第2部_1章_0141話_そのころ 3
「すごい! 滝の下にお城がある!」
「なにこれ、綿が食べられるなんて……しかも、甘くて美味しい!」
「生活魔道具が安いよー! ケイトリヒ殿下のご婚約祝いだ!」
「冷蔵庫が600FRか……桁を間違えてないか?」
「パパ、この幻影魔法のスクロール、5FRだって! 買って!」
鳥の巣街の街並みは、ところどころ窓に木板がうちつけてあって入居者を募集する建物もあるが、7割はオープン中。
街の不動産を一手に管理する部門ができてからというもの、この半年でいっきに商業施設が花開き、訪れた客たちは皆くちぐちに感嘆の声をあげた。
商業区には先見の明をもった帝国全土の商会が、自慢の商品を並べている。
街に開くお店は全て不動産部門の指示で競合したり似たようなものが並ばないように計画されていて、現代日本人からしたらやはり「街」ではなく「商館」のように見えるだろう。
そしてその鳥の巣街に人々を誘い込む輸送手段もまた、前例のない規模でつくられた。
帝都、ラウプフォーゲル領城下町、グランツオイレ領城下町にシュヴァルヴェ領城下町。その4つの主要都市には転移魔法陣がつくられた。
本来、転移魔法陣には厳しい規制がありむやみに設置できないのだが、帝国一の魔法陣設計士ディングフェルガーにより様々な制限をつけたことで実現した。
まず、基本的に転移魔法陣を通過して街に入ったヒトやモノは完全に管理され、「通り抜け」ができない。たとえばラウプフォーゲルから鳥の巣街で何も買わずに素通りして帝都に行くには、わざと面倒に作られた手続きと費用が必要となる。
そして一般客の重量制限。
転移魔法陣そのものは重量や質量が変わることで何の影響もないのだが、これは単純に既存の輸送システムを壊さないためのもの。
その他にも細々とした決まりができたことで、主要4都市以外でもウンディーネ領、ラウプフォーゲル領ローレライに転移魔法陣の設置が許可され、近く建設予定。
鳥の巣街のプレオープンでは帝国全土の貴族と豪商などが無料で招待され、その規模感を知らしめた。
「この鳥の巣街……通行料はかかるものの、転移魔法陣があるだけで、事実上グランツオイレ領に建設されたことと同じと考えていい。なんという革命だ」
「帝都までいかなくても杖が買えるなんて、夢みたいだ」
「ベイビ・フィーの専門店があるんですって! 行ってみましょうよ!」
「ついにオーロラガラスの容器がベイビ・フィーから分離してガラス製品の専門店をつくったらしい。これで無駄に妻に化粧品をねだられずに済む……」
「見て、このお店、王国製の楽器店ですって。楽器を買うには帝都までいかないと買えなかったから、便利になるわ〜」
「ローレライとウンディーネに近く転移魔法陣を建設予定〜? なんだってそんな辺境に……いや、でもどっちも交通の便が悪すぎるだけで、景観はいいと聞くな」
「ローレライには古都があるし、ウンディーネは水の楽園と聞く。一度はいってみたいよな。噂によると、鳥の巣街でツアーが計画されてるらしい」
「あっちはドレスの専門通りですって! 行ってみましょう!」
「まだ歩くのかい……ちょっと浮馬車に乗って休憩しようじゃないか」
鳥の巣街が一般公開されてまだ1ヶ月。
現代日本のように情報がすぐ手に入る世界ではないにも関わらず、大盛況となったのは帝国の各地で放送されている投影機による、いわゆる「街頭テレビ」のおかげだ。
そしてこの街頭テレビ、フォーゲル商会の主戦力となることがすでに見込まれていた。
根拠はもちろん、広告収入。
どの時代でも世界でも、「認知される」ことは商業の基本で、金を出してでも欲しいものということだ。
今はまだ映像自体に各領地の議会を通す必要があるが、そのうち緩和されるだろう。
それに街頭テレビでは、領主や議員の政権演説をしたり、正式決定した公示を放送できるという利点もある。
この効果で、ごくわずかな短期間でもグッと主要都市の治安が良くなっている。
