9章_0132話_噂が呼ぶもの 3
魔法応用工学の授業……箱庭実習のときに、何気なくヴィンとダニエルとの雑談のなかで「婚約者はいるのか?」という質問をした。
そのときにうっかり話した「エーヴィッツ兄上とクラレンツ兄上に婚約者を」というところが切り抜かれて拡散されて噂になり、数日後には2人の兄上のもとに女子生徒が代わる代わる訪れることになってしまった。
女子慣れしていない2人は慌てたらしく、「なんてことをしてくれたんだ」と俺を叱ってきたけど、ちょっとニヤついてんだよね。気のせい?
ちなみに、ヴィンは平民なので自由恋愛を楽しむって。
羨ましいような、そっちのほうが面倒そうなような。
ダニエルは身分のある父をもつとはいえ貴族と違ってその立場は相続制ではないので、結婚には興味がないという話だ。ましてやわざわざ嫁不足の帝国で相手を探す気はない、とハッキリ言いのけた。どういうわけか残念そうな女子生徒の声が聞こえた気がする。
異世界でも、危ない雰囲気のオトコがモテるってのは同じなのか……。
「お手紙以外の接触は絶対に断ってください。呼び出されても応じないこと。側近は、しっかり目を配って絶対に女子とふたりきりにはしないでください。また、このこういった身振りのサインに応じると相手を勘違いさせてしまう可能性があるため……」
兄上たちの一件をうけて、何故かパトリックが食事の終わった食堂で講習を始めた。
エーヴィッツとクラレンツ、そしてその護衛たち全員に「婚約者未満の女性との付き合い方◯箇条」みたいなことをとくとくと説いている。
嫁に困っていない王国貴族のあいだでは地球の中世と考え方が近い。
端的な言い方をすると女性は父親の持ち物で、政略や融資のために父親の命令で嫁がされる「貢物」。だが貢物とされるからにはもちろん価値あるものとして扱われる。
それでも総じて、王国の貴族女性の立場は低い。
パトリックは帝国で女性の立場の違いに驚き、同時に深く研究したのだという。
まだこの世界では学問として確立していないが「ジェンダー|(社会的性差)学」といったところだろうか。
なんとなくパトリックの場合、もっとライトな「モテる男講座」みたいな怪しげなワークショップ系だな。
ただ今回はモテる方法ではなく「かわし方」に講義の題材を絞っている。緻密で計算高く配慮にもあふれた言葉の選び方から、相手の意見を尊重することの大切さ。
決して女性を蔑ろにすること無く女性の方から冷静に諦めることを促す方法から、気を引きつつも決定的な言葉を後回しにして好意を保つ方法……。
あっ、これ結婚詐欺師の手口じゃない? ってものまで。
パトリック……何者?
なんか、エーヴィッツとクラレンツとその護衛騎士たちに混じってペシュティーノとスタンリーもその講義に参加してる。そしてすごく真剣に聞いている。
……なに目指してるの?
俺も聞いたほうがいいかなと思ってスタンリーの膝によじ登ると、食後ということもあってものの3分で寝てしまった。
ちなみに、立場的にほぼありえない話だが万一、俺がもし言い寄ってくる女子を牽制する場合は「ラングハイム侯爵令嬢とハイアーヴァロウ伯爵令嬢のお友達ですか?」と聞けばそれで試合終了らしい。
次世代の社交界の双華、頼もしいです。
ディアナに問い合わせた内容に、返事が来ました!
「女学院の卒業式のダンス代行にエーヴィッツ兄上とクラレンツ兄上を立ててよいか」という件について、父上大賛成の二重丸OKいただきました!
やったー!
どうせなら乗り気のヒトを連れていきたいもんね!
