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第2部_1章_0144話_魔導学院3年生 3

「えっ、きんしん!? またぁ!?」

「授業でまた乱闘騒ぎを起こした生徒がいたそうで」


アーサーが危険視していた王国の大領主令息8人は、入学式のときに3人が謹慎処分となり、その5日後にまた2人謹慎処分者が出た。

ファイフレーヴレ寮での授業前判定の魔導実演で、Fランク(最低)と判断されたことが不服だったそうだ。その気持はわかるけどさ。なぜ暴れる? 行動の理念がわからない。


「あほの子なの?」

「そのようです」


「ぎゃくに残った3人はちょっとまともってことだよね」

「そうともいい切れませんが」


王国の大領主令息……いや、もうこの呼び名はよそう。王国のならずもの8人衆は、そもそも入学試験の成績がギリギリだったんだそうだ。


「入学試験? そんなのあった?」

「ケイトリヒ様は私が学力評価を出していたので入学試験は免除されていました。他の寮にはありませんが、実はインペリウム特別寮にはあるのですよ。といっても、文字の読み書きと簡単な算術理論、社会学の触りていどです」


読み書きと、算数と、社会……。


「そのていどの試験が、ぎりぎり?」

「王国の教育水準がどのようなものかわかりかねますが、例の8人については低いようですね」


アーサーしかり、パトリックしかり、他の王国の生徒が特別遅れてるわけでもなさそうなので、ほんとにアホなんだろう。


「インペリウム特別寮にちんぴらが……」

「彼らの話は忘れましょう。3年生の時間割についてですが……」


ビューローが用意してくれたかまぼこ板のような木簡には授業の名前が書かれていて、それを並べてこれは優先度低いとかこれやってみたいとかいろいろ検討した結果……。


「……今年は、アクエウォーテルネ寮の建築工学系が多くなりそうですね。クラレンツ殿下がちょうど建築系にご興味を持たれたという話ですので、なるべく時間を合わせるように致しましょうか」

「ファイフレーヴレ第1寮の魔導学を全工程修了していれば、冒険者登録で少し有利になります。3年生になって実技が解放されますから、集中的に修了させていきましょう」

「ねえ、この特別枠ってなに?」


あれこれ考えて作られた時間割のたたき台の中に、木簡にはなかった授業名が3つ。

「帝王基礎学」、「治世学」、「内政学」。


「これはインペリウム特別寮の特別授業です。実際に、どこかの領主の文官を招いて授業をします……ときどき、実際に領主様がいらっしゃることも」

「え」


きそう。ふつうに来そうなヒトがいっぱいこころあたる。


「いままで特別授業を受ける生徒はめったにいなかったのですが、これは皇帝陛下の命令だそうです。コマ数は少ないですが、親戚会や社交の場では聞けない話が聞けますし、人脈づくりにも大事な授業ですので、お楽しみになさっててください」


「それに加え、ですが」


ビューローがパタン、とバインダーを閉めると、俺を見てタメる。

なんかこわいのくる?


6月(フォイア)には皇位継承順選考会が開かれます」


「それ、僕も参加するの?」


ペシュティーノとビューローが2人でギョッとする。


「するにきまってるでしょう!」

「むしろ今年の目玉中の目玉ですが、参加しなくていいとでも!?」


「いや……選考会なんだし、本人いなくても……」


むしろ皇帝への謁見も兼ねているので、むちゃくちゃおめかしして参加必須らしい。

選考会の流れを軽くきいたけど、なんだか面接っぽい。


「推薦人をどれだけ集められるかが競われた時代もありますが、今は推薦状も推薦人と同じ扱いですのであまり人を集めるようなことはしなくなったようですね」

「ケイトリヒ様の推薦状は、すでに私のほうで手配しておりますのご安心ください」


ふーん。まあ、いつもどおりおめかしして皇帝陛下に営業すればいいんでしょ?

