9章_0136話_2度めの学院祭 1
ダンスパーティ、意外と面白かった。
俺は関係ないイベントだし参加するなんて面倒と思ってたけど。
いざ婚約者であるマリアンネとフランツィスカがあれだけ楽しそうに、さらに注目を集めているところを目の当たりにすると、やっぱり参加できないのは残念だなー、と思うようになった。
とはいえ身長が追いつかないのでダンスできないのは、今のところしょーがないけどね。
「あ〜あ、はやく大きくならないかなー」
部屋にペシュティーノがいないことを確認して、ひとりごちる。
俺の成長を一番気にしているのは俺じゃなくてペシュティーノだからね。俺がこんなことをぼやいたら顔色悪くしちゃう。それは申し訳ないんだな。
女学院の卒業ダンスパーティが終わり、俺とクラレンツとエーヴィッツはホクホクした顔で魔導学院の寮に戻ってきた。
それを見てアロイジウスもジリアンもアーサーも話を聞きたがり、昨日は夜遅くまで談話室で話し込んでたので朝だけどすごく眠い。
「お気づきでないかもしれませんが、すこしずつ体つきはしっかりなさってますよ」
ガノが温かいおしぼり的なタオルで顔を拭いてくれる。きもちイイ〜。
「としそうおうになりたい」
「……申し訳ありませんでした」
そこで謝らないでくれるかな!
レオいわくそろそろ90センチに届くという話だけど、やっぱりすごく小さい。
ラウプフォーゲル人はね、10歳の洗礼年齢にもなれば150センチとか160センチはざらにいるらしい。でかい。ラウプフォーゲル人の新生児は3000グラムじゃなくて5000グラム前後で生まれてくるらしいから、もうなんていうかちょっと違う人類なんだと思う。出産する方は大変だろうな。
「今日、学院祭だよね。パトリックは、クラレンツあにうえと?」
「はい。先ほど分寮を出発されました。先日の夜会もあったので、クラレンツ様もパトリックと打ち解けたようですね。ダンスのコツなどを聞いていましたよ」
「応援にいかなきゃね!」
「そうですね。今年も演劇がありますが、どうやらマリアンネ様とフランツィスカ様はご興味がないそうです。どちらも大陸戦争勝利を称えた戦史物語だからでしょうね」
俺はそれ観たいんだけどね! 連れの女性がいないので観られないという。
なんという女尊男卑の世界だ。
「じゃあ今日みるのは、武術大会とーアクエウォーテルネ寮の新作発表会とー」
「ウィンディシュトロム寮の展示会は明日にしましょう。初日は帝国中の商会が集まって面倒ですので。ああ、レオも学院祭を見て回りたいと言ってましたよ」
「え、ほんと? じゃあルキアとレオと一緒にまわる!」
「承知しました、護衛に共有しておきますね」
ご機嫌なるんるん気分で朝食のために食堂まで行くと、兄上たちはおらずジリアンとルキアだけしかいない。俺と一緒に食堂にやってきたスタンリーは、俺が席に座るのを待っている。
「あれ、少ないね?」
「よー、お寝坊だな」
「皆、朝食は食べずに学院祭に向かいましたよ。屋台で食べるそうです」
「あ、そっか! 朝ごはん食べたら屋台が食べられなくなっちゃう!」
「ケイトリヒ様はちょっとだけでも召し上がってくださいね〜」
レオがシェフコートではなく、両腕に白鷲マークの刺繍が入った使用人服で小さめのポットに入ったスープと小さなスープカップを運んできた。
「あ、レオその服」
「ケイトリヒ様の直属の使用人が着る服ですよ。かっこいいですよねえ! あ、ジリアン様とルキア君も食べますか? 野菜のコンソメスープだけど」
「俺はイイっす。レオさんの料理たべた口で屋台の料理なんて食べたらがっかりするし」
「僕はいただきます。少し寒くなってきましたからね、温かいものを食べて出たいです」
魔導学院は帝国の最北にある領の、さらに山の上なので冬が早く、長い。
早期修了は、寒くなる魔導学院から逃げる理由もある。ここでは10月になると霜が降りることもあるそーだから、その前には去りたいよね。
スタンリーは無言でスープとは別のしっかりした朝食を食べてる。トーストとサラダと目玉焼き。THE朝食。
護衛は防衛上の理由で俺と同じものは食べられないので、屋台メシは禁止なのだ。
……といってもスタンリーは原則、専属護衛ではなく生徒でもあるので今日の護衛の頭数には入ってないんだけど。スタンリーいわく、あまり屋台メシには興味ないそうで。
「ふぁ、あったかくておいしい」
「優しい味〜」
「……やっぱ、俺ももらおうかな」
「私もいただきます」
4人でほっこり、スープをのんで落ち着いた。
「ミナトとリュウは?」
「アーサー様と一緒に、屋台メシを求めて早くから出ていきました。アロイジウス様はグラトンソイルデ寮の研究発表の手伝いがあるそうですし、クラレンツ様は武術大会、エーヴィッツ様はウィンディシュトロム寮の展示会に案内役として参加してます」
ん、ウィンディシュトロム寮の手伝い? それって政治的に大丈夫なやつ?
