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9章_0133話_女学院卒業式 1

修了試験の時期が終わると、もう学院祭。


俺は無事、10教科の修了試験を終えた。

1年生の頃の24教科修了に比べるとだいぶペースが落ちているようにも見えるが、1年の頃は基礎学科も含まれての数。2学年は高等教科が含まれた数なので、単純に比較はできないが総合しても異例の速さだと院長先生から言われた。

チートできる学科がけっこう含まれてますからねー。魔法陣とか、言語とか。

2学年ではそういうのがなく、ふつうに純粋に、この世界の常識や学問についてたくさん学べた気がする! 社交も含めて。つまり今年が俺の真のポテンシャルというわけだ!


ま、どんなにたくさんの難しい教科を修了したとしても、インペリウム特別寮なので最優秀生徒には選ばれませんけどね。へっ。


気にしないようにしようと思ってたけど、モチベーションとしてはちょっと残念なのだ。



さて、兄上たちのダンス練習も万全。

いよいよ女学院の卒業式は3日後……というところで、魔導学院の学院祭です。まだ準備期間だけど、生徒たちは浮足だっている。

学校の文化祭ってのは学生時代の楽しい思い出の一つになるんだろうけど、インペリウム特別寮はやっぱり蚊帳の外。ビミョーな疎外感。他校の文化祭を見に行く気分。

つまんない、ってわけじゃないんだけど……いや、去年完全につまんないって言い切ってたわ。


しかし! 今年は! なんと!


「ぶっ、ぶじゅつたいかい!」

「どうやら魔導と武術、ふたつの部に分かれているらしい。まあ、インペリウム特別寮生の参加は禁止されているから我々には関係ない話だけども」


ここでもまた特別扱いですか! 

むしろ身分を無視できることそのものが、学生だからできることなのでは!?


「またきんし!?」

「仕方ないだろう。もし僕たちがケガなんてしたら、相手によっては内乱や戦争だよ。クラレンツが戦術学を習うときにそう言ったのはケイトリヒだろう?」


「だって試合だし……そ、そこまでな父上ではないとおもいますけど……」

「生徒にはアイスラー公国やリーラクエーレ領の所属もいる。身分は関係ないとはいえ、やはり領主の子と試合とはいえ戦うのは生徒自身が緊張するだろう。それに」


アロイジウス兄上は俺と話しながら、食堂の大きなテーブルの隣に座るクラレンツをチラリと見た。


「予想していたことだが、戦術学の授業で一般の生徒と同じように授業を受けるのは……だからこその特別寮なのだろう」


お話している口が思いがけないところで言い淀み、ふっと何かが思考によぎったように目を伏せたアロイジウスに、俺はピンときた。


「そういえばクラレンツあにうえは精霊教助祭のファリエル卿と授業がかぶることがおおいんじゃなかったでしたっけ」


アロイジウスは少し眉根を寄せた。

思考を読まれて不快だったのかもしれない。そういうの隠さないとだめだぞ、貴族は。


「……ケイトリヒの情報網には参るな。改めて少し、相談したいことがあるんだが」


言葉を選ぶように思案していたアロイジウス兄上が、クラレンツと顔を見合わせる。

実を言うと、アウロラにうっすら聞いていたんだ。

クラレンツあにうえがアロイジウスあにうえに相談していることも知ってた。


「どうも、ファリエル卿の目的はラウプフォーゲルとのつながりのようなんだ。私もクラレンツも被っている授業では執拗につきまとわれて……少々、迷惑している」

「しょうしょうですか」

「いや、かなり迷惑してる。ほんと、なんなんだアイツ」


オースティン・アディントンことファリエル卿の目的はおそらく俺。

だが圧迫謁見とダニエルの牽制のおかげで、どうやら俺への直接の接触は避けているようだ。まあ、俺の場合は護衛がね。しょうしょうね。圧が際立ってアレですから。

おかげで授業が被りやすいクラレンツと、1教科だけ被っているアロイジウスに付きまとっているらしい。アロイジウスはうまくかわしているそうだが、クラレンツは初めての経験で、どう対応していいかわからなかったようだ。

