第2部_1章_0146話_懐柔上手な王子様 2
5月の二週目。
とうとう、ジリアンが卒業することになった。
親戚だし、会おうと思えばハービヒト領はラウプフォーゲル領のとなり。親戚会でも合うだろうし今生の別れというわけではないのに。
「えぐっ、ジリアンあにぅえぅうえっえっ」
「泣くな泣くな!! つられるだろー!!」
明日からジリアンがいないんだとおもうとやっぱり寂しい。
「はあ……泣きたいのは俺だよ。結局、上級算術学のカンペももらえてねえし……」
「だーからクラレンツ、あれはカンペあっても無理だって! 公式丸暗記するしかねえから覚えたほうが早いって言ったろ! あとあの学科、あんま意味ない……ことはないか、クラレンツは建築系とってるもんな」
上級算術学とは数学と物理と経理を合わせたような学科で共通選択学科のなかでも魔法陣学に次いで難易度の高いものとして有名。ちなみに俺は選択してない。
「おぐぇっ、おげんきでっ」
「だから泣くなって!! たぶんすぐまた親戚会とかで会えるだろ」
「鍛冶修行にむちゅーになってばかりいないで、ちゃんとしゅっせきしてねっ」
「……わかったって」
ジリアンは眉尻を下げて微笑むと、俺を抱き上げてふわふわの頭に頬ずりしてくる。
まだまだひょろりとしているジリアンも、鍛冶修行が始まればきっとガチムチマッチョになっていくんだろう。ゲイリー伯父上みたいに。
「それより、俺のために魔導騎士隊出してくれてありがとな」
「う゛ん゛」
トリューに乗ってみたいというジリアンの最後のお願いを叶えるため、魔導騎士隊の浮馬車を出した。
同席できないのは残念だけど、この采配ができるのもタイミング的にこれが最後だろう。
「ぶじに付与鍛冶師になったらフォーゲル商会でやとってあげますから」
「ふはっ! そりゃいいね、今をときめくフォーゲル商会からのスカウトなら大歓迎!」
ジリアンは俺を地面において、ぽんぽんと頭を撫でる。
そして「じゃあな!」なんて軽く手を上げて、その後は浮馬車が飛び立つときに大きく手を降っただけで去ってしまった。
なんだかあっけない。
まあ、いつでも会えるんだけど。
でもいつでも会えるからといって、会いたいときにいつでも会うわけでもない。
前世で卒業などの別れを体験したことのある俺にはわかる。
何の名目もなく会える友達っていうのは、限られているんだ。ジリアンは親戚なので年に一度親戚会で会うかもしれないけど、親戚会だって全員が集まるわけでもない。
鍛冶の修行が忙しくなったら社交する必要もないジリアンは親戚会の優先度を下げるかもしれないし、普通に面倒だから来ないなんてこともあるだろう。
そうやって、一緒に暮らすほど仲が良かった相手とも簡単に疎遠になれるんだ。
「ケイトリヒ、あまりジリアンに懐いてるようには思えなかったのにそんなに泣くのか」
「なついてたよ! いやべつになついてなくても寂しいはさびしいでしょ!?」
意外そうに俺を見るクラレンツのほうこそ、かなり仲良かったからより寂しいだろうに。
「俺はフォーゲル商会の……あれ。『ヘクセン・ハント』の個別通信機を2人で買ったからな。5ヶ月待ちで、ようやくだよ。結構審査が厳しいんだな、あれ」
「えっ。なにそれ僕しらない」
「ヘクセン・ハント」がフォーゲル商会に新設された魔道具ブランドであることは知ってるが、個別通信機とは!?
「え? オマエと婚約者が使ってる、って売出し文句で売られてたけど?」
「ぬあ」
マリアンネとフランツィスカに渡して、女学院から映像付きで通話した……あの帝国の通信法に引っかかりそうで父上にちょっとガチめに怒られたアレか!!
「あれ販売されてるの!?」
「なんで知らねえんだよ」
「ああ、私も購入申請中なんだ。ナタリーといっしょにね」
アロイジウス兄上も!?