ガノに視線を向けると「問題ありません」というふうに頷いてる。
ガノが認めてるなら大丈夫か。
「ジリアンあにうえ、僕たちと一緒にまわる?」
「んあ? いや、俺はいま友達の連絡待ちだ。誘ってくれてありがとな」
「ご友人は寝坊してるみたいですよ」
「ケイトリヒ様、私は準備してまいりますので失礼します」
スタンリーが席を立つと、ルキアも「僕も準備しなきゃ!」といって立ち上がって、2人で食堂を出ていった。俺も準備しないとだけど、もう着替えるだけだし。
「ジリアンあにうえ」
「うん?」
「卒業は来年?」
「ああ、そうなるな。6年まるまる在籍するインペリウム特別寮生は、珍しいらしいぞ」
「ハービヒトにもどったら、なにするの?」
「あれ、ケイトリヒには言ってなかったか? 俺、鍛冶師になるつもりなんだよ。魔法付与された武器や防具をもっと作れる工房を増やしたくてな」
そういえば父上がそんなこと言ってたような?
「魔法付与、できるの!?」
「ん、まあな。まだまだ効果は小さいけど、できるっちゃーできる」
ジリアンはちょっと照れながら少しだけドヤ顔。いや、ドヤっていいよ!
「そっかあ、もう進路きめてるんだ」
「ケイトリヒもいろいろ……大変だろうけど、もし本当にやりたいことが出てきたら親父と相談しろよ。ファッシュ家はさ、やりたいことを我慢させられるとだいたい家出するっていう歴史があるおかげで、けっこう寛容なんだよ」
すごい説得力! というか歴史的事実に基づいた対応策!
「うん! あきらめるまえに、ちちうえに相談する」
「ああ、それがいい。滅多なことではダメとは言われないし、もし難しくても、どうにか折衷案でも出してくれるさ」
そっか。わりと俺、いろいろと無茶言ってるきがするけど特に反対も抑圧もされなかったのは、ファッシュ家の方針だったんだね。改めて父上に感謝。
「お、来たみたいだ。じゃあ、気を付けてな! まあ護衛がいるから大丈夫だろうけど」
「うん、いってらっしゃい!」
ジリアンはひょろりと長い足でぴょんぴょん跳ねるように食堂を出ていった。
俺も、準備準備。
「アクエウォーテルネ寮の研究発表には、実はいくつか白き鳥商団が絡んでいるものがあります」
「やっぱりね」
アクエウォーテルネ寮の新作研究物発表の一覧を見た瞬間、いくつか見覚えのあるものがあった。
「寒冷地帯の暖房魔導具」に、「ナマハイシン魔導具の展望」、「製紙業の発達による今後の紙の可能性について」に、「美容魔導具」。
ナマハイシンの魔導具と紙についてはどうやら俺の事業を知った上で、勝手に立ち上がった研究だそうだ。
それをすぐさま白き鳥商団が嗅ぎつけて取り込んだらしい。
そして暖房魔導具の主導者はルキアで、美容魔導具の主導者は白き鳥商団が管轄している商会の頭目である男爵家の令嬢。つまりほぼ身内。
これらについては状況を把握してるどころか、校長の許可を得た上でバックアップまでしているそうだ。
「青田買いは禁止なんじゃなかった?」
「あくまでバックアップです。学院在籍中に上げた成果は、学院が管理して構わないということになっていますので、校長も許可したようですよ」
実際にぞろぞろと護衛を連れてアクエウォーテルネ寮で研究発表の展示を目にすれば、その実情は明らか。去年はガノが「特筆するほどの研究はない」と切り捨てた学院祭の発表会だが、今年はどの研究もこぞって「国益になる」ことをアピールしている。
おそらく、白き鳥商団がバックアップする条件の一つとしてアクエウォーテルネ寮に提示したのだろう。
とはいえ「魔獣を小型化してペットにする」という研究がムリヤリ国益になると結論付けてるのもどうかと思うの。
