9章_0135話_ 女学院卒業式 3
「ああ、すっごく踊ったわー。楽しかった!」
「15曲も連続で踊るなんて、9歳の親戚会以来ね」
ニッコニコのフランツィスカに、同じく満足そうなマリアンネ。
2人が俺のいる休憩スペースにやってきたのは、ファーストダンスから1時間後だった。
タフすぎん?
まあハチャメチャに激しいダンスだったのは最初のクイックステップみたいなダンスだけで、あとは雑談を兼ねたゆったりダンスだったとはいえ。
マリアンネとフランツィスカに限っては、申し込んできた相手を試すようなダンスを好むようだ。2人と踊った後の男性は兄上たち以外、ヘトヘトになっていた。
何が違うのかよくわからないが、どうやらダンスにおいては2人が女王だ。
身体が大きくなっても、逆らわないようにしよう。
これ決意。
いつの間にかジュンの警戒モードも解けてたようだし、ガノとパトリックはダンスを純粋に楽しんでるようにも見える。まあ、この2人は営業色が強いので本当に楽しいかどうかはわからん。
スタンリーは飽きたのか途中で戻ってきて、ジュンとバトンタッチ。
オリンピオの懸念がそのまま体現されたように、ジュンはすっごいつまんなそーに上手に踊ってる。年下は妹にしか見えないので全く女性として見れないそうだ。
それにしても、多少は取り繕いましょうか? 相手に失礼ですよ?
気持ちはわかるけどね。俺は前世では一人っ子で妹もいなかったけど年上好きでしたよ。
あ、どうでもいい情報でございました。
「ま、この果実水は不思議な味だわ。美味しい。これはレオ殿のレシピかしら」
「そうね、なんだかすごく喉が潤うわ。汗をかいた後ならさらに美味しくいただけそう」
ユヴァフローテツの名産となっているオーロラガラスのピッチャーに、贅沢な氷とともになみなみと入っているのはレオ特製のスポーツドリンクもどき。
砂糖と塩と……あとなんか果汁が入ってるらしい。詳しくは知らない。
「おっしゃるとおり、レオのレシピです。身体からうしなわれた潤いをすぐに満たす効果のある飲み物だそうですよ。お風呂にはいったあとに飲むと、ほてりがきえます!」
俺のお気に入りの飲み方だ。
というかおふたり、1時間ぶっ通しでダンスしてたのに今は汗かいてないの?
それもすごい。
「ケイトリヒ様もご入浴がお好きだと聞いて嬉しいですわ」
「魔導学院の分寮には、立派な浴室があると伺いましたわ。去年の学院祭で一泊しましたけれど、あれは客間だったでしょう? こんどわたくしたち2人をケイトリヒ様のお部屋にご招待いただけないかしら?」
いたずらっぽくフランツィスカがそう言うけど、ファッシュ分寮は一応……男子寮ってことになると思う。そんな軽い気持ちでご招待していいの?とペシュティーノの方をチラリと見ると、高速で小刻みに首を横に振っていた。絶対ダメらしい。伝わったよ。
「……けっこんしたら、居城にもっとりっぱな浴室をつくります。分寮はダメです。おふたりは、どんな浴室がおこのみですか? 暗いなかで目から休める洞窟風呂もいいですねえ。もちろん、太陽の下で日光浴しながら入る露天風呂も……あー、お風呂はいりたい」
「洞窟風呂……」
「露天風呂……? そんなものがございますの?」
「あっ、レオとルキアから聞いたんです。かれらがいた異世界では、お風呂は娯楽のひとつだったそうですよ。もっと細分化すると、打たせ湯とか寝湯とかジャグジーとか……」
2人があまりに興味津々なので詳しく説明すると、なにやら目が真剣だ。
「……なるほど、ケイトリヒ様の事業はこういった視点から……」
「わたくしたちも伴侶となる以上、ただ甘んじてケイトリヒ様の事業の恩恵を受けるだけではいられませんわね……」
ふたりとも真面目でした。真面目というか、野心的。
たしかに温泉事業は施設を整えたり制度を定めたりと初期投資は大きいものの、間口が広く老若男女誰でも楽しめる娯楽になりうる。
温暖なラウプフォーゲルでは身体を温める湯治の方向ではなく、娯楽のほうに振った施設がウケるかもしれない。
そんな、異世界の「温泉娯楽施設」をこちらの世界風に落とし込んだ案をぺらぺらと話しているとマリアンネもフランツィスカも目がギラギラしはじめた。こわい。
「これは、側近たちが苦労するのもよくわかりますわ」
「ええ、ラウプフォーゲル公爵閣下が是非にとわたくしたちを婚約者に望まれた理由も」
ふたりともちょっと呆れ顔だ。
あれえ。僕なんかやっちゃいました?
