第2部_1章_0143話_魔導学院3年生 2
「よそういじょう」
アーサーから聞いた、王国の王もまとめ上げられなかった大領主の令息。その数8人。
そしてダニエルから聞いた、共和国は聖殿からおこしの聖女。こっちは1人。
「予想以上ですね」
スタンリーが入学式の会場ホールを見下ろしながら、俺の言葉にボソッと応えてくれる。
魔導学院の入学式は、日本の入学式みたいに長ったらしいスピーチはない。
式、というより説明会みたいなニュアンスだ。
それでも入学生が一同に集まり、在校生もまた集まって入学生を迎える……みたいな雰囲気だけはあるっぽい。寮にならって学校生活のほとんどを6つに分かれて過ごすので、在校生が全員集まるのは入学式だけ。
インペリウム特別寮生は、巨大な会場ホールでもオペラ席のような隔離されたスペースなので、一般生徒とはちょっと距離があるけど……。
「王国の痩せっぽち貴族め、国へ帰れ!!」
「黙れ、蛮族! 食料支援で上に立ったと勘違いしている恥知らずが!」
「その食料を受け取って腹を膨らませたくせに、態度がデカいんだよ!」
「帝国の食料なんぞ、誰が食うか! 毒の大地の子が!」
「やめて、もう暴力はやめて! 精霊様はヒトの争いを望んだりしません!」
はい、大乱闘です。
魔導学院3年目にしてはじめて見た、ガキ丸出しの殴り合いのケンカ。
どうやら例の王国の問題児8人が何やら悪態をついたとかで帝国貴族令息と揉めたようで。あわや殴り合いかという段階で突然あらわれた「ケンカはやめて」聖女が完全に煽った。本人に自覚があったのか謎だけど、あれは悪手だと誰もがわかるカンジで煽った。
そして無事、殴り合いに至る、と。
帝国貴族令息がラウプフォーゲルの生徒たちではないことだけが救いかな。
どうやら食料支援を引き合いに出しているみたいだし。
「ケイトリヒ様、学院側から退席をうながす連絡が。寮に戻りましょう」
ペシュティーノがなにくわぬ顔でしれっと逃げる気。
「ちゅーさいとかしなくていいの?」
「それは学院側の仕事ですので不要にございます。あのような阿呆どもにケイトリヒ様の御威光に触れる機会を与えるなど、分不相応ですよ」
にっこり笑ったペシュティーノがこわい。
バルコニーのようになった手すりの向こうの下からは、まだ怒声と暴れる音が聞こえてくる。身を乗り出すのを防ぐように、オリンピオが立ちはだかってるので見えない。
「ケッ、何が希望の星だ。ガキを皇帝にしようとしてる腑抜けの帝国に、俺たちが従属するとでも思ってるのか? ラウプフォーゲルの名を出せば王国が従うなんて思うなよ!」
その言葉がホール全体に響いた瞬間、ドタバタとガヤガヤが嘘のように静まりかえった。
うーむ。これ、聞き捨てならないやつじゃない?
固有名詞出されたたし、俺出たほうがいいんじゃない??
てゆーか俺を皇帝にしようとしてる動きってこんなにみんな知ってるもん? まあ最近改定されたいろいろな法律を思えば、まあわかるかー。
クルリと踵をかえして、立ちはだかるオリンピオの足元まで近づいて「だっこ」と言って手を挙げる。オリンピオは少し戸惑っていたみたいだけど、多分うしろのペシュティーノが許可を出したんだろう。
大きな片手にすくい上げられるように抱っこされた。
オペラ席の手すりに座るように抱えられると、下の生徒たちがよく見えた。
「しずまりなさい。みぐるしい」
たぶん、アウロラがなんかした。
ボソッと口にしただけだったのに、再び騒がしくなり始めていたホールが一気に静寂。
「生徒かんのぼうりょくは、退学のたいしょーですよ」
もみ合っていた生徒も、それを引き剥がそうとしていた生徒や教師も、ホールにいる全員がポカンと口を開けて俺を見ている。みんなの呆けた顔がよく見えた。
「僕に退学を決める権利はありませんが……我がラウプフォーゲルへの不敬は見逃せません。にどめはありませんからね」
俺はできるだけ鋭く、もみ合っていた生徒たちの方向をキッと睨んだ。
愛くるしい幼児顔が睨んだところで効果あったかはわからんけど、これくらいにしといてやらあ。
ふん、と俺が鼻を鳴らすと、それを合図にしたようにふわりとオリンピオがマントの中に俺を隠して退散。ちょっと威圧の魔力出したけど、これもひとつの優しさなんだよ?
