第2部_1章_0149話_皇位継承順位審議会 2
「では次、ビブリオテーク領エンドミット商会頭目子息、カスパー・バルヒェット卿。前へどうぞ」
審議会は粛々と進んでいる。
1番目の領主令息のあと数人が名前を呼ばれて同じようにいろいろな質問をされたけど、推薦人のゲスト登場は最初の1人目だけだった。
続いた子どもたちが男爵や子爵、騎士爵といった下級貴族や平民だったことも理由かもしれない。今は俺を抱き上げてくれたミニガノことカスパーくんの番。
エンドミット商会っていうんだ、おぼえとこ。
「カスパーくん。キミのお家は商家ですね。何かお手伝いをしていますか?」
「いいえ、まだ手伝えるようなことはありません。ただ、家業のことをよく知りたいと思い父のあとについて回っています」
ふむふむーたしかにまだ10歳であれば、商会で一人前役に立つのは難しそうだよね。たいへん謙虚でよろしい!
しかもちゃんと学んでることもしっかりアピールできてていいね!
「家業はどのようなことを?」
「私の家では主に本に使われる紙や布や獣皮といった材料と、本の装丁のための加工品を商品としてとりあつかっています。材料を冒険者組合や農業組合で一括で買い付けることで値を抑え、職人に正当な報酬を支払い、本の値段も高くならないようにしています」
なんて素晴らしい! 俺の製紙業のパートナーになってくれないかなあ!
「カスパーくんは、これから家業をどうしていきたいと思っていますか?」
「はい。実は最近、これまで価格高騰が続いていた魔樹紙にかわる画期的な製紙法があみだされました。その紙を使えば、本の価格は半分以下に抑えられると思います。我が商会が持つ本の印刷技術を使い、多くの本を生産して平民である僕たちにももっと手軽に本を読んでもらえるようになりたいと思っています」
「すばらしい!!」
俺が大きく手を上げて拍手すると、つられて後ろの子どもたちからもパラパラと拍手が湧いた。
「……コホン、ケイトリヒ殿下、称賛は結構ですが声は押さえてくださるようお願いいたしますね」
「あ、ごめんなさい」
「審議官、もうひとつ付け加えさせてください。その画期的な製紙法をあみだしたのは、そこにいらっしゃるケイトリヒ殿下です」
数人の審議官がギョッとした顔で俺に視線を向け、子どもたちから「おー」という謎の感嘆の声があがった。
「ち、ちがうよ! あみだしたのはぎじゅちゅしゃ! 僕じゃないよ!」
「しかし、ケイトリヒ殿下のフォーゲル商会があみだしたものですよね。つまりケイトリヒ殿下の功績です」
「いやそれは!」
「そこまでです。殿下は静粛に。カスパーくん、よく学んでいらっしゃいますね。そして素晴らしい志です。審議官一同、カスパーくんの展望が実現することを期待しています。質問を続けますね」
いきなり名指しされて慌てるわ噛むわ、ドギマギしたけど席に戻ってきたカスパーくんがニコリと笑顔をみせたので拍手で迎えておいた。
これはいい縁になりそうだ!
その後も数人の質問タイムが続き、とうとう俺の番。
目立って優秀だったのは1番目の領主令息とカスパーくんくらいで、あとは普通の10歳って感じの受け答えだ。
「では、お待たせしました。ラウプフォーゲル領主令息、次期領主。ファッシュ家のケイトリヒ殿下。前へどうぞ」
次期領主、という言葉が添えられると、子どもたちも審議官の一部も少しどよめいた。
昨年に法改定され、次期領主指名者でも皇位継承順位を持てるようになって初めての事例のようだ。
ぴょいと椅子から飛び降りてぽてぽて前の椅子へ歩み寄るけど、座れない問題、再び。
小さいってほんと不便……。
自力でよじ登ろうと椅子に手をかけたけど、衣装が邪魔で足をかけるのも難しい。
再びひょいと抱き上げられ、ぽてんと座らされた。カスパーくんだ。
「ありがとう、たすかりました!」
「いえいえ」
歳の割にサラリーマンみたいな動きで後ずさって自席に戻るカスパーくん。
まじ好感度が爆上がりなんですけど。
嬉しい出会いにテンション上がり気味で足をパタパタさせてしまったけど、審議官たちの目線が俺に集中してたのでピタリと止めて背筋を伸ばす。
「では始めます、ケイトリヒ殿下。もしも将来、皇帝になったら何をしたいですか? あるいは、何を目指しますか?」
えっ、俺の質問だけ妙に具体的っつーか、ガッツリ政治的じゃね?