「父上が使ってるのを見たよ。あれは便利だね! 僕にも、婚約者ができたらお相手分も含めて父上が買ってくれるって……」
エーヴィッツ兄上も!!
「めっちゃうれてる!」
「いや、さすがに旧ラウプフォーゲルのインペリウム特別寮生レベルだけだぞ。値段もだけど、購入申請がなかなか通らないらしいからな」
「きょかせいなの!?」
「なんで知らねえんだよ」
通信法はどうにかクリアしたんだろう、シャルルあたりが。でもやっぱり信頼の置ける相手でないと売れないってことか。
へー、俺の知らないところで金儲けが……。
「僕、ジリアン兄上とつながってない!!」
「いや、オマエも持ってるだろ」
「あれ、事前に通信先を登録しないとダメなんだよ!」
「俺が持ってる登録をコピーすればいいだろ」
「そんなことできるの?」
「なんで知らねえんだよ!」
マリアンネとフランツィスカに持たせたものと俺の持っているものは試作品なので、機能は多いが通信先がひとつだけしか持てない仕様だったはず。
フォーゲル商会から市販されているものは、どうやら5件ほど通信登録先を記憶できるそうだ。要は電話番号みたいなものが必要なわけで。
映像通信はとんでもなく魔力を使うので機能を落としてあるらしい。
後ほど改めて設計者のディングフェルガー先生が教えてくれた。
話題騒然のデートスポット鳥の巣街の小鳥のおめかし部屋に続き、婚約者同志が愛をささやきあうツールとして個別通信機は大人気商品だそーだ。
やっぱ帝国では恋愛関連の商品がアツいみたいだな。
慢性的な嫁不足の帝国だからこそ、心が通じ合った女性との関係をどうにかして保ちたい男性諸君のための商品は売れる!!
モテ、というより維持というか保つというか、そういう方面だな。うん。
……ウッ。帝国男子、健気や!
「なるほど、アロイジウスあにうえはナタリー嬢と……」
「女学院では婚約者間で個別通信機を持っているのはステータスみたいだよ。これって、ケイトリヒが最初にやったことだそうだね?」
ジリアンのお見送りを終え、アロイジウス兄上とエーヴィッツ兄上と俺の自室で新聞読みタイム。今日はなんとクラレンツも参加。やっぱジリアンがいなくなって寂しいんだな。
「まあ……それより、エーヴィッツあにうえとクラレンツあにうえ、女学院の卒業式でダンスしてからとんと動きがありませんが、婚約者の選定はすすんでるんですか」
「ングッ」
「なんでオマエに報告しなきゃいけないんだよ……ほっとけ」
エーヴィッツはちょうどムーサ茶を口にしたところだったみたいだ。
クラレンツは、さてはうまくいってないな?
「ほら、僕もいちおう協力者として気になってるというか」
「たしかに、僕達がつなぎをつけられたのはケイトリヒのおかげだものね」
「そーだけどよぉ」
エーヴィッツは、なんと年内に2人の候補者から正式に求婚相手を決めるつもりなんだって! きゃー! ちゃんと進んでた!! でもお相手の名前は聞けなかった。
まだ候補だから、一応決まらない限りはあまり広めるのはよくないんだって。
まあわかる。
そしてなんとクラレンツは別方向でうまくいってなかった!
なんと、候補者が5人もいて、それぞれすっごい揉めてんだって。要は、「アタシのクラレンツに粉かけてんじゃないわよ!」状態。
粉ってなんだろうね? 妖精の惚れ薬的なファンシーな粉かな。
「女ってマジこえぇ……ちょっと、婚約者しばらく決められなそう」
クラレンツはすっごいげんなりしてる。
うん、ラウプフォーゲルではクラレンツみたいなガチムチ男がモテるって聞いてたけど、まさかここまでとは。
ラウプフォーゲル男は、女性のケンカを止められない。
そもそもケンカさせないほどにあらゆる女性の不満を満たしてあげるのが男の甲斐性みたいな風潮あるらしい。
……ラウプフォーゲル男、せつない!! っつーか、負荷はんぱない!
