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9章_0138話_2度めの学院祭 3

【おしらせ】

本作は終章_138話をもって第一部を終了し、139話より第二部に入ります。

その間、プライベートが立て込むため連載をお休みさせていただこうとおもいます。

私事都合で申し訳ありません! 連載再開後もぜひお越しください!


第二部の連載開始は2025年1月3日(金)からを予定しております。

これまでと同じく火曜日、金曜日の0時から、週2回の更新を継続します。

第二部もよろしくお願い申し上げます!

「ケイトリヒ様……最高です。完璧なタイミングでございました」

「なにが」


魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員を3人ほど連れていろんな場所に駆け回っていたらしいシャルルが戻ってくるなり褒めそやすのだが、意味がわからん。


すでにここはユヴァフローテツ。


魔導学院は学院祭をもって修了し、ジリアンを含めた兄上たち全員をトリューの浮馬車(シュフィーゲン)で各地に送り届けたあと、ラウプフォーゲル城には2、3日逗留してもうユヴァフローテツ。

ルキアとミナト、リュウショウも一緒だ。


上空にある鳥の巣街(フォーゲルネスト)は今日は雲がかかっていてあまり見えない。

住民の多くが上へ移住したので、下のユヴァフローテツではいまや空き家だらけだというはなし。だがその分、選別していた移住希望者の枠をだいぶ広げているそうだ。

市役所(ラートハオス)の戸籍登録課は毎日大繁盛で1日に60人ほど対応できるようになった。

品行方正でなにかしらの技術を持っている人物は、場合によっては鳥の巣街(フォーゲルネスト)に直行する場合もある。けっこうレアケースらしいけど。


移住希望者の多くはやはり、大きな都市部でなんらかの不遇な形で出世が叶わなかった技術者や研究者、さらに冒険者。実力主義のラウプフォーゲルでもそれなりに不遇な人たちは存在するみたいで、ケガで働けなくなったような人々も含めた人材が集まってくる。

ユヴァフローテツや鳥の巣街(フォーゲルネスト)には他の街と違ってデスクワーク求人も多いみたいだから、身体になんらかの障がいがあっても十分働き口があるのが魅力らしい。


とりあえず、上の鳥の巣街(フォーゲルネスト)とユヴァフローテツをあわせて、今や住民1万人に届きつつある。

ここまで急激な人口増加にも治安の悪化や混乱がないのは治安維持隊のエグモントも頑張ってくれてると聞いた。こんど様子を見に行ってみよう。


「なにが、とは……もちろん、神の権能『破壊』によりその御威光を知らしめた先日の所業……いえ、いうなれば『信託』ともいうべき神の御業! 素晴らしい制御でした」

「なにそれ」


「え」


ぽやぽやウットリしていたシャルルが、スン、と真顔になった。

表情筋すごいね。


「……まさか、ご自覚が、ない?」

「なにがあったの?」


ユヴァフローテツと鳥の巣街(フォーゲルネスト)で日々蓄積されてきた書類仕事に着手している最中だったので、ペシュティーノとガノとトビアスにシュレーマンもいるが、全員首をかしげた。


「……いや、たしかに帝国には精霊薬がほぼ流通していませんし、生成の工程すら知られていませんからね……」


「……精霊薬?」


ぞわ、と背中から首、首から後頭部にかけて何かが駆け巡った感覚。


「ケイトリヒ様、落ち着いてください」


ペシュティーノから頭からほっぺから肩と背中を撫で回されて、その感覚が落ち着く。


「ああっ、今の! 今の御力ですよ! 完全に制御された神の権能『破壊』です! よもやその怒りを竜脈にのせ、世界中にその『許されざる所業』を断罪してみせるとは! まさにもはや神! 半神などではなく、その御力は神そのものです!」


シャルルがちょっと興奮気味に、ウットリしながら細い目を潤ませている。

なんかパトリックみたいで気持ち悪い。


「我々ハイエルフは……以前申し上げたかとおもいますが、エルフとは違い精霊に近いのです。ヒトが精霊薬を作ることに対し、何も思いがなかったかというと……精霊ほど気持ちがないわけではありませんでした」


ジオールたち精霊にとって、精霊を切り刻んで作る精霊薬については何も思うところがないと言っていた。精霊は生き物ではないし、薬としてヒトのチカラとなるのも、ふやふやと空中に存在するだけの状態も、大して変わりはない。そんな考えだ。