ビミョーに一方的な友人関係をムリヤリ築かされた雰囲気になっているという話。


「礼儀作法を学んだようで、本当に微妙な線を攻めてくるんだよね。礼儀に則っているから邪険にするのも難しいところを突いてくる」

「やっかいですね」

「戦術学の実践授業では護衛も離れるからな……あいつ自身もインペリウム特別寮だし、二人組を組むときはどうしても一緒にされちまう」


「ラウプフォーゲルの生徒はいないの? 騎士隊志望の生徒がいれば、将来の護衛になるかもしれないし、協力してもらえばいいんじゃないかな」


俺が言うと、クラレンツは「なるほど!」と顔を明るくさせたが、アロイジウスは相変わらず難しい顔。


「クラレンツと別の授業でもラウプフォーゲルの騎士志望の生徒が魔導学院の、しかも初歩的な戦術学にいると思えないな。魔導を習いに入学した生徒はいるだろうが、そういう生徒は戦術系の授業をラウプフォーゲルの騎士学校で受けるはずだ。魔導学院よりずっと厳しくて洗練されていて実用的だからね」

「た、たしかに……」


「ビューロー……じゃなかった、ベッカーに相談してみましょう。今年はまあ、もう終わりだから良しとして。来年も同じじゃ、さすがに困っちゃうもんね」


「ケイトリヒに相談したのは今年のことなんだ。クラレンツ」

「あ、ああ……実は、戦術学の修了試験は、武術大会ですることになってだな」


「えっ! まさか、あにうえ。しゅつじょうするの!」


「仕方なく、な。それで、5人組で戦うんだが。インペリウム特別寮生は、必然的に組まされる。その、ファリエルと同じ組にさせられるんだが、他に特別寮生がいないから、助っ人を呼んでいいことになった」


「あっ!! まさか、僕!? 出る! 出る出る!」


「いや、護衛を借りられないかという話だ」


「ズコー!」


マジでずっこけた。椅子から落ちるかと思った。

そこは俺でしょ!! この流れ俺だったでしょ!!


「ケイトリヒを出場させるわけないだろ」

「ケガもさせられないし、生徒から死人を出すわけにはいかないよ」


「それ改善しましたから!」


「改善しても威力は宮廷魔導士以上と聞いたが?」

「ケイトリヒ……出たいのか?」


クラレンツが神妙な顔で聞いてくる。そう冷静に言われると、なんとなくお祭り騒ぎに乗っかりたかっただけの気分がしぼんでいく。たしかに、生徒を相手に魔導を使うのは……ちょっと怖いかもしれない。


「出たいとおもったけど、れいせいにかんがえたらイヤかも」

「……冷静で安心したよ」

「この学院で一番出場させちゃいけない生徒だと思うぞ、ケイトリヒは」


たしかにね。おっしゃるとおりかもね。


「まあそこでだな。助っ人として、こう……強くなくていいんだ、ファリエルのつきまといをうまく抑えてくれるような護衛を借りたいんだ。普段の授業ならともかく、武術大会となると接触時間が増えるだろ? 面倒なだけじゃなく、何か悪意に丸め込まれるかもしれない。俺としてはそれが心配なんだ」


クラレンツ、慎重で賢い。

自分が丸め込まれるかもしれないことを自分で理解し、きちんと助力を求められるなんて素晴らしい! 兄上たちは大人びているとはいえまだ若者。いや、俺の感覚からしたら子どもの年齢だ。でかいけど。

子どもは、物を知らないので未熟ではあるがそれは年齢のせいなので愚かとは言わない。

本当の愚か者は年齢にかかわらず自分の未熟さや無知を自覚できない、あるいは意図して自覚しない者のことをいう。と、俺は思う。


いやあ、いたんだよね、前世の、会社に。ムダにプライドだけ高い、そしてやたら威張った駄々っ子みたいなおじさんが……。まあそれはいい。


助っ人、助っ人ねえ。

ジュンとオリンピオは威圧する係なので、ただ黙らせるだけになるだろうな。ファリエルだけじゃなく周囲も威圧しそう。

修了試験を兼ねてるから、あまり緊張させても可哀想だし。

ガノはそういうのやる気になれば得意そうだけど、なんていうか……お金や損得が絡まないと突然に非情なところがあるからな〜。ファリエルのこと言葉でボコボコにしそう。

いいかんじに外交のラインも守りつつ上手くクラレンツを逃がしてくれそうなのは。


「パトリックがてきにんかな」


「え……私はてっきりガノかと思ったが」

「俺も」


「ガノはちょっと手持ちのお仕事がおおいので、貸すのがむずかしいの。パトリックならいいかんじに絡みづらくていい防壁になるとおもう」


白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の連絡係を兼ねてるので、ガノはいつも忙しそうにしている。お金が絡んでることなので異様に生き生きしてるけど。