ファッシュ分寮で質問されたときには遷都……と答えたけど、それは精霊から止められたし、実現不可能だと俺自身がわかってるものをマニュフェストに掲げたくはない。
それなら。
「えーと、大陸統一?」
俺の言葉に、審議官全員が「おおっ」と声を上げた。
ちょっと大言壮語すぎた?
「……それは、お父上からそう言えと言われているのですか?」
「言えといわれたわけではないですけど、トリューを開発した今、大陸統一も夢じゃないとさいさん聞いてました」
言葉を区切ると、審議官たちはうんうんと聞いている。
あれ、まだ俺の話すターン?
「えと、本当はあにうえたちから同じ質問をされたときには遷都、ってこたえたんです。ぼうえいの観点から、仮想敵国にきょりがちかい今の帝都のいちはきけんなので。でも、帝都は動かさないほうがいいみたいだから」
「動かさないほうがいいというのはどなたが?」
「あ、えーと、んー、し、しきしゃ?」
俺の答えに質問した審議官は訝しげな顔をしたが、隣の審議官が「まあそれはいいじゃない」みたいな動きをして制し、「続けて」と言われた。たすかるー。
「帝都をうごかせないなら、敵国を敵国じゃなくしちゃったほうが早いんじゃないかって思ったんです」
「なるほど、帝国を守るということが始点にあるのですね」
「そうですね。しょうじき、しゅだんを問わなければもう統一は可能です」
「今なんと?」
「たんじゅんに武力でせいあつするだけなら、もう王国も共和国も敵ではないです。でも国は武力だけでなりたつものではないでしょう? もっと平和的に、おたがいがなっとくする形で統一できるのが理想ですよねー」
審議官たちがポカンとしてる。
あれ、こういうことが聞きたかったんじゃないの?
「な……なるほど、高い志をお持ちでいらっしゃいますね。では逆に、皇帝にならなかった場合は何をしますか?」
「フォーゲル商会で民の生活すいじゅんを上げます! 商会には、意欲的で高い能力をもった人材がたくさんあつまってますので、僕がおじさんになるころには異世界人も驚くような生活が手に入るはずですよ!」
「……ケイトリヒ殿下は、ラウプフォーゲルの次期領主ですよね?」
「あ、そうですね! 領主であれば、商会の頭目ではできないこともいろいろとできますから、これは将来の夢みたいなふわふわしたものではなく、約束できる宣言です!」
まだまだぽっこりしているお腹を突き出して座ったままドヤッと胸を張ると、後ろから一人だけの拍手が鳴った。肩から垂直に生えた羽根のせいで振り返ることはできないけど、たぶんカスパーくん。つられてパラパラと拍手が起こる。ありがとう。
なんか審議官がヒソヒソと話してる。
俺が音選使えること知らないな?
