第2部_1章_0151話_大陸統一、そのまえに 1
【お知らせ】
更新頻度変更のお知らせです。
これまで火曜、金曜と週2回更新でしたが、ちょっとプライベートがバタついているため、しばらくは週一回とさせていただきます。
◆変更タイミング:154話より
◆更新サイクル:毎週水曜18時更新
楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ありません。
頻度は下がりますが物語の進行スピードはあげていく予定です。
今後とも本作をよろしくお願い申し上げます。
皇帝陛下が発表する皇位継承順位は、すでに8位まで呼び上げられた。
ちなみにパッツィーク領主令息ドミニクは、19位。
10歳では異例の順位、とドミニクの側近たちが喜んでいるのが聞こえてきた。
そして、カスパーはまだ呼ばれていない。
おそらく20位以下なんだろう。
どんなに豪商の息子でも、平民で10歳の段階で20位以内に入ることは歴史上ない。なんなら50位以内もほとんどない。なにせ皇位継承順位で問われるのは主に個人の資質なので、10歳の商人が目に見えた功績などあげられるはずもないから。
だが、高い皇位継承順位を持つ平民のほとんどは商人だ。
登録さえしておけば、いざ国益になる功績をあげたときには一気に順位が上がる。ダークホース的な存在が商人の順位所持者だという話を、後からシャルルに聞いた。
「6位は、プルプァ領レリック男爵……」
皇帝陛下の読み上げは続いている。
俺の名前も、まだ出ていない。
20位以下……なわけないよね。下馬評では低くても10位以内だったんだもん。
6位が発表されたってことは次? 次じゃない?
「5位、帝都所属、グランダー侯爵家ハミル」
んあー! 5位でもない!
次か! 次だね!
「……4位、ラングレー公爵家ヒルデベルト」
「えっ」
俺がつい声を上げたのを、父上がそっとたしなめてきた。
これ、全国放送されてるんだった……。
いやまって。
4位も違うって。まさかまさか、まさかね?
「3位、ファーリドゥン商会頭目ファルチェシカ・ユゴー」
ちょっとまって! まってまって! 俺まだ皇帝とかなりたくないから!
「2位、ラウプフォーゲル公爵家、ケイトリヒ」
んああああ!!
「んあああ」
ガクリと膝のチカラが抜けてその場に崩れ落ちてしまった。
2位……2位!?
高 す ぎ る や ろ ! !
「1位は、ゾーヤボーネ領クヌート・ジンメル。以上で発表を終わる」
あー! 文官のジンメルさんね! カイゼル髭のジンメルさん!
妥当だよね、首相の秘書みたいなことやってるわけだし!
しかし俺! いきなり俺!! 10歳の子ども、見た目4歳児!!
おかしいだろ!
えまって。ジンメルさん、経緯継承順位が消滅する40歳より下ってこと……?
み、みえない。
ってそうじゃなくてー!!
「おめでとう、ケイトリヒ」
「やだぁぁぁ」
「ぬお! 何故泣いている! やだとはどういうことだ!?」
発表を終えた皇帝陛下が父上に祝いの言葉をさずけに来たみたいだけど、俺としてはそれどころじゃない。ジンメルさん40歳以下とはいえ、絶対30台後半じゃん!
もう数年で俺、1位になっちゃう! そしたら晴れて皇太子だよ!!
いやすぎるーー!!
「なんでっ、なんで2位!? 15位くらいできらくに冒険者やりたかったのに!」
「馬鹿を言うな、ケイトリヒ。いくらなんでも15位はムリがある」
「そうだぞ、ケイトリヒ。むしろ冒険者をやることが予定に入っているからこそ、今年は2位で済んだようなものだ」
え、配慮? 配慮で2位? ほんとは1位?
まじでこの大人たち俺を皇帝にさせたすぎん!?
「うぅ……まあいいや。ヤダけど決まったもんはしょーがないし」
ぴょい、と立ち上がってぱんぱんと膝を払って、ぶーたれた顔をぐい、と上げると周囲の大人たちが爆笑した。……俺の悲壮な決意を笑うとは、なにごとだ?