「絡みづらい……?」

「まあ、ケイトリヒがそう言うならそうなんだろ。お願いできるか?」


「うん、わかった。ところでクラレンツあにうえ、ジリアンあにうえも。今年はちゃんと9月(ヴァッサー)には2学年修了できるんだよね?」


「ああ、戦術学の修了試験が最後だ。学院祭が終われば帰れる。ジリアンはたしかもう先週に全部修了したんじゃないっけ?」


クラレンツの言葉に、ちょうどスプーン山盛りのババロアを口に入れたジリアンが頷く。


「すばらしい! さすが僕のあにうえたち!」


俺が大げさに褒めると、クラレンツもジリアンもまんざらでもなさげ。

アロイジウスもエーヴィッツも予定通り早期修了できるとのことだし、ルキアも同様。

ミナトとリュウは中途編入だが、さすが前世の小学校教育のおかげで魔導学院1年生の必修科目はすべて修了した。

ミナトもリュウも、編入したての頃まったく文字が読めなかったけど、今ではふつうに読める。文字の勉強がんばったねえ!

今では分寮の談話室で2人で国語辞典てきな本を手に楽しみながら、書き取りの問題を出し合っているところをよく見かける。

それを見守るルキアの目線がなんかお父さんっぽい、って思ったのは内緒だ。


ともあれ修了試験を兼ねた学院祭よりも、まずは女学院の卒業式が先だ。


正直、俺は踊るわけでもないので気楽なもんだ。

兄上たち、よろしくたのむよ!



女学院卒業式前日。


衣装合わせのために、ラウプフォーゲル城に前乗り到着。

エーヴィッツの修了試験を待っての出発だったので、着いたのは夕食会の直前。


夕食会の席ではアデーレが涙ぐむほど俺に感謝してきた。

「私も孫を拝めるかもしれない」なんて言ってクラレンツが照れながら嫌そうにしてたけど、アデーレ夫人、まだ30代だよね? 前世と結婚観が違いすぎて混乱したよ。

エーヴィッツもクラレンツも父上から激励されて照れ、執事長のクラッセンから成功を祈られて照れ、さらに各々の側近からも応援されて照れ。


なんか……俺の婚約者の卒業式なんだけど……俺、脇役っぽい。

夕食会の俺はといえば、未知の硬い芋をずっとモグモグしてた。なにこの芋。味はさつまいもっぽくて甘くて美味しいんだけど、硬さが尋常じゃない。最強の干し芋ってかんじ。

噛めば噛むほど甘みが強くなって美味しい……けど硬い。顎がつかれた。


気になりすぎてクラッセンに聞いたところ、旧ラウプフォーゲル領全土で古くから栽培される救荒作物の一種。昨今の農産物生産過多のせいでだいぶ減って貴重になったけど、もしものときのために各領地で一定の作付面積をとることが義務付けられている芋らしい。

味はいいけど固くて食べにくいから人気がなく、義務で作られていることもあって廃棄農作物の筆頭なんだそーだ。なんか可哀想。なにこの芋とか言ってごめん。


なんとか美味しく消費できる調理方法はないものか……と考えていたら、父上が笑いながら「兄たちにお株を奪われて落ち込んでいるのか?」と勘違いされた。

婚約を奪われるのは困るけど、ダンスを代行してもらうのはありがたいと思っておりますよ!



翌日。


クラレンツはいつもどおりアデーレ夫人の東の離宮で一泊し、エーヴィッツは本城ではなく俺の家・西の離宮で一泊した。本城の客間は豪華すぎて落ち着かないらしい。

初めてのお客様に、西の離宮の担当メイドたちは喜んだ。

ただでさえ主である俺が寮生活なのでだいぶ暇だったみたい。


エーヴィッツは立派な浴槽があることに驚いてた。

西の離宮の予算の過去一番に大きな買い物は、浴槽です。


朝食を済ませてお着替えを待っていたが、なかなかディアナたちが来ないので二度寝しちゃった。にゃむにゃむしながら若草色と薄桃色がスタイリッシュに入り交じる衣装にお着替え。そして、いつの間にかおでこ丸出しのオールバックスタイル。


「え! 僕、僕……ちっちゃいけど、かっこいいかも……!」


鏡に映る俺を見て、意外とイケる! と思ってしまった。

確かに小さいけど鏡の中の俺は小さな紳士。まあるいおでこは幼児感丸出しだけど、それはそれでかわいい……いや、カッコよくない!?


