9章_0131話_噂がよぶもの 2
まだ体長1メートルに満たない俺ですが、夜会にいくことになりました。
「てっきり例の『小鳥のおめかし部屋』は夜会に向けてのプレゼントだとおもっていた」なんて父上も言っていた。
そしてディアナも当然知っていて、次に贈る予定の3着目を「卒業式用」として超豪華に仕上げているらしい。もちろんそのドレスに合わせた、俺の衣装も。
ディアナの助力あって致命的なミスには至ってないけれど、この後手に回ってる感どう改善すべき? 俺の意識の問題? 前世では結婚なんて考えてもいなかったから、婚約者としての振る舞いなんて何の前情報もない。おしえてゼ◯シィ!
「令嬢たちのダンス相手は、御館様の騎士よりもケイトリヒ様の側近のほうが断然良い。さらに、女学院すべての生徒の注目の的となるため、近く婚姻、あるいは婚約をお望みの側近であればさらによい……そうです。ディアナ女史からの助言です」
魔導学院の長い廊下をギンコの背に乗ってちゃきちゃき歩いているところに、ペシュティーノから護衛のガノに伝言がきた。
「けっこんしたいひとー」
「意欲と出自でいうとやはり、パトリックではないでしょうか」
隣を歩いているスタンリーがポツリと言う。
その意欲って結婚に対してじゃなくてダンスに対してだよね。
後ろについてきているのはガノとオリンピオ。今回のダンス相手選抜戦では確実に蚊帳の外の2人だ。なにせオリンピオは身体が大きすぎるし、ガノは正直そこ以外は全て満点なのだが、平民。まださすがに高位貴族令嬢を任せるには荷が重すぎる。
「私もパトリックを推しますね。彼は家から籍を抜いていますから妙な勢力争いを勘ぐられることもありません。優秀な息子のいないラウプフォーゲル貴族家に婿に入ることもやぶさかではないはずです。また勢力争いを理由に、もうひとりのお相手にジュンを推したいですね」
ガノが歯切れよく言うけど、ジュン? 一番ダンスやばそうだけど。
「ケイトリヒ様、ジュンのダンスの腕前はなかなかですよ。心配なのは礼儀のほうです」
オリンピオが俺の反応を察したのか、フォローだかなんだかわからない助言をくれた。
ジュンは運動神経バツグンだからそりゃあ体を動かすのはおてのものだろうけど、礼儀に加えて女性をリードするとか音楽に乗るとか、そういう方面が微妙そう。
「クロスリー家の領地では米が作られていますが、帝国での普及率はご存知でしょう。ケイトリヒ様がお好きで、レオ殿の新レシピに米が使われている物が多いということもあってこれからは好景気が予想されるのですが……ジュンから話を聞いているかぎりでは、あまり……こう、商売上手とはいえない領のようで」
ガノいわく、米の利権を隣の小領地に奪われそうになっていたらしい。
慌ててガノが白き鳥商団を差し向けて防いだそうだが、ジュンもその両親も兄弟も、あまりそのあたりに頓着がなかったようで、ひとりでゾッとしたという話。
俺も話を聞いてゾッとした。
「ジュンは三男だよね」
「ええ、ですがケイトリヒ様の側近です。当主になるであろう長兄よりも、クロスリー領地に与える影響は大きいでしょう。ジュン自身に気をつけろと言っても無理でしょうから今のうちに女学院で顔を売っておいて、領地経営にも気配りできる優秀な妻を娶るのが良いと思って推薦している次第です」
「長兄にはおくさんいないの?」
「……いえ、いるようですが、これまたのんびりした女性のようで……」
まあジュンの話を聞いているとだいぶ小さな領みたいだからね。
のんびりしてるのは領主一家が異世界召喚勇者の子孫であることと関係あるのかな。
「ガノ、ジュンの出身領地まで気にするなんてお仕事おおすぎじゃない?」
「レオ殿が認めるような品質の……『ウルチマイ』、でしたか。その米を生産できる土地がラウプフォーゲル領ではクロスリー家の領地、リマーニ周辺のみですので。今はジュンのツテで品種改良にまで協力してもらっていますが、利権が他に渡ってしまうと色々と面倒なことになりそうだと」
なぁにい〜!!? お米は、何よりも守らねば!