マリアンネとフランツィスカにとっても、きっとそうだろう。
俺が女学院を訪れる以上、側近は全員集合で護衛にあたるので「顔みせ」としてはもうこの時点で充分。逆に兄上たちはダンス代行の名目がないとついてこれないので、大変よい判断だと父上から褒められた。
アロイジウス兄上の提案なんだけど……次の手紙でこっそり打ち明けておこう。
「ちちうえが、たいへんよいはんだんだと!」
「そうか!」
喜んだのは、アロイジウスだけ。エーヴィッツとクラレンツは、少し困惑顔だ。
ちょっと、もっと喜んでよ! 女子と踊れるんだよ!
「あにうえ、イヤなの」
「い、イヤではないよ。イヤではないのだが……」
「イヤじゃないんだが……ダンスだよな」
あ、苦手なんだっけ。
でもこの2人に関しては、ダンスに優雅で芸術っぽいイメージがあるから堅苦しくて苦手なだけだと思うんだよね。
「あにうえたち。ダンスは、体操競技のようなものですよ」
「体操?」
「いや全然ちがうだろ……」
「身体を上手に操って、音楽に合わせて美しくみせる、という意味では同じです」
「その後半ができないんだって」
「美しく見せるってなんだよ……意味わかんね」
「パトリック! プロムナードポジション!」
俺が叫ぶと、にこやかに聞いていたパトリックがサッと立ち上がって素晴らしい姿勢の完璧なダンスのポーズをとる。
「しっかりと腕が上がっているけれど、首に妙なチカラがはいっていないすばらしい姿勢です。あにうえたち、真似して!」
「い、いきなりかい?」
「それくらいなら俺達も習ったぞ!」
2人がパトリックのマネをしてピシッとポーズを決めるけど、全然ダメ!
「エーヴィッツ兄上、首を後ろに引いて! クラレンツ兄上は肩が上がってる!」
「えっ、こ、こう?」
「腕を上げるんだから肩も上がるに決まってるだろ!」
「ちっがーう!」
「ケイトリヒ様、ダンスは経験がお有りで? とても的確ですね」
パトリックが素晴らしい姿勢のまま言う。
一応ちょっとだけ前世で習ってましたから。
「キュア、アウロラ。マリアンネとフランツィスカのサイズであにうえたちの相手になってあげて。ジオールはパトリックの相手!」
「御意……」
「わあい、ダンスだー! あーし、得意だよっ!」
「女の子っぽくなったほうがいいかな〜?」
「いや、そこまではしなくていいよ。バジラット、鏡張りの部屋を作って欲しいんだけどすぐできる?」
「あ〜、食堂に? 何度も使うなら、いちいち消すの面倒だから謁見の間にしない?」
「(……令嬢の、サイズで?)」
「(アイツ、なんかもう隠す気なくなってきてねえか)」
バジラット、いいね!
確かに謁見の間はビビらせ用に作ったけど、その後に使う機会がない。
大人数が踊れるくらいの充分な広さがあるし。
「これから女学院の卒業式……9月まで、あにうえたちはダンスの特訓ね!」
「うっ……こうなると思ったんだよな」
「め、めんどくせえ……」
「兄上たちに、絶対いちばんキレイでいちばん優秀でいちばん気立ての良い婚約者を見つけてみせますから! あ、マリアンネとフランツィスカ以外で」
「そこは注釈いれなくて大丈夫だよ」
「う、う〜ん……運動だと思えば、頑張れる……か?」
兄上たちには一応、ダンスの授業があるのだが2人とも選択していない。
貴族の令嬢・子息は家で礼儀作法とダンスを習うので、学校で授業を受けていると腕前によっては「上昇志向」と言われる可能性もあるが、未熟だった場合「基礎教育もまっとうできないヤバい令息」と噂されかねない。もちろん兄上たちには後者の危険性がある。
なので、隠れて練習するしかないのだ。
この日からパトリックが講師になって、兄上たちのダンス特訓が始まった。
俺もさすがに投げっぱなしはアレなので時々顔を出して、小さな女の子のルックスになったカルを相手にダンスの練習。
