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第2部_1章_0142話_魔導学院3年生 1

――――――――――――


日差しを完璧にさえぎる深い森の中。

洞窟の中のように暗いが、様々な発光植物が幻想的な景観を作り出している。


深くフードをかぶった2人の人影が、別々の方向から現れてお互いを認めて足を止めた。


「いやーどーもどーもォ、お久しぶりです、使徒(アポートル)様!」

預言者(プロフェート)……その喋り方はどうにかならないのですか?」


「ヤだなァ、そんなに邪険にしないでくださいよォ。喋り方がこォんなだけで、ニンゲンはけっこー簡単に騙されてくれるんですからァ、使徒(アポートル)様お得意の、いわゆる処世術ってやつですよォ」

「そんなに大声で……禁忌の森の中だからといって安心し過ぎではないですか」


使徒(アポートル)と呼ばれたほうが、フードをひらりと脱ぐと桃色の長い髪がふわりと肩から滑り落ちた。


「は〜相変わらずおキレイですねェ、やはり我らが主に一番近い使徒(アポートル)様はより神性が増してらっしゃる」

「私よりも長くニンゲンに同化していたせいで、嫉妬という感情でも覚えましたか」


「まさか! いえ、羨ましいとは思っていますよォ。それより〜ィ……私と会うことができたということは、主は私の存在を、お知りになった、ということですよねェ?」


軽い喋りの人物は、フードを無造作に脱ぐと青く長い髪が風もないのにふわりと揺れた。


「……いいえ、主はあなたのことをご存じない。それに、今回の接触のことも」

「えっ! そんなことができるんですかァ!? もはや半神といってもいい御力をお持ちの主に、接触を隠せる……どういうことですか?」


「主の御力はまだ不完全です。特に、こと支配の御力においてはまだヒトとしての遠慮らしきものがあり、現在は精霊神様がそれを補っている状況。……そのおかげではありますが、主の世話役を説き伏せれば精霊神様もお目溢しをしてくださいます」

「世話役……ああ、使徒(アポートル)様の子孫の、シュティーリ家の先祖返りでしたか?」


預言者(プロフェート)と呼ばれた青い髪の人物は、今までの軽い喋りとニヤついた表情から一転して急に声を低めて真剣な顔になった。


「ええ、そうです。彼の、主に対する影響力は大きい。私があなたと会うことを主に秘密にして欲しいと精霊神様に交渉した際、世話役が許可すれば、と仰ったほどです」

「精霊神様からそこまで信頼されているというのですかァ、ニンゲンが? にわかには信じられませんねェ。しかし、その……ええと、ペシュティーノ・ヒメネスでしたか。彼はこの接触を許可したということですかねェ?」


「その通り。何よりも主が全幅の信頼をおく者です。精霊神様が無視できないのは当然でしょう。私が聖殿の様子を探るのは、彼からしても好都合です」


桃色の髪の人物……シャルル・エモニエがおもむろに手を差し出すと、青い髪の人物はその手に自らの手を添え、指を絡めるように握る。

暗い森のなかで、そこだけ淡く光ると2人の背後には長い影が伸び、数秒ほどで光が消えるとどちらからともなく手を解く。


「……ふむ、筆頭司祭……マグノリエルでしたか。彼女もまた、主の存在を感じ取ったということですね」

「あれほどまでに強烈な意思をあらわにされたら、そりゃァ勘の悪いエルフにだってわかりますよォ。彼女は帝国のグランツオイレの里の出身ですからァ」


「今後はエルフどもの動きにも注視せねばなりませんね。害するつもりはないでしょうが永き苦境の末に現れた光明に焦がれるあまり、妙な手段に出るものもでてくるかもしれません」

