第2部_1章_0148話_皇位継承順位審議会 1
王国の大領主令息の5人は、授業態度は不真面目だったそうだけど俺の話は真剣に聞いてくれた。
ちょっと難しい言葉を使うと、すぐに意味がわからないという顔をするのでよくわかる。
おそらく勉強する意欲があっても、これまでの学習が不足しているせいで授業についていけなかったんじゃないだろうか。
魔導学院の授業は日本の小学校や中学校の比ではない、多いときは100人近い生徒の間で授業を受ける。日本でのイメージは大学に近いと思う。
そんな中、先生の使う言葉の意味がわからなかったからと言って簡単に質問はできない。
大学生くらい成熟していれば、あと日本であれば、すぐにネットで検索したり周囲の友達に聞いたりする機転がきくだろうけど。
彼らにとってはもどかしかったんだろうね。
食事を堪能したあとは王国と帝国の歴史的な関係や、王国で成長する産業の見通しなどを真剣に語り合った。
俺も詳しくはないが、寒冷地……いや極寒地といってもいい王国の産業と考えるとやっぱり日本では北海道とかが参考になるんじゃないだろうか。
畜産や乳業、じゃがいも栽培や北海漁業なんかもきっと将来的には伸びるはず。
「我が領地では肉食の魔獣が多い。王子が提案してくれた畜産に適した温和な魔獣も多いが、害獣も多い。被害を防ぐためにどうすればいいか……か。考えたこともなかった」
ゴットリープの父が治めるアシュトラム領は王国で最も寒さの厳しい高山地帯。
それでも魔獣がたくさんいるとは、いい情報を聞いた。もしかしたら帝国でも飼育可能な魔獣がいくつかいるかもしれない。
「俺……いや、私は領のことをよく知らない。鉄鋼、銅にミスリルの鉱山があることは知っていてもどのように採掘されているかも知らない。埋蔵量、なんて言葉初めて聞いた……なくなってしまうことがあるんだな」
エリアスのドトール領は様々な金属がとれる地下資源が豊かな土地。現在研究中の鉄道が完成すれば、石炭の需要が伸びるはずだ。
もしも埋蔵量があれば、エリアスの領はいっきに輸出で飛躍するかもしれない。
「僕の領地ではわずかながら周囲に比べて農業に適した土地だ。温石さえあればこれからどんどん王国の食料庫としての役割を果たせるはずだよ!」
温石の詐欺にあったケヴィンは王国の南側、比較的温かい地域に位置するハグン領。今でも王国の食料庫と言われる大農産地ではあるが、温石があれば冷害を防ぎ、ゆくゆくは冬季の農業も見込める。
「俺の領地には王国一の漁港がある! 海によって穫れる魚が違うなんて、考えたこともなかったぜ……王国で穫れた魚が、帝国では高く売れる可能性があるんだな!? あ、でも運ぶ方法を考えないとか……魚は腐りやすいもんな」
ジェイスの領地は最も寒さが厳しい、北端のハム領。美味しそうな名前だが、美味しいのはお肉ではなく海産物。カニ、エビ、ウニといった日本でも高級な食材が、山のように穫れるんだそうだ。それに、魚の漁獲量も王国一。これはぜひ仲良くしておきたいな〜!
「私の領は……」
和気あいあいとした語り合いの中でも言葉少なく、自領の話題に口ごもったのはセドリック。
彼の領地は、今回の王国解体で最も貧乏くじを引いたといってもいいシューフォル領。
ラウプフォーゲルと同じく兵士の育成と派兵、軍事産業を主軸にしていたが王国軍は解体してしまった。
危険なこの世界で戦える兵士の需要などいくらでもあるんだけど、軍の解体で一時的に失業者となってしまった兵士たちは今、荒れているらしい。
はやいところ王国の治安体制を整えないといけないのだが、それに最も協力して欲しい領がセドリックのシューフォル領だった。
「セドリックのお父さんは反ラウプフォーゲルの筆頭なんだよね」
俺が柔らかいパンにかぶりつきながら言うと、セドリックは居心地悪そうに座り直す。
「……私ごときの力では、父と領地の考え方を変えることは難しいと思います」
それは、セドリック自身は親ラウプフォーゲル派になったってことでいいのかな?