ぼんやりしてるクロスリー家には、ちょっと加勢しないとな。
ずっとガノの厚意にまかせてしまうのはよくない。
「いったん白き鳥商団に注視をつづけてもらって!」
「承知しました。ダンスのお相手については……また側近会議でお話しましょう」
「うん……お米についても、ちゃんと話そう!」
「よいお考えかと」
今日の授業はウィンディシュトロム寮の高等調合学、グラトンソイルデ寮の軍事科:防衛学と社会科:産業と社会科:都市機構。座学3つと実践授業と、やや詰まりぎみの日。
社交を優先した2年生だったけど、欲を言うと来年には卒業したいからやっぱり授業も詰め込んでもらった。
魔導学院の卒業資格には、ランクがある。
1つの寮に所属し、所属寮の半分以上の卒科資格を得ることで「魔導学院◯◯寮卒業」と名乗れる。これが最低限の卒業条件。
ちなみに所属寮の全ての科目を卒科しても同じ称号となる。
同じ「グラトンソイルデ寮卒業」同士の卒業生でも「こちとら全教科卒科してます!」とドヤれるらしい。
いわゆる学歴社会〜みたいなイヤ〜な問題が起こるとしたら、たいていこのあたり。
もうひとつ上のランクの卒業が所属寮のほかに、複数の寮の科目を卒科認定された生徒。
ペシュティーノがそれだ。所属のファイフレーヴレ第2寮の他に、グラトンソイルデ寮、さらにファイフレーヴレ第1寮の卒業資格も有している。
3つの寮の卒業資格を得るのはだいたい3年に1人いるかいないかというペースだそうで、相当に優秀な扱い。ちなみに2つの寮の卒業資格者は毎年1人か2人は出るらしい。
「首席卒業」と言われていたが、それはペシュティーノの代で「最優秀生徒」という称号を得たからであって、日本の学校のように順位が張り出されるようなテストの成績というわけではないらしい。「最優秀生徒」は、必ず毎年出るというわけでもない。バレエのプリマみたいな?
テストの点数じゃなくて他者評価。
意外とふわっとしてる。
そして、インペリウム特別寮生は特別というだけあってどれにも当てはまらず、卒業したくなったら卒業していい。もっとふわふわ。
まあ領主令息令嬢となればすでに名が知れ渡っているから、卒業資格云々よりも人柄や勉学に対する姿勢みたいなものを評価されるんだろう。学んでる内容については、本人や親が「そのくらいでいい」って言えばそれでOKみたいな。
さらにもっと学びたいとなれば、領主クラスであれば指導者を探すのもつけるのもカンタンだもんね。俺のハンマーシュミット先生みたいに。
さらに付け加えると、インペリウム特別寮生は「最優秀生徒」の対象外。
理由を要約すると「スタート地点が違いすぎるから」だそうで。ごもっともなんだけど、ちょっと残念。
個人的には、領主の子を評価するなんて政治的にめんどくさいからなんじゃね?と邪推してしまうけどね。いろいろと派閥やら柵やらもあるでしょうし〜?
まあそんなわけで。
学院に入った理由がこの世界の常識を知るためだったと考えると、今の時点でもだいぶ目標は達成していると思うんだ。
……俺自身が常識的かどうかはさておいて、ね。
すべての授業を終えてファッシュ分寮に戻ると、エントランスホールでなんかルキアがパトリックとカンナに慰められていた。
「どしたの?」
「あっ、ケイトリヒ様。どうやらルキアがケイトリヒ様の側近になったことが、学院に知れ渡ってしまったようですよ。別に隠すつもりはそもそもなかったのでしょうが……」
「まだ見習いだって言ってるのに、授業の前後で黒山の人だかりになってしまいました。どうすれば殿下の側近になれるのか聞いてくるヒトが多すぎて……ちょうど帰ってきたところにパトリックさんがいらしたので、かわし方のコツを聞いていたのです」
ジュンを窓口にしたおかげで俺の方には来なくなったけど、ルキアのほうにいっちゃったのか。こりゃーまいったね、ルキアも大変だろう。
「ありゃ。隠すべきだったかな? でもおなじ立場のスタンリーは大丈夫なんだよね」
「そりゃスタンリーさんは……」
ルキアはチラリとスタンリーのほうを見て、言いにくそうに口ごもる。
わかりますよ。誰もが感じられるくらい強烈な、「話しかけんなオーラ」あるよね。
「私はルキア殿とは違います。嫌われる性格をしていますから」
スタンリーがピシャリというけど、そうじゃないんだよなあ!
