1章_0015話_料理人を拾いました 3
狩りは中断。
騎士隊長のナイジェルさんは父上と兄上たちを護る最低限の騎士を残して、アンデッドの痕跡が他にもないか調べるため別働隊となって森の周辺を探索中。
ジュンも、以前盗聴魔法を察知した勘の良さを買われてそちらの別働隊に組み込まれた。
父上と兄上たちと俺たちは森と狩猟小屋の中間地点くらいにある小高い丘で、臨時のピクニック。という名の、待機。もちろん最低限の護衛騎士もいる。
草原に敷いた敷物で寛いでいるのは俺と俺の側近たちだけだ。
ペシュティーノの膝の上から手を伸ばして、よちよち歩きのギンコをなでなで。
横からガノが甘食みたいなパンを差し出してくるので、片手間にパクパク。
父上は落ち着かないのか仁王立ちして森の方をジッと見つめている。
兄上たちは敷物の端っこで立ったまま水筒の飲み物を飲んだりしている。この世界の水筒って革袋なんだ。ギンコにミルクをやるときもたしかそんなの使ってたな。
「息子たちよ。あの丘を越えると狩猟小屋がある。わかるか」
突然の父上の言葉にびっくりしたけど、アロイジウスとクラレンツと俺は顔を見合わせて「はい」と答えた。そっちから来たもんね。知ってるよ?
「少し西にそれた、こちらの丘の向こうに小さな山が見えるのがわかるか。ここからは見えないが、あの麓には豊かな穀倉地帯があり、ラウプフォーゲル城下町の食を支える小さな農村がある」
そうなんだ。確かにラウプフォーゲル城から狩猟小屋に向かう道には、広い畑が広がっていた。集落は見えなかったけど、農地があるのなら付近に住民もいるだろう。
「その小さな山を越えれば、もうラピスブラオ湖……ラウプフォーゲル城下町の最南端に届く」
父上は独り言のような口調で、山の向こうが見えるかのように遠くを眺めながら言う。
「もしもここでアンデッドを討伐できなかったならば、狩猟小屋。そして次に小さな村が避難所となっただろう。村からラウプフォーゲル城下町までは近いが、山があるせいで騎士隊の到着までは時間がかかる。最初の攻撃は、誰にも察知できなかった。いずれは討ち取っただろうが……退避して避難できたとしても少なくない被害が出ただろう」
「うっ」
クラレンツが寒気でも感じたのか、自身を抱きしめるように丸くなった。
「大丈夫か、クラレンツ。寒いならマントを……」
「あのアンデッド、俺を狙ってた。俺を、狙ってた。あの魔法のシールドがなかったら、俺が、俺が一番最初に、あの長い触手みたいなやつに、やられてた」
肥えた巨体をブルブルと震わせて、さらに丸くなる。アロイジウスはそれを見てそっと背中を撫でる。何も言わないけど、優しいお兄ちゃんだ。
「そうだ。誰にも察知できなかったあの攻撃は、たしかにクラレンツとアロイジウスの辺りを狙っていた。魔獣ならばわかる。『群れの中の一番の弱者を狙う』のは獣の定理だがアンデッドにはそんな知恵はないはずだ。それなのに森に隠れ、攻撃の機を伺い、弱者を狙った。あれは、本当にアンデッドだったのか……あんなアンデッドがラウプフォーゲル城の目と鼻の先で発見されずに済んだのは何故だ」
「そういえば……アンデッド特有の、ひどい悪臭がありませんでしたね」
ガノが呟くように言うと、父上が勢いよく振り向いた。
「そうだ、アンデッドといえばひどい悪臭。あれが発見の手がかりになることが多い。あれは風上にいたにも関わらず、鼻が曲がるほどの悪臭はなかった」