べつに高順位ねらってるわけでもないし、ヨユーヨユー。



翌日からは、早速ファイフレーヴレ第1寮の魔導の授業に入った。


この日は「魔導:対物」と「魔導:対人」の合同授業。

無機物にはたらく魔導は魔法とよばれることもあるんだけど、魔導学院では魔導の一環として扱っているらしい。そのへんの区分は、学校や本によってビミョーに様々だそうで。


クロルとジュン、そしてスタンリーといっしょに魔導第二演習場に現れると、生徒たちが明らかにどよめいた。


なにせ……俺の側近、全員「殺んのかオーラ」全開。

俺に向けられてないことだけはわかるんだけど、ふつうに目が怖いです。


「あっ! リヒャルト! ヘルミーネ!」

「殿下! お久しぶりにございます」

「大きくなられましたねえ」


「殺んのかオーラ」がフッと緩和された。さすがにお茶会までご一緒したこの2人に対しては大丈夫よね。2人とも優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんみたいに受け入れてくれる。


「殿下、改めてご婚約おめでとうございます! シュヴァルヴェ領と縁深くなるのは、わたくしも嬉しいですわ」

「あ! ありがとう。そういえばヘルミーネはシュヴァルヴェ領なんだっけ。いまさらだけど、入学ってたいへんだったんじゃない?」


シュヴァルヴェ領は過去に魔導学院で領主候補生を害されたことを恨みに思っていて、未だに入学する生徒はほとんどいないときいていたのに身近なところでいた。


「まあ、お気遣いありがとう存じますわ。最初の頃は親戚縁者からいろいろとありましたけれど、リヒャルトとの婚約が決まってからはもうなにも。むしろ魔導学院に入学したことで良縁に恵まれたと感謝しているくらい……ウフフッ、現金な親族たちでしょう?」


ヘルミーネはリヒャルトと婚約している。

リヒャルト、めっちゃ照れてる。いいなー、こういう甘酸っぱいの、いいなー!


「3年生からの実技では対人戦も入ってきますが……だ、大丈夫……なんでしょうか?」


リヒャルトが探るように聞いてくる。

厳密には3年生からと決まってるわけじゃないんだが、魔導学科の対人授業は規定のコマ数を修了したあとでしか取ることができない。最初からファイフレーヴレ第1寮いっぽんに絞っている生徒なんかは1年生のうちから対人戦をすることもある。稀らしいけど。


まあ、演習場をぶっとばした最初のアレを見ていたのなら対人戦など怖くてできないのはわかる。


「アンニカ先生にちゃんとてかげん習ったからだいじょうぶ! ひさっしょー魔法もいっぱい習ったよ」


非殺傷魔法。いっぱい習ったけど、微妙に苦手な部類だ。でも一応つかえるし!

俺が言うと、少し離れたところから数名が吹き出すような声が聞こえた。


「手加減だってよ」

「あんなチビが、何を手加減するってんだか。ちっと魔力が高いってちやほやされて調子に乗ってるんじゃないか?」

「魔力は体格に比例するといいますからねえ」


あ!!


俺の1年の頃の失態をしらない生徒がいた!!


これはチャンスでは?

ちなみに魔力量が体格に比例する説は、学会で正式に否定されてるぞ!


「キミたち、無礼だぞ!」

「ンンッ! リヒャルト、いいの! すごくいいの! かれらは、2ねんせい?」


「そのようですが……あのように悪しざまな態度、許されるものでは」

「んーん! いいの! だってさ、だってさ!! 対人戦では、くみになるんでしょ!? そうでしょ?」


俺が目を輝かせると、リヒャルトとヘルミーネはどうやら俺の思惑を察したらしく呆れた顔をした。背後から「殺んぞオーラ」がピリピリと感じるけどジュンたちもちょっと落ちついてほしい。


「たしかに、3年生以上は絶対にケイトリヒ様とは組になりたくないでしょうね」

「かくいうわたくしも、少し怖いですもの」


「組ができなかったら、スタンリーとやろうとおもってたんだけど……スタンリーとはふだんからいっしょに訓練してるから」


「ケイトリヒ様……なかなかにして、策士でいらっしゃるわ」

「傲慢な中央貴族は一掃されたと思っていたが、まだ残党のようなものがいるんだな」


俺に悪態をついてきた生徒3人は、やはり中央の下級貴族のようだ。

鳥の巣街(フォーゲルネスト)ができてからというもの、中央貴族からもあからさまにすり寄ってくるような手紙や請願が増えているというのに、彼らは時流をわかってない世間知らずの子息たちなんだろう。

お家のシツケか、彼ら自身の性質の問題なので、さすがにとやかくいうつもりはない。


「まずは対物魔導から始めます。これから私が魔法で岩を出しますので、それに向かって『破砕(ゼクフェチン)』の呪文をかけてもらいます。これは、冒険者の間でも多くの軍でも使用される対物破壊呪文の基礎です」