ルキアが小さく「え」と言って、俺の方を見て「このヒト本気?」みたいな目で見てくるのがわかった。本気なんですよ。
付き合いの短いルキアでさえわかるのに、どうして本人だけが気づかないのか不思議だ。
いや、女子生徒には人気だけど確かに男子生徒からは嫌われてるのかもしれない。
モテるから。
「それと、早くも小鳥のおめかし部屋について聞いてくる女子生徒に取り囲まれました。ラウプフォーゲルでは女性に粗相をしたら絶対的に断罪されると聞いていたので震え上がりましたよ……」
ルキアが粗相をするとは思えないが、恐怖心はわかる。
「ルキアは側近といっても騎士にはならないだろうから、文官あつかいかな」
「……そうなると、インペリウム特別寮生ですし護衛をつけてもよさそうです」
「えええっ!! そ、それはちょっと勘弁してもらいたいです」
「どして」
「有象無象のかわし方を知りたいのなら、実践あるのみですよ」
「いやあ、ちょっと。ケイトリヒ様……殿下なら私の気持ちわかってくれると思ってたのですが、まさか殿下から言われるとは」
わかるよ。日本の中流家庭で普通に暮らしていた俺たちからすれば、後ろに護衛騎士がつきまとうなんて煩わしい。でもね。
「ルキア。ここはほら。日本人の金言『郷に入っては郷に従え』だよ」
「ゴウ? とはどういう意味ですか?」
「里? 村? 故郷、って感じですかね……まあ、たしかにいつまでも平和な日本の感覚でいるのも、よくないのかもしれません。私が囲まれてうっかり何か喋ってしまえば、ケイトリヒ様にご迷惑がかかることもあるかもしれませんし」
「郷に入っては郷に従え」で言えば、俺もそうだ。
戦闘能力のないルキアを側近候補にしながら、護衛をつけていないことは失策だったと気づいた。今や俺の地位は、帝国の今後を握る要。
まだ子どもなのでその事実を知る人物は今は少ないが、用心しなければならない。
「魔導騎士隊をひとりかふたり、つけましょう」
「それがよろしいかと」
「えぇ……うっ、めんどくさい」
俺達の会話をニコニコ聞いていたパトリックが「夕食の準備ができたそうです」と告げるので、その場はお開きに。
次の日、さっそく魔導騎士隊に護衛されたルキアが煩わしさを表に出さず颯爽と登校していった。
隊員たちは気さくで、ルキアに優しかったこともあるだろう。
ルキアにとっては「身分の高い人物に仕える生活訓練」になり、隊員にとっては「王子護衛の訓練」にもなり、学院の生徒たちへの牽制にもなる。一石三鳥! 一件落着!
ちなみに魔導騎士隊には、着々とアンデッド討伐遠征の依頼が舞い込んできている。
規模が小さな討伐依頼なので6人一組の「班」単位で派遣されるのだが、今のところ3班が同時に派遣されたのが最大。
地元の騎士隊が出れば確実にそれで間に合うような事例ばかりだったのだが、ちょっと試されている感もある。
依頼されて派遣された地域は、どこも旧ラウプフォーゲル領のアクセスの悪い場所。
重い鎧や武器を身につけて馬や徒歩で入るには億劫……というと言葉は悪いが、騎士隊たちにとってもメンタル負荷と体力負荷の高い場所ばかり。
そういう場所には住人もほとんどいないし、補給もままならない。騎士隊はなるべく軽装にしたうえでヒーコラ言いながら討伐をこなしていたわけだが。
魔導騎士隊に依頼すればどれくらいの時間で到着するか試したくなるのはよくわかる。
僻地でのアンデッド発見の一報を聞いてこれ幸いとばかりに依頼してみた、みたいな気配がある。というのは、魔導騎士隊の隊長|(仮)のマリウス談。
だが、最初はそれでいい。