俺は前世の基礎があるのでパトリックからの注意は少なめで済んだ。
兄上たちは、最初こそダメ出しの嵐だったものの、もともと運動神経がいいのでメキメキ実力を上げてきている。苦手意識のあった音楽とのリンクも、動きに余裕が出てくれば大した事ではなかったようだ。
よし、これで卒業式のダンスパーティーの憂いはなくなった。
兄上たちにも立派な衣装を用意しないとね。もちろんマリアンネとフランツィスカとおそろいなのは俺だけで、普通の礼服をね。
「アロイジウスあにうえはどんな衣装なんですか?」
「私は今年は行かないよ?」
「あえ?」
「私の婚約者のナタリーは何故か魔導学院に転入してすぐに出戻って、1年分の単位が遅れたおかげで今年卒業できなかったからね。来年の卒業式にはパートナーとして出る」
「あっ」
「……まあ、今回のことはご両親にもいい薬になったようだから、よしとするよ。ブラウアフォーゲルのお家騒動もそのうち落ち着くだろう」
アロイジウス兄上……遠い目のままちょっと腹黒い顔した。
わりと、ナタリー嬢というかブラウアフォーゲルにとっては良い婚約相手かもしれない。
女学院の卒業ダンスパーティーと、2学年の卒業まであと1ヶ月。
魔導学院では学院祭の準備がじわじわと始まり、早期修了の生徒たちが修了試験を受け出す時期。俺もそのひとり。
授業の方はといえば、ファイフレーヴレ第2寮でおこなわれる「魔道具設計学」がおもしろい。最初は座学が多くてダルかったが、後半では実際の設計が入ってきた。
俺は地味に「日中の陽光エネルギーを溜め込んで、夜間にぼんやり光るガーデンライト」を作って先生に褒められた。白き鳥商団で商品化予定。
お値段は12FR! ……まで低価格化するように指示してある。
詰め込み授業が続くおかげで、時間があっという間だ。
「小鳥のおめかし部屋」の噂については俺が何も情報を出すつもりがないというのが伝わったのか、学院内での執拗な問い合わせはなくなった。
その代わり、白き鳥商団宛てに正式な質問状が山のように届いているそうだ。
最初はいくつかラウプフォーゲル領に質問状が届いたようで、父上がちょっとプリプリしてた。と、ディアナに聞いた。
商館の事業が俺名義なのは皇帝陛下御自ら宣言してくださったものなんだが、やはり子ども扱いされて父上に行くんだな。そういう鈍い人物は父上の不興を買ってしまい、より情報から遠ざけられるという謎の自動選別機構ができあがっている。
そして魔法応用工学の箱庭実習で制作された箱庭は、学院祭のときにそのまま展示物として一般公開されるのだが……。
「ケイトリヒ様、これ、問題になりませんか?」
「え、なるかな」
ダニエルはずっと前からだいぶ怪訝そうな顔で俺の作品を見ていたが、ついにそう言ってきた。問題になるかどうか、正直俺も判断できない。
授業も佳境というこの頃、俺の箱庭では体長5センチほどの石人形……石人形と呼んではいるけど、見た目は完璧に小さなヒト。腕が3本あったり足が4本あったりするものもいるし顔らしいものはないのっぺらぼうだけど、動きは妙にスムーズな人形たちが、たくさん増殖した。
そして、箱庭の外周の壁にへばりつくように存在する土地や水場で、畑を作ったり狩猟したりしながら疑似生命活動を維持して、生まれて一定期間たつと繁殖活動を行う。雌雄繁殖ではなく、分裂だ。単細胞生物と同じ。
これを続けられると箱庭が溢れちゃうな、とおもって上限を決めてあるので、1万匹以上は増えないようにした。
が、空間の問題なのか6000前後で停滞している。
2〜3時間ほどの寿命しかない疑似生命活動が終わると石からできた身体は分解されて土に戻り、魂?がホタルの光のようなものになって中央でプカプカ浮いている地球っぽいものにゆっくり吸収される。