「こーてーへーかのせいだからね! 僕はまだしばらくのこされた選択肢を迷いたかったのに……」
「そうかそうか、うむ、しかし決まったもんはしょうがないんだな?」
「異議申し立てするとか、あるんですか」
「いや、順位を下げるには継承順位の授与そのものを辞退するほかない。あれだけ推薦人がいたのだ、まさか全てナシにするつもりはないだろう?」
「んむむ……じゃあやっぱりしょうがない」
「グフッ、そうだなケイトリヒ」
なんか父上と皇帝陛下がめっちゃ笑ってる!
なんなのさ、もう!
もーかえる!
――――――――――――
「国境警備隊の情報員から報告が入りました。ラウプフォーゲル公爵令息の皇位継承順位は、2位だそうです」
「……あれぇ。1位は?」
「今上皇帝陛下の筆頭文官、クヌート・ジンメル子爵です」
「あ〜……あれ? あのヒトって40歳超えてなかった?」
「次期領主指名された子息にも皇位継承順位を与えるという法改正と同時に、継承順位失効の年齢を45歳に引き上げましたよ。どういうわけか前者よりも随分と記憶に残ってない者が多いようですが」
「へー、あー、うん、僕もそのひとりだね。やっぱり次期領主も順位つく、って話が衝撃的すぎたからかな? ……ふゥん、まあ筆頭文官ならつなぎとしては妥当かー。ま、御子はまだ幼いもんねぇ」
精霊教では「夜の礼拝」と呼ばれる簡単な清めの儀式は、礼拝堂の中で燃え盛る火鉢に精霊水を指先で少しずつ撒くもの。グルシエル筆頭司教と呼ばれる男がその儀式をやると、焚き木にいたずらに水を撒いている子どもの仕草のように思えてならない。
なにか小難しい呪文を唱えるわけでもなく、祈りを捧げるわけでもなく、精霊水の入ったゴブレットに雑に指先をつっこんでピンピンと指をはねて水を掛ける。
だが、火鉢から上がる微精霊の多さは他の司教とは桁違い。
「相変わらず、素晴らしい礼拝です」
「まあねェ。でも、僕なら当然というか、普通というか」
「グルシエル筆頭司教の精霊との親和性は、かねてより評判がございますからね」
「いやぁ、そーじゃなくてさ。僕、ハイエルフだから」
「……は?」
「ハイエルフ。はーいーえーるーふ。わかる?」
「そ、それは……ほ、ほ、本当なのですか!? せ、精霊と語り合い、竜脈を読むと言われるハイエルフ様が、まさかヒトの精霊教に……」
「あーそれどっちも微妙にウソ。ほーんと、ヒトの伝承ってアテになんないよねェ。ね、内緒にしててね? なんとなくポロッと言っちゃったけど、あんまり騒がれても面倒だからさァ」
「は、はい! 言の葉の精霊に誓って口外いたしません!」
「ん」
報告してくれた僧兵は、興奮に頬を赤らめながら去っていった。
「……人選を間違えたかな。多少広めてもらわないと困るんだけどな」
「正体を明かすことにしたのか、預言者?」
「やあやあ、よくぞ来てくれたね執行者! ここへはヒトの移動手段で〜?」
礼拝堂の奥、精霊を表す6つのシンボルの背面からヌルリと這い出るように現れた人物。
司教でも僧兵でもない、目元まで完全に覆う頭巾と体にピッタリと張り付くような服装は共和国では目立つ服装だろう。
もしも異世界人が見たら「忍者!」と叫びそうな出で立ちだ。
「……いや、ワイバーンの渡りに同行した」
「ははは、どうりで早かったわけだァ! 頼んだ件はどぉなってる?」
「……問題ない。使徒のほうは順調なのか」
「このまえ交感したよ! やる?」