実際に騎士隊を出すよりも早く確実に討伐できるという事実が広がれば、魔導騎士隊の価値はどんどん上がっていくはずだ。
その証拠に、入隊希望者は帝国中から続々と集まっている。
オリンピオから「そろそろ魔導騎士隊の入隊式について検討を……」と言われた気がしないでもないけど、まだ勉学に励む学生ですので〜。
ということでやんわりスルーしている。
「いや〜、魔導騎士隊ほんっとスゲーわ。ハービヒトの騎士隊が動けば12日はかかる日程を、依頼からわずか3時間で現場到着、討伐、報告、帰還しちまうんだもんな。親父もさすがにビビってたぜ」
分厚いステーキを飲むように食べながら、ジリアンが言う。
今日の夕食はムーム肉のステーキ・いろいろソース、野菜たっぷりのミネストローネスープにビーンズサラダ。見たことない真っ青な豆が混ざってて、ちょっとキモい。
食べてみると、ほぼ無味だった。
ルキアとミナトとリュウも、俺と全く同じ動きをしていた。
青い豆を一粒口に入れて首を傾げる動き。
「たしかに魔導騎士隊の機動力は僻地対応にはぴったりですね。ヴァイスヒルシュ領では最近アンデッド報告が少ないんです。アンデッド大発生の予兆じゃないといいんですけど」
エーヴィッツは少し心配顔だ。
「アンデッド大発生のまえには、アンデッドが減るのですか?」
「減ったからといって発生するわけではないんだが、過去の記録を総括すると実際に減っている。おそらくは、僻地で見逃されたアンデッドが分裂を繰り返し勢力を蓄えているのではないかと言われているが……それもローレライの例を聞くと、なんとも言えないな」
アロイジウスは自分の腕くらいある骨付きの肉を大きなナイフでキレイに削ぎ落としている。俺がそれをポケーっと見ていると、「食べるかい?」と差し出された。
いえ、食べたいわけではないんです。
ローレライはカテゴリエ7のアンデッドが谷底にひしめいていたが、その周辺でアンデッドの目撃情報がなかったわけではない。頻度としては他の領と変わらなかった。
なので、アンデッド発生がエネルギー的なものだとすると、より大きなエネルギーを持つほうへ引っ張られて融合する……みたいな性質ではないみたい。
そう考えるとアンデッド大発生の前に通常のアンデッド発生が減るというのもなんだかちょっとこじつけっぽく思える。
アンデッド発生そのものには、個々に関連性がないとしたら……別の要因があるはず。
「発生そのものの原因と予兆がわかればもっといいんでしょうけどねえ」
「ははは、それがわかったら『翼真竜勲章』ものだよ。四翼鷲章のさらに上だ」
「なあんかケイトリヒが調べるとそのうちわかりそうなのがまた怖いぜ」
「たしかに……あながち無謀な願いともいいがたい」
「予兆……予兆ねえ、腐ったニオイ……ってのは予兆じゃなくてもう発生してるよな」
「け、ケイトリヒ殿下はアンデッドの発生原因まで研究されてるんですか!?」
アーサーが驚いて、カトラリーを取り落とした。
「いやっ、まだしてないですよ!」
「アーサー、クラレンツが言ったのは『もし研究を始めたら』の話だよ」
「そ、そうでしたか……失礼しました。でも、兄殿下たちはケイトリヒ殿下が研究を始めたら解明してしまうかもしれないとお思いなのですね? やはり精霊の加護があるからでしょうか?」
「あ、ああ……まあそうだな、ケイトリヒは色々と才があるが、特別なのはやはり精霊様の加護だろう? いままで誰も見つけられなかったモンが、ケイトリヒには見えるかも……なんて期待しちゃうのは仕方ないよな。あ、あまり重責に思わないでくれよ?」
ジリアンは微妙にごまかしながら、チラチラと俺の後ろに控えているジオールとバジラットに目を向けている。
