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第2部_1章_0147話_懐柔上手な王子様 3

帝王学の授業が終わったあと。


授業に参加した8人は、そのまま教室に残り時間を惜しむようにディスカッションに明け暮れた。


他人に壁を築いていたはずのダニエルも、無作法で手厳しくやりこめられたファリエルも「支配者たるもの、臣民のために何を行動すべきか」という議題については真剣だ。

プルプァ領主令息アウレール、クラルヴァイン領主令息エッケハルト、シルクトレーテ領主令息ニクラスとはさほど面識がなかったけど、この授業でいっきに仲良くなった。


「皆さんの考え方は刺激になります……実は、アウレールとはよくこういった話をしているのです。お時間が許せば、またこのメンバーで今日のような話し合いの時間を持ちませんか?」


そう提案してくれたのはクラルヴァイン領主令息エッケハルト。


「いいですね。私も志を同じくするあなた達との会話は楽しかった。しかし、場所は?」


アロイジウスが応える。俺も同年代……いや、年齢にはすこし差があるけど、同じ立場の少年同志で語り合うのはやっぱり楽しい。実利を追い求めて実際に行動に移せる責任と判断力が問われるフォーゲル商会の面々とは違った刺激がある。

理想を語り合うのは、ふわふわしていて楽しい。


「いつもはインペリウム特別寮の談話室ですが……そうですね、もしアロイジウス殿下が参加してくださるとなるとさすがに」

「下の談話室か……できればファッシュ分寮で開催したいところだが、ケイトリヒ。どうだろうか」


ファッシュ分寮の建物は、門をくぐるだけで名誉と言われているほど魔導学院内では「雲の上の存在」とされている。実際、精霊が支配する建物なので招かれた人物も圧倒的な存在の違いみたいなものを覚えるんだろう。


「アロイジウスあにうえの客人として招待するならもんだいないですよ」

「う、うーむ」


渋ってる。たしかに、シルクトレーテ領主令息のニクラスくらいなら旧ラウプフォーゲル領なので問題ないと思うけど、中立領であるプルプァ領にクラルヴァイン領、それに共和国のファリエルとなるとやや招待に二の足を踏むのもわかる。

あにうえの中でファリエルが頭数に入ってるのか謎だけど。


「インペリウム特別寮のだんわしつでもいいじゃないですか。僕はそこでもいいですよ」

「えっ!? い、いいのか? 側近が許すのか?」


側近、と聞いてエッケハルトもアウレールも、ファリエルまで表情に緊張が走る。

先日王国の生徒を手打ちにした件は大きな事件だ。


「僕がインペリウム特別寮の談話室での会合に参加するとなると、護衛がつくるのはさけられません。アロイジウスあにうえもおなじですよ」

「え」


さすがに兄上でもひとりで参加はさせられない。ペシュティーノは絶対に護衛をつけろと言ってくるはずだ。アロイジウス兄上、いちおうラウプフォーゲル領主令息ですよ?


「ラウプフォーゲル領主令息となると気軽に足を運ぶというのも難しいでしょうね」


ニクラスが理解を示すが、エッケハルトもアウレールもちょっと思案顔だ。

しばらく考えて、旧ラウプフォーゲルの中枢である俺たちとの対話のほうが価値があると判断したみたい。


「ではご都合の良い時にぜひ。我々は毎週5曜日の夕食後に集まります。今回授業に参加しなかった領主令息も参加することがあり、中立領だけでなく、中央派とよばれる家門も多くいます。旧ラウプフォーゲル勢も、同じ帝国の同志。派閥で反目し合っていては有益な話し合いができないと考えていますので、ぜひお話を聞きたいですね」


中央派の領も参加すると聞いて、アロイジウスはより会合に興味を持ったようだ。

エッケハルトのその言葉で、その場はお開き。


夕食の席でその会合についての話題が出ると、案の定アーサーが食いついた。


「意見交換会のようなものですか……たしかに、授業の合間だけではなかなかそういった意見を言い合うことは難しいですから、有意義な集まりになりそうですね。僕の家門も、将来的には王家の直轄地を割譲して領主となる話が出ています」


