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1章_0014話_料理人を拾いました 2

「ペシュ、セイゴンの魔法ってなあに?」

「セイゴン……誓言の魔法ですか? ふふ、一体何の本を読んだのですか? その魔法はおとぎ話ですよ。ああ、さては『赤竜と隻眼の王』ですか? あれは帝国の男児ならば誰でも知る話ですから」


お昼に焼き魚、おやつにカレー、夕食はハンバーグと過去イチくらいにたくさん食べたのに一度も俺がゲーしなかったということでかなりご機嫌なペシュティーノは、俺を小さな洗濯桶に入れて丸洗いしながら鼻歌でも歌いそうな気配だ。


「レオの料理は、狩猟小屋の料理人の間でももう話題です。グロースレーの肉をあんなに柔らかくジューシーに、しかも嫌な臭みはまったくなく、それでいて肉本来の風味豊かに仕上げる技が異世界にあるとは。ケイトリヒ様には稀有なる人材が集まる星の加護があるのでしょうか」


「うん、ちちう……ぱぱが気に入ってくれてよかったよね。ナイジェルさんも」


「気に入る以上です、絶賛といっていいですよあれは! ケイトリヒ様も今日は沢山召し上がって、えらいですね! あんなにたくさん食べたのに、お腹は変わりませんね?」


柔らかい布で体を洗ってくれていたペシュティーノが、赤ん坊みたいなぽっこりお腹をスリスリと撫でる。うーん、気持ちいい。ぽっこりはしてるけど、これは幼児特有のぽっこりであって決して食べすぎとかいうジャンルではない。


「ねーペシュ、セイゴンの魔法は、おとぎ話なの? 精霊が、ヒミツをまもるためにジュンとガノとエグモントと、ついでにレオにも施したらどうかって聞いてくるんだけど」


ぽっこりお腹をこちょこちょするように洗っていたペシュティーノのでっかい手がピタリと止まった。


「……精霊が、誓言の魔法を使えると言っているのですか?」

「うん。そんなにとくしゅな魔法なの?」


ペシュティーノが声を潜めるので、俺も小声になる。


「その話は、少し後でしましょう」

今まさにあくびした後です、という顔をした狩猟小屋の護衛兵をの方をチラリと見る。狩猟小屋はラウプフォーゲル城よりも建物自体の防衛力が低いので、王子である俺が滞在する部屋には必ず2名以上の護衛兵がつくのだ。ジュンやガノが室内にいる場合は部屋の外に付く。


やっぱり精霊の提案は内緒バナシ案件なのね。


「このお湯は本当にいい香りがしますね。石鹸を使っていないのに私の手までつるつるです。先日ミーナに手のお手入れ方法を聞かれて口ごもってしまいましたよ」


腕を持ち上げられて脇にぱちゃぱちゃとお湯をかけられるとくすぐったいです。


「そうだ、浴槽はいつとどくの?」

「ああ、最上級品を用意するとのことです。ケイトリヒ様のお体がもう少し成長しても一緒に入ってお体を洗えるくらい大きなものですよ。あと一ヶ月はかかるでしょう」


一緒にはいる! お風呂に一緒にはいる!! かぞくぶろ!


「一緒に! ぱぱもはいるかなー!」

「いえ、それはないかと」


「なんでー!」

「御館様は風呂がお嫌いでいらっしゃいますから」


「きもちいいのに」

「このとろみのあるいい香りの湯を浴びれば、お考えが変わるかもしれませんね。……これは、水の魔石に詰められそうですか?」


後半は内緒バナシで。


(主の随臣が望み、主が許すならばいくらでも)

頭の中で性別不詳の声でキュアノエイデスが語りかけてくる。


「水の精霊が作ってくれるって。適温で!」

「ほう、それはまた……ケイトリヒ様、水の魔石は高級品。湯の出る魔石となれば言い値で売れるほどの天井知らずの魔石となること覚えておいてくださいね」

ペシュティーノがニヤリとした。精霊、というか魔術関係は金になるネタが多いね! そりゃあペシュティーノもニヤリとするよね!