「考えを変えるひつようはないんだよ。別に反ラウプフォーゲルのままでもかまわない。セドリックが、先に領にリエキをあたえてしまえばいいんだ」
「利益……ですか?」
「そう、りえき。それを先にわたして、生活がかいぜんした! ってなったあとに、実はラウプフォーゲルのおかげでした〜……みたいな? わざわざ反ラウプフォーゲルの土地ででどころを明かす必要はないでしょ」
「し、しかしそれは……その、詐欺、とまでは言いませんが、嘘でしょう?」
「んーん、嘘はつかないよ。ただ、明かさないだけ。もちろんそのあたえられた利益は、正当で公正なものでなくちゃいけない。さらにいうと、ラウプフォーゲルのおかげというのがバレたからといって変更してもいけない。反ラウプフォーゲルのままでもいいから、『ラウプフォーゲルは商売には誠実』ってことだけ先にりかいしてもらえばいいんだ」
「し、商売……ケイトリヒ殿下は、王子というよりどこか商人っぽいですね?」
「フォーゲル商会の頭目だからね!」
セドリックのシューフォル領以外で、ここにいる4人の領やパトリックのお父上を介してもいい。反ラウプフォーゲルでも、とにかく隙間にねじこめればいいんだ。
貴族も平民もトリコにする絶対的な自信が、フォーゲル商会の商品にはある。
「はばつのつきあいは大事だろうけど、それが最優先になっちゃだめだよ。領主一族の行動は、領地の領民の生活にちょっけつしてる。キミたちが不勉強のまま後継者争いから脱落してしまえば、その責任からはのがれられるけどね」
帝国では貴族と平民の差がゆるやかだが、王国では違う。
貴族が平民に成り下がることは大変な屈辱であり、ひどいところでは名誉殺人という手をとる家も。
いわゆる、「平民に成り下がるなど我が家の恥! 殺したほうがマシ!」という考え方。
つまりここにいる彼らには、後がないのだ。
教育は十分に受けられず、何者かのコマになって入学式で暴れてはみたけれど。
魔導学院でもやっぱり上手くいかず、仲間は命を落とした。人生詰んで失敗して落ちぶれるだけならまだいい。ラウプフォーゲルか、操ろうとしてきた何者かに命を奪われるかもしれないならば懐柔しようとする俺の手を掴んだほうがずいぶんとマシだろう。
「よくよく不幸な子どもを見逃せない性質なのですね」
お茶会を終え、学用品のお土産もしっかり渡して彼らを帰したあと。
彼らを弟子、というか身内に抱え込むために必要な関係各所への連絡と共有の書類を作成しているとペシュティーノがちょっとジト目で俺をみつめて言った。
「そんなスーコーな精神じゃないよ。お金儲けに使えそうってだけ」
「どうでしょうね」
ペシュティーノは少し呆れたように笑うけど、ちょっと嬉しそうなの俺にはわかるんだからね。
「キリハラ殿からの報告によれば、帝国入りしたドラッケリュッヘンの異世界召喚勇者たちは心身ともに健康だそうです。一部はレオ殿の異世界料理を泣きながら食べていたそうですよ」
「異世界せいかつが長いとそうなるだろうねー」
といってもドラッケリュッヘンから来た異世界召喚勇者11人……いや、報告では2人離脱したらしいから帝国に来たのは9人か。
その9人のうち3人が日本人じゃない。共和国のことはわからないが、クリスタロス大陸で行われていた異世界召喚では記録を見てもほぼ日本人。
何か違いがあるんだろうか。
「異世界召喚は魔法陣で行われますが、その術式は古代のもの。現代人では設計はおろか改変さえ難しいと言われています。それに、苦心して改変した魔法陣は国家機密。帝国と王国、そして法国の魔法陣と見比べるのは政治的に難しいでしょうね」
「そこはほら、せいれいで」
「……スパイ行為はほどほどになさってください」
「これはがくじゅつてききょうみ!」
とりあえずミズキをはじめとした9人の異世界人たちの安全と生活は保障された。