「そんなんじゃゲイリー伯父上みたいになれないヨ」
「いや目指してねえし! 俺はしばらくジリアンと個別通信機すんだ……」
でた。女子との恋愛に疲れて男同士の友情に走るタイプ。逃げとも言う。
一時的ならいいけど、ちゃんと恋愛路線に戻ってこないと女子に愛想尽かされるぞ!
しらんけど!
「逃げはほどほどにね」
「なんかオマエが言うとムカつくなあ! オマエは婚約者が別格すぎんだよ!」
まあね。
改めて、マリアンネとフランツィスカ、2人が婚約者になってくれてホント良かったと思える。かわいくて賢くて強くて自立してて誇り高くて野心家でスマート。
うーん。こりゃ俺も愛想尽かされないように努力しないとな?
その日の夜、いいタイミングで婚約者2人からの定期連絡のお手紙が届いていた。
内容は「素敵な甲冑のプレゼントありがとう! すごく気に入ったわ!」だ。
「……かっちゅう?」
甲冑って、あれですよね。鎧ですよね?
「ディアナ様が新しく立ち上げた女性騎士向けの甲冑ブランド『ヒューター』の、お二方向けのオートクチュール甲冑ですわ! 可憐で力強くて素晴らしいデザインなのです!」
おーとくちゅーる……かっちゅう。
ミーナの言葉を聞いて、なんか、理解に時間かかってる。
「それ、僕がプレゼントしたことになってるの?」
「ええもちろん。ディアナ様はケイトリヒ様付きの専属衣装デザイナーですから」
「……あまり、僕の知らないところで贈り物は……いやせめて共有してほしい」
「お二方は来年ケイトリヒ様の遠征にご一緒されるのでしょう!? そうなれば装備一式をご用意するのは婚約者であるケイトリヒ様の義務ですわ」
マジで?
いや、来年は早すぎるって話じゃなかったっけ。
ふたりとも今年から帝都の上級貴族院に入学してるはずだけど、そっちの話はあまり書かれていない。どうやらつまらないらしい。
「フォーゲル商会では、お二方の専門の武器も魔道具として設計中です。きっと優雅で素敵なものができあがるはずですわ! ああ、素敵……少女騎士がケイトリヒ殿下をお守りする姿……凛々しくて、まるでおとぎ話みたい」
あれ? 俺、守られるの?
「守るのは僕の役目では??」
「あら、ケイトリヒ様。お二方はお強いですわよ? ただ守られるような淑女ではございませんわ。なんでも、女学院では護衛騎士を交えた戦術授業で負けなしだったとか」
だ……だんじょびょうどう〜……か?
「とりあえずディアナには、ふたりに贈るものは僕にも教えておいてってつたえて」
「承知しましたわ!」
しばらくしてフォーゲル商会の事業計画書に目を通していると、ディアナがやってきた。
「殿下……共有が遅れ、申し訳ありませんでした」
「あ、ディアナ。そんな、謝るほどのことじゃないよ。気を利かせてくれたんでしょ?」
「不肖ディアナ、感動いたしました。お二方も婚約者がありながら、贈り物を任せきることはせず、しっかり把握したうえで関係を深めていきたいという殿下の志。きっと女性への扱いはザムエル様と同様に違いないと断じた私の判断をお詫び申し上げます」
ディアナがめっちゃ長文喋った。
……てか、父上……。
おもむろにバッと広げたスケッチブックのような紙束には、ディアナがスケッチした2人の武器の素案が1ページあたり10点以上描かれ、それが6ページ。
「マリアンネ様の武器は剣という話ですが、一撃必殺と考えるとオリンピオ殿同様に斧や槌という選択肢もございます。フランツィスカ様の槍は軽さと鋭利さを追求した……」
それからディアナが喋る、喋る、喋る。
今まで寡黙なヒトだと思ってたけど、それは状況がそうだっただけで、デザインに関しては並々ならぬプライドがあるようだ。さらに武器デザインは、騎士だった過去もあるため人一倍こだわりがある模様。
なんか、ここにもアヒムいた。アヒムってどこにでもいるの? 人間の隠れた素養のひとつなの? みんなの心にアヒムはいるの?