「ええ、ええ! 立派な紳士ですわ!」

「素敵ですわ、ケイトリヒ様!」

「ケイトリヒ様、胸を張って左の肘を出してください」


腰に手を当てるように肘を張ると、カンナがバブさんを持ってきて横に立たせ、俺の腕を取らせる。バブさんをエスコートする形だ。絵面が……ふぁんしー!!


「きゃあ、なんて可愛らしいの!」

「マリアンネ様とフランツィスカ様だけでなく、女学院のご令嬢は皆メロメロね!」

「ケガなどで婚約者とのダンスに代理を立てる場合、殿方のほうは『婚約者がいます』というのを示すために女性を思わせるものを身につけるのです。ケイトリヒ様の場合はお召し物が令嬢たちとおそろいですし、婚約したことは有名なので問題ないのですが」


ふと見るとバブさんには深い紺色と鮮やかなオレンジ色のリボンが両耳についている。

これがマリアンネとフランツィスカを表わすものなのね。なるほど。


気分的にはシャキシャキ歩いて本城のエントランスに入ると、俺と同じように髪をオールバックにしたクラレンツとエーヴィッツがいた。


え! 俺よりかっこいい! ぐぬううう、やはり年齢差! いや、正しくは身長差!

そこには超えられない壁が! ってか俺ショートパンツなのにふたりとも長ズボン!

なんでまた俺だけニーソなのおおお!!


「えー! ずるい! あにうえカッコいい!! 僕も長いズボンがいいいい!!」


「そっ、そうか? ケイトリヒもかわいいよ! それは……たしかバブさん、といったかな? じ、自分で歩いているように見えるのだけど……」

「洗礼年齢前なんだから仕方ないだろ。短ズボンのほうが色々と……ダンスできない理由とかにもなるから、長ズボンはしばらく我慢な」


「えっ、あにうえたちも、洗礼年齢まえはおなじだった?」


「……」

「……まあそれは、ほら、体格とか……」


あああんやっぱり小さいからじゃんっ!!

ぐぎぎと歯を食いしばっていると、見送りに出てきた父上が笑っていた。

俺的にはあまり笑い事でもないんですが!


「落ち着きなさい、ケイトリヒ。洗礼年齢はひとつの目安だが、ディアナがいうには長ズボンは身長……どれくらいだったか」

「40スールです、御館様」


40スール……約120センチですか! 全然たりんやんけー!

しょんぼりしていると、父上がしゃがんだ。しゃがんでもでっかいですね。


「そう落ち込むな。クラレンツもエーヴィッツもだが、ケイトリヒも短ズボンでもちゃんと凛々しい姿だぞ。自慢の息子たちだ。あまり令嬢たちの心を奪いすぎてもいかんぞ。ゲイリー兄上のように周囲にやっかまれることになる」


「スタンリーか」

「スタンリーだね」


クラレンツとエーヴィッツが口を揃えた。

そっと後ろのスタンリーを見ると、聞いてもいない。ツンとした顔で澄ましている。

側近たちは胸元に花なんか挿しちゃったりして、シャレこんでいる。

これはディアナいわく、夜会で男性側が示す「婚約者募集中」の印らしい。

ペシュティーノとオリンピオはつけていない。まあ彼らはね、女学院の卒業式で相手を探すような年齢ではない、という理由。まあね、わかる。


「スタンリーもうりだし物件なので」

「な……分が悪くないか!?」

「クラレンツ、見目はもうしょうがない。俺達は身分で勝負だ」


「身分も微妙だぞ。スタンリーはケイトリヒの側近だし、ガードナー男爵家の養子だ」

「……そこは、ほら。うーん、せ、誠意で……」

「あにうえたちはマリアンネとフランツィスカと踊るんですから、注目度は最高ですよ」


ダンスで魅了する、という側近には不可能なアドバンテージがあるんだぜ!

と言っても、クラレンツもエーヴィッツも反応が微妙だった。


ちょっと、婚約者見つけたる!って大見得をきったのに、本人たちが戦の前から及び腰でどーする! 俺の立場どーなる! 頼むよ、兄上たち!