フランツィスカはなぜかガノに視線を向ける。ガノはわかってるとでも言うように、小さく頷いた。なにそのアイコンタクト。
「ケイトリヒ様、私から提案です。婚約者であるおふたりに、『ベイビ・フィー』の事業を一部委ねてはいか」
「いいね!! そうしよう!!」
被せぎみに言っちゃうよね!!
なにせ化粧品の事業はできそうだからやっちゃったけどマジ手に余るんだな!
いまのところ俺の化粧品ブランド「ベイビ・フィー」は基礎化粧品と呼ばれる部類のみで効果も保湿オンリー。売りはオーロラガラスの容器でもある。
一部はオーロラガラスを手に入れるために同じものをいくつか買うなんていうお客もいるそうで。うん、化粧品関係ない。
「ケイトリヒ様、勢いで決めてはダメですわよ。ちゃんとお考えになって? ガノから聞いたところによると、収益は砂糖組合と同程度だというではありませんか」
「マリアンネ、それもケイトリヒ様からすれば僅かなものよ。トリューとトリュー魔石の事業と比べれば砂糖や化粧品など、10分の1……いえ、もっとかしら」
80分の1です。言えないけど。
「しゅうえきの大小ではないんです。僕が、この事業に興味をもてなくて。僕は使わないし、婚約者も化粧品なんていらないくらいキレイでしょ? ひつようせいを感じなくて」
マリアンネとフランツィスカは一瞬目をパチクリさせたが、顔を見合わせて照れた。
おっ、なんだなんだ、意外とチョロいじゃないか。
しかし今までテキトーに13、4歳くらいのイメージだったけど、ちゃんと考えるとふたりともまだ12歳。しかも貴族令嬢だから食生活も運動もバッチリの健康優良女子。
青春の証なんて言われるニキビともまだ無縁だし、肌トラブルはもっと無縁。
むしろ前世の俺だったら、こんな年頃から化粧品は使うべきじゃないなんてオジサンっぽいことを言っちゃいそうな2人だ。まあ、見た目は15、6歳に見えるけどさ。それでも必要ないよね。
「この何気ない素直な言葉が、不覚にも……はあ、年上の殿方が相手ならいくらでもいなせるのに、ケイトリヒ様にはなんだかダメね」
「それでいいのよ、マリアンネ。たまにこうやってときめかせてくれないと、婚約した意味がないですもの!」
フランツィスカがつんつんと俺のほっぺをつつく。
まあたしかに、今の俺のときめきポイントは言葉と財力くらいしかない。
男らしさなんて皆無だし。
あと10年……いや、予想だがクラレンツや父上のようなガチムチ系ではない可能性が高い。実父のクリストフはどちらかというと優男だったみたいだし。アロイジウスやエーヴィッツのようなスリム系だと思われるので、15年かな。それくらいすれば、男性ホルモン的なものも出る……はず!
「ガノ。提案どおり正式に、『ベイビ・フィー』をおふたりに経営権を移譲します。おふたりとも、経営の細かいことについてごそうだんは白き鳥商団へ」
そう言い切ると、両サイドからぶちゅーとキッスを喰らった。
今日も今日とてモテがとまらんなあ!
俺としては、俺が持ってる限り将来性の見えない事業を手放せてハッピー!
社交界の次世代の華と呼ばれる2人なら、いい感じに発展させてくれるだろう。
俺よりは。
「じゃあケイトリヒ様。化粧品事業部の責任者であるわたくしたちから最初の相談ですけれど……『小鳥のおめかし部屋』の商業化対応はいつごろ完了するかしら」
ニッコリとマリアンネから手厳しいことを聞かれて、俺、硬直。
そ……
そうだよネー! 化粧品事業を大々的に立ち上げるとなったら、サロンを開くことが手っ取り早いよねぇぇ! そしてそのサロンはすでにだいたい形になってたねー!