だが俺は違う。


「……つまり、ハイエルフも僕とおなじ感覚だったってこと?」

「理由は異なりますが、精霊薬の製造と利用に否定的であったことは間違いありません。理由は精霊が可哀想だからという感情的なものではなく、弱い人間が分不相応な力を手に入れることへの拒否感に近いですが」


それに加え、ほんのちょっと、やはり自身たちと近い種族|(?)である精霊がなすすべもなく利用されることに嫌悪感があったのではないかとシャルルは言っていた。

だがこれは少数派というか、理由としてはやや弱いそうだ。


「で、精霊薬を否定したこととハイエルフとなんの関係が……」

「結論から申し上げましょう。雪の憤怒(シュネーエルガー)の調査と交渉、協議は長い期間をかけかなり難航しておりましたが、先日のケイトリヒ様の『お怒り』で全てが解決しました」


「やっぱり意味がわからないけど?」

「ペシュティーノから、全身が発光するほどお怒りになったと聞いています。先ほど一瞬私の目でも確認しましたが、確かに。右手の甲に『破壊』の紋。ケイトリヒ様は精霊薬の存在を全て『破壊』したいほどにお怒りになったのです。結果、共和国と王国の一部が所持していた精霊薬が破壊されました」


しーん。


「えぇ?」

「ですから、先日の魔導学院での『お怒り』で、精霊薬の存在を許さないという『神託』を世界中に与えたのです」


しーん。


「そんなことしたつもりないけど……」

「事実、聖殿では蜂の巣をつついたような騒動となり、教主と司教が『預言』を公開しました。この影響は、ドラッケリュッヘン大陸の法国にまで及んでいます」


―――精霊薬に対する扱いを以下のように定める。

これは人に非ざる深遠なる存在の意思であり決定であるため覆ることはない。

また、定めを破りし者あればその命の死を以て罪を償うべし。

精霊薬は深遠なる存在の意思により現存するものは全て破壊された。

・新たに精霊薬を作らんとする者

・精霊薬の製法を他者に伝えんとする者

・精霊薬を求める者

上記に近しくある者も全て例外なく、聖殿では最上級の罰を与えるものとする。


「……つくっても、つくり方を教えても、つくってほしいと言っても死刑ってっこと?」

「そういうことです。これまで聖教内で、特に制約なく製造されてたものが突然このように定められたことはありません。つまり彼らもまた、『神の意志』であることを正しく受け取ったということです」


「しんえんなる存在って」

「今まで聖教は精霊を崇めてきましたが、神の存在を確かに感じ取っています。ただ、長いあいだ禁句とされた『神』という言葉を突然用いるのは憚られたのでこのような表現になっているのでしょう」


やば。

来年3年生で卒業とか冒険者になるとかそういう前に神にさせられちゃう。

まだまだやりたいことあるのに!


「……でもその、聖教は、その……神がどこにいるかとかは、わかってないんだよね」

「ええ、把握していないでしょう。彼らは精霊を崇めていますが、会話するほどの親和性はありません。ただ、存在することだけは確かとなりました。これから聖教の『御神体』探しは本格的になることでしょう。そのために」


シャルルは内ポケットから小さな便箋を取り出した。


「これまで常に対立してきた熾天使の翼(セラピムアーラ)雪の憤怒(シュネーエルガー)、ハイエルフの2つの組織がケイトリヒ様の御下に降ることをお許しください。聖教に対し、ハイエルフは大きな影響力を持っています。大きな力となりうるはずです。お望みとあれば、聖殿から身を隠すことを手伝ってくれます」


便箋の中身は、名簿だった。

11人のハイエルフの名前があるが、その文字は魔力を帯びている。

おそらくシャルルのこの申し出を受けたら、11人のハイエルフを身内に抱えることになるんだろうけど……これ、いいのかな……?