「結構だ。お前との交感は相性が悪すぎて不調をきたす」
「えーつめたァい」
「貴様、なんなんだその喋り方は」
「へへ〜、なんかラクすぎてクセになっちったぁ」
顔はほぼ布に覆われていて見えないが、黒ずくめの男は明らかにグルシエルに対して呆れていた。
「ともあれ、精霊教には勘のいい人間もエルフも多くいる。露呈しないようにするのは貴様の役回りだからな、上手くやれよ」
「はいよー」
「グルシエル筆頭司教?」
子ども特有の甲高い声が響く礼拝堂から、黒い影がフッと煙のように消え去った。
「どなたかとお話されてたのですか?」
「いや? 夜の礼拝をしながら、明日の説教の練習をちょっとね。ちょっと声色を変えて落ち着いた感じにしてみようとおもったんだけど……うまくいかないなぁ」
粗末なランタンをもって現れた見習いの少年に、おどけるように笑う。
「そうだったんですね。グルシエル筆頭司教の説教は難しい言葉を使わないのでわかりやすいと子どもやお年寄りから評判ですよ。差し出口ですが、変えないでもらえると僕も嬉しいです」
「そう? 嬉しいなあ、じゃあ今まで通りでいいやー!」
面倒になったグルシエルが、ゴブレットの中身を思い切り火鉢にくべるとブワッと炎が燃え上がり、赤、青、紫に黄色といったカラフルな微精霊が撒き散らされた。
「わあ、すごい! グルシエル様の『火熾しの儀』はやはり格別ですね!」
「……そう? ありがとー!」
自身がハイエルフであるという噂を広げる人員にこの子を加えようか、とグルシエルは思案したが、さすがに子どもを頭数に入れるのはわざとらしい、と思い直した。
――――――――――――
「だいたいさ、推薦人って僕のことちゃんと知ってる近しいヒトがえらばれるんじゃないの? 僕が顔も見たこともないヒトもいっぱいいたんだよ? あれ本当に推薦として受け入れていいの?」
「ケイトリヒ様がたてた功績で生活が助かったとなればケイトリヒ様に皇帝になってもらいたいとおもうのは自然でしょう」
「組合長は政界からも経済からも信頼篤い人物ばかりです。下手な領主の推薦よりも信頼度は高いですよ」
帝都からの帰り、父上とラウプフォーゲルまで一緒に帰ったあとに別れて魔導学院まで転移魔法陣で戻る道のり。
父上は城で一泊でもしたらどうかと勧めてきたけど使用人も兄も全員魔導学院にいるし、明日の授業のこともあるので丁重に断って、来たときと同じように帰る。
その道すがら今日の経緯継承順位審議会についてブーブーと愚痴を言い続けていたのだが、同席しているペシュティーノとガノにことごとく論破される。
「じゃあ、えっと、えっと皇帝陛下が推薦人になるのおかしくない!?」
「いえ、今上皇帝陛下は今まで一度も皇位継承順位の推薦人になったことがありませんので、通例としてはごく普通です」
「そういう法律があるわけではなく慣例なのですが、皇帝は在位中にひとりだけ皇位継承順位者の推薦人になることができるのですよ」
「んぎぎぎ」
「そもそもの話になりますが……あの場で異議を唱えられなかった時点でケイトリヒ様の継承順位は審議会に委ねられるのです」
「そうですね」
10歳の子にそんなことできるとおもう!? いや俺ならできたか!
それに、6歳の頃に宮廷魔導師に連れて行かれるかも事件があったときも、本人がすごく嫌がれば免除されるみたいなこと言われた!
帝国って、意外と子どものイヤイヤには寛容な国だった!