そして、中央の地球の地表では体長2センチほどの半透明のヒトが、とくに生命維持活動などもすることなくゆったり過ごしている。たぶん幽霊的なものなんだと思う。
半透明のヒトは石人形とちがって完全な人間の形をしていて、目を凝らすとちゃんと顔らしきものがあり、性差はないっぽい。
「あの中央で動いてるものは、どういう存在なんですか?」
「さあ……」
勝手に生まれたものなので、俺に聞かれてもわからん。
地球の神様も「どうして差別が生まれるのですか」なんて聞かれたら、俺みたいに「お前らが勝手にやってることやろ、しらんがな」って気分なんだろうか。
地球はこの単純な箱庭とは規模が違いすぎるけど。
「一ヶ月前までは石人形とは別に『ドーブツ』がいたはずだが、いなくなってるな」
「なんか、石人形と同化しちゃったみたい。この、足が4本あるやつは『動物』のえいきょうが残ってるんだろうねー」
「あっ、こっちの石人形は踊ってるみたいな動きしてる!」
「こっちの石人形、水の中に入っていったぞ。なにするんだろ」
「ヒトっぽい見た目だけど、なんだか……お互いを認識してないみたい?」
「そう。社会性をもたせると発展しちゃいそうだから、意思疎通がまったくできないようにしてあるの。ぶつかりそうになったら避ける、くらいの機能しかもたせてないよ」
ヒト型ではあるけどヒトのように無制限に発展してもらっても収集がつかなくなりそうなので、まず社会を形成させるための言語や意思疎通の方法そのものを無くしてある。
思考までは制限してないので感情があるかは定かでないのだが、おかげで石人形同士は協力もしないし、ケンカもしない。
黙々と自身の生命維持活動のために行動し、死が近づくと分裂する個体もいるがそのまま死んでいく個体もある。分裂するかどうかの決め手は謎だ。
そうやって外周では6000の石人形が死んだり分裂したりを繰り返しているので、外周からミニ地球に向かって絶え間なくホタルの光がふわふわと飛んでいる。こちらの光は本物のホタルのように、風に流されたり蛇行したり旋回したりしながらミニ地球に登っていくので少し時間がかかる。
そしてミニ地球からも、絶え間なく新しい分裂体に宿るためのホタルの光がゆっくり、一直線に外周の分裂を迎えた石人形へと向かっていく。
こっちの光がウロウロしないのはなんでだろう。
そして、石人形にはもたせていなかったはずの意思疎通能力は、ミニ地球にいる幽霊たちには適用されていないようだ。半透明の小さなヒト型は、集まって話し合うような動きをしたり、複数が同じ動きをしたり、何かを渡し合ったりしているので確実に個体間の意思疎通能力がある。
謎が多い。
まあとにかく、総じて言えばパッと見はキレイだ。
光の粒がたくさん飛び回っているので、見世物としては華がある。多分。
よく見れば石人形たちの動きは興味深いし、何より大きいので見ごたえのある展示物になるとすでに生徒の間ですごく話題。授業がない時間は上級生も見に来たりしてるそうだ。
「こりゃあ生息域が限定された魔法生物って扱いになりそうだな……」
バルタザール先生が俺の箱庭を見ながら呟く。
「まほうせいぶつってなんですか」
「その名の通り、魔法で生成された生物のことだ。無機生命体とはまた違って、繁殖能力を持つことが条件でな。魔術省から生成を禁止されていて……まあ、箱庭実習でなら問題ないはずだが、念の為に先に掛け合っておこうか」
バルタザール先生がすごいめんどくさそうにため息つきながら言う。
ウチの箱庭がすみません。
「学院祭が終わったら持って帰るか、分解するかしろよ」
「え、売れるんじゃ」
「こんな魔力消費が膨大なモン、売れるか! 維持だけで破産するわ!」
「あえぇ」
想定外!!