「ん、共和国のエルフは任せてェ。王国の過激派は、もうだいぶそっちで把握してらっしゃるみたいだからァ……? あとは南の同志だねェ」


2人は顔を見合わせると、どちらともなくため息が出た。


「南……雑なまとめ方ですが、まあ南、ですね」

「はあ、めんどォ。ねぇ、何人か熾天使の翼(セラピムアーラ)雪の憤怒(シュネーエルガー)を送ったほうがいいんじゃないでしょうかねェ?」


「彼らは南へは行けません。竜脈の質が違いすぎます」

「まーったく、私達を見習ってほしいですねェ! ヒトとの接触を避けてばかりいるからいまだに土地の竜脈に縛られるんですよォ。おまけに、一部は異世界人の魂に手を出して主の不興を買ったんでしょう? よくもおめおめと主に許しを請えたものですね!」


「……ともあれ、主は1年後、おそらくは南の大陸へ冒険者として出立するのがラウプフォーゲルの習わしだそうです。その、来たるべき時のために協力を依頼いたします」

「南へ発たれることは決定なのですねェ」


桃色の髪の人物は短く頷いた。


「フォーゲル山のラーヴァナ様が主と契約したとはいえ、あれほどまでに竜脈が乱れた土地へ主が赴くのをただ指をくわえて見ているだけというわけにはいきません」

「しょぉがないなァ。まあ、私としても心配ですからァ。ちょっと聖殿の伝手で、法国を探っておきますよォ」


2人の人影は、お互いを見据えて頷き合う。


「そういえば、ですが〜。顔を合わせるのも、交感するのも、何百年ぶりでしょうねェ? ヒトの感覚でいえばもう少しこう……旧交を温めるような会話はないんですかァ?」

「我々にはさきほどの交感で十分でしょう。では、私はこれで。主は裏稼業には寛容ですが、隠し事をあまり好みませんので。これ以上あなたの魔力が移ると厄介です」


「ん〜、まあいいです。じゃ、りょ~かいでェす。まったねェ!」


青い髪の人物が何か言いたそうにしつつも言葉を飲み込んだことに気づきながらも、桃色の髪の人物は踵を返して背を向けて森の闇に消えた。


完全に気配が消えたのを確認して、青い髪の人物はケラケラと笑った。


使徒(アポートル)は、あまり主と相性が良くないみたいだナ〜。主は、むしろ私と気が合いそう……さっさと聖殿を整えて、主の持ち物にして差し上げなきゃ! で、私が主のもとに侍る、と! んっふっふ、ここ数千年でここまで心躍るできごとは、無いねェ!」


青い髪の人物……聖殿の筆頭司教グルシエルは鼻歌まじりに軽くステップを踏みながら森の深い闇に消えた。



――――――――――――



「えっと、ペンとー、マリアンネからもらったインクと……フランツィスカからもらったハンカチに、これは父上からもらった、てちょう」


魔導学院に向かうための準備はほとんど側近がしてくれているんだけど、身の回りのいつも使っている学用品と愛用品をまとめる作業中。


フォーゲル商会から提案された新しい製紙技術は、A4用紙1枚で1000円ほどの価値だった紙の価格をぐんと下げ、今や平民でも買えるレベルになった。

そんな中、ハービヒト領の上質な革と組み合わせて作られた手帳は貴族向けに大ヒット。

会議などのときにサッと取り出して書き込むのが、今、男性貴族のなかでいちばんかっこいいシチュエーションだ。


手帳自体は新しい発明品、ってわけでもないんだけど、バインダー式なのはフォーゲル商会の特許。その金属部分がついているものこそが、今いちばんかっこいい。らしい。

貴族は安物なんか使わない。高いものを買うのが仕事みたいなところもある。

それでも身の丈に合わない買い物は当然だけど忌避される。

聞いて驚け、既存の製紙技術で作られた手帳、一冊4万FR(フロー)