そう言われてみれば、前世のイメージで言うアンデッド……ゾンビやリビングデッドといった類の存在は、皮膚が崩れ落ちて肉が丸見え、中には内臓まで丸見えみたいなエグいビジュアルだったはず。こちらの世界でもそうなのかな。そういうモノが現実にいたら、そりゃあ臭いだろう。生き物が動いていた姿のまま死んで腐ったら、魚くらいの小さなサイズでも本当に臭いもんだ。スーパーで買った切り身のお肉が腐ったくらいのニオイとは比べ物にならない。内臓なんかが腐敗を進めるらしい、と本でみた記憶がある。
今回見たのは、ヒトが変形したくらいにしか見えなかった。それは多分、皮膚がしっかりしてたからじゃないかな。
一応周囲の耳目があるので、ペシュティーノに一度相談してから発言しよう。俺の視線に気づいたペシュティーノが顔を寄せてくる。
「(ペシュ。精霊が、あのアンデッドは知性が残っていると言ってました。生前は戦いに身を置いていた……例えば騎士や冒険者が、核になっていたとも)」
「(それは……なんと。さすがに身元まではわからないでしょうね。もしかするとあの残骸の魔晶石に遺品が残っているかもしれませんね。ケイトリヒ様、精霊に聞いてみてください。あの魔晶石は放置しても危険はないのかと)」
(放置!? なんで放置するのさ! 持って帰ろうよ、主には必要だよ!)
(ジオールトゥイの申すとおり。アンデッドの魔晶石は【命】属性が結晶化したものにございます。我らが主には最も必要な属性)
「精霊が、もったいないから持って帰れって言ってる。僕に必要なんだって」
「アンデッド魔晶石が、ですか? あれは特に魔力もない、クズ魔石として値もつかないものですよ。まあ、見た目はキレイなので宝飾品に加工されることもあるようですが」
(魔力は無くても【命】属性のカタマリだよ!? 命属性が不足しがちなヒトや場面ではすごく役に立つのに、マジで、マジでいってんのニンゲン!?)
(落ち着きなさいジオールトゥイ。確かに主の周囲に在するニンゲンたちは、命属性が不足するような性質には思えませんから実感が薄いのでしょう。主、命属性が不足しがちなヒトや場面は、具体的に申し上げますと妊娠や出産後で弱ったメス、あるいは病を患い体力が低下している者を指します。主はこれらにあてはまりませんが命属性が不足していることは確かです)
「え?」
「ケイトリヒ様、精霊はなんと?」
「……い、いったん持って帰りましょう。それから説明します」
「なるほど、我々の知らない価値があるのですね? では輸送用の馬車を手配するために通信魔法を使いますので。ガノ、少しの間ケイトリヒ様を頼みます」
「承知しました。ケイトリヒ様、まだ召し上がりますか?」
まるい甘食パンが差し出されたので、とりあえずかぶりついておく。
それを見て父上が不思議そうな顔をした。
「ほんとうに、絶え間なく食べるのだな。その割には太らぬものだ」
「恐れながら申し上げますと、これでも以前よりもずっと改善しております」
(食べても太らないのは命属性が不足してるからだもんねぇー)
(食した分が肉に変わらぬ以上、食事量を増やしても減る分が和らぐだけで、まだまだお身体の成長に費やせるほどではございませんね)
え、ちょっとまって待って。俺ってそんなに深刻な状況? てか成長できないって?
なにが減ってるの? なんで減ってるの!?