チョーシにのってジュンにばっさりいかれても、俺のほうが後味悪いからさ。
ここらでちょっと、俺をナメさせないように、ね?
犬のシツケは最初が肝心っていうじゃん?
犬じゃないけど。
この、ちょっとしゃしゃった行動が思いも寄らない方向に向くとは本気でこのときは思っていなかった。ほんと、ジュンに斬られませんよーに!という気持ちだけだったんです。
さーさー入学式は終わったし、さっさと分寮に退散だー!
――――――――――――
「……ッ」
「ハアッ、ハッ……な、んだ、あの」
「……あ、あ、あ……」
調子に乗って暴れていた、体の大きな王国の新入生たち。
ついさっきまでチンピラのような口調で帝国の貴族だという生徒とがなり合っていたのに、二階席に現れた巨人に抱かれた白い妖精を見て息の根が止まる思いをした。
「あれは、一体……なんなんだ」
温かい心臓が冷たい手によってソロリと柔らかく握られたような感覚。
潰そうと思えば、いつだって潰せるのだぞ。そう言われた気がした。
「口を慎め。以降、殿下をそのように呼んだあかつきには我らラウプフォーゲルの貴族が貴様らを処す。あの御方こそ、我ら大ラウプフォーゲル、そして帝国の希望の星たるケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下である」
息も絶え絶え、といった王国の大領主令息たちの背後から現れたのは、ただ体の大きな彼らよりもさらに大きく、筋肉隆々にたくましく引き締まった生徒が数名。その後ろにもぞろぞろと不遜な表情の生徒たちが、彼らを見下ろしていた。
見せつけるように制服の肩口から垂れたサッシュには、グランツオイレとヴァイスヒルシュ、シュヴァーン、そしてハービヒトにラウプフォーゲルといった領章がついているのだが、王国の貴族令息たちは不勉強なのでラウプフォーゲルしかわからない。
大ラウプフォーゲルの生徒たちは乱闘騒ぎで乱れた服や周囲を見て、眉をひそめる。
「その昔、蛮族とは北部の者がラウプフォーゲル人のことを指して言ったものだったが……時代は変わったということだな」
一人が言うと、周囲が嘲るように笑った。
嗤われた、と憤った王国の新入生が怒りをあらわに立ち上がろうとしたが、ハービヒトの領章の生徒がその肩を掴んで無理やり座らせる。
「嗤われたくなかったら無様な真似はひかえることです。おケガなさってますね? 動くと傷にさわります、わたくしが運んで差し上げましょう」
無理やり座らされた生徒は顔を歪めて、肩を掴む手からなんとか逃れようとするがびくともしない。
「王国と帝国はいずれひとつになるのだ。仲良くしなければな」
大ラウプフォーゲルのリーダー格といえる体の大きなマッチョ生徒がそう言うと、大ラウプフォーゲルの生徒たちのなかでもひときわ大柄な生徒がわらわらと乱闘騒ぎを起こした生徒たちに詰め寄る。
「な、なにをする!」
「さわるな、汚らわしい!!」
「グッ、い、痛……」
肩を貸したり、立たせたりするような素振りをしながら、大ラウプフォーゲルの生徒たちはがっしりと肩や首筋を大きな手で掴み、抵抗できないようにしている。
「我々が蛮族なら……貴方がたは可愛く吠える生意気なレディといったところでしょうか? 安心してください、本当に女性としてみているわけではありませんから」
王国では、帝国と違って男尊女卑が根強い。
年頃の男子が、女扱いされるのは耐え難い屈辱だった。
「貴様、言わせておけばッ……グッ!!」
「大丈夫、ラウプフォーゲル男は跳ね馬レディにはとても慣れておりますので。ああ、扱いまでレディと同等だとは思わないでくださいね、あくまで例えですので」