帝国まで来てくれたのなら精霊神に調べさせることも簡単だし、俺の保護下に入ったと考えていい。それに中央で彼らを保護しているのは同じ異世界人だ。
「シャルルから聞いてはいたけど、ぼうけんしゃになったんだね」
「ええ、キリハラ殿からもアガツマ・シロウ殿とオビ・エビンガ殿の戦闘力は得難きものだとありました。魔導騎士隊に特別枠を設けましょうか」
「本人たちが入隊をきぼうしたらね。異世界では戦うしょくぎょうに就くひとは特別なんだから」
「魔物もアンデッドもいない世界ですからね。私には想像もつきません」
まあ明らかな敵なんていなくても、国を守るためには軍がいるし、歴史的にみれば戦争なんてしょっちゅう起きてた。この世界とは戦う相手がちがうだけで、あまり違いはない。
「めいかくに戦闘職に就くのがイヤなのは、クォン・ミョンジェくんとオオモリ・タイセイくん、あとマツコウジ・キミタカくんね」
「オオモリ氏についてはキリハラ殿からも『神経質で分離不安の傾向があり戦闘には著しく向いていない』と報告があります。クォン氏は【光】と【闇】の属性適性を持っているのでできればなにがしかのアンデッド討伐隊に入ってもらいたいとも」
マツコウジ・キミタカについてはミズキからも報告が来ていたが、若干特殊能力の取扱に注意が必要だという話。なんでも空間やモノを「削り取る」能力だそうだ。
どういうふうに使うのか不明だけど、そういう能力、有名なマンガにあったなー。
異世界召喚勇者の能力は本人の強い願いとイメージによって決まるそうだから、知ってるマンガの影響がでるのも当然かもしれない。
「まあ魔導騎士隊じゃなくても帝国なら安全なはたらきぐちはいっぱいあるし。はたらく気があればだけど……」
「シマタニ・ミズキ殿にアガツマ・シロウ殿、それにコウジマ・アオイ殿は自ら戦闘職を希望しているそうです」
「へえ、アオイはあまり戦闘向きじゃない性格だと思ってたけど」
「帝国魔導士隊がおこなった魔力測定で圧倒的な最高値を叩き出したことで自信を持ったみたいですよ。それ以上に、イシャン・プージャリ殿のほうが高かったようですがどちらも稀有な値だそうです」
法国に無理やり戦地に放り出されるのはイヤでも、軍の一員として戦うのはアリなんだろうか。そのへんの心理はわからないけど、異世界に飛ばされて戦闘に適性があると言われたらアガる気持ちはわかる。
「……べつにすぐにはたらいてもらわなくてもしばらくは……なんなら一生でも保護できるし、いそがずゆっくりかんがえてもらお。とにかく彼らの意に沿わないことはさせたくないから、それ最優先で」
「承知しました。そのようにシャルルに伝えましょう」
異世界召喚された少年、青年たちは、何らかの形で元世界での社会とのつながりが希薄だった者が選ばれる。要は「いなくなっても気づかれにくい」人物。
レオのことを考えると一概に彼らが不幸だったとは断言できないが、元いた世界に強い未練がないとなると、なんとなくわかる。
「……んん、意に沿わないことをさせたくない、じゃなくて……できればこの世界でしあわせになってほしい」
ペシュティーノはニコリと笑って俺の頬を指でスリスリしてくる。
きもちよくて頬を押し付けると、抱き上げられてちょっと強めにハグされた。
「ケイトリヒ様も彼らと同じ立場であるにも関わらずこの世界の人間として彼らを慮るお優しい心。そして世界とそこに住むもの全てを良きものにしたいというお気持ち。やはりケイトリヒ様は神になるべくこの世界にいらした素晴らしいお方です」
「え、ちょ、やめて。ペシュ最近、僕のことみょうに神にさせようとしてない? まだ選択肢としては代理をたてるというプランもあるんだからね!?」
「私はケイトリヒ様にこの世界の神になってもらいたいです。お嫌ですか?」
「おイヤですね!」
ペシュティーノはちょっとシュンとしてしまったけど、神になりたい人なんておる!?