「もしかして、あの場で皇位継承順位のじゅよを辞退するってなったらできてた!?」
「もちろんです。が、ご存知だったとしてもなさらなかったでしょう?」
「ケイトリヒ様は、皇位継承順位がつくこと自体はもう受け入れられてらっしゃいましたよね。御館様のご意向を無視して辞退するつもりは無かったのですから、今さらどうこう仰っても意味はありませんよ」
ぐぬぬ。
「それでもブーブー言いたいじゃん! 愚痴を論破しないでよ!」
「なるほど、文句を言いたいだけということですか」
「仕方ありませんね、ではこの浮馬車の中でだけ思いっきり愚痴ってください。ただ、分寮に戻られたらその愚痴は封印なさってくださいね」
そして魔導学院に戻った瞬間。
ラウプフォーゲルの転移魔法陣に乗って学院のはずれに転移、それから分寮に向かう道には多くの生徒がたむろして「ケイトリヒ殿下皇位継承順第2位おめでとうございます」というでっかい垂れ幕を持って迎え入れてくれた。うせやろ。
「ケイトリヒ殿下、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「アクエウォーテルネ寮一同、心よりお慶び申し上げます!!」
……うせやろ。
浮馬車は外から姿が見えない仕様なのに、すっごい手振ってくる。
すっごい拍手してるし、なんだか本気で祝ってくれてるっぽい。
タイの色を見る限り、寮に偏りはないみたいだ。将来の高官となるグラトンソイルデ寮も技術者となるアクエウォーテルネ寮も、商人の卵であるウィンディシュトロム寮も魔導師となるファイフレーヴレ寮も、皆俺の継承順第2位を自分のことのように喜んでくれている……ように見える。とくに団結してるのはアクエウォーテルネ寮。
やっぱ第2寮に選んだから、親近感があるのかな。
「な、なんでこんなに」
「同じ学校の同じ世代から皇帝が生まれるかもしれないと思えば在校生が浮かれるのは当然でしょう」
「これからの交友関係は慎重にならなければいけませんよ。……といっても、護衛がいるので今まで通りで構いませんが」
そっか……同じ高校からメジャーリーグに抜擢されたみたいな感じか……と、ちょっと現実逃避じみた想像したけどどう考えても違うよな。規模が。
こんなに魔導学院の生徒たちが喜んでくれるとは想像もしていなかったので、ほんのちょっとだけだけど、気分がアガった。そのときは。
「ケイトリヒ、なんだよあの膝から崩れ落ちたの!」
「あれは面白かった……皇帝陛下が慌てていたじゃないか。あんなに叫ぶなんて、大物というかなんというか」
「ほんとに15位くらいになれると思ってたの? ケイトリヒは変なところで読みが甘いよね」
クラレンツとアロイジウスとエーヴィッツが迎え入れてくれたファッシュ分寮で、思いがけない事実を知った。
「え……ええ、あ、あ、あのばめん、生配信されてたの!?」
ひどい、ひどるすぎる! しょ、ショーゾーケンの侵害だー!
くっ!
公共放送の利用規定に、映像倫理について改めてみっちり定めたる!
経緯継承順位の発表は生配信だったからもう取り返しはつかないけど。
その日の夕食会では俺がスネ散らかしたので兄上たちのからかいはなくなったけど、また明日の授業が憂鬱だよ……。
しかし、結果的に俺の心配は杞憂に終わった。
魔導学院の生徒たちはすでに俺の立場というか扱いを心得ていた。遠目に祝辞を伝えてくれる生徒はいても兄上のように不躾にからかうような子はいないのだ。
まあ先日に不敬で斬首された生徒がおりますからね。
当然と言えば当然なんだけど。
帝王学の授業で一緒になったダニエルとファリエルがやたらとかしこまった祝辞をくれたくらい。中立領の子息たちも表面上は手放しで祝ってくれたし、俺の投資先である王国の大領主子息たちも改めて俺の存在感を実感してくれたみたい。
魔導学院の生徒は品行方正だ。
キュアの「彼らが本当はどう思ってるかお知りになりたいですか?」という声はスルー。
どうせこんなナリだし、順位を嫌がっちゃった姿が生配信されてしまった手前もあるし、批判もあるだろう。聞きたくありませーん。
てなわけで表面上はごく普段通りの学院生活を送っていたある日。
「ケイトリヒ様、御館様より今夜、個別通信機で連絡せよと通達がございました」
「え、ちちうえと個別通信機できるの?」
授業から分寮へ帰ってきた夕方、シャルルから切り出された。
シャルルは政治に強いので俺と中央と父上の間で忙しく働いているようで、ほとんど姿を見かけない。たまに父上とか皇帝陛下の言葉を伝えにくる以外は。