そう、アーサーを始めとした王家の一族は帝国との統一の後、公爵家となる予定。

もちろん、小さくない領地を与えられて経営することになる。


「じゃあ、もし企画したらアーサーも参加してくれる?」

「ケイトリヒ様のご招待とあれば、もちろんです!」


「フランツ様が教鞭を取られるとは……! 私も、税法の補講は後回しにして参加すべきだった。ケイトリヒ、次回は是非いっしょに出よう」

「うん! エーヴィッツあにうえにぴったりの授業だったよ、きっと楽しいよ!」


「楽しいのか……?」

「クラレンツあにうえも、なにがあるかわからないから一度授業を受けてみるといいよ」

「たしかに、父上は次期領主を指名されたが、僕達にも授業を受けることを制限していらっしゃらない。お互い、ゲイリー伯父上のように領地を割譲される可能性だってあるのだから学んでおいて損はないよ」


帝王学の授業はその性質から、次期領主候補が生徒の条件なのだが、親、つまり領主が許可すれば指名を受けていなくても授業は受けられる。特にラウプフォーゲルは大きな領なので、父上が次期領主候補指名者であることを条件にしなかった。


なのでアロイジウス兄上と俺が仲良く帝王学の授業を受けたわけだが、これは歴代の領主令息のなかでは異例らしい。

たいていの領主は兄弟で授業を受けることを許可しないし、まだ次期領主候補が指名されていない場合は兄弟同士がライバルになるので、ギスギスしているのが普通なんだって。

これ、エッケハルト情報。


「ないないないない、絶対イヤだ。俺に領地経営なんて無理だろ、無理無理」

「クラレンツあにうえ……ゲイリー伯父上は、事業で領におおきな損害をだした罰としてハービヒト領を割譲されたんだよ」

「ラウプフォーゲル領はまだまだ大きいからね。中央はずっと領地を分割させたがってると聞いたことがある。ゲイリー伯父上のようなことにはならなくても、何かラウプフォーゲルが失態を見せれば、皇帝命令で領地を僕やクラレンツ、カーリンゼンに割譲することもありえない話ではない。だから帝王学の授業を取ったんだよ」


そうそう。

べつに領主の座を争うとかそういう意味でなく、ラウプフォーゲルは帝国一の人口と経済圏を持つ領。俺がもし皇帝なら、ラウプフォーゲルはもうちょっと力を削ぎたいと思うところだ。失態だけに限らず、なんらかの政治的な駆け引きがあれば父上の代でも息子に領地を割譲することだってありえる。

俺が皇帝候補として名が上がってるくらいなのだから、なおさらラウプフォーゲルの力を分散させておきたいと思うのが中央の本音だろう。


「……ケイトリヒが皇帝になれば大丈夫だろ?」

「クラレンツあにうえ、そういうあぶない発言はひかえてね」


「いや、本当のところどう考えているんだ、ケイトリヒは? もしも皇帝になったらという仮定の話で、だ」


アロイジウス兄上の言葉に、食卓についていた人物の視線が俺に集中する。

アーサーとエーヴィッツは真剣だけど、ルキアとミナトとリュウはポカンとしている。


「どうかんがえてる……って。僕、まだ10さいですよ」

「10歳だろうが、6月(フォイア)になれば皇位継承順位審議会が開かれて順位がつくんだよ。10位以内になれば中央への発言力が増すし、ケイトリヒは確実に10位以内というのが見込まれている」


「ほん」


ペシュティーノからは5位以内といわれていたけど、世間では10位以内と言われてるのか。どっちにしろ、10歳の順位としては高い。


「ケイトリヒ、もしも皇帝になったら……どうする?」


真剣な表情でアロイジウスが聞いてくる。

どうするって……ずいぶん抽象的な聞き方をしてくるけど、一体なにが聞きたいんだ。


「どうするっていわれても……うーん。とりあえず、遷都(せんと)する?」


俺の発言に、アロイジウスとスタンリーとペシュティーノが息を呑み、クラレンツとエーヴィッツとルキアたちはもぐもぐしてる。アーサーはすこしガッカリしてる? なぜ?


「なあリュウ、セントってなんだっけ?」

「たしか平安京……あれ、平城京だったかな、都を移すことじゃないっけ?」


「ケイトリヒ様、そのご意見は、どこから」

「遷都……それは、ケイトリヒが考えたことなのかい?」


ペシュティーノとアロイジウスが驚いた顔のまま聞いてくる。そんな驚くこと?