おるか! おるかもしれん! でもそれは俺じゃない!
「僕は、僕はマリアンネとフランツィスカとけっこんしてゲイリー伯父上みたいな大家族をつくって、ひびいろんな商品開発をしつつお金をもうけて、皇帝にさせられたら政治のおしごともして、しあわせに暮らすんだ。ラウプフォーゲル領主でもいいよ」
「それもよい将来ですね。しかし皇帝や領主としての務めは金儲けの次なのですか」
「神になったらぜんぶムリかも!」
「神と皇帝は兼任できるのでは?」
「むちゃぶり!」
「なにせ神です。不可能はないと思いますよ」
なんかペシュティーノが俺を神にする気! シャルルから洗脳されてない?
それから数日。
俺が1年生のときに通学停止になった期間に家庭教師をしてくれた先生たちと、新たな院生たちが王国の大領主令息たちの補講をしてくれることになった。
先生や院生もヒマじゃないので、もちろん報酬は俺から出す。
これはいわゆる投資だ。
お茶会に参加した5人の令息たちは少人数制の授業で丁寧に教えてもらい、学力はメキメキ伸びている。
放置されていただけで、もともと能力が低いわけではなかったんだろう。
投資に見合う結果がでるかどうかは、さすがにヒト相手なのでわからないね。
さて、そんななか、そろそろ6月。
皇位継承順位審議会の日が迫っている。
ディアナは張り切ってるし、父上からはしょっちゅう連絡が来るし、側近たちも落ち着かない。一体どういう会なんだろう。審議するの俺じゃないし、段取りとかも何もおしえてもってないし、座ってりゃいい系?
前世もこの世界も、子どもはおみそだ。
まあラクでいいよね。
大人は大変そうだけど。
というわけで審議会当日。
俺たちはまだ暗い早朝の時間からファッシュ分寮を浮馬車で出て、転移魔法陣からラウプフォーゲルへ。
転移しているから近いように勘違いしがちだけど、移動距離は約3千キロメートル。ざっと考えて日本縦断の距離だけど、転移があれば約1時間。
それから父上と合流して、帝都まで1時間。そしてこっちも実は移動距離はだいたい2千キロメートル強。転移魔法って便利だなー。
久しぶりの皇帝居城は相変わらずモノトーンで質素で寒々しい。
もともとそういう趣味ってわけでもないけど、ラウプフォーゲルの絢爛豪華さに慣れるとやっぱり物足りないね。もし皇帝になったら城を作り変えよう。
「ケイトリヒ、随分と余裕そうだな?」
「へ?」
前を歩いていた父上が振り返ってニヤニヤしている。
今日の俺はまたもや竹の中のかぐや姫ばりに肩から羽根が垂直に生えてます。
「僕、今日なにかすることあるんですか」
「いや特にないんだが」
父上が目配せをすると、周囲にいた貴族の親子たちがサッと目を逸らして道を空ける。
目の詰まったみっしり絨毯がひかれた広い廊下には親子連れが10組ほど広く散らばってそれぞれ声をかけたりしているみたい。頑張れ、と声をかけられている子もいる。
え、なんか頑張ることあるの? 訝しげに父上を見ても、ニヤニヤしてるだけ。
でっかい豪華なドアのむこうが審議会の会場なんだろう。
「じかん、どれくらいかかるんですか」
「さあな、私のときは人数が多かったから1刻ほどかかったんだったかな。アロイジウスのときは5人しかいなかったし推薦人も少なかったから、20分ほどで終わったぞ」
「ビューローは選考会っていってたけど、審議会とはちがうの?」
「ああ、選考会はすでに終わっている。ケイトリヒが参加するのは審議会だ」
あ、そうなんだ。
流れは軽くビューローに聞いた気がするけど、グループ面接みたいだな、と思ったことだけしか思い出せない。
「今年の継承順位審議会への参加者の方々は、どうぞお入りください」
豪華なドアの前で声を張ったのは皇帝の近衛兵の制服を着た背の高い男性。
「わ、すごいかっこいい〜」
「なに? なにがだ?」
「え、近衛兵のせいふく」
「……魔導騎士隊のほうがいいではないか」
「白もいいけど、黒い制服もなんかキリッとしてていいよね」
「ケイトリヒには似合わん」
ちびっこの俺が近衛兵になるとでも?