たとえば指名手配犯の人相書きを公表したり、誤解されやすい法律について詳しく説明する映像を流せば、効果は絶大だ。
この効果からも街頭テレビは領主たちからも市民からも、好意的に受け入れられていた。
ちなみに、街頭テレビと呼んでいたのはケイトリヒとレオとルキアだけ。
正式名称は「公共放送」となった。
市民も映像内でも「エフ」と呼ばれ、投影する設備そのものを「エフ機」という言葉が定着しつつある。
「昨日の昼頃、公共放送で見たんだけど、モラーナ・リノに平民向け新作スイーツが発表されたんですって。王国から輸入された氷桃、という果実を使っているそうよ」
「王国の氷桃といえば最近社交界で話題じゃない! 平民向けの商品に力を入れていたサロンよね。貴族向けの店舗でもきっとあるわ、行ってみましょうよ」
「領主閣下、地方都市からいくつか公共放送機を設置できないか問い合わせが来ています。いかが致しましょう?」
「公共放送機はフォーゲル商会の独壇場だ。設置には帝国議会を通す必要があって伝手があっても難しいそうだが……そうだな、隣の領でも同じ状態だと聞いた。領主会議で要望として出してみるか」
その公共放送ではたびたび魔導騎士隊の隊員募集のイメージ映像も流れていて、そこで使われた音楽とキャッチフレーズはいわゆる「誰でも知っている音楽と言葉」として国民に定着してしまった。
ケイトリヒが魔導学院2年生を卒業して半年の間で魔導騎士隊は隊員を3000人にまで増やし、募集を打ち切った。私兵としての規模は帝国ではさほどでもないが、全員戦闘機レベルのトリューに乗れるとなるとその影響力は巨大。
公共放送のCM効果により魔導騎士隊の人気は異常といえるほどに加熱していたこともあり、放送と募集を打ち切ったという情報が流れると残念がる者までいたくらいだ。
実際、子どもは隊員募集ソングを合言葉のように歌い「魔導騎士隊ごっこ」に夢中になったし、子どものおもちゃとしても役不足といわれたモートアベーゼンは平民の間でも大人気。魔導騎士隊は後に社会現象と言われるまでの人気を得ることになってしまったのだ。
その異常なまでの人気の理由の一つに、隊員募集CMに起用された人物があった。
ヴィンフリート・メルテンス。
ケイトリヒに「美少年」と言わしめた眉目秀麗の少年がさっそうとトリューにまたがって空を駆ける映像は、これまで抽象的だった少年少女の夢を具現化したのかもしれない。
と、ケイトリヒは分析している。
ヴィンの存在は前世でいうイメージキャラクターのつもりだったが、魔導騎士隊の代表的な隊員として認知されてしまった。ヴィンはどこに行っても隊員として誤解されてしまうことになり、やむなく魔導騎士隊の広報隊員として契約せざるを得なくなった。
それほどまでに公共放送の影響力は大きい。
その成功を見て、ヴィンのようにルックスのいい劇団員や歌手が商会に雇われてCM制作に携わる、という新しい芸能活動まで始まってしまった。
これを受けてケイトリヒは公共放送の利用ガイドラインを改めて帝国議会に検討依頼するハメになる。
市民の思想や流行りものを簡単に誘導できる公共放送は、慎重に運用していかなければならない。異世界人の魂を持つケイトリヒはそのことをよくわかっていたので、事業についてはラウプフォーゲルだけでなく中央を巻き込んで進めていた。
これはシャルルが側近となったおかげで進んだ話だ。
鳥の巣街に公共放送のふたつだけでも国家予算に匹敵する売上を叩き出しているのに、それにさらに細かな事業まで含めるとフォーゲル商会の利益はうなぎのぼり、などというレベルでは済まされない。
父であるザムエルからは「飛翔」とまで言われこれからも確実に伸びるであろう経常利益は、さすがにケイトリヒと後ろ盾のラウプフォーゲルだけでは使い切れなくなったので皇帝陛下に「貸付」という形で提供されることに。
その使い途は、主に王国の街道整理。