そういえば、鉄道事業のエンジン試作が成功したので2学年が修了したら早速試運転を視察に来てほしいと連絡が来ていた。
エンジン開発の主導者は元・兵器開発者で建築家でもある白き鳥商団のゴゴ・バウザンカリ。もともとはディングフェルガー先生が主導者だったのだがあのヒトは教師にも向いてないし主導者にも向いてない。
結局あまりにもこだわりすぎて全然研究が進まないのでゴゴに主導してもらうことになったそうだけど、その体制がドはまりしたらしい。
こだわり気質のディングフェルガー先生とエンジン設計者、同じ気質の石炭コークス研究者。気を抜くとすぐに横道にそれがちな研究者たちを、全体を見ながら指揮監督できる強面のゴゴが軌道修正しながら尻を叩く。
いいチームになっている、と称したのは以前、アクエウォーテルネ寮のドワーフクィーンと呼ばれ、魔導学院を早期卒業して白き鳥商団に就職したアルビーナ・ローエンシュタインだ。
鉄道事業だけは国家事業になりえるので魔導学院の生徒に少しでも明かすわけにはいかなかったそうだ。アルビーナが俺の鉄道事業を知りたがったのだが、教えられないと突っぱねたところ、今年の6月に卒業してすぐ白き鳥商団に就職した。
今は石炭コークスとエンジン、双方をつなぐ鉄道事業全体の総合研究者として活躍しているようで、幹部からの評価も上々。
そしてアルビーナの電撃卒業&就職は、アクエウォーテルネ寮の後輩たちにとても影響を与えた。見てわかるように研究内容が完全に白き鳥商団を意識したものになり、教師たちも少々困惑しているらしい。
ただその主軸が「国益になりうるもの」という、かなり高潔なものなので止めることもできないってとこかな。
まあ……それに、確かに学院祭の研究発表をチラ見しただけでよくわかる。
生徒たちが、すっごいキラキラした目で俺を見てくるんだもんな!
なにせ俺は第2所属寮にアクエウォーテルネ寮を選んでいるものだから、生徒たちからの期待を込めた眼差しが痛い。
期待された眼差しで見られても、魔獣の小型化は国益には……ん。いや。
なるかも?
「ペシュ、僕がいつも食べてる卵って、冒険者組合から買い付けてるんだよね」
「ええ、仰るとおり。ラリオールクックの卵はB級ソロからC級パーティの金策として人気ですから、供給はなかなかですよ」
「魔獣の小型化研究」のブースで目を輝かせていた生徒が、ギクリと肩を震わせた。
なぜ? てっきり食いついてくれるものだと思ってた。ジッとその生徒たちを見ても、にこやかな表情のままススス……と目線を逸らされた。あれ。なんで!!
「ケイトリヒ様、もう一度申します。ラリオールクックの卵は、B級のソロ冒険者か、C級の冒険者パーティが戦闘を回避しながら得るものです」
「うん?」
「魔獣自体の危険度は、B級です」
「うん、魔導騎士隊はけっこうしょっちゅう狩ってくるよね」
「そ、それは」
「つまり、自然界での個体数も十分いるんでしょ」
「そうですが」
「繁殖力も強いってことだよね」
「……ええ、冒険者組合で調べたところ、卵から生まれて90日ほどで卵を産む成体となるようです。しかし」
「ムームのお乳とお肉はだいぶ安定供給できるようになったし」
目の前の生徒が、戦々恐々としているなどとはつゆほども疑わなかった。
「ケイトリヒ様、ムームは大型ですが温厚な草食魔獣です」
「うん、だからつぎは卵じゃない!?」
「ケイトリヒ様、さすがです!! そのお言葉を待っていました!」
ちょっと遠くで展示品を見ていたレオが拍手した。ルキアも賛成、というように頭の上で拍手だ。そうだろう、そうだろう!!