「……聞いていた話とだいぶ違うようですね」
「なんだか手練の商人を相手にしているような気分です」
「年齢に沿わない見た目ですが、考え方は随分と大人びている。なんともチグハグな王子ですな」
ヒソヒソ話終了。
コホンと体裁を保つためのような咳をして見せ、仕切りのヒトが俺を見据える。
「ケイトリヒ殿下は、高い魔力を持ち精霊とも契約しているそうですね。それはとても特別な力です。殿下はその力を何のために振るいますか?」
審議官たちは俺の精神年齢の高さに気づいたのか、質問はちょっと核心的になってきた。
「うーん、僕が英雄にならない社会をつくるために振るいます」
質問してきた審議官は、少しフリーズして「詳しく話してもらえますか?」と続ける。
「高い魔力と精霊との契約がとくべつに思われるのは、みんなアンデッドが怖くて、アンデッドをどうにかしてくれる英雄がほしいからでしょう?」
「それは……つまり」
「アンデッドにおびえることなく、じゅうじつした生活があんぜんに続けられるなら、民も帝国も英雄をもとめないはずです。そういう社会をつくりたいです。魔導騎士隊を設立したのもそれが理由です。彼らから僕の強力すぎる魔導を求められたら、その時だけ振るいます」
「強力すぎる魔導」という単語に、ひとりの審議官が目を細めた。なんだろ。
「……わかりました。他の審議官の方は、質問はありませんか?」
12人中7人の審議官が手を上げた。こんなターンあったっけ?
あと多くない?
彼らからの質問は、だいたい今まで起こった出来事や手掛けた事業の理解度や関わりの深さを確認するためのものばかりだった。
トリューの仕組みや製紙事業を始めたきっかけ、魔導騎士隊の設立の経緯、そしてローレライでのカテゴリエ7のアンデッド殲滅、通信魔道具の開発に、公共放送の開発、さらには帝国南部で進められている鉄道事業にまで。
さらには公表されていないはずの温石や製糖事業、製氷事業にまで質問は及んだ。
半分くらいペシュティーノになすりつけたし、「フォーゲル商会の優秀な技術者」を隠れミノにさせてもらったけど、審議官の目つきはもう子どもを生ぬるく見守るような目つきではなかった。
「さて、質問は尽きませんがそろそろ推薦人を入場させましょう。あまりにも集まりすぎてしまい早く解散させろと近衛兵からもせっつかれておりますので」
いまなんて? あまりにも? 集まりすぎてしまった??
「では中へどうぞ」
音もなく開いた扉から、いの一番に入ってきたのはなんと、皇帝陛下。
ちょっとちょっと!! あ、だから近衛兵がこの部屋の警備にあたってたの!?
その後ろからは父上に……ラグネス公爵閣下! シュティーリ家の当主!?
グランツオイレ領主のフランツ様にシュヴァルヴェ領主フェルディナント様、エーヴィッツの父でヴァイルヒルシュ領主のヴィンデリン様。
魔導学院の女校長は名前わすれちゃった、それにディングフェルガー先生に魔導学のアンニカ先生、なぜか古代語学のイルゼ・トロッチェル先生に、知らないヒトもぞろぞろと。
総勢……50人くらいいない!?
っていうか推薦人に皇帝陛下ってアリなの!
俺があんぐり口を開けたままになっていると、父上が「口を閉じなさい」とコソッと声をかけてきた。これが口を開けずにいられますか!!