城下町視察のときに聞いた話のせいかはわからないけど、帝国では黒い服はあまり好まれないようで着ているヒトを見たことがない。
「行っておいで」
「え! ちちうえついてこないの!」
「当たり前だろう。もう洗礼年齢だ、子どもじゃないんだぞ」
「10さいは子どもだとおもいますー」
ぶーぶー言いながら近衛兵のおじさん歩み寄ると、厳つい顔がふにゃりとほころんだ。
ハッと思い直して再びキリッと表情を引き締め、審議会会場へ入るよう促された。
俺をみると、だいたいの大人がそーなる。
審議会の会場は、だだっ広い大広間の真ん中に椅子が並べられているだけだ。
10組ほどある椅子は俺たちが座るのかな。
向かい合うようにセットされたテーブルつきの椅子は12組。審査員っぽい。
そしてその横には木板に布が貼られたボードと、ロープのようなものが張られている。
「では審議対象者の皆さん、名前を呼ばれた方から順にお座りください。順番は届け出順になります」
俺が呼ばれたのは2番めだ。まあまあ早い?
あとから聞いた話だと、6歳になって宮廷魔導師に魔力測定をされた時点で届け出済みだったらしい。そりゃ早いわ。
俺より早く届け出を出されていた人物は、いわゆる「固定層」。
領主や貴族、豪商などそれなりに地位のある人物のなかでも、中央への関わりを求めるヒトの中には跡継ぎと決めた子以外の息子を自動的に皇位継承順位審議会に届け出ることがあるんだって。順位の中身はさほど重用視されてなくて、その届出とか手続きとかで中央に行くことが目的らしい。そういうひともいるんだね。
横が全く見えない衣装でぽてぽて歩いて椅子の前に立つんだけど、子ども用の椅子とはいえ当然、俺にとってはデカい。そして今日は抱き上げてくれるヒトがいない。
どうしよう……とボーッとしてたら、横にいたちょっと体格のいい男の子が抱き上げて座らせてくれた。
俺の次に名前を呼ばれた子だ。この子、同い年……なんだよな……。
「ありがとう!」
「い、いいえ……」
親切で良い子だけど、俺とは関わりたくないらしい。
隣に座ったあと、少し体を避けられた。なんで!?
「僕、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュっていいます」
「はい、存じております。名乗るほどの名ではありませんが、カスパー・バルヒェットと申します。家名がありますがビブリオテークの商人の息子で、バルヒェット男爵とは血縁はありません」
バルヒェット男爵って誰だっけ、と3秒ほどフリーズしたけど、アロイジウス兄上が話してくれた怖い話に出てきたハニートラップ被害者男性だと思い至った瞬間、これはジョークだったんだなと理解してウフフと笑っておいた。
10歳なのに、言葉遣いも丁寧で大人っぽいし親切だし気の利くいい子だな。
なんだかちっちゃいガノみたい。
「ビブリオテーク領! ミナーヴァ男爵令息のハーゲンとは魔導学院でお友達になったよ! おうちは商家なの? 商品は何をあつかってるの?」
「えっ、ミナーヴァ男爵をご存知なのですか! ミナーヴァ男爵にはお世話になっているのですよ。私の家では主に本に使われる紙や布や獣皮といった材料と、本の装丁のための加工品を扱っています」
すらすらと答えてくれた言葉は随分とこなれているので、10歳でも家業を手伝ってるんだろう。しかもやっぱり帝国の書庫と謳われるビブリオテーク領の商家。扱ってるのは本関係なんだね!