「ケイトリヒ様。ラリオールクックは、私が股下をくぐれるほど巨大なのですよ」
「え」
パッとペシュティーノの顔を見上げるけど、首を上に向けるだけでは足らない。
ちょっとのけぞって離れないと、ペシュティーノの顔まで見えない。
「蹴爪はケイトリヒ様の胴と同じくらいの太さがあり、凶暴で縄張りを荒らすものは同族でも殺し、食べたりはしませんがヒトも襲う危険な魔獣なのでB級扱いなのですよ」
「ほえ」
魔獣小型化の研究発表ブースの生徒たちが、顔を青ざめさせて小刻みに頷いている。
レオとルキアもちょっと居心地悪そうだ。
「魔導学院で研究するには無理があります」
「あっ。だから、白き鳥商団のでばんじゃない!?」
「それならば文句はありません。白き鳥商団ならば魔導騎士隊が協力しますので、B級魔獣を安全に扱えるでしょう」
「そうだよね! ねえキミたち、ラリオールクックの家禽化にきょうみない!?」
脳震盪おこすんじゃないかという勢いで生徒たちが首を横に降った。えー。
「ぼ、僕は興味あります、ケイトリヒ殿下!」
青ざめている生徒の後ろから、ベレー帽のようなふんわりした帽子をかぶった小柄な少年がずい、と出てきた。かなり小柄だ。俺が圧迫感を感じないほどのサイズ感、初めて!
「ほんと!? へいみんも気軽に鶏卵が食べられるようになったら、うれしいよね!」
「はい! まさかラリオールクックを小型化しようと仰る貴族様がいらっしゃるなんて思いませんでした……あっ、すみません! 僕はアクエウォーテルネ寮の5年生、ネイサン・クンツェと申します!」
慌てて頭を下げてお辞儀すると、帽子がパサリと落ちた。
淡いクリーム色のような髪からピョコンとなにかが飛び出していて……。
「ああっ! ご、ごめんなさい、お、お見苦しいものを……!」
顔を真っ赤にしながら帽子を慌てて拾い上げ、頭にムリヤリ押し付ける。
「え、ネイサン、じゅうじん? 獣人なの!」
「ももも、申し遅れてしまいお詫びいたします!! ただ、殿下のお言葉に感動してつい身を乗り出してしまいました……」
「うん、嬉しい! お耳、かわいいね! ねえネイサン、5年生なら卒業は来年? 研究ではボビットだけど、他の魔獣にも効果あるかな?」
「まだ始めたばかりの研究なので、なんとも……あ、あの、殿下は獣人……大丈夫なの、ですか?」
「えっ、大丈夫って、なにが?」
「あの、あの……」
「おいネイサン、卑屈になるなっていつも言ってるだろ。殿下が気にしてらっしゃらないんだ、お前も堂々としろ。誇り高いラウプフォーゲル人は獣人差別なんてしない」
ネイサンの後ろからそう言ってきたのは、オリンピオ並のゴツい生徒。さすがに身長はふつうだけど、体つきはどこの格闘家ですかというくらいの恵体。
「殿下、失礼しました。私はチャド・ディーツェル。ラウプフォーゲル所属です。ネイサンはグランツオイレの出身ですが、魔導学院でひどい差別に遭いその恐怖心がまだ抜けきっていないのです」
「差別? ……誰がそんな下賤なまねを?」
獣人差別が存在することは聞いていたが、帝国とは無縁だと思っていたのに。
不快を顕にした俺の態度に、巨体の生徒がむしろ微笑んだ。
「中央貴族の連中です。去年、魔導学院から一掃された者どもがほぼ主犯格だったのですが……今でも残った中央貴族の一部が、大人しく小柄なネイサンを攻撃するのです」
チャドは明らかに誰かに聞かせるように高らかな声で憤っていた。
これは、いわゆる直談判なんだろう。周囲のアクエウォーテルネ寮生には、同調するように頷いている者と、不愉快そうに顔を歪める者。後者がおそらくその人物なんだろう。
「それは断じて許せませんね」
「獣人差別というだけでも許せないのに、大人しく小柄な生徒を狙うのも卑劣です」
「人格破綻者だな。そういうやつはどんな組織でも排除されて当然だ。んで、似たような奴らとつるむ。要は、最後は犯罪者集団に流れ着くしかないってわけだ」