モブ。という例えがふさわしい、特徴のない男性教師が説明してくれる。へんにドラマチックでもなく、かといって棒読みでもない、ほんと特徴のない声と説明。中肉中背、顔立ちに特徴もない、「目立たない」ことを人生の目標にしてそうな先生だ。そういう人に限って諜報員だったりしない? なんて名前だっけ。


「エリアス・フォラントせんせい……」

「なにか気になりましたか?」


そばにいたスタンリーだけが俺のつぶやきに気づいた。


「ん、べつに……なんか、すごくいとてきに個性を消してるかんじがするから、もしかしてどっかの密偵なんじゃないかなと思っちゃって」

「おや、よくわかりましたね」


「え」

「去年から教師として採用された、皇帝陛下直属の密偵ですよ。ケイトリヒ様を探るためではなく、魔導学院を探るために潜入しているようです」


あたっちゃった。見抜いちゃった、俺。


「そ、そうなの」

「見抜くとは、さすがですね」


褒められたけどあんま嬉しくない。密偵ってほんとにいるんだ……。


フォラント先生は、演習場に2メートルほどの高さの岩を5つ魔法で生成して、それに向かって順番に生徒に魔法をうたせている。俺はインペリウム特別寮なのでいつも最後。


ピシッ、と亀裂だけで終わる生徒もいれば、岩の一部をバッコリ割る生徒もいる。

ほどほどに岩にダメージが入ったら、先生は岩に杖を振って消し、新しい岩を用意してくれる。なかなか魔力の高い先生だ。もしかしたら皇帝直属の魔導騎士かも。


破砕(ゼクフェチン)!」


前半の生徒はヒビを入れるのが精一杯だったのに、後半にいくにつれ魔法の威力が高くなっている。もしかしてこの順番って、成績順? あるいは魔力の強さ順、とかあるかな。


破砕(ゼクフェチン)! ……破砕(ゼクフェチン)破砕(ゼクフェチン)!!」


先ほど俺を嘲笑った生徒は、全体の生徒の中間くらいの順番だったが、1度でクモの巣状のヒビをいれたことに満足できず3回も同じ魔法を放ってようやく岩を崩壊させた。


「魔法は1回だけ、といったはずですよ。このあとも授業はつづきます、ムキにならないように。はい、次」


フォラント先生は淡々とそういうと、新しい岩を生成する。

3回魔法を放って岩を完全破壊した生徒は、へんな脂汗をうかべながら得意顔だ。

いや、顔色悪いけど大丈夫? かんぜんに魔力使いすぎじゃない?

その昔ペシュティーノからさんざん言われた「めまいや吐き気は出ていませんか?」をすごく言ってあげたい。


破砕(ゼクフェチン)!」


ほぼ最後尾となるヘルミーネとリヒャルトは、一度の魔法で岩を完全に破壊してみせた。生徒たちから「おおっ」と歓声がわく。

スタンリーも同様に一撃で完全に破壊したけど、ヘルミーネとリヒャルトの影でこっそりやってたのであまり注目を浴びてない。こういうとこ器用なんだよねスタンリーは!


「次、最後。……は、ケイトリヒ殿下ですか。少々お待ちを」


フォラント先生は、崩壊しかけてたり半分こわれたりしている5つの岩を全部消すと、何かブツブツと詠唱しはじめて3階建ての家くらいある大きな岩を出した。


「殿下が相手でしたらこれくらいないと測れませんでしょう」

「でもせんせい、これ壊したら岩のハヘンが転がってあぶないかも」


「危険予測ができて大変よろしいですね。生徒たちには私が防護魔法をかけますから、なるべく安全な方法で破砕できるようやってみてください」


え、俺だけ難易度高くない?

ホルダーから虹色の杖を取り出したまま、少し考え込む。


破砕(ゼクフェチン)はその名の通り、岩を破砕するだけの魔法だ。破砕したあとの岩のかけらは本来、物理の法則にしたがってバラバラと崩れ落ちるだけ。

大きな岩なので、大きな破片が生徒たちの方に転がってきたらまあまあ危ない。


じゃあ、転がらないくらい後ろにふっ飛ばせばよくない?

よし。岩の向こうは演習場の防護壁だけだし、危険もないだろう。

虹色の杖をかざして、げんきよく後ろにふっとばす気持ちで!


