名される者以外の全隊員を集めたうえで、殿下の御手で直接、名誉を授けられるところを見守ってもらうのです」
さすが暫定とはいえ魔導騎士隊をこれまでまとめ上げてきたマリウス。年の功!
しかし、なんか肖像画に忠誠……って絵面を想像したとき、北の独裁者を思い浮かべてちょっとヤだなという気分が湧いたけど、それはさすがにこの場では言えない感情論だ。
「んー……まあ、それなら、俺が心配してる点は解決、か。まあ確かに、まだ忠誠心の薄い新入隊員の前に王子が出るのを恒例式典にすんのは、ちと心配だもんな」
ジュンが渋々納得する。
「ケイトリヒ様の神々しいお姿を見ること自体に価値を持たせたいと思っておりましたが……しかし、指名式の式典を全員参加にすれば、指名される名誉への憧れを刺激でき、隊員たちの意欲につながることでしょう。良い案です!」
シャルルも賛成。
階級制度と式典の内容が固まるまで、会議は俺の予定に合わせて何度も開かれた。
白熱する会議だったが、俺は意見を求められたら返事するだけ。
ほとんど聞いてるだけの時間だったけど、興味深い内容だったのでウトウトすることもなく進み、7月に入る前にはほぼ決定。
記念すべき第一回となる入隊式と親衛隊指名式は、魔導学院を卒業してユヴァフローテツに戻る9月に開催するはこびとなる。
その頃には、俺の卒科試験は8割修了していた。
インペリウム特別寮にだけ受講が許される特別授業「帝王学」と「治世学」と「内政学」
の3つだけは早期修了ができない学科なので、それ以外はのこり2教科を残すのみ。
ファイフレーヴレ第1寮の「魔導学:対アンデッド」と、アクエウォーテルネ寮の「技術:工学」。
後者の「技術:工学」については単純に、3年生になって習い始めたばかりの科目であることと、修了までに必要なコマ数がギリギリ3年生内にパンパンに詰まってるので、おそらく卒科試験は9月に食い込むだろうという見通し。
しかし、ファイフレーヴレ第1寮の「魔導学:対アンデッド」については……。
「また、サディアス・フィンガー教諭から魔導学の補講の案内が届きました」
卒業に向けて時間割を綿密に組み立てているビューローが、ものすごく不愉快そうにそうペシュティーノに相談している。いつも飄々としてるビューローをここまでイラつかせる補講案内とはなんぞ?
「補講しないといけないの?」
「……いえ、ケイトリヒ殿下はカテゴリエ7のアンデッド群を討滅した功労者。今さら、机上の空論でしかない対アンデッド魔導学の補講など必要ないのですよ」
「むしろケイトリヒ様がこの学科で教鞭をとってもおかしくないでしょう。なにせカテゴリエ7のアンデッド討滅を被害なしで成し遂げたのは史上でも類を見ないほどの偉業でございますゆえ」
「えちょっとそれは勘弁」
冒険者になったり皇帝になったり、ちょっと忙しいんで教師なんてやってらんない。
「しかも現行の対アンデッド魔導学は、帝国魔導士隊が監修した教本で進められているのです」
「年に2回、しかも帝都から近いカテゴリエ2、3の討伐経験しかない帝国魔導士隊が、ケイトリヒ様に何を教えるというのか。ハッ」
ペシュティーノが荒れてます。ビューローもイライラしてるっぽい。
「えーと、つまり帝国魔導士隊からのイヤガラセ?」
「「そのとおりです」」
なんか和音でカブッた。
「じゃあべつに卒科しなくていいんじゃない」
「しかし、対アンデッド魔導学は魔導学院の花形で、卒科生には一定の優遇が……あるのですが、そうですね。ケイトリヒ殿下にはとんと関係ございませんね」
「優遇というのは、帝国魔導士隊に優先的に入隊できるという意味のないものでしょう? 今ではケイトリヒ様だけでなく、一般の生徒にとっても今となっては価値のない『優遇』です」
「もはや僕が卒科しないことで息の根を止めそう」
「「そうですね」」
またカブッた。
その夜、3人中3人という全会一致で「魔導学:対アンデッド」の科目は「履修中止」として卒科しないことにした。
そしたら翌日、案の定サディアス・フィンガー教諭から読む気が失せるような抗議文が届いた。まあ、要約すると「この科目を受けないなんて信じられない暴挙」みたいな抗議がメインで、ものすごくご丁寧な言葉遣いの湾曲表現でこちらを責め立てまくってる。
最初の2行でちゃんと読むのをやめて、ナナメ読み。
フォーゲル商会から絶賛発売中の「上質紙」に5ミリくらいのすんごいちっちゃい文字でめちゃくちゃビッシリ書かれてるんだもん。お手紙開いたときにゾッとしたよね。