ペシュティーノにスタンリー、ジュンも口々に言う。護衛の魔導騎士隊たちも頷いている。
「ネイサン、つらい思いをしたんだね」
「お、王子殿下。そのようなもったいないお言葉……う、でも……う、嬉しいです」
「ジュンの言う通り、獣人差別をした人物は、僕が関わる全ての組織で認めない。つまり魔導騎士隊にも白き鳥商団にも入れない。それを、アクエウォーテルネ寮の生徒全員に知らせてくれるかな、チャド。追って正式な声明として学院に通達するようにしよう」
「……! 殿下! ありがとう存じます!」
「ありがとう存じます!」
チャドだけでなく顔を青ざめさせていた生徒も、俺の言葉を聞いて深々と頭を下げた。
彼らもネイサンの境遇を心配していたのだろう。
「で、殿下、ありがとう存じます……!」
「というわけで、ネイサンはいつ卒業するの? 白き鳥商団に入る気はない? で、ラリオールクックを小型化して無害化して、養鶏を帝国に広めよう!」
ずずいと顔を寄せてその手を俺の小さな手で包むと、ネイサンは顔を赤らめた。
俺は今! 卵に心を寄せている!! みんな安心安全な美味しい卵を食べたいよね!
虫の卵なんかじゃなくてさ……いや、栄養価は高いらしいんだけど、俺はちょっと……。
「は、はい……!! け、ケイトリヒ殿下のお召しに従います!!」
「お、お召しというとなんか意味が……で、卒業は? いつ?」
「あっ! ほ、本当は今年卒業するはずだったんです。主要な教科はすべて修了してますし……ただ、卒業後の就職先が見つからず……」
「ん、白き鳥商団には?」
「ケイトリヒ様、白き鳥商団では現在一般就職者を募っていません」
「あっ、そうなの。でも、ここまでアクエウォーテルネ寮をバックアップしてるのに?」
「その点は確かに……しかし魔獣部門の研究はまだ手掛けておりませんので、もしかするとそもそもの選考にもかかっていない可能性があります」
「そっか……トビアスに言って、アクエウォーテルネ寮の卒業生の就職先として、先生ともう少し連携してほしいっていっとくね」
「ほ、本当ですか!」
ベレー帽がピンッと頭の耳に弾かれて落ちた。ネイサンは慌てて拾い上げるけど、隠さなくていいいのに。
「白き鳥商団は今は商団だけど、研究部門が成長したら新組織を立ち上げてもいいかもね。そのために優秀な人材に投資は惜しまないよ!」
俺の宣言に、アクエウォーテルネ寮の生徒たちは拍手喝采。
うーん、なんだかいいことした気分。
本当はもうあるんだけどね、研究部門の新組織。
ちゃんと組織化&命名されてないだけで、ユヴァフローテツの工房は立派な研究部門だ。
ユヴァフローテツの研究者たちの間でもすでに事業化してる部門とまだされてない部門ではだいぶ格差があるみたい。事業化されず、金の卵のまま眠ってる分野にも目覚めを促さないとね。
アクエウォーテルネ寮での大立ち回りを終え、次はウィンディシュトロム寮。
明日の予定だったけど、蓋を開けてみたら商人の集まりが悪いらしく今がベストタイミングということで行くことになった。
どうやら魔導学院に向かうための街道で、なんらかトラブルがあったっぽい? と、教師たちが話しているのが漏れ聞こえた。おおごとじゃなければいいけど。
心配はひとまず置いといて、見学にはベストタイミング。
こちらでは商業科とよばれるだけに、完全に明暗がハッキリと分かれていた。
「勝ち馬」である白き鳥商団とつなぎをつけられたグループと、そうでないグループだ。
そしてその間にある「これから白き鳥商団に取り入ろうとしている野心的なグループ」は躍起になって俺に近づこうとしてたみたいだけど。
鉄壁の防御の俺に全く近づけなかった。
アクエウォーテルネ寮では俺が直接宣言したけど、白き鳥商団は俺の持ち物というわけでもない。いや、頭目ではあるので社会的には俺の持ち物で間違っていないんだけど、統括はトビアスに頼んでいる。
なので感覚的にはね。お飾り社長……あれっ、前世の踏襲してる!?