サッとガノに視線を向けると、右手で「V」を作っていた。2年? 2ヶ月? 2週間……はさすがにないよね。
「えっと、にかげつくらい……?」
「ケイトリヒ様、以前おふたかたがお越しのときより、すでに白き鳥商団があらかたサロンの運営方法や拡張を進めておりますので、オープンだけでしたら2週間ほどで可能にございます。ただ……」
「「ただ?」」
マリアンネとフランツィスカの声がピッタリ揃う。仲良しだねー。
「商品開発にはもっとお時間が必要かと。既存の『ベイビ・フィー』の商品を売るだけならば、正直白き鳥商団でも事足ります。おふたかたが本格的に関与するとなれば、これからの方向性を知らしめるような衝撃的な新商品が必要でしょう」
「し、商品開発……? わたくしたちに、できるかしら」
「やらなければなりませんわ、マリアンネ。すでに売れている『ベイビ・フィー』の勝ち馬にただ乗るだけでは、ラウプフォーゲル女の名が廃りますもの。わたくしたちはケイトリヒ様から譲っていただいた勝ち馬を、竜へと育て上げるのよ!」
えっ……フランツィスカ、かっこいい……惚れる……! いやもう惚れてた……!
さすが商業的パートナー!! マリアンネはね、フランツィスカが暴走したら止める係でいいと思うよ!
「マリアンネ嬢もご安心ください。商品開発にはすでに知見のある開発組織が発足しております。ユヴァフローテツの薬師と生産工場は鳥の巣街に移動させておりますので、お望みであれば白き鳥商団がご案内いたします」
ガノが……輝いてる。これはお金儲けを嗅ぎつけた目!!
完全にフランツィスカをロックオンしてる。
しかしフランツィスカもまた同じ目つきでガノをロックオン!!
ふたりとも頼もしい! ちょっと怖いけど。
そこからは2人に事業内容を引き継ぐみたいな話になったので、ガノと3人で話してもらうことにした。
俺は妙にテカテカしてる兄上たちに、手応えを聞きに行こう。
「あにうえたち、どうでした?」
「おう……女子からダンスの申込みが多くて少し疲れちまったがよ……なんとか5人まで候補を絞ったぜ……フッ……」
なんかクラレンツのキャラが変わってる。
まあ、今はそっとしておこう。
「僕は3人と手紙のやり取りをすることになったよ。アロイジウス兄上が勧めてくれたエディンタ令嬢は卒業生ではないので諦めていたが、運良く繋ぎをつけてもらえそうだ」
「そ、それは大丈夫なんですかエーヴィッツあにうえ」
「もちろんそこは抜かり無い。仲介してもらう女子は、どうやら僕の側近が目当てのようでね。ちゃんとした協力関係さ」
Oh……俺の全く関係ないところで男女関係が複雑に交錯している……。
「スタンリーは?」
俺の後ろで控えていたスタンリーに、エーヴィッツが声を掛ける。
少し考えるような仕草をして、「私の相手はここにはいないようです」と答える。
「なんだよスタンリー、本気で恋する相手でも探してるのか? 意外とロマンチストなんだな?」
「そうかもしれませんね」
「いやこのかんじ絶対違う」
兄上たちとスタンリーが友達のように談笑するのを、周囲の令嬢たちが興味津々にみつめてきているのがわかる。……スタンリー、なにしたの?
やがてパトリックとジュンも戻ってきた。
テカテカしてた兄上たちとは対象的に、涼しい顔だ。
「ジュン、パトリック。なにか収穫……っていっていいのかわかんないけど、得られるものはあった?」
「あ〜……まあ、たまにはダンスで身体をほぐすのも悪くねえかなって思った。おわり」
ジュンはそっけない。この会そのものに興味ないのはわかってたからいいけど。
「いやあ、ラウプフォーゲル女性は健脚ですね! 複雑なステップは踊れない方のほうが多かったですが、体力も柔軟性も素晴らしい。しっかりフリを覚えればあっという間に社交界のダンス女王になれる可能性を秘めた方々ばかりでした!」
「コイツ、何人かから『先生』って呼ばれてたぜ」
パトリックもまあ、通常運行だね……。女性を見る目線が完全にダンス指導者。
というか……。
俺の側近、恋愛不適合者が多すぎない?
いやスタンリーにはロマンチスト疑惑?
うーん、エーヴィッツの言う通り、多分違うと思うんだよな。
「マリアンネ……せっかくの晴れ舞台だというのに、パパの元にはちっとも来ずに婚約者のもとへ行ったきりとは……く、娘離れするには少し早すぎるのではないかと思うのだがフランツ卿、どう思う」
「いやあ、ウチのフランツィスカはもうとっととケイトリヒ様と暮らしてほしいくらいですよ。なにせ剣の稽古で騎士たちを叩きのめしますからねー」
保護者きた!