反抗的な物言いや態度をしようとすると、キメられた関節を容赦なくねじあげられる。
すっかり大人しくなった王国令息たちを見て、教師たちも生徒たちもホッとしたようだ。
騒動の原因はすっかり排除されたホールで、残った生徒たちが乱れた椅子や散らかった荷物などを片付けしている。その中には、王国の新入生と乱闘をしていた中央貴族の生徒もいた。
ラウプフォーゲル派の大柄な生徒たちは、彼らについては特に拘束も注意もしていない。
居心地が悪いのか、片付けの手際は悪い。
「あ……あの」
「どうしました?」
「ええっと……た、助けてくれたことに、感謝します」
「助けた? 助けたのは、ケイトリヒ殿下であって我々ではありませんよ。我々はあくまで事態を収束させただけ。乱闘になったことは褒められたことではありませんが、彼らの侮辱を見逃さなかったという点は、いち帝国民として大変素晴らしいことだと思います」
大柄でありながら柔和な笑みを浮かべた、ラウプフォーゲル派リーダー格の青年といってもいい生徒は4年生を表す襟章をしている。
中央貴族の生徒は、思いがけない人物からの高評価に耳を赤くした。
少し前までは、中央貴族もまた彼らと同様に旧ラウプフォーゲル勢力を特に知ろうともせず「蛮族だ」と断じていたことを忘れないくらいの分別はある。
「失礼ですが、あの、編入生ですか? お見かけしたことがないように思えて……」
「お気づきですか! はい、シュヴァーン領より今年から4年生として編入してまいりました、ローデリヒ・ブルクハルトと申します。以後、お見知りおきを」
中央貴族の生徒は、がっしりした好青年のローデリヒという生徒に、思わず見とれてしまう。それくらい、圧倒的強者感のある人物だった。
分厚く大きな手を差し出されていることに気づき、慌てて握手に応じて名乗った。
「王国との統合を控えた今、帝国は今までのように分断されていてはならない。そう思いませんか? ぜひ、我らと志を共にいたしましょう」
「こころざし……ですか」
相手が旧ラウプフォーゲル勢であるなら、志はひとつに違いない。
ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュを支持せよ。
程度はどうあれ、この根本は間違いない。
握手した中央貴族の生徒は、少し前のタイミングであれば拒否感を覚えたかもしれない。
だが、ついさっき見たケイトリヒ殿下のお姿は、まさに王者。幼いお姿でありながら、ヒトの及ばぬ底しれぬ絶対的な力を持った支配者だった。
中央貴族の生徒は曖昧に笑って、力強い握手に応える。
片付けを終えると、ホールにはもうほとんど生徒は残っていなかった。ローデリヒと数人の取り巻きを残すのみ。教師が「すぐにオリエンテーリングに向かうように」と声だけを残して去っていく。
「……少々、性急すぎましたかね?」
ローデリヒが呟くと、取り巻きの1人から歩み出たローブのフードを深くかぶった生徒が「私はそうは思いませんね」と呟いた。
「確実に心は動いていましたよ」
「私もそう思いました。彼は、すぐにでも我々に同調し始めるでしょう」
「彼は2年生ですか。殿下の入学のあとに入ってきた生徒は、すでに中央貴族、中立貴族でもかなりの数が殿下に傾倒しています」
「編入生のなかに2年生は?」
ローブの生徒が尋ねると、取り巻きの中から小柄な生徒が元気よく「はい!」と手を上げた。
「勧誘を続けてくださいね」
「承知しました!」
「我々も参りましょう。足並みを乱して、あまり悪目立ちするのもよろしくありません」
「では、私は殿下のもとへ戻ります。なるべくすべての寮に、均等に同志を作るよう心がけてください」
「「「「「心得ました」」」」」