これまでの王国の公共事業とは比較にならない規模で街道整理を行うことになり、王国は今まさに好景気に湧いている。
王国は長い歴史で初めて、都市部で冬の凍死者を出さない冬を過ごせた。
――――――――――――
「じんせいでいちばん忙しいかもしれん」
「ケイトリヒ様、まだ手を休めないでください。あと2千件ほど承認印が待っています」
「うっうっ」
ベソかきながらハンコを押していくんだけど、ガノはまったく容赦してくれない。
どうしてこうなった。フォーゲル商会、仕事しろ。
「これでもフォーゲル商会でだいぶ絞って、ケイトリヒ様の承認が必要だと判断されたものだけなのですよ。その他にも中央や王国からローレライ……内容は我々でも精査してありますのでご安心ください」
ブチブチ文句言ってたらなんか察されてしまった。
俺の商業部門を一手に担うガノは、このたび父上から継承不可の子爵位を賜った。
本当は俺が成人する6年後に叙爵する予定だったんだけど、俺の側近として動くにはやっぱり平民ではいろいろと問題があったそう。
合わせて、ペシュティーノにも同じ継承不可の子爵位が与えられた。
ふたりとも、俺が成人後には継承不可の男爵位になる予定。
ジュンとパトリックは一部のラウプフォーゲル貴族から「跡取りに」と婿入りを請われているし、なんとオリンピオにもその話が来ている。
オリンピオとジュンは本人の希望で丁重にお断りをし続けていて、パトリックは吟味中。
「王国では一夫一妻制なんですよね〜」なんていいながら価値観の合う妻候補を探している。
そしてガノは子爵になった瞬間、侯爵家からも縁談が舞い込んできた。公爵ってのはちょっと特別な存在で、爵位が上がることで得られるものではないので実質最高位の爵位は侯爵だ。日本語だと読み方が同じなのでややこしいけど、ともかくラウプフォーゲル貴族、抜け目がない。
ちなみにペシュティーノにも縁談が来ているそうだけど……その話をするとすごい嫌悪感をあらわにした顔になるので、詳しくは聞いていない。
そこまで? そこまでですか? といいたい。
「えうっ、えうっ、ガノがつめたい……」
「泣き真似はやめてください。あと、帝都のキリハラさんから連絡が来ましたよ。無事、ドラッケリュッヘンの異世界召喚勇者を保護したそうです。あっ、その報告書はちゃんと読んでください! 鉄道事業に関するものです」
「んぎぎ……ん。とゆーか、鳥の巣街の転移魔法陣はウンディーネにつくる予定だけど鉄道事業はかわりなし?」
「鳥の巣街の転移魔法陣は小口の輸送手段にはなり得ますが大規模輸送となると鉄道が欠かせません。……この話、以前フォーゲル商会との会議で話したはずですが」
「そーだっけー?」
「そーですよー」
ガノも俺の扱いは慣れたもんだ。
鉄道の架線に関する権利取得のバトルが、辺境領でだいぶ加熱しているらしい。
エーヴィッツ兄上のヴァイスヒルシュ領VSヴュステラーゼン領、ゾーヤボーネ領、タールグルント領という。1対3の領の争い。
ラウプフォーゲルの事業なので旧ラウプフォーゲルを優遇するのは当然と考えると後者の3領に勝ち目はないようにみえるが、はっきりいって弱小といってもいい3領が結託したのには理由がある。それが、ゲイリー伯父上のハービヒト領の後ろ盾。
帝国領地の南岸に鉄道架線を建設する計画は、ハービヒトを通らない予定だった。
しかし鳥の巣街の成功を目の当たりにした弱小領たちは、どうにかしてフォーゲル商会の事業の一旦のおこぼれに預かろうと内陸を突っ切る鉄道架線の案を持ち出し、ハービヒト領を味方につけたようだ。
それが面白くないのはヴァイルヒルシュ領だけではない。今やヴァイスヒルシュ側の南岸案には、旧ラウプフォーゲルのビンボー領代表クラーニヒ領、お家騒動が落ち着いてないブラウアフォーゲル領まで加担しはじめた。
仁義なき利権戦争であーる。
まあ、どこの領地も自分の領地に利を呼び込みたいのはわかる。
わかるけど!! めんどくさいなあ!