そういえば俺にもいたかもしれない、アヒムの心。もとい、オタク心。
「ケイトリヒ様、王国の例の問題児たちからお手紙が来ております」
ディアナの熱弁にクラクラしてきたころ、それをぶった切ってペシュティーノが渡してくれたのは一通の封筒。ディアナはハッと我に返ったようだ。
任せっきりにはしないつもりだけど、さすがにちょっとディアナと同じ熱量は無理。
広げたアイデア帳を手際よく片付けて退席していった。ホッ。
そういえば彼らの前で王国を豊かにする理由を喋った俺は、どちらかというとアヒム寄りだった気がする。俺のオタクポイントはお金かな。
ガノほど守銭奴じゃないつもりだけど、お金儲けは好きだ。
「宛名は……セドリックと……ジェイスと、ゴットリープ? 3人めはだれだろ」
「アシュトラム領トラム伯爵家の三男で、件の問題児8人組のサブリーダー格ですよ」
手紙は、先日の非礼を正式に詫びる内容と「提案」だった。
「……うーん、ようやくするとつまり、僕に弟子入りしたい? って言ってるみたい?」
「弟子? ですか? 何故???」
「んー、僕がめんどうみるってゆったからかな」
俺の言葉に、ペシュティーノがクワッと顔をしかめた。
「……何故そのようなことを」
「だって王家も扱いあぐねてたような厄介者の領地の令息たちなんでしょ? 味方に引き入れれば、あとがラクになるじゃない」
「なるほど。つまり……洗脳ですね?」
「ちがうから」
なにが「なるほど」だよ。いくらウィオラの魔法で簡単にできるからって、そうそう人の頭いじくったりしませんからね? ヒトとして当然の倫理観守ってね?
まあ異世界の倫理観なんてお察しですけれど。
「僕が持ってる王国の縁は、パトリックとアーサーくらいでしょ。パトリックは公爵家から籍を抜いてるし、アーサーも帝国との統一で地位を失う予定。あまり有力な縁とは言いにくいし、外交を通じたシャルルは微妙に扱いづらい」
オリンピオという線もあるんだけど、彼の場合は完全に王国と縁が切れている。
彼は小さな領地の領主だったそうだが、10代の頃に他の大領地に併呑されて領地の名前も町もすっかり消え去っているんだって。
なんだか切ない話だけど、若くして領地を受け継いだ未熟な領主が他の大領主に領地を掠め取られるのなんて、王国では日常茶飯事なんだそうだ。
「ふむ? つまりケイトリヒ様は彼らの縁をうまく使いたいと?」
「かれらを味方につければ、フォーゲル商会が販路をのばすあしがかりになるでしょ? 現状の王国ルートは上からはシャルルがいれば十分だけど、下からが薄い。王家は扱いに困ったけど、フォーゲル商会がもたらすのは行政的な支配じゃなくて経済的な支配。うまみを覚えさせれば、それから抜け出すのは簡単なことじゃないはずだよ」
腕組みをしてニヤリと笑って見せると、ペシュティーノが「まるでガノのような腹黒い笑みを……」といいながらこめかみを揉んだ。はい、ちょっと意図的でした。
実際、帝国では俺はラウプフォーゲル公爵令息という確固たる地位があるので上からも下からも自由自在に販路拡大できたけど、王国で同じことはできない。
だが、厄介者とはいえ大領地の令息たちを味方につければできることは増える。
そうこう話していると、やがてガノが「金儲けの匂いがします!」と言いながらやってきた。いつも思うけどガノってこういうときに聞きつける耳の速さが異常だよね。
どうも精霊が告げ口してるんじゃないかな? まあいいけど。
ガノは当然、俺の「王国のならずもの貴族令息をとりこむ」という案を100%肯定。さらなる腹黒い案を次々と出してくるもんだから、ペシュティーノが怯えてた。
「王国貴族は帝国と違って背後を気にする必要がありませんから、とにかく甘い汁の味を覚えさせて徹底的に懐柔することができます。簡単ですよ」
ガノ、爽やかな笑顔でドス黒いこと言うね〜!