(何が減ってるって……命属性)
(何故と聞かれると我々にもわかりませんが、とにかく不足しているのですから補えばいいということです。それにはアンデッドの魔晶石が最も効果的、という話にございます)
(あっ、もちろん食事でも補えるよ! 昨日くらいの食事量だったら、ギリギリ目減りせずに済むかも! できればもうちょっと食べてほしいけど、身体的に難しいよねえ)
命属性って、ペシュティーノから習った魔術の授業に出てこなかったよね。
よくわからないけど、この辺の話はなんだかペシュティーノにも知っておいてほしいから改めて聞こう。
甘食パンを食べ終えると、口元に小さな革袋に入ったミルクをあてがわれる。何もしなくても口に食べ物と飲み物がバランスよく入ってくる。過保護だ。
そうだ、精霊たちに大事なことを聞き忘れた。
まだあの森にアンデッドっているのかな、と聞いたところ、もういないという話だったので安心して甘食パンを食べる。兄上たちはアンデッドを見たことでショックを受けているのか、パクパク食べる俺を見て謎に感心していたみたい。
その後、森の調査もほどなく終わり、狩りどころではなくなったのでみんなでトボトボと狩猟小屋へ戻っているとその道すがら大きな……カニ?がトコトコと歩いていたので騎士のひとりが仕留めた。どこからどう見てもカニ。高低差のある草原の中に突如現れた真っ赤な甲羅のカニ。大人の腰くらいあるカニ。タカアシガニに似てる。2匹いた。
えーっと、この世界ではカニは水生生物ではないんですかね?
「御館様、カナグモです! これは大きいですよ!」
「なに、カナグモだと! それは大収穫だ、褒美をつかわす!」
クモと聞くとギョッとしてしまうけど、動きも鈍いし、やっぱりカニだ。タカアシガニって水族館にいた記憶があるけど、食用だったっけ? でも父上が喜んでるということは、きっと美味しいんだろう。
カナグモで景気が上向いたのか、その後もちょくちょく小さな獲物を見つけては狩る、というスタンスで狩猟小屋へ到着。
獲物を乗せる馬車に一部魔晶石を乗せて運んだのだが、その魔晶石が埋まるくらい獲物が山盛りになった。
(命の魔晶石と死体を一緒にするなんて信じられない!)なんてジオールトゥイがぷりぷりしてたけど、理由は荷降ろしのときに理由がわかった。
「この魔晶石、なんだか積んだ時よりもひとまわり小さくなってませんか?」
「そーか? ……気のせいじゃね?」
ガノだけが気づいたけど、俺も確かに思った。
精霊に聞いたら、「死体から霧散する命と死の属性につられて魔晶石も霧散する」のだそーだ。イマイチわからないけど、そういうものらしい。
その日の夕食は、味も特性もほぼ豚肉というポルキート料理づくし。
狩猟小屋の料理長の得意料理であるローストをメインに、レオのチャレンジ料理が並ぶ。
とんかつ、うっすら味噌っぽい風味のするとん汁、アスパラの肉巻き、きのこの肉巻き、それと……まあるい何かの肉巻き。中身は見えないけど大きめ。なんだろう。
「最後にポルキートが狩れたのは僥倖だったな、こいつは美味いのだ」
「ええ、大変な事がありましたが、今は狩りの晩餐を楽しむこととしましょう」
アロイジウスとクラレンツはテーブルにずらりと並んだ料理を見て、複雑な表情をしている。実は、俺も含めて今回はポルキートの屠殺と解体を見学したのだ。
ポルキートは危険の少ない小型の魔獣なので、父上の意向で生け捕りにされた。解体部屋で吊るされて鳴き叫ぶ獣を、狩猟小屋の解体人のおじさんが正確無比な刃捌きで血抜き、解体するのを兄弟3人で見た。
だいぶ頑張ったとおもうが、クラレンツは内臓が顕になったあたりから目をそらしてしまう。アロイジウスもみるからに顔を曇らせていた。いや、それは残酷な食肉加工の現場を見てしまったからというより……俺を見てかもしれない。
「生きたまま血抜きするんですかっ?」とか「臓物は食用にしないのですか」とか、解体の途中で気になったことを遠慮なく質問したせいで解体人のおじさんは俺を気に入ってしまったようだ。父上もどういうわけか嬉しそう。