ホールにいた生徒たちは誤解しただろう。ラウプフォーゲル派の生徒をまとめ上げるのはローデリヒであると。
だが、ローブに隠れたオッドアイの少年こそが彼らのリーダーであり、司令塔であり、発起人でもあった。
スタンリーはホールから出ていくローデリヒたちを見届けて、ふわりと煙になるように溶けて消えた。
(今年でケイトリヒ様が卒業してしまう以上、今年中に全学年を掌握しなければ)
魔導学院は人材の宝庫。
ケイトリヒの発したその言葉は、スタンリーの頭にずっと深く残っていた。
ケイトリヒは今やもう来年に控える冒険者修行のことしか頭にないが、フォーゲル商会しかり、魔導騎士隊しかり、さらには皇帝への足がかりとなる政治的な人材しかり、これからもっと必要になってくる。
スタンリーが分寮に戻ると、ガノとシャルルが迎え入れてくれた。
「どうでした?」
「ええ、編入組の彼らはいい働きをしてくれそうです。ローデリヒは察しもよく見た目も爽やかなので男子生徒から憧れられるのにちょうどいいと思います」
スタンリーの返事を聞いて、2人は満足そうに頷いた。
「さすがはヘルフリート様の紹介ですね」
「他にもゲイリー様、フェルディナンド様、フランツ様、ヴィンデリン様……名だたる領主閣下のご紹介ですからね。信頼度は最高値でしょう」
「スタンリーが『魔導学院を乗っ取ろう』と言い出したときには何を、と思いましたが」
シャルルは満たされた猫のように目を細め、スタンリーを見つめる。
「ええ。私は実務に追われるばかりで、もっと先のことを考えられていなかったと反省しました。この段階で魔導学院に種をまけたのはスタンリー、あなたのお手柄ですよ」
ガノも嬉しそうにスタンリーを見る。スタンリーは、なんだかいたたまれなくなってフードを深くかぶった。
「私ひとりでは成し得なかったことです。折衝、仲介、その他諸々……感謝しています」
ケイトリヒが卒業したあとも、人材の宝庫である魔導学院を掌握しようというスタンリーの発想はよかったがスタンリーには方法がわからなかった。
それを鳥の巣街の別荘優待購入権やテナント出店権、さらにフォーゲル商会の新商品をちらつかせて旧ラウプフォーゲルの権力者に交渉したのは、この2人だ。
大ラウプフォーゲルに忠実な、影響力のある優秀な子女を魔導学院に入学させ続けてほしい。ただそれだけの交渉だったが、魔導学院の人材を求めているのは権力者たちも同じだった。ケイトリヒを軸にして魔導学院を掌握するのは好機とみたようだ。
「皇帝命令で入学した生徒に、かえって掌握されるなんて中央貴族どもは想像もしていないでしょうねえ」
「おそらく数年のうちに中央貴族という呼び方もなくなると思います。王国が統合されれば、また階級社会は荒れるでしょうね」
シャルルとガノはそっくりな表情ですごくニヤニヤしている。
スタンリーはそれを見て、何を考えているのか定かではないけれど彼らに近づくのは少し無理があると感じた。
――――――――――――
「え、きんしん!? 入学しょにちから!?」
魔導学院にも謹慎っていう制度あったんだ! あ、いやたしか俺が迷子になったときにそういう生徒がいっぱい出たとか言ってたっけ?
聞いてはいたけど見てはいないので、なんか実感なかった。
「妥当でしょう。驚くことですか?」
「いや……インペリウム特別寮生にも、謹慎ってあるんだとおもって」
「いくら特別でもあれは申し開きもできない状況ですからね、何かしら処分を下さねば学院の風紀が乱れます」
「じゃあ今夜のインペリウム特別寮生の食事会もふさんか?」
俺は夕食会のためにちょっと豪華な服にお召し替え中。
パトリックが肩口にあるでっかいリボンの膨らみをめっちゃ細かく調整してる。
そんなこだわるとこ?