「我々としても前代未聞の推薦人のため非常に驚いています。帝国の中枢と呼ばれる御方がほぼ勢揃いとなっていますので、どうか推薦演説は手短にお願い申し上げます」
皇帝と2つの公爵家当主が揃ってるだけでも驚きだが、フランツを始めとした複数の領主が推薦人となることも異例中の異例らしい。
ちなみにフランツ以外にも、ローレライ統治官のフーゴにウンディーネ領主、ヴァッサーファル領主、ちっちゃくて見えなかったけどゾーヤボーネ領主のランドルフ様もいた。
領主に教師となると、全員が演説慣れしまくってるので尺がのびるのびる。
ウンディーネ領主とヴァッサーファル領主は、現在進行中の鉄道計画により慢性的な貧困に打開策が出せそうだということでぜひ俺に皇帝になってもらい計画を早期に実現させてほしいという思惑があるみたいだ。
知らないヒトたちは各業種の組合の長のようだ。
製紙、製糖、製油や木工はわかるけど彫金や製鉄、農業や従魔組合なんて関わった記憶ないんですが。
彼らの推薦演説を聞いてみると、どうやら鳥の巣街の出現によって借金を抱えて解体するしかなかった零細組合がだいぶ盛り返したという話だ。
それ……俺の功績じゃないとおもうんだけど……。
50人近くいるとなると、ひとこと言うだけでも長くなるのに。長い。
特にディングフェルガー先生なんかは「今はまだ発表できない画期的な発明」のことを称賛しすぎて、先生の授業を知ってるヒトが見たらホントに洗脳を疑われる。
長すぎて途中、ウトウトしちゃったよ。
「こら、ケイトリヒ。お祖父様が話すのだぞ、起きろ」
その声にハッとして目が開いた。
「ラウプフォーゲル公爵閣下、いたみいる。……私がここに立つ理由は、不肖の愚息の失態を補うためのものではない。あの者が帝国に与えた損害はラグネス公爵の名誉にかけて補填することを誓う」
ラグネス公爵……俺の実母カタリナの父親である彼は、俺を見て目を細めた。
「永きにわたるシュティーリ家とファッシュ家の確執という不幸を乗り越えて生まれた吾子はその愛らしさと類まれな才で2家の間にあった冷たい氷を溶かした。我が娘であるカタリナが犯した罪は許されない。が、ラウプフォーゲル公爵閣下には私が祖父として名乗ることを許された。このことに感謝もうしあげる」
あ、やっぱりこの前会ったときに「じいじ」と呼んだのはダメなやつだったか。
いや、単語の問題だったかもしれない。そこハッキリしてなかったな。
ラグネス公爵が俺を見つめてフッと表情を緩める。
「おじいちゃま!」
公爵は俺の言葉に「ウッ」と声を上げ、胸を押さえて俯いてしまった。
あ、もしかしてダメだった?
「なんという……なんという可愛さだ。孫というのは斯様に可愛いものか」
あ、OKなやつだった。おじいちゃまったら感動家さん。
それからおじいちゃまは俺がシュティーリとファッシュ、どちらの血も引いていて帝国をまとめ上げるのにふさわしい、理想的な生まれであることをとくとくと説いた。
見た目はイケジジだけど、話が長いところはしっかり爺さんだね。
続いて父上のターン。
どうやら身分の低い人物が先でエラいヒトほど後みたい。
一応、格付け的にはラウプフォーゲル公爵はラグネス公爵より上だ。
父上は主にトリューの開発とアンデッド討伐のための魔導騎士隊設立の功績を称えてくれた。
どっちも傭兵稼業をするラウプフォーゲルにとっては革新的なできごとだもんね。
あと、父上はあまり長い演説が好きじゃないのでスパッと終わった。
さす父上!
そして最後、皇帝陛下のおなり。
全員が起立して頭を下げ、皇帝陛下が「座ってヨシ!」の仕草をしてようやく座る。
俺はボーッとしてて立ちそこねたけど、なんか許された。
「余がケイトリヒを推薦する理由は、集まった推薦人と推薦状を見ればわかるであろう。それ以上言うことはない。齢10にしてこれほどまでに多くの支持者を集めるその人望こそが、その理由である」
それだけ言って終わった。
さす皇帝陛下! 子どもが長い演説に堪えられないのよくご存知で!