「ペシュティーノの入れ知恵……というわけではなさそうだね」


「アロイジウスあにうえ、れいせいに地図みれば誰でも思いつきますよ。今の帝都は、共和国にも王国にも近すぎるでしょ? 防衛のかんてんでいうと、帝都は最前線にちかすぎる。そのせいで現状、帝都よりもラウプフォーゲル城下町のほうが人口が多いでしょ」


アロイジウスとクラレンツ、エーヴィッツが顔を見合わせている。


「防衛……」


「ぼうえいですよ。帝都でつかわれてる防衛費がいくらかしらないけど、遷都するだけでだいぶ抑えられるとおもうけどな?」


「ケイトリヒ、僕もデリウス先生から少し話を聞いただけだから詳しい話はできないんだけど、いまの帝都の位置はラウプフォーゲル王国併合の際に帝国が頑として譲らなかったものだ。歴代皇帝も何度も立案したけれど、叶わなかったというよ」

「議会でも、建国以来何度も挙がっている議題です。旧ラウプフォーゲル勢だけでなく中立貴族から立案されたこともありますが、必ず棄却されるといわれていて『新人議員の答弁練習用議題』とまで言われているのですよ」


「へー」


色々と思うところはあったが、その場は話題を変えてやりすごした。

遷都案の棄却は、皇帝が強行することもあれば議会でいつのまにか立ち消えになることもあり、いつまでも通過しない理由が誰もわからないんだそうだ。


異世界の大人の魂があるとはいえ、子どもでも地図をみれば思いつく案がいつまでも通らないのに理由がわからないなんて不自然だ。


自室に戻って明日の予習をしていたらペシュティーノがやってきたので、思っていたことを言ってみる。


「……ねーペシュ、帝都には、もしかしたらぜったい動かせない要楔(かなめくさび)があるのかもしれない。シャルルからなにかきいてない?」

「私もその考えに至りました。精霊様にお尋ねになっては?」


ふわりとウィオラとジオールが現れたけど、ビミョーな表情。


「んー、僕らには、わかんないね! たしかに話を聞くかぎりはあるんだろーけど」

「精霊神である我々が感知できない要楔(かなめくさび)となると、人工物である可能性が高いです。人工物の要楔(かなめくさび)の場合……うーむ、なんと申しましょうか」


ウィオラが言葉を淀ませる。


「人がつくった要楔(かなめくさび)の場合、自然発生することもあるっていう話、したでしょ? それとは別に、こう……正しい方法っていうか、安全な作り方で作られてないものもあってね?」

「主が作られたオベリスクは、竜脈の流れを正しく集めて効率的に土地を潤す理想的な形です。それは、我々精霊の知恵をもってして作られたものですので当然なのですが……」


「自然発生するくらいだもんね。ヒトが作ったもののなかには正しく作られてないモノもあるだろうね。で、それがどう違うの?」

「しかし、要楔(かなめくさび)として機能しているならば効果は同じでしょう?」


要楔(かなめくさび)とは、街や国などヒトの集まる場所の中心に据えられる存在。

王であったり、領主といったヒトがその役割を担うこともあれば、建物であったり、エルフの里などでは巨樹だったりするらしい。

それが存在することで街や国などが安定するという役割があるらしいのだが、要楔(かなめくさび)の役割をもって設計された存在は遺跡に多く見られ、現代建築ではほとんど見られない。


「まあねえ、置いとくだけなら大丈夫なんだろうけど」

「主のおっしゃる『遷都』となると、話が変わってきます。帝都にあるものがそうであるとは断言できませんが……絶対に移動できない要楔(かなめくさび)となると、移動させないことを誓約に盛り込んだものかもしれません」


絶対に移動できないものを要楔(かなめくさび)にしているのではなく、移動させないことを誓約してる? どゆこと???