……一応、世間一般に公開していることは「基本4属性の主精霊の加護を得ている」ということだけだ。兄弟たちにも一応、一応! 同じレベルの説明しかしてないはずなんだけど。
アロイジウス、エーヴィッツ、クラレンツあにうえの3人は確実にウィオラとジオールの存在を精霊じゃないかと疑っている。もちろん、ヒト型のバジラットたちのことも。
ジリアンも最近薄々何かを感じ取ってるっぽい。
さすがにアーサーはまだ、公表通りのものしか理解していないようだけど。
つまり、基本4属性のおにぎりサイズの精霊が俺の契約している精霊だと思っている。
ルキアは全てを知っていて、ミナトとリュウはアーサーと同レベル。
3人とも、兄上たちの会話には参加せず時々合わせるように笑っては食事に集中しているかのように気配を消している。
混ざっちゃいけない会話だなと思ったらしい。
妙に聡いやつらめ。
「ところでケイトリヒ。マリアンネ嬢とフランツィスカ嬢の卒業式が近くなってきたと思うんだが、踊るのかい?」
「ふぇっ!? いやっ! いやいや、僕では上背がたりませんので」
「確かに男女のダンスはある程度男性側がリードするものがほとんどですからね。あの2人の相手になるには、ケイトリヒには少し早いだろう」
「じゃあ誰が踊るんだ?」
ザッ! と、あにうえたちの視線が俺に集中する。
「えあ、えーと、ディアナいわく、女学院での会になるので、婚約に積極的な側近を……といわれてるんですが」
「もう決めたのかい?」
「いえ」
「ケイトリヒ……側近に限らなくても、結婚に積極的な親族でもいいと思うんだよね」
「ふぁ?」
「例えばエーヴィッツとか、クラレンツとか」
「えっ、ちょっ、アロイジウス兄上!?」
「いやいや、えっ、ちょ……だだ、ダンス!? 女子と……いやっ、ムリムリムリムリ」
名を挙げられたエーヴィッツとクラレンツが慌てている。
アロイジウスあにうえの独断らしい。俺も考えてもいなかった。これっていいのかな!?
「エーヴィッツ、クラレンツ。キミたちは気後れしているようだが、私の婚約はかなり遅いほうだ。公爵家ならば洗礼年齢のあとm1、2年のあいだには婚約者を決めておくのが父上の代までの慣例だよ。あまり良くない例を踏襲しないでほしい」
エーヴィッツとクラレンツはへどもどしているが、アロイジウスの言葉もごもっとも。
弟の俺が洗礼年齢前に婚約したのは次期領主指名のせいだが、婚約年齢でいうと2人の兄はまさに適齢期というわけだ。
「あにうえたちのことまったく候補にいれてませんでした……ディアナに聞いてみます」
「いや、ケイトリヒ。待ってくれ、私は」
「エーヴィッツ、この好機を逃してはならないよ。君はヴァイスヒルシュの領主になるのだから、自由恋愛なんて希望はよせ。優秀な婚約者は必須だ。クラレンツも、ケイトリヒの兄にあたる以上どんなに大人しくしていても注目度が上がるのは必須。さっさと身を固めなければ、妙な野心を持った令嬢やその親族から外堀を埋められるぞ」
アロイジウスの脅しじみた言葉に、2人は閉口してしまった。
「妙な野心を持った令嬢」に、ナタリー嬢は含まれないんですかね?
「ケイトリヒ、頼んだよ。2人はどうも婚約者選びに積極的になれないようだから、兄である僕がどうにかしないと。もしダンスがダメでも、女学院の卒業式に同行できないか聞いてほしい。とにかくご令嬢たちに顔を売らないと、ラウプフォーゲルではそもそも努力しなければ令嬢と出会うことすら難しいのだから!」
急に謎のやる気スイッチが入ったアロイジウス兄上の鬼気せまる気迫に、その場の全員が気圧された。お肉食べて男性ホルモン出ちゃったかな?