ほっこりぽかぽかの湯上がり温泉まんじゅうみたいな俺を、背中が完全にペシュティーノの腹にくっつく形で抱っこして狩猟小屋の廊下を歩く。後ろには護衛騎士。

ももいろほっぺの俺を見て護衛騎士や使用人がにっこにこするので、なんかみせびらかされてるみたいだぞ?


「ペシュ、なんで前向きの抱っこなの?」

「狩猟小屋の使用人の皆様が、ケイトリヒ様の可愛らしい湯上がり姿を拝観されたいのではないかと思いまして」


あ、そう。


部屋に戻ると、ジュンとガノが出迎えてくれる。

「ベッドの準備は済みました。ペシュティーノ様は、本当にケイトリヒ様と同じ寝台でよろしいのですか? 我々はどうせ交代で不寝番をしますので、ベッドは不要なのですが」


「だからですよ。不寝番をするとはいえ、あなた達の身体はまだ成長途中です。眠れるときはベッドでしっかり眠りなさい。ケイトリヒ様も、私と一緒でよろしいですよね?」


「うん! ジュンもガノも、まだ子供なんだからちゃんとねないとだめだよ!」


ジュンとガノが顔を見合わせてクスッと笑う。

俺の部屋には貴人のための大きな寝台と、簡単に間仕切りされて使用人のベッドが2つ。

説明ではペシュティーノが1つ、ジュンとガノが交代で1つを使うという話で彼らも納得したのだが、変更したようだ。


「私もジュンも、野営には慣れておりますし1日に2、3時間ほど仮眠をとれば1週間は動けます。往路の野営でもゆっくりさせていただきましたので、恐縮です」

「冒険者稼業じゃあ安宿で仲間2人でベッドを共有するのもしょっちゅうだったしな。別に気を使わなくていいんだぜ」


「これは決定です。年長者の言うことは聞きなさい」

ペシュティーノは遠慮する2人をぶった切って話を終わらせ、プイと背を向ける。

なかなかにペシュティーノも頑固だ。2人は苦笑いしながら礼を言う。


「レオは?」

「御館様に気に入られて雇用も認められたとはいえ、さすがに同じ部屋に寝かせるわけにはいきませんので使用人の部屋にベッドを用意しました。料理長も気にかけてくれているようですし、大丈夫でしょう」


「ああ、私も見てまいりました。立派な寝床に感動していましたよ、街道沿いの街の安宿より立派だと。あと伝言です、明日の朝食は『オムレツ』なるものを作るそうですよ」


オムレツー! やったー! バターたっぷりかな! あっ、でもこれ知ってちゃマズイやつ!? じゃない? ガノも知らなそうな雰囲気だし俺が知ってたらヘンだよね!?


「おむっ! ……お、おむれつって何ですか!?」

「卵料理でしょう? ケイトリヒ様もいつも召し上がっているではありませんか」


ああっ。過剰演出!!

そういえばボソボソの、フライパンにこびりついたような炒り卵みたいなものを食べた記憶がある。卵料理のなかでも格別にイマイチなやつ。あれオムレツって呼んでいいの?


「そーだっけ……」

「宣言するほどのメニューか?」

「ふふ、レオのオムレツは格別ですよ。私はラバンの街でコッソリ食べさせてもらったことがあります。この狩猟小屋にはムームもおりますので、きっと予想を超えるものがでてくるはずですよ」


ムームが関係ある? ムームは牛みたいな魔獣……はっ、もしかして牛乳! 牛乳ってことはバター! クリーム! 前世で食べたみたいなオムレツにまた出会える!?


「たのしみ! レオの料理はおいしいもん!」

「そうですね。ケイトリヒ様が食事を楽しみにしてくださるとは、嬉しい限りですね。さあ、明日は御館様について狩猟の様子を見学しますから、早めに休みましょう」


「あぁ……そうだった」

「ブフッ! イヤなのかよ!」

「明らかに声のトーンが下がりましたね」


魔獣について知りたいとは思うけど狩りたいとは思わない。お肉は食べたいけど殺生はしたくない。これがパラドックスというやつか。しらんけど。



翌朝。

食堂の大きな窓は開放され、キラキラした光に照らされたレースカーテンが静かにゆらめいている。


その朝日に照らし出される、ツヤツヤの黄金色。それに茶色っぽいソースでニコちゃんマークみたいな顔が描かれたオムレツ、見参!