ひとまずお手紙をくれた3人とは、お茶会を計画。
3年生になって初めてのお茶会相手は王国のならず者たち。
はからずも、話題になるかもね。なにせ彼らのひとりを、俺は手打ちにしている。
そんな俺がお茶会に呼びつけるとなると……まあ、外聞はあれこれ憶測するだろう。
「うわさになるかなー」
セドリック、ジェイス、ゴッドリープへの連名でお茶会への招待状を書きながら言うと、ガノがニコニコしている。
「それはもちろん、なるでしょうねえ。しかし、噂など捨て置けばよいのです。真の価値ある情報にたどり着けるのは、幅広い情報収集力を持ち高い洞察力と解析力を持つものだけ。表面の噂に踊らされる者には真の情報を手に入れる必要などないのですから、せいぜい暴走しない程度に当たり障りのないネタをばらまいておけば問題ありません」
ガノは招待状を書き上げるのを見届けて、それを持って部屋を出ていった。
早速彼らに送るんだろう。
まあ、たしかに噂なんてどうでもいいといえばいいんだけど……今回は彼らを使って王国で情報収集と情報拡散の足がかりにしたいからな。
「アウロラ、噂を集めるのは得意だよね」
「はいはーい! うん、あーしの大・得意分野だよぉ〜!」
俺のふわふわ頭からシュポンと緑色の丸い鳥が飛び出してくる。
「噂を広げるのは?」
「あ〜、そっちはウィオラかなあ」
アウロラがクルリと俺の周りを回ると、いつのまにかウィオラがヒトの姿で現れた。
「精神操作系になるのかあ」
「噂というのはヒトとヒトの間で生まれるもの。アウロラも精霊神となった今ではヒトにささやきかけることは不可能ではありませんが、それは噂にはならず『お告げ』となってしまいます」
「うんうん、ヒトの噂はヒトの不安や興味を刺激しないと広がらないからねぇ」
「じゃあまあ、いたずらに操作するのはやめとこうかな。必要になったらおねがいね」
「御意」
「はあい!」
もっと大々的な情報操作をするなら、今の俺には手っ取り早い方法がある。
公共放送は一応帝国議会を得て放送しなければならないという体裁をとってあるが、実際にはフォーゲル商会の100%出資物なので自由にできるんだな。
魔導騎士隊の隊員募集なんかがいい例だ。
今回俺が王国のならずものたちと近づくことで変な噂が飛び交っても、フォーゲル商会が王国に出店するとかそういう情報がながれればたちまち俺の行動に正当性ができるからね。まあ、さすがに公共放送でどんな情報を流すかは吟味しないといけないけど。
「アウロラ、キュア。今回招待する令息たちの情報をてっていてきに集めて」
「はあい!」
「承知しました」
新たに水でできたふとっちょ金魚が現れ、アウロラとともにふわりと消える。
さて、あとはなるようになる。
気持ちを切り替えて、3年生の授業の予習だ!
「本日、帝王学基礎の授業を担当しますフランツ・キストラーです! よろしくお願いいたします」
ニッコニコのフランツがキレイなボウ・アンド・スクレープをして見せる。
親戚会では見たことない優雅さにびっくりした。
インペリウム特別寮の専門授業、「帝王学」の本日の教師はフランツィスカの伯父でグランツオイレ領主であるフランツ・キストラー侯爵閣下。実は授業としては3回めなんだけど、前の2回は魔導学院の教師がついた。のに。いきなり大物すぎん?