「あにうえたちのお見合いにきょうりょくします!」
「それでこそラウプフォーゲル男だ、ケイトリヒ! 頼んだよ!」
「お、おいエーヴィッツ。お前ダンス得意か? 女子と会話は?」
「どっ……どちらも苦手だ。音楽の話なんてされたら怖気がする」
「気が合うな!! 俺もだ! 花の名前だっていっこも知らねえ!」
「昔はケンカばかりだったけど……やっぱり俺たち兄弟だったんだな」
その様子を見てゲラゲラ笑っているのはジリアン。
ジリアンは6人の兄をもつハービヒト領主の末っ子。権力から遠く、気楽な身分だ。
魔導学院では「イロモノ」扱いであまりモテないが、地元ハービヒト領ではかなりモテている、と、何故か父上から聞いた。
事実なんだろう、どこかモテに飢えてない余裕な感じがする。
「え……ラウプフォーゲルでは女子の数が少ないってマジ?」
「そうらしいよ。出生率から違うんだって」
「へえ〜、なにが違うんだろうね?」
ミナトとルキアとリュウがのんびり話している声は、思いのほか食堂に響く。
「キミたちは……異世界では、男女の出生率はほとんど同じなんだってね?」
アロイジウスがようやく話しかけてきたので、ルキアたちはビビリながら会話に交じる。
「ええ、男女の確率は半々でしたね。でも日本では出生率自体が下がるという問題がありました。今の王子殿下たちのように、男が結婚したいと思いはじめるのは異世界では多分……30代、とか言われてたとおもいます。なので、僕たちにはほんとうに関係のない話題だと思って聞いていましたよ」
「30代か……平民ならば、3、4番目の夫となるとそれくらいの年になるだろうな」
「貴族でも結婚できない奴のほうが多いんだ、別に結婚しなきゃいけないわけでもないんだぜ。まあ潤ってりゃ、女のほうから寄ってくることもあるんだろうけどよ」
「クラレンツ、僕たちはそういう女性を選ぶと場合によっては痛手を負うかもしれない。だからアロイジウス兄上は心配してるんだよ」
「……女性が原因で、痛手を負った例があるんですか?」
ルキアが神妙に聞くと、あにうえ4人がピタリとフリーズした。
「あ、話しにくい内容だったらいいです。僕たち、貴族の話はちょっと遠慮したいので」
「まてまて、話してくれるんだったら聞こうぜ。ラウプフォーゲルの女がヤバいかもしんねーじゃん? 俺たちもうラウプフォーゲルの領主様の世話になってるわけじゃん? 他人ごとじゃないだろ?」
「ぼ、僕はドロドロな話は苦手だなあ〜、」
ルキアたち日本人男子の会話に、ラウプフォーゲル男子はため息をつく。
「……バルヒェット男爵クンツ氏の話をすべきか?」
「ラウプフォーゲルで貴族が女性で失敗する例を語るならそれが最適だろう」
「俺らが生まれる前に断絶してるんだ、別にコソコソする理由もないだろ?」
「クラレンツはそういうところがダメなんだよ! 現存するヴュッテ子爵は孫だし、その周囲は遠くとも縁者だぞ? 公の場でこの話をしたらいっきにあの地方の領地全部が反クラレンツを掲げるぞ」
「え……ジリアンあにうえ、そういうことちゃんとかんがえてるんですね」
「意外そうな顔すんな!」
あにうえたちはコソコソと相談しあっていたが、その後ルキアたちにキ◯タマが縮み上がるほどの怖い話をしてくれた。
事業で大成功した大金持ちだったバルヒェット男爵クンツ氏は事業では多才だったが女性関係にだらしなく、来る者拒まずの好色家。まあ有り体にいえば、とっかえひっかえしていた女性のハニートラップに何度も何度もハメられる話だ。
最終的にはカネも地位も名誉も、そして男性としてのナニかも失うという、マジでタマヒュン案件。
まだ婚約したばかりの俺は「賢い婚約者が2人もいて、ハニートラップなんて微塵も関係なくいられる」と評された。
まあ父上が決めてくれたようなもんですから。そりゃ信頼できるスジですよ。
そしてアロイジウス兄上のナタリー嬢はまあまあの問題児ではあるが、バルヒェット男爵クンツ氏を騙した女性たちに比べればかわいいものだ。
アロイジウス兄上的には「ちょっと足りないくらいがいい」らしい。
果てしなく失礼だけど、まあナタリー嬢と兄上が納得してるならいいか。
ルキアたちも怯えていたけど、どこか他人事だ。
だって自分たちの希望はともかく婚約の必要性となると、あんまり関係ないもんね。
いちばんゲンナリしてたのは話をしてくれたクラレンツ兄上とエーヴィッツ兄上。
女性の嘘を見抜くことの難しさを教えてくれる、教訓というよりホラーな話だった。
ゲンナリする気持ちはわかる。
よし、側近たちはあまり婚約に乗り気じゃなさそうだから、兄上たちを売り込もう!
そして、俺と同じように優秀な|(?)令嬢を探すのだ!
アーサーは婚約してます