「血抜きは獲物がまだ温かいうちからしておくのがよい。今回は運良く生け捕りできたが狩りのときは狩人がするものだ」
「ラウプフォーゲルでも北の地域では臓物料理を出す地域がある。だがこの辺りではポルキートは美味ではあるが貴重な獲物ではないからな、臓物は一部は食用にしたり調合素材として使われるが、ほとんど捨てているな」
なんて答えてくれる。
「もったいないです! 命を頂いているのですから、ぜんぶ食べてあげないと。レオならきっと、何かいいちょうりほうを知ってるのではないですか!?」
心臓や豚トロにミミガー、豚足や豚骨など、豚に限らず肉となった動物にはあまり捨てるところはないと聞いたことがある。俺も詳しいわけじゃないけど、正しい処理をすれば美味しくなることは前世の記憶で知っている。
「そうか? 捨てるといっても猟犬たちのエサになるからな、ただ腐らせるわけではないのだが、美味い調理法を知っているなら今聞いておいたほうがよかろう。そこの、料理人を呼んで参れ」
「はっ!」
父上の騎士に呼びつけられたレオが目を輝かせたのも意外だった。
「うわあ、解体なんて調理学校の実習以来ですよ! 俺んち田舎だったんで、けっこうシカとかイノシシとか見てたんですよねえ! こっちでも中身はあまり変わらないのかなあ」
レオは解体人の鮮やかな仕事ぶりに称賛の目を向け、勉強になるとなんでも聞くものだから解体人のおじさんも嬉しそう。父上も満足そう。俺も美味しさを逃さなくて満足。
兄上たちだけが吐きそうになっていた。
そんな解体ショーを経ての食事なもんだから、兄上たちの表情が暗いのも当然といえば当然かもしれない。でも食事というものはそもそも別の命を刈り取った上で成り立っているのだ! 罪悪感を無くせとは言わないけれど、いずれは折り合いをつけなければならないことを学ぶだろう。
大事なことは命を食べていることを知った上で食べることだ。
知らずに食べること、知った上で捨てることこそ命の冒涜だ、と俺は思う。俺はね。
はい、俺は前世でとっくに折り合いをつけているので、美味しくいただきます。
豚肉おいしいよね。アレンジ力がハンパない。
まあるい肉巻きの何かは、なんと肉巻きおにぎりでした。
すごい、ラウプフォーゲルにはお米があるんだ!
「こえ、おいひい! 中のもちもち、おいしい!」
「ふむ! これは食いでがあるな。米の調理法は難しいと聞いていたが、このような食感を持つとは知らなかった。アロイジウス、クラレンツも食べてみよ!」
「とんかつ、さくさくでおいしい! スープもおいしい〜!」
俺があまりにキャッキャと食べるので、兄上たちも釣られたようだ。思い切って食べたのがとんかつだったので、一瞬で目を輝かせる始末。うんうん、美味しいよね、とんかつ。
「このように薄く切った料理は初めて見るな」
「はい、こちらはケイトリヒ王子殿下の世話人、ペシュティーノ様にご協力頂きました」
レオが父上の問いに淀みなく答える。もう食事の席での質問については無礼講となったようだ。それより、ペシュティーノが? どうやって?
「薄く切るには肉を凍らせる必要がございまして。凍結の魔法を使って固くした後にスライサーで薄切りにし、調理しております。ポルキートは脂身は柔らかいですが身が固めですので、異世界では似た肉は薄切りにして食すことが一般的でした」
魔法、万能!
気落ちしていた兄上たちも美味しい豚肉料理にテンション爆上げとなり、美味しいと言ってパクパク食べていた。
「ぱぱ、そういえばカナグモは?」
「あれは潰してすぐに食べると非常に身が硬いのだ。城に持ち帰れば、ちょうど熟成されて食べごろになるだろう。カーリンゼンと一緒に食おう」
カニ身が、硬い……ちょっと想像つかないけど、父上が言うならそうなんだろう。
異世界での食生活が、急に楽しくなってきた。料理人最高! レオ最高!