「キストラー侯爵閣下、魔導学院へご足労いただきありがとう存じます」
「何を言いますか! 未来の姪の婿となるケイトリヒ様のためならばどこへでも馳せ参じますよ! 家族ではありませんか、そんな他人行儀なこと言わないでください」
貴重な領主の授業ということで、インペリウム特別寮の生徒だけが8人ほど集まった教室で代表して俺が礼を述べたんだが、完全にノリが親戚会。
「ふ、フランツ様、僕だけとくべつあつかいは」
「もちろん授業は公平に行います。しかしですねえ、ケイトリヒ様を特別扱いしないなんて無理でしょう! こんなに可愛らしい子を!」
フランツが俺を抱き上げて頬ずりする。
授業にはアロイジウスもいる。ゾーヤボーネ領のイザークに、共和国のダニエル、ファリエルも。去年は休学していたらしい、旧ラウプフォーゲルのシルクトレーテ領のニクラス・ドレッセルも参加。そして顔を覚えてない2人は帝都にほど近い領でありながら中立領に属するクラルヴァイン領主令息に、プルプァ領主令息。
アロイジウスと旧ラウプフォーゲルのニクラス以外は、フランツの自由な性格をあまり知らないのでちょっと面食らってる。
「もー! ちゃんとじゅぎょうしてください!」
「はいはい、わかりました。つれないですねー、いずれ家族になる間柄なのに」
「だからこそけじめは必要です!」
「素晴らしい! その公平性、公私混同の排除はまさに帝王学の基礎です」
フランツはビシッと言うと、スルリと帝王学の授業に入った。
グランツオイレ領主であるフランツは、若くして領主の座を譲り受けてからというもの、めきめきと領を発展させた敏腕領主。旧ラウプフォーゲルだけでなく帝国では知らない者はいないほどの「デキる領主」と噂される人物でもあったのだ。
ユルいノリからパキッと授業に切り替えたフランツは、いつも俺に見せるニヤけた顔ではなく支配者としての風格を存分に兼ね備えた切れ者だ。
「領の発展に必要なものはなにか? アロイジウス殿下はどうお考えですか」
「わ、私は領民が飢えない程度に安定しているならば、次は産業が大事だと思う。領民が金を得ることは税収の増額につながり、貧しいものへの富の再分配に予算を割ける」
「アウレール殿下はどうお考えですか?」
「……私は、法の整備だと考える。いくら領民が豊かになっても、その富を領が徴収できなければ富めるものばかりが富み、持たないものは貧しくなるばかりだ」
プルプァ領主令息はアロイジウスと性質がにているのか、真面目だ。
「ダニエル様はどうお考えでしょう?」
「……共和国は、帝国ほど安定していない。産業も法整備もまだ先の課題だ。目下、必要なのは食糧事情の安定。それから失業者対策を優先すべきだと考えている」
「はい、皆さん自国の状況をしっかり把握した大変素晴らしい答えです。この質問に正解はありません。領の発展に必要なのは産業、法整備、食糧供給の安定、福祉、富の再分配にアンデッド対策に……皆さんが答えたもの、全てです。全て必要ですが、支配者たるものは大事な全てに優先順位をつけて解決していかねばなりません」
フランツの授業は、多角的なものの見方や問題解決の優先順位の考え方など、領地や組織を経営するうえでは大事なことばかり。
クラルヴァイン領主令息のエッケハルトは領地が狭いことへの苦労を吐露したし、ゾーヤボーネ領のイザークは農業国であるからこそ、農業に従事できない領民の生活をどう保障するかの問題がある。
ファリエルはなんでこの授業参加したんだろう? と思ったけど、聖教組織もある意味、支配者層といえるらしい。
フランツは聖教に対して理解があるようで、聖教がしっかり信徒を教育することで組織としての成長し、生活の向上や信徒の増加が見込めると説いた。
誰かに言われるまま俺につきまとっていた頃のファリエルとは違う、自分でしっかり考える強い志を持った目はアロイジウスやダニエルと変わらない。
……うん、やっぱり教育を一緒に受けるって、他の何にも代えがたい貴重な期間だ。
いまのファリエルとであれば、仲良くやれそうな気がしてきた。