目にあざやか! 今までと明らかに文明度が違う!


「なんだこれは? ……顔、か? 見た感じは卵料理のようだが妙に滑らかだな、何か加えて焼いているのか?」

父上がオムレツを奇妙なものを見る目で角度を変えながらじっくりと見つめている。

まあ確かにキレイすぎて食べ物感はいつもよりないかもね。滑らかすぎて布みたいにも見えるし。


「はいっ、異世界の料理人の腕前は素晴らしいです! 味は私が保証いたしますので、是非ソースに絡めてお召し上がりください」

狩猟小屋の料理長、黒いシェフコートを着た大男がテンション高めに勧めてくる。きっと味見したんだろうなー。


「んんっ! おいひい〜!」

早速パクつくと、覚えのある味に感動。これだよこれ! ふわふわとろとろの卵に、少し酸味がきいたコクのあるソース。トマトではなくデミグラスソースに近い。


兄上たちも妙に警戒していたようだけど、俺がパクパク食べるのを見て頬張る。


「なんだ、これは……生焼けではないか? いやしかし、香りはとてもいい」

「やわらかい! このソース、スープ皿一杯欲しいぞ!」


兄上たちの反応は微妙。

たしかにふわとろって、生焼けに思えるよね。


「卵にはしっかり火が通っております。ムームの乳を加えることで柔らかさを出しているそうです。異世界では一般的な調理法で、朝食に作られるのだとか」

大男の料理長が、後ろで控えるレオに目配せしながらにこやかに説明する。

だいぶ気に入られてるね!


「ふむ、たしかに柔らかい。子供が食べやすそうな味だ。卵や乳が、朝食に使われるほど一般的とはどういうことだ? ……異世界では平民が全員、畜産を営むのか?」

父上が直接レオに聞くので料理長が慌てたが、何やらモニョモニョ言い合って直接話していいみたいなことになったみたい。貴族って面倒だね。


「いえ、異世界では平民……というか一般人の多くは都市部に住みますので、どうぶ……魔獣から直接畜産物を得ることはほとんどありません。畜産を専業とする農家が大量に生産し、それが短期間で都市部に運ばれて消費される流通が非常に効率的に整っています」


レオが流暢に応えると、父上は感心したようだ。


「そんな整った流通で得た卵や乳を、平民が入手できるというのか」

「はい。私がいた国でも古い時代は農家から手に入れるか、買うとしたら高級品という時代もあったようです。しかし私が生きた時代では国民のほとんどが入手できました」


あっ、父上話し込んでるなと思ってたらもうお皿はカラだ。食べるのはやっ!

その後も父上は畜産や農業、流通についてレオにしつこく聞く。レオもさすが料理人見習いだっただけあって、食品系の話には強いようだ。

俺もあまり詳しくない協同組合による農産物の一括買い上げや、地域ごとの搬送の一本化などについて話している。


父上との会話を聞くだけでも、異世界人ってかなりこの世界に発展をもたらす存在になるとわかるのに、どうして共和国はレオの帝国への逃亡を許したんだろう?


父上の知的好奇心が落ち着いた頃に兄上たちも次々にレオに質問する。

他にどういう食べ物があったのか、狩りをしないならどんな肉を食べていたのか、運送には何を使っていたのか、なぜ料理人を目指していたのか……子供らしい質問だ。

父上もにこやかにそのやりとりを聞いていて、レオはすっかりファッシュ家の人気者だ。


「そろそろレオも疲れるだろうから、質問はまたにしなさい。ケイトリヒは大人しいな?聞きたいことはもう聞いたのか?」


父上がやっと俺に水を向ける。

俺も聞きたいことがあったんだよね。


「ききたいこと、ある! まずはぱぱ、異世界召喚って誰にでもかんたんにできるの?」

「いやいやとんでもない。以前城に来た魔術師たちがたくさん集まってようやくできる儀式だ。技術的にも難しいし、準備には予算も莫大にかかる……」

答えた時点で父上も少し疑問に思い始めたらしい。


「レオは共和国で召喚されたんでしょう? ぱぱとの話を聞いてるだけでも、いろんな事を知ってるよね。くにで囲い込みたいくらいの優秀なじんざいのはずなのにどうして帝国に来れたの?」