翌朝。
まだ暗い時間から起こされて、馬車に乗る。
馬車は俺たちが狩猟小屋にいる間に揺れの少ない高級なやつが城から手配されていたようで、往路よりもずっと快適。
どういうわけか馬車の中は、俺とペシュティーノとジュンとガノとレオの5人。
ほかはともかく、レオがいるのが不思議だけどどうやらペシュティーノの采配でわざとそうしたようだ。
揺れる馬車のなか、神妙な面持ちの大人たちが俺を見ている。なんだろ。
「……ケイトリヒ様、誓言の魔法についてお聞きしたいのですが、話して頂けますか?」
ペシュティーノが切り出す。え、ここで? 精霊に聞かないとわかりませんけれど。
「ケイトリヒ様には、秘密が多すぎます。できればこの者たちにもその秘密を明かしたいのですが、その責もまた彼らに負担となるでしょう。であれば誓言の魔法を使って、秘密がばれないよう、そしてばれたとしてもそれがわかるように管理したいのです」
確かに、彼らに俺自身が秘密を持ち続けるにも限度がある。
既にやらかしてる気もするし。
知ってくれていると気も楽になるのは確かなんだが……誓言の魔法って、どうやるのジオールトゥイ、ウィオラーケウム。
ふわり、と紫と黄色の煙の筋が現れて俺の目の前に姿を現す。
「主に代わって説明申し上げましょう」
「僕たちは肉声も出せるよ」
ジュンとガノは静かに目を見開き、レオは「喋った! かわいい!」と歓声をあげた。
うん、まあ小さくてかわいいよね。ウィオラーケウムとジオールトゥイも満更でもない。
「ヒトがヒトに施す誓言の魔法は、術者にも被術者にも制約と条件が多く、確かに不便な魔法であったことは間違いありません。しかし精霊とヒトとなると、その制約と条件の多くがなくなります」
「主の随臣が心配するのは機密の漏洩だよね。その機密がどこまでをさすのか、ヒトとヒトだとすり合わせが大変でしょう? でも精霊は相手の思考を読み取って、あるいは思考を植え付けて条件付けをするから、行き違いがないんだ。だから、誓言魔法は主とではなく僕たち精霊と交わせばほぼ完璧に履行されるはずだよ」
シーツおばけのウィオラーケウムと、毛玉のジオールトゥイの言葉に4人はなるほど、という顔をしてみせる。……いまのでわかった?
「そうだったのですね。実はずっと疑問に思っていたのです。物語の中で交わされる誓言の魔法についても、例えば『お互いに助け合う』という誓言だったとしてもどこまでが適用されてどこからが適用外なのか、かなり詰めて話し合わないと認識がズレてしまうのではと」
商人らしいガノの心配をジュンが鼻で笑う。
「ンなの気にしたことねーわ。そういうもんなんだなって思ってた」
「いや皆さんその前にこの存在について感想は!? これって帝国では普通ですか? 僕がいた共和国では精霊は崇高なる存在として信仰の対象だったんですけど!?」
「私も見たのは初めてです」
「俺も」
「の割に反応薄いですね!?」
レオのツッコミに、ガノとジュンは「なんとなく知ってたから」とすげなく返す。やっぱりなんとなくでも気づいてたかー。
「そういう理由で、誓言の魔法について聞いているのですよ。ケイトリヒ様が精霊を、しかも【光】と【闇】の精霊を従えていることが広く知れ渡れば、その影響はラウプフォーゲルを越え帝国中に知れ渡り、さらに共和国や王国にまで波及するでしょう。そうなればケイトリヒ様は幼いうちから帝国でアンデッド討伐を強要されるかもしれません。あるいは他国からも」
ハッとしたレオは、俺をジッと見て「そんな」とこぼす。まあ俺みたいな愛らしい子供がアンデッド討伐の最前線に立つなんて、たしかにまあまあ悲劇だよな。
「……あなた達はケイトリヒ様に忠誠を誓いましたね。レオはまだ日が浅いですが選んでいただきます。ケイトリヒ様と未来と共にするか否か。理由はわかりますね?」
「ええ、理解しています。そして、私もケイトリヒ王子殿下に忠誠を捧げます。ラバンの街にいた頃からどこかの貴族のお抱えになれないか考えていたものですが、まさか帝国第2の権力者の御令息に拾って頂けるとは夢にも思っていませんでしたよ。何より、私にはケイトリヒ王子殿下に付き従う確固たる理由があります」
え、なんだろ。かわいいとか?