さて、エントランスホールでの激励を受けて、父上から馬車を2台借りて女学院へ。

俺ひとりと、兄上ふたりが乗る。

馬車は領主以外の公爵家が正式な場で使う最上級品。トラディショナルスタイルということでまだ浮馬車(シュフィーゲン)化されておらず、大きな車輪の4頭立て馬車(コーチ)だ。

ただし、車体にはこっそり浮馬車(シュフィーゲン)化改造が施されていて驚くほど揺れないし、馬にはほとんど負荷がかからない。そのため4頭の馬は力強さよりも従順さや制御しやすさで選べるため、とても落ち着きがあって優雅に見える。

と、父上が力説していた。


いまラウプフォーゲルでは力強く荒々しい馬は騎乗用、従順で制御しやすい馬は馬車用と棲み分けされてるらしい。ふーん、という感じだがそれができるのはラウプフォーゲルの馬の調教技術と育成技術の賜物なのだ。と、父上が自慢してた。

それを聞いて兄上たちは「すごい!」なんて興奮してたけどね。

俺は、ふーん、である。馬はかわいいけど乗り物としてはあまり興味ない。

だって俺ひとりじゃ乗れないし。ギンコいるし。


女学院の寮までこの馬車で迎えに行くのはとてつもないステータスになる、という話。

ディアナ談。


あれだ、女子寮にポルシェで迎えに行くようなやつか。あるいはフェラーリ? んでもってでっかい花束持ったイケメンが出てきて「お待たせッ」みたいな? どこの昭和の少女漫画だ。しかもどっちもエンブレムは跳ね馬だけど、こちとらリアル馬。

パッカパッカゆったり走行してますけど、ステータスになるんかね?


しかも女子寮と女学院は同じ敷地内にあって、100メートルも離れてない。

馬車で迎えに行く意味ある?


まあこういうのはそうしたほうがいいっていうオトナの言葉に従うしかない。

自己判断、危ない。なにせ俺9歳、中身異世界人。郷に入ってはなんとやら、だ。



女学院は以前ラウプフォーゲル視察のときには早足で駆け抜けた南側にあった。

クソデカ正門の前には卒業式に参加する部外者の馬車の行列ができている。


まあしょうがないよね〜、のんびり待つか。

と、思ってたら少し待っただけで馬車が動き出した。


「ん、もしかして行列ならばないの?」

「当然です。公爵一家を乗せた馬車ですよ。前に並んでいる者たちが萎縮してしまいますから、さっさと駆け抜けたほうが皆のためです」


豪華な馬車の室内から仕切られた後方、従者のための小部屋に話しかけるとペシュティーノが応えてくれた。

いつも父上とかと一緒に乗るおおきな馬車。ひとりだとつまんない。

甘える膝もないし、窓の外を見ると顔を見られるからダメっていわれるし。

はやくマリアンネとフランツィスカのところに着かないかな〜。



――――――――――――


「公爵家の馬車のご来臨です」


女学院で馬車の整備をしていた兵士が遠くに見える明らかに豪華な馬車を目視した瞬間、周囲の兵士に伝える。それからの行動はまるで兵士たちそのものがピンボールのボールになったようにあちこち走り回り、公爵家の到着を告げて回る。


毎年恒例となっている大通りの馬車行列に並ぼうとしていた公爵家の馬車2台を誘導し、先にお通しする。これは女学院の校長命令。前に並んでいた馬車も、公爵家と聞けば文句は言わない。間違いなく言わない。むしろ言ったらもう卒業式の会場には入れない。


女子寮のエントランスホールは、この日のために長椅子を用意してあり、迎えを待つ令嬢たちがごったがえしている。身分を問わず豪華なドレスをまとい、人生最高のおしゃれをしてお互いのドレスを褒め合うホールに、話題の令嬢2人はいない。


「ラウプフォーゲル公爵令息、ケイトリヒ殿下のお越しにございます。皆、ご起立のうえお出迎えのご準備を」


厳しそうな白髪の女性がホールによく通る厳かな声でそう言うと、それまで長椅子でくつろいでいた令嬢たちが軍隊のような機敏さで立ち上がりキレイに整列した。

この光景をもしケイトリヒが見ていたら、その素早さに驚いたことだろう。


女子生徒たちの耳には、馬の蹄の音だけが聞こえて馬車の車輪の音が聞こえなかった。

「さすが公爵家の馬車は静かですのね、まったく音がしませんわ」などとヒソヒソ話し合っている。


やがて、外から「ラウプフォーゲル公爵令息ケイトリヒ殿下、ようこそお越しくださいました。わたくしは寮母の……」と、先程の厳かな白髪女性が挨拶する声が聞こえてくる。


「え……なかでまつの? はやすぎちゃったかな」

「いいえ、とんでもないことにございます王子殿下。令嬢の支度というのは、得てして長引いてしまうものです。また馬車の整備も間に合っておりませんで、我々の不手際を心よりお詫び申し上げます」