「……そういえばシャルルは、ルキアが報告してくれた異世界召喚勇者の謎について調べてたんだよね。そっちはどうだったの」

「……やはり、気になりますか? 要約した結論だけ申し上げますと、肉体と魂の不一致を生み出していたのは雪の憤怒(シュネーエルガー)の過激派の一部の仕業でした。その行為は新たな神たる主の怒りを買うと説得していましたが、どうにも納得してもらえず難航していたのです。が……先日の『神の権能』の顕現によって、一瞬でその態度が変わったのです!」


ん。それってつまり……。


「……この、11人のハイエルフのなかに異世界召喚勇者の魂と肉体に手を加えた人物がいるってことなの?」

「はい」


……やっぱりシャルルって……。


「その事実を報告する前に、僕に彼らを配下に加えるように進言したということ?」

「……も、申し訳ありません」


「僕が聞かなかったら、それを知らないまま受け入れさせるつもりだったんだね」

「いえ! そのようなことは!! すでにその者たちは精霊薬を許さぬ主のご意向を深く理解し、『今代の神は魂への介入を許さない』という私の主張を全面的に受け入れてくれました。つまりもう憂慮すべき問題はなくなったと判断したのです!」


ハイエルフはヒトよりも精霊に近い。

なので考え方の違いは理解していたはずなんだけど……やっぱりシャルルはヒトにしか見えないし、ヒトとしての考え方を求めてしまう。

これは、俺が求めていることが間違ってるのか?


「シャルル、僕はシャルルのことあまり好きになれないとは言ったけど、長年にわたり皇帝陛下の右腕として帝国を支えてきた手腕は信じてる。だからシャルルの判断を疑うつもりはないよ。でもね」


シャルルは俺の言葉におびえている。


「でも……僕の気持ちも考えてほしいな。って、求めることは、間違ってるのかな。僕は異世界からやってきた魂で、この世界でも力を持った。だから力を持たないルキアたちを助けたいし、まだ助けられてない異世界人のことも、元の世界に戻せなくてもどうにかこの世界で幸せになってほしいとおもう。僕のこの気持ちは、シャルルには想像もできないほど難しいこと?」

「……ケイトリヒ様」


シャルルは痛みを堪えるような悲痛の表情で俯いてしまう。


「ケイトリヒ様、私は……私は常に国家のため、皇帝の治世のために尽力し、心というものをずっと蔑ろにしてきたように思えます。今この瞬間まで、たしかに想像もできないほど難しいことでしたが、ケイトリヒ様が求めるのであればそれは私にとって必要なもの。残酷なお話はお耳に入れないことが配慮と考えておりましたが、考えを改めます」


「ん」


シャルルを好きになれない理由は、たぶんいま解決した気がする。

異世界召喚勇者の魂に手を加えていた雪の憤怒(シュネーエルガー)もまた、神の恩寵を(こいねが)うことが本能のハイエルフたちだ。

俺が気に食わないと宣言すれば、シャルルのように180度思考を変換させることも何ら難しいことではない。


ただ……。


「何をしたのか、は知っておきたいな」


俺が言うと、シャルルは顔を曇らせた。

説明が始まる前にルキアを呼び、一緒に説明を聞くことに。


シャルルの説明は、おおむね俺とルキアが予想したこととおおきく外れていなかった。


この世界で白き玉座に座り神となる者は「異世界人」でなければならない。

しかし今現存するこの世界では本来の異世界召喚の意味が失伝してしまい、神候補として力不足の異世界人ばかりが召喚されるようになった。


次世代の神を導くという使命をもって存在するハイエルフたちは、その状況を憂いた。

本来の意味を取り違え、アンデッド討伐のために召喚される勇者たちは戦闘能力を求められていたが、ハイエルフたちにとっては違う。

王国でひどい扱いを受け、殺処分直前だった異世界人たちを()()()()()集め、弱い魂だけをこの世界の肉体に移し替え、肉体はいつか現れる強い魂を持つ神候補のための「依代(よりしろ)」にするつもりだったらしい。


この世界の肉体に移し替えられた異世界人たちは、アンデッドと戦うという使命から逃れて普通の幸せを手に入れた者もいれば、貧しく死んでいった者もいる。

中には前世の知識で事業を始め、それなりに裕福な暮らしをしたものもいる。

ハイエルフたちにとっても価値ある存在だった異世界人に対し、保存できる「肉体」だけを奪い去り、その後は悪く言うと放任だが良くいえば自由を約束したのだ。

王国軍部で奴隷のような扱いをされていた異世界召喚勇者にとっては救いになったという事実もあるだろう。

単純に何らかの目的のせいで苦しめただけでないことがわかっただけでもよかった。


ルキアの表情は複雑そうだ。


「……王国の扱いは、確かにひどいものでした。人種が違えば多少、この世界にも馴染めたかもしれませんが……アジア人特有の黒髪黒目、さらに平たい顔立ちはこのクリスタロス大陸では目立つものだったようですから、逃げおおせたところで目立ちますし、馴染む見た目を求める気持ちもわかります。僕も、もし肉体を『すげかえる』話を持ちかけられていたら乗っていたかもしれません」