にこやかだった食堂の雰囲気が、一気にピリつく。

レオは少し困ったように笑いながら弁明する。


「私を優秀な人材と思われたのが、ケイトリヒ様が初めてだからですよ。私は共和国では料理しかできない無能と言われていてですね。共和国では異世界召喚勇者を預かっていたのは聖殿だったのですが、聖殿を出ると言ったときには礼を言われたくらいです。とにかく戦闘系の能力が一切ダメで……調理に使う生活魔法は、少し使えるのですが」


レオの理由を聞いて、父上も使用人たちもピリっとした雰囲気を和らげた。

帝国に来たのは、共和国での不当な扱いに加えて食糧事情があまり良くない、というのも理由にあったようだ。


「さらに聖殿は特に清貧をモットーとしていますから、食事の質を改善するなんて発想自体がそもそもないようで。料理の研究をしたい、だなんてとても言える雰囲気ではありませんでした。しかし帝国は違います。豊かな自然、挑戦的で試行錯誤される農業! 屈強な騎士と冒険者が狩る食肉! それに豊富で上質なスパイス! 私にとっては夢のような国ですよ! 私がラバンである程度成功できたのは、ひとえに帝国の治安が安定していて人々が日々の生活で飢えておらず、食の品質向上を求めていた、という社会の土台があってこそです!」


弁が乗ってきたレオは、それから共和国がいかにダメダメで帝国が、特にラウプフォーゲルの(まつりごと)が素晴らしいかを延々を語る。それを聞いて父上も使用人も騎士も、だんだんとニヤついてきて、最終的には完全に上機嫌になった。

自国を称賛されるのって嬉しいよね。国に誇りを持っているヒトならなおさら。

さっきのピリついた空気は夢だったのかな?


「ただ……残念ながら、私は戦闘系の能力が皆無と申し上げたとおり万が一にでも共和国に利用されていた場合に私自身で判別ができません。そういう魔法などが、私にかけられているかもしれませんし。ですので待遇は贅沢を申しません。監視してくださることで不安が払拭されるのならばいくらでも受け入れます! なので、料理人として働かせてください!」


父上がチラリとペシュティーノを見る。

ペシュティーノはそれに応えるように、首を横に振った。

レオ本人が知らずに共和国の諜報員になっている、という可能性は無いみたい。

ってかペシュティーノ、ちゃんとそういう検査したんだ。

まあそうだよね、帝国の皇帝の次に地位が在る大領主の令息の専属になるんだからそれくらいするか。


「ふむ、このオムレツとやらはあまり私の好みではないが、女性や小さな子供、それに老人などには人気が出るかもしれん。このレシピだけでも貴族の世界ではカードになり得るだろう。ラウプフォーゲルは政治と流通の中心ではあるが、社交界での流行発信という点では帝都に劣る。……と、アデーレが嘆いておった。レオよ。其方の身柄はケイトリヒに預けるが同時にラウプフォーゲルのために尽力してくれるか」