日本円の価値に換算したら、よんひゃくまんえん! アホか! さすがに消耗品にその値段は、あまりにも高すぎるというのが今までの常識だったんだけど。


それが今は6000FR(フロー)。約60万円。まあ、これくらいなら前世のハイブランドの手帳でもありえたかな?ってくらいの価格帯よね。

もちろん宝石とかがつくとグンと跳ね上がりますがね。


なんつーか、カフェでリンゴマークの薄いPC取り出してカチャカチャやるのに憧れる感覚とあんま大差ないよね、こういうの。ヒトって異世界でも同じなんだなあ。


「ケイトリヒ様、ローレライのフーゴ様から贈られたこちらはどうなさいますか」


ミーナが差し出したのは絢爛豪華な水差しとゴブレットのセット。

フォーゲル商会の融資で調査された結果、ローレライの砂漠に地下には多くの貴重な金属の鉱脈があることが判明し、いまは金属細工の職人が集まる街となりつつあるそうだ。

しかしこのセット、豪華すぎてくっそ重い。平成ギャルのデコ電か!?ってくらい宝石ついてる。もちろんイミテーションじゃなく本物。重量だけでなく存在感が重い。


「それは……いまの僕にはちょっと豪華すぎるかなー」

「お客様がいらしたときに使うのは、ローレライのためにもよろしいかと思いますけれど……たしかに、ケイトリヒ様がお使いになるには少々……嫌味でしょうか」


「そうおもう」

「承知しました。これは白の館に置いておき、将来使うことにいたしましょう」


「ローレライの鉱脈からはアダマンタイトがでたんだっけ」

「ああ、ガノ殿がそう話しているのを聞きました。災難でしたね」


ミーナがウフフと笑う。


そう、ファンタジー金属の定番と言えるミスリルやオリハルコン。これらはまだ商業的価値のある貴金属と言えるのだが、アダマンタイトは硬すぎる上に加工できる技術者が少なすぎる。さらに硬すぎて、発掘するのもとんでもなく骨が折れるんだと。ヒヒイロカネに至っては存在が疑われるレベルで採掘量が少なく、特性もあまり知られていない。


「せっかく出たのに、もったいないなあ」

「アダマンタイトを加工できるのはドワーフだけ、なんて逸話もあるくらいですからね。さ、明日は朝が早うございますわよ。あとはわたくしたちが用意いたしますので、お風呂に入ってお休みくださいまし」


学用品をつめていたカバンを、ミーナがそっと取り上げる。

カバンはゲイリー伯父上がレオの設計図を見て作って贈ってくれた特注品。

すっごい軽いアイボリー色の革でつくられた、細かな細工が施された雅なランドセル。


俺の体型に合わせただけあって、すごくなじみがいいんだよね。

やっぱ子どもにはランドセルなんだなー。


「じぶんで準備したかったのに」

「十分でございますわ。さ、お風呂へ」


就寝前のお風呂は、もう日課。

お風呂は代謝を促すということで精霊からも推奨されているのだ。


お風呂の底にはアンデッド魔晶石がびっしり沈んでて、そのうえにスノコみたいなものを敷いて俺が入っている。「命属性を効率的に吸収するため」らしいんだけど、側近には影響ないのか心配だったんだ。

命属性と死属性って、本来ヒトの体に均等にあるものなんでしょ?


そう精霊たちに聞いたら、「片っ端から主が吸収してるから大丈夫」だそーだ。

なにそれ。まあお風呂の世話をしてくれる側近たちに悪い影響がないなら細かいことは気にしなくていっか。


アンデッド魔晶石は、フォーゲル商会を通じて過去よりも10倍の量で集まるようになった。なにせ王国でも魔晶石売買が盛んになって、アンデッド討伐がお金になるとわかったとたん冒険者組合(ギルド)がこぞって討伐を推奨するようになったんだって。