もともとヴァイスヒルシュ領と、クラーニヒ領&ブラウアフォーゲル領をほんのちょっとかすめるだけの架線案だったのに、いつの間にか後者の2領にちゃっかり駅を作ってほしいみたいな要望まで出てる。
こういうでっかい計画は計画通りにいかないのがあたりまえっちゃーあたりまえなんだけど、めんどくさいよもう!
困ったときの父上頼みだ!! ということで、ゲイリー伯父上のハービヒト領とゾーヤボーネ領を通る案は、鉄道第一号線を完成させたあとの第二計画としてはどうだろう、という文書を作成して父上にぶん投げ。
俺が口頭でモニョモニョと文句っぽく言った案を、ガノが連れてきた文官がサラサラと何か書いてるな?と思ったらすごくいい感じの提案書になってその場で上がってきた。
で、できる部下!!
第二計画は確かに美味しい蜜が得られるまで「待て」状態にはなるものの、たいてい初手の計画よりもブラッシュアップされる。その分、改善や変更が可能で、さらに付加価値もつけやすい。
南岸案が貨物輸送の鉄道とするなら、内陸案はそれに鉄道旅行を追加するのもいいんじゃないかな。それに、終着駅もウンディーネ領に限らなくていい。帝国の極貧領の筆頭、ゼーレメーア領やヴァッサーファル領という選択肢もあるのだから。
帝国は俺の概算ではあるが、前世の北アメリカ大陸より少し大きいくらいだ。
観光資源は、探せばいくらでもある。はず!
鉄道関係の書類が片付いたら、次は中央からの書類だ。
ドラッケリュッヘンの異世界召喚勇者については、一旦帝都の異世界召喚勇者とシャルルにお任せ。異世界召喚勇者については俺がしゃしゃり出ると「異世界人を独占してる」なんて言われかねないから、いったん中央に預けるほうがいいという話になってね。
まあ、俺がヒルコだとバレてしまえば色々と説明が面倒なので、ヒルコが何者か、という件についてもしばらくは伏せてもらうことにした。
場合によっては、帝国の文官となったミト・アリヒロさんが一時的に肩代わりしてもいいという話まで落ち着いている。
「ふぁあ、やっとはんぶん……」
「いい調子ですよ! 速度を上げて頑張りましょう」
「おに!」
「はい次どうぞ。こちらは製紙組合から融資依頼ですね。こちらは……」
体は弱小だけど、権力は帝国3位の公爵令息は、書類仕事が毎日の日課です。
「1週間後からは3年生が始まりますね」
「えっ! もう!? ついさいきん、あと1ヶ月かー、って言ってた気がするのに」
野菜たっぷり豆乳スープの鍋の柔らかいお肉をハフハフ食べていると、ペシュティーノが俺を見つめながらしみじみとこぼした。
今日は少し冷えるので、昼食はお鍋。そして松の実とベーコンのサラダはイル◯ャンティ風のドレッシングを添えて。再現度ハンパない。デザートは最近王国から輸入されるようになって人気沸騰中の氷桃のゼリー。
「早いものですね。……ケイトリヒ様も、随分大きくなりました」
「まだ33スールに届いてないけどね!」
「ケイトリヒ様とレオは随分33スールにこだわりますが、何か理由でも?」
「あーっと、33スールは、元の世界では約1メートルなの」
「メートル……たしか、トリューの計器にもその単位が使われていましたね」
俺はまだ体長1メートルにも満たない、前世の4歳児程度の身長なのだ。
でも4歳だよ! 以前の乳児サイズと比べたら、成長してるよね!! 現在96センチくらい。ちょっと小柄な4歳児。体重は4歳児の平均。ちょっとぽっちゃり。
レオいわく、ちょっと肉をつけないとタテにも伸びないんだって。
ほんとかな。
「6月には皇位継承順位審議会も控えておりますので、衣装を誂えなければなりませんね」
「えー、まえの式典のときのじゃだめ?」
「ディアナ様が張り切っているのにですか?」
「そ、そうね」