「でも、その『馴染む見た目の肉体』はどこで調達してたんだろうね?」


俺が言うと、シャルルが眉をひそめた。


「……雪の憤怒(シュネーエルガー)は王国と共和国にまたがる永久凍土に閉ざされた土地を拠点にしているハイエルフです。共和国の聖殿において、世俗と切り離された彼らを精霊と同様に崇める信奉者は少なくありません」


それだけ聞けばなんとなくわかった。

信奉者がいるのなら、身を捧げるような人物もいたのだろう。


「で、そのつくった『依代(よりしろ)』はどうするつもりなんだろ……」

「それは、私からケイトリヒ様にお尋ねしようとおもったのですが」


「え」


「いりますか?」

「いらないよ?」


「そうですか? この世界に馴染んでいない別世界の物質なので、何かと使いやすい素材だと思いますよ」

「ねえシャルル僕の話きいてた? 僕の気持ちもうちょっと考えて?」

「ケイトリヒ様、たぶんシャルルさんってサイコパスとかそういう系かと」


「言葉の意味はわかりませんが(なじ)られた気がします。とはいえ、つくってしまったものなのでどうにかしなければとは思うのですが、誰かの手にわたってしまうのもよろしくないでしょう?」


「え〜……ジオール、ウィオラ。異世界人から作られた依代(よりしろ)、いる?」

「え、もういらないよ。精霊神になったから受肉する必要なくなったし。それに主の世界の人間といっても、主とは別物だからなあ」

「同じくです。我らに必要はなくなりましたが、強力な精霊を作り受肉させたいときに使ってはいかがでしょうか」


強力な精霊……って、なに?


「例えば……ドラッケリュッヘン大陸って、今は竜脈がぐちゃぐちゃでかろうじて人が住めてる状態だけど。ほら、フォーゲル山のヌシみたいな……ラーヴァナみたいな存在を置けばどんどん整備されていくはずだよ」

「主の支配地域としたいところに置く、街よりも大規模な『要楔(かなめくさび)』だとお思いになればよろしいかと存じます」


「あ……なるほど、土地神みたいなものかな」


ルキアが言うと、ジオールとウィオラが頷いた。


「欲を言うと場所的には暗黒大陸って言われてるところにもうひと柱あると、世界全体の竜脈が整うんだけどね〜」

「あの土地はさすがに崩壊が進みすぎていますから、突然『要楔(かなめくさび)』を置いても浸食されてしまいます。いずれ、とお考えください」


崩壊。なんかいやな単語聞いた。

いやいや、まだ猶予あるってゆってたし!


「と、とにかくその『依代(よりしろ)』の件は保留で」

「承知しました。数千年をかけてつくられた強力な『依代(よりしろ)』です。雪の憤怒(シュネーエルガー)の者たちがやってきたことは間違いではありましたが、世界を救うお役に立てば異世界人たちもきっと喜んでくれるでしょう」


なんか釈然としないけど、やってきたことは帳消しにはできないし、責めてもしょうがないし、善悪を問うつもりはない。糾弾するつもりもない。いやどちらかというと他人事だから過去の話としても俺は構わないんだけどさ。


けどそれ、ハイエルフのキミが言っていいことかな?