いずれはドラッケリュッヘンやアイスラーの冒険者組合(ギルド)にも買い取りの話を持ちかけたいねー。


なにせ帝国はアンデッド少ないから。


お風呂は、ちゃぷちゃぷ浮いてるだけでスタンリーとパトリックが2人がかりで俺を丸洗いしてくれるのですごいラク。


俺の人生、神になることと大きくなりにくいことを除けばわりとイージーモード……。

と、お風呂で洗われるたびに思うのでした。



翌日、ユヴァフローテツからトリューで魔導学院の寮へ。


アロイジウス兄上にクラレンツ兄上、エーヴィッツ兄上と今回はいつもギリギリのジリアン兄上までお出迎え。あとアーサーにルキア、ミナトにリュウショウ。

全員がエントランスホールに勢揃いしてくれた。

トリューでウトウトしてた目がシャッキリしましたよ。


「わーい! みんな、せいぞろいだね!」

「はいはい、よしよし。今年はずいぶんとギリギリだね、始業式の前日だなんて」


アロイジウスあにうえが笑いながら俺を抱き上げる。以前よりも背が伸びたアロイジウス兄上の抱っこは、スタンリーよりも安定してる。


「べつにケイトリヒを出迎えたわけじゃねえぞ。俺たちが待ってたのはレオさんだ」

「いやいやいや! レオさんが3割くらいで、あとは殿下ですよ!?」

「やっぱレオさんの料理は格別なんだよな〜……白の館では毎日レオさんの料理だったからさあ……」

「お弟子さんたちも、美味しいんですけどね。やっぱりレオさんには敵わないよね」


クラレンツの発言に、ルキアとミナトとリュウが微妙に否定しきれない感じで同調する。

まあね、レオの料理が美味しいのは間違いない。


「俺は今年はもう1ヶ月で卒業するからな。卒業したら、ケイトリヒとはなかなか会う機会もなくなるだろうなー」


ジリアンがアロイジウス兄上の腕の中の俺を抱き上げてきた。


「え! いっかげつでそつぎょうしちゃうの?」

「ああ、あと絶対修了しておきたい科目は2つだけだから、それが終わったら。たぶん1ヶ月とちょっとかかるとおもうけど」


ジリアンあにうえ、あと1ヶ月かあ。寂しくなっちゃうなあ。

なんとなく名残惜しくて首にキュッと抱きつくと「赤ん坊の匂いがするー」といってフガフガされた。もう10歳なんですけど!?


「ケイトリヒは今年で卒業する予定なんだろう? 分寮はどうするんだ?」

「かんがえちゅう……さすがに兄上とアーサーとルキアたちが卒業するまでは、置いとこうかな」


精霊が山ごと運ぶ……みたいなことも言ってた気がするけど、実はこの世界、お城や邸宅の移築はわりとカンタン。なにせ転移魔法陣がある世界なので、大掛かりな魔法陣を設計すればあっというまに大豪邸を移築できる。