「誓約した……これで、わかりませんか? 誓約は、無機物とするものではありません」


「え……じゃあ、いきもの? あ、皇帝陛下そのものが、とか?」

「精霊様の知恵ではなく、ヒトの理に則って作られた要楔(かなめくさび)……もしや」


要楔(かなめくさび)ってね、皇帝みたいに代替わりするものには定着しにくいんだよね。ヒトに宿る場合は一代限りと考えたほうがいい。たぶん、だけど。明確にはいえないんだけど! 帝都を支える要楔(かなめくさび)の役割をしている存在は、おそらく……かつて、『ヒト』だったものだと思うよ」

「古代では、築城の際に『人柱(ひとばしら)』といって防衛魔法陣のための生贄(いけにえ)を捧げたという話もあります。それも数千、数万単位の。もしもそれらが帝都の要楔(かなめくさび)になっているのであれば……移動ができないことにも納得がいきます。もうヒトの形はしていないでしょうが、魂が土地に縛られているのかもしれません」


いけにえ。


思いがけないワードが出てきてペシュティーノの表情を盗み見ると、険しい顔。


「帝国の建国は大ラウプフォーゲルよりもはるか昔、6千年前に遡るといいます。記録が残っているのはむこう700年ほどで、それより以前のことはエルフの書物にわずかに残るのみ。実を言うと、帝都の街の成り立ちは謎に包まれているのです。よもやそのような歴史があるかもしれないとは……」

「か、かのうせいだよね? でもさ、でもさ! その土地に縛られた魂と話し合って、遷都するってのはむりなのかな?」


「主、魔獣とも精霊とも……あと竜脈とも話せちゃうからそういう発想になるのもわかるけどね。おそらく数千年もの間、土地に縛られたヒトの魂がいつまでもヒトと同じであるわけがないんだよ。動かさない限りは役目を果たすだけの無害なモノなんだろーけど、刺激したら呪いに転じる可能性のほうが大きいんだ」

「その通り。そして、ヒトが魂をかけて構築した呪いに近いものは、たとえ我々精霊神でも簡単に解くことはできません。解くことができるとすればヒトでしょうが……数千年維持するほどの術式を、多くの術式が失伝している今の人間が解くことは不可能。帝都を滅ぼしたほうが早いです」


ペロッと考えついて口にした遷都だったけど、まさか精霊からストップがかかるとは思わなかった。


「ほえ〜」

「……神となったケイトリヒ様でも難しいということですか?」


「んー、完全なる神の権能を得ていればね、まあ、時間をかければ不可能じゃないかもしれないけど。それでも多分、滅ぼしたほうが早いと思う」

「遷都という名目ではなく廃都とすればあるいは……しかし要楔(かなめくさび)が形として存在していない場合、どのような誓約があるのかは我々にもわかりません。竜脈と対話できる主であれば、突破口を見いだせるかもしれませんが……そこまでするほど遷都が重要だとは思えませんが、いかがでしょうか」


「まあね、思いつきで言ったことだから、あまり真剣にはかんがえてなかったけど。まさか精霊から止められるとはおもってなかったからなんかビックリしちゃった」

「根本的な話ですが、防衛的な観点が理由というだけであれば、共和国と王国を平定し、大陸統一してしまえば済む話です。そのほうが早そうですね」


たしかに!

いやまって! また大陸統一の話するー!! そんな予定ないから!


「そんなよていはない!」

「神の権能を全て得るのならば、ケイトリヒ様が予定していなくても人々が求めるかもしれませんよ」


「たしかに、そう考えると帝都はクリスタロス大陸の真ん中になるんだね。……あ、もしかしてこれって大陸統一のための場所なんじゃ……?」

「古代人の意図はわかりませんが、そうかもしれませんね」


部屋に飾ってある世界地図を見ると、クリスタロス大陸とヴィントホーぜ大陸、そしてドラッケリュッヘン大陸の3つだけが前世と変わらない密度で描かれていて、それ以外はモヤッとしている。


大陸統一か〜。めんどくさー。


「はあ」


ジオールとウィオラが姿を消し、まったりタイム。

予習は進んでないけど、もう今日はいっかな。

パルパの香りがするお茶をひとくち飲んで、小さいクッキーをかじる。


「……皇帝になるにあたって目標にしていたことが叶わなくなって、落ち込んでしまいましたか?」


「んーん。遷都はおもいつきだから、べつに目標ってほどでもないよ。でも、本当に皇帝になるのかなー。面倒だなーとおもって」

「私たちがついております。面倒でしょうが、今と規模が変わるだけできっと大きな違いはありませんよ」


「たまには遊びにでかけたりできるかなー?」

「ええ、もちろん。今上皇帝陛下も、周囲の協力のもとしょっちゅうお忍びでお出かけになってるそうですよ」


それ知ってる。鳥の巣街(フォーゲルネスト)に来てたし。


「きっと反対派みたいなヒトもいるよね」

「どうでしょう。精霊に愛される子とわかれば、そう表立って批判もできなくなると思いますよ。王国との統合が進めば、もう中央貴族という呼び名も古臭いものになっていくかもしれません」