「すごい! 僕、魔導学院で写本を依頼してるんだ。学生の写本はどうしても紙の品質が一定に保てないから、本職の方にお願いできないかなと思ってるんだけど」
「それならば私の家がお手伝いできると思います! ぜひいちどお話を……」
「静粛に」
審議対象者と呼ばれる俺と同じ10歳の子どもたちとは別に、ぞろぞろと会場にはいってきた大人たちの先頭が厳かに言うと、会場はシーンとなった。
喋っていたのは俺と商家の息子カスパーだけだったみたい。
「えー、ではこれから帝暦514年度の皇位継承順位審議会を行います。すでに選考会は終え、皆さんには推薦状を加味した仮の順位がつけられています。ここではその順位を加味して我々審議会員より皆さんに質問をしますので、思うままにお答えください」
んーやっぱ面接っぽい。
相手は10歳の子どもと考えると志望動機とかこれからの展望とか語らせるには少し無理があるか。だから質問形式なのかな。
「何か質問がある方はいますか?」
「はい!」
手を挙げると、何やら書類を見ていた審議会の大人たちの視線が俺に集まった。
「ケイトリヒ殿下ですね。どうぞ」
「しつぎおうとうの内容で、順位はかわりますか?」
「はい、もちろん今出ている順位は仮ですので、皆さんの資質を見極めたうえで順位が変わることはあります。ほかには?」
「はい!」
「……ケイトリヒ殿下、どうぞ」
「質問にうまくこたえられなかったときや、言葉がうまくでてこなかったばあいは評価が下がりますか?」
「いいえ、質問はあくまで皆さんの資質を見極めるための取っ掛かりにすぎません。答えの内容はまあ、もちろんそれなりにお聞きしますが。それよりももっと重要なのは……例えばウソをついたり、本当は自分がやっていない手柄を自慢するほうが問題です。それは皆さんもわかりますね?」
なるほど。総合的、かつ包括的に見ているってことね。ほんと面接っぽーい。
「では、他に無いようであれば……」
「はい!」
「……ケイトリヒ殿下、どうぞ」
「質問のじゅんばんは」
「それは今から説明することです」
「ふぁい」
俺がへにょんと脱力したので、後ろの子たちが少しクスクス笑った。
リラックスしてくれたかな?
「では、質問する順番を決めていきます。公平を期すため、くじ引きで行います。この箱には皆さんの名前が書かれた板が入っており、私が順番に取り出します。それが質問の順番です」
とくにもったいぶる様子もなく、仕切りのヒトは次々と箱からアイスの棒みたいな小さな木板を取り出して名前を読み上げる。
審査員席のとなりのボードに、木炭で大きく名前と順番が書かれた。親切〜。
俺の順番は最後から4番め。みんなの様子が見られるからありがたい。
「では、1番目。パッツィーク領主令息、五男ドミニク・パッツィーク殿下」
「はい」
名前を呼ばれた子は、前に出て一人だけ別の椅子に座る。
これキンチョーするやつー。
「ドミニク殿下、騎士学校に通っているそうですが、得意な科目は何ですか?」
「はい、私は剣が最も得意だと思っていましたが、騎士学校で初めて触れた長棍にも才があると先生に言われました。今、精進している最中です!」
「ちょうこんって何?」
「ケイトリヒ殿下、長い棒のような武器のことですよ」
俺のデカめのひとりごとに、カスパーがコソコソと答えてくれた。
「へー! ああ、棍か! かっこいいねえ、強いんだねえ!」
「ケイトリヒ殿下、私語は謹んで頂けますか」
審査員から注意された。しゅみましぇん。
「では、ここでぜひ参加したいと駆けつけてくださった推薦人の方に入場して頂き、一言をいただきます」
仕切りのヒトが促すと、ドアを開けて3人の騎士っぽいヒトが入ってきた。
……何この流れ? ゲスト登場?
「フロイル騎士学校教師、ジェスロ・ゾルガーと申します。ドミニク殿下はパッツィーク家随一の武才の持ち主です! 10歳にしてアンデッド討伐隊へ3度も同行し、1度はカテゴリエ2のアンデッドを撃破しました! 上位の皇位継承順位を賜れば、その御力でアンデッド殲滅を必ずや成し遂げることでしょう!」
力説する騎士の言葉に、子どもたちから「おー」と感心の声が漏れ、ぱらぱらと拍手が湧いた。
あ、そういう? 応援演説てきな。
……なんか、父上がニヤニヤしてたのがすごく嫌な予感に思えてきた。
この推薦人制度、俺のターンで変なヒト出てきませんように……!