ま、まあつまり、研究部門のヘッドハンティングはいいけど、商業部門はハッキリ言っていろいろと人間関係が複雑すぎるので俺がすぐに採用するわけにはいかないんだな。
まあ実際にはネイサンにもトビアスの面接と精霊の身辺調査がはいるんだけどね。
まあともかく商業系は専門外の分野ということにしてあるので、ウィンディシュトロム寮では最初から生徒たちを俺に寄せ付けないようにしているのだ。
でも、彼だけは別だ。
「マテウス! ひさしぶり!」
「け、ケイトリヒ殿下! お声がけいただき光栄に……」
かつて俺が入学したばかりのとき、オリエンテーリングで樹脂素材のプレゼンをしてくれたメガネの生徒、マテウス・ヴルフ。彼は卒業後に白き鳥商団就職が決まっているが、すでに彼の父が白き鳥商団と樹脂素材研究のための素材調達を担ってくれている。
樹脂についてはすでに大型事業化が予測されているので、樹脂のもととなる樹木の栽培も進められている。それにローレライはもうラウプフォーゲル領。
いまやほぼ99%、マテウスは身内だ。
「かたいよ、さびしいな」
「そんな、ご勘弁を。白き鳥商団の頭目に失礼があってはなりませんから」
「そこはラウプフォーゲル次期領主じゃないんだ?」
「あっ! あっ、あっ、そ、そ、それもありました、しし失礼しました!」
焦ると吃りがちになるので商人としてはなかなか第一印象がよくないかもしれないけど、性格は誠実でとても真面目。海千山千の商人たちに放り込まれたらあっという間に食い物にされてしまいそうな気がしてならないので心配。
そういう理由もあって、白き鳥商団の手練れに鍛えてもらいたいと思っております。
「と、統治官のフーゴ様が、前回の親戚会でお会いできなかったことを残念がっていらっしゃいました」
そう。フーゴのこと、親戚会に招待したんだけど折り悪くなにかトラブルがあったようで欠席だったんだよね。樹脂素材の件と、ラウプフォーゲル領になったことでつながりは増えてよく連絡をとってるんだけど、対面したのは叙勲式以降、ない。
「トリューがあれば移動も楽ですから、また古都ラインをしっかり観光したいです」
「ええ、是非お越しください! フーゴ様もきっとお喜びになります。ケイトリヒ様はローレライにとって希望の星であるだけでなく、英雄でもあるのですから!」
俺と親密に話すマテウスは、去年のオリエンテーションでは……なんというか、言い方は悪いがちょっとナメられてるみたいだった。が、今は全くの逆。
純粋にすごいと思っているかどうかはともかく、ウィンディシュトロム寮では誰よりも俺に近い人物だ。あ、お茶会に招いたヴィンを除いて。
それからウィンディシュトロム寮の新規事業の発表&提案会は、マテウスの案内によって進んだ。
午後はクラレンツ兄上の武術大会だ!
【おしらせ】
本作は終章_138話をもって第一部を終了し、139話より第二部に入ります。
その間、プライベートが立て込むため連載をお休みさせていただこうとおもいます。
私事都合で申し訳ありません! 連載再開後もぜひお越しください!
第二部の連載開始は2025年1月3日(金)からを予定しております。
これまでと同じく火曜日、金曜日の0時から、週2回の更新を継続します。
第二部もよろしくお願い申し上げます!