「はい、もちろんです! ケイトリヒ王子殿下のお食事と、ラウプフォーゲルの食の質を向上させるための異世界料理の再現研究。どちらも粉骨砕身で努めてまいります!!」


父上が満足そうに頷く。

テテーン、料理人レオが仲間になった! みたいな瞬間。

何にしても異世界の料理人が仲間になったのは想像以上に嬉しい。


だって料理に! 料理に塩味以外の味がついたんだもんね! ソースの概念が生まれたんだもんね! いや、一応この世界にもソースっぽいものはあるんだけど、マズイんだ。

これはハッキリ言える。この世界のソースはマズイ。多分、半分腐ってる。発酵とかじゃなくて、割とマジで。だって大体おなか壊すもん。


「うむ、期待しておる。見てみよ、食の細いケイトリヒがもうオムレツを食べ終えておるではないか! 美味しかったか、ケイトリヒ?」


「はい! レオの料理は、カレーも美味しかったですよ」

「ほう、カレーとはなんだ?」

「ケイトリヒの専属かあ、新しいメニューができたら私達にも味見させてくれよ?」

「ぐぐ……お、俺も……」


「はい、もちろん! レオもいろいろなヒトの意見がききたいでしょうし。それに、おいしいりょうりは家族みんなで分け合って食べたほうが、もっとおいしいもんね!」


俺がニッコリ笑って兄上たちのオーダーに応えると、父上が一瞬ハッとしたように俺を見て、それから眉尻を下げてにっこりと笑う。


「そうだな、美味しい料理は家族で共有するものだな」


そうそう。それが俺の考える幸せのカタチだ。ウンウンと頷いていると、横からペシュティーノが目の前に皿を置く。兄上と父上の前にも使用人が置いていく。この、小さなココット皿は……これは、これはまさか!!


「異世界では、食事の最後に甘いものを食べるデセールという習慣があります。こちらは異世界でも老若男女問わず人気のあった、プディングです。異世界では貴重だったバニラビーンズという香り付けの植物を帝国で見つけてから、ずっと作りたかったのですが……この屋敷に来て初めて、新鮮な卵と牛乳に出会えたのでようやく実現したメニューです」


「プディッ!?」

興奮のあまり変な声が出ちゃった。父上も俺の奇声にギョッとしたけど、プディングは流石に知ってたらマズイよね!? 知らないふりしないとだよね!?

前世では話題のお店と聞けば必ず買いに行き、唯一手作りしたことのあるお菓子。

つまり、大好物である!


「いただきますっ!」


一気に食べ終わるのはもったいないので、少し控えめにスプーンですくってお口にイン。


……しあわせ。

幸せは、プディングでした。以上。異論は認めない。


「ふあぁ……おいひい……」

「むう、随分と甘いな」

「なんて贅沢な甘さでしょうか」

「うめえっ! これ、バケツ一杯食えるッ!」


うんうん。今の発言だけはクラレンツに賛同できるよ。

ちょっと固めの、ねっとりテクスチャもまた俺好み。とろとろ系もプルプル系も好きだけど、やっぱりプディングはイタリアンな濃厚なお味と固形寄りが正義だ。


「御館様。レオをケイトリヒ様の専属にされるということであれば、予算は少し多めにしなければなりませんよ。卵もミルクもそうですが、とりわけ高級品の砂糖をあんなに豪快に惜しげもなく使う料理人を私は初めて見ました」


料理長の苦言に、父上が片眉を上げる。


「これは確かに、そうだな。……ケイトリヒ、稼いでもらうぞ?」

ニヤリと笑う父上のお髭には、プディングのカケラがついている。

あとからどこからかいい匂いがしちゃうやつだ。


「がんばりますっ!」


プディングのためならモートアベーゼン事業のひとつやふたつ、頑張って軌道に乗せてみせるぜ! 前世は一応、会社社長だ! ……お飾りだったけど。



朝食を食べたら、馬に乗って……いや、正しくは馬に乗ったペシュティーノに抱っこされて、父上の狩りの見学。ギンコはお留守番の予定だったけど、俺から離れるとあまりにもキュンキュン鳴くので仕方なく昨日と同じスタイルで連れて行くことになった。


「ケイトリヒ様、おくちをギュッと閉めて」

「んむ」


「鞍のここを掴んでください」

「ん」


「走りますよ」

「ん!」


俺みたいな子供用の鞍なんてないから同乗者はかなり神経を使うっぽい。城から狩猟小屋への往路ではほとんど馬を走らせることはなかったので、大人たちが俺を囲んで「これを尻に敷け」とか「鞍の持ち手に紐を通せ」とか色々と心配してくれて、試行錯誤。

ここでも抱っこスリングの布がシートベルト代わりに大活躍だ。

おかげで襲歩で走ってもそんなにガクガクしない。


兄上たちも馬に乗り、父上と護衛騎士たちを連れた大きな隊列を組んで移動だ。馬よりは小柄だが前の世界と比べるとかなり大きめの猟犬たちも並走してるので、すごく大きな隊列になっている。