「ぜ、ぜくふぇちェん!」


ボガーーン、という大きな音と衝撃で俺は思わずよろけてぺたんと尻もちをついた。

なんか呪文間違えた気がする。


土煙が落ち着くと、3階建ての家ほどあった岩はキレイに粉々になって……いくつかの破片が、背後の防護壁にめりこんでいた。


生徒たち、シーン。先生、ちょっと考えてる。


「……殿下、お聞きしたいのですが……どういうおつもりで今の魔法を?」

「う、うしろにふっ飛ばせばあぶなくないかなとおもって……」


「なるほど、生徒たちをの保護を優先したということですね。大変結構。ですが、もう少し威力を抑えるように心がけましょう。(つぶて)が防護壁にめりこんでいます。これは、別途修繕費を請求すべきか悩ましいラインですね」


この演習場は第二演習場なので、1年生の頃の失態で俺がぶっこわした演習場とは違う。

また? また修繕するんですか? 俺が在学中に、全ての演習場が建て直しになりそうだよ……。


「あ……ふぁい……えっと、せいきゅうしてもらってもいいですよ……」

「そうですか? 助かります」


フォラント先生はモブらしからぬ冷静さで、後ろにいたクロルに「後ほど正式に修繕依頼を出します」と告げていた。驚いたり慌てたりしないあたり、モブにしては肝が座っている。やっぱり破砕魔法を見慣れた魔導騎士かも。


そしてもう一度3階建ての家ほどの岩を出して「では、威力を落として特別にもう一度」とおかわり請求された。


2回めは、音も衝撃も控えめながら全ての破片が岩の後ろに崩れ落ちるという、完璧な制御でやりとげた。生徒たちもさっきは無言だったのに「おお〜!」とかいいながら拍手してくれた。さっき俺に悪態をついてきた中央貴族の2年生3人は、ひとりはポカンとしながら雰囲気につられて拍手して、残り2人はコソコソ話しながら気配消してる。

このあとの対人戦の授業で組になってもらいたかったけど、無理かな……。


「では続いて、対人訓練です。魔導学院でお教えするのは基本的に非殺傷魔導と呼ばれる拘束、あるいは無力化の魔導になります。これらは一部の研究員は魔法とも呼びます。呼び名の区分についてここで語るつもりはありませんが、そういうヒトもいる、という程度には覚えておいてください」


フォラント先生が教本を読み上げている最中、さっきの2年生3人はずっとソワソワしているのが見える。俺の席、インペリウム特別寮生の席でちょっと離れてるから生徒全体の席が見えるんだよね。教師から見ると、居眠りしてたり何か授業とは別のことを考えたりしている生徒って一目瞭然なんだよな〜。


「大事なことを1つ。これらの拘束、および無力化の魔導は、自分より魔力の高い相手には効果が低いです。多くの場合、弾かれたり、逆に自分に跳ね返ってきたりと危険度が高まる上に、仮に成功したとしてもそれを持続するには並々ならぬ集中力を要します」


先生がそこまで説明すると、生徒たちの目線が一斉に俺に向いた……気がする。


魔力の高さだけは定評のある俺ですからね。

つまり対人訓練においては無敵? 意外なところにチート能力あった。


……といっても、俺の拘束に魔法は必要ない。なにせ体格は4歳児だし、力も弱い。

悪意があってもなくてもちょっと体の大きな子どもにさえギュッと抱きしめられたら、その腕から逃れる腕力はない。拘束者の命を奪ってまで逃げ出そうという気概のない俺は、あっという間にさらわれてしまうだろう。

俺が警戒すべきは魔法じゃなくて物理なんだな。


まあそのへんは……怖かったり驚いたりしたら別だけどね。意図せず、危害を加えたヒトの命を奪うかもしれない。ユヴァフローテツの岩砂漠で爆散したトビムカデみたいにさ……。そう思うと魔法ってやっぱり、ちょっと怖い。


「では全員、組を作って! 2人でなくても、3人、4人でも構いませんよ」


フォラント先生が掛け声をかけると、生徒たちは立ち上がってそれぞれ組を作る。

キタ~。学校生活で、いちばん緊張する瞬間。


「殿下は生徒と組んでもらうわけには参りませんので、ガードナーくんと組になってくださいね」


とおもったら強制!!