……。

シャルルとは一生、なにかが決定的にわかり合えない気がする。


まあいいや、もう魂と肉体がすげ変わった人間は生まれないんだ。

あまり深く考えすぎないようにしよう。


ルキアもスッキリとはしなかったようだけど、とりあえず情報表示インフォメーション・オープンで現れた不可解な異世界召喚勇者については正体が判明した。

こちらの世界の人間に身体をすげ替えた異世界人をどうするかについては、「そっとしておく」ということにする。

だってハイエルフの目的はともあれ、身体をすげ替えることには全面的な本人の同意が必要なんだ。これは精霊からの情報。

彼らが保護を求めたのなら応えるつもりだけど、王国の併合を知ってもこちらにコンタクトを取ってくる様子はない。


雪の憤怒(シュネーエルガー)には一応、彼らに異世界人を保護する俺の存在を教えてほしいとはシャルルに伝えて、それで様子見だ。



「ふぁ〜なんか帰省しょにちからつかれたあ」


お風呂上がりのぽかぽかした身体でぽーんと寝台にダイブすれば、ふわんと圧迫感なく受け止めてくれる最上級のバラの寝台。

妙な形だしファンタジー過ぎると思っていたけど、人間とゆーのは慣れる生き物だ。

魔導学院の寮にあるものと全く同じものが白の館にもある。


「ケイトリヒ様、魔導学院2学年の修了おめでとう存じます。来年は皇位継承順位の発表と洗礼式も控えておりますが、なんとか早期卒業を目指せるよう時間割の組み方も工夫をしてまいります」


ペシュティーノも同じく湯上がりなのにどこもホカホカしてないクールな出で立ちで俺の横に座って頭を撫で回す。


「うん……来年は今年よりいそがしくなりそうね。ふぁ……そのまえにユヴァフローテツでは鉄道じぎょうも見に来てほしいっていわれてるし、鳥の巣街(フォーゲルネスト)のとしけいかくも……にゃむ」

「ふふ、今日のところはゆっくりお休みください」


「ふぁーい」


(……)


「ん?」

「どうしました?」


「今なにか言った?」

「ゆっくりお休みくださいと」


「そのあと」

「いいえ?」


(……ぃ)


「あれ、ほら。いま、声みたいなのが」

「……私には何も聞こませんでしたよ。ケイトリヒ様にしか聞こえない類のものではありませんか。精霊様を呼びましょうか」


「……」

「……」


「きこえなくなった」

「本当ですか?」


以前、呼んでないときでも勝手に話しかけてきていた竜脈とちょっと似ている感覚だ。

でも竜脈はたしか、シャルルが側近入りしてから一度も声をきいていない。


「ユヴァフローテツでは大きな精霊が市民にもよく目撃されるようになっていますから、それらの声かもしれませんね」

「え、そうなの」


「さあ、お休みください。明日からはまたユヴァフローテツで小領主としてのお仕事が始まります。魔導学院が始まるまでのあいだも忙しいですよ」

「うん……おやすみなさーい」


ペシュティーノの左胸に顔をごいごい押し付けて一瞬でスヤァ。


鉄道に製紙、プラ容器にレオの調味料、ブイヤベース開発……そういえばドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者たちもまだ帝国に着いてないな。ちょくちょく気になったときに情報表示インフォメーション・オープンで位置を確認してるけど、自力で大陸横断って結構時間がかかるんだな。


夢うつつの状態で色々考えてると、ふと真っ白の空間に立っていた。


ん、これは夢かな。なんか新しい。初めての感覚だ。


真っ白な床と、距離感がわからなくなるほどの真っ白な空間のなか、何か巨大な白いものが目の前にある。いや、巨大すぎて目の前にあるように見えるが、ものすごく遠いかもしれない。


見ているビジュアルは全くちがうのに、月から地球を見た写真を思い出した。


(あれ、この感覚には……覚えがある)


「さっき、話しかけてきたひと?」


巨大な白いものは、真っ白のローブを被ったヒトがうずくまっているようにも見えた。

それが、少しこちらに振り向く。


『*ぃ+&$%バ=*✕#>%ņ※る』


「え、なんて?」


周波数のあっていないラジオから、音楽とも言葉ともわからないような音が漏れ聞こえるだけのものが、だんだんとチューニングがあってくるように理解できるようになる。


(の……では%#<……ガ※=**ヌ)


「あ、だんだんわかってきた。もうちょっと頑張って! 『では』は聞こえた!」


白い大きなものは悪いものではない気がした。

懸命に俺に向かってメッセージを向けている、そんな気がする。


(この……では、……の愛する……ノ……が失わレ)

「なんかすごい大事なこと言ってる気がする! 何が? 何が失われるの!?」



(このままでは、主の愛するペシュティーノの命が失われてしまう)



「はっ!!」


ハッキリと声が聞こえた瞬間、全身の毛穴が開いて汗が吹き出した感覚と、鼓動が跳ね回るようにうるさく鳴る。

横を見ると、ペシュティーノが目をつぶって横たわってる。


夢の中の言葉があまりにも恐ろしくて、ペシュティーノが死んでしまっているのではないかと混乱したけど、そっと触れると温かいし、ちゃんと息もしていた。


(このままでは? とは、どういうことだろう。あれはただの夢?)