「ラングハイム侯爵フェルディナント様、ハイアーミッテン侯爵フランツ様、改めてごあいさつもうしあげます」
「他人行儀だな……ケイトリヒはもう私の娘と婚約してるんだ、パパと呼んでくれてもいいんだよ?」
「え、それはちょっと」
「ブフッ! フェルディナント様、引かれてますよ! 見てくださいこの顔ブフォ!」
……フランツ様は笑いすぎじゃね?
ふたりともゆったりとソファに腰掛けて、早速スイーツを頬張る。
「ところで何故ケイトリヒではなく側近の者がウチの娘と話し込んでいるのかな」
「うむ、何を話してるのか気になって来たんだよ」
「僕のてがけている化粧品の事業をおふたりに譲ろうとおもって。そのせつめいです」
レオ特製のスポーツドリンクを口に含んだフェルディナント卿が「フグッ」と小さなうめき声を上げて目を白黒させ、ものすごく長い間を空けて「なるほど」と渋い声で呟いた。
フランツ卿はそれを見守ったあと、呆れたようだ。
「ケイトリヒ、化粧品事業の収益規模は砂糖組合と同程度だと聞いている。そんなものを婚約者だからといってホイホイ譲るのはよくないよ、あの子たちには荷が重いだろう」
「そんなことないですよ、僕が持ってたくらいのものなんですから、きっとお二人にもできます。ゆうしゅうな補佐役も手厚くよういしてますので」
「白き鳥商団か」
将来的に俺の義理の父になるフェルディナント卿は難しい顔をして腕組みする。
何か気に入らないのかな。
「なにか、けねんでもあるのですか」
「いやね……我々は、白き鳥商団の者たちと直接会ってないだろう? 情報源はヘルフリート様が頼りだが、あの方はさすがラウプフォーゲルの財務大臣と呼ばれただけあって、めっぽう口が堅い」
ああ、なるほど。確かに、白き鳥商団には旧ラウプフォーゲルで名のしれた人物は数えるほどしかおらず、あとのほとんどが無名か他領の者だ。
ありていに言えば、白き鳥商団という存在を信用できないんだろう。
「あれ、でもカサンドラは元グランツオイレの商会の所属でしたよね」
「それも心配の種のひとつだ。ヴィレド商会のカサンドラと聞けば、強引で悪辣な手腕で有名だった人物というのは、知らなかったかな。グランツオイレの者は総じて良い印象のない人物だよ」
「あ……それは」
それは、ヴィレド商会の跡取りを競っていた頭目の息子にハメられたんですよ。
と、言いたいところだが情報源が精霊だし、ちょっと波紋を呼ぶ発言になりそうなので口ごもる。
「その様子だと、評判は知っていたようだね」
フェルディナント卿が目を見張る。
「……ふむ、だが口ごもるということは、ここで明言できないが信用する理由があると」
フランツ卿がニヤけた顔で覗き込むように俺を見る。
むむう、やはり領主クラスの大人を相手にするのは、令嬢たちとわけが違う。
ぼやぼやと受け答えしていたらペロッと情報を出しちゃいそうだ。いくら義父になるとはいえ情報は交渉のカードになり得るので、簡単に出してはならないと父上から口酸っぱくいわれておりますからね。
……といってもこのおふたりには、すでにいろいろバレてるよな。
「まあ大体わかりました」
「ふむ。隠さなければと思うと顔に出てしまう性質ですね。実にファッシュだ。お父上とは外見は似ていませんが、気質は似てしまったようですなー」
領主様は、てごわい!
「白き鳥商団の件はおおむねわかりました。それよりもケイトリヒ、魔導学院を卒業したら冒険者経験を積むと公爵閣下がぼやいていたが、本気かね」
フェルディナント卿がそう言いながら小さなプリンを口に入れて、数秒フリーズした。
多分あじわってる。何かの味を探してる。それは美味しいの、気に入らなかったの、どっちの顔? 質問よりもそっちのほうが気になる!