「先生。残念ながら、私は誓約により殿下に攻撃魔法を向けることができません」

「……それは、困りましたね。一応、これらの非殺傷魔導を向けられたときにどのような状態になるのか、ということは最低でも体験してもらいたいのですが……どなたか他に、殿下に魔法をかけられる方は?」


クロルが「我も無理だ」といい、ジュンは「俺は魔法があんまり」。

んー、困ったな。


スタンリーが両方向通信(ハイサー・ドラート)でペシュティーノに連絡すると、急遽ペシュティーノが授業に参加することになった。


え! ペシュに拘束されんの! 困ったな、素直に従っちゃうけど?


教室にペシュティーノが現れた瞬間、俺は待ち構えてたように音選(トーンズィーヴ)を使った。

どや、俺の世話役かっこいいやろ! というつもりだったけど……なんというか、微妙に想像よりナナメ上だった。


「あの方が、王子殿下を魔力暴走もなく指導した世話役……」

「でっか!」

「中央のシュティーリ家の……」

「ラウプフォーゲルに認められたシュティーリ家か」

「あんな、見るからに北方人の見た目なのにラウプフォーゲル公爵閣下から王子殿下を任されるほどに認められたっていうのか? やっぱりラウプフォーゲルの懐の深さは尋常じゃないな」


けっこー政治的に有名人だった。

あれー。以前の野営訓練のときはふつうに女子生徒が色めき立ってたのになー?

今回もそういうの期待したんだけど、まあペシュの実力みたいなものが広く知られたんならそれはそれでいっか。


「ケイトリヒ様に拘束魔法をかけると聞いて参ったのですが間違いないですか」

「そうです」


ペシュティーノの問いかけに、フォラント先生がサラリと答える。

明らかに、ペシュティーノの気配に刺々しい殺気みたいなものが混じった。


「そのような実演、家政科からは聞いておりませんが」

「去年も同様に実施しておりますし、殿下は魔力が高いのでもともと生徒同士でさせるつもりはありませんでした。側近のガードナーくんから拒否されたので相談させていただいた次第です」


先生の淡々とした説明に、ペシュティーノも毒気を抜かれたようだ。


「相談していただいて助かりました。万一側近以外の誰かがケイトリヒ様を害するような魔法をかけようものなら、精霊たちの反撃に遭ったでしょうから」

「想定済みです」


フォラント先生、ペシュの殺気にもまったく動じない。


これは完全にモブで済むキャラじゃないぞ。ペシュの殺気は魔力がこもってるので並大抵のニンゲンであれば歯の根も合わなくなるくらい怯えるもんだよ。

俺はそうなったヒトを知っている。ジュンだ。

ジュンはもともと豪胆な性格だけど、ペシュにガチめに叱られたときは泣きべそをかいていた。それくらい怖いらしい。

「チビるのだけは死守した」と言い張ってたけど、なんの矜持にもならないよ、それ。


ペシュな何かを思案するように顎に長い指をかけて俺をしげしげと見つめる。


「そうですね、拘束と……無力化。麻痺(リーモン)か、自失(ヴァーンゼン)……」

「そんな物騒な魔法は傭兵か治安部隊くらいしか使いません。授業で教えるつもりだったのは捕縛(エファスン)武装解除(エントワフン)のふたつです」


ペシュはたっぷり3秒フリーズすると「そうですか」と納得してみせた。

俺が非常識なのはもしかしたら世話役のせいもなきにしもあらずじゃなくなくない?


先生の号令に合わせて、生徒たちはお互いに対人魔法をかけあっている。

捕縛(エファスン)は魔法のロープがシュルシュル〜ッと現れて相手を捕縛する、とっても視覚的にもわかりやすい魔法だ。魔法のロープは当然、魔法でできているので維持にも魔力がかかる。1本の縄が上半身をくるっと一周しただけの生徒もいれば、胸元から腰までグルグル巻にされている生徒もいる。

後者の生徒は、どうやら魔力消費が多いみたいで魔法をかけているほうが少し苦しそう。

拘束された方の生徒は、たまに「いてて!」と大きな声を上げることもあった。

痛いのはちょっとかわいそうかもな〜。


それをボーッと眺めていると、ペシュティーノがおもむろに「やってみますか?」と言ってくる。


「僕が? ペシュに?」

「そうですよ」


「えー、ペシュが先にやって」

「なぜですか?」


「あんまりグルグル巻きにしすぎて圧殺したらこわいから」

「なるほど。では、私が見本をお見せしましょう」


ペシュティーノは少し俺から離れて、俺と向かい合う。

改めてみると……ペシュって手足長いなー。というか全体的にひょろ長い。


「いきますよ」

「はあい」


捕縛(エファスン)