ビッシリすぎて若干キモみある。
紙を大事に使ってくれてるのは良いことだけど、見た目で引く。
ガノに読ませたら、すっごいニヤニヤしだした。
「ケイトリヒ様、私に代筆をお任せいただければお望みの方向へ誘導してみせます」
1、挑発して怒らせ、不敬を誘発してサディアス・フィンガー教諭個人を退職へ
2、帝国魔導士隊の形骸化を正式に議会にかけて解体へ
3、2のついでに帝国魔導士隊でかつて甘い汁を吸いまくっていたヒルデベルト傘下の貴族たちまで手を広げて貴族生命を絶たせる
4、「魔導学:対アンデッド」の教本を魔導騎士隊監修に変更する。今よりもっと無力化する帝国魔導士隊の扱いは成り行きに任せる
「……3はやりすぎなきがする」
「では1と2くらいまでで?」
「べつにフィンガー先生に恨みはないし、自滅してもおもしろくないから4で」
「おもしろくないですか? 私は愉快ですが」
ガノってたまにドス黒い。
「武士道はね、戦いにそなえつつ、そもそも敵を作らないっていうのが肝要なのだよ」
「ケイトリヒ様にその気がなくても勝手に敵視してくる愚か者もおりますよ」
「だからってわざわざ恨みをもたせることもないでしょ」
「残念です」
ドス黒いだけじゃなかった。こりゃ愉快犯っぽいところもある。困ったね。
「ガノ、お金儲けのことだけかんがえてて……」
「権力者のお金を動かしていると、思わぬところで社会や組織の攻めドコロみたいなものが見えてくるのですよ。つついてみたくなるなる心情はわかるでしょう?」
わからんでもないけれども。
フィンガー先生の補講については受ける意味がほぼない。カテゴリエ7のアンデッド討滅に成功した俺だけの話じゃなく、今となっては他の一般生徒にとってもあまり価値のない学科になってしまった。
こうなったらもう学科そのもの、つまり学院より更に上から学習指導要領を改定させるのが大人のスマートな抗議のやりかただ。うん。
決して皇位継承順第2位という高い身分で好き勝手やってるわけじゃないんだぞっ。
たかだかいち教師のフィンガー先生をやりこめたところで、ペシュティーノとビューローの気分が良くなる以外はあまりポジティブなことが無いからね。
と、思ったんだけど。
予想外の方向から予想外の展開になった。
「ケイトリヒ様、サディアス・フィンガーが魔導騎士隊へ研究員としての入隊を希望しております」
「へっ?」
8月になり、毎日の授業のコマ数に余裕のある俺はこのところクラブ活動なるものに勤しんでいた。その名も「ナハティガル研究室」。
俺が5月から新設の申請を出していた、魔法陣と魔道具と素材を自主的に研究する研究室だ。
アクエウォーテルネ寮にも似たようなクラブ活動はあるのだが、俺の研究室は「国益になる」をテーマにした研究であることが大前提。いま魔導学院で乱立している研究チームを開き直って集めてしまえ、というのが発端だ。
フォーゲル商会が後援する研究室で……という説明はまあいい。
ともかく、俺が描画装置の操作方法を新しい生徒に説明していたところにパトリックが雑談っぽくぶっこんできた。
なんでパトリックかって?
この研究室の代表は俺だが、その代理をパトリックにしたからだ。
学院の卒業生で俺の側近、さらに前世でいうところの教員免許的なものを持っているパトリックは学院内での活動の代表にするのにぴったりだったというわけ。
なんで教員免許なんて取ったんだろう。まあそこはいいや。
「フィンガー先生が、魔導騎士隊に? けんきゅういんって?」
「とんでもない話だと思ったでしょうが、意外にもオリンピオ様は肯定的なんですよ。研究対象がアンデッドだからというのもあるでしょうが」
アンデッド研究。
この世界でも注目度の高い研究内容だが、その割に研究者が少ないことでも有名だった。
なにせ研究対象であるアンデッドは、解析するどころか近づくことすらムズい。
アンデッドは発見次第すぐに討伐されて徹底的に灰になるまで焼かれるし、現場に同行する研究者は討伐隊と同等の危険にさらされる。
難易度、危険度ともにトップクラスでありながら需要は高い。
おかげで一度もアンデッドを見たことはないのに研究書類だけを見て想像と妄想で研究する「自称アンデッド研究者」による論文発表がとっても盛んだ。
「フィンガー先生は、アンデッド研究をやりたくて魔導騎士隊に?」
「そのようですね。意外なことに精霊様も肯定的でした」
俺にイヤガラセしてきたひとが?
5ミリの文字をA4サイズの紙にビッシリ書くひとが?