「アーサー様の仰っていた8名のうち、3名が謹慎です。残り5名は出席ですよ」
「せいじょは?」
「参加です」
「ほぬ」
まあ聖女はどうでもいいんですけどね、こちらとしては。
あ、いや一応、婚約者候補なんだっけ? でもたしか断ったよね。
あれだ、押しかけ。
「そのせいじょって、婚約者候補として打診されてきたコ?」
「いえ、違うようです」
「どっちにしてももう僕婚約者いるし、女子はちかづけないよね」
「挨拶くらいなら構いませんが、私的な会話は……本来女性側が控えるべきなのですがそういった常識があるかどうか」
ペシュティーノが言ったその言葉が、テキメンな予言だった。
「キャアッ! かわいい〜! 殿下、わたくし聖殿から参りました……」
「お待ちなさい。帝国では身分が下のものから上のものに話しかけることは、礼儀上いちじるしい無礼となります。さがりなさい」
ペシュティーノの剣のある声がインペリウム特別寮の食堂ホールに響くと、空気がピリッとした。
「え〜、でもアタシ聖殿育ちでぇ、礼儀とかわかんないし! 聖殿は精霊のもとに全てのヒトが平等!って説法がありますから!」
やばい、ニューキャラきた。
なぜか聖女の後ろからとんでもない殺気を感じて目を向けると、ダニエルが視線でヒトが殺せるんじゃないかってくらいヤベー目つきで聖女を睨んでる。
……ダニエル、大変だね。ファリエルもそうだけど、聖殿からはヤベーやつしか入ってこないのかな?
だが、それを制したのは思いがけない人物だった。
「中央第一教区助祭ファリエルが命じます。聖女候補ヨアンナ、今すぐ口を閉じて王子殿下から離れなさい。命に応じなければ、聖女候補の資格を剥奪します」
演武場で泣きべそかきながらチビってた姿からは想像もできないほどキリッとした顔と口調で言うと、チャランポラン聖女はビクリと肩を震わせて黙り、一歩下がった。
危なかったね、あと一歩ふみこんでたらジュンが斬り捨てたかもよ。
「ケイトリヒ殿下、同門の者が大変失礼をいたしました。この一年で帝国の礼儀作法を身に着けた私に免じて、今日のところは何卒お目溢しを賜りたく存じます」
身分が下のものから上のものに声をかけることが許されるパターンがいくつかある。
その一つが謝罪。片膝をつき、片手を胸に、もう片方の手の平を地面にくっつけて深く頭を下げた状態からの発言。今のファリエルの格好だ。
帝国の国民であれば両膝をつくのが最敬礼となるが、一応ファリエルは外国人なので両膝までつくと「へりくだりすぎ」となってよくない。よく勉強してますね。
「いっかいめは許すよ。2回めまではしぶしぶ許す。3回めはないから」
ファリエルは「ありがとう存じます」と言って脛にくっつくほど頭を下げる。
オロオロしている聖女を、ダニエルがやや乱暴に跪かせた。
「……この者たちは私がみっちり指導しますので」
「お願いしま……あ!! ダニエル、きいて!」
「え」
「僕の箱庭ね、鳥の巣街におかいあげされたの! で、ダニエルとルキアの箱庭を買ったのも、実は鳥の巣街のマニアでね!」
「え……! あの、法外な値段で買っていった商人は殿下の……」
「僕のカンケイシャだけどおカネは無関係だよ。箱庭マニアなんだって」
俺のとんでもねえ箱庭については、欲しがるヒトがいないわけではなかったのだが値がつけられない上にちょっと魔術省からの扱いが微妙ということで一般人には売るなと言われた。ローヴァインキョーさんに。むきー。
そのため、お買い上げというか鳥の巣街に寄贈されることに。
流れで、箱庭を展示する大通りを作ろうという計画になり、いいかんじにルキアとダニエル、あと何人かの生徒の箱庭を鳥の巣街の予算で買うことになったそうな。
箱庭マニアは、納得というか当然というか、建築部長のゴゴ・バウザンカリ。
個人の資産で買うのは無理だけど、街の予算で買えば無問題。
ルキアとダニエルには日本円にして1千万以上のお金が渡されたと聞いた。
「鳥の巣街にねえ、箱庭展示の大通りを作るんだって! ダニエルのも展示されるから、ぜひ遊びに来てね?」
俺があまりに目をキラキラさせて懐いているのが驚愕だったのか、ファリエルと聖女が信じられないものを見るようにダニエルの背中を見ている。
マンガ的表現をするとなると、目が飛び出して下顎が地面についてる感じ。うん。
「遊びに来てって……そんな簡単に」
「しょうたいするよ?」
俺がさらりと言うと、ダニエルも同じ顔になった。そんなに? おどろくこと?