よく通る声がしゃあしゃあと言う声に、令嬢たちが顔を見合わせた。

昨夜、この白髪の寮母が言っていたこと。


「公爵令息ともなれば会場入りは最後ですが、他の方と同様の時刻をお伝えしています。馬車の混雑は毎年のことですが、公爵令息ともなれば最優先。ご来臨された王子殿下は誰よりも先に女子寮へいらっしゃることでしょう」


その作戦じみた一言を聞いて、婚約者の決まっていない令嬢、あるいは現状の婚約者にやや不満のある令嬢たちは目を輝かせた。


「つまり……殿下は、女子寮の来客室で開場までおやすみに?」

「そのとおり。殿下とおふたりの婚約者は、卒業生の中ではもっとも高位のお方。入場は最後になります。……貴女たち、心得ていますね?」


令嬢たちが真剣な顔をして小さく頷く。


「……ケイトリヒ殿下の側近は若く、皆、独身です」


そう言って、寮母はニヤリと笑った。

3年間、日常生活から学校生活、細かいところまで厳しく、立派なレディーとして躾けた可愛い我が子のような女子生徒たちの嫁ぎ先を案ずるのは、寮母としても当然。

すでに時期領主指名された幼い王子殿下に忠誠を誓う側近たちは、確実に出世街道をひたはしる格好の獲物……ではなく、嫁ぎ先。


「はしたない真似はしないように……よろしいですね?」


「承知しました、寮母さま」


女子生徒たちは捕食者としてのギラついた目つきを美しく覆い隠すにこやかな微笑みで返事して、優雅にカーテシーをする。その美しい所作に、寮母は満足して頷いた。



――――――――――――


「え……なかでまつの? はやすぎちゃったかな」


予想外の展開。

そう言われてみれば、パーティーとかって身分の高い人が最後に入場するんだっけ。

もしかして早すぎちゃった? 失敗したかな。


と、思ったら馬車の交通整備の不備と、令嬢の支度が遅れてるせいだという話。

まあそういうことならしょうがないよね。


「女子寮に、僕たちがおじゃましてだいじょうぶなんでしょうか。側近は外で待たせたほうがいい?」

「ご側近を排するなど、いかに令嬢たちをお気遣い戴いたとはいえ殿下から仰ってはなりません。もちろんご側近も立ち入り戴いて結構にございます。専用の貴賓室を用意してございますのでご安心ください」


なんか微妙に怒られた。

後ろのペシュティーノも「寮母様の仰るとおりですよ、自ら危険を呼び込むような申し出はやめてください」と耳打ちしてきた。これも教育でしたかー。しつれいしましたー。


「ダンスの代行のために、あにうえたちも来ているのですが」

「ええ、聞き及んでおります。もちろん兄殿下がたも貴賓室でしばらくお休みください」


女子寮に入るとか……落ち着かない。

なんか、まだ寮の中にはいったわけでもないのに微妙にいい匂いがする。


「ここでは馬車から降りないんじゃなかったのか?」

「ケイトリヒ、どうした?」


クラレンツとエーヴィッツがやってきた。

くっ! かっこいい衣装と髪型だな! くやしい!


「にゅうじょうまで、女子寮のきひんしつでまつそうです」


「え゛ッ!? ……それ、い、いいのか?」

「貴賓室……来客用の部屋があるのだろう。寮母様が許可されるなら問題ない。すぐに移動しよう、他の迎えの邪魔になってしまうよ」


大通りまで並んだ馬車を思うと、たしかにさっさと捌けないとさらに交通整備が混乱してしまいそうだ。ラウプフォーゲル騎士隊の女性騎士部隊が寮内をサッと見て回り、問題ないことを報告してきたが、改めてジュンとガノが先に入って安全を確認する。

これ一般の建物に入るときの公爵令息のルーチン。


だがこの日、ジュンは建物を確認して「安全面は問題ない」の報告のあとに「別の問題はありそうだが……」と付け加えた。


どゆこと?


ガノを見ても、生ぬるく笑顔を浮かべるだけだ。

安全……なんだよね?


気が進まないけど、女子寮の門をくぐると……。


そこはカラフルなドレスを身にまとった令嬢が100人以上出迎える恐怖の空間だった。


ま、ま、ま


マリアンネーー!!

フランツィスカーー!!!


はやく、はやく来てえェェ!!

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