狩猟小屋から一直線に走り抜けると、昨日の雑木林とは全く気配が異なる森に到着。

昨日の雑木林は、ヒトが手入れしていて光がよく入っていて明るかったけど……今日の森はとても暗い。1本1本の木もでっかいし、入ったら迷いそうな感じがぷんぷん。


「こ、ここにはいるの」

「さすがに森には入りませんよ。草原の下草を食みに森の周囲に出てきたグロースレーが狙い目なのです。今は風下ですから、運が良ければ初日のように年若い雄などが迷い出てくるかもしれません」


暗い森が怖いのは前世の記憶だろうか。妙に嫌な気配のする森だ。


(アンデッドがいるからではないですか)


「えっ」

「……ケイトリヒ様、精霊と話しているのですか?」


「ち、ちょっとまって」


アンデッドってたしか、国や領が総出で殲滅する、魔獣とは違うやつだよね?


(そだよ〜、アンデッドは全ての生命の敵。アンデッドに殺された命はアンデッドになって、血肉を融合させて合成魔獣(キメラ)みたいな外見になることもあるよ)


まさか、この森にいるのは……。


(アンデッドになると生前の知性はどんどん失われます。しかしこの個体は知性を維持しており、身を隠し、融合しながら逃げ延びているようですね。生前はおそらく、戦いに身を置いていた人物が核となっているのでしょう)


「融合しながら……」

「ケイトリヒ様、どうなさいました?」


ざわ、と風の中に何かが含まれていて、それが肌に触れる感覚。


「ペシュ、森の中から……探知(ゾーナ)されてる」

「はい?」


拡声(レルム)! みんな、森から離れて!!」


拡声の魔法で俺の甲高い声が周辺に響くと、前をゆっくり走っていた父上や兄上、お付きの騎士たちが驚いてこちらを振り向く。


「すぐに! 森から離れて!!」


俺の尋常じゃない叫び声に何かを察知したのか、父上が改めて隊列に「森から離れろ」と命令すると、騎士たちは兄上を囲んで森から離れる。さすがよく訓練された騎士たちだ。

騎士隊たちは森になにかあると察知したのか、しっかり警戒している。


けど……。嫌な気配は去らない。

むしろハッキリと攻撃性を備えて、今にも森から出てきそうだ。


(多分あの鎧のヒトの集団には、このアンデッドは防げないね)


「何かいい魔法はないの!」


(この隊列を全て護るのでしたら、対物理魔法障壁などはどうでしょう)


「じゃあそれ!」


(御意)


嫌な気配が今にも森から出てこようとするので、俺は思わず手をかざした。


手の先から複雑な模様の光の筋が溢れて、森と隊列の間にピンと張られた布のように構築されていく。全ての隊列までしっかり覆って安心した瞬間、森の一番端の木がぐにゃりと曲がった。


「あ……アンデッドだ!! 推定、レヴェナント!!」


隊列の誰かが叫んだ瞬間、曲がった木の影から何かがシュッと伸びて襲いかかる。


パン!


隊列を攻撃するように伸びた何かは、複雑な光の模様が描かれた壁に阻まれてボトリと地面に横たわり、ゆっくりと動いている。触手のような、関節のない長い腕のような、ヒトの皮膚に似た表面の長細いものだ。もうそれだけでなんか気持ち悪い。

あれが伸びて、隊列のどこかを攻撃しようとしたようだ。


「やばい、全然目で追えない」


(必要ないよぉ、動きはあーしたちが全部読むから! とりあえず主は、ここにいる主の家族や騎士を護りたいんだよね? それならあーしたちに命令して! ね!)