「おいオマエな、共和国で鳥の巣街がどういう扱いされてるか……」
ダニエルは魔法応用工学の授業中のカンジで話しかけていたところを、ハッと息を呑んで口を押さえた。なんかかわいい。
「ダニエルは友達だもん、言葉遣いはきにしなくていいよ?」
「こ、こういう場所ではンなわけには……そういうわけには、まいりません」
インペリウム特別寮生たちは、俺とダニエルが異様に仲が良いことに驚いたようで全員、ファリエルと同じ顔をしている。ダニエル、一匹狼な雰囲気だもんね。
魔法応用工学の授業では普通だったんだけどなあ。
「あとではなそ」
「そ、そうしましょう」
共和国で、鳥の巣街がどういう扱いをされてるのか気になる。
その後の食事会は、1年生の頃と同じようにつつがなく進んだ。
違ったことはといえば、料理が鳥の巣街の人気レストランのメニューだったこと。もちろん、レオの弟子が料理長のレストランだ。
唐揚げに豚カツといった子ども大好きメニューに、上品なサラダ。テーブルに1つずつ置いてあるスープポットはいつでもアツアツのスープが好きなだけ自分でよそえる。
濃厚なコーンポタージュを気に入った生徒は多いようで、スープポットは何度もおかわりされてるみたい。食べ盛りだねぇ〜!
そういえば2年生のときは、インペリウム特別寮での食事会って無かったような……。
「そういえば、去年はなんで食事会なかったんだろ?」
「主催者がいなかったんだよ。インペリウム特別寮の食事会開催は、別に定例行事ってわけでもないんだ。開きたいひとがいなければ、ない」
横にいたアロイジウスがあっけらかんと答えた。
あ、そういうふわっとした会なんだ?
「こんかいは誰が開催者? 僕じゃないよね?」
「私です」
スタンリーがキリッと答える。え、そうなの。
「鳥の巣街で売出中のレストランの宣伝を兼ねています。名目は私ですが、実際にはガノ様とシャルル様ですね」
「ふぇー、そうなんら」
唐揚げにかぶりつきながら言うと、スタンリーにちょっと叱られた。
レオの弟子がつくった唐揚げは衣がガリガリでちょっと俺には食べづらい。ただ、中身はふわっとジューシー。うまい。
共和国首相令息ダニエルにゾーヤボーネ領主子息イザークは俺のお茶会でたっぷり異世界料理を堪能したので、他の生徒にも軽く説明してくれてるみたいだ。
アーサーが危険視していた、王国の大領主令息たちはリーダー格が不在のせいなのかわからないがおとなしい。まあ入学式であれだけ暴れちゃえばね。
そして……すっごい遠くから、恨みがましい執着じみた視線が……。
聖女だ。いや、聖女候補か。
なんかブツブツ言ってるから音選で聞いてみたら「なんで無愛想なアイツが王子に取り入ってるワケ? 不当だわ……」なんて呟いてた。
聖女候補、性格に問題ありだわ。
不安だわーと思ったけども、ファリエルの件も今となっては笑い話。
きっと彼女も、これから成長できるはず。そうなるといいね。うん、俺もふくめて!