もちろん転移魔法陣は安くないけど、新たに建設するよりは安い。

帝都の皇帝居城(カイザーブルグ)は、なんどか移築されたことがあると歴史の教科書でみたことがある。


「身に余るご配慮を賜り、恐縮です」


おっとりしたアーサーがちょっと困り顔で深々と頭を下げてくる。

精霊の話ではこのファッシュ分寮は俺がいなくなった場合、「持って10年」だそうだ。

俺が不在だと、魔力の流れが淀むんだって。よくわからんけど、精霊が言うならそうなんだろう。


「その、ケイトリヒ殿下。お忙しいかと存じますが……2、30分ご相談のお時間をいただけないでしょうか? 少し、お耳に入れておきたい話がございまして……」


おっとりアーサーがすごく言いにくそうにもじもじしながら言う。


「それは殿下でなくてはダメでしょうか? もし差し支えなければ、2、30分といわず私が代わりにお話を聞きますが」


スタンリーの進言に、アーサーは困り顔だ。

俺がいいっぽい。


「夕食会のまえのほうがいい? あとでもいい?」

「ええっと、殿下にご興味がなければ、本当にすぐ済む話ですので、ご都合の良い方で」


「じゃあ夕食会まえにちゃちゃっと聞いちゃう」

「お、恐れ入ります。スタンリー殿も、代案ありがとう存じます」


俺は分寮3階の自室にアーサーを連れ立って向かう。

3階への進入は、一緒に新聞を読む時間以外では兄上たちですら自由に出入りできない。

アーサーが足を踏み入れるのは初めてだ。


自室に入ると、すでに部屋は主を迎え入れる準備は万全で、ミーナが側近の誰かから伝言を受けたのか来客のお茶まで用意してくれていた。

手際よい。


「すわって」

「おそれいります」


アーサーは俺が勧めたテーブルセットの近くまで足を進めるが、そのそばで「素敵なテーブルセットですね」なんて言いながらなかなか座らない。

あ、これ俺が座らないと座れないやつ? めんどー。


ピャッと手を挙げるとスタンリーがひょいと俺を持ち上げてソファに座らせてくれて、ようやくアーサーが座る。


「どしたの」

「いえ、大した話でなければよいのですが……」


聞けば、今年のインペリウム特別寮には王国の辺境から集まった領主令息が8人も入学してきたのだそうだ。まあ、王国はいずれ帝国の領地になることが決まったから、入学生が増えることは自然だと思うけど……。


「それが、そう単純な話でもございませんで。もともと、王国の王権が弱かったことはご存知のとおり。そんななか、入学してきた生徒たちの多くは王が扱いきれなかった大領主の令息たちがほとんどなのです」


アーサーいわく、王国の領主たちの派閥はとても複雑だ。

まず、王権に協力的だった領。

これはそもそも王国の王権の発祥が帝国から強引に作られた存在であることから、イコール親帝国派ともいえる。はずだと思うよね? それがそうでもない。

親王権派の中にも、反帝国派と親帝国派のふたつがある。


そして、王権に非協力的だった領。

ここもまた、帝国に対する態度は2つに分かれる。


ここまでで4つの派閥があるんだが、さらにその中には「ラウプフォーゲルとなると話は別」という派閥まで存在する。もちろん、反も親もどちらもある。

つまり、アーサーはもちろん、王国の王子であるアーサーの父親も、レンブリン公爵であるパトリックの父ですら、派閥の見極めが難しいため「なにをしでかすかわからない」と考えているそうだ。


「うーん、つまり警戒しておいたほうがいいってこと?」

「正直に申し上げますと、そういうことです。もちろん王子殿下の守りは万全かと存じますが、それ以上に……その、例えば言葉一つでも、彼らは王国の永久凍土で守られて育ってきた、いわば箱入りというか……世間知らずの田舎者ですので……」


なるほど、その「王権が御しきれなかった大領主の令息たち」の行動について、王国側に連帯責任を問わないでほしいわけか。

チラリとペシュティーノを見ると、少し難しそうな表情。


「……アーサー様、殿下に代わり私から申し上げます。殿下はお優しいので少々の無礼にも目を瞑ることもございますが、我々はいかに世間知らずといえど事が起これば手をくださぬわけには参りません」

「は、はい。もちろんです。手をくださねばならないようなことが起こった場合、お目溢しを頂きたいとお願いしているわけではございません! ただ……」


「それで国家統合の話がたちきえになるような大事にしないでほしいってことでしょ?」


アーサーは穏やかな顔立ちに驚きをにじませて息を呑むと、「そのとおりでございます」と言って俺に頭をさげてきた。きっと、国王あたりから俺に伝えておくよう言い含められたんだろうな。


「さすがにお命を狙うような不届き者はいないと思いますが、王権にさえ楯突いてまいりました尊大な領ばかりです。ラウプフォーゲルの名声は聞き及んでおりましてもケイトリヒ殿下のお優しいお姿に何かを勘違いするものもいるかもしれません。手打ちにするのは何も問題ありませんが、何卒、国家間の協力にまで累が及ばぬようお目溢しを頂きたく存じます」