「おっけ、じゃあ決まりだね。僕とウィオラーケウムでこの場にいる全員に、誓言の魔法をかける。キミたちは僕の言葉を復唱して、誓いを立てて。心の底から、決して秘密を漏らさない、主の危険になるような発言をしないと誓うんだ。それだけでいい。じゃあ、続けて……」
―天駆ける風雲、地潜る水土、この身に巡る血肉、万物たるこの世界の全てを司る竜脈の意志にかけて誓うー
「私、ガノ・バルフォアはケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ王子殿下の秘密について黙し、危険を招く災いたる言葉を禁ず」
「私、ジュン・クロスリーはケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ王子殿下の秘密について黙し、危険を招く災いたる言葉を禁ず」
「私、レオ・ミヤモトはケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ王子殿下の秘密について黙し、危険を招く災いたる言葉を禁ず」
「……私、ペシュティーノ・ヒメネスはケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ王子殿下の秘密について黙し、危険を招く災いたる言葉を禁ず」
ペシュティーノも誓言するんだ。
4人はジオールトゥイに言われたとおり手のひらを胸の前で上に向けて目をつぶって誓言し、ウィオラーケウムが一人ひとりの右手に五寸釘みたいなでっかい楔を置く。
魔法で可視化された概念だという話だけど、みょうに黒光りしてて重そう。
4人はそれを自身で喉に突き立てて、すう、と埋めていく。
痛くなさそうでよかった。
「これで、もし主を貶めようとするヒトや敵意のあるヒトの前で主の秘密を話そうとすると、声が出なくなるようになったよ! 便利でしょー?」
「え。すごっ。魔法ってそんなにばんのーなんだ!」
「いえ、ケイトリヒ様。このような魔法は魔術書には載っておりませんし、先程も申したとおりヒトとヒトの間では到底不可能な条件です」
「加えて、万一自らの意志で主の秘密を明かしたり危険を呼び込む発言をしたら、先程喉に埋め込んだ楔が貴殿らの命を奪います。これは筆記や示唆も含まれます」
4人は覚悟を決めているのか、納得したように頷いた。
今は自分の意志で決めたのかもしれないが、状況が変わったてしまったら。この誓言が彼らの希望を塞いでしまったら、どうしよう。命を奪うと聞いて、尻込みしてしまう。
裏切らないのではなく、裏切れないだけという関係も少し虚しい。
「……ねえ、記憶を消す魔法はある? もしも、もしもだよ。僕への忠誠が無くなったら誓言の魔法を解いて、記憶を消して、自由に生きるっていう選択肢も」
「ケイトリヒ様、その確認は不要です」
「そのようなことはあり得ませんので」
「せっかくの誓言に水さすなよなー、忠誠ってのはコロコロ変わるもんじゃないんだぜ」
「ケイトリヒ様、優しさのおつもりでしょうが、それは不要ですよ」
「でも」
「ケイトリヒ様、私が誓言の魔法を求めたのは忠誠を求めたからだけではありません。……レオ、話を」
「は、はい」
レオが姿勢を正して、まっすぐ俺を見る。なんだろ?
「……ケイトリヒ様。あの……えっと、俺と同じ、異世界人ですよね?」
「えっ」
「えっ!?」
俺とジュンの声が被る。
ペシュティーノはともかく、ガノは無反応だ。それもなんで!?