自分の作品が売れるアーティストっぽい収入が得られるんじゃないかとちょっと楽しみにしていたのに。夢、砕かれました。確かにコストのこと全然考えてなかったわ。
やっぱり商品考えるときと、作品つくるのって違うんだな……。
午前中は修了試験を受けて、午後は白き鳥商団の事業のお仕事となる日が続いたある日。
ディングフェルガー先生が魔法陣設計に没入しすぎて不摂生が過ぎるので、使用人を数人雇いたいという意見書に許可印を押しながらふと思った。
「ディングフェルガー先生って、まだ結婚したいかな?」
「なんですか、藪から棒に」
書類にハンコを押す俺を見守っていたペシュティーノが、急に嫌そうな顔になった。
ペシュ、ディングフェルガー先生にあたりキツすぎない?
「バツ1……バツ2でしたっけ、2度結婚するくらいなら、もしかすると家庭を欲しているのかなと」
「ケイトリヒ様。クラレンツ様も仰ってましたでしょう、ラウプフォーゲルでは身分の高い貴族以外が結婚生活を維持しているほうが少数派なのですよ。ところで、バツとは離婚のことですか? 異世界では離婚そのものが罰という考えなのでしょうか」
たしかバツイチのバツはたしか戸籍の表示で、籍を抜くと大きく「×」が書き込まれるから、だった気がする。多分。結婚も離婚もしたことないのでしらんけど。
それを説明すると、ペシュティーノは「罰とは関係ないのですね」と納得していた。
「それにしても、ヴィル……ディングフェルガーの身持ちまでケイトリヒ様が心配される必要はありませんよ」
「心配ってほどじゃないんだけど」
俺が口ごもると、ペシュティーノは首を傾げた。
なんか言うまで心配させちゃうモードになってしまった。
「ただ、ちょっと。赤ちゃん、見てみたいなーと思って」
「あかちゃん? 赤ん坊のことですか」
ペシュティーノは意外そうにしながらも、考えを巡らせるようにたっぷり目配せしたあとに「なぜ?」と聞いてきた。
「いや、単純に見たいだけ……。兄上たちは婚約しても、赤ん坊ができるのはしばらくあとでしょ? それに僕より年下の子どもをあまり見たことないから」
「ルナ・パンテーラの赤子は……そうですね、もう赤子とは言えませんね」
難民として受け入れたルナ・パンテーラの子どもたちは、乳飲み子だった子も含めてもう俺より大きい。種族的に成長が早いとは聞いていたけど、生後1年もたたないうちにあんなに大きくなるなんてね。
報告を受けたときは妊娠6ヶ月だと言われた女性は、そのあとすぐに出産して1ヶ月も立たないうちに子どもは歩き出したそうな。あっという間すぎて俺はお乳を飲む姿も見れなかったんだな。
「御館様におねだりしてはどうでしょう」
「作為をかんじる」
「そんなものはありませんよ。ケイトリヒ様からおねだりされたら、御館様はきっと喜びます」
「……そうかな?」
まあ、こんど会ったときにでも軽く言ってみるか。
「あ、ペシュ。ついでに聞いてみたいんだけど」
「私は結婚など望んでいませんよ」
「そ、そうじゃなくて。魔法生物ってなに? バルタザール先生が、僕の箱庭見て『魔法生物になっちゃうかも』って言ってたんだけど」
「……一体どんな箱庭を作られたのですか」
作った箱庭を説明すると、ペシュティーノは考え込んだ。
「たしかに、生存領域が限定されているので石人形のほうはかろうじて……魔法生物の定義から外れそうではありますが。それよりも魂が可視化されていることのほうが問題のような気がします。その、半透明のヒト型はケイトリヒ様の意図しない形で社会を構築しているのではありませんか」
「そうかも」
「……意図的に作ったわけではないのなら、なおさら問題です」
「命ってものは勝手に生き延びていくものなのさー」
俺がテキトーなことを言うと、ペシュティーノがジト目になった。
「命と呼べば魔法生物であることを認める発言になりますので、気をつけてください」
「ほぬ」