眠すぎる俺がなおざりに拍手してるのを、皇帝陛下にバッチリ見られた。
笑ってた。子どもでよかった。
あとから聞いたところ俺のターンは1時間以上続いたらしい。
そりゃ寝るわ。
ちなみに後ろに座っていた子どもたちも、多くがウトウトしていたそうな。父上情報。
俺の推薦人軍団が退室して俺の次の子の質問タイムに入る頃には、窓から入る光がだいぶ傾いていた。
「ちちうえー!」
「おお、ケイトリヒ。おかえり。よく頑張ったな」
ペシュティーノに肩から生えた羽根を脱がせてもらって、パタパタと駆け寄るといつも通り抱き上げてくれる父上。
「お祖父様にごあいさつしようか」
「おじいちゃま!」
「ンンッ」
すぐ近くにいたラグネス公爵が胸を押さえている。
近くで見ると……意外にも、ペシュティーノとすごくよく似ている。
あまり言ってはいけないと言われたが実母のカタリナといとこになるということは、ラグネス公爵はペシュティーノにとって伯父か叔父になるわけだから似ててもおかしくない。
思った以上に親近感の湧く見た目に、俺は手を伸ばした。
「よ、よいのか」
「閣下が望むのなら、構わんよ」
ラグネス公爵はおそるおそる俺を抱き上げてくる。
父上より体が小さいのに、しっかりした腕力だ。
「……なんと、まさか我が腕に抱けるとは……ケイトリヒよ、よくぞ、よくぞ……」
ライムグリーンの瞳を潤ませながら、俺の髪を撫で回す。
よくぞ……なんだろう。生きててくれた、かな?
記憶はないけど、カタリナに殺されかけてたらしいし。
でもヒルデベルトにも子どもがいるんじゃなかったっけ?
それに、ジャレッドは確か公爵の孫だったはず。
「おじいちゃま、ジャレッドを抱っこしたことはないの?」
「……あの子とは小さい頃は疎遠でな。母親がなかなか会わせてくれんかったのだ。初めて会った頃にはもう、抱っこするような年齢ではなかった」
厳密にいうと俺も抱っこされるような年齢ではないと思うんだけど……まあ見た目がね。
「ん? ジャレッドの本当のお父さんってだれ?」
「知らなかったのか? 我が愚息、ヒルデベルトじゃよ」
えええええ!!!
あんな、あんないい子のジャレッドが!! ヒルデベルトの子!?
公爵の孫とは聞いていたけどまさかヒルデベルトの子とは思っていなかった!
「……安心しなさい、ヒルデベルトはもう好きにはさせん。あれは私が甘やかし過ぎた。遅ればせながら、私が責任を取らねばならん。……ペシュティーノには手を出させん」
「ほんと!」
最後の一言がなによりも嬉しい。
「おじいちゃまだいすき!」
「ンゥッ!」
首にギュッと抱きつくと、おじいちゃまは背中をさすさすしてきた。
そして耳元をくすぐるように呟く。
「ケイトリヒよ。其方の存在がペシュティーノを守ってくれた。あれもまた、私の子なのだ。ヒルデベルトが迷惑をかけたな。守ってくれてありがとう……」
「え」
えええええええええええ!
ぺ……ペシュ、最初はカタリナの遠縁の親戚とかいってたくせに!!
次はカタリナのイトコで! 実は俺の伯父!!!!
カタリナとはおそらく母親が違うんだろうけど、それでも続柄としては伯父!!
「それ絶対言っちゃいけないやつだよね!」
「フォッフォッ、まことに聡い子であるな」
おじいちゃま、サンタクロースみたいに笑っても言っちゃいけないことは言っちゃいけないんだぞ! 子どもに重責を背負わせるんじゃなーい!
……まあ、ペシュティーノの出自がどうあれ、俺にとっては俺のペシュティーノだから別にいいんだけどさ。忘れよ。
いや、なんだかヒルデベルトがペシュティーノを目の敵にしていた理由が、なんとなくわかった気がした。ペシュティーノはハッキリいわないけど、ヒルデベルトとはだいぶ折り合いがわるいことは明らかだ。幼い頃から知ってるような話もしていた。
きっとあまり優秀じゃないヒルデベルトが、側室だか愛人だかわからないけど、とにかく本妻以外から生まれた優秀なペシュティーノに嫉妬してたんじゃないかな?
そう考えれば共感も理解もできないけど納得はできる。
まあ、今は謹慎してるみたいだしラグネス公爵ももう手は出させないと約束してくれた。
ペシュティーノの帝都での危険は去ったと考えてもいいのかな。
そういうことでいっか。
俺の魔力がペシュティーノを殺す、という話はまだ生きてるので油断はできないけど。
猶予はあるみたいだし、じっくり対策を考えよう。
ペシュティーノは俺が守る!