……ペシュティーノは、小さい頃から隣の部屋にいても俺がグズると起きてすぐに飛んできてくれた。添い寝してくれているときも、ペシュティーノが寝ていて俺が起きてる状況というのはとても稀だ。


「ペシュ」

「……」


ペシュティーノを見た目線の向こう。

寝台の周囲を覆う透明の球体の外側に、白いシーツを頭からかぶったような存在がいることに気がついて再び心臓が跳ね上がった。


「だれ」


「Ω✕√―*%@<……我ガ主」


つんざくような高音と肌を震わせるおうな低音が混じった耳障りな音が次第に落ち着いて、人の声に近いトーンになる。


「……おまえは、精霊?」

「主ノ力は、イズレその者を殺ス」


「……それを防ぐには、どうすればいい?」

「足りナイ、もっト、命を、アンデッドヲ」


アンデッドを取り込まなければ、ペシュティーノが死ぬ?

まさか。ベッドの下にアンデッド魔晶石があるはずだ。


「……おまえは、ローレライのアンデッド討伐のあとに夢にでてきた」

「そうさナ」


「ペシュティーノは死なせない、絶対に。阻止する方法を知っているのなら、協力しろ。主である僕からの命令だ」

「あァ、素晴らしい。仰せのままに、主。やっと、やっとこの状況に終止符が打たれる。*****は主を戴き、この世界に存在することができる。さあ、主。名を。名を戴きたい」


「名前」


ぼんやりとその存在の正体がわかる。以前も直感的に「死の精霊」だと感じた。が。

(精霊の存在は、神の力の残滓。)


「おまえの名前は……命の属性に対なすもの。『死神』デーフェクトス」


「私の名はデーフェクトス……主よ、世界に『死神』しかおらぬのは具合が悪い。対なす命の属性にもどうか名前を」


「命の属性は『産神』エンブリュオン。これでどう?」


「上等」



(神となる条件の第二段階をスキップし、第三段階が解放されました。これより、未来の神の居住区域となる神域が生成されます)


「へ?」


「主よ、我が主。この世界の唯一神となるべき主よ。世界の中心、星の軸、全ての竜脈の源泉、『メディウム・ステラ』へ来たれ」


「ちょっとまって、どこそれ?」


白いローブの人物……いや、俺が「死神」と定義したデーフェクトスは、だんだん薄くなっていく。


「ちょっと待ってってば!! ペシュティーノは大丈夫なんだろうね!!?」

「あと2、3……は問題ないようにする……」


「待っていま大事なとこ聞こえなかった! 2、3年?日?ヶ月?2、300年!!? どれなの!! 応えてから消えて、これ命令ッ!!!!」


フッ……と全てが消えて、絞り出すように「ねん」と聞こえた。「年」でいいんだよね!

間違ってもしペシュティーノが死んだりしたらこの世界ぶっこわすからな!!


「んん……ケイトリヒ様、何を叫んでるのですか……怖い夢でもみましたか?」

「もう、すっごい怖い夢みた! 怖すぎてキレた!!」


「キレ……ふふ、怒りで恐怖を吹き飛ばすとは、さすがファッシュですね」

「だって許せなかったんだもん! ペシュ、ギュッってして!」


「はいはい」


ギュッとされるとだいたい何があってもスヤァとなるのでそのときはそのまま眠り。


翌朝、げっそりした顔でシャルルから「竜脈と何を話したんですか」と言われた。


なんでも、シャルルのほうに「3年は絶対に約束する」というのが呪文のように聞こえたらしく、事情のわからないシャルルは混乱したらしい。たぶん俺の「この世界ぶっこわすからな」宣言が効いたらしい。


まったくもー、来年はいろいろ忙しいっていうのに、まーた新しいタスクでたよ。

「メディウム・ステラ」に来いとか、俺が主なんじゃなかったんかい!

なに呼び出してんの! 主に対してさ!


しかもその「メディウム・ステラ」ってなに! どこ!


え、まさか探すところから始めなきゃいけないわけ?


俺のタスク、勝手に増えすぎじゃない?

次回139話からは第二部です。

第二部では、ファッシュ家の伝統として経験する冒険者生活を中心にお送りする予定です!


連載再開は2025年1月3日(金)からとなります。


またどうぞお越しくださいますよう、心からお願い申し上げます!

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