森の端の木が、5、6本まとめてぐにゃりと曲がる。

さっきも見た光景だけど、どうやらただ曲がっているだけじゃない。木の根から枝へと腐っていき、朽ちてしまったんだ。


曲がった木々の合間から、巨大な……肌色っぽい肉塊がのっそりと現れる。

ぶくぶくと膨らんだ巨大なヒトの身体の背中に、芋虫のような肉塊を引きずった醜悪なもの。芋虫の部分は、動物のパーツをでたらめにくっつけたような突起がたくさんある。

シカの頭、何かの太い尻尾、何かの角、肉球のついた脚、蹄のついた脚、……ヒトの手や脚のようなシルエットも見える。


「全員、退避! 退避だ!! 御館様と王子殿下をお守りしろ!!」

「ヒッ……ひいいいい! うわああ!」

「クラレンツ、落ち着け! 騎士隊長に従って動くんだ! 手綱をとれ!」


騎士隊長ナイジェルさんのよく通る声が響くと、隊列は俺が魔法で作った対物理魔法障壁からさらに距離をとるように馬を走らせる。


目の前で背中を見せる隊列に向かって、醜悪なアンデッドは本能的に追いかけるように走り出すが、ドン! と派手な音を立てて対物理魔法障壁に阻まれる。おお、丈夫だな。


「退避!」

ペシュティーノが馬を嘶かせて退避しようとするので、俺は慌てて止める。


「ペシュ、だめ! あれは危険なんでしょう!? 精霊が、どうにかしてくれるって!」

「なりません! ケイトリヒ様がどうにかする必要はありません!」


「僕じゃないよ、精霊!」

「いけません!」


(主、ご命令を。名を呼んでください)

(主、命じて! 主がつけてくれた名を呼んで。細かいことは、どーにかするから!)


俺をマントの中に抱きかかえるようにしたペシュティーノは、俺の静止なんてお構いなしにシールドから離れる。後ろにはジュンとガノが背後を警戒しながらついてくる。


父上や騎士隊長を始めとした隊列は、アンデッドがシールドで足止めされてウゴウゴしているのを認めて退避の足を止めていた。


「御館様、お逃げください!」

「ペシュティーノ、あの障壁は其方か!? あれはどう見てもランクB以上のアンデッドだ、その攻撃を防ぐとは」


「いえ、あれは」


ペシュティーノのマントの中からひょっこり俺が顔をのぞかせると、俺に注目が集まる。

……こんな中で宣言するの、気が引けるけど仕方ないよな。


「闇の精霊ウィオラーケウム、光の精霊ジオールトゥイ。あのアンデッドどーにかして」


ふわっ、と紫と黄色の煙が目の前に漂ったかと思ったら、風を切って何かがアンデッドに向かって飛んでいく。


「なんだ!?」

「あれは……」


ガラスが派手に割れるような音がして対物理魔法障壁が壊れたかと思ったら、アンデッドがカナリアイエロー色をした竜巻に巻き込まれる。竜巻のように見えるのに激しい風は起こっていないようで、周囲の木々はただサワサワと揺れている。


やがて黄色い竜巻がしゅるしゅるとほどけるように消えると、そこには黒曜石のようにキラキラした石が転がっているだけだ。


しーんとした隊列に、草原の風が吹く。


「あれは……アンデッド魔晶石? アンデッドを討伐したときに稀に手に入るものか? と、いうことは討伐されたのか? あんなに巨大な魔晶石なんて初めて見たぞ!? 一体どうやって」

騎士隊長が混乱してる。


(主ィ、おわったよー! 褒めて、褒めてー!)

(討伐はジオールトゥイ、我は周囲への影響を最小限にする術を施しました)


ぽん、と俺の目の前に黄色い毛玉に羽根が生えたジオールトゥイと、紫のシーツおばけに羽根がはえたウィオラーケウムが姿を現した。慌ててちっちゃな手でむんずと掴んでペシュティーノのマントの中に隠れる。


「よくできました! えらい、えらい! ありがとうね!」


毛玉とシーツおばけを撫で回すと、嬉しそうに跳ねる。

(ああ、これが幸福感というものでしょうか)

(主の役に立てた! 褒めてもらえたぁ! うれしいいい! むひゃあああ!)


「よーしよしよし! いいこいいこ!」


「ケイトリヒ様……」

「あ」


マントの中で隠れてムツゴロウさんみたいになっているところを、上からペシュティーノが覗き込んでいた。

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