また試着の嵐がやってくるのか……とげんなりしていると、俺を見てペシュティーノが笑った。指の背でほっぺをすりすりしてくる。
「面倒でも受け入れてえらいですね。可愛いケイトリヒ様に似合うお召し物を作るのは、ディアナ様にとっても名誉で幸せなことなのでしょう。御館様も愛くるしいお姿を楽しみにしていらっしゃいます。我慢とはいわず、楽しみを見いだせたら良いのですが」
「うん……そうね」
子どもを着飾らせたいのはわからんでもない。
なにせ中身はオトナですから。気持ちはわかるよ。わかるけどしんどいだけで。
「ねえペシュ、ずっときになってたんだけど、短いズボンって僕以外、いなくない?」
「……短いズボンがお嫌なのですか?」
「イヤってほどじゃないけど……なんで?とはおもう」
「可愛いからでしょう」
会話終了。そうですか。
クラレンツの同母弟のカーリンゼンは5歳くらいから長ズボンだったと聞いてるから、なんとなく不満だったんだけど。可愛いからか。じゃあしょーがない。カーリンゼンは可愛いというか、クラレンツに似て同年代よりも体が大きくてたくましいからね。
フリルやリボンは確かに似合わないだろう。
「僕、かわいいからか……」
「可愛いからですよ」
ならいっか。
「きょねんまでだったらもう分寮に移動してた時期なんだけどなあ」
「申し訳ありませんが今年はギリギリまでお仕事してもらいます」
わかっちゃいたけど問答無用。ショボンですね。
分寮のほうに移動しても書類仕事はできる環境なんだけど、フォーゲル商会の面々との対面しての相談や、新商品の試作品を持ち込むにはやっぱりユヴァフローテツのほうが便利なんだな。
いや、本当は分寮と鳥の巣街を転移魔法陣でつなげようという計画も上がったんだけど、さすがに学院長から断られた。
「だったらとっとと卒業してください」というのが学院長の意見。ごもっとも。
特別寮生はべつに卒業資格とかないもんね。学業ではなく仕事がメインになってきたのなら、魔導学院の授業はそこそこに卒業して仕事すればいいわけで。
そんなこんなで俺の早期卒業の話も出たのだが、さすがに史上最年少の飛び級入学のうえにたった2年で卒業というのも微妙。まあ、俺の優秀さ|(?)を知らないヒトからすれば「ほんとに勉強したの?」と疑う声も出るに違いない。
要は外聞が悪いというだけなんだけど、実力主義のフォーゲル商会の面々からすればどうでもいいらしく「学ぶことがないなら卒業したほうがいい」なんて強く言ってくる。
でも側近としては、将来的にラウプフォーゲル領主か皇帝になる人物がそんな「皇帝に言われて魔導学院に通っただけ」みたいな経歴を許したくないそうで。
どちらの言い分もわかるんだけど、俺としてはなるべくいい学歴を持ちたいので側近の意見に賛成しましたとさ。事業はフォーゲル商会の面々に任せた!
俺は俺自身を成長させましょう、ということで。
何にせよ、死の精霊デーフェクトスから告げられた衝撃的な宣告は、すぐに棚上げすることになった。
俺の力がペシュティーノの命を奪うかもしれないという件。
デーフェクトスの見立てでは3年しか大丈夫じゃないという話だったけれど、それはフォーゲル山のヌシであるラーヴァナのおかげで延長になった。10年くらいは問題ない、というのが精霊たちの見立てだ。よくわかんないけどなんかしてくれたらしい。
俺がペシュティーノが死ぬかもと泣きじゃくりながら精霊たちに言うと、「わかった!」といって軽くなんとかしてくれたっぽい。よくわからんけどありがたい。
10年となると、急ぐことはない。
そして「メディウム・ステラ」についてもおおかた精霊たちには予想がついたそうだ。
となると、魔導学院はしっかり3年生まで在籍して、それから冒険者稼業をがんばりつつメディウム・ステラも訪問していく計画。
いやートリューのおかげで大陸間移動も簡単!