「ええ、ケイトリヒ様の試作品個別通信機は精霊様が改良して最高位の機能をとりそろえたものに変更してあります。マリアンネ嬢とフランツィスカ嬢のほか、御館様とグランツオイレ領主、シュヴァルヴェ領主、そしてローレライ統治官フーゴ様の5人とは無制限で通信可能です」
「なんでそのメンツ」
「ゾーヤボーネ領主にウンディーネ領主、ヴァッサーファル領主からも接続要請があったのですが、そちらはさすがに許可されませんでした」
「ぎゃくになんで要請が」
「それはもちろん、将来皇帝になるケイトリヒ様と親睦を深めておきたいからでしょう」
まあ、その件はいいや。
とりあえず俺と父上だけの秘密の双方向通信機はもうお役御免というわけね。
じゃなくて。
父上から話したいということであれば、だいたい重要案件だ。
重要でないことならお手紙でくれるはずだからね。
夕食後、指定された時間にスタンバイ。個別通信機で中空に父上のバストアップの映像が浮かび、何やら飲みながら書類をめくり、おもむろに話し始める。
『ケイトリヒ、来年からの冒険者修行の派遣先が、帝国議会で正式に決まった』
「え! ほんとですか! どこどこ!!」
『出発地点は、ドラッケリュッヘン大陸のウィンタスロウ議国だ』
「うぃんたすのうぎこく?」
『ウィンタスロウ議国。帝国へ脱出してきた異世界人たちを召喚したクロイビガー聖教法国とは無政府地帯を間にはさんで隣の国となる。議国、などとは名乗っているが、あまり国としては機能していないのだがな。帝国とは、商業的なつながりがある』
「ほあ」
チラリと部屋の壁にある世界地図を見る。
初めて聞く名前の国だ。
「ケイトリヒ様、異世界召喚勇者たちが大陸を脱出するために船に乗ったオルビの港町が開始地点です」
「そこ、ウィンタースノーぎこくなの?」
『ウィンタスロウ、だ』
聞けば、そのウィンタスロウ議国は国とは名乗っているものの、商業的に国名が必要なためにそう名乗っているだけで、実態は自治区、自治国家に近いようだ。
その土地に住んでいるヒトたちですら国名を聞かれると答えられないほうが多いらしい。
うーん、そんな国家形態もあるんだー。
『議国で大きな影響力を持つのは、商人と冒険者。自ら領地を宣言し、そこを一定期間守りきれば周囲が領主と認めるという、国家としては未熟……いや、発展途上の地域だな』
「つまり……法で守られるとかそういうことは期待しないほうがいいやつですね」
『そういうことになる。が、クリスタロス大陸と密に連絡をとっている冒険者組合は議国にとって最も組織化された存在。冒険者であれば、ある程度身柄は保障されるようだ。修行にはうってつけだな』
「……でも、それって開始地点がそうってだけですよね? そこから、何をもくひょうにうごけばいいのかなあ?」
『うむ。必須ではないのだが……2年で、クロイビガー聖教法国を滅ぼすか、無力化するか、牛耳るかしてこい、との皇帝陛下からの依頼だ』
「なんそれ」
思ったことがつい口に出るタイプです!!
「むちゃぶりにもほどがある!」
『そうか? 異世界召喚勇者たちは、ケイトリヒが精霊を使役していることが知られれば国が崩壊すると申していたではないか』
「にしてもですね!」
『まあ、上手くいかぬようであれば強力すぎる魔導|で壊滅させても構わん』
それ許可しちゃうの!?
つまり俺の冒険者修行って、やっぱドラッケリュッヘン大陸の平定じゃ!?
「し、しょくみんち」
『ああ、その言葉、異世界人から聞いたぞ。異世界では文明の進んだ国が、そうでない国を食い物にしていた時代があると。まあ、それをやや緩やかにやってみようというのが皇帝陛下のご意見だ。しかしなにも搾取しようとは思っておらん。まあ、多少いいように使うかもしれんが帝国の介入があれば政治的な安定は約束できる。現地民にとっては、そう悪いことではないと思うぞ?』
人々が平和に問題なく暮らしてる土地を、無知をいいことに一方的に植民地化するのは歴史的に見てもまちがいなく悪だった。
けどこの世界では無政府地帯が存在して、アンデッドや魔獣の脅威に生活と命を脅かされている人々と地域が存在する。と、いう話。
実態は植民地化に近いんだろうけど、それらの話がホントのホントだったら、たしかにちょっと様相が変わるかなー。そもそも現地民に国という概念がないのなら、余計に。
まあそのへんの事実確認もしたうえで、どうすべきか考えろという点も含めての依頼なんだろう。いや改めて考えるとマジ無茶振りなんですけど。
俺がこの世界の神になるかもしれない、っていう可能性を知ってる皇帝陛下じゃないと出せない依頼だね!