「はい、2〜3ねんほど冒険者やってきます」
「……」
「そうか〜……」
義父がふたりとも黙ってしまった。なんだろ。
「お父様、ケイトリヒ様と何のお話をしてらっしゃるの?」
「伯父様! もしかしてもう聞いてくれた?」
義父ふたりが頭を抱えてしまった。
先ほど出た話題と、マリアンネとフランツィスカの反応。もしかして。
「ケイトリヒ様、魔導学院を卒業されたら冒険者になってドラッケリュッヘン大陸を巡るのではないかと聞いているのですけれど」
「噂ではあるけど、本当なのか確かめたいの」
「え、そこまでごぞんじなんですか。ドラッケリュッヘン大陸に行くかどうかは父上が決めることなのでわかりませんけど、冒険者にはなりますよ」
そこで婚約者2人が各々の父に期待の眼差しを向ける。キラッキラやないか。
もしかして、もしかして?
「あ〜……ケイトリヒ、卒業はいつ頃になる予定だね?」
「たぶん、来年には……」
「ええ〜!?」
「早すぎますわ! せめて2年お待ち下さいな!」
やっぱり。このご令嬢がた、ついてくるつもりでわ!?
「ふ……フェルディナントさま、フランツ様」
「察したようだが、その通りだ。ケイトリヒが行くのならば自分たちもついていくといって聞かぬ。どう諌める?」
「私は構いませんけどね〜」
「いさめる前提なんですね」
「父上だって結婚してからも冒険者活動をしていましたし、お兄様がたも5年は帰ってこなかったではありませんか! どうしてわたくしだけそんなに渋るのか理解できません」
「危険なのはケイトリヒ様とて同じでしょう? でも魔導騎士隊と側近を連れて行くと聞いていますわ。わたくしたちも同じくらい備えれば問題ないのではありませんこと、フェルディナント様?」
ああ、すっごいフェルディナント様がしおしおしていく。
マリアンネのことが心配なんだね。正直俺も心配だよ。
「ど……どう、おもう。ペシュ」
「はっ……? わ、私に聞くのですか」
「ペシュは僕の世話役でしょ。僕、まだせけんしらずですからー」
「いえ、この手の話には御力にならず……」
「じゃあガノ」
「私はお嬢様がたに賛成いたしますよ。成長して立場も固まってしまえば、このような話は実現不可能です。今後とも人生をともに歩む伴侶なのです、1年でも貴重な体験を共有すればきっとより深い絆で結ばれることでしょう」
正直、安全面はあまり心配してない。
魔導騎士隊をはじめ、側近や精霊、ゲーレも含めると俺の周囲100メートルの防衛力は皇帝居城よりも堅いと思う。
ただ冒険者をやる以上、俺は結構本気でサバイバルするつもりでいる。
万一、「お風呂はいりた〜い」とか「虫やだ〜」とか「毎日美味しいものが食べた〜い」とか「服が汚れちゃうからやだ〜」とか言われたら……あれ? これ全部俺じゃない?
「……マリアンネ嬢、フランツィスカ嬢。虫はへいきですか」
「むし? 魔蟲のことかしら。平気、とは戦っても平気かという意味ですか、それとも食べられるかという?」
「あ、ケイトリヒ様は虫が苦手なのよね。わたくしたち、剣術の実戦授業で灰闇の谷に参りますのよ。わたくしたちの班はそこでゴッテスアンベリテンを2匹狩りましたわ!」
フランツィスカがめっちゃドヤってくる!
「ゴッテスアンベリテンって、たしか平原にいる……」
「ケイトリヒ様、灰闇の谷のゴッテスアンベリテンは平原のものとは種が違っていて、だいたい平均で70シャルクはあります」
ガノがサラリと言う。ななじゅう……え、20メートル以上!? の、カマキリを!!
フランツィスカが!! 狩った! 倒した、ではなく、狩った!!
「しゅ、しゅご……それ、なにかに使えるんですか」
「そうねえ、脚の肉はまあまあ食べられますわ。クセも味もあまりないですけれど。腱や外殻は冒険者組合に売ると5人家族がひと月は暮らせるお金になるそうですわよ。解体は処理を習いながらでしたけど、魔蟲はニオイもしませんし、楽なほうですわ」
「いちばん耐え難かったのは……熊ですわね」
「あれは本当にダメ。思い出すだけで鼻の奥に嫌なものが……聞けば、灰闇の谷の熊は特別にひどいのだそうですわ」
え……ふたりとも、俺よりずっとサバイバル経験豊富すぎませんか?