「え、な、なんで、そう思ったの」
「食事の時、『いただきます』って仰ってましたよね。それに、昨日のポルキートのカツのことも、ハッキリと『とんかつ』と。お姿があまりにも違うのでそんなはずはないと思っていましたけど、おそらく魂だけとか。僕は以前の姿のままこの世界に『転移』しましたけど、ケイトリヒ様は生まれ変わり……『転生』してこの世界に来たのでは?」
「な、ど、えええ? ど、ど、どーしてそこまで」
「納得です。まだまだ世間を知らないはずのケイトリヒ様が、机上の勉強だけでここまで経済や流通に詳しいはずはないと思っておりましたから。なるほど、異世界の魂が」
ガノがものすごくスムーズに納得している。察しよすぎじゃない?
「ほえー……え、じゃあただの6歳児じゃないってことだよな? まあ確かに生意気っつーか大人びたこと言うなあとは思ってたけどさあ!」
ジュンも納得した。えっ、転生ってこの世界ではフツーのことなの!?
「ぺ、ペシュぅ……全員、すごく普通になっとくしてるけど……この世界で異世界の魂があるって、フツーのことなの?」
「いえ、異世界召喚勇者の魂が宿る子というのは聞いたことがありません。ただガノにも話しましたが生まれ変わる、という概念はこの世界にも広く浸透しています。死した魂は竜脈へと還り、穢れを洗い落とされて再び赤子に宿る、と。そういう考えなので、幼くして老成している子などは誰かの生まれ変わりではないか、と言われたりもします……が、本題はそこではありません」
ペシュティーノがガノ、ジュン、レオの顔を順番に見据える。
「……今後、ケイトリヒ様の能力は否が応でもその一端が知れ渡ることになります。なるべく秘匿はしますが、全てがケイトリヒ様に集約されてしまっては誰かが勘付きます。さらに6属性の精霊を宿し、無尽蔵の魔力を持ち、ヒトの世界では失われた魔術をいとも簡単に扱う。それにヒトには見えないはずの魔力の流れが見え、感知できないはずの魔法を感知するとなれば、それは……もう、既に」
ペシュティーノが口ごもる。すでに何!?
「神じゃん!」
ジュンが意を決したように言うと、ガノが狂ったようにジュンの背中をバンバンと叩き出した。何事!?
「あー! 精霊様、お許しください、悪しき穢れを集め給うな、その名を騙る者に罰を」
ジュンが決り文句のような言葉を一気に言い終えると、ガノも叩くのをやめて落ち着く。
……な、なに? これ、何かの儀式?
「びっくりするよね。これ、この世界の常識。ケイトリヒ様は王子様だからあまり見たこと無いかもしれないけど、わりかし普通の光景だよ。なんか、『神』って言葉が禁句なんだって。異世界人がだいたい最初に違和感を覚える文化、って習った」
レオの説明にハッとしてペシュティーノを見ると、力なく笑う。
「……ケイトリヒ様にはその習慣どころか単語さえも教えていなかったのですよ」
それでバレたのか!
「私は信仰にも習慣にも敬虔な方ではありませんが、この世界で通説として信じられていることはこうです。『この世界は神を失った』『神を失った玉座が主を求めている』『精霊は失われた神の権限を引き継いだ存在』。色々と枝分かれして解釈違いの説も存在していますが、概ねこの3つはどの世界でもどの宗教でも、どの地域でも必ず共通しています。この3つから大きくかけ離れたものは邪教と呼ばれて排斥されることが多いです」
「ぺ、ペシュティーノ様……3回も言っちゃってる」
「叩きましょうか?」
「いえ、結構です。私はもう、その習慣には囚われません。確信していますから。必要なのはそこに至るまでの道程で悪しきものを集めないための防衛線です。我々は、その役目を担っているということを肝に銘じなければなりません……わかりますね?」
ガノとジュンとレオが真剣な顔で頷く。
え、わかってないの俺だけ?