確かに、中央貴族と旧ラウプフォーゲル貴族の対立構造は帝国独自のものだ。王国貴族という存在が加われば、対立なんてしていられないかもしれない。


「未来をみすえるなら、王国にも目をむけないとね!」

「それで、例の無法者たちを保護することに?」


例の王国のならずもの衆にお茶会の招待状を送ったところ、予定していたセドリック、ジェイス、ゴットリープに加えてケヴィン、エリアスの2人が追加で参加すると返事が返ってきた。

これで、食堂の東屋(ガゼボ)で話したメンバーが全員そろった。

あの場にいなかったのはゴットリープだけだが、彼はならずものたちのリーダー格らしいので来てくれるのはありがたい。


「これも投資のひとつってことで」

「思うように進まなかった場合は、早めに損切りをお願いしますね。増長されても困りますから」


「まーまー。長い目でみてやってよ」

「……ケイトリヒ様は甘いですね……それより、異世界召喚勇者のキリハラ殿から異世界召喚勇者の今後について相談があるようです。つくづく、ケイトリヒ様の人材収集癖は特殊ですね」


ヘキとかゆわないでほしい。変な趣味みたいじゃん。

人材集めは組織経営の基本だぞっ。



後日。


ファッシュ分寮に招待された王国のならずもの……いや、懐柔するつもりマンマンなのでもうそういう名で呼ぶのはよそう。

王国の大領地令息の5人は、インペリウム特別寮で何かを聞いてきたのかものすごく緊張した面持ちで現れた。


正門前の昇降陣(エレベーター)だけでも驚いていたみたいだからロケーション的な理由もあったんだろうけど。アウロラに聞いたところ、インペリウム特別寮の帝国の生徒たちからかなりやっかまれたようだ。


なにせファッシュ分寮への招待とはつまり、ラウプフォーゲル領とのつながりを持つ場。

門をくぐれるだけでたいへんな名誉であり、魔導学院の中でも限られた人物しか実現していない。俺が主催するお茶会に出席した人物だ。


一応、兄上たちにもアーサーにも、住人であれば客人を招待するのは構わないと言ってあるんだけど、みんな遠慮しているみたい。アロイジウスはグラトンソイルデ寮のカフェでよく同級生たちと会ってるみたいだし、エーヴィッツとクラレンツは大食堂で他の生徒と談笑しているのを見た。


まあ、招待しにくいよな。

精霊がつくったとんでもねえ建物だし。俺の持ち物だし。

それに親戚会でも警戒していたように、俺に不必要な交友関係を持たせないよう兄たちも注意しているみたいだし。


とにかくファッシュ分寮でのお茶会への招待とは、つまり俺とのつながりを持つ人物と認定されるのが自然ということだ。


トリューにトリュー魔石、フォーゲル商会と鳥の巣街(フォーゲルネスト)と話題にことかかない俺とのつながりは帝国中の貴族の垂涎の的。


「……帝国の希望の星、ラウプフォーゲル公爵令息ケイトリヒ殿下に、王国はアシュトラム侯爵が次男、ゴットリープがご挨拶申し上げます」


ぎこちないボウ・アンド・スクレープで丁寧に挨拶してくれたゴットリープにならい、セドリック、ケヴィン、ジェイスが続き最後にエリアスが挨拶した。

エリアスだけ伯爵令息で、あとは全員侯爵の家門。


全員、優雅とはほどとおい一夜漬けのような礼儀作法。

かつて教育が遅れていたクラレンツと同じように、同世代からしても遅れを取っていることに彼ら自身すでに気づいているのだろう。

緊張と焦り、ときどき諦観のような表情が入り交じる。


「ようこそファッシュ分寮へ。攻撃的な発言や行動をしないかぎり、側近が動くことはないからあんしんして。言葉を発するときは、その前に言ってもいいかどうかをよく考えてからね」