ペシュティーノがこちらに向かって杖をふい、と振る。

俺の体の周囲にフワッと煙が生まれたと思ったら、それらが実体化してムギュッとふんわり優しく抱きしめられるような感覚で身動きができなくなった。

杖からヘビみたいにロープが伸びるような生徒もいる中、ペシュの魔法はスマートね。


そして肩から足首まで、イモムシにでもなったかのようにグルグル巻き。


「ほわぁ」


自分の体を確認するため下を向いたひょうしに、バランスを崩して倒れる。

安全に倒れるために尻もちをつこうとおもっても、腰がまがらない。直立したまま倒れるのはちょっと危なくない!?と思った瞬間、顔の周りにも煙が生まれてまたもやムギュッとしたものに首から頭までがつつまれた。

ペシュティーノが慌てて拘束を追加したみたい。拘束っつーか保護?


ぼいん、とはずみがついて倒れたけど、ちっとも痛くない。

肩から下が拘束されていただけなら、倒れたときに頭を打ったかもしれないけど「追い拘束」のおかげで頭全体がふわふわ。


「痛くなかったですか」

「だいじょぶ」


うごうごしてみたけど、全然動けない。


「け、ケイトリヒ様……」

「これは……」

「んふっ……これは、まるで……おくるみみたいですね」


スタンリーとリヒャルトとヘルミーネが俺の状態を見てなんだか絶妙な表情。

首の部分は柔軟性があるのか、キョロキョロと周囲を見ると、フォラント先生とジュンは妙に感心した様子。クロルは不機嫌そうだ。


「殿下、抵抗してみてください」


フォラント先生が言うけど、うごうごしてもあまり動けない。

やばい、このじょうきょう……寝ちゃいそう。


「うごけないですー」

「殿下、悪者に拘束されてしまったと思って、必死で抵抗してみてください。殿下のほうが魔力が高いのですから、破ろうと思えば破れるはずですよ」


「でも、ペシュがこの状態で動くなっていうんだったら多分それが正しいんでジッとしとくほうがいいとおもうんです」

「そういうことではなくて……」

「驚くほど抵抗がなかったのはそういうことですか。ケイトリヒ様、脱出する訓練だと思って、拘束を破ってみてください」


「えー……うん。うーん。うむむ、へむっ!!」


へんな掛け声で全身に力を入れたら、ドラゴン◯ールばりに服が破れるかなーと思ったけどびくともしない。仕事しろ俺の魔力!


「ぐぬ、ふむむ」


イモムシのように蠢いているだけで、ぜんぜん破れない。高すぎる魔力、どこいった?


「はふぅ」


なんか疲れて眠くなってきちゃった。


「ケイトリヒ様、寝ないでください。早く破らないと、夕飯のプリンはナシにしますよ」

「ふぁむっ!!!」


そんな殺生な!! と思って両手両足に力を入れると、バリッ!と音を立てて柔らかいおくるみみたいな拘束が破けて消えていった。おー! ドラ◯ンボール!!


「できた!」


おくるみを破って俺、誕生! みたいな!


ヘルミーネとリヒャルト、スタンリーと周辺の生徒が「おお〜」と言ってちょっと拍手してくれる。てへ。


捕縛(エファスン)ってふわふわであったかくてきもちいいんだね。よしっ、僕もやってみる! だれかきょうりょくしてくれるひとー!」


俺が虹色の杖をスチャッと構えたところ、リヒャルトとスタンリーとジュンとフォラント先生が立候補してくれた。先生?


順番に、全員に捕縛(エファスン)をかけさせてもらった。当然だけど、みんな俺が解除するまで自力で拘束を解いたヒトはいない。

先生はわんちゃんあるかなーとおもったけど流石に魔力量の差は覆せないらしい。


全員「眠ってしまいそうなほど気持ちよかった」という感想。


フォラント先生は「こんな魔法ではなかったはずですが……」と言いながら不思議そうにしていたけど、まあ拘束という目的は果たしてるからいいんじゃないかな!


ファイフレーヴレ第1寮での授業は思っていたよりスムーズだった。

ちょっと勉強不足の中央貴族残党はいたけど、すぐに気配消したし、俺の魔法は絶好調。


もう気持ちは卒業してる気分!

はやく冒険者のたびにでたいなー!

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