異世界転生の一番最初に移動手段を開発したのはデカいね。
ゲームで考えれば、ちょーっと実力つけ始めたあたりで世界を回れる飛行乗り物が手に入った状態なんで、まぎれもなくチートだ。
ま、もし本当にゲームならその飛行乗り物で行ける場所は敵が強すぎてとても活動できる実力じゃない!とかになるんだろうけど。
俺はそのへんもある意味チート。
だって平和な帝国では過剰戦力といえる魔力持ちですからね。
直径2リンゲ(約8キロメートル)を更地にするクソデカ攻撃魔法なんて、帝国じゃ厄災にしかならないのだ。ヒトが住んでいる地域が多すぎるもんでね。
でも!
冒険者になってアイスラー公国とかドラッケリュッヘン大陸とかにいったら、そういうの気にしなくていいでしょ?
ちょっと楽しみではあるんだよね! いやかなり楽しみかな!
はやく魔導学院の3学年目が終わらないかなー!
「ケイトリヒ様、書類仕事が一段落しましたら鳥の巣街の基底部の視察をしませんか。以前ゴゴ殿から相談された、工場地区の区画整理について意見が欲しいとフォーゲル商会から」
「あ、うん。じゃこのあとは視察で」
書類仕事に終りが見えてきた頃、ガノが進言してきた。転移魔法陣がなくても、トリューでサッと登れば鳥の巣街に行けるのも、ユヴァフローテツで仕事が捗る理由だね。
「では不動産部門のマイア・シュトルツァーからの要請である別荘地の視察も一緒に済ませてしまいましょう。関係各所からひっきりなしに問い合わせが来てますので、売出しを前倒したいと相談が」
「関係各所って、ゲイリー伯父上でしょ?」
「前領主のバルトルト様ご夫妻もいらっしゃいます」
「んもー家族だからって、遠慮ないんだから」
「意外なところでは、現シュヴェーレン領主のアランベルト様からも問い合わせが」
「えっ、シュティーリから? ……てか、あのひとも僕のおじいちゃんだよね」
「血筋としては、そうなりますね」
「そんなに高齢じゃないはずだけど、引退のことでも考えてるのかな……」
「流行り物に乗っておくのも貴族の務めとも言えますよ」
「あ、そういう?」
確かに、鳥の巣街の別荘地は信じられないほど高いことで話題騒然。
貴族の中でも、さらに限られた人物しか買えないくらいの値段に設定してある。買えるのはほんとに、大領地を持つ公爵家と裕福な領主……たとえばグランツオイレ領や領主のような商業的に成功している貴族レベルに限られる。
なにせ建設者が精霊だからね。
内見に来たヒトはみんな、屋敷の機能性に驚くそうな。確かにファッシュ分寮やユヴァフローテツの白の館なみの機能がついてれば、誰だって驚くし激高値段も納得してくれる。
特にお掃除不要のくだりになると、「使用人が減らせるだけでも値段の価値がある」といったのはバルトルトお祖父様だ。
初期費用が高くても、ランニングコストが低いのは確かに魅力だよね。引退したお祖父様なんかは使用人の行く末なんかを気にせず、気軽に生活したいだろうし。
その日は鳥の巣街の視察をして、「ついでにこちらも視察を」みたいにどんどん追加されて一日が終わった。
鳥の巣街は今や観光名所であり、貴族でも平民でも訪れたヒトにとってはステータスとなり、話題の中心となる存在。
今まで帝都やラウプフォーゲル城下町に店を構えるには資金が心もとなかったような小さな商会にも、フォーゲル商会の面々たちが認めれば資金補助をしたうえで店を出せるようにした。それがいい感じに当たっているみたい。
商才はあっても社交が下手で貴族に睨まれることになった商会は意外に多い。
鳥の巣街はなるべく貴族の利権がらみとは無縁でいたい。なにせ商業に貴族が関わるとろくなことになりませんからね!
まあ、その貴族を関わらせない事ができるのも俺が公爵家の、しかもラウプフォーゲル領主の子息であるがゆえなんですケドネー。生まれに感謝。
さて、来週からの魔導学院3年生開始に向けて、お仕事頑張りましょうね!!
……書類仕事はもうちょっと減らして欲しい〜!!