俺がニッコリ笑って言うと、5人は顔を引き攣らせた。


「……モリスと同じ失態はしません。あの件については、正式に我々からもお詫び申し上げます」


セドリックがまっすぐ俺を見て言う。

モリスとは先日ジュンに手打ちにされた生徒の名だ。


「わかってくれたならいいんだ。礼儀は相手を敬うためのものだけじゃなく、じぶんをまもるためのものでもある。学んでおいて、じぶんに損はないよ」


俺の言葉に、5人はそれぞれ身の置き場に困るようにモジモジした。

自分たちの礼儀作法が不十分であることを理解しているみたいだ。


「殿下、庭園へご案内を」

「うん、おねがい」


スタンリーが完璧な所作で歩み出て、堂々と彼らを案内して見せる。

気後れしているのは明らかに見て取れるが、今は自分たちの不勉強さを身にしみて気づいてもらいたいターン。ズラリと並んだ使用人たちが頭を下げる中を、落ち着かない様子で案内される彼らは最初の頃のルキアたちみたいだ。


美しい庭園に案内されると、ゴットリープは思わず立ち尽くして庭園を呆然と見つめた。


「素晴らしい……お庭ですね」


花が咲き誇り、青々と茂った木々はキレイに切り揃えられている。

庭園の広さと美しさは権力と財力の象徴。だが寒い王国にとっては、単にそれだけでは計り知れない価値がある。そう教えてくれたのはパトリックだ。


温石(ぬくめいし)が王国ぜんどにいきわたれば、王国でもおなじような庭園がつくれるよ」


俺の言葉に、5人は押し黙った。

彼らは、温石(ぬくめいし)がとある王国の貴族が作り出したものであると信じ込まされ、それが嘘だったことをつい最近知った。俺の渡した新聞で。


「ケイトリヒ殿下は、どうして王国にその……温石(ぬくめいし)を渡そうとかんがえたのですか? しかも、とても安い値段で」


「え? だって、寒いのヤでしょ?」


「それは、そうですが……」


「それにあの温石(ぬくめいし)はね、暑いラウプフォーゲルでは簡単に作れるものなの。霊峰フォーゲルのマグマからいくらでもね。王国にとっての氷みたいなものだよ。いちおう、流通にもお金がかかるから多少の金額はつけてるけど」


そう聞いて、ケヴィンが下唇を噛んだ。

彼の家が治めるハグン領では、その温石(ぬくめいし)を得るために法外な金額を払っていたのだ。自らの発明品だとのたまった、とある王国貴族に対して。


「農作物が自国でとれるようになることは、いちばん簡単に餓死者を減らすたいさくだからね。生まれた子どもがしっかり大人になるまで育ってくれたら、それだけでしぜんと王国は豊かになるはずなんだ」


挨拶もそこそこに話し始めたテーブルに、次々と食事が並べられる。

新鮮な野菜は王国では最高級品。青々とした葉物野菜は傷みやすいので帝国から輸出することもない。並べられた料理の鮮やかさに、5人は言葉を失った。


「……食堂の料理も素晴らしいと思っていたのに」

「アペリーフは……こんなに濃く、大きく育つのか」

「これ、食べられるのか……?」

「王子殿下、これは……私たちが口にしていいものなのですか?」

「……」


並んだ料理はどれも魔導学院の食堂では見たことがないであろう、ラウプフォーゲル料理ばかり。今回は異世界料理ではなく、レオがラウプフォーゲルで学んだ郷土料理に砂糖やバターなどの贅沢品を加えてアレンジしたもの。


城では父上の好みで肉料理ばかりだったが、本来は農産国らしく野菜がふんだんに使われているのだ。食材も特別なものではなく、平民たちが普段から口にするものばかり。


「えんりょなく食べて。僕がキミたちをお茶会に招待したりゆうは、食事でもあるから」


5人はピクリと訝しげな表情をしたが、美味しそうな香りをただよわせる色鮮やかな料理たちの前には無力だ。


「ちょっと高級路線にアレンジしてあるけど、どれもラウプフォーゲルであれば平民でも手に入る食材ばかりだよ。王国がおなじ水準になるために必要なものは何か、話し合いながら食べてもらえるとうれしいかな」


俺の言葉に、5人の目は真剣だ。

入学式で暴れていたのが嘘みたいに、本気で俺の言葉を考えている。


男子、3日会わざれば……というやつだね!

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