うーん、くわしく。
と、説明を求めたら、夜に本人が分寮に来た。
パトリックが呼んだらしい。
応接間で行儀よく待っていたフィンガー先生は相変わらずヒトを見下すように顎をあげて座っていたけれど、俺を見つけるとすぐに堅苦しい文官の礼で挨拶する。
……あまりいい印象のない先生だったけど、さすがは教師。礼儀作法は完璧。
「せつめいのためにきてくださったんですか?」
「……はい。私の要求が通る可能性を高めるためには、私自身が心からの言葉で直接お話すべきであると考えました」
先生は立ったまま礼儀正しく俺が座るのを待つ。
ぽてぽて歩いてスタンリーに抱っこされて座ると、先生は突然土下座した。
突然。なにこの展開。
「ラウプフォーゲル公爵令息、ならびに皇位継承順第2位のケイトリヒ王子殿下に、まずはこれまでの非礼を心より謝罪させていただきたく存じます」
「う、うん。謝罪をうけいれます。では、せつめいを」
フィンガー先生は俺に促されて立つと、ソファに座り直して淡々と説明を始めた。
言い回しが執拗なくらい丁寧だったので途中で眠くなりそうだったけど、要約するとこうだ。
まず、フィンガー家はその昔、帝国魔導士隊の前身である私設のアンデッド討伐隊の発起人の一族であり、アンデッドから帝都を守る重責を担っていた。
フィンガー先生の家にはアンデッドに関する研究書類がたくさんあり、連綿と続くアンデッドとの戦いにおける実体験の記録や所見、討伐で実際に実践した戦法やその効果の記録など貴重なものがたくさんあったそうだ。
だが30年ほど前に帝都付近で起こったアンデッド大発生で甚大な被害が出たことで責任追求され、フィンガー家は没落した。
その事件で権威を失ってしまったアンデッド討伐隊を帝国魔導士隊として再構築したのがヒルデベルトというわけだ。まあその実態はごぞんじのとおり。
アンデッド大発生の責任なんて誰も取れないはずなのに、どうしてフィンガー家が槍玉にあがったのか謎だけど、そのへんは帝都の政治絡みもあるのかもしれない。
ともかく先生はフィンガー先生は少年時代、苦しい思いをさせられたそうだ。
「フィンガー家が集めてきた研究書類は、帝国魔導士隊となった討伐隊に接収され、所在不明です。しかし、私の頭の中には全て入っています」
フィンガー先生は、アンデッド討伐に並々ならぬ情熱を傾けている。
それはよく伝わった。
「私は、知るべきことに対し無頓着でした。ラウプフォーゲルは大きな兵力を持ちながらその力を帝都を守ることに使わず、自領の周辺のアンデッドばかりを討伐していると聞いていたのです」
ラウプフォーゲルが傭兵業で稼いでいることは帝国民ならば誰もが知る事実だが、実際にどれくらいの兵士がどの領にどうやって派遣されているかまで知る者は少ない。
この点はフィンガー先生を責められないかな。
俺は領主の息子だから知ってるけど、帝国に存在するアンデッド討伐隊のなかで、多いところは6割ラウプフォーゲル兵が混じっている隊もある。だが、それを大々的に公表してしまえば「領を守る能力がない」と言われかねないので伏せていることがほとんど。
討伐隊、騎士隊、私軍とあらゆる戦闘集団にラウプフォーゲル兵はいるのに、だ。
「帝国魔導士隊が再び形骸化し……魔導騎士隊の活躍を知った私は、いてもたってもいられませんでした。幼い頃からフィンガー家に生まれた者の使命として、アンデッドを殲滅するという夢を叶えたいのです。王子殿下が同じお気持ちと知り、無礼を承知のうえで研究員としての入隊を希望した次第にございます」
フィンガー先生は、感極まって声が震えていた。
キュアによると、フィンガー先生がファイフレーヴレ第1寮で帝国魔導士隊からの介入を受け入れていた理由は「それがアンデッド殲滅への近道だと信じ切っていたから」らしい。
影響力のあり、寄付金を集められる貴族令息がこぞって帝国魔導士隊に入れば運営費に余裕ができ、入隊希望者も増える。
そう信じていたはずが、帝国魔導士隊は腐敗の温床となりアンデッドの討伐などしていなかった。
フィンガー先生が描いていた帝国魔導士隊への想像は全て間違っていたけれど、思い描いた理想をそのまま現実にしたような魔導騎士隊が現れた。
まあ、そういう理由で再びアンデッド研究がしたい、となったそうな。
それに、魔導騎士隊のトリューがあれば危険地帯への同行もずっと簡単になる。
「たしかにあれだけの熱意と動機を持つアンデッド研究者は貴重かも」
フィンガー先生との面会を終え、スタンリーとお風呂に入りながら考えていると精霊たちも同意してきた。
「ちょーっと研究者としては思い込みが激しいところが良くないトコだけど、それでも彼の言ってた『フィンガー家が集めたアンデッド情報』は得難いものだとおもうんだよね。実は竜脈にもアンデッドの情報は、そう多くないんだー」
「アンデッドが謎の存在であることは、昔と今とそう変わりませんからね。それに、あの者からは主が手にした……ディングフェルガーやアヒムと同じような気配がします」
ジオールとウィオラが俺の横でチャプチャプしながら言う。
なんか。
いくら相手が精霊とはいえ、俺すっぽんぽんで横に普通の服着たその2人がいるの気まずいんですけど。
「……なるほど、研究バカですね?」
スタンリーがまとめると、ジオールとウィオラも頷く。
つまるところ、社会性ゼロで俺向きの人材ってことね。
うーん、採用!!