うん。ちっちゃいからナメてくるかもってことでしょ。

わかるよ。


「僕に害がなければたぶんだいじょうぶ。だよね、ペシュ?」

「まあ……警備は少々過剰なほどに充実しておりますから」

「ああ、ナメたヤツがいるなら、いちど片腕でもスパッといっちまえば黙るだろ」


ジュンが不穏な空気だしてる。ヤメテ。

パトリックが何故かジュンに賛同するようにニコニコしながらうなずいてる。

それもヤメテ。こわい。


まあアーサーの懸念と、王国のスタンスはわかった。

王権が弱く御しきれなかった大領主令息たちがどう出るかはまだわからないので、出たとこ勝負ですな。……できればスパッといかない方向で勝負したい。


夕食会では、兄上たちが実家でしていたことの報告会だ。


アロイジウス兄上は父上から近々、俺と同じく小領地の経営を任されるかもしれないという話だった。それに向けて、経営の勉強に力を入れてるんだって。

今年はグラトンソイルデ寮の授業を集中的にとることにしたらしい。


クラレンツ兄上は、ラウプフォーゲル領地を飛び回っていたそうだ。

なんでも、父上の商会が開発した新型浮馬車(シュフィーゲン)の試運転も兼ねたもので、父上の命令で領地を見て回れ、と言われたからだそうなんだけど。

どういう意図があったのかわからないが、とにかくクラレンツはどうやら土木建築に興味が湧いたようだ。授業も、それを受けて魔術師メインのカリキュラムから建築系のアクエウォーテルネ寮に切り替えるんだそう。やりたいことが見つかってよかったよかった。


エーヴィッツ兄上は、ヴァイスヒルシュ領主の命令で精油事業にがっつり参入することになった。というのも、情緒不安定な植物オタクであるアヒムが心血を注いで品種改良したウルバウム(油の木)がついに採算の取れるレベルにまで改良できたそうで。

ただ生育環境がとても限定的で、ヴァイスヒルシュ領にしか適合する気候がなかった。

ウルバウム(油の木)生育試験と、精油事業の試験運用はエーヴィッツ兄上が事実上トップ。領運をかけて、主力事業に育て上げろ、と養父から厳命をうけているそうで。

すでに時期領主指名を受けているエーヴィッツ兄上に、商業的な()()がつくはずだ、とヴァイスヒルシュ領主もやる気満々らしい。がんばってね。


ジリアンはさっき話した通り、あと1ヶ月ちょいで卒業。

ちょっと寂しいけど、領に戻ったら鍛冶師の修行を始めるんだって。

すごい、もう就職先まで決まってるなんて、おとなー!


ルキアは、この半年間ずっとフォーゲル商会でアルバイト。

アルバイトといっても、王国に向けた暖房魔道具の生産は今やルキアなしには回らないと報告を受けているのでもはや事業部長クラスだ。

事業部長クラスの仕事をしててもルキアはまだ学生なので、まあアルバイトでいっか。


アルバイトといえば。

魔導学院の図書室で写本のアルバイトを依頼したおかげで、ファッシュ分寮の書庫には次々と新しい本が運び込まれているそうだ。読むのが楽しみ!


そしてミナトとリュウはといえば、ミナトは魔導騎士隊(ミセリコルディア)について隊員たちのアシスタントみたいなことを、リュウは鳥の巣街(フォーゲルネスト)のお店で簿記のアルバイトらしきことをしていたらしい。

ミナトは魔力は低いものの【光】属性適性があるので、魔導騎士隊(ミセリコルディア)でも役に立ってるらしい。

リュウはおっとりした性格なので、コツコツと勉強することが好きなようだ。


そして、最初に相談してきたアーサーはといえば、6年後に控える帝国との統合に向けて学生の身分でも王族の一員として国内整備事業に駆り出されたんだそうだ。

今の王国は、帝国の資金援助を受けて空前の街道建設フィーバー。

アーサーは辺境地域からの陳情を処理する係なんだって。めっちゃたいへんそう。


「あ、そうだ……殿下、これはダニエルから聞いた噂なのですが」


夕食会が終わってそれぞれ解散〜となったところで、ルキアが俺を呼び止めた。


「今年のインペリウム特別寮に、共和国から聖女が入学するそうです」

「せ」


「聖女、だそうです。ダニエルは……『頭の軽い狂信者』と呼んでいましたが」

「きょ……」


……最終学年となる今年も、入学式前の波乱の予感はひきづつき、であります……。

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