「ん……まあ魔導騎士隊もいっしょですし。やれるとこまでやってみます」
『ふッ、ハッハッ! この依頼の内容を正しく理解したうえで『やってみる』とのたまう者はケイトリヒ以外におらんだろうな。皇位継承順位がついて、諦めがついたか?』
「どーせ皇帝になるならだれももんくいえないくらい功績あげてなります」
『ハーッハッハ、その意気だ! いや天晴! さすがファッシュの子よ!』
父上は大満足で通信を終えた。
俺はちょっとブーブーしてた気分が、アガってきた。
いや、俺の失態が生配信されていたことを知るまで多少アガッていたのだが、それ以上に未来の展望みたいなものが見えてきて文句言ってる場合じゃなくなってきた。
通信を終えて、シンとした自室にペシュティーノとガノとシャルルの3人がいる。
俺はちょっとボーッとしてまだ見ぬウィンタスロウ議国に思いを馳せていた。
「ケイトリヒ様、ドラッケリュッヘン大陸には未開の地が多く、こちらでは知られていない種族や魔獣がたくさんいると聞いております」
「ほんと!? じゃあ、けんぶんろくみたいなものを執筆したら売れるんじゃない?」
ペシュティーノの言葉に、俺が真っ先に思いついたのはこれだった。
呆れた様子のペシュティーノとは対象的に、ガノの目が輝いた。
「さすがケイトリヒ様です! 先見の明、ご慧眼に感服いたしました! そうなると見聞をまとめる編纂者も同行させたほうがよさそうですね!」
「リンドロース先生は?」
「もともと同行させるつもりではありましたが……編纂者としての依頼をするとなると、依頼費がかさみそうですね。彼は数少ないS級冒険者ですから」
「では彼の希望通り、側近入りさせてしまってはどうです?」
「いえ、リンドロース殿は側近ではなく、専属冒険者として生涯契約したほうがよろしいかと! 彼はある程度自由に動かしたほうがいい仕事をすると思いますよ」
「リンドロース先生、だいぶまえに側近入り希望してるってきいたきがするけど」
「……本人は希望してくれているのですが、冒険者組合との折り合いがつかないのですよ。やはり組合としてもS級の稼ぎ頭ですからね」
なるほどー。
しかし、ドラッケリュッヘン大陸併合に向けての協力者として、というテイであればきっと冒険者組合も許可せざるを得ないんじゃないだろうか。
だって、冒険者組合としてもまだまだ未知の秘境が残るドラッケリュッヘン大陸はいい「狩り場」だ。政治的に安定してくれたほうがやりやすいはず。
俺がそう言うと、ペシュティーノが変な顔をしてガノが目を輝かせた。
「狩り場、ですか? そういう発想はいったいどこから……」
「ケイトリヒ様……ああ、私はケイトリヒ様の側近でこの上ない幸せです。たしかにドラッケリュッヘンの植生も魔物の研究も、そして現物も! 帝国ではおそらく高く売れるものばかりでしょう! そしてそれらを集める労力の一旦を担うのは当然、冒険者組合! 当然、カネになります! 宝の山です!!」
「はあ……」
ガノの目が「FR」となった熱量に、ペシュティーノとシャルルがちょっと呆れてる。
「ペシュティーノ様、冒険者組合との折衝はぜひ私めにお任せください。必ずや協力を……いえ、むしろ出資すらもぎ取って参ります」
「資金は事業で十分あるのでさほど」
「いいえ! 出資はつまり、協力をこぎつける手段でもあります。カネだけの問題ではないのですよ!」
ガノの発言とは思えない言葉にちょっと驚いたけど、たしかに。
皇位継承順位もついて、冒険者修行の派遣先も決まって、いよいよ楽しみになってきた。
その夜は、前世のゲームや物語で聞きかじった冒険譚を思い浮かべて寝た。
夢の中で世界を救った気がする。
■2025/9/8追記
筆頭司教の名を間違えておりましたので修正しました、、、申し訳ありません。
マグノリエル筆頭司教 → 女性、エルフ
グルシエル筆頭司教 → 男性、ハイエルフ が正しいです!