「しかし実際、魔法生物はケイトリヒ様のおっしゃるとおり命であることに大差ありません。確実に制御することがほぼ不可能なのでむやみに生成してはならないと法で定められているのです。学院祭までに一度、箱庭を見に参ります」
「ん!」
ペシュが授業について来るのかな。なんか授業参観みたいで嬉しい。
……怒られそうだけど。
ある日。
魔法応用工学の授業の日ではないんだけど、放課後に実習室を訪れると結構な数の生徒がいた。みんな学院祭までに完成度を上げたいようで、休み時間や放課後を利用してせっせと制作している。
「なんですかこれは……」
案の定ペシュティーノがすごい顔してる。
ドン引き通り越してなんかキモチワルイもの見る目やめてもらっていいですか。傷つく。
「おう、ヒメネスか。先に魔術省に問い合わせたらな、学院祭での一般公開の前に現物を見たいという話だ。明日か明後日ごろに役人が来る」
「本気ですか」
キモチワルイもの見る目でバルタザール先生みるのもやめてあげてほしい。かわいそう。
「この規模感はさすがに異常ではあるが、個体で見れば無機生命体か魔法生物かの定義はやや意見が分かれるところだと思うぞー?」
「……この石人形、明らかに知性があるように見えますが」
「『設定』の範囲内だろ」
「それに、この球体の表面に存在する小さな半透明の人影についてはどう説明を付けるおつもりですか」
バルタザール先生はペシュティーノが指さした方を見て首をかしげる。
「半透明の人影?」
ガラスの仕切りに顔を近づけて覗き込む先生を見て、ペシュティーノは「しまった」という顔をした。俺も初めて、人によって見えてるものが違う可能性に思い至った。
「そんなものがどこにいる?」
「私の見間違いだったようです。ちなみに中央の球体の表面には、なにが見えますか」
「ん……光の、粒。じゃ、ないのか? ヒメネス、お前にはなにが見えている?」
「あなたたちもですか?」
ペシュティーノはバルタザール先生の問いかけを無視して、後ろにいたルキアとダニエルとヴィンに水を向けた。3人ともいたんだ!
「ヒト型には見えませんね。小さな玉、でしょうか」
「ただの丸い、粒……です。少し縦長に見えなくもないかもしれませんが」
「もやっとしててわからないですね! でも光が集まってるなー、とはわかります」
3人はそれぞれ答える。そうか、微精霊とおなじように人によって見え方が違うらしい。
「魔術省の役人は、誰が来るかご存知ですか」
「魔術省査問官のクルト・ローヴァイン卿だ」
ん、聞き覚えのある名前。
「ふむ……彼ならば問題ないでしょう」
「なんだ、問題って」
あ、ちっちゃいころラウプフォーゲル城に俺の魔力測定しにきたひとだ!
ローヴァインキョーね! あのひと、属性を測定するための精霊漿にもなにが起こったかわかってなかったから、たぶん地球の表面にいる霊体みたいなものもよく見えないはず。
たしかに問題ないわ!
「ケイトリヒ様が立ち会う必要はありませんね?」
「ああ、そのつもりだ。だがもしかすると問い合わせが行くかもしれん」
ペシュティーノとバルタザール先生の会話は、特にコソコソしてたわけではないので生徒たちはふつうに聞き耳を立てれば聞こえる程度のもの。
だが、その日のうちに「ラウプフォーゲル王子の箱庭は魔術省の役人が見に来るくらいすごいらしい」という噂が一瞬で広まった。
箱庭は貴族でも愛好家がいるし、ものによっては高額売買される芸術品。
魔法応用工学の実習室には見学希望の生徒が殺到し、あまりに多いので受付が面倒になったバルタザール先生が受講者以外をシャットアウトしてしまった。
そのせいで余計、俺の箱庭を見たがる生徒が増えた、らしい。
アウロラが「噂話に尾ひれがつく典型事例!」と面白がって教えてくれた。
ちなみにローヴァイン卿の査察は俺に問い合わせが来ることもなく終わった。
結果「魔法生物ではない」というお墨付きをいただけたので無事学院祭で一般公開できることに。
……しかし、噂に尾ひれがついてるのでちょっと学院祭が心配になってきたよ。