こんな、フォークとナイフより重いもの持ったことありませんみたいな貴族令嬢ぶっておいて、実は戦闘民族!? そっか、ラウプフォーゲル人は戦闘民族だったわ。
そして何よりも、ラウプフォーゲル人は女性がやりたいといったら男はそれを止める方法を持たない。今のフェルディナント様のように、力なく反対して見せるくらいしかできないようだ。つらい。娘を持つ父、つらい。
まあ冒険者になりたいなんて言い出す貴族令嬢は、どうやら稀なようだけどね。
俺はといえばグロースレーの解体に立ち会ったことはあるが見学だし、野営訓練では馬車でグースカ寝てたし、なんか同じ班の女子生徒がつくった美味しいスープ食べた記憶しかない。その女子生徒がペシュティーノのことを気に入ってたことだけはすごい覚えてる。
そのあと遺跡で迷子になったからなー。
あっ、そういえば迷子のときにヘビヨさんが血まみれの何かを……ウッ。
やばい、令嬢ふたりより確実に俺のほうがよわよわだ。
「フェルディナント様、どうしましょう。僕には彼女たちをいさめられるほどの題材がないです。むしろ僕のほうが、解体もしたことないし自分で魔物を狩ったことも……」
そこまで言った瞬間、側近たちに妙な目配せが走った。
わかってるよ?
魔獣も魔蟲も、倒すだけなら経験がある。ただ、原型が残らなかっただけで。それは狩りじゃなくて……なんだろう、討伐? いや、冒険者組合の規定でいえば討伐証明も残らないほどだったから、消滅? ……とにかく粉々になら、したことある。
「ではわたくしたちがケイトリヒ様をお守りしますわ!」
「マリアンネは剣と盾、わたくしは槍を弓を扱います。ケイトリヒ様は魔術と魔法でわたくしたちを援護してくだされば、立派な冒険者パーティができますわね!」
「え! マリアンネ嬢が、剣と盾!?」
フランツィスカの槍と弓は、まだなんか理解できるんだけど。剣と盾といえば、俺の側近で言えばオリンピオだ。
「ええ。わたくし、ラングハイム家の血統で強化系魔法が得意ですの」
「わたくしも強化系ですわ。少しマリアンネとは系統が違って、瞬発系なのですけれど」
魔力を使っての強化系と一口に言っても、さらに細かく分類されるらしい。
マリアンネはオリンピオと同じ。筋力だけでなく体表の全てを鋼のように堅くするして、攻撃を弾く防御型。堅牢な守りと一撃必殺の重い重撃が売りだが、俊敏性は強化していないときよりもひどく劣る。
そして、防御型の強化系は攻撃型に比べて数が少なくレアなんだそうだ。
そしてジュンとマリアンネに見られる俊敏型。こちらは動き回る筋力とスタミナを魔力で補強するタイプ。筋力だけでなく、俊敏性に合わせた動体視力や動き回る中でも確実に変化を読み取る聴力なども強化される。このタイプはさらに得意分野に合わせて斥候型と攻撃型に分かれ、ジュンはどちらも得意。フランツィスカは攻撃型だそうだ。
ガノとパトリックも俊敏型で、ガノは斥候より、パトリックは攻撃よりなんだって。
なるほどなー。
「僕とスタンリーとペシュティーノは魔導型かなあ」
「……そう、ですね。そういう理解で構いません」
「ケイトリヒ様は魔導型というより魔術使いですね、使うものが魔導に限りませんから。それよりも今、令嬢がたからお話を聞いて、ケイトリヒ様の野外授業が著しく遅れていることが判明しました。来年の3年生では、卒業よりもそちらを優先しましょう」
「ええ〜!」
「そうしていただきたいですわ! わたくしたち来年から3年制の帝都の女学校に入学して、なるべく早期に卒業するつもりですけれど、さすがに1年では無理だと思うの」
「うーん、もしケイトリヒ様が先に冒険者修行に出てしまっても、わたくしたちが後から追いかければよいのではなくて?」
「あっ、そうですわねフランツィスカ! それでも構いませんわ」
「そうとなれば、決まりですわね!」
「ああ……ここで、こんなに早く決まってしまうのかいマリアンネ……!」
「フェルディナント様、娘たちを無理に止めるのは諦めましょう。むしろドラッケリュッヘンの情報を得られるいい機会です。もし殿下がかの大陸を併合すれば、その後には私たちに商機が向きます! そのためにも白き鳥商団とは関係を密に……」
フランツ卿……やっぱ抜かり無い。考え方がガノ。
なんか後半の雑談が濃すぎてダンスの熱がすっかり冷めちゃったや。
でもまあ、婚約者を連れた初めての夜会……社交界の前哨戦は、楽しかった。
自分が踊らなくていいなら、気楽でいいね!