「結果発表まで少し時間がある。ケイトリヒよ、異世界召喚勇者に会うか? 皇帝陛下が手を回してくださったようだが」
「え、あえるの! あう! いや、え!? 結果出るまで待たないといけないの!?」
俺の叫びはドアを出た廊下に甲高く響いた。
子どもの声って響くよね……。
「まあ、今年の順位は公共放送でも発表するらしい。結果を知るだけなら通年通り待つ必要はないんだが……」
父上はペシュティーノやラグネス公爵と顔を合わせて困った様子だ。
「その、まあ可能性ではあるが……もしも、もしも継承順位が5位以内になった場合、それを証明するメダリオンと説明会があってな」
「ぼく10歳ですよ? 5位以内なんてないない」
「ケイトリヒ様」
ペシュティーノが真剣な目をして膝をついてきた。
あるんか……。あるんだな……。
「う……じゃ、じゃあ、異世界召喚勇者に会えることですし、待ちますね」
「ケイトリヒはそれほどまでに異世界に興味があるのか」
俺とドラッケリュッヘン法国の異世界召喚勇者との関係を知らないラグネス公爵は俺が彼らに会いたがってることが不思議なようだ。
「僕のおかかえシェフが異世界人なので! 発明品の多くは、かれから着想をもらってるんですよ! それに、異世界召喚勇者たちもおかかえシェフの料理が食べたくてしょうがないみたいで」
「フォッフォ、そういえばジャレッドもお茶会での料理は素晴らしかったと申しておったわ。いつの日か私も食べてみたいものだ」
「あっ、それなら親戚会に来てもらえばいいんじゃないかな! ねえちちうえ!」
俺の無邪気な声とは裏腹に、その場が完全にフリーズした。
「ケイトリヒ、さすがにそれは、ずっと先の話だな」
ラグネス公が俺を撫でながら言った。……しまったな、先走っちゃったか。
「……う、うむ。今年は難しいだろうが、いずれな。そう待たせはしないだろう」
父上も一瞬フリーズしたけど、そんなに悪い雰囲気じゃない。
「あっ、じゃあ、そのまえに鳥の巣街で食べられるかも! おじいちゃま、いまあのばしょで『ごちそう広場』っていうレストラン街を計画してるの!」
「ケイトリヒ様、それは……」
あっ、部外秘情報だった!
ハッとして口に両手をあてると、ラグネス公は眩しいように目を細めた。
「おじいちゃま、内緒にしてね?」
「もちろんだよケイトリヒ。先に教えてくれたお礼に、鳥の巣街への出資額を上乗せしよう。賄賂ではないぞ?」
うーん、資金は十分なんでお金はあんまりいらないんだけど、こういうのは気持ちだから断るのもまずいよな。
「うふふ、おじいちゃまにレオの料理食べてもらえるの楽しみだな!」
「出資とは別に、周辺領地の特産品をいくつか贈ろう。もしもその料理人のお眼鏡に叶うようであれば、特別に融通するよう手配する」
「ほんと!? わあい!」
特産品! おもしろい野菜とか食料加工品があるかなあ!
贈り物とは言ってくれたけど、ちゃっかりラグネス公爵領の地場産業を一枚噛ませようとするあたり、やっぱり領主って一筋縄ではいかない。
でも出資よりそっちのほうがいいね!
未知の食材と出会えるかもしれないし、地元の商人や農家とつなぎがつけられる。
やっぱ親戚増えるっていいわ!
推薦人軍団はとっくに解散してたんだけど、最後のひとりだったラグネス公爵の退席を待って異世界召喚勇者との面会に。
ドラッケリュッヘン法国の異世界召喚勇者たちの顔は情報表示の顔写真的な情報でだいたいわかるんだけど、実際に会うのは初めて。
俺が支援者の「ヒルコ」であることは隠しての面会だから、ちょっと緊張するな。
バレないように気をつけないと!